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「批判」と「誹謗・中傷」は当然違います

  • 2007-08-10 (金) 8:00
  • 雑記

07/08/06のエントリ、喧嘩の売り方でとりあげておりました過去ログでのコメント主のともあきさんから再度コメントいただきました。お忙しところありがとうございます。
ともあきさんからはさらにメールフォームでもご意見いただいております(なぜコメントとメールフォームで別々にご意見いただいたのかはいまいちよくわからないのですが…)。その中でちょっと気になった点がありますので一つ確認を。
あ、コメントの内容自体についてはコメントいただいたエントリで返信いたしますが、これはそれ以前の「議論の方法」に関わる部分ですので、わかりやすいよう独立したエントリとして扱うことにします。
・・・・・・・・・・
気になった点についてちょっとコピペ

「批判をするなら建設的に」ということで、以下は「こんな大学院はダメダメだ!」と先生がおっしゃっていること(誹謗中傷かそれ以下の類)に関しての「批判」です。

以上 Posted by: ともあき | 2007年08月10日 02:26 より

「誹謗中傷」すること自体に、問題はありません。ただ、その姿勢ややり方が気に食わないのだ、と言いたいのです。

メールフォームからのコメントより
…ともあきさんにとっての「誹謗・中傷」「批判」とは一体どのようなものなのでしょうか?
というか「誹謗・中傷」と「批判」は明らかに意味的に異なるものですよ。
※以下、当ブログでは何度か述べてきたことではあり繰り返しになってしまいますので、その点をご了承いただいた上でお読みいただけたらと思います。


辞書によりますと…
ひぼう ―ばう 0 【▼誹▼謗】
(名)スル
他人の悪口を言うこと。
ちゅうしょう ―しやう 0 【中傷】
(名)スル
根拠のない悪口を言い、他人の名誉を傷つけること。
となっております。
また、Wikipediaの誹謗中傷の項目では
誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)とは、根拠のない悪口で他人の名誉を汚し、貶めることをいう。嫌がらせの一種。
政治的な公式の場では「悪口」とは言わず「誹謗中傷」がよく用いられる。
となっております(つか「誹謗中傷」という四字熟語ではなく「誹謗・中傷」と使う方が適切なのですよね)。
それに対して「批判」とは
ひはん 0 【批判】
(名)スル
(1)物事の可否に検討を加え、評価・判定すること。
(2)誤っている点やよくない点を指摘し、あげつらうこと。
ということであり、さらに「あげつらう」というのは
あげつら・う ―つらふ 4 【▽論う】
(動ワ五[ハ四])
物事のよしあしについて論じ合う。また、欠点・短所などをことさらに言い立てる。
となっております。
・・・・・・・・・・
私は少なくとも当ブログにおいては「誹謗・中傷」はしていないつもりです。
何かについて取り上げて、その事柄について否定的な内容の主張をする場合には、必ず具体的にその論拠を挙げているはずであり、「根拠のない悪口」を言ったことはないはずです(ただ「他人の名誉を傷つけること」については否定できません)。もしそうしたことをしている箇所がある場合には、具体的にご指摘いただければと思います。
私は先日設置したメールフォーム
> 誹謗中傷されると泣きます。
と書いたのは、根拠のない悪口を言われたり、根拠のない非難(ちなみに「非難」の意味は「相手の欠点や過失を取り上げて責めること」です)をされても、対応に困るからです。
私の「旧帝大うんぬん」という主張に対してともあきさんは
> K大という言葉も旧帝大という言葉も僕にとって、
> 先生ほどは、重要ではありません。
> もちろん心理臨床に関わる人にも重要ではないと思っています。
> 旧帝大くらいに合格しないと臨床心理士が、
> その質がどうのこうの、という流れは理解できない、
> というのが本心ですが、
> その「旧帝大」や「K大」にいる身としては
> 何とも言いようのない感覚がありますねぇ~
と述べてらっしゃいますが、おっしゃっているのはともあきさんの感想、意見だけです。そう思ってらっしゃる論拠は示されておりません。さらに私の意見のどこがおかしいのかについてのご指摘もありません。
そうなってくると、こちらとしては何も対応もできないのですよ。「はぁ…ともあきさんはそう思われるのですね」としか言えないのですよ。
> 「批判をするなら建設的に」ということで
とおっしゃっていますが、明確な論拠を述べない限りはどんなに良さげな意見だとしても建設的にはならないのですよ(決定的に説得力に欠けますからね)。
・・・・・・・・・・
以上述べたように「批判」と「誹謗・中傷」は異なるものです。
「誹謗・中傷」の応酬となるような「喧嘩」につきあっている暇はありません。そんな時間があったら、臨床実践の技術を磨くことや自分の研究に使いたいです。
ご意見いただけるのであれば、「建設的な批判」になるよう、明確な論拠(それも他者に理解可能なもの)を示していただけたらと思います。
そして当然これはともあきさんだけに向けた言葉ではありません。全ての読者の方々にお願い申し上げます。

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コメント (Close):15

38歳CP 07-08-11 (土) 1:01

ロテ職人様
私の恣意的な関心で、まばらにコメントさせていただき恐縮です。
「批判」という語について、常々関心を抱いているので、申し上げさせてください。
例えば、哲学領域で外延として用いられる「超越論的批判」という語は、私のごくおおざっぱな理解を申しますと、
「権力を含む上位の視線を、できるだけ除いて、当該事項を俯瞰的視点から検討すること」のように思えます。
ただし「超越的批判」という語の場合は、「上の視線から、あるいは(方法的にでなく)単に独我論的に、ごく狭い視野で当該事項を検討することのように受け取れます。
ですがどちらにせよ検討の結果、当該事項の否定が多くの場合でなされるようにも思えます。
ただややこしく感じられますが、否定された者は、その否定に向き合って、さらに「超越論的批判」を行うことで、何らかの前進がなされるように思います。
その作業を無限にくり返すことで、批判自体が肯定的に成立し用いられていると思っています。
こういう観点から見ると、批判は当該検討事項の否定を含み、その否定が否定された人に受け止められたとき、何らかの生産が生じると、私は理解しています。
また的はずれなコメントでしたら、それこそ、ご批判くだされば、幸いです。

蕃長 07-08-12 (日) 19:17

とりまきの一人です(‘-’*)
相手の本丸、セントラルドグマに斬り掛らぬ
言論は、それが如何に慇懃で体裁を繕おう
とも非建設的にしかならないし、やりあって
いて詰らんですよね。
やれロテ職人は高慢だ、無礼だと云ってみた
ところで、何ら痛痒を感じないでしょう。
とりまきの一人としては、ロテ職人が凹られる
ところを一度見てみたいと切望しているの
ですが。

ともあき 07-08-13 (月) 1:34

ともあきです。
国語の講義ありがとうございます。
コテンパンにされたつもりです。
>「誹謗・中傷」の応酬となるような「喧嘩」につきあっている暇はありません。そんな時間があったら、臨床実践の技術を磨くことや自分の研究に使いたいです。
その言葉を待っていました。
もともと高々20年ほどしか生きていない、結婚もしてない、子供も持ってない、何の面でも自立しておらず、何の資格すら無い、その私が立ち向かうこと自体が無謀だと後悔しています。
その言葉を待っていました。
私の負けです(^^)

ロテ職人 07-08-13 (月) 21:13

>38歳CPさん
コメントありがとうございます。
私はアホの子なので、難しいことはよくわからないのですが、とりあえず今回のケースに関しては「批判」と「誹謗・中傷」との違いに絞って話を進めるのがわかりやすいのではないかと思います。
それを踏まえた上で…
> 批判は当該検討事項の否定を含み、
> その否定が否定された人に受け止められたとき、
> 何らかの生産が生じると、私は理解しています。
その点については私もそう思います。
んで、これは誰に向けたコメントなのでしょうか?ともあきさんはきちんと批判(否定)を受け止めろということでしょうか?それともロテ職人はともあきさんが受け止められるような批判(否定)をしろということでしょうか?
38歳CPさんがコメントくださっているのは、単なる知識のひけらかしではなく、何らかの意図を含んだものだと思います。
ただ、繰り返しになりますが、私はアホの子ですので、38歳CPさんの意図がよくわかりません。その点まで踏み込んでご説明いただけると幸いです。

ロテ職人 07-08-13 (月) 21:19

>蕃長さん
とりまき乙w
じゃなくて…
> 相手の本丸、
> セントラルドグマに斬り掛らぬ言論
あの方はバッサバッサと斬り掛かっているつもりなんじゃないですかね?
その辺の認識の違いというか、あからさまなズレはもう修正できないレベルにあるような気がします。
> やれロテ職人は高慢だ、無礼だと云ってみた
> ところで、何ら痛痒を感じないでしょう。
ですね。
> ロテ職人が凹られるところを
> 一度見てみたいと切望しているのですが。
まともな論客にはたまに凹られてるような気がしますが…。何でしたら蕃長さんが凹ってみては?

ロテ職人 07-08-13 (月) 21:38

>ともあきさん
> 国語の講義ありがとうございます。
> コテンパンにされたつもりです。
国語の「講義」なんてほどのものではないですよ。辞書から引っ張ってきただけの話ですから。
あくまでの内容に入る前の前提としての話だったのですが、ここで「コテンパン」ですか…。残念というか何というか…。
> その言葉を待っていました。
テラ上から目線w
自分から喧嘩を売っておいてメールを送ってこいと言ってみたり(もちろん表現は違いますが、内容的にはそういうことおっしゃってますよね?)、あるいは上記のような表現を使ってみたり…
ともあきさんは意図的に「上から目線」の(と相手に取られるような)コミュニケーションをされているのでしょうか?
建設的批判に基づく議論であれば、そういったような表現もテクニックとしてアリなんでしょうが(個人的にはあまり関心しませんけどね)、そもそも人ん家に来て「喧嘩を売る」って失礼なことをした上で、さらにそういうコミュニケーションの形態を取られるというのは、いかがなものかと思いますよ。例え自覚的にやっていたとしても。
> もともと高々20年ほどしか生きていない、
> 結婚もしてない、子供も持ってない、
> 何の面でも自立しておらず、何の資格すら無い、
> その私が立ち向かうこと自体が
> 無謀だと後悔しています。
繰り返しになりますが「議論」ならば、年齢や地位や職業、結婚の有無、子どもの有無、資格の有無なんて、全く問題になりません。
そこで問題になるのは、「言っている内容が妥当かそうでないか」だけですから。
もしともあきさんがおっしゃっていることが「議論」にも当てはまるとしたら、私だって年上の人や社会的地位が上の人を批判できなくなってしまうじゃないですか。
これも前に書いたことですが、ネット上の議論において、自分や相手の地位なんてのは何の意味も持ちません。なぜなら、それはいくらでも偽装できることですから。実際、私が本当に臨床心理士資格を持っている心理臨床家かどうかなんて、このブログを読む限りではわからないわけですよね。
結局、問題になるのは論の内容であり、批判すべきはそこだと思います。
そして
> 私の負けです(^^)
とのことですが、そういう「勝ち負け」という考え方は不毛です。私は「勝つ」ためにこのブログを運営しているのではないし、「勝つ」ために議論をしているのではありません(もちろん「生き残る」とかいうのも同じレベルの話であり、そういうくだらないことは問題にしたくないです)。
自分の意見がある程度妥当なものであっても、まともな批判からは何か得るものがあるはずです。私はその「何か」を求めているのです。
もし何か疑問に思う点、ご不明な点、「違うんじゃないか?」と思う点がありましたら、遠慮なくコメントいただけたらと思います。そして今度は「喧嘩」とか「勝ち負け」とかそういうくだらないことではなく、実りある「議論」ができればいいなぁと思っております。

38歳CP 07-08-14 (火) 1:57

ロテ職人様
「これは誰に向けたコメントなのでしょうか?ともあきさんはきちんと批判(否定)を受け止めろということでしょうか?それともロテ職人はともあきさんが受け止められるような批判(否定)をしろということでしょうか?」
このご質問に対する、私の考えというか、気持ちをお伝えします。
結論から申し上げますと、具体的には、ほぼおっしゃるとおりです。
私は傍観者ではありますが、お二人にお伝えしたいと思ったことが、ご質問、ご指摘いただいたことです。
私の発言の背景を申し上げます。
第一に、私個人の経験として種々のケースカンファレンス、学会発表等に参加した際に、発表者に対するフロアなどの批判が、不幸にも発表者を単に感情的に責めることになるような状況になってしまい、これらの批判が、その発表者の今後のケースや研究に本当に役立つのだろうか、と何度となく疑問に思い続けてきた、という複線があります。
第二に、他方矛盾するのですが、否定を含まない予定調和的な対話では、批判に肯定的、生産的意味が生じない、という考えも持っています。
第三に、これは私個人のまったくの問題ですが、他人のやりとりに同害復讐的なニュアンスを感じると、何らかの反応をせずにいられないクセがあります。
お二人のやりとりには、ややそのニュアンスを、私は感じるのです。
ですが、私にはダイレクトに言及する勇気も湧かず、日和った知性化した方策で、回りくどく、婉曲的にお伝えしたくなったのです。
ロテ職人さんは、ともあきさんに対して批判、否定の受け入れのレディネスを考慮していただく余地があるのではないか、と私は感じました。
他方、ともあきさんは発言を否定されても、おつらいでしょうが自分の否定されうる部分について回顧していただいたらなあ、と、私個人のクセから思ったしだいです。

38歳CP 07-08-14 (火) 3:05

「今度は「喧嘩」とか「勝ち負け」とかそういうくだらないことではなく、実りある「議論」ができればいいなぁと思っております。」
上記のコメント部分を読みとばしておりました。
読ませていただいたら、私の発言は、文脈にそぐわなくなっています。
どうぞ意味をお感じにならない部分は、無視してください。
それから、これも読みとばしておりました。たいへん申し訳ございません。
「批判」と「誹謗・中傷」の違いに関しては、実際の使われようによって、「批判」という語が「誹謗・中傷」を含意したり、しなかったりで、意味の乖離が大きい言葉だと、私は感じています。
ですから、誤解が生じやすいように思われます。私は使う際、やや神経質になります。
少なくとも私にとっては、可能なら使う前に一定の意味の合意がほしい言葉です。

ロテ職人 07-08-14 (火) 7:46

またアホの子が通りますよ…
>38歳CPさん
私にもわかりやすいコメント、ありがとうございます。
> 結論から申し上げますと、具体的には、
> ほぼおっしゃるとおりです。
> 私は傍観者ではありますが、
> お二人にお伝えしたいと思ったことが、
> ご質問、ご指摘いただいたことです。
ですよね。38歳CPさんの発言の意図は理解いたしました。
> 第一に、私個人の経験として
> 種々のケースカンファレンス、学会発表等に参加した際に、
> 発表者に対するフロアなどの批判が、
> 不幸にも発表者を単に感情的に責めることに
> なるような状況になってしまい、これらの批判が、
> その発表者の今後のケースや研究に
> 本当に役立つのだろうか、と何度となく
> 疑問に思い続けてきた、という複線があります。
これについて、私の個人的な意見になってしまうかもしれませんが、「発表者を単に感情的に責めることになるような状況」というのは、それほど多くないようにも思います。実際は「発表者が感情的に責められていると感じるような状況」なのではないかと。
んで、38歳CPさんのおっしゃる「レディネス」の話になるのだと思いますが…んー、どうなんでしょうね?
個人的には学会発表については、もっと殺伐としていてもいいのではないかと思います。あくまでも「研究発表」なわけですし、研究者同士のやりとりにおいては適切な批判の中から創造的な内容が生まれてくるものなのではないでしょうか?
で、これは38歳CPさんに対しての言葉ではありませんが「批判することは良くないこと」という風潮がどこかにあるような気もします。で、「批判されると人格を否定されてしまったかのように感じてしまう人」もいるのではないかと。
ただ、批判する側の問題として批判の仕方がわからない人というのも実際にいるのだと思います。それはここ最近のコメント欄でのやりとりをご覧いただければわかると思いますが…。
こうしたネット上のやりとりでもそうですし、学会発表の場でもそうですが、批判する側もまた批判にさらされるものだと思うのですよね。的はずれな批判、感情的な「だけ」の批判は、他の参加者から見れば「なんだそれ?」ってことになるわけで、空気というか文脈を読める人であればそういう批判というのは避けるものなのではないかと思うのですよ。
逆に言えば、そういう空気の読めない、文脈の読めてない批判ってのは受け入れる必要もないと思いますし。
以上は「学会発表」についてのことですが、「ケースカンファレンス」の場合はまた違いますよね(多分心理臨床系の学会が問題なのは、「事例研究=ケースカンファレンス」の場になってしまいがちなところなのだと思います。研究とカンファは違うんじゃないかと思うのです)。
ケースカンファレンスやグループスーパーヴィジョンというのは、多分に教育的な側面を含むものであり、そこでは「批判を受ける側がどう受け取るのか」ということについて、学会発表以上の配慮が必要になるのでないでしょうか。
結局、その場面、その文脈に沿った批判の仕方というのはあるのではなかと思います。少なくとも「種々のケースカンファレンス、学会発表等」とひとくくりには論じられないのではないかと。
・・・・・・・・・・
翻ってネット上における議論ということを考えてみれば、ある意味でネットというのは非常に議論しやすい場なのではないかと私は思います。前にも書きましたが、ネット上の議論において感情の表現はノイズにしかなりませんので、純粋に発言内容のみを問題にできる「はず」なんですよね。
ところが中には発言内容を否定されると、あたかも自分の人格が否定されてしまったかのように感じ、あるいは感情的に攻撃されれているように感じる人がいる…。
そういう方を相手に建設的な議論を展開していきたいと思った場合、38歳CPさんがおっしゃっている
> 「批判」と「誹謗・中傷」の違いに関しては、
> 実際の使われようによって、
> 「批判」という語が「誹謗・中傷」を含意したり、
> しなかったりで、意味の乖離が大きい言葉だと、
> 私は感じています。
>
> ですから、誤解が生じやすいように思われます。
> 私は使う際、やや神経質になります。
> 少なくとも私にとっては、可能なら
> 使う前に一定の意味の合意がほしい言葉です。
この点が必要になると思います。
「私が使っている『批判』『誹謗・中傷』とはこういう意味ですよ」「あなたが使っている『批判』『誹謗・中傷』とはこういう意味ですよね?」という確認作業ですよね。
そして、私はこのエントリでそれをしたかったのです。ともあきさんに「私がしたい、して欲しいのは発言内容に対する批判であり、人格の否定だったり、誹謗・中傷だったりではないのです」ということをお伝えしたかったのです。
特にともあきさんの場合はいただいたコメントを見ても「批判」「誹謗・中傷」の意味の混同が明らかでしたので、こういう形を取らせていただきました。
この時点で、ようやく議論の入り口に立ったということになると思うのですが、その段階でともあきさんは
> コテンパンにされたつもりです。
> 私の負けです(^^)
とおっしゃっているのですよね。
最初から「喧嘩」という言葉を使い批判されることに対する予防線を張り(=議論することを拒否し)、自分が望む言葉が出てきた段階で「負けです」と一方的にコミュニケーションを断絶する…結局最初からコミュニケーションを取る気はないのだと思いますが、やっぱりそれは批判されるのが怖い、批判されることを人格否定だと捉えっているんじゃないでしょうか。
「負けです」で議論をせずに終わらせるのは、そりゃ楽でしょうけどそこには何も生まれませんよね。私なんかは他の人からちゃんとした批判をしてもらえればなぁと思うんですがねぇ…。
ってな感じであまりまとまりませんが、とりあえず言いたいのはこのエントリは38歳CPさんがおっしゃるところの
> 使う前に一定の意味の合意
を得るための目的で書いたものです。
「批判すること」「批判されること」についてはまたエントリをアップするかもしれませんが、引き続きご意見・ご質問・ご感想がありましたら、遠慮なくコメントいただければと思います。もちろん、38歳CPさん以外の方もです。
長文・駄文コメント失礼いたしました。

ロテ職人 07-08-14 (火) 7:51

あ、あと「様」づけはやめてください>38歳CPさん
「先生」もやめてください>ともあきさん
せいぜい「さん」づけでよろしいかと。「さん」つけるほどの相手でもないと思われる方は呼び捨てでどーぞ。

ロテ職人 07-08-14 (火) 7:56

>38歳CPさん
も一つ追加。
> 私個人のまったくの問題ですが、
> 他人のやりとりに同害復讐的なニュアンスを感じると、
> 何らかの反応をせずにいられないクセがあります。
もしそうしたニュアンスを感じられたのであれば、具体的にどの部分からかご指摘いただければ、私も今後表現の仕方などに注意することができるかもしれません。
ただ、今回のケースに関しては実際そういった部分は多いかもしれません。あくまでもともあきさんの「喧嘩」モードに合わせた表現様式にしておりますので。
そうしたコメント書き込みのモードの違いは私のともあきさんに対するレスと38歳CPさんに対するレスの違いから読み取っていただけるのではないかと思います。

匿名 07-08-15 (水) 1:10

ロテ職人さん
まずは、こう呼ばせていただきますので、その代わりロテ職人さんも、ご自分のことを「アホの子」とおっしゃることは止めていただけないでしょうか。
私の発言に対する、たくさんのレスポンスをありがとうございました。考える参考になりました。
「個人的には学会発表については、もっと殺伐としていてもいいのではないかと思います。あくまでも「研究発表」なわけですし、研究者同士のやりとりにおいては適切な批判の中から創造的な内容が生まれてくるものなのではないでしょうか?」
私も、学会についてはおっしゃることに、まったく同意見です。
あらかじめ、ネタ合わせされすぎた予定調和的対話には、時間の無駄を感じます。
「心理学の新しいかたち」シリーズの書籍(「研究法の新しいかたち」でしたか)で、活発な研究を行っている研究者が、確かこうおっしゃっていました(うろおぼえですが)。
「研究者には、マゾヒスト的な態度が必要なのかもしれない。」
私自身、学会発表を行う際に、最も不安に思うことは、無視されることです。
どういう含意で、どういう批判であれ、批判されることの方が、よほどマシだと、私は感じます。
無視されることは、研究価値がないと、私は受けとってしまうので、よりつらく感じるのです。
しかしまた、(ロテ職人さんがおっしゃるように)何らかの発表の場で、「発表者が自分の気持ちに防衛的になれずにいられるか、自分の気持ちにオープンな状態をつくり、保持し、被害的認知に傾かずにいられるか」ということは、私自身課題だと、つくづく思います。
言うは易し、なのですが。
それから、これは私の勝手なお願いなのですが、ロテ職人さんはケンカという語を、スレッド(というのですか?)において前面に出すことは、お止めになっていただけませんか。
私は、まずこの点に反応しました。
それと今週末くらいで、これらの話題について、一旦収束させていただけたら、幸いです。
ロテ職人さんの、根気には頭が下がります。ブログというのは、参与すると疲れるものですね。

38歳CP 07-08-15 (水) 23:57

上記、コメントは私のものです。失礼しました。

ロテ職人 07-08-17 (金) 12:59

>38歳CPさん
コメントありがとうございます。
> ご自分のことを「アホの子」とおっしゃることは
> 止めていただけないでしょうか。
了解しました。
38歳CPさんが以前のコメントでおっしゃった
> 日和った知性化した方策で、回りくどく、
> 婉曲的にお伝えしたくなったのです。
というところをご理解いただけているのであれば、もう「アホの子」なんてアホな表現は使いません。
> あらかじめ、ネタ合わせされすぎた
> 予定調和的対話には、時間の無駄を感じます。
ですよね。ホント時間の無駄だと思います。
> 私自身、学会発表を行う際に、
> 最も不安に思うことは、無視されることです。
私もそれは不安ですが、「論理的ではない感情的な批判」をされるのではないかという不安もまたあります。その辺が、私が前に挙げた「批判する能力」と関連することなのではないかと思います。
> しかしまた、(ロテ職人さんがおっしゃるように)
> 何らかの発表の場で、「発表者が自分の気持ちに
> 防衛的になれずにいられるか、自分の気持ちに
> オープンな状態をつくり、保持し、被害的認知に
> 傾かずにいられるか」ということは、
> 私自身課題だと、つくづく思います。
それは38歳CPさんだけではなく、多くの人にとっての課題なのではないでしょうか?
批判されることは、それが正当なものであっても基本的に良い気はしないですよね。38歳CPさんがおっしゃっているように、高い確率で自分の意見の否定を含むものですから。ただ、それを「嫌だ」と思う時、多くの場合には自分が述べていることの穴というか欠点にも、どこかで気づいている場合が多いのではないかとも思います。
自分で気になっているからこそ、そこを突かれると反発する感情が出てしまう…
よくありがちなことではありますが、批判された時に何とか自分で気づきたいものですよね。
> それと今週末くらいで、これらの話題について、
> 一旦収束させていただけたら、幸いです。
基本的に議論というのは相手を説得させたり納得させたりするものではなく、相手に自分の述べていることを理解してもらう、そして相手の述べていることを理解することなのだと、私は考えています。
ですから、片方が議論を収束させたいと思った時点で、収束させることは何も問題はないでしょう。
> ロテ職人さんの、根気には頭が下がります。
> ブログというのは、参与すると疲れるものですね。
基本的にネット上に限らず、本質的な議論というのは疲れるものなのではないかと思います。特に、ネット上では(チャットでもない限り)ログは残るので後から読み返す(あるいは読者によって読み返される)ことが可能ですし、その場の雰囲気とか感情とかで押し切るというのは難しいはずだと思います。
そういった意味でネット上の議論は(疲れますが)うまくすれば有意義な話ができることが多いのではないかと思うのですが…そういうのに慣れていない人が多い状況ではなかなか難しいのかもしれません。
このコメントに対してレスがいただけるかどうかはわかりませんが、おつきあいいただきましてありがとうございました。
また何かの機会にコメントいただけたらうれしく思います。

38歳CP 07-08-18 (土) 0:16

ありがとうございました。
私にとっては新鮮な体験で、有意義でした。
また(議論の場では非対称な関係で)議論を交わせることができれば、私もうれしく思います。

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