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【言葉なんて】「治療」or「カウンセリング」【どっちだって(・∀・)22!!】

公開日: : 臨床心理学

つなでさんのブログ、心理職の国家資格化実現検討委員会の昨日のエントリ、「治療」という言葉で、こんな主張をされていますよ。

私の個人的な見解では、心理的援助と医学的援助の違いを利用者にわかりやすくするためにも、心理職が自分のしていることを「治療」と言ったり、自分を「治療者」と言ったりしないよう気をつけるべきだと考えています。

はあ…
当該エントリのコメント欄にも書いたのですが「私のしていることはカウンセリングである」=「治療ではない」=「したがって医行為ではない」なんて単なる自己欺瞞じゃないですか


同じく当該エントリのコメント欄で(恐らく医師であろうと思われる)ichi-ishiさんはこの述べられていますよ。

臨床、治療、治療契約、治療構造、○○療法、精神力動的診断、心理テストによる診断、といった用語が、かなり頻繁に使われており、一部の精神科医にすると、自らの指示のもとで動いているうちはよいが、いったん手を離すと何をするかわかったもんじゃあない、と感じているのも一面の真理かもしれません。

じゃあ、そういう「一部の精神科医」のためにそれぞれの用語を言い換えれば解決すると?それは一部の精神科医による言葉狩りなんじゃないですか?
大切なのは言葉じゃなく、その物事の本質だと思うんですがねぇ…。ほんと、つまんないことを気にするんですねぇ…。
こういうことがあるから、現時点では私はこの資格問題には触れたくなかったりします。「議論」という名の言葉遊び(それが進んで言葉狩り)に堕してしまう恐れが十二分にありますので。
確かに医療以外の現場にいるのであれば、こうした言葉の使用には充分に気をつける必要があると思いますが、私は医療現場で働く心理臨床家…というか心理療法家として、チーム医療の中で治療に携わっているつもりです。というかそういう意識で日々の仕事に従事しています。
そうした観点に基づいて考えると、各種心理アセスメントを施行することも広義の「治療」の一環ですし、心理面接・カウンセリングも「治療」の一環として行っているものだと言えます。
裕’s Object Relational Worldの今日のエントリ、心理職のアイデンティティと疎外で裕さんは

少なくとも病院を訪れている患者さんで、カウンセリングを治療の一貫と思っていない人がどれくらいいるのだろうと思ってしまいます。PTなどのリハビリテーションも含め、病院で受けるサービスの総体を広い意味で治療の一貫と考えているんじゃないでしょうか。

と書かれていますが、私も正に同じ意見です。
それに関連した話で、つなでさんのブログでのafcpさんのコメントも引用してみます。

うつ病や統合失調症と診断された患者さんやご家族のなかの、少なからぬ割合の方が、「カウンセリングで治療してください」とおっしゃいます。
カウンセラーが狭義の治療として心理療法を行っているつもりがなくても、クライアントはそのように受け取っていない、ということは起こりうるような気がします。

確かにこういう事態はしばしば起こりえます。そして、逆もまた真なりだとは思いますよ。
この辺について馬場禮子氏は著書の精神分析的心理療法の実践―クライエントに出会う前にでこう述べていますよ(ちょっと長いですが、非常に大事なところだと思うので続けて引用します)。

カウンセリングや相談(コンサルテーション)と違って心理療法という場合は、その人自身のパーソナリティ要因に関連する問題がある場合に行われます。パーソナリティ要因というのはその人のものごとの感じ方とか考え方とか、対人関係のパターン、その人が身につけている関わり方の形といったものに何かうまくいっていないところがあって、そういうものを変えていきましょう、という場合です。つまりその人のパーソナリティの要素に関連することを、今のままでは具合が悪いから、それをもっとうまくいくように変えていきましょうということで、問題を抱えている人の個人的・心理的な問題を解決することを目標にするのが心理療法です。
ロジャースのように、自分の心理療法をカウンセリングと呼ぶ人もいるので、両者を区別するのは難しいのですが、一般にはカウンセリングのほうが心理療法よりも浅くて広い方法であり、広い領域で、気軽に使われているといえるでしょう。
だからといってクライエントが「カウンセリングをして下さい」と言ってきたときに、「あなたのはカウンセリングではなくて心理療法ですよ」と定義してみせる必要もないので、「はい、カウンセリングをしましょう」と言って、実は心理療法であっても構わないわけです。

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馬場 礼子

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この最後の段落を読むと、「カウンセリング」とか「治療」とか「心理療法」なんて言葉にこだわるのはアホらしいと思ってしまうんですが、そう思ってしまうのは私だけなんでしょうか?

このエントリを読んで(・∀・)22!!と思った方は是非ともぽちっと1クリックおながいします→人気Blogランキング

2005/10/04 | 臨床心理学

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コメント/トラックバック (31件)

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  1. ロテ職人さん、トラックバックありがとうございます。
    私が、「治療」「治す」といった用語に気を使うのは、クライアントとの関係への配慮からです。心理的援助が何をすることかが、もっと周知されている文化の中でなら話も違うのかもしれませんが、安易に「治療」「治す」ということをこの国で口にすることは、「疾患を治してもらえる」という期待を抱かせる可能性があります。私は、心理的援助は、クライアントとの合意の上で共同作業を行うものだと思うので、私に何ができるかを、ある程度知っておいていただくことに気を使っています。
    馬場礼子先生に異を唱える勇気はありませんが、「パーソナリティー」をターゲットに介入するなら、私の感覚では、なおさら「治る」「治す」という言葉は使用できません。
    私のブログの方にもいくつかコメントさせていただきました。ご批判いただければ幸いです。

  2.  こんばんは。『第2回 乳&涙袋チャット』でしたっけ?で少しだけお目にかかりましたものです。覚えておられないかもですが、おひさしぶりです。
     晴れて京都の某教育大学(笑)に合格しまして、来年からは大学院生になれることが決まりました。ですので、たまには見てるばかりじゃなく発言させていただこうかと・・・(^^;
     言葉を選ぶこと自体はとても大事なことだと思います。ただ、「カウンセリング=医行為でない」という図式が自己欺瞞となるのは意味がないと思います。カウンセラーが治療行為を行っているという自己欺瞞に陥るのを防ぐために、言葉を選ぶんですよね。
     要はクライエントが過度な依存をもって、不利益をこうむる可能性を排除するために、「治療」という言葉の使用を避けるのも必要かと思います。
     まだ大学院生にもなれていない青年の戯れ言でした・・・

  3. 実際に患者さんに心理療法を実践している身として、
    こちらの見解としては「治す」とか「治療する」というより「今よりもよく生きやすい(活きやすい)ようにしていきましょうね」という立場で接してますね。
    フィールドが病院や施設になると大学院時代とは違うと言われましたが、やはり根本は変わらないと思ってます。
    あまり深く聴くようにしない、とか色々考えてはいますが。
    試行錯誤です、未だに。

  4. >つなでさん
    コメントありがとうございます。
    > 私が、「治療」「治す」といった用語に気を使うのは、
    > クライアントとの関係への配慮からです。
    > 私は、心理的援助は、クライアントとの合意の上で
    > 共同作業を行うものだと思うので、
    > 私に何ができるかを、
    > ある程度知っておいていただくことに
    > 気を使っています。
    この辺は同意…というか心理臨床を行う上ではごくごく当たり前のことかと。
    で、つなでさんは「治療してください」と言ってきた人に「私は治療はしません。カウンセリグはしますが」と言いますか?
    私が言いたいのは、「カウンセリング」とか「治療」とかそういう言葉が問題なのではなく、結局「一緒に何ができるか」ということだと思うのですよ。

  5. >つなでさん
    もちろん、出来もしない「治療」を標榜しているのはエセ臨床家というか詐欺師に等しいと思いますし、そんなのはこの世から消え去っていただきたいと思っております。
    ただ、個人個人で「治療」「カウンセリング」の定義に違いがあっても、私は別にいいと思うんですよ。臨床実践における原則的な部分さえおさえていれば。
    問題なのは「自分が思うところの『治療』の定義」でもって、他者の定義・用法までも制限しようということだと思うのですよ。

  6. で、私がもしスクールカウンセラーとして学校に行ったとしたら、そこでは「心理療法」は行わないと思います。
    で、治療を行う枠組みが出来るところなら心理職であっても「心理『療法』」はできると思っています。
    「心理療法」と「カウンセリング」はもちろん違うし、どちらもあってもいいじゃないですか。「カウンセリング以外ダメ」ってことじゃないでしょう。そんなつまらないことにこだわるよりも、もっと大事なことがあると思うんですがねぇ。
    てか端的に言えば「くだらねぇ」ということになります。

  7. >つなでさん
    > 馬場礼子先生に異を唱える勇気はありませんが、
    > 「パーソナリティー」をターゲットに介入するなら、
    > 私の感覚では、なおさら「治る」「治す」という言葉は
    > 使用できません。
    ちゃんと読みましょうよ。「パーソナリティ」ではなく「パーソナリティ要因」って書いてありますよ。
    さらに言えば、私は「治療」という言葉は使っていますが「治る」とか「治す」って言葉は使ってません。
    言葉にこだわるのであれば、もっと厳密にいきましょう。

  8. >NVさん
    コメントありがとうございます。
    > 「カウンセリング=医行為でない」という図式が
    > 自己欺瞞となるのは意味がないと思います。
    > カウンセラーが治療行為を行っているという自己欺瞞に
    > 陥るのを防ぐために、言葉を選ぶんですよね。
    それと同様に、心理療法を行っている人間が「自分はカウンセリングを行っている」という自己欺瞞をも防ぐ必要がありますよね。
    言葉の言い換えで満足してんじゃねーぞ、と。

  9. 言い忘れました。
    >つなでさん
    「カウンセリング」という言葉を使わなければ、「『疾患を治してもらえる』という期待」を抱かれてしまうもんなんですか?
    それって能力的にどうよ…って感じがしないでもないんですがどうでしょうか?

  10. >yuinoさん
    コメントありがとうございます。
    > こちらの見解としては
    > 「治す」とか「治療する」というより
    > 「今よりもよく生きやすい(活きやすい)ように
    > していきましょうね」
    > という立場で接してますね。
    だからそれは「立場」だったり「態度」だったりの話であり、「言葉」の問題ではないと思うのですよね。

  11. ロテ職人さん、私がもし「治療してください」と言われたら、もちろん相手によりますが、「治療とおしゃられたのはどういう意味かまず一緒に考えてみましょう。」と言うかもしれませんし、いろいろ話し合った上で「カウンセリングで病気を治すという意味であるなら、それはできないと思います。」と言うかもしれません。時と場合によると思います。

  12. ロテ職人さんが「治療」とは言うけれども「治る」「治す」と言わないのなら、そこには、何らかの線引きがあるということですね。「立場」や「態度」はもちろん大切だと思いますが、それと同じぐらいに「言葉」をどのように使用するかということが大切だと思っています。
    言葉を大事にするのは、クライアントは、しばしば言葉の使い方のまずさによって窮地に陥っているからです。クライアントが、自分の人生を良くするような言葉の使い方ができるようになるお手伝いも、心理的援助の大切な仕事だと思うからです。

  13. それから、私も「心理療法」と言わないかどうか、朝からずっと考えていたのですが、それは、やはり使わざるを得ない用語のように思います。クライアントに直接言うことは少ないでしょうけれど。
    上記のパーソナリティー要因の話、ご指摘ありがとうございます。カウンセリングと心理療法をそのように線引きすることは、有用だと思います。なので、なおさら、「心理療法」という用語を使わないことは難しいですね。

  14. 上記11に追加ですが、「病気を治すということなら引き受けられません。」と言った上で、例えば「話を整理するお手伝いはできます。」とか、「行動を変える方法を一緒に考えることはできます。」とか言って、合意できる目標を探すと思います。

  15. それから、「治療」という言葉については「自分が思うところの「治療」の定義」では、よくないと思います。言葉は、定義があって、よく通じるものにする努力が必要だと思います。特に、臨床心理学の体系にとって重要な言葉には、できるだけ多くの人が共有できる定義が必要だと思います。ただし、もし、クライアントとの間で「治療」という言葉を共有して、それがクライントの役に立つのなら、それは使えばいいと思います。

  16. ロテ職人さんが上記の6で書いてくださったこと、大切だと思います。学校の中では「心理療法」をしないということですね。これは、馬場先生のおっしゃる意味でのカウンセリングと心理療法の区別があるから気をつけることができることだと思います。私も、学校では、狭い意味での心理療法はできないと思います。この区別をしない人が、学校で「治療」をしようとして、いろいろ支障もあるのではないかと感じます。

  17. ロテ職人さん
    >大切なのは言葉じゃなく、その物事の本質だと思うんですがねぇ…。ほんと、つまんないことを気にするんですねぇ…。>
    ところが、国家資格化となると、「つまらないことを気にしている」とも言えなくなってきます。故にやっかいな問題と、私も思っています。そういう意味では「寝た子を起こすような国家資格問題」は起きて良かったのか悪かったのか、確かにいささか疑問ではありますね。
    でも、もうそろそろこの問題、整理した方が良いのでしょうね。様々な弊害(エセ心理士が多い昨今)も起きてきていますから・・・。

  18. (続きです)それから、ロテさんがおっしゃる「心理療法家」という言葉、正に、ロテさんやデスマさんが今まで「医学部合格できるくらいの、博士レベルの資格の必要性」を言ってきた根拠と思いました。「医師が行う精神療法と同じレベルの心理療法」を行うためには、確かに医師と同じレベルの力がないと無理だと私も思います。
    そしてこの部分が、医師達の危惧に通じている部分だと思います。
    ここを整理しなくては、やはり心理職の国家資格化は難しいと思います。
    また一緒に考えていきましょう。

  19. (余談)ちなみに、厳密に現実レベルで言葉の整理(統一)がされていない段階ですが、私自身は「心理相談」「心理指導」「心理助言」もやっていますが、「心理療法」も(まだまだ未熟なので、レベルは浅いかもしれませんが)やっていると思います。ハイ・・・。

  20. 混乱させたみたいで申し訳ないのですが、私は、疾患の病態生理学的な治癒を直接めざした「治療」はできないけれど、「心理療法」は、もちろんしています。それは、心理の仕事でもありますから。ただ、医師の「心理療法」と心理職の「心理療法」とでは、薬物療法など、直接身体に影響を与える「治療」をできるかどうかで、「心理療法」自体の内容も違っていると思っています。例えば、医師に対して幻聴がひどいんですと話せば、薬物が増量されますから。

  21. >つなでさん
    色々言いたいこともありますし
    ゆっくりコメントしたので
    私からの返信はしばしお待ちいただけたらと。

  22. 医師に対して幻聴がひどいと話せば、薬物が増量される、というのは、とても単純化した話ですよ。医師は、自傷他害の恐れの著しい人に関しては、強制的に措置入院する必要があるという診断を下すこともできますので、同じ心理療法と言っても、話をする側から見れば、意味が違っていると思っています。

  23. >臨床心理士ですがさん
    > ところが、国家資格化となると、
    > 「つまらないことを気にしている」とも
    > 言えなくなってきます。
    そうなんですよ。こういう文脈で取り上げられるのでなければ、私もノリノリで議論するのですが、こんな流れで出てきている話なので、正直あまり乗り気じゃないんですよ
    (その割にはガンガンコメントしてるじゃんというツッコミはなしの方向で)。
    > 様々な弊害(エセ心理士が多い昨今)も
    > 起きてきていますから・・・。
    エセ心理士…というか臨床心理士資格保持者の中に限りなくエセに近い人が少なからずいるというがまた恐ろしい状況だと思っております。

  24. >つなでさん
    ゆっくりコメントしようと思ったんですが、気になったので一点だけ。
    > 同じ心理療法と言っても、話をする側から見れば、
    > 意味が違っていると思っています
    「同じ心理療法」とおっしゃってますが、「同じ」じゃないですよ。
    そもそもろくに面接のトレーニングもしていない、psychotherapyのSVもまともに受けたことがないような医師ですら(というかそういう人が大半なわけですが)、「精神療法」を行うことができるってのはおかしいと思うんですけどね。
    そういう意味では心理職の行う「心理療法」と医師の行う「精神療法」を果たして同じ物と捉えて良いのか?という疑問がわいてきます。
    …というか私は本質的に異なると思っていますので、そういう意味でも“psychotherapy”を「心理療法」と「精神療法」に訳し分けるのは単にそれを行う職種が違うという以上の意味があるのではないかと思っています。

  25. >つなでさん
    > それから、「治療」という言葉については
    > 「自分が思うところの「治療」の定義」では、
    > よくないと思います。
    ほんとはそうなんですが…てか、これまでつなでさんご自身が「自分が思うところの『治療』の定義」に基づいてお話されてきていることには気づいてらっしゃいますか?
    私は心理療法の多様性はあっても良いと思っています。個々の患者・クライエントに対して最も適した技法なり考え方なりが適用できるのであれば。で、様々な方法がある中で、「治療」だったり「カウンセリング」だったりの定義を一つに決めるというのは困難、というよりも不可能だと思います。

  26. >つなでさん
    実際、つなでさんが挙げた下山氏の定義と私が挙げた馬場氏の定義とで、既に大きなズレが生じていますし、これで他の人の定義を持ってきた場合、言葉にこだわろうとすればするほどドツボにはまっていきますよ。
    だからこそ、私はこれ「不毛な議論」だと思うんですよね。

  27. >臨床心理士ですがさん
    > 「医師が行う精神療法と同じレベルの心理療法」を
    > 行うためには、
    > 確かに医師と同じレベルの力がないと
    > 無理だと私も思います。
    ぶっちゃけ「医師が行う精神療法」なんてのは大したことはありません。生物学的精神医学が主流の昨今、学部教育の中で精神療法を扱う時間なんてほんの数コマだけですし、研修医でもみっちり面接のトレーニングなんかを受けられるところはまずないでしょう。
    つなでさんへの返信にも書きましたが、正直、同じ“psychotherapy”だとは言いたくないですし、そもそも質的に異なるものだと思っています。

  28. >臨床心理士ですがさん
    本当はこんな話(医師の行う精神療法について)はしたくなんですよ。しょせん「ひとんちの話」ですし、自分らが「心理療法」をちゃんとやってりゃあいいって話だと思っているんで。
    ただ、「治療」とか「カウンセリング」とかそういう言葉の問題ということになると、医師の行う「精神療法」の問題も避けて通れなくなってしまうんですよね。
    そうなってくるとやはりこの話題は不毛感が漂うわけで…。
    > 「医師が行う精神療法と同じレベルの心理療法」
    正確には「医師が行う薬物療法(+ちょびっと精神療法)と同等の専門性をもった心理療法」ですかね。
    効果について言えば、そりゃあ「薬物療法」の方が格段に上なわけで…そんなわけで、ある意味では「医師以上の能力」が本来必要なんじゃないか…ということを常々主張してきているのであります。

  29. レスが前後してしまって申し訳ありません
    >つなでさん
    繰り返しますが、言葉の問題を扱うのなら、もっと厳密にいきましょう。
    そうじゃないと本当に不毛な議論になってしまいますよ。

  30. ひっそり一言。
    >正確には「医師が行う薬物療法(+ちょびっと精神療法)と同等の専門性をもった心理療法」ですかね。
    うん、うん!
    常々、ロテさんがそういうことを念頭においているだろう、ってことは感じていたのですが、ここではっきり書いていただいて、「ああ、そうだったんだな」って妙に納得いたしました。
    「ちょびっと精神療法」に甘んじざるを得ない医師としてはちょっと悔しい思いさえしますが、しかし、そんな「心理療法家」、あるいはそれを目指す臨床心理士さんが存在することを感じ、嬉しくも思います。
    ……しかし、それならなおさら、誰にでもできるお仕事じゃないですねえ……

  31. >ミナミノシマさん
    コメントありがとうございます。
    > ここではっきり書いていただいて、
    > 「ああ、そうだったんだな」って
    > 妙に納得いたしました
    あれ…これって明言したことはなかったでしたっけ?…うん。確かにはっきり書いたことはなかったかも。
    > そんな「心理療法家」、あるいはそれを目指す
    > 臨床心理士さんが存在することを感じ、嬉しくも思います。
    まあ、自分がそこにどれだけ近づけているかというと、まだまだ全然…なんですけどね。
    > しかし、それならなおさら、
    > 誰にでもできるお仕事じゃないですねえ……
    そうなんですよ。そういうことを私は常々主張してきているのです。現実的でないのは百も承知なんですけどね。


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  • 某総合病院精神科勤務の臨床心理士であり臨床心理学者(自称)。なんだかんだで2児の父。妻との仲もそれなりに良好
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