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心理職に向いていない人をふるいにかける

公開日: : 臨床心理学

※コメント欄にてご指摘ありましたので、タイトルを「ふさわしくない」から「向いていない」に変更いたしました(07/04/24 18:00)
ちょっと(いや、結構?)前の話になってしまいますが、nocteさんの心の探求、あるいは夜の世界からトラックバックいただきました。
新入生
で、その中に気になることが書かれておりましたので、コピペいたしますよ。

あれからいろいろと考えて、私が考えていたことと、つなでさんやロテ職人さんが考えていたことには決定的な違いがあったのだろうと思った。それは多分、2人がどのようにして臨床心理士(ないしはそう呼ばれうる職種)を育てるかということを論じているのに対して、私はこの仕事にふさわしくないと思える人々をどのようにしてふるいにかけるかということをどこかで考えていた、ということだと思う。


ふむ…そう思われていたというのは実は心外…は言いすぎですね…意外だったりします。それは私も「ふるいにかける」ってこと、かなり意識していたりするからです。


このブログのどっかにそういうことを書いてなかったかなぁ…と思って探してみたら…
多分これかな?
ぼくのかんがえたりそうのりんしょうしんりしようせいかてい その3(06/03/06)
私の考える理想の臨床心理士養成課程Vol.2(06/08/03)
この辺の過去ログも含めて、私は一貫して「粗製濫造を防ぐためにはどうすればいいか」ということを考えてきました。
現在、(一時よりも落ち着いたのかもしれませんが)志望者はたくさんいますが、それは結局能力の低い心理職を大量に輩出してしまうという粗製濫造状態につながってしまっています。
で、粗製濫造を防ぐにはどうすればいいかというと、結局志望者をどんどん絞っていかなければならないわけです。
それっていうのはつまり、「向いていない人、ふさわしくない人をふるいにかける」ということと同義なのではないかと思うわけですよ。

とは言え、「じゃあどうやってふるいにかけるのか?」となると、客観的な基準がないととりあえずは難しいとも思うのです。そしてそこで出てくる客観的な基準とは、とりあえずは「研究能力」なのだと思うのです(これは上記過去ログで触れていることですが)。
んでも、きっと「研究能力」でふるいにかけるだけでは、恐らく振り落とせるのは「向いていない人」の中の半数程度でしかないと思います。そしてもっと重要なのは「臨床能力」であるということもわかっています。
じゃあ、どうやって「臨床能力」を測定して、ふるいにかけるか…となると、今のところは結局明確な方法というのはないのですよね。…「今のところは」というか、恐らくその方法は今後も確立されることはないのだと思います。
あえてふるい落とすとすれば(私の理想の養成課程という話に基づいて言えば)仮免取得後の研修で、ということになるかと。実際に現場に触れさせて、そこで明らかになってくることもたくさんあるだろうし、また本人の中でも様々な思いというのは出てくるはずです。その中で「どうしようもないくらい、誰が見てもわかるくらい臨床能力が低い人」だけふるいにかけることができれば、まあいいのかな、と。

で、ふるいにかけて落とされたとして、その人が他の道を探せるような段階だったらいいんですが…大学4年と大学院修士課程2年終わりかけているような段階で「あんた向いてないから他の道探しなよ」と言われても、これはかなりキツイとも思います。「再チャレンジ」なんて言っても、そんな人をなんとかできるような経済的な基礎体力は今の日本にはまだまだ欠けているんじゃないでしょうか。
だからこそ、できるだけ早い段階でできるだけ多くふるい落としておいた方がいいのはいいんですが…でもこればっかりは難しい話だなぁと思う次第でありますよ。
とりあえず教育とか養成課程とかについてはこれからも私なりに考えていきたいところでございます。

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2007/04/20 | 臨床心理学

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コメント/トラックバック (163件)

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  1.  こんにちは。
     いやいや、確かにはっきりとふるいにかけることをおっしゃっていますね。トラックバックしたエントリだけに頭がいっていて、すっかり抜け落ちていたようです。失礼しました。
     このグダグダした感じは、どうにもまとまらない何かを抱えているのだと思います。多分しばらくこれが続いてしまうと思いますが、ご容赦ください。

  2.  過去のログを全部あったっているわけではないので、その点では申し訳ありませんが、臨床心理士の選抜や教育システム、いったん資格を獲得した者について、継続を許さない場合についての議論は大いにあっていいことと思います。
     ただ、この議論に関わる者は、ロテさんやnocteさんに限らず、私を含めたすでに臨床心理士資格を獲得した「誰もが」、自分が「ふるいにかけられる側」になる「可能性」を決して排除することなく、完全に引き受けてなされるべきというのが私の考えです。
     その意味では、個人的には「実名投稿」をお奨めしますが、もちろんこれは私個人の考えに過ぎません。
     議論の流れに直接関わらないかと思いますが、敢えて書いてみたくなりましたので。
     繰り返しますが、これは「読者の臨床心理士の皆様すべて」にむけてのメッセージです。

  3. もとより、直前のコメント、下手に実名でこの問題について論じたら「不当解雇」される危惧がある皆様にまで実名投稿はお奨めしませんし、
    「自分も『ふるいにかけられる』可能性を念頭において議論すべき」ということと、実名は別問題、というご意見は想定しています。
     更に、クライエントさんが担当する臨床家を選べない勤務先におられる場合、実名がクライエントさんに与える影響への配慮という問題もあるかもしれません。
     私は首都圏という、他に代理選択肢がある程度自由にあり,カウンセリング関係そのものが双方の同意の元での個人契約であるという前提に立てる開業のカウンセラーですから、あけすけにものをいう責任を自己責任で持てると判断していますが。
     もっとも、いわゆる「中立性」への過渡のとらわれには違和感がある人間です。「分析の衣」の背後にいようと、そうでなかろうと、人はそもそも誰もが「思い込み」とファンタジーの中にこそ生きているものであり、転移の問題の扱いはできるという立場ですので。必要以上にクライエントさんの「思い込み」を広げないのが「場の安全」という考え方もあると思っています。
     一度「転移神経症」という、症状そのものよりも「安全な」(ホントに安全なの?)症状に移してから治療するというのも、ひとつの考えに過ぎないでしょう。
     余談になってすみません。皆様の議論の妨げにはならず、刺激剤となることを意図しており、余計な口出しにはなりたくないと思っていますので、このくらいにします。

  4. > この議論に関わる者は、ロテさんやnocteさんに限らず、
    > 私を含めたすでに臨床心理士資格を獲得した
    > 「誰もが」、自分が「ふるいにかけられる側」になる
    > 「可能性」を決して排除することなく、完全に
    > 引き受けてなされるべきというのが私の考えです。
    この議論に関わるか否かによらず、誰もがふるいにかけられる側になる可能性は持ち合わせていますし、そのことは自覚すべきだと思いますが…
    それと
    > 個人的には「実名投稿」をお奨めします
    の関連がよくわかりません。
    「インターネット上で」臨床心理士をふるいにかけることに関する議論をするのと「実名投稿」が推奨されることとの関連についてお教え願えますでしょうか?
    ついでに、以前当ブログで阿世賀さんからコメントいただいていたと思うのですが、あの時はハンドルネームでしたよね?
    ひょっとして「議論するときは実名」「煽りコメントを入れる時はハンドルネーム」というように使い分けた方が良いという提言なのでしょうか?

  5. もし阿世賀さんが
    > ついでに、以前当ブログで阿世賀さんから
    > コメントいただいていたと思うのですが、
    > あの時はハンドルネームでしたよね?
    という事実はなかったとおっしゃるのであれば、当該コメントとその前にトラックバックをくださった際のIPを照合した結果をご提示いたします。
    あと、ハンドルネームでいただいたコメントに対して、私も返信させていただいたのですがそれに対しては何もご回答いただいておりません。
    少なくとも本エントリに書いてくださった程度のコメントを書かれる時間はおありになるようですから、今からでも結構ですので是非ともご返信いただけますでしょうか?

  6. あ、もし今回コメントくださった方が阿世賀さんの名を騙っているのだとしたら、(今回の件に関しては)私の勘違いを謝罪いたします。
    ただ、以前のコメントに関しては放置のままですし、ご自身のブログを更新される余裕はおありになるようですから、是非ともお返事お待ちしております。

  7. もちろん、煽りコメントを実名で入れてもいいし、議論を匿名でやってもいいと思います。時と場合によっては複数のハンドルを使い分けるのもありだし。
    > 個人的には「実名投稿」をお奨めします
    の関連がよくわかりません。
     つまり、自分も「ふるいにかけられる」可能性のある、単なる臨床心理士にひとりであるに過ぎない以上、「ふるいにかける」必要性を主張する人間は、自らがふるいにかけられるリスクを冒すべきと考えます。
     もとより、そういう考え方もあっていいのでは? という提言であるにすぎません。
    そして、「実名で語るべき」という主張をするからには自ら実名を率先して使うのが仁義、と「今回は」考えたという意味しかありませんが。全く自然な論理でしょう?
    ちなみに、私にとっては、少なくともカウンセラーでこういちろうのハンドルネームが使われる場合に、かなりの場合、「阿世賀浩一郎」の可能性があるとみられて仕方ないことを前提としてしか普段はネット活動をしていません。
     もとより、ありふれたハンドルネームですから、私に独占権はないと当然考えています。
     でも、自分のブログでこういちろうの名の下に発言するのは私だけという点では統一を取ります。ですから、私のブログで「こういちろう」が書くことは、即、臨床心理士、阿世賀浩一郎の責任の管轄下にある発言であるとみなしていただいてかまいません。そのことを全く隠してもいませんしね。
     では、なぜ普段が「阿世賀 浩一郎」を使わないのかと言えば、それこそ浜崎あゆみが歌詞で「僕」という言葉を使う方が詞が書きやすいといっているのと同じ程度の意味です。
     しかし、読者の皆様よっては、この、私が「実名で」書いているコメントこそ、最大の「煽りコメント」ではないか? とご不快をお感じになる皆様もあるかもしれません。
     仮に「煽り」であるとしても、資格問題についての論議のための、全く真剣な意図のものであるつもりです。
     ご不快をお感じの読者の皆様がありましたら、お詫び申し上げます。
     
     

  8.  横レス失礼します。
    >ただ、この議論に関わる者は、ロテさんやnocteさんに限らず、私を含めたすでに臨床心理士資格を獲得した「誰もが」、自分が「ふるいにかけられる側」になる「可能性」を決して排除することなく、完全に引き受けてなされるべきというのが私の考えです。
     これはもちろん当然だと思います。もっと言えば、有名教授をはじめ、協会の方々もふるいにかけられるべきなのではないかと思います。
     だからと言って“実名投稿をお勧めする”のは必要でしょうか。
     阿世賀さんは真剣に議論しようとしていらっしゃるようなのですが、実名投稿すべき話題と仮名やハンドルネームで議論すべき話題の区別はどこにありますかね。
     私たちはふるいにかけられるような制度になればリスクは必然的に負うわけで、制度の議論をするときにもリスクを負う必要があるのでしょうか。
     制度面の話を実名ですることが議論を活性化することにはならないと思いますし、そのようなリスクを負わなくてはならなければいけないのなら議論することも躊躇しかねません。
     様々な意見が出ることが結局のところ阿世賀さんの望む“議論”なのではないでしょうか。そう考えれば実名か仮名かなんてことはあまり大きな問題ではないように思うのですがね。
     まぁここはロテ職人さんのブログなわけですし、よくロテ職人さんが書かれているこのブログの趣旨を理解した上で様々な意見を出しあうことが望ましいのではないかと思います。

  9. > 自分も「ふるいにかけられる」可能性のある、
    > 単なる臨床心理士にひとりであるに過ぎない以上、
    > 「ふるいにかける」必要性を主張する人間は、
    > 自らがふるいにかけられるリスクを冒すべきと考えます。
    この「臨床心理士に」は「臨床心理士の」が正しいということでよろしいでしょうか?その前提で話を進めさせていただきます。
    自分がふるいにかける立場の人間であるならば、ふるいにかけられるリスク(というか責任)を負う必要はあると思いますが、別に議論するだけ、主張するだけであればそんな余計なリスクは負う必要がないでしょう。
    というか、ネット上での議論でそんなリスクを負わなければならないのであれば、ダノンさんもおっしゃるようにそんな議論、私はしたくないですしそこまでして議論したいという人もまずいないでしょう。
    そもそも
    > 自分も「ふるいにかけられる」可能性のある、
    > 単なる臨床心理士にひとりであるに過ぎない以上、
    > 「ふるいにかける」必要性を主張する人間は、
    > 自らがふるいにかけられるリスクを冒すべきと考えます。
    って、全く理由になってないと思うのですが…。
    > 全く自然な論理でしょう?
    どこが「全く自然」なのやら…。
    > しかし、読者の皆様よっては、この、
    > 私が「実名で」書いているコメントこそ、
    > 最大の「煽りコメント」ではないか? と
    > ご不快をお感じになる皆様もあるかもしれません。
    今回の件に関しては別に私はそうは思いませんが(「よくわからないコメントだなぁ」とは思いますけどね)、少なくとも以前いただいたコメントは不快でした。
    で、あの一連のコメントが阿世賀さんからいただいたものであるということは、ここで公表させていただいてもよろしいのでしょうか?
    元々ご自身で言い出したことに対して反論(というか反論に値するような内容ですらなかったわけですが)されると今度は逆ギレという…。
    あえて同一IPで投稿されたということは、それを公表されるリスクを負った上でそういうことをされているという理解でよろしいでしょうか?
    私としては、阿世賀さんがあんな低俗なコメントを投稿されるということが他の方に知られたら、阿賀世さんにとってプラスにならないと思い、とりあえず実名公表はさけていたのですが…。
    いかがでしょうか?>阿世賀さん

  10. で、誤解していただきたくないのですが、私は別に阿賀世さんを脅そうなどとは思っていないということです。実名での議論を推奨される阿賀世さんが、なぜあんなコメントを投稿されたのかが単に不思議でならないだけなのです。
    常日頃から実名で発言されている方にとって、あんなコメントをされる方であることを多くの人に知られてしまうのはプラスにならないということは明白なのに、なぜあんなことをしてしまうのかが本当に不思議でなりません。
    阿賀世さんご自身のコメントであることがバレないと思ったのでしょうか?バレないのであれば、ああいったことをされても良いと思ってらっしゃるのでしょうか?
    あるいは
    阿賀世さんご自身のコメントであることはバレてもかまわないのでしょうか?
    ネット上で実名で発言されているということは、後ろ暗いところがないからなのではないかと思いますが、だとすると後者なのでしょうかね?
    うーん…やっぱりよくわかりません。
    私は色々とハンドルネームを変えて他人を煽る、あるいは侮辱するような卑怯な、あるいは失礼なことはしたことがないと思いますし、たぶんこれからもしないとは思います。
    ただ、私は立場だったり地位だったりにとらわれず自由に議論ができるのがネットの良いところだと思いますし、(そんなに後ろ暗いところはないのですが)やはり実名を公表することは差し控えさせていただきます。
    もっと言ってしまえば、自分の地位だったり立場だったりキャリアだったりを明らかにしないと議論できないような人にはなりたくないものだと思います。

  11. あ、忘れてました。
    > もちろん、煽りコメントを実名で入れてもいいし、
    > 議論を匿名でやってもいいと思います。
    > 時と場合によっては複数のハンドルを使い分けるのもありだし。
    私は「時と場合によって複数のハンドルを使い分ける」のはナシだと思います。少なくともまともに議論したいと思ったら、複数ハンドルの使い分けは避けるべきでしょう。そんなことは徒に議論を混乱させるだけですから。
    確かに普段実名で発言されている人が煽りコメントを入れる時だけハンドルにしたり、あるいはハンドル名を変えたりといったことをするのは、誠実な態度とは言えないでしょうね。

  12. あの? 「通りもん」「とりまき」の件ですね。あれなら公開して下さってもいいですよ。あの時の「通りもん」と、もひとつ「とりまき」が私、阿世賀浩一郎と言うところまでなら。
     ちなみに、あれが臨床心理士会の倫理規定に触れると本気でお考えなら、「是非」臨床心理士会にお送りになる「べき」ですが(^^)
     私のクライエントさんへの影響は私が引き受けますので、どうか、自らの信念のままにお動き下さい。
     その行動によってロテさんががどんな人かについて、読者も評価をなさるでしょうし。むしろ、なぜ「あそこまで」あの時ムキになる必要があるのか理解に苦しんだ方がかなりいたと思いますが。
     ただし、私は、上記の「通りもん」「とりまき」名義の書き込み以外このブログであの時やっていないことは宣誓させていただきます。
     人によっては、ロテさんの方がまたもや「逆ギレ」してるととるでしょうが、私は基本的に、他者が私自身の内面についてどのように想定するかについては「無制限の自由」があるという立場ですので、敢えて逆ギレを肯定も否定もしないことにしましょう。
     いずれにしても、あの時の「通りもん」=「とりまき」=阿世賀浩一郎が、ロテさんや読者にご不快な思いをおかけしたとしましたら、ここでお詫び申し上げます。
     ただ、私としては、今回は、臨床心理士に「ふさわしくない」とか、「ふるいにかける」という言葉をお使いになる時の「覚悟」について問いたかったとご理解下さい。
     これを読んでいる、なりたての臨床系院生たちがどんな思いで読んでいるかにも十分なご配慮のほどを。
     
     

  13. > あれが臨床心理士会の倫理規定に触れると
    > 本気でお考えなら
    私はそんなことは一言も言っておりませんが(^^)
    > なぜ「あそこまで」あの時ムキになる必要があるのか
    > 理解に苦しんだ方がかなりいたと思いますが。
    えーと…この「ムキになっていた」のは阿世賀さんの方ですよね?別に私はムキになってないですし…(^^)
    > いずれにしても、あの時の
    > 「通りもん」=「とりまき」=阿世賀浩一郎が、
    > ロテさんや読者にご不快な思いをおかけしたとしましたら、
    > ここでお詫び申し上げます。
    そういっていただけたことはうれしいのですが、まだ問題は残っています。
    ああいったことをすれば、相手に不快な思いをさせるであろうことは容易に想像できますよね。まさかそんなこともわからないほど頭が悪いわけではないでしょう。
    で、その上で
    阿賀世さんご自身のコメントであることがバレないと思ったのでしょうか?バレないのであれば、ああいったことをされても良いと思ってらっしゃるのでしょうか?
    あるいは
    阿賀世さんご自身のコメントであることはバレてもかまわないのでしょうか?
    という問いにお答えいただければと思います。
    つまり
    あの発言をされた時の「覚悟」について問いたいとご理解下さい。
    > これを読んでいる、なりたての臨床系院生たちが
    > どんな思いで読んでいるかにも十分なご配慮のほどを。
    なりたての臨床系院生には私のようにならないよう、研究と臨床のトレーニングに励んでいただきたいと常に思っていますし、少しでも危機感を持っていただければと思っております。そうした配慮の上での発言なのですが、それが何か?
    逆に、ああいったようなことをされたのを他の臨床心理士に知られた時にどう思われるのか、配慮していただきたいものだと思います。

  14. ちなみに、いうまでもありませんが、あの時「ロテさんの側の」全コメントもそっくり再現しないと、フェアーではないということは、もしなされるときは要望いたします。

  15. あ、もう一つ質問がありました。
    もしバレても良いと考えた上での発言であるのならば、なぜわざわざ実名ではなくハンドルネームにしたり、あるいはハンドルネームを変えたりといったことをされたのでしょうか?
    お手数ですがお答えいただけたらと思います。
    > いうまでもありませんが、あの時「ロテさんの側の」
    > 全コメントもそっくり再現しないと、
    > フェアーではないということは、
    > もしなされるときは要望いたします。
    これは
    言うまでもありませんが、あの時の「ロテさんの側の」全コメントもそっくり再現しないとフェアーではないので、もしなされるときはそれを要望いたします。
    ということでよろしいですか?
    「もしなされるとき」というのは「何を」なされるときのことでしょうか?

  16. 「とっくにあの時ばれているも同然」なのに、力まれていたロテさんに、どうしたのかな? と思われていた方が多いのではいかともおもいますが(^^;)
     率直にお聴きします。読者の皆様、今、あの時の発言が(やっぱり)私だったと知って、「今」、もの凄く心に傷を負った方は、どうかご申告下さい。勉強の為に。
     もちろん、「普段と違う匿名」でも私はOKです。

  17. > もしバレても良いと考えた上での発言であるのならば、なぜわざわざ実名ではなくハンドルネームにしたり、あるいはハンドルネームを変えたりといったことをされたのでしょうか?
    少し議論がねじれているので補正しますが、ネットでは普段は実名を使わないのは、私の方針で、今回が特例であることあることはすでに説明しましたので、あくまでも
    「なぜあの時『別のハンドルネーム』を使ったのか」
    というご主旨と読み返させていただきます。
    そうですね。ロテさんが「怖かった」から、だと今は思います(^^;) それはそれで、たいへん失礼なことだったと思います。
    > 「何を」なされるときのことでしょうか?
    ここでも、臨床心理士会の倫理委員会に何か出されるとしても、ついでながら、うわさ話をするときも、そうであることを期待します。

  18. あの時の流れを読んでいる読者の皆様のかなりの部分には、「すでにかなりバレバレ」だったようにも思いますが。
    「ばらしていいなんだな、いいんだな、」と、繰り返して予告されましたけど、その頃私のブログは「ロテさんサイトからの」膨大な訪問者にびっくりしていたのですが、あれが全部ロテさん自身とはとても思えず。
    好学のために。
    「今」あの時の「通りもん」「取り巻き」が「こういちろう」=阿世賀浩一郎だったと知って、ショックを受けたり、すごく不快になられた方は、ここで自己申告して下さっても私はかまいません。
    それこそ、「普段と違う」ハンドルネームでも、私はOKなんですが、なあるほどここはロテさんのサイトですから、ご判断は読者の皆様にお任せします。
    > もしバレても良いと考えた上での発言であるのならば、なぜわざわざ実名ではなくハンドルネームにしたり、あるいはハンドルネームを変えたりといったことをされたのでしょうか?
    少し議論がねじれているので補正しますが、ネットでは普段は実名を使わないのは、私の方針で、今回が特例であることあることはすでに説明しましたので、あくまでも
    「なぜあの時『別のハンドルネーム』を使ったのか」
    というご主旨と読み返させていただきます。
    そうですね。ロテさんが「怖かった」から、だと今は思います(^^;) それはそれで、たいへん失礼なことだったと思います。
    > 「何を」なされるときのことでしょうか?
    ここでも、臨床心理士会の倫理委員会に何か出されるとしても、ついでながら、うわさ話をするときも、そうであることを期待します。

  19. すいません、接続の関係でしょう、掲載遅かったので、記事の内容ダブりました。

  20. > ネットでは普段は実名を使わないのは、私の方針で、
    > 今回が特例であることあることはすでに説明しました
    え?どこで説明されていますか?少なくとも私には理解できなかったので、どちらでそのことを説明されていたのか具体的に場所をご提示いただけますか?
    > 「なぜあの時『別のハンドルネーム』を使ったのか」
    >
    > というご主旨と読み返させていただきます。
    >
    > そうですね。ロテさんが「怖かった」から、
    > だと今は思います(^^;) それはそれで、
    > たいへん失礼なことだったと思います。
    えーと…私のことが「怖い」となぜハンドルネームを変えるのでしょうか?結局それは阿世賀さんであることがバレたくなかったからなのでしょうか?(というか「怖かった」というのが本当の理由なのだとしたら、やはりバレたくないとしか私には考えられないのですが…)
    あと「怖い」というのは私のどこがそんなに怖かったのでしょうか?
    私からしたら阿世賀さんの「通りもん」「取り巻き」名義でのコメント
    > 実名でなくてよかったですね。実名だったら、
    > これでけで患者さん数名離れてますね(^^)
    > それと、私はあなたの「辞書引き癖」が嫌いです。
    > こうやっていざとなると「取り巻き」の人に
    > 「代理」をさせて本人は引っ込んでしまうってのが、
    > このサイトのやり口らしい。
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    > 私を学会で目の前にして、
    > 抗議する勇気のない意気地なしなんだね。
    > 君と一緒にカラオケするのが楽しみだったのに。
    > 残念だね。ホントだよ!!
    > もうあなたが誰かは「かなり」あたりはついてきたから、
    > 懇親会場で探すから、待っててね。
    というコメントの方がよっぽど「怖い」んですが…これ読んだ限りでは実際に会いたいとは思わないし、会ったら(逆恨みで)何をされるかわからないので絶対会いたくないと思ってしまう私の感覚って何かおかしいでしょうか?
    >>> いうまでもありませんが、あの時「ロテさんの側の」
    >>> 全コメントもそっくり再現しないと、
    >>> フェアーではないということは、
    >>> もしなされるときは要望いたします。
    >>
    >> これは
    >>
    >> 言うまでもありませんが、あの時の「ロテさんの側の」
    >> 全コメントもそっくり再現しないとフェアーではないので、
    >> もしなされるときはそれを要望いたします。
    >>
    >> ということでよろしいですか?
    >>
    >> 「もしなされるとき」というのは「何を」
    >> なされるときのことでしょうか?
    >
    > ここでも、臨床心理士会の倫理委員会に
    > 何か出されるとしても、ついでながら、
    > うわさ話をするときも、そうであることを期待します。
    なぜ度々
    > 臨床心理士会の倫理委員会に何か出されるとしても
    とか
    > あれが臨床心理士会の倫理規定に触れると
    > 本気でお考えなら
    とか、あるいは以前のコメントでも
    > でも、どこに訴えるんです??
    とかおっしゃっていますが…繰り返しになりますが、私はどこにも訴えたりしませんよ。阿世賀さんがおっしゃる通り、この程度のことが倫理規定に抵触するとは思いませんしそんなことをしたら私の方がバカみたいじゃないですか。
    うわさ話をするときはそりゃちゃんと事情をわかって欲しいので自分の都合の良い部分だけを切り取ったりなんかしませんよ。ちゃんと文脈を読み取ってもらった上で理解してもらいたいと思いますし。ちなみにリアルではこんなつまらない話はネタにしないですけどね。

  21. > 「ばらしていいなんだな、いいんだな、」と、
    > 繰り返して予告されましたけど
    そんな風に言ったら、私がまるで阿世賀さんを脅迫しているみたいじゃないですか。でも、阿世賀さん自身バラされることで困ることはないようですので(そもそもご自身で明かされたわけですから)、脅迫にはならないですよね。
    ついでに
    > ばらしていいなんだな、いいんだな
    とは一言も言ってないですよ。
    意図的でも意図しなくても私の表現を変えて引用するのは読者に誤解を与える可能性がありますのでお止めください。

    > その頃私のブログは「ロテさんサイトからの」
    > 膨大な訪問者にびっくりしていた
    とのことですが、確かに私はmixiの方ではこの件についてマイミクの方々に相談していました。
    阿世賀さんがあんな稚拙な煽りコメントをされる人であることが他者に知られることは阿世賀さんにとって不利益になるであろうと私になりに配慮して、多くの方が自由に閲覧できるこちらではあのコメントが阿世賀さんのものであることについては言及しませんでしたが、mixiの方の日記はマイミク限定になっており原則として私が実名・所属を知っている人以外はマイミクには入っていません。つまり、一連のコメントが阿世賀さんによるものであるということが不特定多数にバレることはないわけです。
    で、なぜmixi内で取り上げたかと言うと、一つ上のコメントでも書いたように「阿世賀さんが怖い」からです。
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    > 私を学会で目の前にして、
    > 抗議する勇気のない意気地なしなんだね。
    > 君と一緒にカラオケするのが楽しみだったのに。
    > 残念だね。ホントだよ!!
    > もうあなたが誰かは「かなり」あたりはついてきたから、
    > 懇親会場で探すから、待っててね。
    といった辺りは私にとっては稚拙な恫喝とも取れるような言葉だったのです。繰り返しになりますが、こんなことを言う人と実際に会ったりしたら何をされるかわからないじゃないですか。
    で、実際のところは私はぺーぺーの一臨床心理士であり、阿世賀さんは恐らくベテランの方なのでしょう。いくら阿世賀さんがネットでこんな稚拙な恫喝をされるような方とは言え、現実場面に戻ってみればきっと私よりも信用がある、あるいは私よりも信用する人がいるかもしれません。
    その辺が不安でしたので、マイミク限定の日記で阿世賀さんのブログのURLを取り上げてマイミクの皆さんに相談した次第であります。

    > その頃私のブログは「ロテさんサイトからの」
    > 膨大な訪問者にびっくりしていた
    とのことですが「膨大な訪問者」って何人くらいですか?私のマイミクは現在23人です。23人という人数が阿世賀さんの基準で「膨大」というのであれば、驚かせてしまったことをおわび申し上げます。
    > 「今」あの時の「通りもん」「取り巻き」が
    > 「こういちろう」=阿世賀浩一郎だったと知って、
    > ショックを受けたり、すごく不快になられた方は、
    > ここで自己申告して下さっても私はかまいません。
    >
    > それこそ、「普段と違う」ハンドルネームでも、
    > 私はOKなんですが、なあるほどここは
    > ロテさんのサイトですから、ご判断は読者の皆様にお任せします。
    という問いは意味がないと思うのでおやめいただけますか?問題提起をされるのは別にいいのですが、この場合、他人からのコメントがどうこうというのは何の判断基準にもなりません。
    なぜならここは私のブログであり、その気になれば私がしたいようにコメント操作できますし、逆に言えば阿世賀さんにとって都合の悪いコメントが投稿された時に「ロテ職人が操作したからだ」と言えてしまうからです(私自身はそんなつまらない操作はしませんけど、可能性としては考えられます)。
    同じく「別ハンドルを使い分けることは問題ない」と断言される阿世賀さんですから、阿世賀さんに都合の良いコメントが阿世賀さん本人、あるいは阿世賀さんから頼まれた人である可能性も否定できません。阿世賀さん本人もプロクシサーバを通したり、ネットカフェから書き込みしたり、あるいはプロバイダを変えたり接続設定を変えたりすることで簡単に他人になりすますことは可能です。
    それを踏まえて考えると、阿世賀さんによる上記のお願い?だけではなく
    > 私は、上記の「通りもん」「とりまき」名義の
    > 書き込み以外このブログであの時やっていないことは
    > 宣誓させていただきます。
    という宣誓だって何も意味を持ちません。そもそも事実が違っていたからと言って何らかの罰則が適用されるわけではありませんし、阿世賀さんの宣誓内容の真偽を問うのは不可能なわけですから。

  22. 個々の質問に答える形にならないかもしれませんが、お許し下さい。
    私としては、ロテさんが、私のことを「怖かった」と言って下さった時点で、それを何より率直な言葉として受け止めたいという思いに駆られています。
    でも、私が、ロテさんのことを「怖かった」というのも、戯れに、おちょくるつもりで書いたことではありません。
    「ネットにはファントム(怪物/幻影)が住んでいる」ということを思いました。
    以前、ロテさんは、クライエントさんのことを書くカウンセラーサイトについて批判した結果、そのサイトが閉じてしまう例が出て来たことについて困惑されていました。
     なぜサイトを閉ざすのか? それは、まさに今話題にしている言い方からすれば、「ロテさんが怖かった」からでしょう。それを臨床心理士会の倫理委員会に伝えられて処分を受けることが怖かった。特にその方が「開業」だったりしたら、場合によっては生計に関わる死活問題かもしれません。
     私があの時、「あなたと私は結局同じだね、ありがとう」という、ロテさんを困惑させたであろう発言をしたのは、
    1.ネットの中でちょっとしたアクセス数が出て来ると、自分が結構大きな影響力を持っているかのような思い込みに知らず知らずのうちにとらわれる
    2.ネットでの評判や批判が、即、現実世界でのその人の評価を圧倒的に左右するものであるかのように「錯覚」する
    という側面から、私も自由ではなかったし、(失礼ながら)ロテさんご自身も自由とはいえない(自覚してるつもりとおっしゃるかと思いますが)という思いにとらわれたからです。
     それから、「現実に」倫理委員会が処分を下す時に、末端の無名で無力なカウンセラーのみ処分し、「大物」を排除しているというのは、恐らく現実に反するでしょう。
     臨床心理士資格を剥奪された第1号が、著名な、学会会長であり、しかも「ある非常に高名な」精神療法家の共同研究者であったという事実は、ご存知かもしれません。あのケースは、そもそも臨床現場において生じた「刑事事件」でご本人も「服役」されましたから、処分しない形など「あり得なかった」のですが。
     それから、私がなぜ実名を使わないのか、という説明は、
    「浜崎あゆみが歌詞の中で『僕』という形で歌詞を書く方が自分の気持ちを伝えやすいと言っているのと同じ」
    というのがすでにした「説明」なんですが。私は自分のサイトでほとんど「率先して」自分の本名と経歴と身分を明示しています。でも、「こういちろう」というハンドルを使うのは、その方が「気が楽」だから、というしかないのです。
     では、なぜ本名「も」明かすのかと言われれば、「そのことで私の場合には実害(特に、クライエントさんに対する)はない(形になるように,自分のクライエントさんには普段から最善の配慮をしているつもりだ)し、ネット上で「ハンドルネームで」カウンセラーが発言するから「こそ」、実はそのカウンセラーとは「全然無関係な」クライエントさんが、そのカウンセラーのことを「自分の」カウンセラーのハンドルネームと「思い込んで」そのネット上のカウンセラーの発言に一喜一憂するということが結構あるということを知る機会があり、しかもそうした場合のかなりのケースについて、クライエントさんの「病理」や「妄想性」で済ませることはとてもできないと判断したからです。
     つまり、そのような「別人を自分のカウンセラーと思い込む」現象に、ネットを観ているクライエントさんが「いかに容易に」走るかという現実に気づかされて以来、むしろ、「こういちろうは、あなたのカウンセラー○○さんではない」ということを、ネットで全国にアピールする「責任」も感じたということですね。
     いずれにしても、正直に言って「うーん、いつの間にか『弱いものいじめ』(これはロテさんに失礼な表現かもしれません)になっていたのかな…..と申し訳なく思いはじめています。
     私の方こそ、実際には、学会会場に行ったら、実は顔も知らないロテさんとその「とりまき」(爆)のことが怖くて、びくびくしてもいたわけですね(^^;)
     私も、10年さかのぼれば、非常勤の仕事のかき集めで年収300万以下(35歳過ぎても!!)で結婚して一児を設けて、自分の社会的に弱い立場に翻弄されている存在に過ぎませんでした。だから、いつまでたっても、その頃の自分と自分は同じという意識が「心の一方で」抜けていないのかもしれません。
     私としては、絵に描いたような「立派なカウンセラー」として見られるのは窮屈だし、そんな余計な「理想化転移」やら「光背効果」を背負い来んだらセラピー的にも害が大きい、それをみんなクライエントさんの「病理」とするなんてとんでもねえ、そんなの「カウンセラー源性(医源性)の病理」だ、だから、普段から「適当ディスカウントされるように」「患者(クライエントさん)に高く買われたら買い戻せ」(中井久夫)の精神で臨んでいます。
     しかし、それが「稚拙」とのみ感じさせてしまう場合があるようでしたら、私もまだまだ修行が足りませんね。申し訳ないです。
    (……と、「ディスカウント」します)
    *****
    …….あの、そろそろ本名での書き込み、やめたいんですが。これ以上本名載せたら、「売名行為」といわれそうですので。
     (ネットでこの程度のことをやって、現実の私に利益が還元されるほど、「現実は甘くはない」ですけどね!!)

  23. >阿世賀浩一郎さん
    > 個々の質問に答える形にならないかもしれませんが、お許し下さい。
    確かに個々の質問には答えてくださっていないですね。ですので、阿世賀さんが書かれたことを私の方で整理してまとめさせていただきますね。
    …ただ、私の返信をもって「ムキになっている」などとは言わないでくださいね。私は単に阿世賀さんがおっしゃっていることが理解できないので理解しようとしているだけなのですから。質問もそのためにさせていただいています。阿世賀さんがおっしゃっていることを理解しないまま、理解したふりをして議論を進めていくことは可能ではありますが、それでは何も生まれませんし、それは阿世賀さんに対して失礼だと思いますので。
    同じように阿世賀さんも私の言っていることでわからないことがあれば遠慮なくご質問ください。
    さて…
    > 私としては、ロテさんが、私のことを「怖かった」と言って下さった時点で、
    > それを何より率直な言葉として受け止めたいという思いに駆られています。
    「率直な言葉として受け止めたい」も何も原因は阿世賀さんの稚拙な恫喝(脅し)ですよね?他人事のように言われても私としては心外なのですが。
    > なぜサイトを閉ざすのか?
    > それは、まさに今話題にしている言い方からすれば、
    > 「ロテさんが怖かった」からでしょう。
    なんだかこれも他人事のように…というか、私が悪者のように書かれていますが、後ろ暗いところがある人が悪いのではないでしょうか?しかも、それに気づかずに(あるいは気づいているのか)ネットに書いているのも原因ですよね?私は単にそれを取り上げて「マズイのではないか」と言っているだけであり。
    で、阿世賀さんも何か後ろ暗いところがあったのでしょうか?
    > それを臨床心理士会の倫理委員会に伝えられて処分を受けることが怖かった。
    > 特にその方が「開業」だったりしたら、場合によっては
    > 生計に関わる死活問題かもしれません。
    あれ?阿世賀さんは
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    とか
    > でも、どこに訴えるんです??
    とか
    > あれが臨床心理士会の倫理規定に触れると
    > 本気でお考えなら
    とかおっしゃっていましたよね?これを文面通りに理解すれば「阿世賀さんは臨床心理士会に訴えられても怖くない」ということになるのだと思いますが…違ったのでしょうか?単なる強がりですか?
    繰り返しますが、私は最初から訴えるつもりはありません。阿世賀さんがおっしゃる通り、この程度のことが倫理規定に抵触するとは思いませんしそんなことをしたら私の方がバカみたいじゃないですか。繰り返しそのことは私の方で言っているのに、阿世賀さんは「訴えられるのではないか?」と心配していたという理解でよろしいでしょうか?
    あと阿世賀さんは
    > 私のクライエントさんへの影響は私が引き受けますので、
    > どうか、自らの信念のままにお動き下さい。
    とあるように、ネットでの発言が阿世賀さんの仕事(そして阿世賀さんのクライエント)に悪影響を及ぼすことはない、及ぼさないように出来ていると思ってらっしゃるわけですよね?
    だとすると
    > 特にその方が「開業」だったりしたら、場合によっては
    > 生計に関わる死活問題かもしれません。
    というのは、阿世賀さんのケースには当てはまりませんよね?…と考えていくと、結局何を言いたいのが全くわからないのです。
    > 私があの時、「あなたと私は結局同じだね、ありがとう」という、
    > ロテさんを困惑させたであろう発言
    困惑はしません。正直「全く意味がわからない(ので話すだけ無駄)」「勝手に同類にされても不愉快」程度のことしか思いませんでした。私はネットの議論で打ちのめされたからと言って稚拙な恫喝(脅し)をするような人間ではありませんし、そういう方と「同じ」なんて言われるのは大変不本意です。
    > 1.ネットの中でちょっとしたアクセス数が出て来ると、
    > 自分が結構大きな影響力を持っているかのような思い込みに
    > 知らず知らずのうちにとらわれる
    私はんなこと思ってないですよ。私のブログ程度のアクセス数なんて例えば全国の臨床心理士や心理臨床学会の会員数と比べてもたかが知れてますし、影響力なんて微々たるものでしょう。逆にもし大きな影響力を持っているとしたら、好き放題に議論できなくなりますのでそれならそんな影響力なんていらないです。
    で一旦、元の議論に戻しますが、大した影響力がないのだとしたら、阿世賀さんのおっしゃる
    > 自分も「ふるいにかけられる」可能性のある、単なる臨床心理士にひとりであるに
    > 過ぎない以上、「ふるいにかける」必要性を主張する人間は、
    > 自らがふるいにかけられるリスクを冒すべきと考えます。
    こんなリスクは負う必要がないのではないでしょうか?
    何だか阿世賀さんの主張に一貫性が欠けるように思えてならないのですが…。
    > 2.ネットでの評判や批判が、即、現実世界でのその人の評価を
    > 圧倒的に左右するものであるかのように「錯覚」する
    これも少なくとも私は思ってないですよ。このブログでは何度も何度も何度も言ってきていますが、ネット上での言動を元に病態のアセスメントをしたり臨床能力のアセスメントをしたりといったことは不可能だと私は思っています。ネット上の議論で理解できることはその発言の内容のみであり、どんな人なのかはわからないし、少なくともネット上で議論する限りでは発言内容しか問題にならないはずです。
    ですから、私はネットでの評判や批判なんてのは現実のその人の評価を圧倒的に左右するなんてことは全く思わないですし、少なくとも議論する上ではその人の現実の評価などは眼中にありません(議論の中で殊更に実名を主張する人は現実のその人が気になって仕方がないのかもしれませんが、それはまた別のお話)。
    …と結局、阿世賀さんが挙げられたこの2点は、少なくとも私から見れば阿世賀さんの思いこみ、勝手な決めつけとしか思えないのですが、そうおっしゃる根拠はあるのでしょうか?もし私が気づいていない根拠があるのでしたらどうかご指摘ください。
    > それから、「現実に」倫理委員会が処分を下す時に、
    > 末端の無名で無力なカウンセラーのみ処分し、「大物」を排除しているというのは、
    > 恐らく現実に反するでしょう。
    >
    > 臨床心理士資格を剥奪された第1号が、著名な、学会会長であり、
    > しかも「ある非常に高名な」精神療法家の共同研究者であったという事実は、
    > ご存知かもしれません。あのケースは、そもそも臨床現場において生じた
    > 「刑事事件」でご本人も「服役」されましたから、
    > 処分しない形など「あり得なかった」のですが。
    なんでここでこの話が出てくるのかさっぱりわかりません。
    繰り返しますが、阿世賀さんは
    > あれが臨床心理士会の倫理規定に触れると本気でお考えなら、
    > 「是非」臨床心理士会にお送りになる「べき」ですが(^^)
    と書かれております。私は別にそんなことは考えてないのですが…なんでいちいち「倫理委員会の処分がどうこう」という話になるのか全く理解できません。
    > それから、私がなぜ実名を使わないのか、という説明は
    問題がすり替わっていますよね?私が問いたいのは「なぜ実名を使わないのか」ではなく、「なぜ煽りコメントをハンドルネームで入れたのか?」「バレると思っていなかったのか?」「それともわざとバレるように同一IPでコメント投稿したのか?」ということです。余計な話はいりませんので、とりあえずこれに答えていただけますか?

    > 「浜崎あゆみが歌詞の中で『僕』という形で歌詞を書く方が
    > 自分の気持ちを伝えやすいと言っているのと同じ」
    >
    > というのがすでにした「説明」なんですが。
    自分に理解可能な比喩が他者への説明として同じように伝わるなんて勝手に決めつけないでいただきたいですね。私はその説明が理解できないと申し上げているのです。
    > 私は自分のサイトでほとんど「率先して」
    > 自分の本名と経歴と身分を明示しています。
    > でも、「こういちろう」というハンドルを使うのは、
    > その方が「気が楽」だから、というしかないのです。
    やっぱり私が何を問題にしているか理解されていないようです。私が問題にしているのは、何故「通りもん」「取り巻き」というハンドルで煽りコメントを入れたのか?ということです。「こういちろう」というハンドルを使うことに関しては最初からお尋ねしておりません。
    > むしろ、「こういちろうは、あなたのカウンセラー○○さんではない」ということを、
    > ネットで全国にアピールする「責任」も感じたということですね。
    そんなことはどうでもいいんですが、とりあえず阿世賀さんはご自身が異なるハンドルネームを使い分けて他者のブログに煽りコメントを投稿される人であることがご自身のクライエントにバレてもそれは別に問題ないと思ってらっしゃるわけですよね?(と阿世賀さんご自身がおっしゃっています)
    私はそれは問題があると思いますし、だからこそ「通りもん」「取り巻き」=阿世賀さんであるということを明かすのは躊躇していたわけですが、ご自身で明かしたのですしそれは別に問題ないですし今後もこの議論においては意味がないことですよね?「価値観の相違」で終わる話ですから。
    > 正直に言って「うーん、いつの間にか『弱いものいじめ』
    > (これはロテさんに失礼な表現かもしれません)に
    > なっていたのかな…..と申し訳なく思いはじめています。
    私は全くそんなことは感じておりませんので、お気になさらずに。
    > 私の方こそ、実際には、学会会場に行ったら、
    > 実は顔も知らないロテさんとその「とりまき」(爆)のことが怖くて、
    > びくびくしてもいたわけですね(^^;)
    何で阿世賀さんがびくびくする必要があるのでしょうか?私がどこかで阿世賀さんのことを恫喝したりしましたっけ?阿世賀さんの恫喝を受けた私がびくびくするのはわかりますが…(とか言いつつ学会は伸び伸びと楽しませていただきましたけどね^^)。何でそんなにご自身の言動に対して無自覚なのでしょうか?
    > 私も、10年さかのぼれば、非常勤の仕事のかき集めで
    > 年収300万以下(35歳過ぎても!!)で結婚して一児を設けて、
    > 自分の社会的に弱い立場に翻弄されている存在に過ぎませんでした。
    > だから、いつまでたっても、その頃の自分と自分は
    > 同じという意識が「心の一方で」抜けていないのかもしれません。
    そのことがこの場での議論に何の関係が?そもそもそれは自業自得なのではないかと思いますし(現実場面における阿世賀さんの評判を聞くにつけそう思わざるを得ません)。
    > 私としては、絵に描いたような「立派なカウンセラー」として見られるのは窮屈だし
    私はそんなこと全く思ってないのでご安心ください(^^)
    > しかし、それが「稚拙」とのみ感じさせてしまう場合があるようでしたら、
    > 私もまだまだ修行が足りませんね。
    私が「稚拙」と言っているのは、阿世賀さんの恫喝(脅し)についてなのですが…またここでコピペしないとどの部分が「稚拙な恫喝」なのかおわかりいただけないのでしょうか?
    > …….あの、そろそろ本名での書き込み、やめたいんですが。
    > これ以上本名載せたら、「売名行為」といわれそうですので。
    少なくとも私はそんなことは言いませんのでお気になさらずに。
    > (ネットでこの程度のことをやって、
    > 現実の私に利益が還元されるほど、「現実は甘くはない」
    > ですけどね!!)
    …ってわかってらっしゃるじゃないですか。
    遠慮せずに実名でよろしくお願いいたします。

  24.  読者の方には大爆笑の喜劇的展開でしょうが。私は喜んで、トリックスターをやってますけど。(^^;)
    だから、あの時ロテさんが「怖かった」から、匿名で書いた!!
    これ以上、「あけすけな答え」ってないと思いますが。
    私としては、この答えにロテさんが「納得していない」ということと理解します。
    そして、これを「答えではない」と判断することしかせずに、同じ問いを繰り返されるようでしたら、「ネット人格としてのロテさん」は、自分が聴いて納得する解答以外は、自分の期待した答え以外はすべて「否認」することにしている人だと判断します。
     まさに「こういうところが」問題だなと思っているんですけど。
     きっと、他人から観ていたら、ロボットみたいにみえますよ。このパターン。
     ……あ、なぜ、今回の書き込みで実名やめたかってコメントなしにしましょうね。それをまた書くようでは、あまりにも「芸がない」ですよ。
     そろそろやりとり終わりにしませんか?
     といいますのは、このサイトで、ロテさんの「怖かった」という発言を読んだことで、ロテさんはきっとこれまでより「評価を上げる」と思います。このあといろいろ書けば書くほど、その「好印象」は薄れると思います。
     その「価値」に気がついてくれればなあ、とは思っていますので(^^)
     
     
     

  25.  あと、なぜネットでの書き込みが現実にはほとんど影響力がないのに実名を勧めるか? ですが、「影響力がないなりに、一番『危険を冒す』やり方だからです。つまり、それはひょっとしたら、5%と5.5%の違いであったとしても、リスクは高い。
     ほんとは,「リスク」という言い方は不適切かもしれませんね。なぜなら、学会会場で名札やプログラムで私の名前をみつけてオープンなコミュニケーションの機会を増やすことは、生産的な意味もあると思いますから。…..これも、確率的にはかなり低いわけですけど。

  26. 違うHNを使っても俺は良いと思うぜ。
    でも、同じケースの中で巧みにHDを使い分けるのは
    俺はちょっと疑問だな。
    「ロテ職人さんが怖かったから」っていうよりも
    「自分の意見を通したかった。あるいは相手をやり込めたかった」からじゃねーの?
    そういう感情分からないでもないけど
    それをやっちゃうのは議論においてフェアじゃないと思うし
    それよりもその行為を言葉巧みに正当化することのほうが
    俺は不快を通りこして哀れみを感じるな。
    しかも、「実名」と「匿名」なんてどうでもよくない?
    たしかに実名は現実へのリスクを伴うが
    それは自分で選んだのだから自己責任だろ。
    同じように匿名も自己責任なんだよ。
    それをさも当たり前のように「実名にしろ」などと
    自分と同じ土俵に上がるように求める姿勢は
    相手への配慮にそれこそ欠けるんじゃねーかな。
    別のHNを使ったのは、浩一郎さんの心の弱さから来るものであり
    それはエゴ以外の何物でもないんだよ。
    自分の弱さを見つめた方がいーぜ。
    おっと、俺のHNも普段使ったことのない名前にしてしまったよ。
    人のこと言えないね。

  27. はじめまして、ずっとやり取りを見ていましたが、ちょっとコメントを・・・
    あ、以下は全てこういちろうさんに向けて書きます。
    こういちろうさんは、このブログでの文脈を読んでいますか?アナタがどれだけ”しでかした”か分かっていますか?
    色々賛否両論があるとは思います。でもロテさんは”ネットでの価値(評価)”など求めているでしょうか?少なくとも私は、そうは思いません。ただ、ロテさんも仰っているように”価値観の違い”で終わっていないところって、結構ありませんか?
    こういちろうさん、見ている読者は皆、あなたを”トリックスター”とも何とも思ってないですよ。もちろん絵に描いたカウンセラーなんてこれぽっちも思っていないでしょう。
    答えは簡単です。”聞かれたことに答えていないから”です。これって見る方は喜劇なんかじゃなくって、不快そのものでしょう。

  28. 心理おたくさん
    きかれたことに答えないのは、問いそのものが、私の直前の発言を全く理解していないと思えるからです。
    敢えて言いますけど、ここで「とんでもないことをしでかした」とまで感じている人は、「ロテさんに同一化」している人を傷つけた、ぐらいのものと思います。私は「楽園へのちん入者」ということになるかと。
    繰り返しますが、本当にとんでもないことならば、倫理委員会に上申してもいいかと思います。
    少なくとも、ここであったことをどしどし情報としてあちこちに流す「べき」ですね。
    >ロテさん
    あと、私がロテさんを「怖かった」」という発言まで「投影」扱いされないために言いますと、
    このサイトに来て、ロテさんを「怖い」と感じる人が多数いて「当然」ということ。
     わかりやすい例で言えば、
    >心理職にふさわしくない人をふるいにかける
    というそもそものタイトルですが。
    この時期、臨床系の学部や大学院にお入りになったばかりの人たちの中には、いろいろな不安やとまどいの中で、思わず、少なくともネット上でのアクセス数では日本でトップのひとつのこのサイトにヒントを探しに来られる層がかなりあるかと思います。
    そこで目に飛び込んで来るのが、いかに「自分たちを」ふるいにかけるかという論議なわけですね(^^;)
     いかに現実世界で無力だとおっしゃられようと、ロテさんさんは、現実に大学院を既にお出になり、臨床心理士の資格を取り、現場臨床で一定以上のキャリアを積まれ、学会発表もなさっている。
     それだけで、なりたての院生や学部生からすれば、自分がそこにたどりつけるかどうかも全くおぼつかない、「雲の上の人」なんですよね。
     その人が、のっけから
    >心理職にふさわしくない人をふるいにかける
    というタイトルを掲げているわけですから、これでショックを受け、のどはカラカラになり、一晩ぐらい眠れない思いをし、当然ここに何かを書き込む勇気も全くでないままということは、
    「いくらでも『すでに』生じている」
    と想定することは、ごく常識的な想像力のラインかと思います。
     つまり、そういう後輩に対する先輩であるということへの「責任」を本当に引き受けてこうしたことを書かれているという「覚悟」がほんとうにあるのか、という疑問は当然なされるでしょう。
     これは、ネット人格と現実の人格の違い云々以前の問題でして、少なくともロテさんは現実世界で臨床心理士であることは肯定してネット活動をなんさり、これだけのアクセス数を獲得されている以上果たすべき責任と考えます。
     私は別にロテさんに考えを改めてもらおうなどということは全く考えていません。
     ただ、私のような臨床心理士もいるということをこの場所で示しておくこと自体、比較検討の材料として意味があるかなと思いましたので、
    まさに、結果的に、
    >心理職にふさわしくない人をふるいにかける
    という、まったくもって「しゃれのキツイ」タイトルの記事で、多少「見せ物」の役者を演じるのも意味があるのかなと感じた次第です。
     恐らく、
    >私に対して「こわかった」と言葉にできたことで、むしろロテさんは少し株を上げたはず、
    という先ほどの私の書き込みに「拍手喝采」した読者も結構いるのではにかと思っています。
    なぜ、
    「そういう読者『も』いる」と「想定できる」
    のかについてピンと来た人には、経験の遺憾に関わらす、健全な「臨床センス」、いや「常識感覚」があると思いますので、どうか安心して下さい。
    あと、
    私が
    「ロテさんがこわかったから」
    と書いたところで、思わず
    「プッ!」
    と吹き出し、
    ロテさんまでもか私のことを
    「怖かった」
    と書いてきた時点で、
    更に「笑いころげた」人、
    一瞬「しんみり」した人は、
    少なくとも私は、
    >心理職にふさわしくない人
    として
    >ふるいにかける
    リストから当面外して、成長を見守るでしょうね(^^)
     臨床心理士があと少し増えるべきなのは時代の要請として必然であり、それが専門家教育の不行き届きにならないために、「我々臨床心理士ひとりひとりに」何ができるか、という姿勢を保つ責任が、資格取得者にはあり、それは、「ネット人格」においても適用されると考えます。

  29. ちなみに、「ロテさんに同一化している」人を傷つけるリスクは私は最初から覚悟して書いているつもりです。
    なお、この後、
    「私はロテさんに同一化しているつもりはありませんが」
    という書き出しでの書き込みはしなくていいかと思います。
    問題は書き込みをする人の訴えの説得力のみですから、「私は別にロテさんさんの支持者かではないけど」という枕詞も「不要」と考えます。

  30. >別のHNを使ったのは、浩一郎さんの心の弱さから来るものであり
    それはエゴ以外の何物でもないんだよ。
    自分の弱さを見つめた方がいーぜ。
    ご説ごもっとも。
    「弱かった」という表現をされることは、受け止めていいと思います。
    ありがとうごさいます。

  31. 横槍青年様
    >別のHNを使ったのは、浩一郎さんの心の弱さから来るものであり
    それはエゴ以外の何物でもないんだよ。
    自分の弱さを見つめた方がいーぜ。
    ご説ごもっとも。
    「弱かった」という表現をされることは、受け止めていいと思います。
    ありがとうごさいます。

  32. 同じケースにハンドルあの程度使い分けたのは「しゃれ」で済むのではないかしら?
     あそこで、それが議論の流れを深刻にかく乱しましたか?

  33. あと、気がついたら私の発言だけが並んでるみたいだから、書いちゃうけど、
    確か、書き込みで、
    >貴様は自分を何様だと思っているんだーーーー!!
    と叫んでしまった人がいましたっけ。
    他の人に「あなたらしくない」とたしなめられていましたっけね。

  34. (現実場面における阿世賀さんの評判を聞くにつけそう思わざるを得ません)。
    是非お聴きしたいのですが。これだけ書くのはアンフェアでとも思いますが。
    許しますよ。私はそのリスクを「こそ」今回犯したのですから。
    ここで書くのが「忍びない」のなら、個人メールででも送って下さい。
    それから、
    > このブログでは何度も何度も何度も言ってきていますが、ネット上での言動を元に病態のアセスメントをしたり臨床能力のアセスメントをしたりといったことは不可能だと私は思っています。ネット上の議論で理解できることはその発言の内容のみであり、どんな人なのかはわからないし、少なくともネット上で議論する限りでは発言内容しか問題にならないはずです。
    それはもちろん、たとえば、このブログに、「ロテさんは○○だろう」式のことを書き込む、ロテさんと面識が全くない専門家がいたとすれば、それは明確にやりすぎだと考えます。
    しかし、それは、ネット上での発言に、その人の性格の一面が「表れている」とはいえないということだし、少なくとも「ネット人格」の想定はできると思います。
    少なくともこの議論の場面において「アセスメント」という言葉を持ち込む必然性はどこにもないと思いますが。
    私がアセスメントを書いたことがありますか?
    議論の拡大解釈によるすり替えとみるひともあるかもしれない。

     さらに言えば、私はそもそも何かというと「投影」という言葉を使いすぎるのは基本的によくないと考えます。どうしても仕方がなくなった時だけにしています。
     それよりは、相手の言ったことを聴く中で、自分の中に何が動くかを丁寧に吟味して、受け止めることの方がはるかに生産的ですから。
    横槍青年さんのレスにはお答えしたのは、私としては「怖かった」という言葉の含蓄には意味があったと思っています。なぜなら「私の方こそ『怖かった』のに」という、新鮮な発言をロテさんからうかがえただけで有意味と考えます。
     おそらく、「弱かった」では、ロテさんのあのレスは引き出せていない。これなんて、分析的に見たら、すこぶる面白いプロセスかと思いますが(^^)
     でも「弱かった」という言い方ではじめてとらえ得る含蓄もあると考えたので、横槍青年さんのコメントに敬意を払うことにしました。
     ロテさんが「投影」という言葉を使う時の「定義」をうかがってみたいものです(^^)

  35. >阿世賀さん
    > だから、あの時ロテさんが
    > 「怖かった」から、匿名で書いた!!
    >
    > これ以上、「あけすけな答え」ってないと思いますが。
    私が書いた文をちゃんと読んでますか?
    私は
    > あと「怖い」というのは
    > 私のどこがそんなに怖かったのでしょうか?
    と尋ねているのですが…阿世賀さんが私のどこをそんなに怖かったのかが全くわからないのですよね。その点についてはちっとも答えていただいていません。
    具体的にお答えいただけますか?それとも3択とかにしないと答えられませんか?それでしたらこちらで選択肢を用意しますが。
    それを踏まえた上で
    > そして、これを「答えではない」と判断することしかせずに、
    > 同じ問いを繰り返されるようでしたら、
    > 「ネット人格としてのロテさん」は、
    > 自分が聴いて納得する解答以外は、
    > 自分の期待した答え以外はすべて
    > 「否認」することにしている人だと判断します。
    という判断は間違っております。なぜなら阿世賀さんは実際に答えていないのですから。ですので再度同じ問いを繰り替えさせていただきます。
    この辺は心理おたくさんがいう
    > ”聞かれたことに答えていないから”です。
    に当てはまりますね。
    > きっと、他人から観ていたら、
    > ロボットみたいにみえますよ。このパターン。
    だって答えていただけないんですから、繰り返し問い続けるしかないじゃないですか。私だってこんな何度も何度も同じことを書きたくないですよ。
    > そろそろやりとり終わりにしませんか?
    まずは質問にご回答いただけますか?

  36. > このサイトで、ロテさんの「怖かった」という発言を読んだことで、
    > ロテさんはきっとこれまでより「評価を上げる」と
    > 思います。このあといろいろ書けば書くほど、
    > その「好印象」は薄れると思います。
    別に私は阿世賀さんからの「好印象」は要りません。
    で、この「怖い」という表現、ずっと違和感があったのですが(そりゃそうですね。阿世賀さんが使っていた表現をそのまま借りたわけですから)、ようやくしっくりくる表現が思い浮かびました。
    「怖い」というよりは「気持ち悪い」です。
    阿世賀さんが以前のコメントでなさった発言
    > 実名でなくてよかったですね。実名だったら、
    > これでけで患者さん数名離れてますね(^^)
    > それと、私はあなたの「辞書引き癖」が嫌いです。
    > こうやっていざとなると「取り巻き」の人に
    > 「代理」をさせて本人は引っ込んでしまうってのが、
    > このサイトのやり口らしい。
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    > 私を学会で目の前にして、
    > 抗議する勇気のない意気地なしなんだね。
    > 君と一緒にカラオケするのが楽しみだったのに。
    > 残念だね。ホントだよ!!
    > もうあなたが誰かは「かなり」あたりはついてきたから、
    > 懇親会場で探すから、待っててね。
    この辺は非常に気持ち悪いです。だってまんま「ストーカー」じゃないですか。実際会ったら何されるかわからないですし…気持ち悪いし不快です。
    うん。これでしっくりきました。
    あとずっと気になっていたのですが、私のブログのコメント欄で発言する人を「取り巻き」呼ばわりするのはやめませんか?「取り巻き」の意味はご存じですか?
    辞書では
    とりまき 0 【取(り)巻き】
    金や権力のある人の側にいて機嫌をとること。また、その人。
    「ワンマン社長の―連中」
    となっていますが、私は金や権力は持ってないですよ。ついでに他の方は私の機嫌を取ってるわけではありませんしね。
    現に私が何かおかしな発言をした場合には、そのことについては率直に批判してくださる方々ですし。
    「取り巻き」呼ばわりはそうした方々に対して失礼だという自覚はおありになるのでしょうか?
    あまりに長すぎると阿世賀さんの理解の範囲を超えてしまう(というか、なかったことにされてしまいそうな)ので、この辺にしておきますが、とりあえず上記質問に対して阿世賀さんは未だに回答されていないという自覚を持っていただいた上で
    「怖い」というのは私のどこがそんなに怖かったのでしょうか?
    について他者に理解できる言葉で(=阿世賀さんだけに理解可能な表現は避けた上で)ご回答いただけますでしょうか。
    お手数ですがよろしくお願いいたします。

  37. おふたりへ
    こういうやりとりを心理士さん達がされているのを見ると、私は正直、がっかりします。ネットの世界での限界もあるでしょうし、もうやめて頂きたいです。(こういちろうさんを擁護しているのではありません。)
    心理士さんへ幻想をいだくのは愚かなことでしょうか。いちクライアントからの感想です。

  38.  私は、そもそも合理的な説明と聞く人間が納得できない感情を「おかしい」とか「不適切」と判断する立場に立っていないことを事前にお断りします。
     その上で、「どのように(how)」怖いのかという問いかけにお答えします。
     一つ目は、すでに書きましたように、「心理職にふさわしくない人をふるいにかける」というタイトルを平気で使えることそのものを「怖い」と感じるわけですね。
    (これに類似した表現は過去にもあったと思います)
     ここには二つの意味が含まれます。
    1.入りたての学部生や院生の立場に感情移入すれば、この発言は「こわい」発言だろう。
    2.そういう「感情移入」ができそうにも関わらず、それでも平気で「心理職にふさわしくない人をふるいにかける」という言葉を使える感受性を「怖い」
    と感じるわけです。
    ここには、日常語で「こえーやつ」みたいに言う時の含蓄、
    つまり狭義の「恐怖心」
    だけではなく、
    「無神経なやっちゃなー」
    「実際に論争になったらめんどいひとだろうなあ」
    「そういうことで消耗するのはつまらないから避けて通りたいなあ」
    「でも、こいつ、これだけで偉そなものいいで何かムカつくなあ」
    「でも、何かいいたいなあ、でも少し覚悟がいるかなあ」
    などというふうにも、「たとえば」明示的な意味として「言語化可能」な含蓄が内に含まれているけど、こうした言い方だけでは言い尽くせない「何か」でもあるというふうに説明したいと思います。
     2番目は、私はあなたが実際に、特定の臨床家について、倫理委員会ではありませんが、その人が所属する組織に、問題がある臨床家であるという情報を伝えたということを当事者からきいていました「家族を路頭にまよわせないでくれ」とメールでなきついても聞き入れてもらえなかったとのことでした。
     ですから、いざという場合、ネット上でだけではない形でどのくらいの行動をする人か、その際にどのくらいの良識に基づいて行動する人なのかについての判断が十分できないと感じました。
     正直に申し上げて、このサイトへので書き込みで「傷ついた」という当事者の発言も、他にまったく別の2つのルートで入手しました。
     こうした場合、当然シミュレーションする場合には、その人がどういう人かについて、いろいろな可能性を推理するしかありません、しかしその推理にも限界がありますので、そこに踏み切るのにも「勇気がいる」し、ある意味で私のがわを保全する可能性を多めに見積もる必要もあった。
     そのために「匿名」という手段を使うことで「いざという場合の保全」を考えることにしたのですが、しかし、やはり「こういちろう」名義を避けることに若干の「やましさ」はあり、私の「超自我」が、そのタブー破りを「恐怖」として感じさせたとしてもおかしくなかったかなとも「自己分析」いたします。
     3.さらに言うと、これはたいへんないいがかりとお思いかも知れまさんが、私のブログに「通りもん」の名義で、
    「「流れに棹さす」の意味をもう一度調べられた方が良いかと思います」
    とだけ書きこんできた、「通りもん」と名乗る方がおられたのですね。
    http://kasega.way-nifty.com/nikki/2006/08/802_d4ec.html
     私は、例えば字や事実の誤認に対して、指摘してくださった方については、原則「感謝」のレスを返す方針でいます。
     しかし、それは、その方の指摘が最低限の礼儀をわきまえた形でなされた場合に限定されると思っています。
    1. 「通りもん」という、いわゆる「名無しさん」と同じ水準の匿名性が高いハンドルであること。
    2.、しかも「辞書では……となっていますが、用法がおかしいと思いますが」という書き方であれば、私は礼儀正しく感謝してレスしたと思いますが、「辞書ひいたらどうです」的なぶっきらぼうな書き込み……しかもそれが内容への「冷やかし」と受け取れるもの…..にまで礼儀を払うのは、「お人好し」に過ぎ、そうしたことを許すと、調子に乗って類似のレスが増えるということへの懸念から、あえてぞんざいに扱うレスをしました。その方が、読者にも私のポリシーの明示となると思ったからです。
    つまり、上記の基準にあてはまるクレームは「荒らし」とみなす、というポリシーを一貫させることにしていたのですね。
    ところが、「そのあとで」このサイトをはじめて知り、訪問させていただいたら、まさに「辞書を引くこと」がたいへんお好きで、他の人のコメントの言葉の使い方の「日本語的不適切さ」をこと細かく指摘する方がオーナーしていたわけですね。
    >日本語で書けー!!
     わたしにいわせれば、この発言をネット上でとはいえ、平気でできるカウンセラーは、カウンセラーというものへの一般的イメージを悪化させるもの以外の何者でもないと思います。
    私は、たとえば日常会話であっても、弟子に対してでも、不用意にでもこの言葉を使うカウンセラーは評価をそれだけでかなり下げるでしょう。
     クライエントさんがカウンセリングに通ってみようという意欲そのものを奪うと思われるからです。いくらカウンセリング場面ではその言葉は使わないといわれても、普段他人に使うだけで
    認めません。
     クライエントさんの、うまく言葉にできないものにどれだけ辛抱強くつきあうか、しかもその際に「明確な言語化を強制する圧力は決してかけないこと」
     私には、他の方の書き込みへの返事をお読みする限り、その指摘が細かすぎて、コメントした読者の方を不快にさせる域、人によってはこうした「詳細な指摘」そのものが「防衛的」と感じるのではいかと苦々しく思っていました。
     なので、私は、まさか、と思いつつも、その「通りもん」がロテさんの書き込みである「可能性」が脳裏に浮かびました(ここまでは、妄想でも何でもなく、人の普通の推理能力ですよね)。
     そして、「臨床家で、しかも」ああいうレスを書き込める人がいるとしたら信じられないという思いにかられてしまいました。これ自体「恐怖」ですが。
     もとより、これは憶測であり、確かめようもないものです。これでけでそう決めつけるなどあってはならないと思いました。
     しかし、まさにあの書き込みをしたくなった「その時」、私の中に、単に「匿名」ではなく「通りもん」という名前でこれを書いて、過剰反応があった場合には、「通りもん」の正体についての、不完全ではあるけれどもひとつのある程度の仮説の検証「にも」なる場合があるのではないか、というアイデアがひらめきました。
     もちろん、確証にならないことは言うまでもありません。
     でも、仮に私の予想が「あたっていた」とすると、これはかなり強烈な「しっぺ返し」になって、感情をあおることになるかもしれない。
     
    そのリスクを冒すことへの「恐怖」も存在したということになります。
     もとより、濡れ衣だとおっしゃるなら謝ります。
     もとより、これは「今の」私が整理して、その時の感情を「意味づけてみた」説明であるにすぎません。
     でも、これで私が「恐怖」という言葉に込めた含蓄の80%以上は多角的に取りあえず言語化できたかなと思います。

  39. 横槍一般人 様
    >心理士さんへ幻想をいだくのは愚かなこととでしょうか。いちクライアントからの感想です。
    傷つけていたら申し訳ありません。
    ただ、医者の場合にもいろんな医者がおられるのが現実です。
    私のことはともかく、
    「ご自身の」カウンセラーとの方との信頼関係が
    いいものであることを
    切にお祈り申し上げております。

  40. >阿世賀浩一郎さん
    > その上で、「どのように(how)」怖いのかという
    > 問いかけにお答えします。
    私の書いた文章読んでますか?私は
    > 「怖い」というのは私のどこがそんなに怖かったのでしょうか?
    と書いているのです。「どのように(how)」とは一言も書いてないですね。
    人の書いている内容を理解しようと思ったら、まずちゃんと読むようにしましょうよ。その上で「簡潔にまとめて」ご回答いただけますでしょうか?
    > >日本語で書けー!!
    私はそんな表現はしてませんが?
    前にも書きましたが、意図しているにせよしていないにせよ、私の表現を改変して、しかもご丁寧に引用符までつけて私が書いた表現であるかのようにするのはやめていただけませんか?
    > 私は、たとえば日常会話であっても、
    > 弟子に対してでも、不用意にでもこの言葉を使う
    > カウンセラーは評価をそれだけでかなり下げるでしょう。
    >  クライエントさんがカウンセリングに通ってみようという
    > 意欲そのものを奪うと思われるからです。
    > いくらカウンセリング場面ではその言葉は使わないといわれても、
    > 普段他人に使うだけで認めません。
    ほら、またネット上での議論とカウンセリング場面での振る舞いを混同してる。
    阿世賀さんは
    > たとえば、このブログに、
    > 「ロテさんは○○だろう」式のことを書き込む、
    > ロテさんと面識が全くない専門家がいたとすれば、
    > それは明確にやりすぎだと考えます。
    ご自身で言っている「明確なやりすぎ」を阿世賀さん本人がされていますよね。
    > 少なくとも「ネット人格」の想定はできると思います。
    ということは少なくとも「ネット人格」のアセスメント(しかも非常に限られた情報に基づく不完全なアセスメント)はされているわけですよね?
    > 少なくともこの議論の場面において
    > 「アセスメント」という言葉を持ち込む必然性は
    > どこにもないと思いますが。
    「アセスメント」がマズイのなら「安易なレッテル貼り」でも何でもいいんですが、とりあえずそういうことはやめましょうと言っているのです。
    何かレッテルを貼っておかないと落ち着かないのかもしれませんが、安易なレッテル貼りは対話する上でプラスになることは少ないと思うのですがね。
    > クライエントさんの、うまく言葉にできないものに
    > どれだけ辛抱強くつきあうか、
    > しかもその際に「明確な言語化を強制する圧力は決してかけないこと」。
    あれ?いつから阿世賀さんが私のクライエントになったのでしょうか?
    繰り返しになりますが、ネット上での議論(まあ今回はそもそも議論が成立してないんですけどね。他人の言葉を自分の枠組みでしか解釈できない人がいるために)における振る舞いと現実場面、臨床場面での振る舞いを混同するのはやめましょう。
    > 濡れ衣だとおっしゃるなら謝ります。
    全くの濡れ衣ですので、謝罪を要求いたします。

  41. > 一つ目は、すでに書きましたように、
    > 「心理職にふさわしくない人をふるいにかける」という
    > タイトルを平気で使えることそのものを「怖い」と感じるわけですね。
    えーと…
    この「怖い」はこのエントリのタイトルを見た上での感想ですよね?時系列がおかしくないですか?
    私が問うているのは、以前阿世賀さんが書かれたコメントについてなのですが…
    阿世賀さんがコメント投稿時に、私の何を「怖い」と思っていたのかを聞いているのであり、もし当時同様の感情を感じていたとしたら、どの部分からそう感じていたのかを知りたいのです。
    因果関係を前後させて読者を混乱させる後出しジャンケンのようなマネはやめてください。
    > いざという場合、ネット上でだけではない形で
    > どのくらいの行動をする人か、その際に
    > どのくらいの良識に基づいて行動する人なのかに
    > ついての判断が十分できないと感じました。
    通常、私はネットでの議論はネット上のことで終わらせようと思っているのですが、あのケースに関してはあまりにもひどすぎたので、臨床家としての良識に基づいて所属組織にご報告させていただきました。
    もし私があの件を報告しないで、このブログ上で公開していたとしたら、恐らくもっと大変なことになってしまっていたと思います。どんな人がこのブログを見ているのかは想定できないわけですし。
    そういう意味でも所属組織へのご報告は私なりの良心に基づく行動であったとご理解ください。
    もし何でしたら、私の対応が間違っていたかどうか、やりすぎだったかどうか、ここで皆さんに判断してもらうことも可能なのですが…(問題となったブログの全ログは保管してありますので)。
    > 正直に申し上げて、このサイトへので書き込みで
    > 「傷ついた」という当事者の発言も、他に
    > まったく別の2つのルートで入手しました。
    はぁ…「傷ついた」と言うだけならいくらでも言えますよね?現に私も阿世賀さんの発言でいたく傷つけられた、不快な思いをしたわけですし。
    で、阿世賀さんは
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    > でも、どこに訴えるんです??
    と書かれていました。
    ご自身の発言が倫理委員会に訴えられるような類のものではないとご理解されていたのですよね?それでも「怖い」?何か矛盾してませんか?ご自身で矛盾していることを言っていることに気づいてらっしゃらないのでしょうか?
    それともあれですか?これらの発言は「強がり」「負け惜しみ」の類なのでしょうか?いずれにしても不必要なものですよね?ネット上の議論というのは勝ち負けが決まる問題ではないのですから。
    > そこに踏み切るのにも「勇気がいる」し、
    > ある意味で私のがわを保全する可能性を多めに見積もる必要もあった。
    ということは
    「阿世賀浩一郎であることはバレないと思って『通りもん』『取り巻き』名義でコメント投稿した」
    と理解してよろしいでしょうか?

  42. また誤読(意図的なのかもしれませんが)されると困りますので、私が言っていることを箇条書きでまとめておきますね。
    ・・・・・・・・・・
    ・「どのように」怖いか答えてくださいとは一言も言っておりません。
    ・「何が」怖いかをお答えくださいと言っております。
    ・「>日本語で書けー!!」などとは言っておりません。
    ・私の表現を勝手に変えないでください。
    ・ネット上での振る舞いと現実場面での振る舞いを混同しないでください。
    ・私は阿世賀さんのブログに「通りもん」名義で書き込みしたことは一度たりともありません。濡れ衣ですので謝罪を要求いたします。
    ・時系列を変えてしまうと因果関係の説明は成立しませんのでお止め下さい。
    ・通常、私はネットでの議論を現実場面に持ち込むようなことはしませんが、あまりにひどい場合には関係機関に通報する場合はあるかもしれません。
    ・阿世賀さんが以前書かれた「 どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。」「でも、どこに訴えるんです??」という発言は「強がり」「負け惜しみ」ということでよろしいでしょうか?
    ・「阿世賀浩一郎であることはバレないと思って『通りもん』『取り巻き』名義でコメント投稿した」ということでよろしいでしょうか?
    ・・・・・・・・・・
    とりあえずお伝えしたいのはこんなところですね。

  43. あと、今回の件について何が起こっているのかわからない読者の方のために
    資格問題説明会日時変更?-「お返事from日心臨」来てません…よねぇ?完結編
    http://blog.rote.jp/2006/09/11-190000.php
    通りもんさんへ
    http://blog.rote.jp/2006/09/13-053000.php
    上記エントリにおける「通りもん」「取り巻き」というハンドルネームの方=阿世賀浩一郎さんであるということが判明しております。ご自身がそう明言しております。
    上記エントリにおける一連のコメントが今回の発端の一つになっております。
    未見の方はご参照ください。
    あと、阿世賀さんのブログはこちら
    カウンセラーこういちろうの雑記帳
    http://kasega.way-nifty.com/nikki/
    リンク許可はいただいておりませんが、阿世賀さん自身がコメント投稿の際にURLも記載されており、既に当ブログからリンクが張られておりますので問題ないと判断し掲載いたします。
    こちらもご参考にどうぞ。

  44. 全国のクライエントの皆様に、ここで二人の臨床家が臨床家についてのクライエントさんのイメージを傷つけかねない発言をしていることを、重ねてお詫びいたします。
     繰り返しますが、その方が、自分のカウンセラーさんと、いい信頼関係を持てることを心からお祈り申し上げております。
    *****
    私のブログに「通りもん」名義で書き込んだことがないとのこと。
    そうでしたら、そのお言葉を信頼することにして、その件については心から謝罪させていただきます。申し訳ありません。
    ******
     まず、公正な比較の材料として、私のブログを紹介して下さったことについては感謝申し上げます。
    ただ、残念なことに、ロテさんの「この」発言直後に私のブログのアクセス数が増える兆候は全くなかったですね(アクセス数は私が最初のコメントをさせていただいた時点で増えたまま、ほぼ同水準です)。
    でも、私のブログの宣伝にもなりますので、ご紹介には心から感謝します
    …….といいますか、「こうしてブログの存在を広めてしまえば、
    こういちろう氏がいかにつまらないブログをやっているネット上の人物であり(「現実の臨床家」としての浩一郎はブログからはわかるわけないんですよね、ロテさんの論理では。だから『厳密に』こう書きました)、自分のブログの方がいいブログであるのかが当然わかるはずだ」とロテさんが確信しておられるとすれば、ちょっと苦笑します。
     きっと、これを機会に(これは、ロテさんからの「公式の」ご紹介を待つまでもなく、私が今回の論争を始めた時点で、という意味)、私のブログに関心を持って下さり、私のブログの愛読者にもなって下さるばかりか(ここまでは確率高い)、私のカウンセリングルームにおいで下さるクライエントさんが少し増えるかもしれない(これは、ネットの影響力はそんなに大きくないので、あまりないかもしれないけど)わけです。
     なお、↑この発言をもとに、「こういちろうの書き込み意図は自分のカウンセリングルームの売名行為こそ真の動機であったという噂が流れても、甘受させていただきます。
    なお「甘受」という言葉の意味をロテさん、きちんと辞書で調べて、間違っても、
    ….「肯定した」「認めた」のですね?…….
    なーんて言い出さないで下さいね?
     この脈絡では「黙認」というふうに読み替えるのも、正確に言うと辞書的には誤りらしいです。
     このへんは辞書フェチのロテさんにおまかせするとして。
     …..あ、「辞書フェチ」というのはアセスメントではありませんからね。念のため。
     いずれにしても、「私のブログを読んで下さる方がもっと増えたら、お客様も『少しは』増えるかもしれない」と想像するくらいには、私なりに私のブログに魅力はあると感じています。もとより、「ロテさんブログよりも魅力的」などということは申し上げません。
    …..あ、ここで「魅力的」というものさしを立てること自体に茶々入れないで下さいね。
     もちろん、この言葉をもとに、
    ネット人格のこういちろう氏を「自己愛的」などというアセスメントをなさることは、ロテさんはなさることはないでしょう。
    ……あ、このこととの関連で申し上げますが、
    ロテさんご自身が、
    >「安易なレッテル貼り」でも何でもいいんですが、とりあえずそういうことはやめましょうと言っているのです。
    >何かレッテルを貼っておかないと落ち着かないのかもしれませんが、安易なレッテル貼りは対話する上でプラスになることは少ないと思うのですがね。
    とおっしゃっている一方では、
    >「強がり」「負け惜しみ」ということでよろしいでしょうか?
    などどおっしゃる。
    あるいは,前の私を「ストーカー」とおっしゃった。
    後者なんて、モノ凄い「レッテルはリ」ではありますが(^^;)
    すごい「議論の妨げ」ですね。
    きっと、これに対して、「私の場合は『安易』ではない」という論を、ロテさんは自信をもってなされることかと思います(^^)
     そうではなくて「正しいレッテル張りは許される」という趣旨はいだいておられるのだとすれば、その時点で読者の方は結構失望されるでしょうね。
    ところがこの段階で、今度は
    「『正しい』レッテルを貼る」
    という言い方は辞書的にみておかしい、比喩として用いられる「レッテル」には「不当な」だとか「表面的な」という含意があるはず……などという論をロテさんは貼って来ないだろうか、ということまで考慮しないとならないわけですから、このサイトでコメントする人間は骨が折れるわけです。
    私のサイトに書き込んだという嫌疑をかけたことについては心から謝罪いたしますが、
    このサイトそのものが、
    「辞書的に正しい日本語を使わない人間を糾弾する臨床家の会」
    会長のサイトであることは、常々苦々しく思われている方は少なくないと思いますので。
    なお、これに対して、「辞書的に正しい日本語を使わない人間を糾弾する臨床家の会」
    なるものを私は主催している事実はない、抗議する、などとロテさんがお書きでしたら、
    「直喩」
    というものを知らないのですか、辞書で引いて下さいとお答えするでしょう(^^)
    (この部分、ウィットとご理解下さい)
    何か、すこくいやみったらしいことを書いているな、「こういちろうは、自分をロテさんの次元まで引き下げるという危険をなぜ冒すのか」、という読者の声なき声も聴こえてまいります。
    でも、私が今回、「肉を切らして骨を切る」覚悟をかためて、自分から戦線布告するフレームやむなしとの決心でお伝えしたかったのは、
     実を言うと、ロテさんのコメントでの論の進め方に独特の「論理パワーゲーム」性、独特の「独善」があること
    を、まさに私の相手をさせる中でいかに実証するか、ということなのです。
     こうした、「ああいえば上祐」の弊害を感じてロテさんを低く評価なさる(少なくとも)臨床家の方は多い筈、ということです。
    その格好の実例ですが、
    > 私は、たとえば日常会話であっても、
    > 弟子に対してでも、不用意にでもこの言葉を使う
    > カウンセラーは評価をそれだけでかなり下げるでしょう。
    >>  クライエントさんがカウンセリングに通ってみようという
    >> 意欲そのものを奪うと思われるからです。
    >> いくらカウンセリング場面ではその言葉は使わないといわれても、
    >> 普段他人に使うだけで認めません。
    >ほら、またネット上での議論とカウンセリング場面での振る舞いを混同してる
    ……文章の脈絡を読めば私の意図わかると思うんですけどね。
    つまり、例えば、私の臨床家の知り合いが、プライベートな日常会話の中で「辞書ひいてるのか」という言葉を連発していたとしますね。私はそれだけでその人の評価を下げるだろう、ましてや、たとえネットとはいえ、不特定多数の人間の前で、そういうことを言う人間は評価しない、という意味で書いているのですが。
    「そんなこと言われないとわからない」
    ときっとおっしゃることと思いますが、
    その一方「脈絡の読解力」がないという見方も可能かと思います。
    なお、
    >阿世賀さんが以前書かれた「 どーせ「現実の」
    >私には、あなたたちは無力です。」「でも、ど
    >こ>に訴えるんです??」という発言は「強が
    >り」「負け惜しみ」ということでよろしいでしょうか?
    まあ、これなんて、こういうことをおっしゃること自体、「ネット人格」ロテさんの評価を下げることに気がついていないご様子に、まことに.ご秋霜様ですが(ホラ、ロテさん、辞書引いてこういちろうを批判するチャンスだ)、
    あの……私は、これを機会に、ブログのアクセス数が減ったり、自分のカウンセリングルームのクライエントさんが減ることはないとも思っています。
    あ、これは、「因果関係を前後させて読者を混乱させる後出しジャンケンのようなマネはやめてください」とのことですから、ロテさんが、私が「今」、私が負け惜しみを感じているドろうという意味でお使いになるわけがないはずでしたね(^^)
    だとすると、あの書き込みの時点で「負け惜しみだったのですね」と問われていることになり、私としては
    へ? へ? へ?
    ということになります。
    (そもそも、「あれは負け惜しみだったのですね」というものいい自体、まるで子供みたいで、よく平気でできるなあ、と、お見舞い申し上げますが(はい、辞書ひいて揚げ足とって!!)、
    仮に現実の私が誰なのかわかったとしても、ロテさんは私に無力でしょう」
    という意味に読解するのが「普通」と思います。
    >・「阿世賀浩一郎であることはバレないと思って
    >『通りもん』『取り巻き』名義でコメント投稿し
    >た」ということでよろしいでしょうか?
    に至っては
    きょとん
    としたこういちろうがいますが(^^;;;)
    (あ、「ロテさんは顔文字を嫌う」という情報リソースがあったんだっけ)
    あの…..これって、私から、「いずれ阿世賀浩一郎であるということを明かして売名行為をすることを当初から意図していた」ことを示唆する発言を引き出すための誘導尋問ですか????
    といいますのは、
    私、この時点で、私のブログに書き込んだ『通りもん』さんがロテさんであることを(失礼ながら)かなり疑っていたわけですから、私は『通りもん』のハンドルネームを読んだ段階で、ロテさんが「それだけで」それがこういちろうであると気づくことを
    むしろ「期待していた」筈
    となるじゃありませんか!!
    ロテさんこそ、私の書いたこときちんと読んでます?
    私は、「私の書いたことをよく読んでからコメントしてください」というもののいい方そのものが、コメント下さった方にぶしつけで失礼で、傲慢不遜に響くもののいい方と考えるので、過去、ネット活動で全くに近く使わないでいます。
    私のブログでのコメント…..ロテさんのサイトに比べると,コメントはずっと少ないですが….では「ゼロ」のはず)、過去、メーリングリストで、私の前の書き込みを読み返していただくことをコメント下さったかたにご依頼する時には、たいへん恐縮しなからお願いした例外が1回あるだけです。
    (あと、ayu関係の記事で、「匿名」という「匿名」で2ch的サイトに投稿する時だけは意識的に「オレのさっき書いたことをよく読め」などど書くこともあります。そういう書き方をしないとなめられるサイトですからね)。
    あと、私は、「ネット人格の」ロテさんが「傷ついた」とはあまり感じていません。「傷つけられて、腹が立つ」と感じることはあっても。
    (この、意味の違い、わかる人には十分わかるはす)
    まして、人を傷つけることで「傷つく」という高次元での「傷つき」からはかなり遠い人と思ってます。
    これについてのアセスメント(ネット人格についての)は、読者の判断に委ねるとして。
    なお、「なぜ、『傷つけることによる傷つき』の方がより高次元なのかわからん」などとおっしゃったら、その段階で、分析家としてのお里が知れますからね。
    専門家向けに、模範解答を書けば、
    「分裂的=妄想的態勢」よりも「抑うつ態勢」の方が進んだ段階だから…
    …でいいかと。
    もっとも、「このサイト、臨床心理関係の情報源としては広汎で役にたつけど、セラビーそのものについて扱うサイトとしては底が浅い」
    というのはすでに定まった評価と「私は」思いますので。
    なお、こういう発言を自分のサイトではしないし、よそのサイトでもしないことが、むしろ「礼儀」であると私は感じています。
    私のブログでは、個人サイトについては、心理臨床系「以外の」サイトを対象に、過去一度だけこの原則を「大胆に」崩しましたが、その時も名指しは避けました。
     私のサイトに、時々ロテさんサイトへの揶揄を含めた揶揄もあることは否定しませんが(^^)
    ****
    それから、最後に。
    >> 正直に申し上げて、このサイトへので書き込みで
    >> 「傷ついた」という当事者の発言も、他に
    >> まったく別の2つのルートで入手しました。
    >
    はぁ…「傷ついた」と言うだけならいくらでも言
    >えますよね?

    ロテさんがこの発言をしたことを、これまでこのサイトでコメントして傷つかれた方全員、しっかり記憶にとどめて下さい!!
     こういう時に、まず絶対、
    「私の過去の不用意な発言に傷つかれた方があるとすればお詫びしますが、失礼ながら、そのお二人の方が傷つかれた原因が私にばかりあるとは限らないと思いますが」
    …..などというもの言いすら、まず期待できないのが「ネット人格の」ロテさんですのでね、私の理解によれば(^^;)

  45. それから、
    >心理職にふさわしくない人をふるいにかける
    というタイトルと、その本文の文面が、特にこの4月の時期に、なりたての心理臨床系の学部生や院生をいたく傷つけるものではないのか
    という点について、ご見解をお願いします。
    「実名で書き込むべき」
    という最初の書き込みの真の意図はそこにあります。
    そして、ある意味で、『通りもん」『取り巻き」が私であったことを認めないとフェアーな議論が出来なくなることを、私は最初から覚悟していました。「実名で議論するくらいでないと」という言葉を避けて通るつもりはなかったですから。
    その意味で、のっけからあまりに注文相撲にはまったロテさんに、やや拍子抜けもしたんですけどね(^^;)

  46. ロテさんは、私から観ると、あまりにも「反応に意外性がない」人なんですよ。こういう人は、私が十数年の経験の中で、ネットでつきあってきた人の中でも珍しい。
     「てめーとはつきあってきてないやい!!」、って、いいっこなしですよ(^^;)

  47. はじめまして。通りすがりの臨床心理士です。
    たまたま、検索していてページを見ました。
    ちなみに、年齢は40代、臨床歴は15年です。
    あまりにレベルの低い子供のケンカのような
    やり取りはやめた方が良いのではないですか?と言うか、希望としてやめて頂きたいと思います。正直、見苦しい事この上ないです。
    臨床心理士のブログとして、ここは割と有名なようですが、こんなの見たら一般の人の臨床心理士のイメージは悪くなるだけでしょう。
    特に病院関係の心理の方々は、自分たちが恵まれていないとか、やりたい仕事が出来ないとか、色々と訴える人が多いですが、それは自分たちにも責任があるのではないですか?
    私が病院経営者であったならば、このような稚拙なやり取りを繰り返すような幼稚な心理士などは雇いたいとは思いませんが、いかがでしょうか?
    言葉が過ぎた点は失礼しました

  48. >阿世賀浩一郎さん
    > その件については心から謝罪させていただきます。申し訳ありません。
    謝罪していただきまして、ありがとうございます。
    ついでにもう一点。私のブログにコメント投稿してくださった人を「取り巻き」呼ばわりした件に関しても謝罪していただけますでしょうか?
    さて
    > ロテさんが確信しておられるとすれば、ちょっと苦笑します。
    別にそんなことは確信してないので苦笑される筋合いもありません。
    > >「強がり」「負け惜しみ」ということでよろしいでしょうか?
    >
    > などどおっしゃる。
    >
    > あるいは,前の私を「ストーカー」とおっしゃった。
    >
    > 後者なんて、モノ凄い「レッテルはリ」ではありますが(^^;)
    レッテル貼りじゃないですよ。辞書で「ストーカー」を調べますと
    > 特定の相手に対し,つきまといや待ち伏せなどの行為を繰り返す人。
    > 執拗に追いかけ回す人。
    とあります。
    以前の阿世賀さんのコメント
    > やあ、君と一緒にカラオケするのが楽しみだったのに。残念だね。ホントだよ!!
    > もうあなたが誰かは「かなり」あたりはついてきたから、
    > 懇親会場で探すから、待っててね。
    この発言を額面通り捉えればストーカー以外の何物でもないと思うのですが…違いますか?繰り返しますが、私としてはすごく気持ち悪いのですが…。
    あと
    >「強がり」「負け惜しみ」ということでよろしいでしょうか?
    という発言に関してですが、これもレッテル貼りではありません。確認です。
    何度もこの点についてお尋ねしているのですが、明確な回答が得られないので、私としては「~でよろしいでしょうか?」と一つの仮説を提示しているのです。
    もしそれが違うのであれば、違うと言っていただいた上で「では何なのか?」ということをご説明いただきたいのですよ。
    もう一度私の問いを繰り返さないとご理解いただけない可能性がありますので、先に書いておきますね。
    阿世賀さんは私を「怖い」といいつつ
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    > でも、どこに訴えるんです??
    と書かれていました。
    ご自身の発言が倫理委員会に訴えられるような類のものではないとご理解されていたのですよね?それでも「怖い」?それがよくわからないのです。結局、「怖い」ということに関する(他者から)理解可能な説明をしていない、私の質問に答えていないのですよ。
    もし上記発言の意図が「強がり」「負け惜しみ」の類でないのであれば、何なのか明確にされた上で、再度「ロテ職人のどこが怖いのか」についてご説明いただけないでしょうか?(未だに阿世賀さんがそれを明確にされていないということはおわかりいただけますよね?)
    > すごい「議論の妨げ」ですね。
    聞かれたことに答えず延々と自分で語りたいことだけ語っている方が私からすれば「議論の妨げ」としか思えないのですが…。
    > 「私の場合は『安易』ではない」という論を、
    > ロテさんは自信をもってなされることかと思います。
    上での述べているように、前者は阿世賀さんの書き込みは辞書的な意味でストーカー行為ですし、後者に関してはレッテル貼りではなく確認です。そこに「安易」も「安易でない」もありません。
    > 私の臨床家の知り合いが、プライベートな日常会話の中で
    > 「辞書ひいてるのか」という言葉を連発していたとしますね。
    > 私はそれだけでその人の評価を下げるだろう、ましてや、
    > たとえネットとはいえ、不特定多数の人間の前で、そういうことを言う人間は
    > 評価しない
    別に阿世賀さんから評価されなくてもこちらとしては構わないのですが、とりあえずプライベートな日常会話の中で「辞書ひいてるのか」という言葉を連発はしませんね。で、別に辞書を引いているかどうかについてはどうだっていいのです。私がこだわっているのはネット上での議論の中で用いられる言葉の定義についてなのです。
    Yes or Noでお答えいただきたいのですがなぜ私がネット上での議論の中で用いられる言葉の定義についてこだわるのかわかりますか?
    Yesとおっしゃるのであればなぜ私が言葉の定義についてこだわるのか具体的にお答えください
    Noであれば改めてご説明いたします。
    > あの……私は、これを機会に、ブログのアクセス数が減ったり、
    > 自分のカウンセリングルームのクライエントさんが減ることはないとも思っています。
    あの……私は、これを機会に、阿世賀さんのブログのアクセス数が減ったり、阿世賀さんのカウンセリングルームのクライエントが減るとか増えるとか全く考えていないのですが…なぜそんな話が出てくるのかがよくわかりません。
    > あ、これは、「因果関係を前後させて読者を混乱させる
    > 後出しジャンケンのようなマネはやめてください」とのことですから、
    > ロテさんが、私が「今」、私が負け惜しみを感じているドろうという
    > 意味でお使いになるわけがないはずでしたね(^^)
    >
    > だとすると、あの書き込みの時点で「負け惜しみだったのですね」と
    > 問われていることになり、私としては
    >
    > へ? へ? へ?
    >
    > ということになります。
    何を言っているのかよくわからないのですが、とりあえず私は
    > 「負け惜しみだったのですね」
    とは言ってないですよね?
    繰り返しになりますが、阿世賀さんは私の質問にまともに答えてくださっていないので、文脈を読み取ると私としては
    > どーせ「現実の」私には、あなたたちは無力です。
    > でも、どこに訴えるんです??
    という阿世賀さんの発言は「強がり」「負け惜しみ」なのではないか?という仮説が立てられますが、そういう理解で正しいですか?と尋ねているのです。これまた繰り返しになりますが、違うのであれば違うと言ってくださればいいですし、その場合には「では何なのか?」を説明してください。
    > >・「阿世賀浩一郎であることはバレないと思って
    > >『通りもん』『取り巻き』名義でコメント投稿し
    > >た」ということでよろしいでしょうか?
    >
    > に至っては
    >
    > きょとん
    >
    > としたこういちろうがいますが(^^;;;)
    えーと…私の前のコメントをそのまま引用しますが
    >> そこに踏み切るのにも「勇気がいる」し、
    >> ある意味で私のがわを保全する可能性を多めに見積もる必要もあった。
    > ということは
    > 「阿世賀浩一郎であることはバレないと思って
    > 『通りもん』『取り巻き』名義でコメント投稿した」
    > と理解してよろしいでしょうか?
    の「ある意味で私のがわを保全する可能性」って一体何のことですか?文脈から私としては「自分の正体がバレないようにする」としか読めなかったのですが…。
    これについても、阿世賀さんが「通りもん」「取り巻き」名義で書き込みされた意図について私が再三尋ねているのに答えてくださらなかったので、仕方なく私は一つの仮説を提示して「そういう理解でよろしいでしょうか?」と確認しているわけでレッテル貼りではないのですよ。
    > 私、この時点で、私のブログに書き込んだ『通りもん』さんがロテさんであることを
    > (失礼ながら)かなり疑っていたわけですから、私は『通りもん』の
    > ハンドルネームを読んだ段階で、ロテさんが「それだけで」それが
    > こういちろうであると気づくことをむしろ「期待していた」筈
    >
    > となるじゃありませんか!!
    「なるじゃありませんか!!」と言われましても…そうだとすると「ある意味で私のがわを保全する可能性」の意味がわからなくなってしまうのです。お手数ですが、「ある意味で私のがわを保全する可能性」がどんな意味なのか教えていただけますか?
    ロテさんこそ、私の書いたこときちんと読んでます?
    読んでますよ。読んでるからこそ意味がわからないのです。例えば「ある意味で私のがわを保全する可能性」の意味とか。
    > 私は、「私の書いたことをよく読んでからコメントしてください」という
    > もののいい方そのものが、コメント下さった方にぶしつけで失礼で、
    > 傲慢不遜に響くもののいい方と考えるので、過去、ネット活動で
    > 全くに近く使わないでいます。
    私も普段は使わないのですが、何度も質問しているのにそれに対して回答がいただけなかったり、あるいは私が書いた言葉を誤読されたり、さらに改変した上で引用されたりしていると「ひょっとしてこの人は私の書いていることを読んでいないのではないだろうか?」と思ってしまうのです。
    もし阿世賀さんが私の書いている内容をちゃんと読んでいるのであれば、私の質問に答えてください。そして私の書いていることを誤読したり、あるいは改変して引用などしないでください。
    阿世賀さんが私の書いている内容をちゃんと読んだ上で、それでも私の言っていることが理解できないというのであれば、その旨お伝えください。私もご理解いただけるように努力いたします。
    私自身は阿世賀さんの書かれている内容を理解したいからこそ、何度も質問したり確認したりしているのです。もし私が確認していることが間違っているのであれば、そう伝えていただいた上で訂正してくださればいいと思うのですが
    > すごい「議論の妨げ」ですね。
    と一刀両断にされてしまうのは、繰り返しになりますがそれこそ「議論の妨げ」としか思えません。
    これもまた繰り返しになりますが私は阿世賀さんが書かれていることを理解したいと思っているのですよ。
    > もっとも、「このサイト、臨床心理関係の情報源としては
    > 広汎で役にたつけど、セラビーそのものについて扱うサイトとしては底が浅い」
    >
    > というのはすでに定まった評価と「私は」思いますので。
    …何を言っているのかよくわかりません。私はセラピーそのものについて扱うサイトとして自分のブログを位置づけておりませんので、「底が浅い」と言われても「何のことやら」としか言いようがありません。
    自分の臨床実践だったり、あるいは研究に関してもそうですが、その内容そのものを扱うのであれば学会発表だったり投稿論文だったりにまとめるのが生産的だと私は思いますし、だからこそこのブログではそういった話題については取り扱っておりません。
    > 私は、「ネット人格の」ロテさんが「傷ついた」とは
    > あまり感じていません。「傷つけられて、腹が立つ」
    > 感じることはあっても。
    > まして、人を傷つけることで「傷つく」という高次元での
    > 「傷つき」からはかなり遠い人と思ってます。
    これはどこからそう判断されたのですか?もし根拠があるのであれば、それをご提示ください。
    で、それを踏まえて
    >>> 正直に申し上げて、このサイトへので書き込みで
    >>> 「傷ついた」という当事者の発言も、他に
    >>> まったく別の2つのルートで入手しました。
    >>
    >> はぁ…「傷ついた」と言うだけならいくらでも言えますよね?
    >
    > ロテさんがこの発言をしたことを、
    > これまでこのサイトでコメントして傷つかれた方全員、
    > しっかり記憶にとどめて下さい!!
    えーと…私の「傷ついた」は「(高次元での)傷つき」からは全く遠く、「傷つけられて、腹が立つ」と判断されるのに、他の方の「傷ついた」はそうではないとおっしゃるのでしょうか?
    繰り返しになりますが、ネットでのやりとりで「傷ついた」とか「腹が立つ」とか「うれしい」とか「悲しい」とか、そう感じてなくともそうやって書くことはいくらでもできます。そしてネット経由でしかないからこそ傷ついているのか、腹が立っているのか、うれしいのか悲しいのかということが本当かどうかは判断できないと思います。
    もしそれが正確に出来るのであれば、ものすごい能力の持ち主なのでしょうし、そういう人はネット経由で正確なアセスメントもできてしまうのでしょうが、そんな能力の持ち主は(エスパーでもない限り)まず存在しないでしょう。
    だからこそ阿世賀さんがなぜ
    > 私は、「ネット人格の」ロテさんが
    「傷ついた」とは
    > あまり感じていません。「傷つけられて、腹が立つ」
    > 感じることはあっても。
    > まして、人を傷つけることで「傷つく」という高次元での
    > 「傷つき」からはかなり遠い人と思ってます。
    と断言されるのか全くわからないのです。
    「~と言われて傷ついた」と言われれば、できる限り客観的な視点から私の方に原因の力点があるのか、それとも傷ついた相手に原因があるか判断も可能ですが、単に「傷ついた」と言われるだけでは「はぁそうですか…」としか言いようがないのです。
    そう考えていくと、ネット上の議論で自分の感情を吐露することは全く意味がないと思うのですよね。書き込んでいる内容から感情状態というのは推測はできるかもしれませんが、その推測だってどの程度妥当なものなのかは判断できません。ネット上の書き込みはその「内容」そのものが重要なのであって、「感情的要因」は内容を理解する際のノイズにしかなりません。
    だからこそ阿世賀さんが私を「怖い」と思ったということは、私にとってははっきり言ってどうでもよくて私の「何が怖いと思ったのか」をずっと問い続けているのです。
    …さて、私のこのコメント、阿世賀さんが理解しやすいように箇条書きでまとめた方がいいですか?またいくつか私からの質問もしておりますが、どれが質問かおわかりいただけてますか?
    もし箇条書きでまとめた方がよければ頑張ってまとめますのでそうおっしゃってくださいね。

  49. > それから、
    >
    > >心理職にふさわしくない人をふるいにかける
    >
    > というタイトルと、その本文の文面が、
    > 特にこの4月の時期に、なりたての心理臨床系の学部生や
    > 院生をいたく傷つけるものではないのか
    >
    > という点について、ご見解をお願いします。
    「ふさわしくない人」はキツイ表現だったかもしれません。むしろ「向いていない人」の方がこの場合は適しているかと思います。
    それで傷つく人がいたとして、それは別にいいんじゃないですか?
    傷ついて「ふるい落とされないように」奮起するのであればそれは喜ばしいことですし、傷ついて「もう心理臨床家になるのはやめた」と思う人がいるのであればそれはその程度の人だということでしょう。
    与える影響力から考えたら、現実の要因とは比べものにならないくらい影響力の小さなこのブログのタイトル程度で「やめた」と思われる人は、現実の要因によっても恐らく「やめた」と思われることでしょう。
    で、もし当ブログに学生さんから「傷ついた」というコメントがあったとしたら、「ふるい落とされないようにがんばってください。私もがんばります」としか言いようがないです。
    …という感じでいかがでしょうか?
    それを踏まえて、エントリのタイトルを「ふさわしくない」から「向いていない」に変更させていただきますね。

  50. とおりすがり様
    ご意見謹んで読ませていただきました。
    私は、このサイトそのものが、みかけは有名ですが、同時に「問題サイト」としても有名であることをよく知っています。
    でも、このサイトでは、そういう臨床心理士内部での意見は、当然このブログそのものには登場しません。
    そして、このサイトをそういう点で「見過ごしてきた」ことそのものが、臨床心理士の「怠慢」であると考えてきました。
     もとより、このサイトの愛読者、コメントされる方については批判するつもりは全くありません。
     敢えて申し上げれば、このサイトが臨床心理士の個人運営サイトの代表のような顔をしている現状を打破していないのは、全国の臨床心理士の「臨床心理士の評判を落としてはならない」という思いが悪い形で作用している結果と思います。
     私は常々、自分のサイトについての批判が検索エンジンでもますひっからないことを不満に思っていました。
     なぜなら、批判にさらされない存在は、そもそも社会的に認知されていないともいえると思うからです。
     少なくとも、歯医者や一般の医者や、学校教師、宗教者、警察官にもいろいろな人がいる、というのが社会的認知をされているのと同じくらいには、カウンセラーも認識されるのが健全な姿と確信しています。
     もとより、そのために本当に必要なのは、問題あるサイトの糾弾とかではない。明らかに倫理規定を犯していない限りは、どんな臨床心理士であろうと個人サイトを運営する自由は「絶対的に」守られねばならない。
     このサイトについても、少なくとも現状では、もしこのサイトの運営そのものを止めるような社会的・組織的圧力があれば、私ですら、それに抗議する側にまわるかもしれません。そこまで問題あることはしていない、とは理解しています
     むしろ、一番問題なのは、このサイトと同じくらいに有名でアクセス数のある臨床系サイトが他にほとんどないという現実であり、それはひとえに臨床心理士個々人の怠慢
    に帰されるものと私は理解しています。
    みんな、もっと、このサイトや私のサイトよりずっと流行るサイトやってくれ!!
    (アクセス数が少なくとも、私がとてもかなわないと感じている、誠意ある水準のサイトはあちこちにありますが)
     その意味では、私も、自分のサイトにさっさともどり、自分のサイトのことについて精進すべきなのかもしれません。
     そして、「自分のサイトに対する」意見にこそ真摯に向き合うべきなんでしょうね(^^)
     ご意見ありがとうございます。そろそろこちらは引き上げてしまいます。
    敢えて稚拙になる危険を犯して、いいたかったことはかなり言い尽くしましたし。
     

  51. >とおりすがりさん
    コメントありがとうございます。
    よろしければ、このやりとりのどの部分から
    > レベルの低い子供のケンカのようなやり取り
    > 見苦しい
    > 稚拙なやり取り
    と判断されたのかご指摘いただけますか?
    阿世賀さん宛のコメントにも書いたように、私は阿世賀さんの書かれている内容を理解したいと思い、わからないことについて何度もご質問しているのですが、阿世賀さんからはご回答いただけず、逆にどんどん違う内容を加えられるために話は拡散していくばかりです。
    阿世賀さんの書かれている内容を私の枠組みで理解し、私なりに解釈して話を進めていくことも可能ではありますが、それは阿世賀さんの書かれている内容を本当に理解したことにはならないでしょう。
    私が辞書上の定義にこだわるのもその辺りのことが関係しておりまして、辞書的な定義で言葉を使われているのでしたら私も理解は容易なのですが、もしその言葉の定義が相手独自のものだとしたら、通常使われる場合の定義を踏まえた上で相手の定義を理解しないと、話が全く理解できないということになってしまうでしょう。
    私は阿世賀さんの書かれている内容を理解したいからこそ辞書的な定義を持ってきているわけですが、その点も阿世賀さんにはご理解いただけていないようです。
    そして、対面であれば得られるはずの情報がかなり制限されているネット上のやりとりの中で私は相手の書かれている内容を理解しようと努力しているのですが、それに応えていただけていないのが(少なくとも私にとっては)現状です。
    はっきり言ってしまえば、阿世賀さんがおっしゃることに対して「はいはい」「そうですね」「すごいですね」「さすがですね」と全肯定で話を終わらせてしまうのが一番楽なのだと思います。ただ、そうした対応は何よりも阿世賀さんに対して誠実ではないと思うのです。
    ・・・・・・・・・・
    とおりすがりさんからこのやりとりの稚拙さ、見苦しさ、レベルの低さについて具体的にご指摘いただければ、私も色々と態度を変える努力はできると思います。
    是非ともご指導よろしくお願いします。

  52. このような場で、軽率な思い付きから本文へのレスをすることをお許し下さい。
    院卒1年目の新米ですが、個人的な経験から、「臨床に向かない人」には、一つ「研究を中心にやっていく」という逃げ道があるのでは、と考えています。特に、先生がおっしゃる「研究能力によってふるいにかける」というシステムであれば、臨床がダメでも研究はそれなり以上にできるということになるので、そういう道を薦める、進むというのはアリなのではないかと。
    これは臨床心理士の裾の広さというか、懐の深さのようなものがあってはじめてできることだと思うので、臨床ではなく研究で臨床心理界に貢献する臨床心理士もいていいかな、と思うのです。

  53. このブログに投稿しておられる皆様に「取り巻き」という言葉を使ったことについては、たいへん失礼いたしました。
     つつしんでお詫び申し上げます。

  54. >阿世賀浩一郎さん
    > 私は、このサイトそのものが、
    > みかけは有名ですが、同時に「問題サイト」としても
    > 有名であることをよく知っています。
    このサイトのどこが「問題」なのか、具体的にご指摘いただけますか?
    もしその問題点が客観的に見て妥当なものであるのなら私も改善するよう努力したいと思います。
    ただし、妥当な根拠なく「問題サイト」などという表現を使われたのであれば、それは単なる誹謗・中傷であり、読者の方(特に新規読者)に対していらぬ誤解を与えてしまう可能性があります。
    当ブログを「問題サイト」と呼ばれるのであれば、その根拠を具体的にご指摘ください。
    > もとより、このサイトの愛読者、
    > コメントされる方については
    > 批判するつもりは全くありません。
    直前のコメントで謝罪されていますが、それ以前には「取り巻き」呼ばわりされていますが、それは批判に当たらないのですか?それとも「批判」ではなく、やはり誹謗中傷なのでしょうか?あれが批判や誹謗中傷でないのだとしたら何なのか、具体的にお答えください。
    > このサイトが臨床心理士の個人運営サイトの
    > 代表のような顔をしている現状
    私はそんなつもりは全くありません。当ブログは私が日々思ったこと、感じたこと、考えていることを綴る場所ですが、阿世賀さんは何を根拠にそうおっしゃるのでしょうか?
    これも上記「問題サイト」発言同様、明確な根拠なしにおっしゃっているのであれば読者に誤解を与えかねない表現であり、誹謗中傷ととられても仕方がない発言だと思います。
    阿世賀さんがそうおっしゃる根拠を具体的にお示しください。

  55. 上記質問は非常に重要な内容であり、その返答によっては私に対する誹謗・中傷にあたる可能性もありますので必ずお答えください。
    阿世賀さんが理解しやすいよう、対応しやすいように箇条書きでまとめさせていただきますね。
    ・当ブログを「問題サイト」と呼ぶその根拠は何か。具体的にご指摘ください。
    ・以前、当ブログにコメント投稿してくださった方を「取り巻き」(=「金や権力のある人の側にいて機嫌をとること。また、その人。」の意)と呼んでらっしゃいましたが、それは「批判」にはならないのでしょうか?もし「批判」でないとしたら一体何なのでしょうか?具体的にお答えください。
    ・「このサイトが臨床心理士の個人運営サイトの代表のような顔をしている現状」とおっしゃっていますが、そうおっしゃる根拠は何か?具体的にお答えください。
    ご回答よろしくお願いしますね>阿世賀浩一郎さん
    まさか
    > ご意見ありがとうございます。
    > そろそろこちらは引き上げてしまいます。
    >
    > 敢えて稚拙になる危険を犯して、
    > いいたかったことはかなり言い尽くしましたし。
    言いたいことだけ言って(しかも誹謗・中傷紛いのことをして)おいて、さよならというわけではないですよね?
    私の質問に答えられなくなったから退散する…なんてことはないようお祈りいたします。

  56. >とおりすがりさん
    > 臨床心理士のブログとして、ここは割と有名なようですが、
    > こんなの見たら一般の人の臨床心理士のイメージは悪くなるだけでしょう。
    当ブログのトップページを見ていただきますと、画面中央の“INFORMATION”のところに赤字で
    > ■初めて当ブログにお越しいただいた方は
    > こちらのお薦めエントリからお読み下さい
    と書いてあります。
    こちらがそのお薦めエントリ一覧です。
    お薦めエントリ@20060516
    http://blog.rote.jp/2006/05/16-123055.php
    その一番上、太字で一番最初にこれを読んでくださいと書いてありまして、それがこちら。
    【注意点など】ネットで「臨床心理士」を名乗り不特定多数に向けて発言するということについて
    http://blog.rote.jp/2006/01/10-124520.php
    その中で私はこのように書いております。
    > ・私はあくまでも臨床心理士資格を持つ個人として
    > このブログを管理しているのであって、
    > 私の意見が臨床心理士全体の考え方であるということは
    > 全くありません。
    >
    > ・私一人の発言を読んで「臨床心理士は
    > みんなこういう考えを持っているんだ」と
    > 思ってしまうのは過度の一般化であり、
    > 論理的ではありません。
    > 臨床心理士の資格を持っている人は数多く、
    > 本当に色んな人がいます。
    > 一般に「こういう人」というのはありません。
    一応、この点は誤解していただきたくないところですので、出来るだけ目立つところに書いたつもりです。
    当ブログの読者の方全てに対して「ロテ職人を見て、臨床心理士一般はこんなものなのだ」と判断されるのは避けていただきたいものと思います。
    それに関連して、とおりすがりさんは
    > 特に病院関係の心理の方々は、
    > 自分たちが恵まれていないとか、
    > やりたい仕事が出来ないとか、
    > 色々と訴える人が多いですが、
    > それは自分たちにも責任があるのではないですか?
    とおっしゃっていますが、これは私の言動からそう思われたということなのでしょうか?
    そうだとしたら、それは過度の一般化であり、そうした認知はしばしば誤解を生みがちですのでお気をつけください。
    繰り返しになりますが、私は別に病院関係の臨床心理士を代表しているつもりはありませんし、私が一般的な病院関係の臨床心理士であるというわけでもないと思います。
    そしてこれは余談になりますが、私自身は「恵まれていないとかやりたい仕事が出来ないとか」とは思っておりません。もちろん仕事に全く不満がないわけではありませんが、それはどんな仕事だってそうでしょう。
    > 私が病院経営者であったならば、
    > このような稚拙なやり取りを繰り返すような
    > 幼稚な心理士などは雇いたいとは思いませんが、
    > いかがでしょうか?
    それはとおりすがりさんが今回のやりとりのどういった点を「稚拙」「幼稚」と判断されたかによります。繰り返しになりますが、よろしければこのやりとりの稚拙さ、見苦しさ、レベルの低さについて具体的にご指摘いただけますでしょうか?
    また、これはあくまでもインターネット上でのやりとりであり、現実場面における振る舞いというのはまた別物であると思うのですが、その点についてはいかがでしょうか?
    お手数ですがご返答いただけますと幸いです。

  57. >Anonymousさん
    コメントありがとうございます。
    > 「臨床に向かない人」には、一つ
    > 「研究を中心にやっていく」という
    > 逃げ道があるのでは、と考えています。
    実は私もそれは考えているのですが、実際のところはどうなんでしょうね?
    少なくとも心理学の他領域では研究者として生計を立てるのって非常に厳しいと思うのですよ。いくら臨床心理士の就職口が少ないとは言っても、他の心理学の領域の研究職なんて絶望的な募集の少なさなのではないでしょうか。
    で、臨床心理学が専門でありながら臨床には手を出さない人、つまり研究一本でやっていく人は、他領域の研究者と競合し、さらに臨床も研究もやっている人とも競合しなければならない…
    …となると、よほど研究能力の高い人でないと務まらないと思うのですよね。
    研究に向かない人を大学院の段階でとりあえずふるいにかけて、そこで脱落するならまだ充分やりなおしが利くと思います。
    でも、その後(私の理想の養成課程の話で恐縮ですが)研修などをやった上で「臨床向いてないからやめよう」となった時に…果たしてやり直しが利くのだろうか?となると大変疑問なのです。そこでやり直せる人は一体どれくらいの割合なのだろうか、と。
    私も
    > 臨床ではなく研究で臨床心理界に
    > 貢献する臨床心理士
    というのがいるのは理想だと思うのですけどね。研究に専念できるのはある意味では強みになるでしょうし。
    んー…難しいところであります。
    ・・・・・・・・・・
    ところで
    > 先生がおっしゃる「研究能力によってふるいにかける」
    > というシステムであれば
    の先生って私のことですか?(これもし違ってたら大恥ですな)
    私もぺーぺーですし、「先生」なんて呼ばれるがらではありません。恥ずかしいので、せいぜい「さん」づけくらいにしていただけたらと。
    そんなわけで今後ともよろしくお願いいたします。

  58. ロテさんは、「ほんとうに」わかろうとしているだけなのかもしれない、という仮定に立つと、何か結構すっきり「わかる」気もしてきました(^^)
     これは、皮肉や揶揄ではなくて、ほんとうにそう思います。
     それから、「コメントのやりとりの場合、質問されてことにまずは答えることである」という原則に立ってしまうと、1つの質問への答えとして、わからないことが2つ返ってきたとしますね。それへの答えが返ってきたとして、それにまた疑問点、ないし納得がいかない点が2つ出てきたとします。
    …….こうしたやりとりが3つ重なった頃には、コメントするお相手はかなりむくれる可能性があるかと思います(^^;)。
     あと、わかりたいと思うあまりに口にした言葉が、相手の感情をそこねたり、相手の人の中に、ロテさんが、「わかりたい」以外の意図でその言葉を発したのではないかという思い(敢えて言えば「邪推」ですね)を生み出すこともあるでしょう。
     私は、自分の言った10のことのうち、1を「わかって」もらえれば9は捨て置くタイプです。
     そして、相手が言った10のことのうち、自分が「わかった」ことは1に過ぎないのではないかと日頃から考えるタイプなんですよ。
     ロテさんって、ひょっとしたら、相手の方を誠実に「わかろう」としていくことで、いつの間にか、相手の方の意図が「わけのわからない」事態になって困惑する方なのかもしれないと、思いました。
     うまく言えないんですけど、そういうふうに思えてくると、随分ロテさんの印象が違って見えてくる気がしました。
     悪意はないところに悪意があると非常に「誤解」されやすい方なのかも。
     そうそう、
    > このサイトが臨床心理士の個人運営サイトの
    > 代表のような顔をしている現状
     この表現は取り消させてもらいます。申し訳ありません。
     ただ、ロテさんというのは全然「怖い」人ではないのかもしれない、とは感じるようになりました。
     その理由を全部説明すると長くなりすぎそうですけど(^^;)、ともかく、これだけ長大なやりとりにおつきあいいただいたことには感謝したいと思います。
     私にとってもいろいろ勉強になりました。
     今後もサイトがいい形で展開されることはお祈りしております(マジですよ)。
     少なくとも、「こうしてなされてきたやりとりが稚拙で、臨床心理士の評判を下げるからやめて欲しい」だけで切り捨てられたらたまんねえなあ」という思いは抱いています。
     意味があるのです。
     お互い納得しあえなくても。
     取りあえず、このくらいにさせて下さい。
     ロテさんの質問に答えるのに的確な答えを思いついた時に、忘れた頃に書きたくなるかもしれないことをお許し下さい。
     もちろん、今後は「こういちろう」名で統一しますけど、ロテさんが「阿世賀さん」の表現を今後も使われても一向かまいませんので。
     もっともそうなると新規読者が困惑するだろうか? …….そのあたりのご判断はお任せします。
     
     

  59. >阿世賀浩一郎さん
    > ロテさんは、「ほんとうに」
    > わかろうとしているだけなのかもしれない、
    > という仮定に立つと、何か結構すっきり
    > 「わかる」気もしてきました(^^)
    何が「わかる」のかわかりませんが、実際私は本当に理解しようとしているだけです。なぜなら、阿世賀さんがおっしゃっていること、全然理解できませんもん。もっと言ってしまえば、阿世賀さんのおっしゃっていることは、大部分、論理的に破綻していますから。
    どこが論理的に破綻しているかは、今までの私の質問に全て集約されており、そちらを見ていただければご理解いただけるかと思います。
    > 「コメントのやりとりの場合、
    > 質問されてことにまずは答えることである」
    > という原則に立ってしまうと
    いや、別にその原則に立つ必要は全くないのです。「相手が理解できる言葉で書いてさえいれば」という条件が必要になりますが。
    > こうしたやりとりが3つ重なった頃には、
    > コメントするお相手はかなりむくれる可能性が
    > あるかと思います(^^;)。
    ですから、論理的に破綻のない文章を書いていただければいいだけの話です。
    ご自身で論理的に破綻した文章を書かれておいて「むくれる」というのは、それこそ逆ギレに他ならないと思いますよ。
    > わかりたいと思うあまりに口にした言葉が、
    > 相手の感情をそこねたり、
    前から書いているように、「感情をそこねる」とか関係ないじゃないですか。
    議論の中で「傷つきました」とか「感情をそこねました」とか言われても、回線の向こう側にいる人には表情も見えなければ口ぶりもわからないわけで、実際のところはどうなのか検証しようがないのですから。
    したがって、ネット上の議論において「感情表現」というのはノイズにしかならないですし、相手が理解しやすいようできるだけ簡潔に書こうとすれば、まずはそうした要素から削ぎ落としていくのが効率が良いのです。
    そういう意味では阿世賀さんが書かれている文章は論理的に破綻している上にノイズが多すぎて非常に理解しづらいのです。
    > 相手の人の中に、ロテさんが、「わかりたい」以外の
    > 意図でその言葉を発したのではないかという思い
    > (敢えて言えば「邪推」ですね)を
    > 生み出すこともあるでしょう。
    こうした「邪推」も、実際のところ相手はどうなのか検証できない以上、やはりノイズにしかなりません。
    > 私は、自分の言った10のことのうち、
    > 1を「わかって」もらえれば
    >9は捨て置くタイプです。
    >
    > そして、相手が言った10のことのうち、
    > 自分が「わかった」ことは
    > 1に過ぎないのではないかと
    > 日頃から考えるタイプなんですよ。
    ですから、私はネット上の議論の話をしているのであって、日常での話と混同しないでくださいと何度言えばご理解いただけるのでしょうか?
    臨床場面で考えてみても、どんなに共感的に理解できたとしても、クライエントの体験している感情を全く同じように体験することは不可能です。前にも書きましたが、我々はエスパーではないのですから、100%理解しあうことはできません。
    そういう意味では臨床場面ですら、相手の感情が10だとしたら、そのうち9は恐らく理解できないのではないかと思います。
    で、ネット上の議論について考えてみると、感情を伝えることができない以上、問題になるのは書かれている内容のみなのです。そういう意味では本当はシンプルな話のはずなのです。
    実際、私は簡潔に表現するよう心がけておりましたし、阿世賀さんもそれほど私が述べている内容で理解できなかったことはなかったのではないでしょうか?(もし理解できない部分があったとしたら「なぜそう言わないのですか?」と問いたいですが)
    なのに阿世賀さんはご自身の感情ばかりを述べていて、肝心の発言内容はただただ論理的に破綻しているものでしたから、私は最後まで理解不能でした。
    > ロテさんって、ひょっとしたら、相手の方を
    > 誠実に「わかろう」としていくことで、いつの間にか、
    > 相手の方の意図が「わけのわからない」事態に
    > なって困惑する方なのかもしれないと、思いました。
    適当なアセスメント、レッテル貼りはやめてくださいと何度も言っております。
    > うまく言えないんですけど、
    ええ。全然うまく言えてないですね。ある程度は自覚されたようで何よりです。
    ですからレッテル貼りは(以下略

  60. > そうそう、
    >
    >> このサイトが臨床心理士の個人運営サイトの
    >> 代表のような顔をしている現状
    >
    > この表現は取り消させてもらいます。申し訳ありません。
    これだけですか?「取り消させてもらいます。申し訳ありません」と言えばそれで全部済みますか?
    私は
    > ・「このサイトが臨床心理士の個人運営サイトの
    > 代表のような顔をしている現状」と
    > おっしゃっていますが、そうおっしゃる根拠は何か?
    > 具体的にお答えください。
    と、問うているのです。ただ取り消すだけで済まそうとしているところから考えると、阿世賀さんは何の根拠もなくそう言われたということでよろしいのでしょうか?
    あと
    > ・当ブログを「問題サイト」と呼ぶその根拠は何か。
    > 具体的にご指摘ください。
    >
    > ・以前、当ブログにコメント投稿してくださった方を
    > 「取り巻き」(=「金や権力のある人の側にいて
    > 機嫌をとること。また、その人。」の意)と
    > 呼んでらっしゃいましたが、それは
    > 「批判」にはならないのでしょうか?
    > もし「批判」でないとしたら一体何なのでしょうか?
    > 具体的にお答えください。
    この2つの質問は放置ですか?
    > ともかく、これだけ長大なやりとりに
    > おつきあいいただいたことには
    > 感謝したいと思います。
    なんだか他人事のようにおっしゃっていますが…
    阿世賀さんが論理的に破綻している文章を書かれなければ、そして自身の感情など余計なことを書かなければここまで長大なやりとりになってはいないと思うのですが、その点については自覚されていますか?
    > 少なくとも、「こうしてなされてきたやりとりが
    > 稚拙で、臨床心理士の評判を下げるから
    > やめて欲しい」だけで切り捨てられたら
    > たまんねえなあ」という思いは抱いています。
    >
    > 意味があるのです。
    >
    > お互い納得しあえなくても。
    はぁ?つい5時間ほど前のとおりすがりさんに対するコメントは何だったのでしょうか?こんな短時間で180度考えが変わったりするのでしょうか?それともあの時は短絡的にコメントされたのでしょうか?
    全く意味がわかりません。
    > 取りあえず、このくらいにさせて下さい。
    ネット上でのやりとりから私という人間を勝手に評価し、このブログに対しても「問題ブログ」「臨床心理士の個人運営サイトの代表のような顔をしている」と誹謗中傷した上、言いたいことだけ言って退散ですか?
    私は私なりに誠実な対応をしてきたつもりなのですが…阿世賀さんの態度は誠実なものとは到底思えません。
    こんなことをされる方が他人をどうこう評価するなんて馬鹿げた話じゃないですか?
    そういえば、以前「通りもん」「取り巻き」名義でコメント投稿された時もそうでしたよね。言いたいことだけ言ってあとは沈黙という。
    結局、その程度の人ということなのでしょうかね。

  61. > ロテさんの質問に答えるのに的確な答えを
    > 思いついた時に、
    > 忘れた頃に書きたくなるかもしれないことをお許し下さい。
    いいですよ。いつまでもお待ちしております。
    ただ、質問にご回答いただくまでは当ブログの他のエントリではコメントしないでくださいね。
    他のエントリにコメントくださる時間があるのなら、まずは残っている質問にお答えください。
    あと一つ、私としては重要なことがあるのですが、以前のコメントにあったストーカー的な気持悪くて不快この上ない発言
    > やあ、君と一緒にカラオケするのが楽しみだったのに。
    > 残念だね。ホントだよ!!
    >
    > もうあなたが誰かは「かなり」あたりはついてきたから、
    > 懇親会場で探すから、待っててね。
    なんとなく、まるで何もなかったかのように華麗にスルーされているようなのですが、私としては本当に気持ち悪いです。
    よろしければ現実場面で私の前に姿を現さないでいただけますか?
    上記発言の本当の意図がわからない限り、はっきり言って何されるかもわからないですし(ネット上での議論と現実場面での振る舞いを混同しがちな人のようですから)、その点に関しましては是非ともよろしくお願いいたします。
    では質問に対する回答、お待ちしております。

  62. >したがって、ネット上の議論において「感情表現」というのはノイズにしかならないですし、相手が理解しやすいようできるだけ簡潔に書こうとすれば、まずはそうした要素から削ぎ落としていくのが効率が良いのです。
    ただ、そうしたものをノイズとして全部そぎ落としてしまうことを「納得しない」人たちもいるし、それを強制もできないでしょうしね。
    もちろん、ロテさんも、強制できるわずもないし、強制するつもりもないでしょう。しかし、「強制された」と「感じる」人が出るのは止められない。
     いくら「このブログで繰り返し書いているでしょう」となっても、多くの読者は、検索で行き当たった、特定の記事のみ読まれるわけですから。
     一番厄介なのは、人間の感情や心理についての「用語」そのものをそぎ落とすことはできないことでしょうね。
     そして、どのような言葉にしても、人間の「感情」をも喚起しますしね。
     わかりやすい例で言えば、
    >ある程度は自覚されたようで何よりです。
    私の中でこれを「論理的」にだけ翻訳する思考回路が「若干」形成されましたので、気にならなくなりましたが、これでけで、「えらそうだな」と感じる人も不可避に出るでしょう。
    これとか、
    「ある程度は理解していただけたようで何よりです」
    と表現するだけで、余計な紛糾の火種はつみ取られます。
     特に心理系のサイトである限り、半部宿命のディレンマかもしれません。
     そのことに、ロテさんなりのスタイルで取り組まれているものと了解しました。…..かなり、「茨の道」とは思いますが。
    *****
    そうそう、
    >ただ、質問にご回答いただくまでは当ブログの他のエントリではコメントしないでくださいね。
    これはお約束しましょう。
    >よろしければ現実場面で私の前に姿を現さないでいただけますか?
    正確に言えば、偶然の遭遇はあるわけですから(同じ学会員ですし)、
    1.ロテさんの実名がプログラムに掲載された催しには顔を出さない。
    2.ロテさんらしい人をみかけても、声はかけない。
    これでよろしいですね。

  63. >阿世賀浩一郎さん
    > これとか、
    >
    > 「ある程度は理解していただけたようで何よりです」
    >
    > と表現するだけで、余計な紛糾の火種は
    > つみ取られます。
    おっしゃっていることはわかるのですが、「自覚」と「理解」はやはり違います。私が言いたいことをお伝えするには、やはり「自覚」が一番近いのです。
    それで「偉そう」と言われても、やはり「あなたはそう思われたのですね」程度のことしかご返答できないのですよね。
    もちろん「自覚」を「理解」に変えて私がお伝えしたいことが変わらないのであれば、可能な限り穏やかな表現にできたらとは思いますが。
    >> ただ、質問にご回答いただくまでは
    >> 当ブログの他のエントリではコメントしないでくださいね。
    >
    > これはお約束しましょう。
    ありがとうございます。
    > 1.ロテさんの実名が
    > プログラムに掲載された催しには顔を出さない。
    >
    > 2.ロテさんらしい人をみかけても、
    > 声はかけない。
    >
    > これでよろしいですね。
    はい。それで結構です。ご了承いただいたことに対して感謝いたします。
    お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします。

  64. ロテさんからの宿題の直接のお答えにはならないかもしれないけど、恐らくそれを考える上での参考にはなりそうなのでお尋ねしますが、
    1.旧タイトルの
    「心理職にふさわしくない人をふるいにかける」
    の「ふさわしくない」を「向いていない」に置き換えられた理由をうかがってみたいのですが。
    より具体的に言えば、
    「ふさわしくない」

    「向いていない」
    の違いを説明していただけると助かります。
    2.同様にして、
    >ある程度は自覚されたようで何よりです。
    において、私の提案した、
    「ある程度は理解していただけたようで何よりです」
    に関して、
    >私が言いたいことをお伝えするには、やはり「自覚」が一番近いのです。
    といわれましたが、この「自覚」の方が近い、とはどういうことなのか。ご説明いただけるとありがたいのですが。
     私は、個人的には、「了解」とは単なる「論理性」という事柄に還元されないという見地に立っています。
     つまり、ロテさんのいう「ノイズ」というものへの感覚的・直観的な了解の部分がそぎ落とされると、人間には「意味がある」という「感覚」そのものが失われるのではないか?
     ちょっと専門的になりますけど、いわゆる統計における「因子分析」において、その因子にどのような「名称」を与えるかということにおいて恣意的になり得る側面があり、その恣意的な意味づけが一人歩きしはじめる形で論文がまとめられがちなことの弊害はつとに指摘されているわけですが。
     つまり、調査や実験状況の具体性について操作的に定義し得る範囲を超えた事象についての考察に「全く飛躍していない」といい切れる実証論文はそう滅多に見られない。これはロテさんもお感じかもしれません。
     ほんとうな、ネットのコミュニケーションであるか現実のコミュニケーションであるかということの差異とは別のところに問題の本質がある、という気がするのです。
     参考までにうかがいますが、ロテさんは、この問題を考える上で、ウィトゲンシュタインの論理実証主義(前期哲学)における議論を意識しておられるところがあるのでしょうか。
     もしそうでないとすると、むしろウィトゲンシュタインの科学哲学そのものが、ロテさんの方向性を深める上で何かお役に立つかもしれません。

  65. >阿世賀浩一郎さん
    1.
    > 「ふさわしくない」
    >
    > と
    >
    > 「向いていない」
    >
    > の違いを説明していただけると助かります。
    あの…繰り返しになりますが、私の書いている内容を読んでらっしゃいますか?
    私が
    > 「ふさわしくない人」はキツイ表現だったかもしれません。
    > むしろ「向いていない人」の方がこの場合は適しているかと思います。
    と書いているのをご覧になればおわかりいただけるかと思いますが、単なる語感の問題です。
    辞書的には
    > ふさわし・い ふさはしい 4 【〈相応〉しい】
    >
    > (形)[文]シク ふさは・し
    > 〔動詞「ふさう(相応)」の形容詞化〕似つかわしい。
    > 似合っている。つり合っている。ぴったりだ。
    > む・く 0 【向く】
    >
    > (4)その人や物に適する。ふさわしい。
    > 「自分に―・いた仕事」「運動に―・いた服装」
    とほぼ同義なのですが、私個人の感覚からして「ふさわしい」よりは「向いている」の方がよりやわらかい表現かなと思いましたので、変更させていただきました。
    2.
    > 「自覚」の方が近い、とはどういうことなのか。
    > ご説明いただけるとありがたいのですが。
    辞書的には
    > じかく 0 【自覚】
    >
    > (名)スル
    > (1)自分自身の立場・状態・能力などをよく知ること。
    > わきまえること。
    とあります。
    私はこのコメント欄で何度か阿世賀さんに対して「まるで他人事のようにおっしゃっていますが」と述べていたと思います。
    他人事のように単にわかる、理解するのではなく、阿世賀さん自身の問題としてよく知って欲しかったので「理解」ではなく「自覚」という言葉を使いました。
    で、それが何か?

  66. > 私は、個人的には、「了解」とは単なる
    > 「論理性」という事柄に還元されないという見地に立っています。
    私も「了解」が「論理性」のみに還元されるとは一言も言っていないと思いますが…。他にも様々な要因が関わっているでしょうね。
    で、ここで「ネット上での了解」と書かれていないのは、何か意図があるのでしょうか?ひょっとしたら、現実場面での「了解」とネット上での「了解」を混同されていませんか?
    > つまり、ロテさんのいう「ノイズ」というものへの
    > 感覚的・直観的な了解の部分がそぎ落とされると、
    > 人間には「意味がある」という「感覚」そのものが
    > 失われるのではないか?
    「人間には」と過度の一般化がなされていたり、あるいは「ネット上で」という前提が抜けていることが気になりますが、とりあえずこれは阿世賀さんの仮説ですよね。
    「ネット上で」というのを除けば、そういう可能性はあるかもしれません。また、ネット上でのやりとりの中で、ある程度妥当な「感覚的・直感的了解」が可能であると思っている人にとってはやはりそう思えるかもしれません。
    で、私は前提として「ネット上ではそうした感覚的・直感的了解は意味がないだろう」と言っているのです。
    私の言っていること、ご理解いただけてますか?(別に煽ろうと思って言っているわけではなく、ズレが生じたまま話が進んでもそのズレが大きくなっていってしまうだけなので、確認させていただいております)
    何度も何度も何度も言っていますが、私の言っていることがわからないのであればそうおっしゃってくださいね。
    > 統計における「因子分析」において、
    > その因子にどのような「名称」を与えるか
    > ということにおいて恣意的になり得る側面があり、
    > その恣意的な意味づけが一人歩きしはじめる形で
    > 論文がまとめられがちなことの弊害は
    > つとに指摘されているわけですが。
    ええ。そうですね。だからこそそうした批判を踏まえ、統計手法としての限界を意識しながら活用していくことが必要なのだと思います。
    松尾太加志・中村知靖著『誰も教えてくれなかった因子分析―数式が絶対に出てこない因子分析入門』を読むと、その辺のことは因子分析を正しく読む能力と行う能力、因子分析リタラシーとして取り上げられております。
    > 調査や実験状況の具体性について操作的に
    > 定義し得る範囲を超えた事象についての考察に
    > 「全く飛躍していない」といい切れる実証論文は
    > そう滅多に見られない。
    よくわかりにくい文章なのでまとめさせていただきますね。
    これは
    「操作的に定義できない事象についての考察において『全く飛躍していない』と言い切れる実証論文はほとんどない」
    ということでよろしいですか?(違うのであれば違うとおっしゃってください)
    一応そういう意味として話を進めさせていただきますが、「操作的に定義できない事象」って何ですか?乱暴に言ってしまえば、定義できない事象を無理矢理定義してしまうための方法が「操作的定義」だと思うのですが…。
    で、ネットでの議論においては、現実場面でも困難な相手の感情の理解、解釈は不可能に近い、たまたま自分の直感が合っている可能性もあるかもしれないけれども、基本的にうかがうのは不可能であると言っているのです。
    そして、それが不可能であるならば、むしろ「内容」を伝えるのに注力した方が建設的でしょう、と申しているのです。
    > ネットのコミュニケーションであるか
    > 現実のコミュニケーションであるかということの
    > 差異とは別のところに問題の本質がある、という気がするのです。
    阿世賀さんにとってはそんな気がするのでしょうし、ひょっとしたらそう思いこみたいのかもしれませんが、今はネットのコミュニケーションの話をしているのであり、もっと言ってしまえばネットリテラシーの話をしているのです。
    > 参考までにうかがいますが、ロテさんは、
    > この問題を考える上で、ウィトゲンシュタインの論理実証主義(前期哲学)における
    > 議論を意識しておられるところがあるのでしょうか。
    繰り返しになりますが、私はネットリテラシーの話をしております。
    > むしろウィトゲンシュタインの科学哲学そのものが、
    > ロテさんの方向性を深める上で
    > 何かお役に立つかもしれません。
    別に方向性を深めることを目的にしているわけではないので、はっきり言って余計なお世話です。

  67. ところで阿世賀さんは
    > この問題を考える上で、ウィトゲンシュタインの
    > 論理実証主義(前期哲学)における議論を
    > 意識しておられるところがあるのでしょうか。
    とおっしゃっていますが、「この問題」って何ですか?
    何度もお伝えしたと思うのですが、阿世賀さんは問題の本質からどんどん離れていく傾向があり(これは安易なレッテル貼りではないですよ。ネット上で観察可能なこれまでの阿世賀さんの言動から判断しております)。
    だからこそ私は
    > ただ、質問にご回答いただくまでは
    > 当ブログの他のエントリではコメントしないでくださいね。
    と言っているのです。議論が拡散するだけですと、私も読者も阿世賀さんも混乱するだけですから。
    それに対して阿世賀さんは
    > これはお約束しましょう。
    とおっしゃっていたはずなのですが…。
    何だったらもう一度、私の質問を全ておまとめしましょうか?必要でしたらその旨お伝えください。
    繰り返しますが
    質問にご回答いただくまでは、
    当ブログの他のエントリではコメントしないでくださいね。

    あともう一つ
    > ロテさんからの宿題の直接のお答えには
    > ならないかもしれないけど、
    > 恐らくそれを考える上での参考にはなりそうなので
    という理由での発言が、また議論を拡散させる方向に向かっておりますので、
    質問にご回答いただくまでは、このエントリでもコメントしないでください。
    誤解していただきたくないのですが、私は阿世賀さんに「発言するな」と言っているのではありません。
    阿世賀さんの不用意な発言によって議論が拡散するのを防ぐためのお願いです。よろしくお願いいたします。

  68. 質問に答えていただいて感謝します。今回の各質問にいただいたお答えは、私が想定していたものとすべて「全く同じ」でした。
    因子分析についての質問への解答も、私が納得できるものでした。私の質問の意図も理解して下さっていたと思います。
     このようにして、共通理解ができる範囲を確認しておくことは、今後の私の解答に大きな影響を与えると判断したゆえの「予備質問」であったとご理解下さい。ここで「なぜ」とはお問いにならないでくださいね。私が「役に立ったと感謝した」ことをそのまま受け止めていただければ幸いです。それこそ「議論が錯綜」する要因が増えますので(^^)
    「全く同じならなぜ尋ねる」と言われるかもしれんませんが、それは「追試」というものには常に価値があるからです。「反応の安定性と恒常性の追試」ですね(^^)。
    恐らく、ここまで流れが錯綜してくると、確かに解答して欲しい質問のリスト、およびその『優先順位」について伺う方がいいという「アイデアも浮かび」ました(後述するように、このアイデアは最終的にはより限定されたものに修正されて最終提案となります)。
     ただ、
    >質問にご回答いただくまでは、このエントリでもコメントしないでください。
     に関しては、「できるだけそのように努めますが、私としては、一見議論の拡散に見える事柄をお尋ねする方が、議論の収束に役立つ場合があると私は考えるので全面排除には同意しません」
    と申し上げることしか出来ません。
    そして、およそネットのコミュニケーションにおいて「も」と考えますが、
    「理解し『ようとする(try to)(
    make effort to) 』こと」は「理解するに『至れるようになること』」を必ずしも意味しませんし、「導き出し」もしません。得てして「逆効果」というのが私の認識です。
    『自分の中で』相手の何を理解できていないと感じているのかを細かく「できるだけ詳細に言語化」し、「リストアップ」することまでなら、「確実に」相手への理解を前に進めることに貢献すると私は考えます。
     しかし、相手の話が、得てして、一見テーマと無関係に思われる内容に飛んだ場合ですら、上記のようにして、まずは,「自分の中だけで」理解できない点のリストアップを「更に」重ねて行き、あとは相手が自然に語りたいことを「語りたいがままに任せて」おくと、必ずといっていいほど、「当初のテーマ」について、相手の言わんとしていたことが、「おのずから理解できて来てしまう」糸口が見いだされ、そうした場面で、最小限、ピンポイントで、項目を1つに絞り込んで、相手に疑問点について質問する(私の用語法体系では、これを「訊く」(きく)と呼び、「問う」とは厳格に区別される、より限定的な、他者への働きかけの様式です)。
     そうすると相互了解に達する確率は極めて高水準である。
     これは、ネット場面でも、日常場面でも、治療的面接場面でも「普遍的に」通用する法則と私は認識していますので。
     つまり、逆説的ですが、これが、私の「理解しようとすること」の方法論の基本です。
     ロテさんは、ネット場面の「特殊性」をことさら強調されますが、「特殊性」とは,常に「共通性」の「最大範囲」の「明確な掌握」がなされないうちに提起されるべきものではないと思います。その意味では、「ことさらネット場面に限定されないこと」についての議論をまずはしていくこともは大切でしょう。
     (例えば、「日本に固有の現象」などという言い方の安易な使用をして、「私はあくまでも日本の場合も問題にしているのです」といって、日本以外の例をすべて排除したらもはや議論にならなくなる。あるいは「なぜなら、この議論をしているのは日本でだからである」と答えても議論にならなくなる。いずれの場合も、明らかに「自己完結的独断的論理展開」になることになります)
     その観点からすれば、「次に」ロテさんが私に答えて欲しい質問を、やはり特定の「ひとつに」限定して示し、「リストアップ」も「複数提示」もなさらないのであれば、可能な限り、次にはその質問にお答えするように「努める」ことはお約束します。
     そして、できれば、その「ひとつの特定の質問項目の提示」と、この書き込みの「その他の部分」への感想は、別の、分離独立したコメントとして切り離して提示下さいますか。
     その場合、「その他の部分への感想」よりも、その「ひとつの特定の質問項目への私なりの解答」を原則とし優先するように「努める」ことは、ここにお約束します。

  69. >阿世賀浩一郎さん
    > 「次に」ロテさんが私に答えて欲しい質問を、
    > やはり特定の「ひとつに」限定して示し、
    > 「リストアップ」も「複数提示」もなさらないのであれば、
    > 可能な限り、次にはその質問にお答えするように
    > 「努める」ことはお約束します。
    では質問させていただきますね。
    Posted by: 阿世賀 浩一郎 | 2007年04月22日 21:22 より
    > 自分も「ふるいにかけられる」可能性のある、
    > 単なる臨床心理士にひとりであるに過ぎない以上、
    > 「ふるいにかける」必要性を主張する人間は、
    > 自らがふるいにかけられるリスクを冒すべきと考えます。
    自分自身がふるいにかけられる可能性があるのはわかりますが、「ふるいにかける」必要性を主張する際になぜわざわざふるいにかけられる可能性を高くするのか、その必然性がわかりません。
    なぜそのようなリスクを冒すべきなのでしょうか?その理由を具体的にお答えください。
    ・・・・・・・・・・
    上記質問に対して具体的なご回答が得られない限り、今後一切阿世賀さんのコメントには返信しませんので、よろしくお願いいたします。
    もちろん、阿世賀さんには「質問に答えない自由」がありますので回答を強制するつもりはありませんが、回答されない場合には阿世賀さんの側に議論するつもりがないと判断させていただきます。
    そして回答がいただけないまま関係のない発言を繰り返されるような場合には、阿世賀さんの発言は「スパムコメント」として削除させていただきますのでご了承ください。

  70. 答え:
    「ふるいにかける」議論をする際に、単に実名を提示することによって、それだけで「ふるいにかけられる」リスクが高くなるとは考えられないから。
    つまり「リスクがない『から』リスクを犯して誠意を示せ」という主張なんですね。
     
    それだけでふるいにかけられることになれば、ふるいにかける側の選択基準が「誤っている」ことになり、ふるいにかける側に抗議するのがふさわしいから。
    「私の職場の上司にこんなのがいるから、そういう人は『ふるいにかけられる』べきだ」なんていう発言がしにくいというのはあるかもしませんが、私たちは日常会話ですら、自分の話を「人から聞いた話」とか「雑誌で読んだ話」にしてしまう「方便」を普通に使って身を守っていると思うのですよ。そしてそうした「方便」を,他人の場合でもかなりの程度許すわけだから,意外と困らないのではないかと。
    そして,実名であることは、それだけで,いい加減な気持ちからのネット上での見解表明を抑止する効果があると期待できるから。
    もうひとつは、すでに書いたように、匿名のままの場合、その心理専門家のクライエントさん(だけではなく、学生、同僚、上司などにも拡張していいでしょう)ではない、身も知らぬクライエントさんが、「自分の」カウンセラーや身近な人が書き込んでいるものと推理し、思い込む可能性がある。
     これは、そうしたケースのすべてにおいて「妄想的」なるレッテルを貼ることは不当といえるほどに頻繁に生じる可能性がある。
     むしろネットに不慣れな段階の人ほど、こうした思い込みに陥りやすいとすらいえるというのが,私の知る範囲での事例で言えることです。
     ゆえに、ネット上でハンドルネームを使用するのはOKだが、ハンドルネームではない本名が、調べようと思えば容易に検索できる程度のハードルにしておく方が望ましいと考えます。
    確か、ロテさんも「隠してはいない」とどこかで書かれてましたよね。私も最初は、何も不正な手段を使ってロテさんの実名や所属(もう過去の所属のなられたのかな?)を知ったのではない。早い話、学会大会ブログラム(学会員以外への守秘があるはず)とこのブログでお書きのことをつきあわせれば消去法でわかるだけのことです(^^) あとで知り合いの連鎖でウラも取りましたが。
    なお、所属機関に関しては、公開しないままでいいと思います。保身のためというより,その機関に思わぬ迷惑がかかるリスクを減らすためにも。その機関が公式HPで所属カウンセラーの公開をしている場合はともかく。
    スクールカウンセラーが赴任校を公開しないようになってきたのは知られてますよね。
    所属まで自己責任で公開しやすいのは、開業カウンセラーの特権かもしれませんね。
    *****
    なお、今述べたこととの関連で、「ネットにおける匿名」という問題を扱う際に、都合5つのレヴェルのことが含まれており、場合によってはその5つのレヴェルを区別して議論すべきと考えます。
    1.ハンドル名と実名、およびそれを超えた個人情報のある程度を公開している場合。
    2.ハンドル名と実名のみ公開している場合。
    3.ハンドル名は公開するが、特定のハンドル名しか用いない場合
    4.同一人物が複数のハンドル名を使う場合。
    (私が「通りもん」と「とりまき」を使い分けてみせたのは、むしろ「ネットのハンドル名が同じでIPアドレスが異なった場合、それが意図的なのか、そうでないのかすら実は判断できない(例えば、職場と学校、自宅とモバイルでこれらが皆異なる人は異なるでしょうし、時にはインターネット喫茶からアクセスする人もあるでしょうから、自動的に作為や悪意とは全く判断できない)」
    「IPアドレスが同じでも違うハンドル名を使える」
    という点についての、ロテさんの「ネット能力」をテストさせていただいたとご理解下さい。
    乱暴でぶしつけなやり方だったとは思いますが、実はその段階ですでに、このサイトへの幾つかのネガティヴ情報(正否はともかく)は私にあったし、「通りもん」=ロテさんとの疑いも抱いていたものですから。
    その頃の私の悪印象のかなりはすでに晴れていることは明言します。えらく個性的で、「誤解」に晒されやすいサイトだな、とは思ってますけど(こういちろうに,こうは言われたくはないかもしれませんが)
    私としても、こうした「そのサイトの安全性・危険性を確認するための特殊ケース」において「意図的に」IPアドレスの変更による送信と別ハンドルネームでの書き込みを行使する権利は認められるべきと思いますが、そうした場合をのぞいて,原則として同一サイトでは同一ハンドルを使うべき、議論に混乱を招くという考え方に同意します。
    別次元の発想として、例えば関心のあるジャンルごとにハンドルを使い分けておられる人、複数のブログやサイトをう運営して、そこでのハンドルを別にしている人が多いでしょう)。
    5つのうちの最後に、
    5.2chやJ-castなどで典型的にみられるように、同じ「名無しさん」「匿名希望」という書き込みが果てしなく続き、そもそも前のどの発言をしたのがどの人なのかすらidentify不能という条件を許容しているサイトのケース。
    以上、5つのケースに「分けて」、匿名論議をスべきでことも多いかと思います。
    今回ロテさんと私が問題にしているのは、この中の「レヴェル2」と「レヴェル3」の関係、つまり、「ハンドルと本名」までの情報公開如何という水準と認識しておりますが、それでよろしいでしょうか?
    ****
     現在は変化したかもしれませんが、かつてのパソコン通信時代の朝日ネットでは、ハンドルネームを使う場合でも、すべての書き込みにおいて実名が「必ず」表示されるシステムでした。
     もちろん名前以外の情報は公開されませんでしたが。それによって「自由な議論」が阻害されたと感じる人は少数派のまま長期にわたりそのシステムは維持されていたのですね。
     私はそのネットで育ち、niftyでいう「シスオペ」まで心理の会議室でやらせていただき、色々経験を積ませていただきました。
     実名を公開することで、私が全くコントロール不能な弊害が生じる可能性は、敢えて言えば、私の実名や身分その他を無断で使用して、全くの別人がネット活動をするというケースでしょうが、これについては、名誉毀損で訴える法的根拠は十分にあると思いますし、むしろ、実はネット活動していない人が無断でそういうことをされた場合よりも、別人であることの説得力は出て来ると思います
     「ネット人格」だったとしても、実は発言内容の語彙とか文法上の癖とかを解析して、同一人物であるかないかを特定することは結構容易だと思います、シェークスピアなどの作品の真贋や、「シェークスピア別人説」を検証する際に既に使われている手法ですね。
     そういう意味では普段からネットにたくさん書き込みしている方が、比較材料を豊富にする効果があるかも。
     極論すれば、ある有名人のサイトがほんとうにその人のサイトなのかという根拠は、「偽物」が出て来た時に「ほんもの」が抗議し、法的手段も辞さないかとうかだけと思います(^^)
     もし、2chに本名で投稿する人がいたら、周囲からけむたがられるスレッドが多いでしょうね。
     場合によっては「実名投稿お断り」というポリシーのサイトすらこの世にあってもいいでしょう。
     もし、このサイトがそうなったら、私は「出入り禁止」第1号かもしれませんが、どうも、少なくともロテさんが質問に答えてもらえたと感じるまでは、このサイトがそうなる心配だけはなさそうですから。
     それから、ロテさんは、答えたくないコメントは放置する権利をもう少し行使していいかと思います。
     ネット活動において「返事がない」→「無視された」ととらえないのが「お約束」ということは、インターネットになじみはじめたら,多くの皆様に理解していただきたい原則のひとつだとは私も考えています。できれば、対人関係に不安の多いクライエントさんにも、この「お約束」になじんでいただきたい。
     電話だと「翌日に」かけなおしても怒らない人が、メールの返事が「数時間」来ないだけで怒るケースすらあるみたいですね。これなんて典型的な今の時代の「ネット幻想」です。
     電話によるコミュニケーションと、メールや、こうした掲示板上のコッミュニケーション、メッセンジャーやスカイプを使った映像付きコミュニケーション、更には「手紙による」コミュニケーションのどれが、どの程度現実に近いのかとなると、一筋縄では行かないと思いますが。
     ちなみに私は、電話相談すら、少し本格的なものは、「『一度は』直接対面面接をした人」、できれば「継続面接中の人」で、「分単位時間制有料」を受け入れて下さる人(お金の振込が次回の来談面接前日までにないと、来談面接予約そのものが原則自動的に「失効」する)、業務時間以外は決して対応しないという条件を課しています。
     なお私の個人情報開示に心配される人も多いかと思いますけど、「ネット上で生じた事柄を現実世界にまで広げようとする人」は,一般に危惧されるよりも実は例外的というのが私の経験です。
     そもそも、私の元に来られるクライエントさんや訓練生、スーパーバイジーの臨床家の方で、私のブログの内容は知っていても「さほど興味がないまま」の人の方がずっと多いんですね。これが健全なあり方と思ってます。
     そういうものですよ。ネットやってる人間は誇大的になりやすい。
     クライエントさんからのストーカー被害歴も過去ゼロなんですね(^^) 驚かれるかもしれませんが、普段から、今の職場へのいたずらや脅迫が疑われる電話すら「全くない」ままですよ。
     なぜそれが可能なのかと言うと、実は私のサイトがまさにああいうサイト「だから」安全だ、というのが私の理解なんです(^^)
     私にしても、自宅の住所電話番号、携帯番号、重大な用件で使用するメールアドレス、更に、職場のマンションの名前や部屋番号は公開しませんし、これらはすべて、どの学会名簿にも掲載されていません(残っているのがあれば,過去のものです)。
     ……あ、脱線しました。
     いずれにしても、私に、「不当に」このサイトを貶める意図はありませんので。むしろ,今回のやり取りの中でいろいろ私の側の誤解は解け、ある意味では「応援したい」心境にすらなっています(ホントに)。
    ******
    あと、「現実の私」についての悪い噂云々のことを一回お書きでしたけど、それとネット上のコミュニケーションは別ですよね?
    私は、自分のことを毀誉褒貶が著しい存在と思ってますし、「悪い噂や中傷が全く語られない存在こそ嘘くさい」の精神の持ち主ですから、ひとつひとつに反論する気はないのですが。
    我ながら、45歳過ぎたのに、この5年間くらいでの臨床家としての成長が最も顕著だったと思ってますし、同輩や先輩方に言われてもいます。
     実際に、カウンセラーとしてお会いになったら、「予想外にオーソドックスそのもので拍子抜け」すらされるはずと思ってます。
    ロテさんからすれば,答えなくてもいい『よけいなこと」まで書いてるかもしれませんが、それらの中には今後のご質問項目に影響する内容もかなり含まれているはずと思いますから、できれば部分削除しないで下さいね。
    *******
     それでは、この次の質問項目も「ひとつだけ」「明確に」ご呈示いただければ感謝します。

  71. >阿世賀浩一郎さん
    私の質問
    >> 自分も「ふるいにかけられる」可能性のある、
    >> 単なる臨床心理士にひとりであるに過ぎない以上、
    >> 「ふるいにかける」必要性を主張する人間は、
    >> 自らがふるいにかけられるリスクを冒すべきと考えます。
    >
    > 自分自身がふるいにかけられる可能性が
    > あるのはわかりますが、「ふるいにかける」
    > 必要性を主張する際になぜわざわざ
    > ふるいにかけられる可能性を高くするのか、
    > その必然性がわかりません。
    という質問の回答の一つが
    > 「リスクがない『から』リスクを犯して誠意を示せ」
    ということでよろしいでしょうか?
    つまり、誠意を示すためにリスクを冒せということですよね?
    それに対して
    > 単に実名を提示することによって、
    > それだけで「ふるいにかけられる」リスクが
    > 高くなるとは考えられないから。
    これは実名を提示することではリスクはそれほど高くならない、ということですよね?
    「『実名を出す行為』=『リスクを高くする、リスクを冒す』であるから、実名を出すことによってリスクを冒して誠意を示すことができる」ということであれば、とりあえず論理は理解できます。
    しかし、「実名を出す行為」=「リスクはそれほど高くならない」のであれば、実名を出すことで阿世賀さんがおっしゃるところの「誠意」を示すことはできないのではないでしょうか?
    この点がよくわかりませんので再度、簡潔にご説明いただけますか?

  72. リスクが「少しは」高くなることをするのであれば、「スプーン一杯の誠意」とはいえるでしょう。
    もうひとついえば、少なくとも「世間では」実名公開はリスクが高い「とされている」のですから、そういう「危険そうに『見える』こと」を敢えて引き受けてみせると、「誠意」とみなされるかと。
    世間では実名公開はリスクが高いとされている中でそれを形にして、しかもその「実は」リスクが低いという事実を「身を持って」証明して行く人は、身の危険を顧みない誠意ある人と見られるのではないでしょうか?
    私からすると、実名を公開しているかどうかよりも、家族やペットの写真を公開されてる皆様の方が、実名と住所を探り当てられて「誘拐(盗難)にあっても知りません」と感じること、あります。
     だいぶ実情が浸透してはきましたけど、この世の中には、「臨床心理士は繁盛している医者と同じくらいに富裕な人たち」みたいなイメージがまだまだあるかと思いますし(^^)
     少なくとも「親は中流以上ではないか」という「イメージ」はまだ消えていない気がします。

  73. >阿世賀浩一郎さん
    > 世間では実名公開はリスクが高いとされている中で
    > それを形にして、しかもその「実は」リスクが低いという
    > 事実を「身を持って」証明して行く人は、
    > 身の危険を顧みない誠意ある人と
    > 見られるのではないでしょうか?
    このエントリは「(1)自分の意見・考えを表明すること」、あとは「(2)自分の意見・考えにおかしなところがあればその点について他の方からご意見いただき、必要があれば自分の考えを修正していくこと」という2点を目的としております((2)はつまり「議論したい」ということですね)。
    「実名公開のリスクは低い」ということを証明するということや、あるいは他者から誠意ある人と思われることは目的としておりません。
    あと誠意というのは他者から強要されるものではないでしょうし、「実名公開=誠意」ととらない人もいるかもしれません。
    従って、少なくとも阿世賀さんがおっしゃった実名で発言することを推奨する理由の一番目
    > 「リスクがない『から』リスクを犯して誠意を示せ」
    はこの場合当てはまりません。
    以上を踏まえてどうお考えになるかお聞かせください。

  74. あと、ここは私と阿世賀浩一郎さんの対話のためだけの場ではありませんので、他の方も気づいたことや思ったことなどありましたらどんどんご意見お寄せください。
    その際、事前に
    「議論のしかた」と「詭弁のガイドライン」 その1
    http://blog.rote.jp/2007/04/26-120000.php
    でご紹介した
    議論のしかた
    http://iwatam-server.dyndns.org/software/giron/giron/index.html
    を読んでおいていただけると、大変うれしいかもしれません。
    よろしくお願いします。

  75. 横レスです。
    >「ふるいにかける」議論をする際に、単に実名を提示することによって、それだけで「ふるいにかけられる」リスクが高くなるとは考えられないから。
     リスクが高くなるわけじゃないなら匿名でもいいじゃないっすか。でも結局はリスクを冒すために実名を出せというんですよね?論理的に矛盾してますよ。
     こういう矛盾したことがたくさん出てきて、話が積み上がっていません。
    >つまり「リスクがない『から』リスクを犯して誠意を示せ」という主張なんですね。
     リスクがないからリスクを冒す???
     前者のリスクを“ふるいにかけられるリスク”として、後者のリスクを“実名を出すことによる社会的なリスク”と仮定します(もし異なるなら教えていただいたいです)。そう考えたとしても、そもそも“ふるいにかけられる”なんて制度になるかどうかもわからないのにリスクを冒す??と考えてしまいます。
     それと、誠意って誰に対するものなんでしょう。
    >1.入りたての学部生や院生の立場に感情移入すれば、この発言は「こわい」発言だろう。
     という箇所から推察すると、新しく入学した学生や院生に対してでしょうか。あるいは臨床心理士を含めた人たちに対してでしょうか。
     そのように仮定した場合、学部生や院生でロテ職人さんの書かれた記事で“こわい”と感じるから誠意を示せとなるんでしょうかね。
     こわいと思う人もいるかもしれないですよね。でももっと言ってしまえば、ロテ職人さんよりも政治的に影響力がある方や団体の中で「臨床心理士なんていらない」という意見だってあるわけです。その人たちにも誠意を示せと?“ふるいにかける”よりもよっぽどきついっすよ。
     あるいは臨床心理士のロテさんがこのエントリのような意見を出すからでしょうか?
     そう考えたとしても臨床心理士が臨床心理士の制度について意見を述べることに誠意を示す必要があるとは思えないですね。
     結局よくわからんのです。

  76. 心理療法における噛みあわなさ

    ロテ職人さんのロテ職人の臨床心理学的Blogの2007/4/20の記事「心理職に向いていない人をふるいにかける」のコメント部分と、nocteさんの心の探求…

  77. >ロテ職人さん
    >「実名公開のリスクは低い」ということを証明するということや、あるいは他者から誠意ある人と思われることは目的としておりません。
    「誠意ある議論をしている」ことを示す上で「実名公開」が意味があるのではないか、という意味だったわけですが。「誠意あることを示す」と「議論する」を切り離すつもりはそもそもないのです。
    ただ、ロテさんが、ここに集う臨床心理士の皆さんが、臨床心理士としての社会的影響ということにあまり「縛られ過ぎる」ことなく、フランクに、自由に、ある節度あるコミュニケーションのルールを守って議論し、そうした中で、ロテさん自身の考えに疑問があれば、どしどし問題提起し、そうした中から、学べるものは学びたいというスタンスをお持ちということは、ここまでのやりとりで伝わって来ました。
     こうした議論の過程で、そのことが実感できた時点で、私の方も、実名云々は言い過ぎなくてもいいという思いが強くなりました、ということはお伝えしておきたいと思います。
    ******
     そうした上で、敢えて当初の「ロテさんの」本文の主題に帰って、私の意見を述べれば、
     「そんなに早くからふるいにかけなくてもいいのではないか」
    というのが私の見解と言うことになります。
     実は、臨床家としての能力が「数年というスパンのもとで」伸びるかどうかは、その修行の出発点における「適性」や人格的習熟度と相関しないという仮説を私は持っているのですね。
     これなんて、やろうと思たら、実証的リサーチとして可能なものです。もとより、それこそ、ロテさんが言われるがごとく、何をどう、むりやり「操作的に定義」するのかは大いに議論がなされるべきでしょうが、それこそこれをお読みの研究者の方にリサーチのネタとして無償公開(?)いたします。
     要するに、修行を積む過程でどれだけ成熟するかとうかは、少なくとも、5年-10年単位の結果をみないと何とも言えない。
     Marcia, J. E.による、「自我同一性地位(identity status)」のリサーチにおける「早期完了型」の人は、臨床家としては長期的にみて意外とすん止まりであり、当初、臨床心理の研修学生の中では不適応感が強かったし、周囲からの評価も低かった一群の中に、数年後になって急激に成長し始める群がありそうな気がします。
     だとすると、まさにそういう「数年後に化ける」見込みのある人たちを、あやまって「ふるいにかけずに、むしろふるいにのこす」システムってあるだろうか? という問題意識があってもいいことになって来ます。
     このコメントへのお返事は後回しにして、まだ残る疑問点へのご質問「ひとつ」を提示していただく方がいいかとうかはご判断をお任せします >ロテさん

  78. いずれにしましても、ここまで議論(議論になってない議論?)を重ねさせていただく中で、このサイトのあり方そのものへの私の当初の違和感の「かなりの部分」は氷解し、仮に疑問点があっても個々のやり取りの中で消化できていく信頼感を持てるに至りました。
    個々の書き込みにおいて、かなりぶしつけな発言をして、ロテさん自身および読者の皆様に不快な思いをおかけであろうことにしたことにつきましては、ここにお詫び申し上げます。
     ただ、私がそこに到達するまでのやり取りの過程に意義があったとも私は感じておりますし、そうした意味での私の認識の変化は、それこそひとつの書き込みのやり取りをして、しかもそれを読み返して熟考する間にも刻々と変容しているとしか申し上げようもありませんので、「どこが」「どのように」という問いかけがあまりに微に入ることはどうかご勘弁願えればと思います。
     もとより、「それでも気になる」事柄については、できれば一度に一つのポイントに絞って提示頂ければ、お答えするように「努めさせて」いだだきます。

  79. >阿世賀浩一郎さん
    > 「誠意あることを示す」と「議論する」を
    > 切り離すつもりはそもそもないのです。
    議論に「誠意あることを示す」ことは不必要です。なぜなら、「誠意ある態度」や「誠意ある発言」を客観的・明確に定義をすることはできないからです。
    確かに「他の人から見て誠意があると思われることが、誠意を示していることである」と操作的に定義することは可能ですが、その場合も他の人が「誠意がない」と言えばどんな発言も「誠意のあることを示す」ことはできないでしょう。
    逆に「発言者が誠意を示していると思えば、それが誠意を示していることになる」と定義した場合は、結局相手がどう思うかはわからないわけですし、発言者の側から見てもある人にとっては「誠意を示している」と思えることが他の人から見たら「誠意を示していない」ととられることもあるかもしれません。
    むしろ議論において重要なのは「議論をしようとしているかどうか」でしょう。それは「相手の話を理解しようとしているか」「わからない部分はわからないと言った上で質問をしているか」「自分の考えていることをちゃんと説明しているか」などから定義可能だと私は考えます。
    前にも述べましたが、このことは議論において「人の感情を傷つけるような発言はするな」と言うことや、「傷つきました」と述べることには意味がないのと同じ理由です。
    以上より、私は議論において「誠意あることを示す」ということは無意味だと思いますが、いかがでしょうか?
    阿世賀さん、あるいは他の方々のご意見をお聞かせ願えたらと思います。

  80. >ダノンさん
    > こういう矛盾したことがたくさん出てきて、
    > 話が積み上がっていません。
    そうなんですよ。
    論理的に破綻しているのと、関係のない話(ご本人にとっては関係のある話なのかもしれませんが、そもそも論理が破綻しているので結局繋がらない)を次から次へとされるので、基本的に議論にならないのですよね。
    ただ阿世賀さん自身が
    > できれば一度に一つのポイントに
    > 絞って提示頂ければ、お答えするように
    > 「努めさせて」いだだきます。
    とおっしゃっているように、とりあえず一つずつであれば処理可能なようですので、ゆっくり対話させていただければと思っております。
    > それと、誠意って誰に対するものなんでしょう。
    それもよくわからないですよね。
    とりあえず私からの最新の質問の中にあるように、そもそも議論において「誠意を示す」なんてことは不必要なはずなのですが、その辺に関してのお考えもお聞かせくださることでしょう。きっと。
    >>1.入りたての学部生や院生の
    >> 立場に感情移入すれば、
    >>この発言は「こわい」発言だろう。
    >
    > という箇所から推察すると、
    > 新しく入学した学生や院生に対してでしょうか。
    > あるいは臨床心理士を含めた人たちに
    > 対してでしょうか。
    この「こわい」も「誠意」や「傷つけられた」と同じで、実際そういう人たちが「こわい」と思うかどうかなんてわからないわけで、基本的に「いいがかり」でしかないと思うのであります。
    むしろ私としては、この程度の発言よりも、議論を成立させない(させることができない?)方がよほど「怖い」…というか「迷惑」ですね。
    > 結局よくわからんのです。
    同感です。
    ですので、おっしゃっていることを理解できるよう努めていく所存。

  81. 一つ補足。
    私は「人を傷つける発言はしないでください」と言うことは無意味だと思いますが、「人を傷つけること」を推奨しているわけではありません。
    「傷つく」「傷つかない」はその当人の勝手ですし別にどうでもいいんですが、「人を傷つける」というのは議論の目的ではないですし、議論をしようとせずに人を傷つけるのは議論(つまり他者を理解すること)の妨げになりますので、そういうのは止めていただきたいし、自分もしないようにしようとは思っております。

  82. >ロテ職人さん
    >確かに「他の人から見て誠意があると思われることが、誠意を示していることである」と操作的に定義することは可能ですが、その場合も他の人が「誠意がない」と言えばどんな発言も「誠意のあることを示す」ことはできないでしょう。
    ある発言がなされていて、それに対して例えば5人の人が「誠意がない」という判断を「自発的に公開」したとします。
    その段階で発言をしていなかった「読者」(例えばアクセスログにおいて,同一のIPアドレスで5日間にわたり延べ過去最低10回のアクセス歴がある人を「読者」とみなすという「定義」をしますね)に、中立的な第3者が200名にアンケートをとった結果100名の解答があったとして,今度は「誠意がある」35%、「誠意がない」40%、「どちらともいえない」25%の結果が出た場合、十分に「統計的有意性」があることになるでしょう。
    つまり「発言者の『誠意』についての判定において、実際にその発言にコメントを意見を『書き込む』人の認識と『読者』全体の認識は必ずしも一致していない可能性がある」…..という。
    もちろん、これはひとつの思考シミュレーションですよ(^^)
    「それは、このサイトでの議論そのものとは無関係な領域である」
    と説明してしまうことはできるかもしれませんが(^^)

  83. 前の発言の追加説明です。
    ●自発的コメント群(5)
    「誠意がある」 …….0%(0名)
    「誠意がない」 ..100% (5名)
    「どちらともいえない」 …….0%(0名)
    ●アンケート群(100)
    「誠意がある」 ……35%(35名)
    「誠意がない」 ……45% (45名)
    「どちらともいえない」 …….25%(25名)
    この2つを比較するということです。
    もとより、「アンケート群」は、「アンケートである」と後になって告知したわけですから、「バンドワゴン効果」を考慮すべきである、ということになるかとは思います。
    もちろん、このサイトで現在こういちろうの「誠意がある」かないかについての議論はなされていません。
    でも、これを「こういちろうの議論は『稚拙』である」とすれば、すでに十分可能ですね(^^)

  84. >阿世賀浩一郎さん
    阿世賀さんが
    > 「誠意あることを示す」と「議論する」を
    > 切り離すつもりはそもそもないのです。
    という主張をされているのに対して、私は「議論において誠意があるか否かはそれほど重要なことではない」と述べております。
    それに対して阿世賀さんはどのようにお考えになるかをおうかがいしているのです。
    ですので
    > 「それは、このサイトでの議論そのものとは
    > 無関係な領域である」
    とおっしゃっているのはその通りです。
    私の論におかしな点があれば具体的にどの部分がおかしいのかということをご指摘いただきたいですし、阿世賀さんがご自身のお考えを修正されるのであれば、それもまた良いでしょう。
    お手数ですが、再度同じ質問をさせていただきます。
    私の意見に対して阿世賀さんはどのようにお考えでしょうか?
    引き続き阿世賀さん以外の方からのご意見もお待ちしてますね。

  85. >「議論において誠意があるか否かはそれほど重要なことではない」
    えーっと。
    これって、「ネット上の」議論において、ですよね。
    私にわけがわからなくなったのは、今度は、ロテさんさんの用語法における
    「誠意がある」の「定義」が私にはまるで見えないんですけど。
    「さほど重要ではない」
    ではなくて、
    「そもそも意味がない」
    だった方が、私にはよほど筋が通る気がするのですが?????
    「さほど重要ではない」
    のでしたら、
    「多少は意味がある」
    ということをロテさんは許容してしまっていることになります。
    むしろ、
    「ネット上における誠意とは、話者の質問に対してまずは話者の納得のいく回答を返すという段取りをおろそかにしないことである」
    などと「定義」していただく方が、凄くロテさんの「首尾一貫性」を感じられます。
    ところが、仮にロテさんの言う「誠意」とはそのようなものであると仮定しようとすると、
    >「議論において誠意があるか否かはそれほど重要なことではない」
    で、わけがわからなくなる。
    私の印象では、ロテさんは自分の提起した原則をもっと徹底的に適用する「原理主義者」にならないと、周囲には一層わかりづらくなるようにも思います。

  86. >阿世賀浩一郎さん
    あの…「私が書いた文章をちゃんと読んでますか?」というのはできるだけ書きたくないんですけど…それとも意図的に読んでらっしゃらないのでしょうか?
    > 「誠意がある」の「定義」が
    > 私にはまるで見えないんですけど。
    私は
    > 議論に「誠意あることを示す」ことは不必要です。
    > なぜなら、「誠意ある態度」や「誠意ある発言」を
    > 客観的・明確に定義をすることはできないからです。
    と書いてあるのですが…。ちゃんと読んでますか?
    > 「さほど重要ではない」
    >
    > ではなくて、
    >
    > 「そもそも意味がない」
    >
    > だった方が、
    > 私にはよほど筋が通る気がするのですが?????
    そうですね。私も上で
    > 議論に「誠意あることを示す」ことは
    > 不必要です。
    と言ってます。
    > 仮にロテさんの言う「誠意」とは
    > そのようなものであると仮定しようとすると
    勝手に仮定しないでくださいな。私は
    > 客観的・明確に定義をすることはできない
    と言っています。
    > 話者の質問に対してまずは話者の納得の
    > いく回答を返すという段取りを
    > おろそかにしないことである
    > だった方が、私にはよほど筋が通る気が
    ですから、自分では回答をちゃんとしているつもりであっても、他者から見れば全く答えていない場合だってあるわけじゃないですか?
    それは「人を傷つけるような発言はしないでください」というのと同じで、定義は無意味だと言っているのです。
    ・・・・・・・・・・
    せっかく阿世賀さんの情報処理能力に合わせて1回につき1つだけの質問にしているのですから、ちゃんと読んでください。
    今回だって関係ない話を自分でしておいて、その挙げ句に私のミスをあげつらうような発言をされていますし。
    まとめ間違ったのは私の責任ですが、そもそも阿世賀さんが余計な発言をせず、質問に答えてくださっていれば再度コメントする必要が生じなかったものです。
    議論をする気がないのであれば、そして議論する能力がないのであれば、邪魔ですので消えてくださいな。
    論理が破綻しているのは論理的に物事を語る能力がないからでしょうから、まあ仕方ないですよ。自分で考えていることをうまく表現できなくとも議論したいのであれば、せめて相手の言っていることを理解する努力はしましょうよ。
    ちゃんと議論しようという人は、私自身のためになるので私の方から議論させていただきたいと思うのですがね。

  87. >阿世賀浩一郎さん
    > これって、「ネット上の」議論において、ですよね。
    阿世賀さんの
    > 「誠意あることを示す」と「議論する」を
    > 切り離すつもりはそもそもないのです。
    の議論はネット上ですか?それとも現実場面における議論ですか?
    私はどちらでもいいですよ。
    > 私にわけがわからなくなったのは、
    > 今度は、ロテさんさんの用語法における
    おける…何ですか?
    これも質問に入ってしまうのですかね?
    阿世賀さんの処理能力を超えそうになった時はそうおっしゃってくださいね。回答はゆっくり考えてからで結構ですから。

  88. 私から観ると、情報処理能力にオーバーヒートしたのは「ロテさんにも」思えますが(^^)。
    まあ、このあたりは読者の皆様が各自判断されるとして。私としては、「ロテさんの」議論につきあいきれなっかたことを「論理が破綻した」といわれる分には何も感じないのですが。
    ロテさんがこんな考えでないかと具体的に「仮定する」ことは大事です。
    少なくとも「意図的にわかろうとしていないのではないか」
    という表現の方が「議論を進める上で全く生産的ではない」と思いますが(^^::::)
     ちなみに、敢えてうかがいますが、セーイチさんからのトラックバックはお受けになって私の記事からのトラックバックはお受けになっていないのはなぜでしょう?
     セーイチさんが、
    「噛み合っていないから、無理に噛み合わそうとしたり、噛み合っていない現実を否認したり、患者さんのせいだけにしたり、そういうことは反治療的です」
    とお書きなのは、なるほど、それはセラピーの話であり、ネット上での議論のことではありませんけど、私とロテさんの両方に向けられたものでもあると認識するのが自然ですし、少なくとも私はこのコメントのやりとりの前半において、自分にそういう面があったことを否定するつもりはありません。
     このあたりのロテさんの認識も気にはなるのですが、ロテさんにそれについてお答えをしていただく必然性までは感じてありませんので。
    *****
     次に、私は、別に単に自分の情報処理能力を超えるから「ひとつずつ質問してくれ」と申し上げたのではなく、ロテさんおよび読者にとっても議論がわかりやすく整理されて進むはずと考えたのでそのようなスタイルを三択しました。
     そもそも、コメントのやりとりそのものがかなり進んでいるわけですから、現段階で、ロテさんが、以前ここで表明された質問のどれを「今の段階で」重視されているのかどうか、もうわからないわけですね。
     その優先順位はひとつコメントをやりとりする度に変化しているかもしれない、と考える方が合理的です。以前の質問ですでに質問までしなくていいとお考えのものもあるかもしれない。ですから、その度ごとにひとつと申し上げているだけです。
    *****
     更に申し上げれば、ロテさんは、私がロテさんのこの書き込みの「本文」について私がコメントした、
    >「そんなに早くからふるいにかけなくてもいいのではないか」
    という問題提起についてはまだ何もお答えになっていません。
     この話題に「も」答えるのはまだ早いとお感じになったのでしょうか?
     このスレッド(と、思わず書いてしまいますが)においては、むしろ私の「実名で議論すべきである」という問題提起は、ある意味では「いかにふるいにかけるか」を論じあうはずのこのスレッドの趣旨からすれば「脇道の」議論であると「私も」現段階では認識いたします。
    はっきりいって、読者の皆様も「実名であるべきかどうか」という点についてはもはや「関心もない」のではないかとすら私は想像します。
    (私たちの議論そのものを「自己目的的に」楽しんでおられる読者……私はそういう方のありよう否定しません…..
    の皆様は別として)
     むしろ、このスレッドのタイトルと本文とは全く関係ないかに見える事柄が議論されているかのも見えることに対して、読者の皆様は混乱と失望を感じていられるようにも理解いたしますし、私も「いかにふりわけるか」問題について書き込みたい人の意欲をそいではいまいかと危惧しています。ですから、その「本来の」問題についての私の私見も「並行して」書かせていただきました。
     「議論の目的を見失った」のは実はロテさんという気もいたしますが。
     ロテさんからすると、それはほとんど私の責任としてとらえられているものと私は認識いたしますが、そういうう理解でれでよろしいでしょうか?
     私は、ロテさんのひとつひとつの質問から、ロテさんが現時点で何の議論をしたいのかそのものを慎重に探り出していくしかないのです。
     私の印象では、ロテさんは、もはや「主題が何であれ」、ご自身が主張されているネット上のコミュニケーションのあり方の実践そのものをこのコメントのやりとりの中でお示しになりたいのかな? と思っておりました。
     ちなみに私はもはや、「臨床家のにふさわしいかとうかをふりわける」議論をする上で「実名であること」に、少なくともこのブログでは拘泥する必要はない、少なくともそのことを重視しなくてもいいという心境になっていることについては既にご説明しました。
     つまり「実名でなければ」とあそこまでこだわった私はすでに「過去の私」なのであり、そうである以上、「実名」問題が脇に退いた時点で、「誠意ある議論」という問題そのもののありかが宙に浮いているのです。
    *****
     私からみると、出て行くなといわれたり、出て行けといわれたり、わけわかんなくなってきてますが(^^;;;;;)
     この「通じ合えなさ」は「何なのだろう」とじっくり考える時間を頂ければ幸いです(^^)

  89. >阿世賀浩一郎さん
    > 私から観ると、情報処理能力にオーバーヒートしたのは
    > 「ロテさんにも」思えますが(^^)。
    阿世賀さんはそう思われるわけですね。そう主張されるのであれば、根拠をお示しください。
    > 私としては、「ロテさんの」議論に
    > つきあいきれなっかたことを
    > 「論理が破綻した」といわれる分には
    > 何も感じないのですが。
    以前から私は阿世賀さんの論理が破綻していると言っています。一つ一つ具体的にご指摘しないとわかりませんか?わからないというならとりあえず私の質問にお答えいただいてからお教えしますよ。
    あと何度も何度も何度も言っていますが、阿世賀さんが何を感じたとか感じないとかは別にどうでもいい話なので
    > 何も感じないのですが。
    などと書く必要はないですよ。
    > セーイチさんからのトラックバックはお受けになって
    > 私の記事からのトラックバックは
    > お受けになっていないのはなぜでしょう?
    当ブログのログ上に阿世賀さんのブログからのトラックバックが送られてきた痕跡はありません。
    > ロテさんにそれについて
    > お答えをしていただく必然性までは
    > 感じてありませんので。
    だったら余計なことは書かないでください。

  90. >阿世賀浩一郎さん
    > 私は、別に単に自分の情報処理能力を
    > 超えるから「ひとつずつ質問してくれ」と
    > 申し上げたのではなく、
    そうですか。
    でも、阿世賀さんはいちいち色んな話題を負荷していかないと議論が進められないですよね。それは阿世賀さん自身がコントロールすればいいだけの話だと思うのですが…それをわざわざ私に対して「一つずつ」と言われるので、私の方でコントロールしないと話が絞れないのだな、と思った次第です。
    > ロテさんおよび読者にとっても議論が
    > わかりやすく整理されて進むはずと
    > 考えたのでそのようなスタイルを三択しました。
    「三択」は「選択」の間違いでよろしいですか?
    私は別にいくらでも並行して話してもいいのですが…
    > そもそも、コメントのやりとりそのものが
    > かなり進んでいるわけですから
    コメントのやりとりはかなり進んでいますが、議論は全然進んでないですね。
    意図的なのかどうかはわかりませんが、阿世賀さんがいちいち議論を妨害していますので。
    > ロテさんが、以前ここで表明された質問のどれを
    > 「今の段階で」重視されているのかどうか、
    > もうわからないわけですね。
    だから一つずつ質問してるじゃないですか。それに答えてくださいと何度言えばいいのでしょうか?
    > その優先順位はひとつコメントをやりとりする度に
    > 変化しているかもしれない、と考える方が合理的です。
    で、その優先順位は誰が決めるんですか?私が決めちゃっていいんでしょうか?それとも阿世賀さんが決めるものなのですか?
    私はそんなもの決められないので、もし「一つずつ」というのであれば、とりあえず順番にいくしかないと思い、順番に聞いていっているのです。

  91. >阿世賀浩一郎さん
    > ロテさんは、私がロテさんのこの書き込みの
    > 「本文」について私がコメントした、
    >
    >> 「そんなに早くからふるいにかけなくても
    >> いいのではないか」
    >
    > という問題提起については
    > まだ何もお答えになっていません。
    何度も何度も何度も言っていますが、阿世賀さんは肝心なことにお答えせず、どんどん後から自分の都合のいいように内容を付け加えていくので、議論が拡散していっているのです。
    その辺は阿世賀さんの情報処理能力の問題なのだと私は思いますが、それによって議論が混乱しないように、私は阿世賀さんに対して「箇条書きでまとめましょうか?」と申し出たのです。
    それに対して阿世賀さんは
    > できれば一度に一つのポイントに
    > 絞って提示頂ければ、お答えするように
    > 「努めさせて」いだだきます。
    とおっしゃったので、私は一つずつ質問しているのです。
    そして、阿世賀さんの問題提起に私が答えることは、阿世賀さんがさらに答えなければならないことが一つ増えてしまうので、とりあえず今話していることに対しての回答がいただけてから順番に話を進めていこうと思っているのです。
    私の言っていることわかりますか?…という発言は別に阿世賀さんのことをバカにしているわけではないですよ。本当にちゃんと読んで理解されているか確認していかないと、これまでのように話が全く進まないのでこんな表現をとらざるを得ないのです。
    私の言っていることがわからなかったらわからないと言ってくださいね。
    上記より
    > この話題に「も」答えるのはまだ早いと
    > お感じになったのでしょうか?
    というのは、全くその通りです。阿世賀さんが私の質問に答えていただけるまで、次の話題には進めません。
    ・・・・・・・・・・
    > このスレッド(と、思わず書いてしまいますが)においては、
    > むしろ私の「実名で議論すべきである」という問題提起は、
    > ある意味では「いかにふるいにかけるか」を
    > 論じあうはずのこのスレッドの趣旨からすれば
    > 「脇道の」議論であると
    > 「私も」現段階では認識いたします。
    そうですね。いつもの阿世賀さんのパターンです、脇道にそらしていますね。
    > 読者の皆様も「実名であるべきかどうか」という点に
    > ついてはもはや「関心もない」のでは
    > ないかとすら私は想像します。
    > むしろ、このスレッドのタイトルと本文とは
    > 全く関係ないかに見える事柄が
    > 議論されているかのも見えることに対して、
    > 読者の皆様は混乱と失望を感じて
    > いられるようにも理解いたします。
    阿世賀さんはそう感じてらっしゃるのですね。で、そうおっしゃる根拠は?…とお聞きしたいところですが、答えなくて結構です。その前にまず私が提示した問いに対してお答えいただければと思います。
    読者がどう思っているかははっきり言ってわからないですから(もし読者のことを考えているというのであれば、とりあえず理解できる文章を書いていただけますか?)、阿世賀さんのおっしゃっていることは単なる決めつけに他なりませんし、それは何の根拠、論拠にもなりません。
    > その「本来の」問題についての私の私見も
    > 「並行して」書かせていただきました。
    えーと…
    > できれば一度に一つのポイントに
    > 絞って提示頂ければ、お答えするように
    > 「努めさせて」いだだきます。
    とおっしゃったのは阿世賀さんですよね?私もそれで阿世賀さんが脇道にそれることがないのであればと思い、同意したわけなのですが…
    阿世賀さん自身がお願いしておいて、自分は「並行して」書かせていただいた…ですか?
    私も「並行して」書きたいことは山のようにありますが、書いていいですか?で、箇条書きにでもしないと、阿世賀さんのこれまでのパターンからすると、意図的にか、あるいは処理できないためかわかりませんが、重要なところ(あるいは阿世賀さんに都合の悪いところ?)は無視されるてるんですよ。
    阿世賀さんが「並行して」書くというのであれば、私も「一つずつ」ではなく複数書かせていただきますが、よろしいでしょうか?
    > ちなみに私はもはや、「臨床家のに
    > ふさわしいかとうかをふりわける」議論を
    > する上で「実名であること」に、少なくとも
    > このブログでは拘泥する必要はない、
    > 少なくともそのことを重視しなくてもいい
    > という心境になっていることについては既にご説明しました。
    ええ。既におっしゃっていますね。で、これは後で聞こうと思っていたことなのですが、それは私が言っている「実名であることは必要がない」という意見に賛同されたということでよろしいのでしょうか?それとも何か他の理由で考えを変えられたのでしょうか?…ってのは別に答えなくていいですよ。ただ、何の理由もなく
    > 「実名であること」に、少なくとも
    > このブログでは拘泥する必要はない、
    > 少なくともそのことを重視しなくてもいい
    > という心境になっている
    といわれても唐突過ぎて理解できないのですよ。
    > 「実名でなければ」とあそこまでこだわった私は
    > すでに「過去の私」なのであり、
    > そうである以上、「実名」問題が脇に退いた時点で、
    > 「誠意ある議論」という問題そのもののありかが
    > 宙に浮いているのです。
    だから、私の意見に賛同して考えを変えられたのであれば、そうおっしゃっていだければいいだけの話ですよね?で、私の意見に賛同したわけではないのなら、なぜ考えを変えたのか説明されればいいわけですよね?
    それだけでずいぶん話はスムーズに進むと思うのですが…。
    ・・・・・・・・・・
    > 私からみると、出て行くなといわれたり、
    > 出て行けといわれたり、わけわかんなくなってきてますが(^^;;;;;)
    一応ちゃんと書いたつもりなのですが、議論するつもりがあるのなら話しましょうよ。で、議論するつもりがないのなら出ていってください。
    で、議論するつもりがあるのなら、とりあえず他の話題を付け加える、「並行して」話をするのではなく、一つずつ話をしましょう
    前にも言ったように、、阿世賀さんでも理解できるように問題点を箇条書きにして私は進めていくつもりだったのですが、阿世賀さんが「一つずつ」とおっしゃったのですよ?ご自分でおっしゃったのは覚えてらっしゃいますよね?
    私の言っていること、わかりますよね?

  92. > その観点からすれば、「次に」ロテさんが私に答えて欲しい質問を、やはり特定の「ひとつに」限定して示し、「リストアップ」も「複数提示」もなさらないのであれば、可能な限り、次にはその質問にお答えするように「努める」ことはお約束します。
    > そして、できれば、その「ひとつの特定の質問項目の提示」と、この書き込みの「その他の部分」への感想は、別の、分離独立したコメントとして切り離して提示下さいますか。
    ……これが私の要請だったわけで、「質問」が含まれていなければ、「分離独立した」コメントとして「並行して」下さってもOKと申し上げました。
    「コメント」と「質問」を切り離すことは可能ですし、コメントするには、のっけから更に別の質問が必要となるので、もうひとつの件については後回しにします」と言っていただけるとありがたかったとは思います。
     それと、恐らくロテさんが思っておられるほど「無関係な」ことは書いていないつもりです。
     恐らく、読者にとっても。
     私は、ロテさんに通じなくても、読者の一定部分には通じたろう、何か「察して」くれたろうということで「満足」している事柄も多いのですが。これはメールのやりとりではないのですから。
     「私のことを理解したいから」というのが「偽物の理由」ではなくて、「ほんもの」と仮定したらすっと理解できると「察した」のは、
    とおりすがりさんに対して、
    >はっきり言ってしまえば、阿世賀さんがおっしゃることに対して「はいはい」「そうですね」「すごいですね」「さすがですね」と全肯定で話を終わらせてしまうのが一番楽なのだと思います。ただ、そうした対応は何よりも阿世賀さんに対して誠実ではないと思うのです。
    この発言を信じることにしたからです。
    もっとも、私は「すごいですね」「さすがですね」とも言って欲しくないし、そういうことで嬉しがるタイプでもないのですが、それでも。
     そして、私は「稚拙なコメントだ」というとおりすがりさんの発言に、「ほんとは稚拙なばかりではないのに」と感じたのに、思わす「稚拙でスミマセン」的な発言もしてしまった。
    しかし、ロテさんは「どこが稚拙か教えていただきたい」と、おなじ「とおりすがり」さんのコメントでお書きになった。
    このことで、私の中で、このやりとりが全体が「稚拙」と称され、「臨床心理士に評判を落とすから」などという、私からすると「ウソでもなんでも綺麗に取り繕えというのは欺瞞である」という思いが明白になったわけですね。
     このくらいのやりとりで臨床心理士の評判を落とすなんていってたら、そんなに臨床心理士の「聖人君子」像をネット上で保つのが必要なのかと。
    「誰も」幻滅させてはならないのか???
     クライエントさんに書き込みには「自分のカウンセラーとの信頼関係を大事にして」と思わす一声かけたくなりましたけど、私は、クライエントさんにも、どんな臨床心理士でも神様のように思って欲しくはない。敢えて言えば、それは「神様のように思っていい臨床心理士はこの世に一人もいないはず」という含蓄もあります。
     そう思えた時に、まずは「理解したいから質問している」というロテさんの発言を「まんま」前提にしたらどうなる? というパースペクティヴが突如ひらけたわけですね。ロテさんからすれば「前から繰り返し言ってるだろ」でしょうが。
     でもそれは、究極には、R-testのinquieryになって
    「前から同じ図版を見せてたのに、なぜ突如そこに蝶々が見えたわけ?」
    と問われて困るのと同じ面もあるかもしれません、これはネットのコミュニケーションでも生じると思います(^^)
     敢えて言えば、
    とおりすがりさんに
    「二人一緒くたに、臨床心理士の評判を汚す加害者に一方的にされた」
    と感じた後で、
    「私もロテさんを一方的に加害者にしていなかったか」
    という発想回路が数時間のうちに「開けて」いった。
     そのように説明するしかないかもしれません。
     しかし、読む人が読めば、私の中でそうした変化が生じる「過程」は、発言の流れの微妙な脈絡の変化と、論理的には「矛盾」と「飛躍」に見える展開にこそに十分現れているでしょう。少なくともカウンセラーの方の中にそれに気づかれた方は何人もあるはず。
     少なくとも私の知り合いは、メールでのやりとりをしたら、ここでのやりとりに関して、私のそのスタンス変化の過程を既に理解して、私よりも端的に説明してくれました(^^)

  93. >阿世賀浩一郎さん
    ご理解いただけてないようなので、一つだけ質問しますね。
    阿世賀さんはご自身の書かれていることが論理的に破綻している。論理的に矛盾されていることにお気づきになっていますか?
    以後、議論を継続したいと思われるのであれば、この質問に「はい」か「いいえ」でお答えいただいた上で、なぜそう思われるのか理由をお答えください。

  94. 最初から読ませてもらいました。
    正直かなり不毛なやりとりをしているな・・と。
    >阿世賀さんはご自身の書かれていること
    >が論理的に破綻している。論理的に矛盾
    >されていることにお気づきになっています
    >か?
    阿世賀さんはやりとりの中で、論理的整合性があることに全然重きを置いてないように思われるんですよね。身体的感覚とか直感とかそういうものより、論理的なものを一段下に置いて考えているというか。
    臨床の場面ではそういう方向性の学派もあるのでしょうし、(自分が賛同するかどうかはともかくとして)そのあり方の否定や批判はしません(とりあえずね)。が、掲示板のやりとりにまでそれを踏襲されているとなるといかがなもんなんでしょう??
    自分は掲示板のやりとりは、「論点を明確に、書かれた内容が全て、感情は極力出さず」を旨としていますし、その点ではロテ職人さんとは同じなわけですが、こういちろうさんと実のあるコミュニケーションを取る自信は正直ないですね。何かこう、自分の中で出来上がっているストーリー・テキストに、論議の経緯を無視して無理矢理引っ張っていかれる気がしますので。
    コミュニケーションを行うにあたって、重要と考える「依って立つもの」、コミュニケーションの作法があまりにも異なり、メタな次元で分かり合えていないのであれば、もうそろそろ打ち切ったらいかがですか?お互いのためにその方が幸せかと思うところ。
    #あ、「とりまき」ではありませんので念のため(笑) この点に関してはロテ職人さんと立ち位置はほぼ一緒ですが>こういちろうさん

  95. >阿世賀浩一郎さん
    ちなみに
    >> 「そんなに早くからふるいにかけなくてもいいのではないか」
    >
    > という問題提起についてはまだ何も
    > お答えになっていません。
    についてですが…
    私は本文で
    > 「じゃあどうやってふるいにかけるのか?」となると、
    > 客観的な基準がないととりあえずは
    > 難しいとも思うのです。
    そしてそこで出てくる客観的な基準とは、
    > とりあえずは「研究能力」なのだと思うのです
    > (これは上記過去ログで触れていることですが)。
    と書きました。
    そして阿世賀さんは
    > 臨床家としての能力が「数年というスパンのもとで」
    > 伸びるかどうかは、その修行の出発点における
    > 「適性」や人格的習熟度と相関しないという
    > 仮説を私は持っているのですね。
    と書いてらっしゃいますが、別に私は人格的習熟度(?)のようなものは基準にする必要がないと思っているのです。
    現状では研究に関するトレーニングは学部・大学院教育の中でしかなされないわけで、その中で研究に関しての適性、研究能力(それは臨床能力より客観的に測定かのうかと)がどうしてもつかない場合に振り落とせばいいかと。
    臨床家としての「適性」や人格的習熟度などは客観的に評価するのは大変難しいと思いますので、そうした基準でふるいにかけるのは困難でしょう。
    こんな感じでよろしいでしょうか?

  96. 論理的に破綻しており、なおかつ論理的です!!
    あ、わかった!!
    私は、「こんな稚拙な議論をしているようでは臨床心理士の評判を落とす」
    と言われた瞬間、そのように言われた方が
    「クライエントさんを傷つける危険があるから」
    こんなことをいっているのではなく、
    1.臨床心理士である「私やロテさんが」ネット上で不評を買う
    →2.そうした不評のために「通りすがり」さんをはじめとする臨床心理士「全体への」評価を下げる
    →3.その結果「通りすがりさん」の職業的身分が危うくなったらたまらん
    …….という、何ともはや姑息かつ狭量かつ卑屈かつ保身的な小心者のエゴイズムのようなものを直観して「いた」のです!!
     その瞬間、実は「通りすがり」さんに比べたら「ロテさんですら」(この、「ですら」に悪意はないので念のため)ちゃんと「身の危険を犯して」いるではないか!!
     ロテさんの実名と所属は簡単に調べようと思えば調べられる。だから、ロテさんは、このネットをやることで、社会的身分を維持する上で「クレームがつく危険を冒して」いることには変わりがない。
     それにも関わらず、ロテさんが臨床心理士として働き続けることができているのは、要するにロテさんが現場である水準の有能さを示し「結果を出して」いるからこそではないか?
     要は、ネット上で「稚拙」とかなんとか言われても「現場で」有能なら、それこそ臨床心理士として十分なのである!!
     こうなれば、匿名か実名かなんてどうでもよろしい!!
     私やロテさんは、「通りすがり」さんよりは、前向きに、リスクを冒し、しかし結果を出しながら、臨床心理士として「生きて」いるのであり、
    「通りすがりさん」のように、これくらいのことで「私なら雇わない」やら「臨床心理士の評判を落とすな」と発言する、一見良識ぶった、卑怯で小心で些細な評判に怯えているだけの、ほとんど妄想的なまでに保身的な「通りすがりの」臨床心理士たちこそ、実は世間の臨床心理士の評判を落とす「諸悪の根源」である!!
    …….ここで、前のコメントで言及した、私の知り合いのカウンセラーが私にくれた「感想」の一部を公開しますね。
    「この程度の『悪』になれない臨床心理士は、現場でたいしたセラピーもできないんだよね」
     これを、ロテさんと私の両方にあてはまるものと解釈します!!
     だから、実名か匿名か、どうでもよくなった!!
     以上、「論理的」ではないし、いろいろ「決めつけ」はあるけど、すごく「説得力」あると感じる読者もあると思いますが?????
     敢えていいます。
     世の臨床心理士たちよ。
     決して職場環境や上司や自分の先生や政治や臨床心理士教育やロテ職人やこういちろうのせいにしてはならない。
     およそ、自分の身に降りかかる災難は、臨床心理士としてのあなた自身の実力のなさが原因である「としか」考えないように!!

     と。
    てめーらの方が、何と言う甘ちゃんな生き方をしていることか? と。

  97. >現状では研究に関するトレーニングは学部・大学院教育の中でしかなされないわけで、その中で研究に関しての適性、研究能力(それは臨床能力より客観的に測定かのうかと)がどうしてもつかない場合に振り落とせばいいかと。
    臨床的研究能力がなくても現場での実力があるカウンセラーは世の中に五万といますから(臨床心理士は5万人はいないけど、そういうカウンセラーや援助職はまんなあわせれば、すでに「5万人」ほどいるとマジに考えます)、そういう人をふるいにかけることには反対なのですね。
     いざ、発表や論文を書かれる際には、他人の力を借りようがどうしようが、医者や他分野の研究者からバカにされない水準のものに仕上げる責務はあると思いますが。
     私も自分が実証研究しろといわれたら実力不足は感じますが、しかし、学派と無関係に、実証研究の学会発表のできがいいかどうかを十分判断できる水準の「理解力」はあります。
     ロテさんも以前お書きでしたが、私もまた、まずは実験系の先生方をある水準説得できる学力がないと大学院にまるで入れなかった世代(誠信書房の「心理学辞典」や有斐閣の「心理用語の基礎知識」の項目をしらみつぶしに、術語の英語訳まで覚えて、理解して、数行は何か書けるように受験勉強するしかなかった世代)ですし、因子分析のありがちなからくりがちゃんとわかっていることは、既に示したとおりです。

  98. >beckyさん
    私は、できあがったストーリーに拘泥して「いない」からこそ、こうして「論理的矛盾」を犯せるというつもりでいるのですが?
    途中で自分の軽率な判断を誤ることを辞さないのもそのためです。つまり、この一連の書き込みをして行く中で、私はすでに勉強させていただき、自分の過ちを修正することを厭わないできたつもりです。
    そしてこれは学派の問題とは全く無関係と思います。学派の問題と考えるなら、私はとっくにここでフォーカシングやら体験過程という言葉を使っている。
     でも、それを徹底回避してきたのは、むしろ、ここがロテさんのサイトであることを尊重したいし、「学派を超えた普遍的次元で通用することしか意味がない」と言う、私個人の信念の結果でもあります。

  99. 上の書き込み、
    >途中で自分の軽率な判断を誤る
    この「誤る」は「謝る」の誤りです。失礼いたしました。
    ロテさんは、意味に誤解が生じる可能性がない打ち間違いにまでクレームは決しておっしゃらない。この点は、このサイトの健全性の証しであると確信します。
    世の中には、学会論文の審査の際に、明白に誤字に過ぎなかった部分を、単に指摘するのみならず、その誤字をひたすらあげつらって審査の評を書いて来られる、いやみったらしい,性格の悪い『臨床系の』大学の先生もおられます(^^)

  100. >H・Beckerさん
    コメントありがとうございます(取り巻きじゃないのは私もわかっておりますよ)。私の前のコメントを書いた際に、H・Beckerさんからコメントいただいていたことに気づいておりませんでした。
    さて…。
    > 正直かなり不毛なやりとりをしているな・・と。
    ですねぇ…。
    > 阿世賀さんはやりとりの中で、
    > 論理的整合性があることに全然重きを
    > 置いてないように思われるんですよね。
    > 身体的感覚とか直感とかそういうものより、
    > 論理的なものを一段下に置いて考えているというか。
    一段下に置いているかはともかく、ブログを見る限りでも身体的感覚とか直感とかを大事にされているのはわかります。
    で、正直、こちらのコメント欄での書き込みもブログの方の記述もそうですが、少なくとも論理的に他者に伝えようとしている文であるとは思えないのですよね。
    > 掲示板のやりとりにまで
    > それを踏襲されているとなると
    > いかがなもんなんでしょう??
    それがこの不毛なやりとりの元凶でしょう。
    > 自分の中で出来上がっている
    > ストーリー・テキストに、論議の経緯を
    > 無視して無理矢理引っ張っていかれる
    > 気がしますので。
    ですね。その気になれば、このやりとりのどの部分でそうしたことが行われているか、ある程度指摘することも可能だったり。
    > コミュニケーションを行うにあたって、
    > 重要と考える「依って立つもの」、
    > コミュニケーションの作法があまりにも異なり、
    > メタな次元で分かり合えていないのであれば、
    > もうそろそろ打ち切ったらいかがですか?
    そうですねぇ…。
    ネット上の議論に限らず、議論しようと思ったら、自分の主張を相手に理解してもらって、相手の言っていることを理解しようと思ったら、論理的であることは必要最低限のマナーではないかと私はずっと思っていました。
    で今回、そういうマナーがここまで身についていない方がいるということに、衝撃を受けた次第であります。

  101. >阿世賀浩一郎さん
    > 論理的に破綻しており、なおかつ論理的です!!
    最初の一文からして論理とか超越した(悪い意味で)表現になっておりますね。
    とりあえず論理的に破綻していることはご自覚されているようで何よりです。
    それ以下のやたら「!」の多い文は、論理的整合性が欠如しているため何がおっしゃりたいのかさっぱりわかりません。

  102. >阿世賀浩一郎さん
    > 臨床的研究能力がなくても
    > 現場での実力があるカウンセラーは
    > 世の中に五万といますから
    私の定義に照らし合わせるといないと思います。基本的に研究の能力がないと実力がある心理臨床家(とあえて言い換えてみた)とは言えないと思っておりますので。
    少なくとも自分の考えていること、思ったことを論理的に破綻することなく他者に伝えることができないと、実力のある臨床家とは言えないでしょう。
    ある程度のキャリアのある方でしたら、ご自身のやってきた臨床を他者に伝える立場にあるでしょう。それは研究に限らず、スーパーヴァイズなんかもそうですよね。
    スーパーヴァイザーが自分の考えていることをスーパーヴァイジーに伝えられないSVって想像しただけでも恐ろしいです。
    > そういう人をふるいにかけることには反対なのですね。
    それについては反対も賛成も言ってませんし、そもそも「そういう人をふるいにかける」という話は最初からしておりません。
    > 発表や論文を書かれる際には、
    > 他人の力を借りようがどうしようが、
    > 医者や他分野の研究者から
    > バカにされない水準のものに
    > 仕上げる責務はあると思いますが
    いいかげんキャリアもある人ならば、他人の力を借りずにできないもんですか?
    > 誠信書房の「心理学辞典」や有斐閣の
    > 「心理用語の基礎知識」の項目をしらみつぶしに、
    > 術語の英語訳まで覚えて、理解して、
    > 数行は何か書けるように受験勉強するしか
    > なかった世代
    …今どきの受験生でも最低それくらいはやるでしょう。
    > 因子分析のありがちなからくりが
    > ちゃんとわかっていることは、
    > 既に示したとおりです。
    あんな常識的なことを知ってるからってどうってことはないと思うのですが…。

  103. いいですけど。
    読者のかなりには、もう無茶無茶ウケてる確信だけは揺らぎませんので(^^)
    ロテさんが「論理的ではない」と口にするたびに、全国の読者が笑い転げてます(^^)
    ちなみに、私は「読者」への「効果」を意識しつつ、ある意味で「エンターティメント」として、臨床のふかーい話を書く余裕があるのに、ロテさんにはそういう余裕って全然ないんだ、と感じています。
    ま、いいです。これで確実に私のお客さんは(臨床家にせよ,クライエントさんにせよ)増えて、私の評判も臨床家としての評判も「ささやかに」高まりますので。
    あとは歴史と私の収入増が証明する(^^)
    以上、ここ数日ですでに新規予約が「増加」しているこういちろうより。
    (全く持って悪魔みたいなカウンセラーですね)

  104. なお、ではなぜ、ここに私の書き込みへの援護のコメントが載らないのか?
    1.ロテさんが「怖い」から。
    2.ここはロテさんのサイトだから、紳士的に遠慮している。
    3.ロテさんを「哀れんで」いるから。
    4.ここまでロテさんに「まともに」つきあってきたこういちろうをアホだと感じているから。
    5.ともかくこの二人中心とするやりとりを読んでいると「おもしれえ」ので、続きを読みたいからという野次馬根性。
    ……かもしれない(^^)

  105. >阿世賀浩一郎さん
    >>beckyさん
    と書いてらっしゃいますが、H・Beckerさんですよ。
    > できあがったストーリーに拘泥して「いない」からこそ、
    > こうして「論理的矛盾」を犯せるという
    > つもりでいるのですが?
    阿世賀さんはそのつもりかもしれませんが、やはりご自身のストーリーに引き込もうと論理的矛盾が生じているのが事実かと。
    現に
    > 途中で自分の軽率な判断を誤ることを
    > 辞さないのもそのためです。
    謝罪しても結局同じところをグルグル回っているのは、ご自身のストーリーに拘泥されているからかと。
    > つまり、この一連の書き込みをして行く中で、
    > 私はすでに勉強させていただき、
    > 自分の過ちを修正することを
    > 厭わないできたつもりです。
    「謝罪しているから阿世賀さんはご自身のストーリーに拘泥していないと言える」…これ既に論理が破綻してますよね。「謝罪しているから」は「自身のストーリーに拘泥していない」理由になってないですから。
    > そしてこれは学派の問題とは
    > 全く無関係と思います。
    あそこであえて学派の問題を持ってきたのは、H・Beckerさんの優しさだと私は思いますよ(違ってたら済みません>H・Beckerさん)。
    だって、学派の問題にしておかないとすると、阿世賀さんご自身の論理的思考能力、論理的文章表現能力の問題になってしまうわけですから(ただ、阿世賀さん自身はご自身で論理的でないということは認められていますが)。
    > 「学派を超えた普遍的次元で通用することしか
    > 意味がない」
    と言う、私個人の信念
    普通、学派が異なっても双方が論理的に自身の意見を提示し、双方が相手の意見を理解していけば、議論は成立するでしょう。

  106. >阿世賀浩一郎さん
    > 読者のかなりには、もう無茶無茶ウケてる
    > 確信だけは揺らぎませんので(^^)
    そう確信されるだけの根拠はどこにあるのでしょうか?
    > ロテさんが「論理的ではない」と
    > 口にするたびに、全国の読者が
    > 笑い転げてます(^^)
    もしそうだとしたら、全国の読者は何が面白くて笑っているのでしょうか?
    私にはさっぱりわかりません。
    > ちなみに、私は「読者」への「効果」を意識しつつ、
    > ある意味で「エンターティメント」として、
    > 臨床のふかーい話を書く余裕があるのに、
    > ロテさんにはそういう余裕って全然ないんだ、
    > と感じています。
    前にも言ったことの繰り返しになりますが、私はこのブログで「臨床のふかーい話」を書くつもりはありません。
    私の価値観では、その手の話は学会発表や論文でするのが建設的だと思われますので。
    元々「効果」云々を言うほどの影響力が自分のブログにはあるとは思っていませんし。
    繰り返しになりますが、ここで「臨床のふかーい話」をしないのは、ここがそのための場ではないからであり、余裕がどうこうという問題ではないと思います。
    > これで確実に私のお客さんは
    > (臨床家にせよ,クライエントさんにせよ)
    > 増えて、私の評判も臨床家としての評判も
    > 「ささやかに」高まりますので。
    何を根拠にそうおっしゃるのかわかりません。
    > 歴史と私の収入増が証明する(^^)
    とおっしゃっていますが、それは未来の話ですし、現在「これで阿世賀浩一郎の評判が高まる」と思っている根拠にはならないですよね。

  107. >阿世賀浩一郎さん
    > なお、ではなぜ、ここに私の書き込みへの
    > 援護のコメントが載らないのか?
    ここで「援護」という言葉が出ている時点で、何かズレています。
    辞書では
    > えんご ゑん― 1 【援護】
    >
    > (名)スル
    > (1)困っている人を助け守ること。
    > 「被災者を―する」
    とありますが、阿世賀さんは何か困ってるんですか?
    それにダノンさんやH・Beckerさんは別に私を助けるためにコメントしているわけではないと思いますよ。彼らのコメントは少なくとも文面を見る限りでは、思ったこと、考えたことをそのまま書かれたように思われます。
    「援護射撃」的な意味(?)で使っているのだとしても、別に勝敗を決めるための議論ではないはずですし、やはり「援護」という言葉は違和感があります。

  108. >阿世賀浩一郎さん
    あと2007年04月26日 15:34のコメントで
    > 確か、ロテさんも「隠してはいない」と
    > どこかで書かれてましたよね。
    > 私も最初は、何も不正な手段を使って
    > ロテさんの実名や所属
    > (もう過去の所属のなられたのかな?)を
    > 知ったのではない。
    と書かれていましたが、そんなこと言った記憶は全くありません。
    ひょっとしたら私の記憶違いかもしれませんので、どこでそのようなことを書いていたかお教えいただけますか?
    私としてはどんな人が読んでいるかわからないことを考えると「公表するものではない」と思いますが。
    ですから、例の「!」がやたら多いコメントにある
    >その瞬間、実は「通りすがり」さんに比べたら
    > 「ロテさんですら」
    > (この、「ですら」に悪意はないので念のため)
    > ちゃんと「身の危険を犯して」いるではないか!!
    「身の危険を冒している」つもりは全くありませんし、基本的には知られたくので
    > 私やロテさんは、「通りすがり」さんよりは、
    > 前向きに、リスクを冒し、しかし結果を出しながら、
    > 臨床心理士として「生きて」いるのであり、
    のように、阿世賀さんと一緒くたにしていただきたくないです。

  109. >そう確信されるだけの根拠はどこにあるのでしょうか?
    ….と、「あまりにも期待通り」の、ロボットのごとき発言しかしないので、結構外野からは「笑える」と思うのですが。
     ほとんど、
    「山口県津和野市で今の時間帯にリンゴが売られている根拠は何なのですか」
    というぐらいに、「命題として無意味」なんですけどね。
    >> 私やロテさんは、「通りすがり」さんよりは、
    >> 前向きに、リスクを冒し、しかし結果を出しながら、
    >> 臨床心理士として「生きて」いるのであり、
    >のように、阿世賀さんと一緒くたにしていただきたくないです。
     せっかく英雄としてほめてるんですが(^^;)
     これは詭弁ではないですよ。ロテさんは臨床心理士という職業とこのサイトの運営を両立させているだけで、「稚拙な」なとという「稚拙な」ことばだけで切って捨てて去って行き、その後ロテさんの丁寧な要請に私へのように、「論理的でない」と批判してもらえるような返事すらよこさないまま、ほんとうに「通りすぎて」いかれた方よりは、ロテさんは臨床心理士としての責任を、否応なしに、一身に引き受けておられるのですから。
     この点だけは、論点がどれだけ行き違おうが、ロテさんのスタンスを私は評価します。(真面目に)

  110. >こういちろうさん
    > 読者のかなりには、もう無茶無茶ウケてる
    > 確信だけは揺らぎませんので(^^)
    >「あまりにも期待通り」の、ロボットのごと
    >き発言しかしないので、結構外野からは
    >「笑える」
    ごめんなさい、外野ですが全然笑えないんですが・・。何か相手を一段高いところから見下して、対話をする態度がみじんにも無いんだな、というこういちろうさんの態度だけは伝わってきますけれども。
    >ロテさんは臨床心理士という職業とこのサ
    >イトの運営を両立させているだけで、「稚
    >拙な」なとという「稚拙な」ことばだけで切
    >って捨てて去って行き、その後ロテさんの
    >丁寧な要請に私へのように、「論理的で
    >ない」と批判してもらえるような返事すらよ
    >こさないまま、ほんとうに「通りすぎて」い
    >かれた方よりは、ロテさんは臨床心理士と
    >しての責任を、否応なしに、一身に引き受
    >けておられるのですから。
    僕の日本語読解能力が低いのでしょうか。ロテ職人さんのサイトを通り過ぎていった人のことと、臨床心理士としての責任というものが、全く頭の中でリンクしません・・。ロテ職人さんが気に入らなければ「スルーする自由」は当然あるわけですし。
    >ロテ職人さん
    >> 全く無関係と思います。
    >あそこであえて学派の問題を持ってきた
    >のは、H・Beckerさんの優しさだと私は
    >思いますよ(違ってたら済みません>H・
    >Beckerさん)。
    >だって、学派の問題にしておかないとす
    >ると、阿世賀さんご自身の論理的思考
    >能力、論理的文章表現能力の問題にな
    >ってしまうわけですから(ただ、阿世賀さ
    >ん自身はご自身で論理的でないという
    >ことは認められていますが)。
    ○○の学派の人は論理的じゃない、などと言うつもりは全然ないんですよ。むしろ逆で、僕の知っている「身体感覚を重視する学派」系の方は、日常的な議論や対話の中では大変論理的な物言いをなさる方ばかりです。臨床プロセスの中で必要な態度と、臨床家・研究者として必要な態度が峻別できている・・というか意図的に峻別しようと努力されている方ばかりというか。見解が最終的に合うかどうかはともかくとして、自分は彼らに一定の敬意を持っています。
    どんな臨床的立場に立つにせよ、筋道立てて相手に理解してもらおう(または相手を理解しよう)、相手と対等に意見をキャッチボールをしようという態度は、(少なくとも非臨床的空間においては)心理士内で当たり前に共有しているものと勝手に思ってたわけですが、その辺、こういちろうさんの議論に対する態度については大変違和感を感じたものでして。
    揶揄的書き込みをすることに何か使命感みた
    いなものを持って行動している?対話以外の何か別目的を持っている?こういちろうさんの書き込みを、数ヶ月前の別HNの時にさかのぼって読み返してみましたが、未だにこのサイトに書き込まれる動機がよくわからんのです
    。ロテ職人さんとそのサイトに嫌悪感を持っていることは伝わってきますが、そのことが一連の非対話的書き込みにストレートに直結するものなのか否か・・。
    論理的思考能力、論理的文章表現能力がないのか、「そういう態度がない」だけなのかは、正直分かりかねます。後者だと考えたいですが。

  111. >H・Beckerさん
    前回のレスでは、ハンドル名を間違えてしまい、たいへん失礼いたしました。
    >相手を一段高いところから見下して、対話をする態度がみじんにも無い
    実はこれがロテさんの「裏面的」スタンスに実はなっているのだと私は指摘したいわけです。
     つまり、ロテさんのいうところの「論理的」だとか「解答する」にならないコミュニケーションは、すべて自動的に「突っ返される」。「機械的に」「ロボットのごとく」と言っていいくらいに。
     ロテさんの中で、このアプローチが完全に「ドクマ化」しているからこそ議論が滞るとも言えます。
     ロテさんにしても、実は「ネット上の議論のあり方」ということを問題にしたその次元で、ネット上の各論としての議論の問題から、
    >相手を一段高いところから見下して、
    いる、すなわち、「メタレヴェルに立っている」(ラッセルの論理学で言う「階層を超える」ということ。実はこれが、例のウィトゲンシュタインについての、師ラッセルの最大の批判です)。
     だから、この議論の主題が見失われるという「構造」に実はロテさんは、控えめにいって「一方の当事者」として加担しているのに、その責任がすべて私の側ということになる「トリック」が生じるわけですね。(ロテさんは、別にその「トリック」に私をはめているのではなくて、自分で気がついていないだけだと思います)
     冷静に考えてみればわかるのは、実はロテさんが言われている「論理的でない」とは、実は単なる「言明」であり、「論理的でない」という言明そのものが「論理的」であることは「論理的ではない」という言葉そのものには何も含まれてはいないわけです。
     もっとも好意的にとらえて、単に「わからない」と言われているだけなのですね。
     実はそこで私が、ロテさんが時々私への発言に付加して来たように、ロテさんに対して
     「(恣意的に)わかろうとしていないのではないか」
     「わかる能力がないのではないか」
    などという言葉を投げ返すことは(最後の一回を除いて)私は一貫してしていないわけです。
    なぜしないのかといえば、
    「あなたは意図的にわかろうとしていないのではないのか」
    とか、
    「あなたには理解力がないのではないか」
    という発言は、私はそれ自体、少なくとも「礼儀に反した」禁忌に近い発言と理解しているからです、
    更にいえば、「あなたには理解力がない」という発言そのものが、実は純粋な論理性という観点からすれば「ルール違反」なんですね。
    「なぜなら、あなたには理解力がない」
    ……この言明を「論理的に」証明することは実は不可能なのであり、「命題として無意味」です。
     そして、「あなたは理解力がない」といわれて瞬間に「傷つく」人が出る場合があることは、当然想像できることです。
     ましてや更に、そこで「傷つくとは感情のノイズであり、ネットでの議論では意味がない」
    という発言が降ってくれば、更に傷つく人が出る可能性がある、という想定に無理はない。
     そしてそれが、「ロテさんは怖い(少なくと冷酷非情で、デリカシーに欠ける人)」という認識を抱く人を多数生み出しているとしてもおかしくない。
     なのに例えば、これについて、この次の書き込みとして、
    「それはどういうことですか、論理的ではないので、ご説明して下さい」
    というロテさんのコメントが「またもやロボットのように」降って来る可能性はかなりの程度予測できるわで、
    ……なんて書いたら、今度は、
    「予測なんてしないで下さい」
    と帰って来る可能性があるわけですね。やれやれ。
    少なくとも、私はこれがロテさんの「精神分析的」オリエンテーションから出て来るものとは思えません。これが「精神分析」だといったら分析系の人の多くが怒るか爆笑しそうですから(^^;) むしろ、できそこないの,勝手に勘違いしたゲシュタルト療法という方が近い気がします、個人的には。
     控えめにいって、ロテさんはいつの間にか「ドグマティッシュ」になっていることをご自分では認識されていないと思います。「ドグマティッシュ」であることを「ドグマシッシュ」な人に説明して理解してもらえるということは、世界の歴史において非常に稀にしか成功しておりません(….あの、こういう表現を、単に「揶揄」ではなくて,場を和らげる「ユーモア」『ウィット」と受け取れない人は、それこそ「投影」になっていないかどうか、少なくとも自己点検する価値はあります)。
     ……ということを早めに察した人は、このサイトでコメントの返事をすることをやめてしまうか、このサイトの議論に参加することを最初から回避していると想定できます。
    少なくとも、このサイトのロテさんの趣旨に「賛成」したからであると理解する論理的根拠はありません。もちろん「論理に負けた」からと想定する根拠もありません。
     私の書き込みの意図は、もとをたどれば、「臨床心理士をふるいにかける」というタイトルとその「書きぶり」に、ある傲慢で、特に若い心理士の卵たちを傷つけて平気な感受性があることへの抗議に出発することはすでに繰り返し申し上げて来ました。
     ちなみに、私の感性では、ホントは、タイトルの前半ではなくて「ふるいきかける」の方がよほど違和感があるのですが、それを申し上げなかったのは、「タイトルを修正した」という行為そのもので、修正しなかった場合よりはロテさんなりの誠意が少なからぬ人に伝わることの意味を重視したからです。「誠意」という言い方が曖昧ならロテさんも「タイトルに問題があった」と認めたこと、そして,「その結果,何らかの修正をした」ということそのものが意味があるということですね。
     もっとも,この点で、ロテさんがその時に書かれたことは私には極論です。少なくとも不当な個人人攻撃の域に踏み込まなければ、ロテさんにとって「論理的」であり、「論理的」であるとロテさんが認める反論がない限り、ここで臨床心理士についてどんな発言をしても「傷つくのは本人の勝手でしょ」「獅子は崖の下に我が子を突き落としているのだからむしろ感謝せよ」ということですから。
    …..あ、こう書くと、「本人の勝手でしょ」「獅子は崖の下に我が子を突き落としているのだから感謝せよ」という「言葉」は使ってないという反論が返ってきそうですが、少なくともそのように受け取る人が大勢出て来てもおかしくないことをいわれているのは確かと思います。
     …..ちなみにここでまた(爆)
    「そのようにいう人が大勢出て来てもおかしくない」という根拠がわかりませんのでご説明願えませんか?
     という問いが出て来かねないのがこのサイトでして、そうなると私は、
    「その問いは、今、この瞬間に北海道稚内市で今すぐにみかんが買えるということの根拠についてご説明願えますか」という問いと同じように問いそのものが「命題として無意味」ですね、
    とお答えすることを繰り返すしかないでしょう
    (このへんが、「喜劇的」かつ「悲劇的」なんですけどね。私はそれを「楽しんで」ますから書いてます 
    ….ちなみに、このように書くと、今度は
    「楽しむ」ということが議論とどういう関係があるのですか?
     という問いが帰って来ることをこのサイトでは仮定しなかればならないようです(^^;;;)
     こうした問いに答えることが,果たして「誠意」なのか、それとも単に「巻き込まれて」いるだけなのか、ということは、精神分析的、およびコミュニケーション理論的にみてたいへん興味深い問題かと思います。
    (ちなみに「論理的でない」以上に「命題として無意味」の方が論理学的には上位の問題です。このことはフォーカシングの本をめくっても全然出て来ません。分析哲学の本をお読み下さい)。
     更に申しあえると、所属する学派によって私を判断する発言自体無意味と思いますけどね。同じ学派の中の違いの方が大きいのが普通ですし、ほんとは私の学派の,他の学派の人からみると最初むくれられてもしかたがないのは、すべての流派のアプローチと技法と用語を自分たちは使える、と「公言」している点です(このことは、「フォーカシング指向心理療法」という「心理用語の基礎知識」ですね)
     まあ,このブログで、私の学派の方(=院生や学部生でない限り、ニアイコールで私の「知り合い」)が書き込み常連されて、ロテさんに納得のいくやりとりをなされているこどうかはわかりませんが。
    そもそも学派によって自分のアイデンティティを主張するのも、他人を批判するのも、「愛国心」および「民族的偏見」と同じ、百害あって一利無しというのが私の信念ですが。単なる「お遊戯」であって、「学問的にすら」無意味とまで考えます。敢えていえばただの「礼儀」の問題です(….ああ、物いいがだんだん「ロテさんじみて」傲慢で慇懃無礼「と受け取る人も出てきかねない)じみてきたのでこのへんでやめとこ)
    >ロテさん 
    ロテさんは、なるほど、私との書き込みでは「実名と所属を隠してはいない」との発言はされていませんが、かつての別の方との書き込みで「完全に隠してはいない。(このサイト内で?)探せばわかるようにはしている」といった意味の発言をされたことがあると記憶します。
    それに,繰り返しますが、学会発表の題目と発表日時、そしてロテさんのご専門、性別、これだけの情報で、ロテさんの本名と所属がかなりの高確率で、学会会員なら「推測」できることは全くあたりまえのことなので、もしロテさんが実名や所属を知られたくないのでしたら、これらのことについてのネット上での公表そのものをお控えになることをお奨めします。
     つまり、そもそもロテさんは「実名と所属」に関するセキュリティ管理は全くなされていないも同然ということですね。それどころか、ここでの学会発表の告知だけで、個人的な問い合わせなどなしで会場に聴きに来て下さる女性ファンがあることを期待しておられるのではないか(あ、男性もですね)と思われます。
     このことは、状況証拠と過去のネット上でのロテさんの発言からみて、論理的に(などとわざわざいうまでもなく)矛盾されていると思いますがいかがでしょうか。
     更にいえば、私は少なくとも、ネット上でロテさんの実名を暴露しようとしたことはありません。この点で嫌疑をかける発言をされれば抗議いたします。
     この点は、私のサイトに書き込んで来た「通りもん」さんがロテさんでは「ない」ことの証拠が究極的には立てられないけど、私がその点では「信頼する」と申し上げたのと同じことです。(ホントに、今では疑ってないです。その理由を問われれば、最終的にはこうしたやりとりを重ねた上での「心証」ですとお答えするしかないですが。そして、仮に実はロテさんだとしても私に何も損失はないのは明らかだし、そのことをこれ以上問題にすることは、それこそ「議論の妨げ」ですので)
     少なくとも、「通りもん」「とりまき」「こういちろう」名義での書き込みと同一のIPアドレスで,過去に「実例暴露の」書き込み、ありませんでしょ? あったら私は、私や恐らくロテさんよりも数段ネット能力高い誰かの陰謀にも巻き込まれた(ロテさんも、我々を仲違いさせようという陰謀に巻き込まれたことになります…..あ、仲良しのつもりはないのに「仲違い」なんて言葉使うななんていいっこなしね)
     などというと、ロテさんに,いらぬ疑いをたきつけるみたいな危険な発言なのは承知です。でも私はそういう実名暴露はこのネットではしていないし、他人に「させた」こともない、私の了解の元にやっていた人もいないとははっきり宣誓させていただきます。
     

  112. なお、最近の心理臨床系大学院の入試で、今や昔のような、「用語について説明せよ」短答論述式10問プラステーマ選択型の論述式1-2問を実験心理の領域まで含めて解答するというスタイルは減少し、知識だけで解答することが不可能な、一般的なテーマについての論述式の設問が増加しつつあるつつあると認識してあります。
     これなど、ロテさんからすれば、「研究能力」をはかるという点からすれば誠に問題のある選考方法であると映っているであろうことに、謹んでおくやみ申し上げます。。

  113. 更に申し上げれば、臨床能力という点では十分にあって研究能力は全くない臨床家が存在することまではロテさんも否定されないことと思いますが、どうも研究能力だけはかなりの自負をお持ちのご様子のロテさんがひょっとしたら研究能力ほどには臨床能力に「自信がない」からこういうことをいわれているのではないかという「誤解」を喚起しかねないご発言をなさることは、まことにもったいないことと認識しております、なせなら、ロテさんは現実に臨床現場で働き続けているというまさにその事実によりまして、ある水準以上の臨床能力があると関係者に認められていることを天下にお示しになったおられるからです。
     それとも、「研究能力」の勉強なんて「臨床能力」の実践の片手間にできるはずの「ちょろい」ものであり、それもしていない人間は怠惰であるかあさもなければそれだけの頭脳の持ち主ではないとお考えなのでしょうか。
     そのように受け取れる発言をなさることは、「エリート主義の鼻持ちならない人間である」という誤解を招きかねないのでお控えになる方がいいかと思います。
     そして、研究能力で「カウンセラーを」ふるいにかけることそのものがそもそも意味があるのか,それは全然別の能力なのであり、「不適切」であるという結論に達すると思いますが、いかがでしょうか。
     ロテさんは「カウンセラーを」とおっししゃったのであり、「臨床心理士を」とはおっしゃっていません。「臨床心理士」が面接能力ではなくて、例えば心理検査能力やリサーチ能力中心でも資格として認められるシステムになっていることは皆さんご承知ですし、私も現状ではそれでいいと思っていますが。
     この点、タイトルを「臨床心理士を」などと変更される方が、誤解を招かず、ロテさんの主張の整合性も出て来るかと思いますが、いかがでしょうか。

  114. ……あ,失礼しました、タイトルは「心理職をふるいにかける」になってますね、この点では「よく読んでなかった」のは認めます。
     でも「研究能力」をはかることが,基準として「わかりやすい」としても(これすら,私に言わせれば容易に疑えますが)、それが「臨床能力」との相関がない、という結論に達したら、意味があるのだろうのかと思いますが。
     私は「研究能力がある人は、臨床能力がない」、すなわち「逆相関」する、というありがちな偏見に対しては、根拠が全くないものとしてむしろ批判的な立場ですが。
     それこそ「相関がない」ものを物差しにしないことこそ研究者の基本と思います(^^)

  115. >阿世賀浩一郎さん
    > ロテさんは、なるほど、私との書き込みでは
    > 「実名と所属を隠してはいない」との発言は
    > されていませんが、かつての別の方との
    > 書き込みで「完全に隠してはいない。
    > (このサイト内で?)探せばわかるようにはしている」
    > といった意味の発言をされたことがあると
    > 記憶します。
    私はそんな記憶は全くありません。
    繰り返しになりますが、どんな方が読んでらっしゃるかわからないわけので、「探せばわかるようにしている」などと言うはずがありません。
    もし私が何かの間違いでそんなことを言っているのならば、どこで言っているのかお教えください。ブログ内検索でコメントの検索もできるはずですし、もし存在するならすぐにわかるでしょう。
    > それに,繰り返しますが、
    > 学会発表の題目と発表日時、
    > そしてロテさんのご専門、性別、これだけの情報で、
    > ロテさんの本名と所属が
    > かなりの高確率で、学会会員なら
    > 「推測」できることは全くあたりまえのことなので
    私は学会発表の題目なんかを公表した覚えは全くないのですが。発表日時についてもピンポイントで特定できるような書き方はしていないはずです。
    > ロテさんのご専門
    あえて私は自分のメインの研究テーマについてはここで明言するのは避けているんですがね。
    勝手に決めつけないでくださいな。
    > そもそもロテさんは
    > 「実名と所属」に関するセキュリティ管理は
    > 全くなされていないも同然ということですね。
    上で言っていることを私は公表しておりませんので、それを前提に決めつけられても困ります。
    > それどころか、ここでの学会発表の告知だけで、
    > 個人的な問い合わせなどなしで会場に
    > 聴きに来て下さる女性ファンがあることを
    > 期待しておられるのではないか(あ、男性もですね)と
    > 思われます。
    ここでの私の書き込みだけでは私の所属や氏名は特定できないはずです。もしそれが特定できるとおっしゃるのであれば、繰り返しになりますが、それを可能とする発言をここで挙げてください。
    ですので
    > 個人的な問い合わせなどなしで
    私の発表に行き着くことは基本的に不可能なはずです。
    以上、阿世賀さんの勝手な決めつけによる発言ですので、発言内容の撤回をお願いいたします。

  116. 『特定」は出来なくとも「推定」は出来ます。
    発表題目は公開されていません(この点では失礼しました)が、発表の「日時」はピンポイントまではいきませんが公開されていたと思いますが。そして「性別」。発表内容が、ロールシャハテストに関する「調査研究発表」である可能性が高い(ロテさんがそうである可能性が低くはない)。そして、所属が病院である可能性、大。
     プログラムの組み方にもよりますが、ここまでで候補者がほとんど絞りきれることも少なくないはずですが。この前はこれだけで十分でした、ウラをとっても外れてませんでした。
     更に(今回はそこまで不必要でしたが)発表内容論文集の「内容」とここでの「普段の」書き込みの内容、どういう関心領域もっているかからはじまり文体の癖や主張まで参考になるでしょう…..をつきあわせることもできるわけですよね。
     更にいえば、ロテさんのサイトから「アクセス」された方のIDとIPアドレス、どの地域からのアクセスであるかを分類して行くと、それも役に立つ場合も「あり得ます」。ここまではniftyのコントロールパネルの標準装備ですので。コメントしなくても「アクセス」の全記録が、匿名ですが個別にあるのです。「その瞬間」どの「ある特定のIPアドレスの人間」がアクセスしているか、どのページを見たか、どのページに移動したか、そのページを何時何分から何時何分まで観ていたか。その人のOSとブラウザは何か、例えば、私がロテさんのサイトにコメントを書き込んでからの30分間にロテさんのサイトからおいでになったの動き方は、名前こそわからなくとも、こうした情報の追跡と記録は全自動でなされている中から「ソート」可能です。ユニークIDに「仮の名前」を付けて過去のページアクセス記録を個別にソートして表示も出来ます)
     というわけで,確定できなくてもある程度の「推理」はできます。少なくとも2,3の候補に縛るまでなら、「なんでもない」ことでしょう?

  117. あと、どこから電車に乗ったか、はおおよそお書きでしたよね、これで、どこにお住まいの方かがわかる、これ,大きいですよ。関東なら関東とわかるだけで、どれだけ絞りやすくなるか。

  118. >阿世賀浩一郎さん
    > 「あなたは意図的にわかろうとしていないのではないのか」
    >
    > とか、
    >
    > 「あなたには理解力がないのではないか」
    >
    > という発言は、私はそれ自体、少なくとも
    > 「礼儀に反した」禁忌に近い発言と
    > 理解しているからです、
    この場合「理解している」ではなく「思っている」ですね。
    > 更にいえば、「あなたには理解力がない」という
    > 発言そのものが、実は純粋な論理性という
    > 観点からすれば「ルール違反」なんですね。
    >
    > 「なぜなら、あなたには理解力がない」
    >
    ..> ….この言明を「論理的に」証明することは
    > 実は不可能なのであり、
    > 「命題として無意味」です。
    あのですね…私は「あなたには理解力がない」とは書いていないですよね?そして恐らくH・Beckerさんもそうは書いていないと思います。
    私は根拠(阿世賀さんの発言で問題であると思われる部分)を挙げて「こうなのではないですか?」と尋ねているのに、阿世賀さんはそれに対して根拠を挙げて「それは違います」と言っていることはほとんどないはずです。
    もし私が言っていることが違うのであれば、根拠を示した上でそうおっしゃってくれればいいだけの話なのですが、それをしない…
    だから「意図的にわかろうとしていないのではないのか」 とか、「理解力がないのではないか」としか思えないのです。
    言ってることわかりますか?わかるのならわかる、わからないならわからないと言ってください。その上で「それは違う」と思われるのであれば、なぜそれが違うのかということを説明してください。
    > 「なぜなら、あなたには理解力がない」
    >
    > ….この言明を「論理的に」証明することは
    > 実は不可能なのであり
    完全に証明することは不可能かもしれません。だからこそ「理解力がない」とは断言していません。
    そして完全に証明することは不可能ですが、あまりにも会話が成立していないために「ひょっとしてそうなのではないか?」という疑念が私(そして恐らくH・Beckerさん)に浮かんでくるのです。

  119. >阿世賀浩一郎さん
    > 「あなたは理解力がない」といわれて瞬間に
    > 「傷つく」人が出る場合があることは、当然想像できることです。
    それは想像できますね。
    普通はそう言われたくないからこそ、相手の話を理解しようと努めると思うのですが、そうした試みが見られないことから(逆に自分の言いたいことしか言っていないことから)「理解力がないのではないか?」と言われるのですよ。
    で、理解力があるのにそうしていないとしたら、これはもう「意図的に理解しようとしていない」と言うしかないわけで。
    これは「論理的思考」「論理的表現能力」についても同じことが言えます。
    で、阿世賀さんは
    > もっとも好意的にとらえて、
    > 単に「わからない」と言われているだけなのですね。
    とおっしゃっていますが、そうです。私の言っていることはそれだけです。
    根拠を挙げて説明すれば理解できますが、根拠がない主張は単なる妄言にしか過ぎません。少なくとも相手に「なぜ自分はそう思うのか」を伝えない限り、主張していること自体は理解できても、結局、何を言っているのかわからないのです。
    私の言っていることわかりますか?
    …と何度聞いても「わかる」とも「わからない」ともおっしゃってくれないのは何故なのでしょうか?その辺についてご返答いただければ、まだ対話の余地はあるようにも思うのですが…。

  120. まずは前段の前段。
    どうも、学会についての発言に関しては、更なるお返事がないところをみると、疑問は氷解されたと私は認識しますが、それでよろしいでしょうか?
    まだ疑問をお持ちですか?
    言ってることわかりますか?わかるのならわかる、わからないならわからないと言ってください。その上で「それは違う」と思われるのであれば、なぜそれが違うのかということを説明してください。

  121. >阿世賀浩一郎さん
    > 学会についての発言に関しては、
    > 更なるお返事がないところをみると、
    > 疑問は氷解されたと私は認識しますが、
    > それでよろしいでしょうか?
    まあ、そう焦らないでくださいよ。前から言ってるように、一つずつ話していかないとどんどん話題を変えられてしまいますので。
    > 発表題目は公開されていません(この点では失礼しました)が、
    (中略)
    > そして、所属が病院である可能性、大。
    これ、わざと間違えたんですか?だったら別にいいんですが…。こんなことを言うと
    「気づくかどうか試すためにわざと間違った」
    とか言われるんでしょうか?別にそれに釣られたからと言ってどうということはないわけですが。
    > 『特定」は出来なくとも「推定」は出来ます。
    「推定」されるのは仕方ないですよ。「推定しないでください」とは言えないですしね。
    > 更にいえば、ロテさんのサイトからユニークIDに
    (中略)
    > 「仮の名前」を付けて過去のページアクセス記録を
    > 個別にソートして表示も出来ます)
    普通のアクセス解析だったらその程度のことは可能だと思いますが…当ブログで使っているアクセス解析もその程度のことはできますよ。
    で、それがどうしました?
    ・・・・・・・・・・
    ふと思ったんですが、「実名」「匿名」の話は主題ではないから、議論する必要がないと阿世賀さんご自身がおっしゃっていたんじゃないんでしたっけ?
    私はそっちの話をするのはかまわないんですけどね。

  122. >阿世賀浩一郎さん
    あ、ちなみに学会で私の実名・所属を「推定」された件について、どういった根拠で「推定」されたかはわかりました。
    で、確かに「推定」するのは勝手ですし、「推定するな」とは言えないのですが、それをもって
    > 「実名と所属」に関するセキュリティ管理は
    > 全くなされていないも同然ということですね。
    と言われても困るのですよね。
    ・・・・・・・・・・
    既に私の実名・所属を推定されている阿世賀さんに対しては意味のないことかもしれませんが、私はこのブログで真実ばかりを書いてあるわけではないですよ。
    自分の身元に繋がる情報については実はウソ情報も入れてたりします。
    「そんなことをする人間は誠実ではない」
    と言われてしまうかもしれませんが、やはり私も自分の身は大切ですし、家族もいる身ですからやはり気をつける必要はあるわけです。
    そもそも「ブログには真実しか書いてはいけない」というルールもないわけですし。

  123. >阿世賀浩一郎さん
    そういえば、H・Beckerさん宛のレスで
    >>相手を一段高いところから見下して、
    > 対話をする態度がみじんにも無い
    >
    > 実はこれがロテさんの「裏面的」スタンスに
    > 実はなっているのだと
    > 私は指摘したいわけです。
    とおっしゃっていましたが、この点がH・Beckerさんのおっしゃる
    > 自分の中で出来上がっているストーリー・テキストに、
    > 論議の経緯を無視して無理矢理
    > 引っ張っていかれる気がしますので。
    に当てはまっているのではないでしょうか?
    つまり、一連の話の流れの中で「ロテ職人は相手を一段高いところから見下して、対話をする態度がみじんにも無い」というストーリーに無理矢理引っ張っていこうとしている、という。

  124. 阿世賀浩一郎さん
    ところで
    > どうも、学会についての発言に関しては、
    > 更なるお返事がないところをみると、
    > 疑問は氷解されたと私は認識しますが、
    > それでよろしいでしょうか?
    >
    > まだ疑問をお持ちですか?
    えーと…すみません。その件に関する私の「疑問」って何でしたっけ?特に疑問を呈した記憶はないのですが…。
    > 言ってることわかりますか?
    > わかるのならわかる、
    > わからないならわからないと言ってください。
    その件に関しては言っていることはわかりました。
    > その上で「それは違う」と思われるのであれば、
    > なぜそれが違うのかということを
    > 説明してください。
    上記コメントで説明させていただきました。とりあえず私は疑問は呈してませんが、それに対しての回答(そもそも疑問は呈していないので回答ではないとは思いますが)には違う部分は違うと言ったつもりであります。
    これでよろしいでしょうか?

  125. >阿世賀浩一郎さん
    > なお、最近の心理臨床系大学院の入試で、
    > 今や昔のような、「用語について説明せよ」
    (中略)
    > 一般的なテーマについての論述式の設問が
    > 増加しつつあるつつあると認識してあります。
    >
    > これなど、ロテさんからすれば、
    > 「研究能力」をはかるという点からすれば
    > 誠に問題のある選考方法であると
    > 映っているであろうことに、
    > 謹んでおくやみ申し上げます。。
    これも採点方法次第だと思うのですがね。
    少なくとも「論述」問題であるならば、例えば「私は~と思います」と述べるだけでなぜそう思うのかを明言していない文章は、恐らく点数は取れないでしょう(「論述なら」ですよ。エッセーだったらまた違うのかもしれません)。
    研究において論理的思考能力や論理的に破綻してない文章を書く能力などは必須のものですし、そうした問題でも研究能力を見ることは可能だと思います。
    というか、下手な一問一答形式の問題よりもむしろ良いかもしれません。

  126. ロテさんのサイト、久々に見ました。たぶんですが、阿世賀氏が絡んできているのは、論理以前の「ロテさんの高慢さに対する一種の反感」から出てきているのではと思うのです。これは阿世賀さんに限らず数名の方から、感情的な要するに「嫌い」という意見を聞いたことがあります。論理は感情を基にして、何とでも積み上げられるものですから。そういった根っこがあるのではと思います。
     ロテさんが議題にしていた「ふるいにかける」件ですが、私は地方大学の教員をしていますが、指定校大学院をもっていませんので、臨床心理士を目指す学生は、他の大学院を受験することになります。しかも私の大学は非常に偏差値の低い大学で、心理系を一杯受けてここしか通らなかったという学生が大学院を受けて、国立にも受かったりしていきます。思うに、こういった学生が本当に「医師」に伍して、臨床心理士としてやっていけるのか・・・と危惧するものであります。
     医者になるには厳密に、難関な偏差値を越えていかないといけません。それに対して、臨床心理系の大学院は粗製濫造的にたくさん作りすぎたのではないかと思います。昔はまだまだ本当に勉学したいものしか大学院へは行きませんでした。今では臨床心理士の資格を得るために、いわゆる頭の悪い=偏差値ですが学生が増えているという危惧を、多分ロテさんは感じておられるのではないかと考えております。その点は、私も大学院を作りすぎた弊害が出てこないのだろうかと、心配しているところではあります。
     私は「ふるいにかける」という過激な言い方をされたのは、その辺から危険を感じての発言ではないかと感じました。それによって、臨床心理士はやはり医者に比べたらあほばかりではないかと言われる可能性があるからです。実際、学歴社会の中でも、大学院は随分入りやすいところが結構あるんですよね。
     これは一般的な感想です。次にまたいつ通りかかるかは分かりませんが。頑張ってください。

  127. >通りがかりのものですさん
    コメントありがとうございます。
    > 論理以前の「ロテさんの高慢さに対する一種の反感」
    > から出てきているのではと思うのです。
    > これは阿世賀さんに限らず数名の方から、
    > 感情的な要するに「嫌い」という
    > 意見を聞いたことがあります。
    多分、私もそうだとは思います。
    阿世賀さんは単に「嫌い」だけじゃなく、アクセス数のことをやたらと持ち出してきたりする辺りを見ると、まあその辺には色んな感情が含まれているのだろうなぁとも思います。
    で、「嫌い」だったら「嫌い」とはっきり言っていただければいいのですが、それが言えないからこういうわけのわからないことになってしまうのではないのでしょうか。
    ただ、単に「嫌い」とか「腹が立つ」とか「ムカツク」と言われても、結局のところ「ああ、そうですか」としか言えないのですが…
    > 論理は感情を基にして、
    > 何とでも積み上げられるものですから。
    本来は論理と感情を分けて考えていただけないと、議論は進展しません。
    > 思うに、こういった学生が本当に
    > 「医師」に伍して、臨床心理士として
    > やっていけるのか・・・と危惧するものであります。
    「伍して」という辺りは違和感を若干感じますが、とりあえず「対等にやっていく」という感じなのでしょうかね。
    医学的知識に関しては医師の方が上でしょうし、臨床心理学の知識は(普通は)臨床心理士の方が上でしょう。
    専門性が異なるのだから、お互いにわからないところが教えあえばいいのですし、そうすることが臨床上プラスになれば非常に喜ばしいことだと思います。
    ・・・・・・・・・・
    で、私が危惧するのは医師との関係よりも純粋に治療上の問題だったりします。
    ぶっちゃけて言ってしまうと、頭が悪い人は臨床に携わってはいけないと思うのですよ。なぜなら一番被害を被るのはクライエント・患者なわけですから。
    初学者であっても「自分がどんな臨床をやっていて」「ケースをどのように運んでいるか」を表現する能力、誰かに伝える能力がなくては批判を受けることもないですし、そもそもスーパーヴァイズを受けられるとも思えません。
    もちろん「受験偏差値が低い」=「頭が悪い」というわけではないとは思いますが、とりあえず研究ができるかどうかでふるいにかけておくことくらいしかできないのではないかなぁ。
    その辺の粗製濫造の弊害については過去ログでも散々語っておりますので、よろしければご参照ください。
    > 私は「ふるいにかける」という過激な言い方を
    > されたのは、その辺から危険を感じての
    > 発言ではないかと感じました。
    本文はそれほど過激なことを言っているわけではないと思うのですが…いかがでしょうか?(というか、そもそも「ふるいにかける」という表現は元ネタとなったnocteさんの表現だったりするんですけどね)
    > これは一般的な感想です。
    いや。「一般的」かどうかはわかりませんよね。
    > 次にまたいつ通りかかるかは分かりませんが。
    > 頑張ってください。
    ありがとうございます。私なりに色々がんばっていきたいと思います。
    また機会があればコメントなどいただけるとありがたいです。

  128. >阿世賀浩一郎さん
    > 臨床能力という点では十分にあって
    > 研究能力は全くない臨床家が存在することまでは
    > ロテさんも否定されないことと思いますが
    いや、それは否定しますよ。
    「臨床能力が十分にあって研究能力が全くない心理臨床家」はいないと思います。
    この辺に関しては当ブログの
    研究と臨床カテゴリー
    http://blog.rote.jp/_7/
    の過去ログを時系列順に読んでいただけると、少なくとも私の主張はおわかりいただけるか。
    > どうも研究能力だけはかなりの自負を
    > お持ちのご様子のロテさんが
    過去ログにも書いてありますが、別に私は自分の研究能力が高いとは思ってないですよ。研究能力が低いからこそ、今の職場にいるという面はあるかと思います。
    > ひょっとしたら研究能力ほどには
    > 臨床能力に「自信がない」からこういうことを
    > いわれているのではないかという「誤解」を
    > 喚起しかねないご発言をなさる
    で、全くその通りで、研究以上に臨床は自身ないですよ。何度も言っているように、私はぺーぺーですし、未だにトレーニング中の身だと思っています。
    ただ、自分の能力の低さのためにクライエント・患者に不必要な負担は負わせたくないとは思っていますので、私なりには努力しているつもりです。
    > ロテさんは現実に臨床現場で働き続けているという
    > まさにその事実によりまして、ある水準以上の
    > 臨床能力があると関係者に認められていることを
    > 天下にお示しになったおられるからです。
    …意味がよくわからないのですが…「ロテ職人が臨床現場で実際に働いている」=「ある水準以上の臨床能力がある」ということですか?
    「ある水準」をどういう点にとるかはわかりませんが、前にも書いてあるように私なりに努力はしているつもりですよ。
    > それとも、「研究能力」の勉強なんて
    > 「臨床能力」の実践の片手間にできるはずの
    > 「ちょろい」ものであり、それもしていない人間は
    > 怠惰であるかあさもなければ
    > それだけの頭脳の持ち主ではないと
    > お考えなのでしょうか。
    私の書いた過去ログ、「理想の養成課程」シリーズをお読みいただければ、そう考えてはいないことがご理解いただけると思います。
    私の考える理想の臨床心理士養成課程Vol.3
    http://blog.rote.jp/2006/08/16-124500.php
    からリンクがたどれます。
    で、「研究能力の勉強」の意味はよくわかりませんが、この仕事をする限りは臨床実践に携わりながら研究は続けていく必要がありますよね?
    「事例研究」であっても「研究」というからには研究能力は当然必要であり、他者に対して論理的にケースの流れを説明していかないと、発表を聞く人、あるいは論文を読む人には理解できないですよね。そこでは論理的な思考能力などの「研究能力」が必要になるわけです。
    で、それができない人がSVを受けていなかったりすると(あるいはスーパーヴァイザーがとんでもない人間だったりすると)、真っ当な批判を受けることはできないし、結果的にまともな臨床なんてできないですよね。
    そして
    > それもしていない人間は怠惰であるか
    > あさもなければそれだけの頭脳の持ち主ではないと
    > お考えなのでしょうか。
    研究しない臨床家は怠惰以外の何物でもないと思います。繰り返しますが、「事例研究」(事例発表じゃないですよ)も研究ですから。
    > そのように受け取れる発言をなさることは、
    > 「エリート主義の鼻持ちならない人間である」という
    > 誤解を招きかねないので
    > お控えになる方がいいかと思います。
    えーと…それは能力のある人間以外は発言してはならないということですか?
    その辺は常に自戒を込めて語ってるつもりなんですがねぇ…。
    繰り返しになりますが言っていることがおかしければおかしいと言ってくださればいいわけですし、私がどの程度の能力を持っていて、どんな立場であるかはあんまり関係ないと思うのですがいかがでしょうか?

  129. >阿世賀浩一郎さん
    研究能力と臨床能力がどのように関連するかという点に関する私の仮説は、上記過去ログに書いてあります。
    一応、その仮説がどのように導かれるかというのは(私なりに)論理的に書いてあるつもりなので(つまり、その根拠は示しましたので)それなりにご理解いただけるかと思いますが、その仮説がなりたたないとしても、やはり「研究能力」は必要だと思います。
    ちなみに私の考える「研究能力」とは…これも過去ログに書いてあると思うので、それをご覧ください。
    とりあえず論理的に考え、論理的に破綻することなく自分の考えを述べるということは必須条件だと思いますが、それは実証研究のみならず事例研究においても必要です。
    で、このコメント欄で阿世賀さんもおっしゃっているように、批判されるのは大切ですよね。
    そもそもこの仕事って(職場環境によって異なりますが、基本的には)密室で行われるわけじゃないですか。で、自分から「こういうケースをやってます」と言わない限り、その人の臨床実践が批判されることってまずないと思うのですよ(まあ、よほどひどい場合にはクライエントからのクレームなんかもあるかもしれませんが…それはまた別のお話)。
    で、「こういうケースをやってます」と言うためには論理的に考えたり、論理的に自分の考えを述べることが必要になってくる…
    と言っているわけです。
    …とはいえ「カウンセラー」はとりあえず自称しちゃえばカウンセラーなわけですし、色んな人がいますからねぇ…他者からの批判を受けなくとも問題ない人はいるかもしれません。んでも、そうだとしたらその事態は問題だと思いますので、とりあえずタイトルは変えないでおきます。
    ただ…そもそもこのエントリで問題になっているのは「臨床心理士の養成課程で」という話なんですけどね(というのはお読みいただければわかると思いますが)。

  130. >言ってることわかりますか?わかるのならわかる、わからないならわからないと言ってください。その上で「それは違う」と思われるのであれば、なぜそれが違うのかということを説明してください。
    私の書き込みで、この部分、ロテさんの発言を意識的にコピぺしたことをお気づきかと思います。
    なぜ、コピペしたのかわかりますか?
    言ってることわかりますか?わかるのならわかる、わからないならわからないと言ってください。その上で「それは違う」と思われるのであれば、なぜそれが違うのかということを説明してください。

  131. >阿世賀浩一郎さん
    > 私の書き込みで、この部分、ロテさんの発言を
    > 意識的にコピぺしたことをお気づきかと思います。
    はい。気づきました。
    > なぜ、コピペしたのかわかりますか?
    >
    > 言ってることわかりますか?
    言っていることはわかります。コピペした理由を尋ねてらっしゃるんですよね?
    コピペしたのは阿世賀さんですので、その理由はわかりません。推測はいくらでもできますし、仮説はいくらでも立ちますが、こちらが勝手に決めつけてしまっても仕方ないですし、やはり「理由はわかりません」としか言いようがないです。
    よろしければその理由をお教えいただけますか?
    > その上で「それは違う」と思われるのであれば、
    > なぜそれが違うのかということを説明してください。
    えーと…この場合の「違う」は何が「違う」なのでしょうか?もしここで阿世賀さんが何かを主張されているのであれば、私の方で「違う」と言う可能性はあるかもしれません。
    しかし、ここでは阿世賀さんが質問されておりますので、それに対しては「違う」も「違わない」もないでしょう。
    この部分はおっしゃっていることがよくわかりませんので、よろしければご説明お願いします。

  132. 「なぜコピペしたか」とお尋ねしたのは、もっぱらコピペしたことにまでは気がつかなかった読者の注目を引くためです。
     そうすれば,私がコピペしたことの意図を察する頭のいい読者の方が「増える」と私は想像してやったことですので、既に目的は達したので、この件についてはお答えしません。
     なおこれに対して、またもや「こうやって質問に答えないから議論にならないのです」
    という発言は、頭のいい読者の方にはもういわなくてもわかっていますので繰り返さなくてもいいと思いますので念のため。
     ちなみに、ここでいう
    「頭のいい読者」
    というのは二通りに解釈できますね。
    読者の一部の頭のいい人、という意味と、
    読者は頭がいい、という意味と。
    私は両方の意味で使いました。
    …….論理的ではないことを言う人ですね。こういちろうは(^^;)
    *****
    ちなみに,私は経営者として、アクセス増よりも顧客様の増加にしか関心を持っておりません。
    アクセスというのは,敢えて言えばゲームです。私はアフィリエイト収入にほとんど全く期待していないので、それでいいのですね。
     もとより,顧客様の増加以上に、まずは目の前においでの顧客様に納得のいくサービスを重視しております。
     
     

  133. 私は、事例研究(論文や口頭で)発表をほとんどまるでしないというスタンス、ありと思っています。
    特に、これらのものが、クライエントさんの許可を必要とするという形になった以上、むしろ慎重にあせらないのが好ましい。
    私は、クライエントさんの許可というのを、論文や発表内容についてクライエントさんに閲覧してもらい、承諾を得るという水準でしか考えていません。なぜなら、クライエントさんが読んだら「ほんとうに私の話か?」と仰天するするような事例発表は、わい曲の意図が全くない場合ですら実に容易に生じるし「そのようなものが学界に評価されても無意味」と考えているからです。
     つまり,事例研究(自分で自分のためにやるのは別)はすべてカウンセラーの「行動化」であるという,過激な見地にたってもいいとすら思っているんですね。
     あとは、むしろ、クライエントさんからの自分のカウンセラーへの苦情受付カウンセリング(?)の第3者機関を充実させる方がいいくらいかもしれないとすら思います。それであまりにも多くのクライエントさんから苦情が寄せられる例について機関が更に審査して,資格継続審査の際に役立てる、というシステムも面白いと思っています。
    突飛な発想かもしれませんが。
    要するに、カウンセラーに対するカウンセラーの評価よりもクライエントさんの評価(もっぱらnegative因子のみ)を最初の基準にする。
    これは,何かと言うとクライエントさんの病理のせいにして済ませる弊害を減ずると思います。

  134. >阿世賀さんは単に「嫌い」だけじゃなく、アクセス数のことをやたらと持ち出してきたりする辺りを見ると、まあその辺には色んな感情が含まれているのだろうなぁとも思います。
    単に『嫌い」なら、わざわざ「嫌いだ」なんて書きに来ないでしょうね。
    私の中に、ロテさんのスタンスの中に、若い臨床家に悪影響を与える側面があると感じて介入しているという面はあると思います。
    そこにある種の「おせっかい」の心情があり,今度はその「おせっかい」の心情の持つ意味は何かを自分でみつめる必要があるとは感じて、みつめることをやりながら書いているつもりでいます。
    あるいは、ひょっとしたら,寂しいのもあるのかもしれない。話し相手が欲しいのかもしれない。嫌いというより愛しているのかもしれない(^^; キモチワルイ?)
    まあ、ロテさんの方がアクセス数多いのに「ひがんで」いて、ロテさんからアクセスのおこぼれに少し預かれればもうけもの式の感情もあるかもしれない。でも、私はそのことを「目的として」長居をするつもりはありません。
     もとより、ロテさんは別に真鍋かをりさんやしょこたんのようなアクセスがあるわけではない。実は似たりよったりの水準のアクセス数だと醒めて見ているところもありますが。
     ある意味では、自分のサイト(および,職場)を宣伝するための「道場破り」だとおもわれてもいいとすら思ってますよ。
     もちろん、そこでなされている議論に有効なことをしているという評価ということを私なりに大事にしたいと思います。
     私にとっては、ロテさんの評価より、ここでコメントを書かない大多数の読者の評価であり、それは自分のサイトや職場のお客さんの数にも反映すると思っています。
     まあ、こういうことはあっさり書いておきます。
     

  135. >阿世賀浩一郎さん
    > 「なぜコピペしたか」とお尋ねしたのは、
    > もっぱらコピペしたことにまでは気がつかなかった
    > 読者の注目を引くためです。
    >
    >  そうすれば,私がコピペしたことの意図を
    > 察する頭のいい読者の方が「増える」と
    > 私は想像してやったことですので、
    > 既に目的は達したので、この件については
    > お答えしません。
    何がおっしゃりたいのか全くわからないのですが…
    > なおこれに対して、またもや
    > 「こうやって質問に答えないから
    > 議論にならないのです」
    >
    > という発言は、頭のいい読者の方には
    > もういわなくてもわかっていますので
    > 繰り返さなくてもいいと思いますので念のため。
    ということは、阿世賀浩一郎さんは「こうやって質問に答えていないことが、議論を成立させていない」ということに気づいてらっしゃると理解してもよろしいでしょうか?
    > …….論理的ではないことを言う人ですね。こういちろうは(^^;)
    とおっしゃっているのは、論理的でないことをご自覚していながら、それを改める気はないと判断してもよろしいでしょうか?
    > ちなみに,私は経営者として、アクセス増よりも
    > 顧客様の増加にしか関心を持っておりません。
    >
    > アクセスというのは,敢えて言えばゲームです。
    > 私はアフィリエイト収入に
    > ほとんど全く期待していないので、
    > それでいいのですね。
    とおっしゃる割には
    > 1.ネットの中でちょっとしたアクセス数が出て来ると、
    > 自分が結構大きな影響力を持っているかのような
    > 思い込みに知らず知らずのうちにとらわれる
    > (中略)
    > という側面から、私も自由ではなかった
    (Posted by: 阿世賀 浩一郎=こういちろう | 2007年04月23日 10:47)
    > 臨床系の学部や大学院にお入りになったばかりの
    > 人たちの中には、いろいろな不安やとまどいの中で、
    > 思わず、少なくともネット上でのアクセス数では
    > 日本でトップのひとつのこのサイトにヒントを
    > 探しに来られる層がかなりあるかと思います。
    (Posted by: こういちろう | 2007年04月23日 17:31)
    > 少なくともロテさんは現実世界で
    > 臨床心理士であることは肯定して
    > ネット活動をなんさり、これだけのアクセス数を
    > 獲得されている以上果たすべき責任と考えます。
    (Posted by: こういちろう | 2007年04月23日 17:31)
    > ただ、残念なことに、ロテさんの「この」
    > 発言直後に私のブログのアクセス数が
    > 増える兆候は全くなかったですね
    > (アクセス数は私が最初のコメントを
    > させていただいた時点で増えたまま、ほぼ同水準です)。
    (Posted by: こういちろう | 2007年04月24日 14:53)
    > 一番問題なのは、このサイトと同じくらいに
    > 有名でアクセス数のある臨床系サイトが
    > 他にほとんどないという現実であり、
    > それはひとえに臨床心理士個々人の怠慢
    > に帰されるものと私は理解しています。
    (Posted by: こういちろう | 2007年04月24日 17:55)
    と、私からするとずいぶんとアクセス数にはこだわっているように思われるような記述が多い印象を受けます。
    > ロテさんは別に真鍋かをりさんや
    > しょこたんのようなアクセスがあるわけではない。
    > 実は似たりよったりの水準のアクセス数だと
    > 醒めて見ているところもありますが。
    ええ。全くその通りですので、是非ともそうしていただきたいと思います。

  136. >阿世賀浩一郎さん
    > 事例研究(論文や口頭で)発表をほとんど
    > まるでしないというスタンス、ありと思っています。
    そうですか。それで良いと思ってらっしゃるのであれば、お話にならないですね。
    で、阿世賀さんは
    > 「そのようなものが学界に評価されても
    > 無意味」と考えているからです。
    と書いてらっしゃいますが、私は「学界に評価されるため」に研究をするという話はしていないのですけどね。

  137. >阿世賀浩一郎さん
    > もちろん、そこでなされている議論に
    > 有効なことをしているという評価ということを
    > 私なりに大事にしたいと思います。
    「そこでなされている議論に有効なことをしているという評価ということ」の意味がさっぱいわからないのですが、阿世賀さん自身が論理的でないということに気づきながらそれを改めるよう努めていなかったり、あるいは私との対話の中で自覚的に質問に答えていなかったりということが、「議論に有効なことをしている」ですか?
    全く意味がわかりません。
    > 私にとっては、ロテさんの評価より、
    > ここでコメントを書かない大多数の読者の
    > 評価であり、それは自分のサイトや職場の
    > お客さんの数にも反映すると思っています。
    結局「数」にこだわってるんじゃないですか。
    ・・・・・・・・・・
    …おっしゃっていることがあまりにも意味不明でこちらとしては困惑するしかありません。

  138. >ぶっちゃけて言ってしまうと、頭が悪い人は臨床に携わってはいけないと思うのですよ。なぜなら一番被害を被るのはクライエント・患者なわけですから。
    だとすると,私の基準からすると、ロテさんはすごく「頭の悪い」人になります。申し訳ないけど。
    ……あ、ここで、ネット人格と臨床現場は別、といういつもの話はなしにしましょう。「別」というのは、あくまでも、「性急に,安易に推測し,決めつけるべきではない」ぐらいの意味のはず。ネット人格に,その人の日常での性格や臨床場面での対応のあり方は「全く」現われていないという極論まではロテさんもお考えではないでしょう。もそうなら、それこそR-testでその人の計画がわかる筈がない(すべてとらえきれないのは言うまでもなく)というのと同じことになるかと思います。その一方、他のテストとのバッテリーを組まなくても、R-testのブラインドだけで,その人かどういう人か生き生きと描き出せない人間はR-Testの判定者としては熟練者とは言えないという意見もあることは私も存じていますが。
     その点からすると,私から観ると,少し前の別の書き込みであった、ロテさんの「生育歴等を聴取しないとアセスメントできない」というのは私は甘いと思います。1時間話を聴いて、あとで生育歴の情報が入って来ても、ほとんど外れのない,確率予報つきのアセスメントが出来ない人は臨床家としてまだまだですね。
     そして,生育歴の情報がむしろ「自己成就的予言」を生み出し、まさにアセスメントに「ふさわしい」クライエントさんを「生み出す」場合があること,これは結構ありふれているというのが私の考えです。もとより,甘さにこうした可能性まで考慮に入れてアセスメントを出来ない人間はアセスメント能力なしとも言えるかと思いますし、ロテさのそのようにお考えかもしれませんが。
     さらに「生育歴聴取」というクライエントさんへの、面接関係初期における意図的な働きかけが,クライエントさんに「侵入的」になり、それこそ病理を深めたり、治療関係そのものにマイナスになる場合もあることは言うまでもないことでしょう。
     なお,ある意味で、私がこのサイトでの書き込みにおいて,「自分のチャンネルを執拗なまでに維持」し、ロテさんの質問になかなか答えないことは、ある意味で、ロテさんと私、という固有の関係の中で私が「選択」しているスタイルです。
     つまり、ネット上でいつもこうした応答をしているわけではないつもりです。
     そして、そのスタイルに示唆を与えているのは、中井久夫先生の著作であるということまでは言明します。ここまでで、中井先生の著作に詳しい人だと、私が何を言いたいのか、ツーカーで典拠は伝わる人はたくさんいますので。
     ここで,それが適切であるか否かを別として,私がどういう「仮説」を立てているかを外れることなく推理できない人は、「私は中井先生の本に明るい」という資格はない,まだ勉強不足と思います。何冊かの本で「繰り返し」お書きのことですから。
     理解できないのが「自分のせい」という思考法が、ロテさんには乏しい過ぎる(多過ぎるのも考えものですが)、という印象を受ける人も少なからずいることを信じつつ。
     少なくとも、
    「自分がわからない→相手の人がわかるように説明してくれないのが問題である」
    という論理パターンがむやみに多い人、とは少なからぬ感じさせていそうだなと。
     繰り返しますが、ロテさんのいう
    「相手が論理的ではない」
    はすべて、
    「自分がわからない」
    と、読み替える方が誤解が生じない。

    「自分がわからない」だと、その原因を「自己帰属」するか「相手に帰属」するかの両方に開かれているからです。
     「私メッセージ」の方がコミュニケーションがうまく進む、とはゴードンの「親業」にもありますが(^^)
    >> 私にとっては、ロテさんの評価より、
    >> ここでコメントを書かない大多数の読者の
    >> 評価であり、それは自分のサイトや職場の
    >> お客さんの数にも反映すると思っています。

    >結局「数」にこだわってるんじゃないですか。
     
    見事に私の誘いに乗る応答をしないでください。
    私は、数も「気にして」います、でも,数に「とらわれ過ぎてもいない」つもりです。
    ということをつたえているのはかなり明白かと思います。
    これを論理的でない、わからないという人は、「人間を」相手にすることをおやめになることをお奨めいたします。
    さまなければ「揚げ足取り」と人は呼ぶでしょう。
    少なくとも、『頭がいい」とは思わないでしょうね。事例研究能力が大いに心配です。
     少なくとも,ネットで関わって来た人と現実にコミュニケーションをとってみたら、「この人はネットではなぜああいう印象を与え,ああいう行動をとるのか」というギャップについての、かなり説得力のある仮説が
    初学者であっても「自分がどんな臨床をやっていて」「ケースをどのように運んでいるか」を表現する能力、誰かに伝える能力がなくては批判を受けることもないですし、そもそもスーパーヴァイズを受けられるとも思えません。
    >で、それができない人がSVを受けていなかったりすると(あるいはスーパーヴァイザーがとんでもない人間だったりすると)、真っ当な批判を受けることはできないし、結果的にまともな臨床なんてできないですよね。
     スーパーバイザーの力があれば、カウンセラーから事例の適切な言語化能力を「いくらでも引き出せ」、訓練できる筈ということはお認めみたいですね。私はこれができない人はスーパーバイザー「やってはならない」と「断固として」考えています。
     『お前は事例の論理的表現力がない」と,同じスーパーバイジーに繰り返しいう程度のスーパーバイザーは、教育者としてとんでもねえ責任逃れをするタイプで、それこそ真っ先に「ふるいにかけれれる」べき存在と確信しています。そのスーパーバイザーひとりによって「磨けば光る」可能性がある臨床家10人が「あやまって」ふるいにかけられる危険が大きいので。
     見方を変えれば,そういうスーパーバイザーを「見限る」ことも、若い臨床家に必要な「自己責任」という論も立てられるでしょう。
     だいたい,同じ大学の同じ先生に学ぶだけでまなびおおせるなんていう発想は「甘え」ですし、あるスーパーバイザーとうまくいかない時に「交代できる」システムを持たない臨床教育機関は、システムが未整備であるか、権威的に過ぎます。

  139. >もとより,甘さにこうした可能性まで考慮に入れてアセスメントを出来ない人間はアセスメント能力なしとも言えるかと思いますし、ロテさのそのようにお考えかもしれませんが。
    この部分、「甘さに」を消すのを忘れました。
    >もとより,こうした可能性まで考慮に入れてアセスメントを出来ない人間はアセスメント能力なしとも言えるかと思いますし、ロテさのそのようにお考えかもしれませんが。
    こうしないと、ロテさんでなくても意味が分からなくなる可能性が高いことは,私も了解しますので(^^)
    (ちなみに、私が、こうしたことを「苦笑しながら」書いているという場面を想像して,余計な「感情のノイズ」を想定されないことを読者にも希望いたします)

  140. >なお,ある意味で、私がこのサイトでの書き込みにおいて,「自分のチャンネルを執拗なまでに維持」し、ロテさんの質問になかなか答えないことは、ある意味で、ロテさんと私、という固有の関係の中で私が「選択」しているスタイルです。
    こういう「スタイル」の人を相手にカウンセリングならともかく、建設的な討論は成立するのでしょうか。
    勝ち負けだけが問題なら、そういうスタイルもありでしょうが。
    僕もロテ職人さんのお取り巻きの1人として、なんとかこういちろうさんの書かれる事を理解しようと思ってきましたが、虚しい努力だったという事がようやくわかりました。こうした文脈で中井先生のお名前を持ち出されると、激しく腹が立ちますね。

  141. >afcpさん
    はじめまして。
    私のやり方は「絶対に勝てない」やり方なんですけど…..。
    勝とうとか思ったら、真っ先に避けるやり方です。
     ちなみに、これはそれこそロテさん的な突っかかりかもしれなけど、
     中井先生の「名前を出したから」腹が立つのなら「非論理的」ですね(^^)
     中井先生が私が「ピンポイントで示唆したも同然」の著作でお書きのことについて、ロテさんに当てはめることへの意義なら論理的です。
     ちなみに、これは、私はセラピーの問題として考えてはおらず、日常の対人関係、いわんや討論の場ですら適切と考えています。
     ロテさんは「文字の上で書くこと」と、実際に論理の進め方の上で採っているものがかなり矛盾する方ですので。
     実はロテさんの方もまた、実は「生産的な議論」において非協力的でもあるという側面が看過できないうちは、「木を観て森を観ず」と思いますよ。
     それこそ、「形態水準の高い部分反応」はそこそこ多くても、全体反応やラージMに乏しい議論の場だなと感じてます(^^)

  142. 初めて投稿します・・。
    僕は某大学で心理学を専攻しているものです・・。来年は院へ進学しようと思っています。

  143. こういちろうさん
    私はあなたと討論をするつもりは全くありません。
    先のコメントに書いたように、相手の質問に答えないというスタイルを、討論の場で選択する事に何らかの意味があると考える方と、議論や討論をするつもりはありません。よって私はあなたの討論の相手ではありません。
    私はあなたに対する諦念と不快感を表明したまでです。
    最後に。
    これまでにロテ職人さんが参加されたいくつかの議論がそれなりに建設的であったという事実と、今回の議論が著しく不毛なまま終わりそうであるという予測から導き出される、帰納的な結論があるように思います。

  144. 過去のロテさんの議論全体を否定するつもりなどまるでありません。若い臨床家の皆さんにとって有益な議論がされていることが少なくないことも否定しませんし、ある意味で、ロテさんがたどり着いたスタイルが、恐らく過去の経験と反省の元に成立したであろうことも否定しません。
     ただ、恐らく、ロテさんは、いつの間にか自分の編みだした方法論に酔ってしまっている。そして「開かれた議論」という名の「閉じられた議論」になり、ある柔軟性を喪失してきたことの気がついていないように思います。
     気がつかないうちに「議論ファシズム」の独善になっていることに。
     ある観点からすれば、私はこのサイトに「悪者になるために」参りました。
     どしどし憎悪と嫌悪を向けてくださり、それこそ学会で私の発表や質問にどしどし鋭い反論や質問を入れてくださる皆様が育つことこそを私は祈っています。

  145. わかったふりをするみかけだけの受容は有害です。
    しかし「わからない」としかいえないのも有害ですし、「これはこのような意味なのか」という発言をする際にも、あまりにとんちんかんなことだけ返ってきたら、それを修正する意欲そのものを失うのが普通です。
     その責任を修正を返さない人間にのみ帰すことはできません。
     必要なのは、安易に「わかった」とも言わず、「わからない」とも言わないことの宙ぶらりんに耐えて、「生き残る」ことと思います。

  146. わかったふりをするみかけだけの受容は有害です。
    しかし「わからない」としかいえないのも有害ですし、「これはこのような意味なのか」という発言をする際にも、あまりにとんちんかんなことだけ返ってきたら、それを修正する意欲そのものを失うのが普通です。
     その責任を修正を返さない人間にのみ帰すことはできません。
     必要なのは、安易に「わかった」とも言わず、「わからない」とも言わないことの宙ぶらりんに耐えて、「生き残る」ことと思います。
     これは、議論にも臨床にもネットにもとどまらない、「普遍」でしょう。

  147. わかったふりをするみかけだけの受容は有害です。
    しかし「わからない」としかいえないのも有害ですし、「これはこのような意味なのか」という発言をする際にも、あまりにとんちんかんなことだけ返ってきたら、それを修正する意欲そのものを失うのが普通です。
     その責任を修正を返さない人間にのみ帰すことはできません。
     必要なのは、安易に「わかった」とも言わず、「わからない」とも言わないことの宙ぶらりんに耐えて、「生き残る」ことと思います。
     これは、議論にも臨床にもネットにもとどまらない、「普遍」でしょう。

  148. わかったふりをするみかけだけの受容は有害です。
    しかし「わからない」としかいえないのも有害ですし、「これはこのような意味なのか」という発言をする際にも、あまりにとんちんかんなことだけ返ってきたら、それを修正する意欲そのものを失うのが普通です。
     その責任を修正を返さない人間にのみ帰すことはできません。
     必要なのは、安易に「わかった」とも言わず、「わからない」とも言わないことの宙ぶらりんに耐えて、「生き残る」ことと思います。
     これは、議論にも臨床にもネットにもとどまらない、「普遍」でしょう。

  149. わかったふりをするみかけだけの受容は有害です。
    しかし「わからない」としかいえないのも有害ですし、「これはこのような意味なのか?」と問い質す際にも、あまりにとんちんかんなことだけ返ってきたら、相手はそれを修正する意欲そのものを次第に失うのが普通です。
     その責任を修正を返さない人間にのみ帰すことはできません。
     必要なのは、安易に「わかった」とも言わず、「わからない」とも言わないことの宙ぶらりんに耐えて、「生き残る」ことと思います。
     これは、議論にも臨床にもネットにもとどまらない、「普遍」でしょう。
    「わかった」とも「わからない」とも安易に言わないことに耐えられること
    わかったふりをするみかけだけの受容は有害です。
    しかし「わからない」としかいえないのも有害ですし、「これはこのような意味なのか」という発言をする際にも、あまりにとんちんかんなことだけ返ってきたら、それを修正する意欲そのものを失うのが普通です。
     その責任を修正を返さない人間にのみ帰すことはできません。
     必要なのは、安易に「わかった」とも言わず、「わからない」とも言わないことの宙ぶらりんに耐えて、「生き残る」ことと思います。
     これは、議論にも臨床にもネットにもとどまらない、「普遍」でしょう。

  150. なかなかアップロードされないもので(あくまでも私の側の接続事情のようです)やりなおすうちにいくつも掲載されてしまったようです、申し訳ありません。
     最後に至っては内容の一部まで重複してしまいまして…..m(_ _)m

  151. > なお,ある意味で、私がこのサイトでの書き込みにおいて,「自分のチャンネルを執拗なまでに維持」し、ロテさんの質問になかなか答えないことは、ある意味で、ロテさんと私、という固有の関係の中で私が「選択」しているスタイルです。
    > つまり、ネット上でいつもこうした応答をしているわけではないつもりです。
    ここまでは、私の伝えたかったことですが、この後の部分、
    >そのスタイルに示唆を与えているのは、中井久夫先生の著作であるということまでは言明します。
    この点は不要な発言であったと思います。
     ロテ職人さんと読者の皆様にお詫び申し上げます。

  152. ご覧になっている皆様、初めまして。私は臨床心理とは関係ないことに従事しているものです。
    よってこの世界の詳しいことはよく存じませんが、いわゆる精神疾患に苦しんでいる方と関係を持つことがしばしばあり、その方に対して私がいったい何がして差し上げれるのか、また社会の問題としてどのようなサーヴィスの可能性があり得るのか関心を持ち続けております。
    さて、この一連のやりとりを関心深く拝見しております。私もしばしばこのような議論の進展の無さを経験します。私の議論での立場はロテ職人さんと同じで議論を論理的に進めようとしても相手からどうしても非論理的な回答しか帰ってこない場合があります。
    「場合がある」といいますが、むしろいい議論になることはすくない、もっと言うならばほとんどないといっても言いすぎではないでしょう。
    ここで言う「いい議論」とは、すべての発言に論拠があること、オリジナルな表現を極力廃し、一般的な標準表現に勤めること。つまり、議論に参加する人すべてが同じフォーマットを使うことでしょう。それがマナーであり、ルールです。
    でもそういったマナー、ルールが身に付いている人はそうでない人より圧倒的に少ないというのが私の印象です。
    私は阿世賀さんはそういったことが身に付いていらっしゃらない方と思います。よってスムースな議論は成立しないでしょう。
    よってロテ職人さんがおっしゃている通り、これ以上のやりとりは不毛であり、止める自由と権利があるでしょう。
    でも、このようなすれ違いがあるからこそ分かり合えた、そこまでいかなくてもすれ違う相手に自分の意見の一部でも理解してもらえたような気がするところまで死力を尽くして、手を変え品を変えようやく行き着いたらとても楽しくないでしょうか。
    ロテ職人さんは今までの議論歴にそういう経験はございませんか。やはり「だめだこりゃ、話にならんわ」で止めてしまったでしょうか。
    ネットでのやりとりは難しいですね。ここまでいってしまうのはネットならではという感想を持ちます。
    是非、お二人でノミニケーションに行かれたらどうですか。どっちに転がるにしろお互いにいい人生経験になりそうです。
    阿世賀さんは「不思議ちゃん」かも知れませんが強暴な人ではなさそうです。ロテ職人さん、恐れることはなかれ、です。
    書き出し直後はもっとシリアスな結論に至るつもりがオヤジの戯れ言のようになってしまいました。駄長文失礼。

  153. 阿世賀さんへ
    前文にて貴殿に対して「議論のルール、マナーが身についていない人」といったようなことを失礼ながら申し上げました。
    やはり、議論の相手が論理に基づく発言を望んでいるのならそれに付き合うべきでしょう。阿世賀さんの発言は直感的、連想的であり、特有の阿世賀節なのでそれでは話が噛み合いませんよ。
    相手がそれを望んでいるならかまわないとは思いますが。
    また本題である「心理職に向いていない人をふるいにかける」という意見に対しての反論として
    > これを読んでいる、なりたての臨床系院生たちが
    > どんな思いで読んでいるかにも十分なご配慮のほどを。
    とのべられておりますが、何かちょっとその大義名分はピンと来ないんですね。
    「心理職に向いていない人をふるいにかける」という題目に対して、またその発言者たるロテ職人さんに対しての反感の本当の理由はもっとパーソナルな部分から起こっているような気がします。
    つまり阿世賀さんが心理職を志す過程において「あなたは心理職に向いていない」という周りからのプレッシャーなどがあってそのことが心理的な傷として残ってはいないでしょうか。このことがこの議論の噛み合わなさにつながってはいないかと。
    まったく私の直感による発言でまた人の気持ちに土足で立ち入るような失礼な発言ですみません。
    ロテ職人さんへ
    私は「~をふるいにかける」という考えについては率直に申しまして反対です。ふるいにかけるまでも無く市場がその役割を自然と果すからと考えるからです。
    研究能力と臨床能力の相関はわかるわけが無いわけで、なぜそのような発言を責任ある立場の方がおっしゃってしまうのか理解に苦しみます。
    「ふるいにかける」のはクライアントですし、雇用者でしょう。
    ただし、心理職に向いていないと思われる仮免取得者をその個人が全責任を引き受けて「ふるいにかける」ならば、それは素晴らしいし大変愛情深い行為です。
    長く心理士教育にかかわっていらっしゃる方でしたら「向き不向き」ってわかるものだと思いますから。
    また「ふるいにかける」というは姑的ネガティブ発言だと考えるからです。
    今後の心理職の発展を考えたら「ふるいをかける」のではなく、「いかに適性を持った若い人(いやいや人生の大先輩も結構!)を見出しこの世界にはいってもらうか」がポジティブな発想であり、そのように思っていただきたいと希望します。
    心理職の業務はしばしば逆に人の心を傷つけてしまう恐れがあり(大なり小なり傷つけるのは避けられない?)、「命に関わる」業務です。ゆえに私としても適性の無い方にやっていただきたくない。その重大さから「ふるいにかける」という発想がでるのもあり得ることです。
    タクシーの運ちゃんも鳶のニーちゃんも「元ヤン」の看護士ネーちゃんも心理職以上に命を預かって仕事してます。決して心理職だけが特別ではありません。
    「ふるいにかける」という発想を持つ前にまず臨床に関わる心理士一人一人がしっかりその責任の重みをしっかりと感じ背負っていただきたい。
    容易にその重責を「ふるいにかける」といったように外の人に向けるのではなく、是非ご自身に向けていただきたい。

  154. 思うにネットに書き込む動機というのが、けしてロテ職人さんが言うようなそしてロテ職人さんが引用する「議論の仕方」を参照するような、狭義の議論。ではないと思うのです。コミュニケーションのあり方として新らしくもあるが同時にプリミティブというか、自己顕示、他への攻撃性の発露(自己が保存されることの確認)、自己との対話、味方の募集(自己のイメージの中での)、楽しさの追求、であって他を利するなどということは必ずしも考えられていない。それはやはりコストが非常に低いことから可能になっている。高度な教育や訓練を受けているからといって(またはそうであればこそなおさら)、稚拙で幼稚(倫理的に悪いことではない、刑事罰に当たらなければ。)な欲求がなくなるわけではない。一方で半プライベート半オフィシャルのような場面での書き込みが炎上の元になる(が実害がない?)ような事態を見ると、ネットコミュニケーションが整備されればされるほど、秘密が守れ(て万が一守られなければ訴訟の相手にできる人)る人(稚拙の反対語)との現実のコミュニケーションが大事になっていくのかなと感じました。またネットコミュニケーションでは狭義の議論ではなく直感的連想的なブレインストーミング的な書き込みへの寛容性が重要ではないかと感じました。鳶職人さんや看護士さんやタクシードライバーの方よりも心理職においてより重要とされること、自分がどういうロールをこなしあるいは担わされているか感じ考えてコミュニケーション相手との相互作用を自覚すること、なのかなぁ。なんだかありきたりだなぁ。

  155. >普通の人さん
    コメントありがとうございます。
    > 私の議論での立場はロテ職人さんと同じで
    > 議論を論理的に進めようとしても相手から
    > どうしても非論理的な回答しか帰ってこない場合が
    > あります。
    > 「場合がある」といいますが、むしろ
    > いい議論になることはすくない、もっと
    > 言うならばほとんどないといっても
    > 言いすぎではないでしょう。
    匿名、あるいは仮名での議論ならまだしも、少なくとも私の感覚からすれば、実名を出して議論に参加する以上は「この人、おかしいんじゃない?」と思われないように気をつけるものだと思うのですよ。私の感覚からすれば。
    「自分の発言に責任を持ちたいから実名で発言する」というのはそういうことだと思うのですが…。「どう思われようが構わない」とか、あるいは「どう思われているのか気づくことが出来ない」人が相手だったりすると、まあ議論は成立しませんよねぇ。
    ですので、ネットで実名を出しながらそれが出来ていない人というのは、実際に会っても同じなんじゃないかと思わざるをえなかったりします。
    なわけで
    > 是非、お二人でノミニケーションに行かれたらどうですか。
    > どっちに転がるにしろお互いに
    > いい人生経験になりそうです。
    > 阿世賀さんは「不思議ちゃん」かも知れませんが
    > 強暴な人ではなさそうです。ロテ職人さん、
    > 恐れることはなかれ、です。
    前にも言いましたが、怖くはありませんが気持ち悪いので嫌です。これだけ他人の話を聴かず自分の話しかしない人と飲んで余計な疲労を感じたくありません。

  156. >普通の人さん
    > 私は「~をふるいにかける」という考えについては
    > 率直に申しまして反対です。
    > ふるいにかけるまでも無く市場がその役割を
    > 自然と果すからと考えるからです。
    私もそう思わないでもないのですが、普通の人さんが
    > 心理職の業務はしばしば逆に人の心を
    > 傷つけてしまう恐れがあり
    > (大なり小なり傷つけるのは避けられない?)、
    > 「命に関わる」業務です。
    とおっしゃっているように、心理職は「命に関わる」職業です。
    最初から全てのケースが成功するなんてことはありえませんが、クライエントがリスクを負うような事態はできる限り避けるべきなのではないでしょうか?
    > タクシーの運ちゃんも鳶のニーちゃんも
    > 「元ヤン」の看護士ネーちゃんも心理職以上に
    > 命を預かって仕事してます。
    > 決して心理職だけが特別ではありません。
    別に心理職を特別だと思ってはおりません。普通の人さんが挙げられた職業同様(鳶についてはちょっと遠いような気もしますが)、命を預かる仕事であり、同じくらい厳しく「ふるいにかけられる」必要があると思います。
    で、タクシーの運転手さんの場合は普通二種運転免許の試験がありますし、死亡事故などを起こさない限りは市場によってふるいにかけられる程度で問題ないでしょう(サービスの質は様々でしょうが)。
    看護師の場合は、現在は新人の高い離職率が問題になっておりそういう意味では(良かれ悪しかれ)ふるいにかけるシステムが働いているのかもしれません。
    で、現在の心理職養成のシステムを考える際、明らかに供給過剰であり、同時に粗製濫造という問題が生じております。そうした背景を考えると、やはりどこかでふるいにかけておくのはクライエントのためであり、そして志望者本人のためにもなるのではないかと私は思うのです。
    > 容易にその重責を「ふるいにかける」と
    > いったように外の人に向けるのではなく、
    > 是非ご自身に向けていただきたい。
    別に現在の私が「ふるいにかける」立場にいるわけでもなく、むしろ「ふるいにかけられる」立場と言った方が適切かもしれません。
    だからこそ自戒を込めつつ、このエントリでは「ふるいにかける」という言葉を使わせていただいた次第であります。
    …って前にも言いましたが、「ふるいにかける」という言葉自体は心の探求、あるいは夜の世界(http://nocte.cocolog-nifty.com/main/2007/04/post_c7d7.html)でnocteさんが使われていた言葉であり、その割に向こうでのコメントがやたら少ないのはどういうこっちゃ?と思わざるを得なかったりもするわけなんですが。

  157. >さんちゃんさん
    コメントありがとうございます。
    > 思うにネットに書き込む動機というのが
    「動機」なんてのは問題じゃないと思うのですが。
    「相手の話を聴く」「相手の話を理解しようと努力する」「自分の話だけをしない」というのは、コミュニケーションを成立させようと思ったらごくごく当たり前のことではないでしょうか?
    私の言っていることの方がどこかおかしいのでしょうかねえ?


  158. >阿世賀浩一郎さん
    私の質問に対するレスはまだですか?待ってるんですが…。
    私のレスは基本的にいつも「期待通り」「予想通り」(で、笑えてくるんでしたっけ?)な阿世賀さんですから、この反応も恐らく予想通りなのでしょう。
    でしたら、私がどの質問に対する回答を求めているかもおわかりのことと思います。
    お手数ですが質問に対するご回答よろしくお願いします。

  159. ロテ職人さん
    ご丁寧なご返答をしていただきありがとうございます。
    今、議論のテーマである「ふるいにかける」ことの是非について、私は反対の立場を表明しておりロテ職人さんとは逆の立場ですが、おそらく「クライアントの為になる良質な心理職を養成するシステムはいかにあるべきか」という大前提においては同じ関心を持っておられると思いますので、もう少しこの議論に参加させていただきたいと思います。
    確かに阿世賀さんは独自のワールドと言葉でもって表現される方なので、意思の疎通を図るのは大変だと思います。
    私の対人関係において心がけていることが御座いまして、「今まで付き合ったことの無いタイプの人と合ってみよう、苦手なタイプとも近づいてみよう。新たな発見、自己成長のきっかけのチャンスあり」というもので、その観点から「一緒に呑んでみたら」などと申しました。
    ですから私の価値観の押し付けから申し上げたまでで、
     >これだけ他人の話を聴かず自分の話しかし >ない人と飲んで余計な疲労を感じたくあり  >ません。
    ということでしたらそういうことでよろしいかと存じます。
    ネットでのコミュニケーションということもあるとは思いますが、阿世賀さんとのやりとりから感じるのは、揚げ足の取り合いというか、乱暴、攻撃的になっていらっしゃるようです。
    「第三者から観てそういった印象を受ける」ということだけ申し上げておきます。
    さて、ロテ職人さんの「現在の心理職養成のシステムを考える際、明らかに供給過剰であり、同時に粗製濫造という問題が生じております」というご意見について質問と感想を申します。
    門外漢の私の印象では「供給過剰」というのは意外でした。確かに「心理職の求人」という意味ではそうなのでしょうが、「社会の心理的ケアへの期待、要求」という意味ではまったく心理職(心理ケアサービスを提供する者)は全く足りていないと思っているからです。
    心理的ケアに公的財源でもって下支えしていない現状においては心理職は「供給過剰」なのでしょうね。そういう意味で私は「市場原理に任せればいい」といったことを申したのです。
    また「粗製濫造」についてですがそのように判断される理由はどのようなことからでしょうか?質の悪い教育を行っている大学院が急増しているということでしょうか?
     >nocteさんが使われていた言葉であり、そ  >の割に向こうでのコメントがやたら少ないの >はどういうこっちゃ?と思わざるを得なかっ >たりもするわけなんですが。
    そういわれればそうですねー。たまたま初めにこのサイトを訪問したからということもありますが、ロテ職人さんはきちんと受け答えをされている方のようですから思わず書き込みました。実は私、ネットで書き込みということをするのが今回が初めてです。宜しくお願いします。

  160. すいません。前述のAnonymous は私「普通の人」です。
    また引用の「>」の使い方が間違ってますね。以後気を付けます。

  161. たびたびすいません。上記投稿は私、「普通の人」です。

  162. >普通の人さん
    コメントありがとうございます。
    > 門外漢の私の印象では
    > 「供給過剰」というのは意外でした。
    「心の専門家」の必要性を叫ぶ人は多いのですが、05/03/02のエントリ
    【市場調査】本当に医療系心理職の需要は高いのか?【してる?】
    http://blog.rote.jp/2005/03/02-201142.php
    でも触れたように、(医療系に限らず)心理職がどういう根拠でどの程度必要なのかについて明確に示している人というのは未だに見たことがないのですよ。少なくとも私は。
    確かに「優れた」心理職の人がたくさんいるに超したことはないとは思いますが、それは単に「たくさんいればいい」ということではないと思うのですよね。

    > 心理的ケアに公的財源でもって下支えしていない
    > 現状においては心理職は
    > 「供給過剰」なのでしょうね。
    > そういう意味で私は「市場原理に任せればいい」と
    > いったことを申したのです。
    とおっしゃっていますが、市場原理に任せていた結果が現状の心理職の就職難(というか常勤職が少ない、不安定な状況)なのではないかと私は考えています。
    もし本当に必要なのであれば、世論がそちらの方向へ動くだろうし、「必要だ」ということを示すデータだって提示することができるのではないかと思うのですよ。
    で、「粗製濫造」についてですが、これは当ブログのブログ内検索で「粗製濫造」を検索後に検索していただけると関連エントリが出てきます。
    毎年4000人(たぶん)前後、新規資格取得者が増加するのだけれども、安定した働き口がない。安定した働き口がないということは、研修に出たりするのも難しいし、腰を落ち着けて研究もできない。
    大学院の2年間でできることなんてたかが知れている上に、近年、指定大学院(それを出ないと臨床心理士の受験資格はもらえない)が急増しており(って今はだいぶ落ち着いてはいますが)、急造の大学院では充実した研修も受けられない…
    …という悪循環が続く現状は「粗製濫造」と言ってもいいのではないかと思います。
    もちろん、充実した教育が受けられる大学院もないわけではないと思いますが、学生数が多かったりするとやはり難しいだろうなぁと。
    こんな感じでいかがでしょうか?

  163. >市場原理に任せていた結果が現状の
    >心理職の就職難(というか常勤職が少ない、
    >不安定な状況)なのではないかと私は
    >考えています。
    私も全然的外れな感覚の持ち主かもしれないですが、ふと思ったのは、市中の弁護士事務所や税理士事務所のように、私設心理相談事務所がたくさんできていて、市場原理に任せられて経営されており、大学院出たての心理士はそうしたところで修行を積んだ後、自身も心理相談室を開設する、といったモデルを考えました。
    医師の開業と同じには行かないかもしれませんが、歯科医師の開業のモデルだとちょっと近いかもしれません。


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