- 2007-04-25 (水) 19:00
- PC・インターネット
07/04/20のエントリ、心理職に向いていない人をふるいにかけるのコメント欄での議論…いや、結局「議論」は成立してないですね。そのコメント欄でのやりとりの中でも述べてはいるのですが、改めて自分の考えをちょこっとまとめてみたいと思います(あ、暇な人はよかったらコメント欄でどんなやりとりがあったのか読んでみてください。もちろん続けてコメントくださるのも歓迎いたします)。
最初に結論から言っちゃいましょう。
「ネット上の議論における感情表現は、相互理解を妨げるノイズにしかならない」と私は思っています。
当ブログでは何度も何度も言ってきていることですし、多くの皆さんが実感されていることだと思いますが、ネット上のやりとりは対面でのコミュニケーションと比較して伝達可能な情報量は極端に制限されます。
特に感情をありのままに伝えるというのは、はっきり言って不可能だと思います。
もちろん議論の中で色々な感情はわき上がってくるのは当たり前の話です。そして確かに「楽しいです」「うれしいです」「腹が立ちます」「いらだっています」「悲しいです」「傷つきました」と表現することも可能です。
しかしそれを表現したからと言って、表情などの視覚的要素、声の調子などの聴覚的要素が削ぎ落とされた中で、その感情がどれだけ伝わるでしょうか?対面での面接でも難しいことなのに、ネットを介してしまってはエスパーでもない限りは相手の感情を本当にわかるなんてできないでしょう。
で、それを逆手にとってしまえば、反論されて何も言い返せなくなった時、「負けたくない」と思った時(議論は勝ち負けではないのですけれどもね)には、「傷つきました」ととりあえず言っておけば、自分の頭で考えることのできないギャラリーを味方にすることができるし、発言した本人も何か良いことを言ったような気分になったりする…ということも考えられるわけです。
なぜ傷ついたのか具体的な理由を述べることができ、それが大多数から理解可能な、妥当な理由であれば「傷つきました」という発言にも意味はあるかもしれませんが、単に「反論されて傷つきました」ではやはり他の方からの理解は得られにくいでしょう。
…と考えていくと、その「傷つきました」が本当なのかどうなのか検証不可能である以上、やはりそのように感情を表現することは意味がないということになると思います。
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で、冒頭でも述べたようにそれは「ノイズ」であり、議論の内容を理解する上では邪魔な要因でしかないとも思います。
ネット上で「感情」を伝えることができないとなると、じゃあ何を伝えられるのかというと、発言の「内容」そのものしかないのではないでしょうか。ただ、この「内容」を伝えるというのも、それはそれで一筋縄ではいきません。
用いられる単語・用語・概念だったりの定義が全ての人に共通するものならば「内容」は容易に伝わるはずなのですが、必ずしもそうではなかったりするのですよね。「自分にとって普通だと思われることが、他人とっては普通ではない」場合があるからこそ、自分と相手が使っている言葉の意味を明確にしながら、確認しながらでないと、議論は成立しえないでしょう。
で、議論をしているメンバー全員がそれをできる人であればいいんですが、現実はなかなかそうもいかず…。前述のエントリのコメント欄での阿世賀浩一郎さんのように、論理が破綻していたり、その破綻した論理に基づいた文脈理解を自明のものとしていたり(=自分にとっての普通が相手にとっての普通だと思いこんでいたり)、あるいは用語の定義を明確にしないまま自分なりの定義で話を進めてしまったりする人は少なくなかったりします。
そんな中で、内容の伝達に不必要な「感情」表現があったりすると、もうこれは邪魔以外の何物でもないと思うのです。無駄に議論を長くする、内容の理解を困難にする「ノイズ」でしかないと思うのですよね。
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しかし、まともな心理学徒であれば、本来そうした「ノイズ」を排除しながら文章を書く訓練はしているはずですよね?
卒論や修論を考えてみてくださいよ。調査・実験なんかをやって、その結果や考察で「有意差が出なくて悲しかった」とか書かないでしょう?もちろん、実際には苦しい思いや悔しい思いや悲しい思いをしながらやっていたとしても、それは結果を相手に伝える上では、つまり伝えたいことを伝える上では「ノイズ」にしかなりません。
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さらに言ってしまえば、「自分にとっての普通が相手にとっては普通じゃないかもしれない」という感覚は、心理臨床実践においても必要不可欠なものなのではないかと思いますし、まともな臨床家であればその辺についての訓練もされているように思うのですがねぇ…。
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というわけで結論としましては
「ネット上の議論において感情表現は内容理解を妨げるノイズにしかならないので、建設的な議論を目指すのであれば出来る限り避ける方が良い」
という感じでしょうか。
勝ち負けを決めるような、議論のための議論、ディベートなんかだったりすると、ひょっとしたら戦略として感情表現をするってこともありなのかもしれませんが、そういうのは私にとっては生産的でないように思われます。
何かご意見、ご感想などありましたら遠慮なくコメントいただきたく存じます。
※追記
阿世賀浩一郎さんのように、論理が破綻していたり、その破綻した論理に基づいた文脈理解を自明のものとしていたり(=自分にとっての普通が相手にとっての普通だと思いこんでいたり)、あるいは用語の定義を明確にしないまま自分なりの定義で話を進めてしまったりする人
と書いてしまいましたが、私自身にもそういった部分はあったかもしれません。ただ、言い訳になってしまうかもしれませんが、自分自身ではなかなか気づかないことではあると思うのです。ですので、もし私の発言の中で上記のような傾向が見られる部分がありましたら具体的にそれをご指摘いただければ大変うれしいです。そうしていただくことは今後の私にとってプラスになるのですから。
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コメント (Close):6
- 素人の感想 07-04-25 (水) 20:04
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全て読ませていただいた感想です。・・・なんか正直おふたりのやりとりに素人は圧倒されました。心理職の世界って・・・一体・・・。
それと阿世賀浩一郎さんのHPも見ました。あんなに個人情報を出して大丈夫なのかな?と個人的に心配。現物の臨床心理士証をネットで見たのは初めてです。番号まではっきりわかりました。(あんなのネットで披露しちゃってほんとに大丈夫ですか?ネットって実はすごく怖い世界ですよ。個人情報公開は控えめに。) - ロテ職人 07-04-25 (水) 20:28
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>素人の感想さん
コメントありがとうございます。
一応、ご理解いただいているかとは思いますが念のため…
> 心理職の世界って・・・一体・・・。
私や阿世賀浩一郎さんが心理職を代表しているわけではありませんし、一般的な心理職というわけでもないと思います(というか、そもそも「一般的な心理職」な人が存在するのかどうかも怪しいとは思いますが)。
また、少なくとも私にとってはあのようなやりとりはネット上に限定されたものであり(だからこそこのエントリのタイトルにも「ネット上の」とついております)、恐らくあのやりとりから現実場面における私がどんな人間であるか、そして現実の臨床場面における私がどんな臨床家であるのか、正確に判断するのは恐らく不可能だと思います。
…という辺りは当該エントリのコメント欄をお読みいただければおわかりいただけるかと思います。
ですので、あのやりとりから
> 心理職の世界って・・・一体・・・。
と「心理職の世界」の話までもっていくのは過度の一般化であり、それにより現実が見えにくくなってしまう可能性もあります。
その点はご了承いただきますよう、よろしくお願いいたします。
> あんなに個人情報を出して大丈夫なのかな?と
> 個人的に心配。
私もそう思うのですが、阿世賀さんは大丈夫なのだそうです。ご本人がそうおっしゃってました。
> ネットって実はすごく怖い世界ですよ。
> 個人情報公開は控えめに。
どんな人が読んでいるかわからない…ということを想像することができていないのかもしれないですね。
ただ、恐らくはそういったアドバイスは聞き入れていただけないのではないかと思いますが…。
他人事ながらあの危機感の無さが同業者として非常に怖いです。 - 浅木 07-04-25 (水) 22:04
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こんばんはー
ネット上での議論の場合、感情表現はノイズでしかないと言うのは、本当だよなぁと、私もよく思います。
でも、感情を排した文を書いていても、そのニュアンスから感情を読み取れてしまう(もしくは、何となくそんな気がしてしまう)ことも
多々あることですし、感情を排した内容で文章を書けない人のほうが多いと思います。
そう考えた場合、たとえ、その人の本当の感情がどうなのかは、分からないとしても
その人がそう感じたと言う言葉を、そのままネット上に書いてあった方が、
なるほど、その人はそう感じた上での発言なわけね。と言う風に
書かれた感情を、そのまま文章なり議論なりの背景として含めてしまった方が、早いと言うか楽な気もしました。
まあ、どちらかが、感情的になった時点で、ネット上でも現実場面でも、議論って言うのはほとんど出来なくなりますけど(^_^;) - 横槍青年 07-04-26 (木) 5:27
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2回目の投稿。
少し話はズレるかもしらんけど
俺は「いちクライエント」とか「いち保護者」に代表されるような
肩書きで発言して相手に意見を言う人が好きじゃない。
まぁこれは俺の勝手な意見なんだが
正直「いちクライエント」だの「いち保護者」だのに代表されるような
肩書きを前に出したクレームコメントって
受け手としては結構嫌なもんなんだな。
教育業界に代表されるように
「あなたは子どものことを考えていないんですか!!」などと
いかにも自分が子どものためを思って批判しているかのような保護者の振る舞い。
しかもさ、さらに最悪なのが、それに反論したときにさ
「何を保護者に失礼なこと言ってるんだ!私が○○業界の代表として謝罪します」
とか言う変な謙虚さを身につけてる奴ね。
こういうの見てると、全然分かってないなって思う。
なんで俺がこういう奴を嫌うかというと
「正義のマントを身にまとって議論する」からなんだな。
本人からすれば違うって思うかも知らんが
俺からすれば同じようなもんだ。
また同様に、「第三者」って立場を表明しながらも
議論に加わると言うよりも意見を言おうとする奴も嫌いだな。
それもフェアじゃないもんな。
だから、そういう意見に屈せず(というか、あまり無理に相手することなく)
自分の言いたいことを主張し続けたロテさんを
俺は評価してたりするんだぜ。
ま、ロテさんの言うように泥仕合になってたけどなw
やっぱさ、俺みたいな奴に代表されるように
横槍ってのは一番議論において有利なんだよ。
正面から向かっていくよりも
横から槍で攻撃する方が圧倒的に有利なんだよな。
たしかに浩一郎って奴はフェアじゃないと思ったし
自分の弱さを訳のワカラン言葉で正当化してるのは
はっきり言えば横から見てて非常に醜い。
ただ、俺はロテさんにこれからも討論家になり下がっちまうんじゃなくて
「自分発」の意見を書いてくれるのを期待してるぜ。
横槍すまんかったな。 - ロテ職人 07-04-26 (木) 12:39
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>浅木さん
コメントありがとうございます。
> 感情を排した文を書いていても、
> そのニュアンスから感情を読み取れてしまう
> (もしくは、何となくそんな気がしてしまう)ことも
> 多々あることですし、感情を排した内容で
> 文章を書けない人のほうが多いと思います。
ニュアンスが読み取れてしまうのは仕方がないのですが、感情を排した内容の文章を書くのはそんなに難しいでしょうか?
はっきり言ってしまえば、感情を表す言葉を書かなければいいだけのことです。
で、そのニュアンスというのは、コメントを書いた側の問題ではなく、読む側の問題であり、読み取る時に「そもそも自分の感じ方が間違っているのではないか?」と自問自答しながら読めば、勝手なニュアンスの読み取りは防ぐことができるかと思います。
もしそれが読み取れてしまった場合であっても、検証する方法はないわけですけれどもね。
> 書かれた感情を、そのまま文章なり議論なりの
> 背景として含めてしまった方が、
> 早いと言うか楽な気もしました。
そう。「早い」とか「楽」なんですよ。それは「妥当である」ということではないのですよね。
「早い」し「楽」だからそうしたいという気持ちはわからないでもないのですが、それをやってしまうと自分の誤りに気づかない場合もあるかと。 - ロテ職人 07-04-26 (木) 12:57
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>横槍青年さん
コメントありがとうございます。
> 俺は「いちクライエント」とか「いち保護者」に
> 代表されるような
> 肩書きで発言して相手に意見を言う人が好きじゃない。
好きか嫌いかで言ったら、私も好きではないです。
で、ネット上に限定して言えば、そんな肩書きを表明することに一体何の意味があるのだろう?とも思います。
確かに職場からの書き込みだったりするとIPを見ればある程度その正体はわかるかもしれませんが、そうでない限りはどこの誰なのかはわからないじゃないですか。
その真偽がわからない限りは、結局問題にできるのは肩書きではなく、発言の「内容」だけなのですよね。
逆に肩書きによってレスの内容が変わってしまうのは、結局相手の言っていることを理解してないということですから。
> なんで俺がこういう奴を嫌うかというと
> 「正義のマントを身にまとって議論する」からなんだな。
それを言ったら私だって充分「正義のマントを身にまとって議論してる」かもしれません。
> 俺はロテさんにこれからも
> 討論家になり下がっちまうんじゃなくて
> 「自分発」の意見を書いてくれるのを期待してるぜ。
ですね。勝ち負けを決めているわけではありませんもんね。
というわけで、私の発言でおかしなところがあったら遠慮なくツッコミを入れて欲しいのでございました。














