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2006年10月10日

●参加した人いますか?『 心理専門職に関する国際シンポジウム~国家資格化をめぐって~』


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昨日、東大で行われた『心理専門職に関する国際シンポジウム~国家資格化をめぐって~』ですが、参加された方はいますか?

当ブログの06/09/28のエントリ、再び!だそうでのコメント欄にてAnonymousさんがレポートしてくださっております。あと、ある方からはメールで感想もいただきました。

私ですか?私は家事と育児で忙しくて参加できませんでしたよ。残念。

事前に私が所属している地域の臨床心理士会から「予約参加者が少ないからふるってご参加ください」という旨のメールが届いてたりもしたのですが、参加者はどの程度いたのでしょうかね?

とりあえずAnonymousさんのレポート、コピーしてみますよ(改行は読みやすいように改変してあります)。

国際シンポ行ってきました!

冒頭は、河村議員からのビデオレターでした。

昨年に法案に反対声明を出していた、精神科診療所協会、精神神経学会からも、来賓がありました。反対は反対のようですが、話ぐらいはしようと思ってくださっているようで、質疑応答の際には、発言がありました。

よく来てくださったと思います。今後も対話が必要のように思います。

確かに対話の席につかないことには(ついてもらえないことには?)何も始まりませんわな。そういった意味では精神科診療所協会および精神神経学会からの来賓が参加したということ事態に意義があるのかもしれませんね。

心理学諸学会連合からも、理事長が挨拶に来ておいででした。条件つきながら、2資格1法案を支持してくださるのは、たしかなようです。

一応、それが規定路線なのでしょうね。

招聘外国人の先生方の中では、とりわけPritz博士のご発言が印象に残りました。Pritz博士は、欧州心理療法協会の事務局長で、心理専門職の資格化について、豊富な経験をお持ちだそうです。また、フロイトの名を冠した、ジクムント・フロイト大学を最近、創設したとのこと。

精神科診療所協会の先生から、「医療心理師だけかと思っていたら、臨床心理士も全部医療に入ってくるのか、
という驚きがあって反対した。我々も心理職に独自の専門性があることは認めている。医行為は一部だと言っている。」とのご発言があった際に、Pritz博士が、「下に兄弟ができたときの状況に似ている。これまでと何もかも同じというわけにはいかないが、そのうちよい遊び相手に育つだろう。」とおっしゃったのが、印象に残りました。

また、「精神科の医師の専門性は高く、それに対して、我々は十分な敬意を払わなければならない。
しかし、我々もまた、それと同等の敬意を求めたい。」ともおっしゃっていました。

「医療心理師」と「臨床心理士」を別物として分けて考えるその考え方、いいかげん何とかならないものなのですかね?いや、確かに別物なのですが、将来的には「医療心理師と臨床心理士の2つの資格を持った人」も出てくる可能性はあるわけじゃないですか。…そういう問題ではない?

ちなみに「それと同等の敬意を求めたい」というのはどうでしょ?私個人としては医師の専門性に敬意を払っているつもりですが、果たして心理職の全てがそれと同等の敬意を払われるに値するとは思えないのですよね。少なくとも現状では。そのためのカリキュラムの整備なのでしょうが…医療に偏ったカリキュラムになった時に、果たして「敬意を払われるに値する専門性」が得られるのかどうか。微妙なところだと思います。

もちろん国家資格化の目的は「敬意を払われること」だけではないとも思いますが。

また、産業医の先生から、「自殺者3万人という中で、医療につながっている人は約3割。産業医と仕事をしていて、臨床心理士と産業カウンセラーが、医療につなぐという役割を、よくやってくれていると感じている。医療の枠組みがもっと広がればよいのだが、医療というのはそう簡単に広がっていかない。医療の中での心理というだけでなく、医療の外での心理職が、医療につないでくれる、という点が、今後、重要ではないか。医療の外にも心理職がいることのメリットについて、海外の先生方にもうかがいたい。」とのこと。

ここでも、Pritz博士が、「医師は疾病をみる。心理職は情緒に対してアプローチする。近いところで聴いてもらっていると思ってもらえる。病気でなくても、情緒に障害を感じれば、専門家にかかってよいんだと思ってもらえることが、メリット。」

またKinderman博士(リバプール大学教授)は、「イギリスでは、心理職を国家資格化して、自殺率が下がった」
とのこと。

精神神経学会の先生から、「心理職が医療以外にいた場合、医療が必要な人に会ってしまうことがありうる。そういう場合、諸外国ではどうなっているのか?」との質問。

「これは私たちの国でも、もめた。身体的な疾病が考えられる場合には、医師に紹介しなければならないという条文を付けた。しかし、医師の指導・監督を受けなければならないという条項はない。また、こちらも医師に紹介する義務があるのだから、医師もまた、情緒的なケアが必要な人は、心理士に紹介しなければならない、という義務を定めるよう条文を入れさせた。お互いに相手の領分を侵してはならない。」

また、

「アメリカで、心理職にも、薬の処方権を与えようという話が出て、製薬会社は乗り気だったが、私は、心理職はそのようなことを考えるべきではないと思う。」とのこと。

この回答に「精神神経学会の先生」は納得されたのでしょうかね?

「心理職が医療以外にいた場合、医療が必要な人に会ってしまうことがありうる。そういう場合」ってのは現状でもスクールカウンセラーなんかはよく遭遇する場面だと思います。そうした場合に適切な対処が出来てこそ、初めて「専門性」ってことを主張できるのだと思うのですよね。

…やはりこういう質問が出てしまう時点で、何か認識が間違っているというか…どんな状況を危惧しているのやら。それをはっきりさせた上で、そのような危惧する事態をできる限り避けられるような資格制度なり養成課程なりを整備していく必要があると思いますよ。

そして終盤、医療ソーシャルワーカー協会の方の発言が、特に印象に残り、感動しました。

「まるで自分たちの30年前を見ているよう。デジャブーを感じる。自分たちのときも、2つの資格を創ると国から言われた。社会福祉士と医療福祉士。医療の中と外は別物だから、2つの資格が必要だと国が言う。自分たちは同じことをやっているのに、どうして2つ?と思った。国家資格が何をもたらしてくれるのか。私たちの中にも、未だに、医療行為ということでいいから、国家資格を、というグループがある。彼らの求めているのは待遇改善。しかし、待遇は私たちの実力に伴ってついてくるもので、国家資格化したからといって、待遇は変わらない。

で、待遇改善でないとすると、国家資格がもたらすものは3つ。1つは、名称。2つは、業務内容。これはいい。しかし、3つ目。養成課程。たとえ一部でも医行為が含まれるとなると、それは、医学中心の養成課程になる。国家資格の科目は13科目とだいたい決まっているので、専門を削って、4割近くが医学系科目。自分たちは話し合った。そして、その話を断ったんです。(注:そのため当時、社会福祉士だけが成立。今でも、精神保健福祉士はいるが、精神科以外の医療ソーシャルワーカーは、無資格状態。)

自分たちのアイデンティティはソーシャルワーカーだ。医療のことをやるわけではないのに、医学中心の養成課程が残されてしまうのはどうか。自分たちは、どういうことをして患者さんの役に立ちたいのか。その後も何十年も戦ってきた。私たちが死んでから、もしかしたらそういう資格(=医療職でない福祉専門職の医療ソーシャルワーカー)ができるのかな、と思っていた。

病院は海だ。海で泳ぐには魚でないと、と国は言う。しかし、自分たちはイルカだ。姿は似ていても哺乳類なんだ。白衣を着ていて患者さんに会っていても、医療職ではないんだよ、と思い、そう言ってきた。しかし、今年の春に、突然、日本医師会が、社会福祉士という資格で医療の中に入ってもいい、診療報酬も算定する、と言い出した。長い間の矛盾はこれで解決はするが。突然のことで。」とのこと。
 
感動しました。待遇改善のための国家資格化、と考えていると、やはり後でいろいろ後悔しそうです。また、医療職以外のアイデンティティを求めるなら、このぐらいのつもりでならなければいけないのだな、と思いました。

私はこのブログでも何度か主張してきましたが、国家資格化されることで待遇が改善されるとは思っていません(なので、はっきり言って国家資格化自体はあまり強く望んでいなかったりします。そりゃ国家資格化されるならそれに超したことはないとは思いますが…)。

で、専門性に関しては心理学というベースを持ちつつ(これは大学院入試レベルでいいかと)、医療とそれ以外の領域を広く網羅した心理臨床学を修得するって感じでいいんじゃないですかね?(※10/11:文章若干改変しました)「修士課程修了」という条件はそこでうまく機能していくのではないかと。

…というわけで、このレポートを読んでもあんまり私の考えは変わらないです。

他に参加された方がいらっしゃったら感想いただきたいところです。あとこのエントリ自体に対するコメントもいただけたらと。

…結局カギを握るのは養成課程の問題だと思うんだけどなぁ…

参考エントリ:
ぼくのかんがえたりそうのりんしょうしんりしようせいかてい(06/03/03)
ぼくのかんがえたりそうのりんしょうしんりしようせいかてい その2(06/03/05)
ぼくのかんがえたりそうのりんしょうしんりしようせいかてい その3(06/03/06)
私の考える理想の臨床心理士養成課程Vol.1(06/03/20)
私の考える理想の臨床心理士養成課程Vol.2(06/08/03)
私の考える理想の臨床心理士養成課程Vol.3(06/08/16)

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コメント

 どんな資格でも「その資格をとってペイするか」という視点は重要だと思うんですよ。
 なぜ少なからぬ数の人は,何年も浪人して医学部に入り,学部6年+研修2年+現場で丁稚奉公という苦労を重ねてでも医者になりたいのか。
 第1義的にはそれだけ先行投資しても後でペイするからでしょ。
 現状で,臨床心理士資格がそこまでの先行投資に見合うペイを保証しますかね?
 そういう保証ができないのであれば,条件を厳しくすればするほど良い人材が残るとは限りません。むしろ,良い人材は,いったん採用試験に受かってしまえば身分は保障されている公務員試験に逃げてしまい,後はまともな損得勘定もできない新興宗教まがいの「夢見る夢子ちゃん」だけ残るという可能性も十分あると思うわけです。
 社会が心理職に対してどの程度の力を求めているか,また,社会が心理職に対してどの程度のペイを支払っても良いと考えているか,養成課程の問題はそのあたりを無視しては始まらないと思います。
 

 別に私は偏差値が高い大学の学生=能力のある学生と決め付けている訳ではないのですけど,

 例えば,俗に言う無名大学が,いきなり東大・京大よりも難しい入試を課して「能力のある」学生を選抜しようとしたと仮定しましょう。

 その大学は,その年から東大・京大よりも「能力のある」学生を迎えて教育活動に邁進できますかね?

 誰も受験しにこなくなるのが落ちではないですか?

> むしろ,良い人材は,いったん採用試験に受かってしまえば
> 身分は保障されている公務員試験に逃げてしまい,

それだったら、現状でも、すでに優秀な人材は、
ほとんど公務員に流れていることになりますが、
そうでしょうかね。

すえぜんさんの議論でおかしいと思うのは、
暗に心理職を「無名大学」に喩え、
医学部を「東大・京大」になぞらえていることだと思います。

もし、医学と心理学が内容的にもほぼ同様であるか、
医学が心理学の中身をも内包しておれば、
すえぜんさんのおっしゃるような仮定がなりたちます。

むしろこの場合の喩えでいうなら、
以下のような比喩のほうが、適切であろうかと思います。

法学部よりも文学部のほうが、おしなべて考えれば、
偏差値は低いです。
ところが、もし文学部のほうの定員をぐっと減らして、
(あるいは定員を充当できないかもしれないのを覚悟で)
難易度を上げれば、
法学部と同等の受験難易度の文学部、というのを
作れると思います。

そして、法学部のほうが就職の際につぶしはきくけど、
文学部のほうは、
それでも興味・関心があってやりたいという人で、
かつまともな能力をもった人だけが入れる
(あるいはそういう人だけが最終的に卒業できる)
そういう文学部にすればいい、
そしたら「なりたい子ちゃん」も淘汰できる、という、
ロテ職人さんのいう「理想の養成課程」は、
そういうことなのではないかと思います。

医師と心理職は、
やることの内容も本質も大きく異なるのです。

一次元的な尺度の上に並べるのはどうかと。

どの程度ペイするかは、
まともな養成課程を整えた上での結果論であって、
最初からそれを当て込んでいるのは、おかしいと思います。

医学科目も入れて、心理の専門科目も入れて、
ってことになると、
そもそも大卒の単位数では全然足りないのですよ。

それに、本質的に「儲かる仕事」とそうでない仕事ってのは、
その仕事の難易度とは別に、あると思います。

心理職の場合、まとまった時間を、
1人の人(あるいは1つのグループ)のために使うのが基本ですから、
効率の面で、どう考えても儲かる仕事にはなり得ないのですよ。

神経を使う仕事だし、なるのに時間もお金もかかる、
だからそれに見合ったお金が欲しい、という人は、
心理職じゃなくて、別の仕事を選ぶべきじゃないのかなあ・・・。

現状の待遇がひどすぎるので改善の余地はあるにせよ、
それは、私たち一人一人の能力に対して支払われるものであり、
自分たちの能力を高めるほうが先ではないかと。

そういう意味では、
損得勘定の苦手な人が集まる仕事ってことで、
いいんじゃないでしょうか。

当日、亀口憲治氏は、「臨床心理士の身分的根拠の不安定さ、ハイリスク・ローリターンの現状を打開するためには、心理職を取り巻く状況の全体的ボトムアップが必要である。今の社会にとって、心理専門職は誰にとっても必要であることを、広い視野から提示していくことが必要である。そして必要な職種だからこそ国家資格化は必然である」というようなことをおっしゃっていました。

個人的にはデスマさんのおっしゃる「(ペイは)私たち一人一人の能力に対して支払われるものであり、自分たちの能力を高めるほうが先ではないかと」という意見に近いのですが、どうもそういう地道なあり方だけではダメと言うことのようです。

それから、最近、「そもそも、何故、(今回の)国家資格の話が始まったのか」を、もう1度、考え直していたのですが、亀口氏は「既存の国家資格(約300)との対比」という話の中で、「厚労省(138)、文科省(8)、財務省(2)、法務省(6)で、厚労省は圧倒的に管轄している国家資格が多い」とおっしゃっていて、それを聞いてなるほどと思いました。

また、会のどこかで、「国際情勢の中、1985年に国連の委員会から(精神医療に関する?だったと思う。詳しい資料が手元にないので曖昧です。ごめんなさい)改善勧告が出され、それに基づき精神保健法が成立し、その流れの中、心理職の国家資格化の問題が出てきた」とも話されていました。

この2つの話を受けて、「そもそも厚労省(というかこの場合は旧厚生省かな?)は、国家資格という枠で、職種を限定していくところ」であり、また、今回の国家資格問題は、「精神医療に関する国連の改善勧告から出た話しだった」ということが、再確認できました。

だからスタートが「旧厚生省」で、「医療現場限定の国家資格化」で、「医療心理師」だったのですよね。

出始めがそう(医療限定)だったのですから、話が上手くかみ合わなかったのは無理もないなと、改めて思いました。

それから、ソーシャルワーカーの時と比べると、今の「2資格1法案」は法律の点で一緒になっているのですから、スタートが違います。なので、まずはこれを上手く上程していくことをめざすことが、先決ではないかと思います。

そして法案が成立し、施行された後、それこそデスマさんのおっしゃる「実力」で、「法改正」を狙っていくのが良いのではないかと思います。

最初から「完璧な法案」など、無いのですから・・・。

付け加えますが、私も今の「2資格1法案」に
反対するつもりは全くありません。

私は、参加して、
乾先生が何度か全心協を、
「同じ仕事をしている私たちの仲間」
と呼んでいたことが、
とても印象に残りました。

>反対するつもりは全くありません

あ、デスマさんが反対しているとは思っていません。大丈夫ですよ。

ところで、今(というか、これまでも)臨床心理士を推進している人たちの中に、「まだ医療心理師がついている」「臨床心理士に1本化しろ」という意見が強いのですが、それが今現在、「どういうことを意味して意見していることになるのか」ということを書きたいと思います。

今回、国会議員の方の多大なるご尽力のお陰で、「2資格1法案」が作成されました。そこには、「医療心理師」を推進した議員、「臨床心理士」を推進した議員、それぞれの立場の方がいらっしゃるわけです。

ということはつまり、「臨床心理士のみにして欲しい」という意見を主張すると言うことは、「医療心理師」を推進している議員に、「推進を下りてくれ」と言っていることになるのです。

これは「逆もまた真なり」です。

つまり、「2資格1法案」が出来た時点で、2資格は一心同体なのです。

だからもし今、国家資格化を進めるなら、この形(2資格1法案)で進めるしか、現状では無理なのです(モチロン、細かな内容は修正可能ですが)。

それとも、どちらか一方の議員に「そちらの推進を降りてください」と、誰かがお伝えしますか?そして、果たしてその後、どういう経緯を以って、どちらか一方の資格だけを成立させていくのでしょうか???

もし、今、どちらか一方の資格だけを成立させたいのでしたら、方法は一つ、「2資格1法案を取りやめる」しかないでしょう。そしてその後、1法案だけを成立させていくために、本当にまた長い年月をかけて、1からやり直さなければならないでしょう。

う~ん・・・。そうなった場合、どこの誰がどうとりまとめていくことになるのでしょうか?もしかして、日本心理学諸学会連合が中心となって、日本における全部の心理学の学会が集まって、「心理学の国家資格化」を目指していくことになるのでしょうか?「代表理事が変わる度に、議論が振り出しに戻ってしまうというような団体で」ですよ。

もぉそんなこと、考えただけで気が遠くなります。

でも、こうなってくると、それこそ「私たちが死んでから・・・」ですかね?でも、世の中、何が起こるか分からないから、案外、サクッとまとまっていくのでしょうかね?

う~ん・・・。分からない。

あ、ちなみに、別に私は議員に遠慮しろとは言っていませんよ。現状はこういう状況だと言うことを伝えたいだけですので、誤解無きようお願いいたします。

それにしても長いコメントでしたね。すみません。

それで、以下ですが間違えました。

>1法案だけを成立させていくために、

「1資格として成立させていくために」に訂正をお願いいたします。

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