- 2006-11-08 (水) 12:15
- 臨床心理学
※非常に中途半端な知識で書いていますので、間違いがあったら訂正してくださいませ>皆様
牧会カウンセリングとか牧会心理学とかいう言葉を聞いたことありますか?
プロテスタント系の大学の方はご存じだと思いますが、牧師さんが信者さんから悩みを聴くことを牧会カウンセリングというらしいです。
最近、ふと気になって調べてみました。
参考:牧師 – Wikipedia
カトリックの司祭と違って、牧師はむしろ結婚が奨励される。牧会カウンセリングと呼ばれるが、信者からの悩みを聞くとき、牧師も家庭を持つ事により、夫婦間や子育て・育児についての悩みに共感できるメリットがある。正教会については司祭になる前なら結婚可能であり、結婚した司祭は「長司祭」と呼ばれる。
へー。牧師さんは結婚が奨励されてるのはそういう理由があるのね。
で、牧会カウンセリングの中でも当然守秘義務というのは生じますよね。それはわかります。
で、もし専門機関にリファーする必要があると思われた場合にはどのように対応するのでしょうか?当然のことながら、牧会カウンセリングの枠組みの中ではインテンシブな心理療法ってのは不可能でしょうし、そもそも心理療法が成立するのかってところも難しいですよね。
専門機関(特に医療機関)とかとの連携ってしているものなんでしょうか?
まあ、別に連携してなくとも紹介することはできるのかもしれませんが…
実際のところどんな感じなのか教えて偉い人!
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コメント (Close):11
- psy-pub 06-11-08 (水) 17:51
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実際にはいろいろあるのだと思うのですが,僕の理解だと,
「キリスト者(クリスチャン?)として生きること」と「現代・現実社会との生活」との「矛盾・葛藤・軋轢」を扱うのがメインだそうです。たとえば,離婚,とかは,宗教上許されないわけですが,DVなどが絡んできたら,さてどうしよう? みたいな。
だから,心理療法の意味合いは,かなりうすいのではないかと思われます(わかりませんけど)。
コラージュ療法でもそこそこ著名な,藤掛明先生はクリスチャンで,牧会カウンセリングについても考察してるみたいですよ。国会図書館OPACでいくつかでてきましたです。
連携があるかどうかっていうのは,(推測ですが)仏教のお寺が病院と連携してるかどうか,っていうのと同じで,まあ,してないのが普通ではないかト……
って長いわりには疑問に答えられてないような。スマセン。 - H・Becker 06-11-08 (水) 23:52
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えー。自分、(偽)クリスチャンだったりするわけですが・・。
おおまかにはpsy-pubさんの説明で合っていますが、離婚が教義上認められていないのはカトリックであり、多くのプロテスタントでは奨励はされないものの問題はありません。そもそもにおいて、英国教会なんかは「離婚を認めろー」ってところから成り立ちが始まってますし・・。
まあ、それはともかくとして、牧師先生の相談業務(?)は信仰や宗教倫理と現実社会の問題も含め、日常生活上の諸問題を広く扱っています。それこそ夫婦げんかから、債務の返済まで。刑務所内の面談など特殊なものを除き、通常時の牧師先生の相談は、臨床心理とはあまり専門性がかぶっていないですね。哲学や宗教学、文学のベースの上に、カウンセリングの皮をかぶせたものといった理解を自分はしています。
ここで大きく異なるのは、牧師先生の持つ「受容と共感」は技術としてではなく、信仰のうちから滲み出る自然な態度としてとらえられるところなのかな、と思います。もちろん、彼らは彼らで何らかの研修は受けてるのかもしれないけれど、「訓練をすることで習得するもの」しては認識されていないのじゃないかな、と推測するところです。
牧師の先生は福祉的なソーシャル資源は結構お持ちです。が、精神医学的なバックボーンはないですし、病院との繋がりはあまりないんじゃないでしょうかね。あ、系列の病院の医師との交流とかは若干あるかもしれないかな? - psy-pub 06-11-09 (木) 2:01
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>離婚が教義上認められていないのはカトリックであり
○| ̄|_
>多くのプロテスタントでは奨励はされないものの問題はありません。
_| ̄|○
>そもそもにおいて、英国教会なんかは「離婚を認めろー」ってところから成り立ちが始まってますし・・
○| ̄|_○| ̄|_○| ̄|_
無知にはムチを…… - ロテ職人 06-11-09 (木) 17:57
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>psy-pubさん
コメントありがとうございます。無知にムチはセルフでよろしく。
> 心理療法の意味合いは,
> かなりうすいのではないかと思われます
私もそうは思うんですが…ただ、信者さんの中には当然のことながら色んな方がいるのだと思うのですよね。
人格障害の方もいるでしょうし、精神病圏の方もいるでしょうし…
そういう問題が牧会カウンセリングの中で出てきた時、一体どのように対応するのかな、と。
…単に病院に行くことを勧めりゃいいだけのような気もしないでもないですね。 - ロテ職人 06-11-09 (木) 18:12
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>H・Beckerさん
コメントありがとうございます。
> 通常時の牧師先生の相談は、臨床心理とは
> あまり専門性がかぶっていないですね。
> 哲学や宗教学、文学のベースの上に、
> カウンセリングの皮をかぶせたものといった理解を
> 自分はしています。
ふむふむ。つまり牧会心理学という分野はその「皮」の部分に関するものである…ってーと何か語弊があるような気がしないでもないですが、いや、でも大事だと思います。皮。
> ここで大きく異なるのは、牧師先生の持つ
> 「受容と共感」は技術としてではなく、
> 信仰のうちから滲み出る自然な態度として
> とらえられるところなのかな、と思います。
あー。この辺はうちの妻も言ってました。妻はカトリック系の大学の福祉学科出身でして、やはり信仰からにじみ出る態度としての「受容・共感」というのは絶対的なものであるというような…。
で、社会福祉って元々キリスト教文化の中から出てきた概念であるからこそ、福祉との親和性は高く、資源もたくさん持っているというのも納得です。
うん…なんとなくわかってきた…ような気がします。 - K.T. 06-11-09 (木) 20:36
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洋の東西を問わず、坊主の知り合いは多いですが、あまり直接確認したことはないイシューです。ただ、彼らは医者にリファーしたり、行くことを勧めることはあっても(事実確認済み)、心理にリファーすることは、あまりないような印象があります。心理の部分は、自分が担っているように認識していることが多いのではないでしょうか?精神医学的な知識も、それほど平均的に行き渡っているわけではないので、医者にリファーする必要に駆られるのは、本気で見た目にもおかしくなったときなどではないかと予測します。鬱のまま、受容されっぱなしになる危険性はありそうな気がします。特に、ヒューマニスティックな視点に偏っていたり、解決の基準を信心にだけ求めたりする場合は。
あとは蛇足。結婚については、最近はセクシュアル・マイノリティがホット・イシューです。『牧師はむしろ結婚が奨励される』というウィキの書き込みも、いろいろ突っ込みたいところがあって、仮にセクシュアル・マイノリティが結婚した場合、「信者からの悩みを聞くとき、牧師も家庭を持つ事により、夫婦間や子育て・育児についての悩みに共感できるメリットがある」と言えるのかとか、信者からどう見られるのかといった、一筋縄ではいかないものが出てきます。ウィキの書き込みのような考え方は、牧師が男性のケースが想定されていて、妻は無給で教会の仕事に甲斐甲斐しく携わるという性的役割が暗黙の前提になっていることが多いです。牧師が女性の場合、配偶者は逆のパターンに比べて、それほど教会の仕事に携わることを要求されなかったり、逆に、そうだから教会からは好かれない(マンパワーになってくれない男の配偶者なんかいらない。だから、既婚女性牧師はいらない)ということにもなりかねません。それから、独身の男性牧師なんぞ、赴任先で何かやらかすのではないかと警戒されてしまうために(!)、結婚しておいて欲しいという周囲の暗黙の要求があったり、自身も、その方が身の振り方として無難と思っていたりする節があったりします。それで、神学校修了間際になると、慌てて嫁さん探しに走る輩もいるそうな。おしなべて言えば保守的です、宗教は。 - ミナミノシマ 06-11-09 (木) 23:44
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逆に、医療や心理から宗教に紹介、ってケースは聞いたことないですよね。
例えば、「どうして私は死んだらいけないんですか?」「どうして人を殺したらいけないんですか?」というような問いを重ねてくるような症例では、精神療法をしていてもその限界を感じ、(面接の限界を患者と共有することが治療的に作用すると一応信じて面接を続けることになるのですが)、時には「宗教の方が明確な答えや保護を与えてくれるかもしれない」と感じる場面というのもあるにはあるなー、と思ってます。 - K.T. 06-11-10 (金) 4:50
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>逆に、医療や心理から宗教に紹介、ってケースは聞いたことないですよね。
あ、個人的にはしてます。その方に明確な宗教的ニーズがあれば。心理はあくまでもニュートラルな立ち位置を取るので、信じることを前提にした価値観に立ち入ることは出来ない。だけど、あなたのニーズは、宗教的価値観にあるのかもしれない。だったら、専門家に尋ねてみるのもいいかもしれませんね、という形で。ただ、宗教家もピンキリですし(単純に、人の扱い方が適切かどうかという次元から、宗教的価値観を蓑に、搾取的な態度に出る可能性があるという次元まで、様々な意味で)、その方のニーズに合う宗教家との出会いを保証できるかどうかは難しいところなので、そういう意味で、きちんと相対的な価値観を持って探した方がよいであろうことなどをインフォメーションした上で、お勧めします。 - ロテ職人 06-11-21 (火) 12:44
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>K.T.さん
コメントありがとうございます。
> 鬱のまま、受容されっぱなしになる危険性はありそうな気がします。
> 特に、ヒューマニスティックな視点に偏っていたり、
> 解決の基準を信心にだけ求めたりする場合は。
基本的に宗教家は解決の基準を信心に求めるものである(いや、それだけじゃないだろうけど、それが中心だよね?)…っていうのは私の偏見でしょうか?
どーも宗教のことはよくわからんのですよね。そういや大学で宗教学の講義とかとらなかったのが悔やまれます。てか、きっと興味なかったんでしょうね。
というわけで結婚観の問題についてはすみません、ノーコメントってことで。情報提供はありがとうございましたです。 - ロテ職人 06-11-21 (火) 12:50
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>ミナミノシマさん
ホスピスケアなんかは、自分の死生観と向き合う必要があり、そこで宗教は重要な意味を持つのではないか…と私は考えます。
てか、ホスピス持ってる病院って宗教系のところ多くないですか?それって偏見?
> 「どうして私は死んだらいけないんですか?」
> 「どうして人を殺したらいけないんですか?」というような
> 問いを重ねてくるような症例
ってのはケースバイケースでしょうが、明確な答えを求めてそういう質問をしてくるってのはそれほど多くないような気がします。気がするだけかも。
もちろん、その質問に自分なりの回答を持っている必要はあるのかもしれませんが、面接場面でそれを提示しなくてもいいのかなぁって感じがします。 - ロテ職人 06-11-21 (火) 12:55
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>K.T.さん
> あなたのニーズは、宗教的価値観にあるのかもしれない。
> だったら、専門家に尋ねてみるのもいいかもしれませんね、
> という形で。
明確な信仰を持たない(というか宗教観すらあいまいな)私はそういうアドバイスは到底できないっす。














