Psychologists&Students
Psychiatrists
Others

ひょっとして何だか大変なことになってる?

公開日: : 資格問題

臨床心理職の国家資格のための緊急ブログの14日のエントリ、やはりまだ回答はない? -「公開質問状」のゆくえ-・15日のエントリ、全心協会長の声明とその反論コメントや、A Fledgling Child Psychiatristの16日のエントリ、医療心理師と臨床心理士 全心協会長からのメッセージでも取り上げられていますが、「お礼とお詫びとお願いと」と題された全心協会長の宮脇実氏からのメッセージを巡って、熱い議論がなされています。
詳しくは上記の緊ブロのエントリまたは灰色のたぬきの戯言の15日のエントリ、廃案の言い訳・・・なんかおかしなことになってませんか?廃案の言い訳・・・なんかおかしなことになってませんか?【続き】をご覧いただけたらと思うのですが…


…afcpさんもおっしゃっているように、話がひどくこじれてきています。個人的には次期国会で再提出…という方向になるのではないかと思っていましたが、そう単純な問題ではなくなっているようです。
印象的だったafcpさんの言葉を引用します。

抽象的になりますが、今一番なすべきなのは、心理職団体間に歩み寄りの余地があり、周囲の理解と適切な仲介者があれば、もう一度まとまった提案をすることが出来そうだと関係者に思わせること、ではないでしょうか。
ここまで書いて矛盾していることに気づきました。心理職同士の歩み寄りには仲介者が必要、仲介者を得るには心理職同士の歩み寄りが必要…。世代交代を待つしかないということなのでしょうか。ごめんなさい、あちこち一気読みして、ちょっと僕も疲れているようです。

…あまり考えたくない話ですが、今回の法案が完全に廃案になった場合、ひょっとしたら我々の世代が主流になるまでこの問題は続くということになりかねないですよね。この問題、踏み込み始めるとキリがないので一歩引いたスタンスを保とうと思っていましたが、改めて自分なりに考える必要性を感じてきました。
我々のような下っ端の人間が議論したり、意見交換することに意味があるのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、少なくとも自分の頭で考えることは無駄ではないでしょう。

この記事を読んで(・∀・)22!!と思ったらクリックを!→人気Blogランキング

2005/08/16 | 資格問題

関連記事

secondaryロゴ

「心理学をもっと身近に」のセカンダリー(secondary)さんがニコ生で「公認心理師法を読む!」 @yksn22 @secondary_jp

公認心理師推進ネットワーク(略称:CPN)の後援もしていた合同会社セカンダリー(second

記事を読む

公認心理師の資格取得方法について

現時点でワタクシの考える【公認心理師資格試験対策】

公認心理師がらみの話題って、今取り上げるとかなり可燃性が高い(炎上しやすい)気がするのでアレ

記事を読む

いつも怒っている父さん

「日本臨床心理士会が公認心理師の職能団体へ移行する?」という問題に対する現在のワタクシの見解(後編)

このシリーズもついに完結…するのかどうか実は微妙です。書いてみて長くなりそうだったらまだ続く

記事を読む

不満爆発父さん

「日本臨床心理士会が公認心理師の職能団体へ移行する?」という問題に対する現在のワタクシの見解(中編)

さてさて、昨日のエントリ、「日本臨床心理士会が公認心理師の職能団体へ移行する?」という問題に対する現

記事を読む

激おこ父さん

「日本臨床心理士会が公認心理師の職能団体へ移行する?」という問題に対する現在のワタクシの見解(前編)

またまたお久しぶりの更新になってしまいました。前回の更新が5月19日だったので、約1ヶ月ぶり

記事を読む

新着記事

Twitterアイコン

続・「臨床心理士有資格者は現任者講習を受ける必要はかなり低い」は本当か? 関連ツイートまとめなど

「togetterでやれ!」と言われそうですが面倒なので、現時...

記事を読む

和光大学青年心理学研究室

「臨床心理士有資格者は現任者講習を受ける必要はかなり低い」は本当か?

昨日のエントリ、日本心理研修センターが公認心理師の現任者講習会...

記事を読む

日本心理研修センター 公認心理師現認者講習

日本心理研修センターが公認心理師の現任者講習会実施機関に指定され「講習会の概要」が公表されたけど…

既に色々なところで話題になっておりますが、日本心理研修センター...

記事を読む

日清のどん兵衛 極みだし

『日清のどん兵衛 極みだし 関西風だしうどん&鴨だしそば』がうまい

ここ最近、ずーっとTBSラジオの『伊集院光とらじおと』を、スマ...

記事を読む

肩もみ

ネタがないわけではないのですが…

ネタがないわけではないのですが、今日は簡易更新で。 なぜ...

記事を読む

コメント/トラックバック (107件)

現在、この投稿へのコメント/トラックバックは受け付けていません。

  1. 〉我々の世代が主流になるまでこの問題は続くということになりかねないですよね。
    いや、もう既に皆さん、立派な当事者でしょう。特にロテさんはブログ議論の発端ですから、もう逃れられませんよ~。と、冗談はさておき、個人的には、過去のしがらみのない、新しい世代の、新しい感覚が、今後の打開策を生み出していくことになるように思っています。
    私はおそらくちょっと古い世代で、多少、過去に毒されているので、気をつけているつもりですが、つい感情が先走ってしまいます。でも、極力気をつけながら、「何が真実」で「何が大切か」を見失わないよう、これからも考えていきたいと思います。これからもあちこち、最低限になってしまうと思いますが、書き込みしていくつもりですので、つっこみ、よろしくお願いいたします。

  2. ロテ職人さん、その他の心理職の方々に質問なんですが、「臨床心理学」って科学
    なんでしょうか?なんでもないはネットでいろいろな臨床心理士の方々の意見を
    伺うまでは「科学」だと思っていました。
    なんでもないは、<心は科学で扱える部分と扱えない部分があって、それまでの
    心理学は科学で扱える部分のみに焦点を当ててきました。それに対して臨床心理学
    は対象と観察者を切り離す科学のスタイルでは通用しない心の部分も含めて、
    心全体を扱おうとする新たな科学の実践である>と捉えていました。

  3. しかし、そもそも他の心理職の方々は臨床心理学を科学だと思っているんでしょうか?
    ロテ職人さんは以前、デスマさんとのやりとりの中でポロリと「臨床心理学は科学だと
    思う」とおっしゃっていました。一つロテ職人さんには個人的にでもいいので、
    「臨床心理学は科学」と今でもお思いなら、その理由を教えて頂きたいです。
    (お忙しいと思うので、お返事は全然急がなくてもいいです。もちろん、以前出した
    メールの返事も暇な時にお願いします。)

  4. なぜ、なんでもないがこのエントリーで「科学かどうか」の疑問を投げるかというと、
    臨床心理学そのものが学問としてまとまっていないから、こんな問題が起きているのでは
    ないだろうかなんて思ってしまったからなんです。以前他のエントリーがきっかけで、
    なんでもないは友達の東大の大学院生と「臨床心理学」について話し合う事に
    なりました(まさかその人と真面目な話をするとは!)。でその人と話しているうちに、
    それまで捉えてきた「新しい科学の実践」なんて、大甘な認識だと気付いてきたんです。

  5. それまで一生懸命組み立ててきた科学としての心理学を、臨床心理学を学ぶ人達の一部は
    崩してしまったようにも見受けられるし(非合理的な思考とか)、科学ではないならば
    臨床心理学は何なんだろうという追求もされていないように見えます。
    東大院生は「臨床心理学の学問的位置付けがわかんない」と言ってました。

  6. 臨床心理学は人間そのものを扱う学問だから範囲(分野)が広いんだ、ということは
    わかります。なんでもないの知識が浅いから、臨床心理学が学問としてまとまりがない
    と思えてしまうのかもしれません。
    臨床心理学は科学なんでしょうか? 科学ではないなら何でしょうか?
    どなたか、教えていただけないでしょうか?

  7. 臨床心理学は科学ではない、というのはそのとおりかと。
    でも、「科学で無いなら何でしょう?」と訊かれると応えづらいですね。
    そして、臨床心理学は科学ではないからこそ、科学的な志向をもって臨むことが求められると言えます。

  8. えー・・・難しい疑問ですが
    ・臨床心理学は科学である
    ・心理臨床は科学ではない(科学としての臨床心理学では済まされない)
    という感じじゃないでしょうかね。

  9. takashiさん 木村さん
    お返事ありがとうございます。
    なんでもないは、別に科学信者ではないんですが、
    いずれにしても
    >科学的な志向をもって臨むことが求められる
    ってことなんですよね。絶対そうですよね。

  10. 臨床心理学にまとまりを持たせるのに、
    アセスメントを統一することなんて、無理なんでしょうか?
    (無理の理由しか思い浮かばないんですが)資格化するなら
    統一的なアセスメントくらい作ってもいいんじゃないかな…と
    思います。多岐にわたる心理療法を、その特徴をもってクライアントに
    選択させることなんて無理なんでしょうか?

  11. どなたかが臨床心理学の独自性について語られていましたが、一方で
    実際の効果が得られるのも臨床心理学のいい所だと思うんです
    (行動療法の効果)。自分の「症状の消失」を目的とするのか、それとも
    「自分にとっての体験としての症状の追求」どちらも大切だと思うので、
    面接の初めに選択させればいいな…と思うんです。
    素人考えですみませんが、ばっさり切って頂いて結構なので
    どなたか教えて頂けたらありがたいです。

  12. 木村さんへ
    質問なんですが、
    >・臨床心理学は科学である
    木村さんはどういう観点から科学と捉えているんですか?
    本当にすみませんが、木村さん個人の意見、
    暇な時にでいいので教えてください。

  13. >なんでもないさん
    > 自分の「症状の消失」を目的とするのか、それとも
    > 「自分にとっての体験としての症状の追求」どちらも大切だと思うので、
    > 面接の初めに選択させればいいな…と思うんです。
    ほとんどの場合、「何を期待してきたか」は、間違いなく聞きます。
    私だけでなく、まともな心理臨床家なら誰でも。
    そしてクライエントの目的にかなうような技法を選ぶのだと思います。
    ただし、クライエントから「●●療法をお願いします」とはあまりいいませんよね。
    もしその場合、その目的と照らして合理的ならそのやり方で面接するか、できる人を紹介するか、
    あるいは自分の面接技法でもその目的を達成できそうならば、
    それをクライエントに提案しますかね。

  14. また、行動療法や認知行動療法だけでなく、
    他のセラピーにも、効果研究や評価研究はありますよ。
    そしてその結果は、「どの技法でも50歩100歩」なわけです。
    たしかに認知行動療法は、率としては目覚しいのですが、
    しかし、標的となる症状は、うつ・不安など一部ですよね。
    すべての症状や主訴に対して、必ず高率のセラピーというのはないのです。
    カウンセラーのすべての発言を、統計的な裏づけで統制する、というのは、
    不可能でしょうね。
    また、医療領域以外では、必ずしも「症状の喪失」は、
    第一の目的ではないですので、
    「客観的に効果の高い」技法だけが残るのも、それはそれで困るわけで。

  15. > どなたかが臨床心理学の独自性について語られていましたが、
    「臨床心理学の独自性」というのは、
    たしか、「医学や教育学などの一分野ではない」という意味であって、
    「効果」のあるなし、とは別の文脈の用語かと。

  16. 私の結論としては、月並みながら、
    ブリーフセラピーや認知行動療法などの、
    短期型で効果研究の多い技法を最低1つ、
    それプラス、幅広いクライエントに対応するために、
    パーソンセンタードや精神分析的心理療法などの、
    伝統的心理療法を1つ、
    を、ある程度のレベル以上で実施できるまでに身につけることが、
    まともなセラピストの条件かと。

  17. > そして、臨床心理学は科学ではないからこそ、
    > 科学的な志向をもって臨むことが求められると言えます。
    というtakashiさんの見解には、激しく同意します!
    言い得て妙だと思います。

  18. で、実は私、とある精神分析系の概念・技法の、数量研究がライフワークです。
    (身元バレを抑止するため、これ以上はご容赦ください。)
    心理の技法って、どれも、成立の過程は「科学的」ではないですよね、別に。
    すべての因果関係を、顕微鏡で見て説明できるとかではないわけですから。
    認知療法でさえも。
    しかし、効果測定などで、それらを「科学的に取り扱う」ことは、できるわけで。

  19. おお!、デスマさん、私も最近、ブリーフの数的指標を用いた効果研究をしております。それにしても分析系で数量研究とはこれまた勇気のいる研究?(笑)。
    >ブリーフセラピーや認知行動療法などの、短期型で効果
    >研究─(略)─まともなセラピストの条件かと。
    さらに言えば、これに、システム論に基づく家族療法と、身体的アプローチ(催眠、EMDR、TFT、FAPなど)が加わるとさらにベターだと思います。要は、心理療法にしてもアセスメントにしても、いかに持ち札を多くしてクライエントへ提供する選択肢を増やすかが大事であると考えます。

  20. 続き
    >統一的なアセスメント
    イギリスではけっこう行われていると思います。というか、イギリスでは「臨床心理学=異常心理学+認知行動療法」ですから。日本みたいにべらぼうに幅広いわけではありません。厳密に定義されています。
    なんでもないさん、興味がありましたら、こちらをお読みください。
    ttp://d.hatena.ne.jp/psychologist/20050212

  21. > イギリスでは「臨床心理学=異常心理学+認知行動療法」ですから。
    それでいいかというと、ちょっと疑問\\\。
    認知行動療法に乗らない人もたくさんいるわけなので。
    うつや不安など、効果が確認されている症状に対する
    ファーストチョイスとなるべき、というのなら、理解できますが。
    で、他領域での認知行動療法使いである私は、
    絶対に認知行動療法を「医行為」にしてもらっては困るな、と。

  22. デスマさんの
    >私の結論としては、月並みながら、ブリーフセラピーや認知行動療法などの、
     短期型で効果研究の多い技法を最低1つ…
    は、なんでもないも必要なのでは?と思っていたことでした。
    takashiさんの
    >システム論に基づく家族療法と、身体的アプローチ…
    自分なりにちょっと調べてみようと思います。

  23. >「臨床心理学の独自性」というのは、たしか、「医学や教育学などの一分野ではない」
     という意味であって、「効果」のあるなし、とは別の文脈の用語かと。
    そうでしたか。私は個人的に「効果」という価値観はひとまず置いておいて、
    症状や個人の人生に対する納得出来る意味みたいなものを探そう(創造?)という
    意味で「独自性」と語られているのだと思ってました。すごく大切な独自性だと…。

  24. >とある精神分析系の概念・技法の、数量研究がライフワークです。
    私は(力動的?)精神分析は、心理療法にとって重要だと考えています。ただ本を読むの
    と自己内省なだけなので(なんでもない立場の人間ですから)、本当にそうなのかどうか
    知る為に科学がなんだかんだいって、いい指標になるんです。「科学的な志向をもって
    臨むこと」が可能であるならば、デスマさんのように研究されている方がいらっしゃる
    なら、やはり学びたいですね!自分も科学として追求してみたいです。

  25. takashiさんの
    >日本みたいにべらぼうに幅広いわけではありません。厳密に定義されています
    ということは、アセスメントの統一はやはり日本では難しいということなんですね。
    >興味がありましたら、こちらをお読みください。
    読んでみます。
    デスマさん、takashiさん ありがとうございました。

  26. >takashiさん
    > それにしても分析系で数量研究とはこれまた勇気のいる研究?(笑)。
    でも、わりといい結果出てますよ、今のところ。
    何とかやっていきたいと思っています。
    やっぱり、パーソンセンタードであれ分析であれ、
    いまの時代に生き残っていきたかったら、
    可能な限り数量的に取り扱う必要はあると思うんですよね。
    そして、元々の概念がしっかりしていれば、
    「ある程度は」数量研究に乗ると思います。
    認知行動療法とブリーフ等「だけ」になってしまうと、
    それはそれで、クライエントに不利益になると思うんですよね。
    理由は上述の通り。単独で、すべてのクライエントに対応できる技法は、
    今のところ(おそらく今後も)ないからです。

  27. > さらに言えば、これに、システム論に基づく家族療法と、
    > 身体的アプローチ(催眠、EMDR、TFT、FAPなど)が加わるとさらにベターだと思います。
    あと挙げるとしたら、自立訓練法とかですかね。
    動作法とか。
    > 要は、心理療法にしてもアセスメントにしても、
    > いかに持ち札を多くしてクライエントへ提供する選択肢を増やすかが大事であると考えます。
    激しく同感です!

  28. >なんでもないさん
    \\\おっとすれ違い。
    さっそくのご返信ありがとうございます!
    日本の場合、セラピストは、「いちおう」それぞれ学派に属しつつも、
    欧米のように正面きって「どっちが正しい」と議論するというより、
    適度に他の学派・技法への理解を示しつつ、
    日々の実践を行っているのだと思います。
    例えば、ユング派の人のケースを聞いていても、
    随所で認知療法的なかかわりをしていたりするんですよね。
    これって、学問的な一貫性という点ではやや疑問符だし、
    資格問題のときのように対外的な説明の際には、すごく困るんです。
    しかし、個々のクライエントさんからみれば、「●●派の技法」ではなく、
    多くの手駒の中から、自分のために
    臨機応変のオーダーメイドのセラピーが受けられるわけで、
    これはこれでいいのではないかと、私は思っています。

  29. 「心理学」ってのは、地図のようなものだと私は思っています。
    立体的なものである地球を、何とか平面で表そうとしたのが地図ですよね。
    だから、面積を正しくしようとすると形がゆがむとか、
    それぞれの地図の作図法には、一長一短がある。
    臨床心理学の学派もそれと同じで、「こころ」という他次元的なものを、
    1つの理論で統一的に説明し尽くすのは、そもそも無理なわけです。
    で、ある「切り口」で何とか説明しようとしたのが、各々の「学派」だと思うんですよね。
    しかし、完全ではないので、どこかに「ゆがみ」は出る。
    だから、地図と同じで、目的に合わせてそれぞれの地図を用いるわけですよ。
    だから、カウンセラーの専門性と良識ってのは、
    それぞれの目的にあった地図を提案し、適切に使用・運用できる、ということなんじゃないかと。

  30. じゃあ、「ユング派分析家」みたいに、
    ひとつの技法を看板に揚げている人はどうなの?
    ってことになるわけですが\\\。
    達人の域に達すれば、例えば、その地図自体は、形を正しく表していなくても、
    周辺に行くにしたがってどの程度形が歪むかを知っていれば、
    適切な読み取りはできる訳です。
    この場合、利用者であるクライエントには、迷惑はかからないですよね。

  31. またあるいは、「●●療法」だけを使用していても、
    開業などで、ちゃんと偽り無く看板を掲げていて、それを告知し、
    受けたい人だけがそのセラピーを受ける、
    そして適用外の症状の場合には、他の人を紹介する、ということができていれば、
    まったく問題ないです。
    また、指導者としては、「●●療法」の達は必要なわけです。
    そして我々のような町中の臨床家は、
    それぞれの先生から、ある程度のものを学ぶわけで。
    医師でも、大学病院で心臓ばっかり切っている人と、
    いろんな症状をみるホームドクターがいるし、
    弁護士でも、●●専門はいるわけですから、
    心理職も、1つの学派・技法の達人は、いちおう少数は必要だと思います。

  32. <訂正>
    また、指導者としては、「●●療法」の達は必要なわけです。
                ↓
    また、指導者としては、「●●療法」の達人は必要なわけです。

  33. >なんでもないさん
    >>「臨床心理学の独自性」というのは、
    >>たしか、「医学や教育学などの一分野ではない」
    >>という意味であって、「効果」のあるなし、とは別の文脈の用語かと。
    > そうでしたか。私は個人的に「効果」という価値観はひとまず置いておいて、
    > 症状や個人の人生に対する納得出来る意味みたいなものを探そう(創造?)という
    >意味で「独自性」と語られているのだと思ってました。すごく大切な独自性だと…。
    > すごく大切な独自性だと…。
    あ、もちろん、そちらの意味での「独自性」も大事だと思います。
    それについては、同感です。
    そういった理解をしていただいていることを、ありがたく思っております。

  34. デスマさんの「地図」の話にインスピレーションを受けまして—-心理臨床家は、旅行プランナーに例えることができるでしょうか。
    旅行プランナーは、クライエントのニードを受け、行き先、交通手段、ホテルのランク、期間、その他オプションを提供していき、最終的にはクライエントに満足してもらうわけです。
    心理療法で言えば、ちょっと乱暴ですけど、「行き先=目的・目標」、「交通手段やホテル=心理療法」になるでしょうか?

  35. つまり、クライエントの予算や旅行の目的を見極めた上で(つまりアセスメントをですね)、旅行プランを立てる。そして、クライエントに満足してもらう。
    当然ながら旅行プランナーは、国内外問わずいろんな地域のことに詳しくないといけないですし、交通手段についても飛行機・船・バスなど様々な方法について詳しくないといけないですし、さらには飛行機は飛行機でもいろんな航空会社のそれについて知っていなければならない。

  36. でも、日本の心理臨床家は、「国内旅行専門」とか「飛行機専門」だとかというように分断されすぎている。あるいは「パック旅行専門」みたいな人も多いですよね。

  37. イギリスは、
    ─臨床心理士:認知行動療法
    ─カウンセラー:ロジャース
    ─セラピスト(心理療法家):精神分析
    と明確に定義づけされて、住み分けができていますから。
    >あと挙げるとしたら、自立訓練法とかですかね。動作法とか。
    動作法・自律訓練法は「身体的アプローチ」に含めることができるでしょうか。どちらも重要ですね。

  38. > なんでもないさん
    【とおりすがりA】改め【shko】です。
    議論白熱で出遅れた感がありますね…oTL
    私は心理職でも心理学研究者でもありませんが、
    一科学学徒として別の切り口から。
    >「臨床心理学」って科学なんでしょうか?
    以前私も同じような疑問を持ったことがあります。
    まぁ、明確な答えは結局出ていないのですが(笑)。

  39. この質問をする前に、¢科学£であるためには
    どのような条件を満たせば科学と言えるのか?という
    ¢科学£の定義をはっきりさせなければならないと思います。
    (もちろん辞書的な言葉だけの定義ではなく)
    そうでないと、不確かなモノの定義に未知数のモノを当てはめて考えていく
    事になり、自分に都合の良い主観的な結論を導き出す危険性が高くなります。
    まぁ、自分なりの結論だけが欲しいと言うのであればそれでもいいのですが。
    逆にお聴きしたいのですが、なんでもないさんは
    科学たるにはどのような条件を満たせば良いとお考えなのでしょうか?

  40. 心理職資格と医療との関係 〓医療関係者のコメントから〓

    医療関係の方々からの「医療心理師」推進協(全心協)に対する猛烈な怒り表明の中で、
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  41. デスマさん、takashiさん、分かりやすい例えありがとうございます。
    間口は広く、自分の限界を知りつつ、いろいろな人とつながっていく
    という事が大切なんですね。(※地図の例えは感動に近いものがありました。)

  42. shkoさん
    >科学たるにはどのような条件を満たせば良いとお考えなのでしょうか?
    実はなんでもないは、そこが揺らいでしまっているんですよね。だから
    とりとめもないような質問を発してしまってまして…(スミマセン)
    はじめに考えていた科学の条件は、一直線上のものでした。原因と結果。法則。

  43. でも心理学を学んでいくうちに、一つの原因で一つの結果が生じることは
    現実の世界ではそうそうないので、「対象と観察者の明確な分離」を考え
    ました。デカルトの二元論みたいなものですね。
    そうこうしていくうちに、力動的精神分析の存在を知って、観察者が対象に
    与える影響も考慮すると、人間を対象とした場合「対象と観察者の明確な分離」
    も難しいのだと思いました。まぁ、科学は対象を狭めることで成り立たっている
    ものでもあるので、その対象を広げてしまえば今のなんでもないのように
    迷走してしまうのでしょうけれど…。

  44. でも人間を対象とするならば、今までの対象を狭めることで成り立っていた
    科学と、そんな科学では成り立たない範囲のものがあるのは当然であると
    思い始めました。科学としての人間の心と、科学では扱えない人間の心を対等に
    扱うことがこれからの臨床心理学という新しい科学なんじゃ…なんて、
    カッコイイことを想像してしまって。実際のぞいてみると、そこは混沌とした
    世界でした(笑)。

  45. 東大院生との会話で「観察者が対象に与える影響」について、近年
    科学で関心を持たれているの領域の話をされました。「対象と観測過程の相互
    依存性の問題」というものらしく、現代的なテーマながらまだまだ少数の
    科学者が自覚されているくらいで、ちゃんとした理論がある訳ではないそうです。

  46. こんないきさつで臨床心理学は科学なのか、そうではないのかと
    悶々と考えてしまいました。科学であるとお考えの方は、どんな点で科学
    と思われているのか正直に知りたいんです。自分が「科学が何たるか」自体、
    漠然としてしまっているので、他の人は臨床心理学をどう捉えているのか
    知りたくなってしまったんです。それに「臨床心理学とはこれです!」的
    明快な解答(共通認識)があれば、そもそも資格問題なんて起こらなかった
    のではないかと思ったんです。(もちろん一方で、多岐にわたるからこそ、
    臨床心理学の価値があるとも思っているんですが…)
    shkoさん、上手く言えませんが、こんな感じです。

  47. >そうこうしていくうちに、力動的精
    >神分析の存在を知って、観察者
    >─(略)─も難しいのだと思いまし
    >た。
    心理学、臨床心理学の科学では捉えきれない部分については、近年、社会構成主義的な解釈や理解が進んでいますね。いわゆる「ナラティヴ」です。

  48. ロテさん、はじめまして。いつも楽しく、興味深く拝見させていただいています。
    「臨床心理学は科学か」\\\だいぶ煮詰まっているようで。
    ちょっと、いろいろな本筋からそれるかもしれませんが、8/6のロテさんの記事
    ”「通りすがり」を名乗る人が全く通りすがらない件”の中の、確証バイアスの例がなかなかおもしろかったので、クイズを一つ。

  49. 続き1
    >【例】
     ①>心理学者ユングも「意味のある偶然の一致」をシンクロニティという原理で説明しようとする錯誤を犯した。ユングは心理治療の最中、患者と神聖甲虫の夢の話をしていたまさにその時、窓に甲虫がぶつかってきたという不思議な体験をした。彼はこの虫を心理療法的に解釈し、これをきっかけとして治療が難しかった患者も態度を変化させ治療がはかどったとしている。ユングは他にも数多く偶然の一致を経験したといわれ、世界中の神話、物語に共通するイメージがみられることにも気がついた。そして、こういった意味のある偶然の一致が生ずる裏には個人を超越し、因果関係では説明できない共時性の原理と集合適無意識の世界があると考えた。

  50. 続き2
    ②>しかし、共時性の本当の正体は「偶然の一致に人間の側が意味をつけてしまう興味深い現象」だといえる。私たちが経験する世界が多様性を持つ点、関係ないことでも関連付けて解釈できる点などを見落としてしまったようである。
     ③>ただし、ユングは臨床心理学者であるので、偶然の一致に意味を持たせて解釈することが治療の場で有効であることの意義を見出していたともいえるのである。
    >(説得と交渉のコミュニケーション辞典・駒澤大学 経営学部 長瀬ゼミナール より)

  51. 続き3
    そこで、クイズ!
    (a)①が確証バイアスの例で、②③が著者のコメント
    (b)①②が例で、③が著者のコメント
    (c)①②③全部が例
    皆さん、一読されたときに、最初、どれだと思われましたか・・・と、遊んでみる。
    心理学とは違う独立した学問「心理臨床学」。
    いいんじゃないですか。
    科学的現代「心理学」は、あくまで、隣接学であるとしていただいた方が一般の人にはわかりやすいように思うんですが。
    もちろん、「心理学」者も隣接学である「心理臨床学」を学ぶのは大いに有意義なことですし。

  52. (c)ですね。

  53. takashiさん
    >社会構成主義的な解釈や理解が進んでいますね。いわゆる「ナラティヴ」です。
    やっぱりそこに行き着きますね。上手く理解出来ているか分からないんですが、「自分にとっての物語」という発想でいいんでしょうか。なんでもないはそう理解しました。

  54. chachaさんが例に挙げていたユングの甲虫の話、私も読んだ事があります。私の理解としては(河合隼雄さんの理解かもしれませんが)、ユングが共時性という考えを生み出したのは原因と結果という直線上の流れではないと思います。共時性と布置と元型は三者とも関連し合っていて、「やゃ、これはすごい偶然だ!」と感じるものはそれを感じた人の無意識に意味のあるイメージが布置されており、それには元型というものが働いているんじゃないか…という仮説を説いたのだと理解しています。

  55. 現実に起きた偶然の一致に(と思われる出来事に対して)、それを感じた人の内面には何が起きているんだろうか、それを考えようみたいなことなのだと理解しています。それを考えることが、その人個人の物語形成につながる。物語の形成と症状の消失は原因と結果では結ぶ事はできないと、ユングは考えていたとなんでもないは理解しています。
    (※そういう理解でなければ、長い年月の間にすたれているハズですよね。)

  56. あっ、でもchachaさんのクイズはただの例として述べられているのかもしれませんね。私の理解もバイアスかもしれません。「バイアス」「ナラティブ」「心理臨床学」…、調べることが増えてきました(笑)。ありがとうございます。

  57. 誤解があるかもしれないので追記。
    >その人個人の物語形成
    っていうのは、「偶然だ!」と感じた人個人であって、他の人が「それって偶然の一致だよ!」と指摘したとしてもあまり関係ないというか、直接何か誰かに影響があることではないです。分析場面で偶然の一致が話題に上がるのは、分析家とクライアントとの意識・無意識を相互作用として対等に扱う姿勢があるからなのでは…?と理解しています。

  58. これだけレスがつくと「臨床心理学は科学か」のエントリになりましたね。しばらくぶりで「サンバ」再開になるかと思っていたのですが。

  59. > なんでもないさん
    おっしゃりたいことはなんとなくわかります。
    私も科学って何?と問われれば答えにつまってしまうかもしれません。
    素人考えで申し訳ないですが、臨床心理学の場合、人の心を扱い、治療や健康に寄与するという命題があると思われますので、それ自体が科学であってもなくてもあまり問題ではないのではないでしょうか?

  60. 要は人の心を臨床で扱う領域ということで、その目的達成のために¢たまたま£科学的な思考や手法を用いているだけなのだと思います。科学的な思考や手法よりも目的達成のためにもっと適した方法論や体系があればそちらを利用した方がクライエントのためにもよろしいでしょうし。
    現在は科学的手法以外に、より良い方法が無いから必然的にそうなっているのかもしれませんよ?
    何しろ、臨床心理の存在意義からすれば、
    科学の命題である¢真理を探求する£”だけ”では
    済まされないでしょうから。科学的な方法論も含めて、有効なありとあらゆる方法を取り込んで
    行く方向性が重要なんじゃないでしょうか。

  61. それと、、、
    > 一つの原因で一つの結果が生じることは
    > 現実の世界ではそうそうないので、
    > ¢対象と観察者の明確な分離」を考え
    > 「対象と観測過程の相互
    > 依存性の問題」というものらしく、
    > 現代的なテーマながらまだまだ少数の
    > 科学者が自覚されているくらいで
    この辺りは誤解があると思われます。
    もうだいぶ前から科学においても(特に物理学の分野)、観察者と対象の分離という問題は自覚されています。古くはアインシュタインとニールスボーアの論争に端を発しますので、この問題は既に¢古典£ですらあります。量子論の普及本を一読されればこの辺りはおわかり頂けると思います。

  62. また、おっしゃる通り1つの原因で1つの
    結果が生じる(線形)ことは現実の世界では稀ですが、そこからの発展もある訳でして、科学は決して対象を狭めて成立っているだけではありません。原因と結果が1対1で対応しない非線形の世界にも科学は随分と進出しております。
    その一番身近な例が決定論的カオス理論などを
    利用している天気予報です。
    ¢バタフライ効果£や¢ラプラスの悪魔£で検索されるとご理解いただけると思います。

  63. はじめまして。Mixiではkapibaraで
    名乗っています。
    「臨床心理学は科学か」非常におもしろく拝見しました。わたしも数年前様々なひとと議論を戦わせた日々を思い出します。
    当時、量子力学や観測問題や複雑系をも持ち出しましたが、その後臨床心理学科を目指して勉強したり、また医学部のため統計や科学論文や医学に関する勉強(分子生物学、生理学)をして、これらが厳密に科学であるという確信は持てませんでした。

  64. (続く)
    心理療法的な領域は科学では扱えないとはよく聞きますが、自閉症に関するJA(ジョイントアテンション)を複雑系で分析している先生や、それに関連したフリス・フリスなどの心の理論などは「計測、分析不可能な心理療法の領域」に新しいメルクマールを作ることができるのではないか、と思っているんですけど。
    或いは認知的不協和や認知統計学を使ったプロスペクト理論の方が、対象と観察者の分離を打ち砕いた量子論より、対象―被対象の関係を「計測可能な形」で解明できるのではないか、と個人的には思っているんですけど。

  65. 横レス&せっかく議論が盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ないのですが…
    >なんでもないさん
    今回の国家資格化問題と「臨床心理学は科学か否か」という問題は全く別物ではないでしょうか?
    国家資格の問題は現状では関係団体間の政治的かけひきのような意味合いが強くなっており、学問的な議論とは全く別のところで行われていると思います。
    あ、もちろんこのコメント欄でなされている議論自体は非常に有意義なものだとは思いますが、とりあえずその辺の問題をごっちゃにして考えてしまうと、逆に物事が見えづらくなってしまうのではないかと。

  66. ところが、「全く別物」ではないと思うんですよね。
    医療関係団体の声明や、個々のコメントでも、
    「科学性」ということが、
    臨床心理士国家資格化反対の根拠に使われていますので\\\。

  67. 科学的な客観性等がないものに国家資格を与えてしまうのはどうなのかなと私なんかは思ってしまいます。
    (もちろんここでいう科学性というものは程度によるとも思います)
    だから、「臨床心理学が科学であるかどうか(どの程度)」は、国家資格化を語るにあたり重要な問題であると私は思います。
    私個人としては、臨床心理学はある程度の科学的客観性を備えているので国家資格化をしても大丈夫かと考えています。
    ただし、上の方でtakashiさんが述べている「臨床心理学は科学ではないからこそ、科学的な志向をもって臨むことが求められると言えます」というような姿勢を持った人間しか合格しないようなテストを開発してくれた場合という条件は入りますが(他にも色んな条件は必要と思います)。

  68. shkoさんへ
    お返事ありがとうございます。
    >臨床心理学の場合、人の心を扱い、治療や健康に寄与するという命題があると思われますので、それ自体が科学であってもなくてもあまり問題ではないのではないでしょうか?
    私もそう思うんです。ただどこまで科学が及んでいるのか、及ばないのかの境を臨床心理学の中で共通の認識を持つことが大切なのではないかな?と考えているんです。

  69. >この問題は既に¢古典£ですらあります。量子論の普及本を一読されれば…
    なんでもないの友人は物理専攻の人で、原子とかを扱っている方です。量子論はやはり話題に挙がりました。でもその方からオススメされなかったのは、この観点で人間関係を捉える分野についてだったからなようです。でもカオスを科学で捉えるというのは、スゴイですね!やはり世界は広い。カオスに対してどう科学的視座を保てるか、とても興味があります。

  70. konkonさん、情報紹介ありがとうございます。
    >自閉症に関するJA(ジョイントアテンション)を複雑系で分析して~省略~メルクマールを作ることができるのではないか、と…
    こういう動きが徐々に出てきているんですね。そうあって欲しいと願っていたので、この情報を聞けて嬉しかったです。
    >認知的不協和や認知統計学を使ったプロスペクト理論の方が…
    私の友人も認知は深く学ぶべきと教えてくれました。知らない言葉も出てきましたが、なんでもないはまだまだ学ぶべき人間なので、これまた調べてみようと思います。

  71. ロテ職人さん、ご意見ありがとうございます。
    >今回の国家資格化問題と「臨床心理学は科学か否か」という問題は全く別物ではないでしょうか?
    別物なのでしょうか?なんでもないは国家資格化問題は日本の臨床心理学が持っていた問題を露呈しているのだな~と思って拝見してました。臨床心理学を専攻して心理療法を実践されている方々は、臨床心理学に対して共通の認識を持っているんでしょうか?そこで例に挙げたのが「科学かどうか」なんです(個人的にもかなり気になっていた所でしたし。)。

  72. なんでもないもデスマさんやshkoさんのように全てにおいて科学である必要はないと思います(科学的アプローチは必要ですが)。最初にも述べたんですが、臨床心理学は人間を扱う学問だから科学で割り切れる部分と割り切れない部分があると思います。しかし科学で割り切れない部分を扱おうとも、学問として成立させるには論理性が必要になります(ロテ職人さんも議論の際に重要視している論理性です)。その論理性が著しく欠如している臨床心理実践者がいるのはなぜなんでしょうか?

  73. 他の分野、例えば実験心理系の人が眉をひそめてしまうような、非論理的な意見を平気で述べてしまう輩が多いのはなぜなんでしょうか?それは「科学に対する認識が低いからなのかな?」と思ったのです。科学が及ぶ範囲と及ばない範囲の認識とでも言いましょうか…。

  74. そこをはっきりさせることが出来れば、科学が及ばない範囲のアプローチ(力動的精神分析?他)も対外的に上手く説明出来るし、周りから非科学的なんて言われなくて済むし、何より臨床心理専攻の非論理的なご乱心の方々を内部から排除出来るのではないかな?なんて考えた訳です。臨床心理実践者全体が、デスマさんのように様々な心理療法の利点を把握していると、臨床心理学以外の人にももっと理解が得られる気がしたんです。

  75. すみません、レス頂いたのに、
    やはり研究者でもないのに書き込んでしまい、
    あとで反省し、消そうと思いましたが、
    もう1回ちゃんと言いたいことだけを要約しようと思います。
    ①医学が必ずしも科学的とは限らないという点。→医学研究には科学的な視点が今でも求められていると思いますが、すべての医師を養成する医学教育と、臨床実践が科学的であるとは
    思えないということです。
    ②臨床心理学が「科学的たろう」とすることを
    積極的に放棄することは決して好ましいことではないと個人的には思います。

  76.  はじめまして喜嬉武~と申します。
    シン@プータローさんの
    >科学的な客観性等がないものに国家資格を与えてしまうのはどうなのかなと私なんかは思ってしまいます。
    とのコメントについて一言
     ある議員さんのBlogでも述べたことと重複しますが、既に日本には鍼灸師という国家資格があるのはご存知かと思います。
     東洋医学の根本的な概念である「気」そのものについての科学的研究がはじまったの
    はここ十数年のことですし、いわゆる科学的遡上に載りにくい対象ですが、何千年も前から人類が伝承してきた有効な実践医学だと思います。

  77. 続きです。
     科学的な学問かという点ではまだ産声をあげたばかりとしか言いようの無い段階かと思いますがその遥か以前から国家資格となっています。
     また中国では中医(鍼灸医・漢方医)が国のレベルで資格になっておりますし、欧米では、中国で中医の資格を取得した者に対しては取り立てて障壁も無く中医として活躍できる場が用意されていると聞いております。(日本での中医に対する障壁の厚さ・高さは並大抵ではないと思います) また欧米の医師は、現在一生懸命中医学を学んでいるようです。
     このあたりに実は日本の医療事情(或いはお国柄)が露呈していると思います。
    それからユングは東洋思想から多くのものを学んでいますのでユング心理学と東洋医学との親和性は極めて高いと思いますが如何でしょう。
     一方常に臨床心理学の有効性を検討し続けることは大事かと思います。

  78. すみません、レス頂いたのに、
    やはり研究者でもないのに書き込んでしまい、
    あとで反省し、消そうと思いましたが、
    もう1回ちゃんと言いたいことだけを要約しようと思います。
    ①医学が必ずしも科学的とは限らないという点。→医学研究には科学的な視点が今でも求められていると思いますが、すべての医師を養成する医学教育と、臨床実践が科学的であるとは
    思えないということです。
    ②臨床心理学が「科学的たろう」とすることを
    積極的に放棄することは決して好ましいことではないと個人的には思います。

  79. >臨床心理士デスマさん
    > 医療関係団体の声明や、個々のコメントでも、
    > 「科学性」ということが、
    > 臨床心理士国家資格化反対の根拠に使われていますので\\\。
    それこそ「政治的」な発言だと思うわけですよ。
    彼ら(とまとめてしまうのが問題だということは百も承知で言わせてもらいますが)にとって、臨床心理学が科学的かどうかなんてことは大した問題ではなく、単に反対するための「それらしい」根拠が必要だから言っているように私には思えて仕方がないのですが…その認識は間違ってますかね?
    もちろん、繰り返しになりますが、この議論自体は意義があるし、重要なことだとは思っています。

  80. >なんでもないさん
    なんでもないさんの疑問に対する私なりの回答をエントリにまとめてみましたので、よろしければお読み下さい。
    【ポパーとか】臨床心理学は科学なのか?【科学哲学とか】
    http://blog.livedoor.jp/rotemeister/archives/50007845.html
    というか、まずはなんでもないさんにとって「科学性」「科学的」とは何かということが実はまだ明確に示されていないと思います。お時間ある時で結構ですので、その辺り、一度まとめていただけますか?

  81. >なんでもないさん
    > 論理性が著しく欠如している臨床心理実践者がいるのは
    > なぜなんでしょうか?
    そういう人達がアフォだからじゃないですか?いや、冗談じゃなく。
    別にこれって「臨床心理学」の問題じゃなく、そういう状況にしてしまっている大学の経営者側だったり、臨床心理士の偉い人達の問題なんじゃないですか?
    …ってやっぱり、これって経営だったり政治だったりの問題のように思うのですが…

  82. >konkonさん
    > やはり研究者でもないのに書き込んでしまい
    研究者じゃない方がこの問題をどう考えるかって視点は重要だと思いますし、全然気にすることはないですよ。
    おまとめいただいた2点については私も同じ意見です。

  83. >喜嬉武~さん
    はじめまして。コメントありがとうございます。
    > 一方常に臨床心理学の有効性を検討し続けることは
    > 大事かと思います。
    というこの一言がなければどうしようかと思いました。おっしゃっていることは非常に分かりますし、実際その通りだと思うのですが、喜嬉武~さんがおっしゃっているようなことを言い訳にして、客観性や論理性を端から放棄しているエセカウンセラーや臨床心理士は存在します(すくなくともネット上では見たことがあります)。
    > 科学的な学問かという点ではまだ産声をあげたばかりとしか
    > 言いようの無い段階かと思いますがその遥か以前から
    > 国家資格となっています。
    せいぜい百年の歴史しかない(しかも我が国においての歴史は始まったばかり)臨床心理学について論じる際に、千年以上の歴史がある鍼灸や中医などを引き合いに出すのはナンセンスだと思うのですがいかがでしょうか?

  84. >喜嬉武~さん
    ちなみにこの話題からは外れてしまいますが
    > 日本での中医に対する障壁の厚さ・高さは
    > 並大抵ではないと思います
    とのことですが、確かに中医の専門医としてやっていくのは障壁は高いですが、漢方とかは普通に幅広く処方されてますよね。ツ○ラなんて製薬会社もがんばってますし。
    そんなわけで、「並大抵ではないと思います」とおっしゃるほどでもないかと…

  85. 漢方薬は利用されていますが、それを処方するのはあくまで日本の医師免許を持っている医師であり、中医ではありません。
    そのため、漢方薬について十分な理解がないまま風邪→葛根湯、というような安易な処方をし、十分な効果が得られないばかりか逆効果にしかならない場合もあると聞きます。
    話題から外れているところに反応して申し訳ありません。
    でもやっぱりいろんな意味で、「並大抵ではない」と思います。
    それは、心理療法みたいなものを振り回す「カウンセラー」という人がたくさにるからと言って、カウンセリングが日本に根付いた・理解された・十分効果的に利用されていると言えるものではないことと、何かちょっと似ているような気もしました。

  86. 私は、とある持病で、漢方を愛用しております。
    私の「主治医」は、中国の医学部を出ている中医ですが、
    「薬品販売業」の免許で、漢方を売っています。

  87.  ロテ職人さん、千尋さん 、 臨床心理士デスマさんコメント有難うございます。
     確かに客観性や論理性を端から放棄してしまうのは良くないと思います。
     一方客観性や論理性だけで世界を認識する事にもどこか無理を感じてしまうのですね。
    数学者のゲーデルがその「不完全性定理」で全能なる絶対的な理論が、決して存在し得ないことを数学的に証明していますし・・・。
     科学はあくまでも世界を認識する一つの選択枝であり、いわゆる臨床の知というのはおそらく科学性を内包しながら総合的に人・世界を認識する「 “西洋的発想から見て” 新しい認識法」或いは「新しい試み」なのかと思います。

  88.  鍼灸や中医を取り上げたのは、認識法(主客二分法でない?)が比較的類似している事と、有効と思われる対象について欧米では割と障壁も低く且迅速に取り入れようという発想が欧米にあるように思われるからです。(中医はわざわざ「薬品販売業」の免許を取らなくても「中医」として患者さんに薬の処方が出来れば良いと素直に思います。)
     またAIDSの薬禍問題や、ハンセン氏病患者の長期隔離問題等とも、その心理的「根っこ」はどこか共通しているのではとも思います。
     欧米の同輩達、或いは後発組の韓国の同輩は医療関係者との間で科学性云々を如何にして克服して資格制度を確立したのでしょうね?興味あるところです。(すみません論点がまたズレてしまいました)

  89. 8/20(土) 臨床心理/心理臨床は科学か?

    ロテ職人さんのエントリ
    「【ポパーとか】臨床心理学は科学なのか?【科学哲学とか】」
    「ひょっとして何だか大変なことになってる?」コメント欄
    でも盛り上がってるネタについて,ちょっと考えてみました.
    よく「人のこころは科学では扱えない」とよく言われますが
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  90. >喜嬉武~さん
    > 一方客観性や論理性だけで世界を認識する事にも
    > どこか無理を感じてしまうのですね。
    それはそうでしょう。「客観性や論理性だけで世界を認識する」なんてことは人間には不可能でしょうね…というか、なぜ「だけ」という話になっているのかがわかりません。
    別に中医の話などを持ってこなくとも、科学性とそうでないものは十分に両立すると思いますし、それこそが「臨床実践」なのではないでしょうか。

  91. 繰り返しになりますが、西洋医学であっても、「客観性と論理性だけ」で成立するわけではありません。人間がやっている限り。しかも精神科臨床になれば、なおさらそうだと思います。
    薬物療法中心だったとしても、そこに力動が存在しないはずはないわけで。
    > 欧米の同輩達、或いは後発組の韓国の同輩は医療関係者との間で
    > 科学性云々を如何にして克服して資格制度を確立したのでしょうね?
    > 興味あるところです。
    米国の場合は「博士課程修了」が資格の前提になりますからね。日本でも臨床心理士の基本理念は同じところにあるのですが、臨床心理士資格取得者が高学歴なのを良く思わない職種もあるようで…
    韓国とかはまだ国家資格は出来てないんじゃないですかね(詳しい人いましたら、情報プリーズ)。

  92. 東京大学 丹野義彦さんへ

    鴨下一郎衆議院議員のブログのエントリ「多くの励ましに心より感謝します」のコメント欄に、東京大学 丹野義彦さんのコメントがあります(上から4つ目)。全文を引用します。鴨下一郎先生医療心理師の国家資格につきましては、たいへんお世話になっております。医療心理師の…
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  93. 医療領域限定での国家資格化への危惧

    最近できたブログ「心理職の国家資格化実現検討委員会」のエントリ「『医療限定』国家資格?」、「必要なふたつのこと」および、「全心協に言いたいこと」を読んで。他領域(医療以外の領域)での現職の一人として、医療領域限定で心理職の国家資格化がなされた場合の危惧を…
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  94. >ロテ職人さん
    >科学性と・・中略・・「臨床実践」なのではないでしょうか。
    >西洋医学であっても、・・中略・・そこに力動が存在しないはずはないわけで。
     全く同感です。そういう観点からの認識をあまり抵抗なくスッと受け入れられるのは多くは臨床心理士でしょう。
     一方私たちはそういう日常に慣れているので、つい他の職種の方々もそういう認識を許容してくれる(できる)であろうと思っているところはないのでしょうか?
     そういう観点からの認識を共有できないあるいは許容できない(したくない)方々も少なからずいるからこそ資格について「科学性」を強調して云々してくるのではと思うわけです。
    (なお決してシン@プータローさんの事ではありませんので)

  95. すみません又長くなりました。
     実際、ある議員さんのBlogで臨床心理学を宗教であり学問では無いと強く断定される方の発言が反対声明の発表前にあり、先日の反対声明の文脈が良く似ていたのにはちょっとビックリしました。そういう意味であえて「だけ」と限定しました。
    >韓国とかはまだ国家資格は出来てないんじゃないですかね・・・
    えーそうでしたか?
    2・3年前に会報?に載ってませんでしたっけ
    もし間違いでしたらとんでもない事です。

  96. >喜嬉武~さん
    調べてみたらこんな文献がありました
    渡部昌平 2004 韓国におけるカウンセリング国家資格制度について-日本のカウンセリング資格の検討の参考として-, 臨床心理学研究, 42(1) : 74-80.
    …ということはやっぱり国家資格になってるんですね。失礼しました。
    確認せずに曖昧なことを書いてしまったことにつきましては、関係者各位に深くお詫び申し上げます。

  97. >喜嬉武~さん
    お返事いただいていたのに遅くなってすみません。ちょっと帰省していたものでして。
    一応、私も科学性や論理的な客観性のみで世界を認識できるとは思っていません。
    (そこを意識したつもりで上の方の発言では程度という言葉を使用しています)
    とりあえず、私の言いたいことは82のロテ職人さんとの、
    > 一方常に臨床心理学の有効性を検討し続けることは
    > 大事かと思います。
    というこの一言がなければどうしようかと思いました。おっしゃっていることは非常に分かりますし、実際その通りだと思うのですが、喜嬉武~さんがおっしゃっているようなことを言い訳にして、客観性や論理性を端から放棄しているエセカウンセラーや臨床心理士は存在します
    このやりとりとほぼ同じです。

  98. 続き
    もちろんこれも程度の問題だとも思うのですが、私の周りにはこれを言い訳にしてたり意識してないエセ心理士やなりたい子ちゃんが多いので、国家資格化は厳しく吟味してほしいと思ってしまうわけであります。
    ゆえに私は、許容できる、できない(したくない)ではなく、こいういう人たちがいる限り許容するわけにはいかないというスタンスです。
    長くなって申し訳ございません。

  99. >シン@プータローさん
    >科学的な客観性等がないものに国家資格を与えてしまうのはどうなのかな
    というのは
     科学的な客観性等がないもの(もの=物あるいは対象)という解釈が私の中でほぼ90%でしたが、科学的な客観性等がないもの(もの=者)という解釈80%位(残り20%=対象)ということで宜しいのですね。失礼しました。
    >こいういう人たちがいる限り許容するわけにはいかないというスタンスです。
     すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね。
     確かにそれに出来るだけ近づけようという努力は必要ですよね。

  100. >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  101. 全心協の総会・説明会が開催

    「心理職の国家資格化実現検討委員会(byつなで)」に、
    8月28日に行われた全心協の総会および説明会の内容が、掲載されています。
    「全心協総会の報告その1」
    「全心協総会の報告その2」
    「全心協総会の報告その3」
    読んでみると、以下のような要点が分かるよ…
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  102. 選挙結果速報!

    今回の衆議院選挙の結果は、自民党の圧勝に終わりました。
    この結果は、「臨床心理士」および「医療心理師」の国家資格化に、
    どのような影響を与えそうでしょうか。
    手元にある
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  103. 秋の臨時国会では、審議されない?

    朝日新聞9月14日の記事
    「特別国会では積み残し法案処理を優先 政府方針」
    によると、特別国会では、障害者自立支援法案や改正電波法案など、通常国会で廃案になった積み残し課題の
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  104. 「自覚の問題」

    「心理職の国家資格化実現検討委員会(byつなで)」のエントリ
    「すべての領域間で人事異動が可能であることの重要性」において強調されている
    「他領域にもまたがる国家資格化」とい
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  105. 心理職の開業に健康保険なんて、一言も言ってません!

    なぜか、一部に誤解が広がっているようですので…。
    臨床心理士が国家資格化しても、
    心理士の独立開業に
    国民健康保険を適用してほしい、
    などとは、誰も要求していません。
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  106. 修士レベルの心理職の待遇について

    先のエントリ「選挙結果速報」のコメント欄に、afcpさんから、\\\(前略)\\\
    心理の先生方も本気でどこからお金を取ってくるか、いくらお金を取ってこられるかを考えられても良
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。

  107. 国家資格化は困難!?

    「裕’s Object Relational World」の9月15日のエントリに、
    「第41回日本臨床心理学会大会」での「心理の国家資格について」の様子が、
    レポートされています。
    (※なお、「日本心理臨床学??^@
    >>喜嬉武~さん
    わかっていただけたようでありがたいです。
    ただ、割合に関しては私の中では鶏が先か卵が先かという感じで悩んでいます。
    (というかそこまで意識した発言じゃなかったり)
    >すなわち資格制度の作り方の問題という事ですね
    なんか毎回私の発言はここに行き着くのですがまったくこれにつきると思うんですよね。
    あと、みんさんが述べているように、少しでも科学的な客観性を持たせるべく努力するという姿勢だと思います。
    となると、上記の「もの」は割合は物や対象というよりも者という意味が強いと私は考えているのかなぁ…
    けれど、資格制度を厳しくと考えているということは者の方に期待していないっぽいし…
    まとまりのない文章ですみません。


follow us in feedly
  • 某総合病院精神科勤務の臨床心理士であり臨床心理学者(自称)。なんだかんだで2児の父。妻との仲もそれなりに良好
Twitterアイコン
続・「臨床心理士有資格者は現任者講習を受ける必要はかなり低い」は本当か? 関連ツイートまとめなど

「togetterでやれ!」と言われそうですが面倒なので、現時

和光大学青年心理学研究室
「臨床心理士有資格者は現任者講習を受ける必要はかなり低い」は本当か?

昨日のエントリ、日本心理研修センターが公認心理師の現任者講習会

日本心理研修センター 公認心理師現認者講習
日本心理研修センターが公認心理師の現任者講習会実施機関に指定され「講習会の概要」が公表されたけど…

既に色々なところで話題になっておりますが、日本心理研修センター

日清のどん兵衛 極みだし
『日清のどん兵衛 極みだし 関西風だしうどん&鴨だしそば』がうまい

ここ最近、ずーっとTBSラジオの『伊集院光とらじおと』を、スマ

肩もみ
ネタがないわけではないのですが…

ネタがないわけではないのですが、今日は簡易更新で。 なぜ

→もっと見る

PAGE TOP ↑