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2006年11月06日

●【行きたかったけど】資格問題に関するシンポジウム@日心【お金がなかったorz】


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11月3日-5日、福岡国際会議場にて日本心理学会第70回大会が開催されました。

個人的には日心臨よりも研究色が強いと思いますし行きたい気持ちは山々だったのですが、家計が苦しい昨今、今回は我慢せざるを得ませんでした(まあ、色々家庭内でやることもありますしね)。

いくつかのブログ(特に非臨床系)で学会レポがアップされています。ただ、一番興味があった資格問題に関するシンポジウムについての言及は、私が探した限りではほとんどありませんでした。

唯一、見つけたのがこちらのブログです。

心の探求、あるいは夜の世界
日本心理学会大会(06/11/05)

本文コピペ開始。

 残念だったのは資格問題についてのシンポジウム。資格がどうあるべきかということよりも、先に国会に提出された法案についての修正を求める声明が読み上げられただけだったり、みんなで一緒にと言いながら臨床心理士を牽制するだけの発表だったり、いったい何をする場なのだろうと思わされるシンポジウムだった。心理臨床学会がそれに直接に対決する形をとらなかったのはよかったのかどうか。

ふむ…あんまり面白くなかったということですかね。

ちなみに話題提供者は

浅香山病院 社会復帰施設アンダンテ施設長 宮脇 稔
朝倉記念病院 理事長・院長 林 道彦
九州大学人間環境研究室 教授 針塚 進
ERI 産業心身医学研究室 平 陽一

そして指定討論者が

日本心理学諸学会連合 常任理事 松原達哉

…ということで「国会に提出された法案についての修正を求める声明」を読み上げたのは、心理学諸学会連合側ですかね。

基本的に心理臨床学会も諸学会連合と歩調を合わせるといった動きになっていたので、ここでいたずらに対決姿勢を取ってしまうのは得策ではないと思いますが。

 臨床心理士側の会場からの抗議も、壇上の全心協や日精協の発表も、どっちもどっちという感じで、これなら伝え聞く「心理専門職に関する国際シンポジウム」の方が面白かったのではと思う。  最後に心理学緒学会連合の理事が言った「政治的なものだけにならないように」という言葉がシンポジウムの全てを表わしていたと思うし、このようなシンポジウムが公開で行われることを私は恥ずかしく思っている。

んー…この辺はどういうことなのでしょうかね?

よくわからんんです。もし参加された方がいらっしゃったら、どういうことなのか、もう少し詳しく教えてくださいな

・・・・・・・・・・・・

…とここまで書いて、もう一つ、つなでさんの臨床心理職能メモでも同じ話題を取り上げていることに気づきました。

再度コピペ開始。

日心・日心連の国家資格関連シンポジウムに参加して

4日は、日本心理学会・日本心理学諸学会連合の共催で、「心理学界が目指すべき資格制度のあり方」という特別シンポジウム(福岡国際会議場)がありました。

今回は、4名のシンポジストがそれぞれの立場から発言をされました。それをどうまとめるかという議論をするには、時間が足りなかったようです。

…結局のところ、消化不良という感じなのでしょうか。時間は2時間半と割とあったわけですが、それぞれの発言自体も長かったということですかね。

みなさんご存じのように、国家資格化は、昨年提案された「臨床心理士及び医療心理師法案」をもとに、早ければ今の国会にも上程しようという動きがあります。それに対して、今回のシンポジウムでも話があったように、日本精神科病院協会から修正の要望が出されています。

精神科医療諸団体には、精神医療を運営していくための大事な立場があると思います。それに対して、国家資格の当事者である心理学関係者全体が「私たちは、社会に向かってこういうことをしていくために、このような資格を求めているのです。」と発言していければ、説得力も増すかもしれません。

「かもしれません」じゃなくて…それって必須のことなのではないですか?で、思い出したのですが、私、ずいぶん前から「本当に心理職の需要は大きいのか?」って話をし続けていて、確かつなでさんにもその質問ぶつけたまま宙ぶらりんになっていたような気がしないでもないのですが。

その辺をはっきりさせないと「説得力が増す」以前に「説得力ゼロ」だと思うんですけどね。

立場の対立は研究や実践の発展のために必要なことで、なくせないし、なくす必要もないのでしょう。そういう対立の中から何を生み出すかが重要なのだと思います。立場の対立や違いはそのまま大切にしながら、ひとつの目的のために一致して動けるようになることが、社会的な大きい状況を変えるためには必要だと思います。

なんかきれいにまとめた感じになっていますが…結局何も言っていないのと同じような気が。

繰り返しになりますが「本当に心理職の需要は大きいのか?」「需要が大きいとしたら国家資格化することでどのように役に立てるのか」を明確にしない限り、永遠に国家資格化は無理なんじゃないかと思うのですがね。仮にそんな状態で国家資格化がなされたところで、現状と何も変わらない、あるいは現状よりも状況は悪くなるんじゃないかと思ったり。

「信念を貫く」とか「がんばる」とかそういう精神論もいいのですが、大義を語るのであればもちっと現実的な話をした方がいいんじゃないかと。きれい事じゃなくてね。

…なんか本題とずれたような気もしますが、言いたいことが言えたのでまあいいや。

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コメント

ロテさん、トラックバックありがとうございます。
なかなか、あの場で立場の違う人が集まって話すということは、難しかったんだと思います。
修正声明は、日精協のもので、林先生が読み上げられました。

 今回のシンポでは途中で睡魔が襲ってきたこともあって全てを聴けてはいないので(指定討論の途中から)、漠然とした書き方になりました。資格問題の前後の文脈もよく理解できていませんし。

 ただロテ職人さんの言う需要については、平先生が産業領域では働く人の精神的健康を守るための手だてとして産業医の数が足りない中で臨床心理士への期待が高まっている、とは発言していたので、そうした需要はあるのではないでしょうか。
 この辺では国家資格がないということが、国をはじめとした関連機関に躊躇をもたらしているようでした。
 今回の発表の中で心理専門職がどのような形で役立てるか、そのための資格がどうあるべきかを提示していたのはこの平先生だけだったように思います(私の記憶では)。

行きたかったなあ・・・。

個人的には、平先生のご発言に期待していたのですが、
やはり建設的なご発言があったようですね。

「需要があるから国家資格化?」という件ですが、厚労省が始めた「医療現場の国家資格化」は、どちらかというと「需要があるから」というよりは、「医療現場の整備のため」始まったことなのではないでしょうか?
なので、需要がどのくらいあるかということは、もしかしたら厚労省側にとってはあまり関係ないのでは?と、最近、思ったりしています。

みなさん
nocteさんのおっしゃるように、心理専門職がどのように利用者の役に立とうとしているかの話をしておられたのは平先生だけでしたね。
当方のブログに平先生のお話のまとめをアップさせていただきましたので、福岡まで行けなかったみなさんに読んでいただけると幸いです。

>つなでさん

まとめアップも含めてありがとうございます。

なんか明確な根拠なく「我が国における需要」の話をされてもねぇ…って感じなんですよね。

>nocteさん

関連エントリアップありがとうございました。お陰様で参考になりました。

> 国家資格がないということが、国をはじめとした
> 関連機関に躊躇をもたらしているようでした。

うーん。つまるところ「国家資格=ある程度の能力の保証」というところになるんだと思いますが…

需要があるのはわかるんですが、問題は「どの程度の能力の臨床家がどのくらいの数必要か」ってところであり、「どのくらいの数必要か」ってことを言う人はいても、「どの程度の能力の」って辺りに言及する人はあんまりいないって感じがするんですよね。

で、「どの程度の能力の」って辺りが、反対派からツッコまれる一因になっているのではないかな、と。

>まったりねこさん

> どちらかというと「需要があるから」というよりは、
> 「医療現場の整備のため」始まったことなのではないでしょうか?
> なので、需要がどのくらいあるかということは、
> もしかしたら厚労省側にとってはあまり関係ないのでは?
> と、最近、思ったりしています。

…なんか道路行政っぽくないですか?

で、公共工事とかはお金が動くけど、心理の分野なんてまずお金が動くわけないし…ってなると、お役所的にはおいしくない→国家資格化は困難…って話にならないですかね?

>なんてまずお金が動くわけないし…ってなると、お役所的にはおいしくない

いや、だから、医療心理師国家資格化の始まりは「お金が動く・動かない」ということは、実は関係していなかったんだということを、ここのところ再認識しまして・・・。

この前の国際シンポジウムでも亀口氏が発言していたように、基本的に厚労省は国家資格職種が多いのですよね。

つまり、13年前に医療現場心理職の国家資格化の話が出たのも、旧厚生省管轄で働いている(患者に直接かかわる)職種は全て国家資格化して、その業務内容や質を担保しようという発想の中で起こったことだったということ。そういう「整備」のために始まったということを、最近、改めて思った次第でして・・・。

だから、「稼げる」とか「稼げない」とか「需要がある」とか「ない」とかは、お役所的にはあまり関係ないことなんだろうなと思ったわけです。

あ、モチロン、国連の勧告(障害者のケアを国としてキチンと整備するべき:乱暴なまとめ方でゴメン)が発端だったのですがね。

>13年前に・・・

あ・・・もう14年前だった。

その後、つなでさんのブログに、
「日心・日心連の国家資格関連シンポジウムより、平先生のお話まとめ」
と題して、新たなエントリが上げられています。

http://piece-by-piece.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_d100.html

このエントリの最後に、法律論の観点から、
「心理行為を医行為と位置づけることは難しい」
という旨の、平先生のご説明が要約されています。

これまで、医療領域限定の心理職資格を推進する立場の人々は、
「心理行為が医行為である(あるいは医行為を含む)」ことを根拠として、
「医師の指示」による法的拘束をかけるのはもちろんのこと、
医療領域のみの心理職国家資格化を主張してきました。

しかしながら、平先生がおっしゃるように、
法律上、心理行為を医行為とみなすのは、
難しいのですよね。

だとすれば、医療限定の資格を推進する立場からの、
「心理行為が医行為だから」
という根拠は、法律的には間違っており、
「個々の医師がそう思っているから(あるいは、そう思いたいから)」
ということにすぎないのではないでしょうか。

つなでさんの上げてくださった新たなエントリは、
あまり注目はされていないようですが、
重要な論点を多く含んでいると思われます。

昨年、サンバに始まり、各ブログでもあつい議論が交わされていましたが、結構、重要な議論が、ブログのコメント欄で展開されましたね。さて、医行為についても、緊ブロの2005年9月25日、「サイコセラピーのリスク」のコメント欄で、活発に議論が交わされています。
平の指摘するところも、そこで、もう少し詳しく書いてあります。医行為に関しては、法律論として、判例や法理を、きちんと検証した上で、論理的に議論すべき問題だと思います。

http://kokoroshikaku.cocolog-nifty.com/kinkyu/2005/09/post_3525.html#comments

ご参考までに。

なお、臨床心理士法案側は、できることなら、一本化をめざし、諸学会連合の動きに合わせて、心理学ワールドをひとつとしての国家資格化を模索しているようです。諸学会連合では、心理学全体の体系を損なわず、ユーザーにとって、本質的に一番大事なことは何かということを踏まえて、国家資格化を再検討しているようですね。このため、臨床心理士側も、「臨床心理士」という名称にこだわらず、「心理士」または「心理師」といった素朴な名称も受け入れる方向も有りのようですね。心理学の当事者団体がひとつになって、新たな修正案を求めていけば、今後の流れも変わってくるかもしれませんね。

>まったりねこさん

お返事が遅くなりましたが…

> 13年前に医療現場心理職の国家資格化の話が出たのも、
> 旧厚生省管轄で働いている(患者に直接かかわる)職種は
> 全て国家資格化して、その業務内容や質を担保しようという
> 発想の中で起こったことだったということ。
> そういう「整備」のために始まったということ

了解です。旧厚生省の思惑としてはそういうことだった、と。

お役所的には…というところがポイントですね。

>デスマさん
>ichi-ishiさん

コメントありがとうございます。

この辺の問題はきっと私の意見どうこうというレベルの話ではなく、数多くの議論の中で練られていく(べき)話なのではないかと思いますので、私としても個人的には色々と考えてみたいと思います。

ただ一つ。本質的に一番大切なことは何かを考えた上で「国家資格化しない」という選択肢もあるんじゃないかと最近は思わないでもなかったりします。

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