- 2006-12-26 (火) 17:15
- 雑記
昨日のエントリの中で私はこんなことを書きました。
複雑化する教育環境の中での公教育には限界がありますし、少子化とは言えトップクラスの大学では受験のレベルが下がるわけでもありません。なので、塾は公教育がしっかりしていれば本当は必要がない、ある意味での「必要悪」として認めていかなければいけないのではないかな、と。
…えーと…なんだか言い訳がましくなってしまいますが、そんなに悪い意味で書いたわけではないんですよ。私は塾講師の仕事は非常に好きでしたし、社会的な意義のある仕事だとも思っています。
で、この点に関して教育産業関係の方かどうかはわかりませんが
学習・パズル・教育関連のサイトで面白かったものを中心に掲載していきたいと思います。100%主観で選んでます。
というりんごアンテナ日記~塾・パズル系ニュースサイトの管理人、りんごさんがこのように言及されております。
前から思ってたんですが、なんで塾は「必要悪」って言われないといけないんでしょうか?
悪いことしてるわけじゃないのに。
お掃除サービスとか、引越しサービスは「必要悪」ですか?
家庭の味を破壊するレストランやコンビニは「必要悪」ですか?
塾のことを「必要悪」と言う人たちは、そこで働いている人々のことを考えたことがあるのだろうか?
塾の講師にも家族がいるし、友人がいる。
それでその人の職業は「必要悪」ってどういうこと?
すごく失礼な話だって思うんですよね。
有料有料っていうけど、公教育にどれだけの税金が使われているか知らないのだろうか?
確定申告行くときにいつも親切に書いてあるけど
あれって公教育に税金を使ってるから我慢しろ、って言われているみたいな気がする。
うーん…繰り返しますが、そういうつもりではなかったのですよ。
確かに「必要悪」という言葉は悪いかもしれません。なので言い換えるとすると「なるべくなら必要のない職業」とでもしておきましょうか。
で、私の仕事ってのは基本的に「なるべくなら必要のない職業」の最たるものなのではないかと思っておりますよ。私(や同業者)のやってる仕事が必要のない世界ってのが理想ですよね。
塾だって公教育がしっかりしていれば必要ないわけですよね?そこに投入されている税金の問題云々ではなく。
全ての子どもが公教育の中で教えられたことを身につけることができ、全ての子どもが入りたい大学に入れて、全ての子どもが自分の就きたい職業に就くことができれば、塾なんていらないわけでじゃないですか。昨日のエントリで取り上げている教育再生会議の野依氏の発言の背景にはそういう考え方があるのだと思います。で、それが理想の社会だとも思います(それで国力の向上とかが望めれば)。
でも現実はそうじゃないわけで。
なので「必要悪」という言い方は失礼だったかもしれませんが、やっぱり「なるべくなら必要のない職業」だと思うのです。
…ってことでいかがなもんでしょ?
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コメント (Close):1
- RA 06-12-26 (火) 19:01
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まあ何を持って「悪」とするかだと思うんですけど・・・
学習塾などの教育産業の存在そのものが「絶対的悪」とは思わないですけど,「学校での学習に望ましくない影響を与えることがある」という側面はあるように思います。
おいらが小学生の時に通っていた塾は鶴亀算を一次方程式を使って解かせていました。学校でこの方法での解法を習ったのは中学生の時でした。小学生の時にも鶴亀算は出てきましたけど,解法はある意味力技的なものでした。
このような塾に通っている子供が学校で鶴亀算を習うとどういうことを思うのか?「学校での勉強ってたいしたことやってないな」と思うこともある。そういう経験が積み重なっていくと学校での勉強をおろそかにすることが生じる。
こういうケースの場合,学校から見ると塾の存在は一種の「悪」的なものに見えるのではなかろうか。でも保護者側から見れば「悪」には見えない。
理想水準のことを言えば,塾の存在が学校教育にとってもプラスに働くこともあるんだと思うんです。いわゆる「補習塾」的な存在とか。また,逆に「出来る子を育成する」タイプの塾であっても,学校ではどうしての「伸びる子を抑える」面も出てしまうことがあるから,そういう子供に対して「伸ばせるだけ伸ばしていこう(強制的に伸ばすんじゃなくて,ですよ)」とするのは,それはそれでオッケーじゃないかと思うんです。
ただ,その時に「子供の成長」ってのは学力だけじゃないから,他の能力もその学力に合わせて伸ばしていく必要はあるんじゃないかなあ,と。塾はそこまで介入(?)しているんだろうか,という疑問はずっとあります。
良くも悪くも「学力」しか対象にしていないんじゃなかろうか・・・そこには「絶対悪」的なものまではいかないにせよ,「望ましくない」面はあるように思うんですけど(だからといっておいらは塾反対派ではないですよ。あえて言うなら「慎重派」でしょうか)。
理想水準から見れば警察も病院も消防署も海上保安庁も福祉施設も裁判所もない方がいい。ちょっと極端なことを言えば,こういった組織が存在するために生じる問題もあるわけですよね。
例えば,警察があるから地域での問題対処能力が落ちてしまう,とか,病院が近くにあるからちょっとしたことでも病院にかかってしまい,ほんとに医療を必要としている人がかかれなくなっているとか・・・まあ,どんな職業においても「悪」の部分はあるのかもしれませんが。
なんかよく考えもしないで塾を必要悪とするのはいかんですが,塾の存在によって生計を立ててる人がいるから必要悪と呼ばないで,というのも違うと思うんですよね。じゃあ生活のためにコカを栽培している,ケシを栽培している人達に他の作物を作るように指導しちゃいかんよ,ということにならない?と思うんですが・・・
そういう意味では「なるべくならば必要のない職業」というのが確かに誤解の生まれる危険が少ないのかもしれません。ただ,議論するためにはそういう中立的な表現はあまり効果的ではないかも・・・とちょっと思います。














