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「意見を撤回すること」についてさらに考えてみる

公開日: : 雑記

08/08/25のエントリ、議論において「理由もなく」意見を撤回するのはどうかと思う。個人的には。のコメント欄にネタ元のしっぽのブログのしっぽさんからコメントいただきました。ありがとうございます>しっぽさん
トラックバックを送っていただいたようなのですが、当ブログへのトラックバックが最近非常に通りにくく、何とかせねばと思いつつなかなか対策ができずにおります。ご迷惑おかけして申し訳ありません。
以下、本題に入ります。コメント欄で書くにはちょっと長すぎる内容なので、再度トラックバックになりますがご了承ください。
・・・・・・・・・・
さて、しっぽさんのご意見は全くその通りだと思います。私が述べていることが間違っておりました。
今の私に言えるのはそれだけです。






…と、真面目に議論をしようと思って、真剣に返信コメントを書いたのに対して、何の理由も無く上記コメントのみを返されたら、単純に嫌な気分になりませんか?
私は嫌です。
しっぽさんはそういうことを嫌だとは思わない人格者、優しい方なのかもしれませんが、私だったら「せっかく長文コメント書いたのに」「こいつ面倒になって議論を投げやがったな」と思い、嫌な気分になりますよ。

例えば議論が下手な人間が、議論途中で意見の間違いに気づき、しかしその理由を上手く説明できないと感じた時、彼は意見を撤回してはいけないのでしょうか?

自身の思考を言語化できない人はそもそも議論に参加すべきではないと思います。逆に言えば、自分の意見を言える人であれば、少なくとも自身の思考を言語化する能力は持っているのだと思います。
理由を述べることはそう難しくはないでしょう。単純に自分の意見のどこがおかしいと気づいたのか、そして相手の意見のどの部分を聞いて自分の意見がおかしいことに気づいたのかを述べればいいだけですから。
したがって

理由が説明できないからといって(もしくは理由を説明する気が無かったとして)、だからといって彼は、もう既に間違っていると感じる意見を主張し続けるべきなのでしょうか?

という点について、能力的に「理由が説明できない」という事態は考えにくいです。むしろ「理由を説明する気が無い」ケースが圧倒的に多いと思われます。
もちろん、自分で間違っていると感じる意見を主張するべきではありません。相手に嫌な思いをさせようという意図を持っている場合を除いては。同様に相手に嫌な思いをさせたいと思っていない、相手に嫌な思いをさせたくないのであれば、やはり意見の撤回は理由を述べる前提でなされるべきです。

議論は理由を説明すべきですが、時に議論が下手で、時に悔しくて、時に面倒になって、理由を述べられない方がいらっしゃいます。

ただ、そういうときであっても、自身の疑う意見を正しいのだと思い込み、自己正当化に走ってしまうことは避けられるべきだと思います。

そうです。そういう場合に自己正当化に走ってしまうことは避けられるべきです。そうしたことは建設的な議論を妨げますので。
そして「悔しくて理由を述べられない方」というのは、何が悔しいかというと「議論に負けること」が悔しいのですよね(私にはそれしか考えられませんが、他に「悔しい」と思われることがあるのであればご指摘ください)。そして「面倒になって」というのもその背景には「悔しい」という思いがある可能性が高いと思われます。なぜなら前述のように理由を述べるというのはシンプルな行為であり、それほど労力は必要ないからです。

頭では「議論は勝ち負けではない」と思っていても、議論の仕方が今まで通りでは、外部的には何の意味も無いことになります。(こういう方はかなり多いです)

ですので、まず、数ある具体的な行為のうち、実践しやすく効果の上がるであろう「意見を撤回する」をオススメしたということになります。

とおっしゃっているように、「議論は勝ち負けではないのだから、実践しやすい意見を撤回することをオススメしている」わけですよね。
しかし、「悔しくて理由が述べられないから、とりあえず理由は述べないで意見を撤回する」という行為では、結局「勝ち負けにこだわってしまう」という本質的な部分は何も改善されていないでしょう。
このように考えると

「意見が間違っていると思ったならば必ず撤回しましょう、出来れば理由も述べましょう」

ではなく、やはり
「意見が間違っていると思ったならば必ず撤回しましょう。その際必ず撤回の理由も述べましょう」
とすべきではないかと思います。
繰り返しになるかもしれませんが、「悔しいから意見を撤回する理由が述べられない」という際、その背景にある「議論に負けたくない」という意識に気づくべきだと思います。むしろ悔しさがあるということから、自身の「負けたくない」意識に気づくことができるということかもしれません。
以上、できるだけシンプルな形でご返信できればと思いましたので、しっぽさんからのご指摘全てに言及できたわけではありませんが、本質的な部分について私の意見を述べることができたかと思います。ご不明の点等あれば、ご指摘いただけたらと思います。

そして1日1回クリックして、順位確認後戻ってきていただけると大変うれしゅうございます学問・科学ランキング

・・・・・・・・・・
※19:10追記
最初に挙げた「真面目に議論をしようと思って、真剣に返信コメントを書いたのに対して、何の理由も無く上記コメントのみを返されたら、単純に嫌な気分になりませんか?」について。
言われる側が人格者である以外に、嫌な気分にならないケースを思いつきましたので追記。
相手の意見を撤回させることを目的としている人、つまり議論に勝とうとしている人にとっては、相手が理由なく意見を撤回することに嫌悪感を覚えないかもしれません。
そしてそれもまた「議論は勝ち負けである」と思っている人なのですよね。

2008/08/28 | 雑記

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コメント/トラックバック (8件)

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  1. 以前コメントした者です。
    ロテさんの「議論」に対する姿勢は厳しいなーと頭が下がりますが、他人同士が意見を交換する場である以上、そもそもそのルール作りから歩み寄っていくことが必要ではないでしょうか?そういう意味では私はしっぽさんの意見に賛同できるかな。ロテさんの場合、「議論たるものかくあるべき」というマイルールがガチガチにあるみたいですね。それ以外はもう認めないというか頭が悪いと断罪されるか、とにかく門前払いな雰囲気。私は、議論が感情的になっても、どちらかが感情に流されて一時中断しても、口ごもっても、意見撤回の理由が言えなくても、結論が出なくてもグダグダになっても、別にいいと思います。というか、いいも悪いもなくて、ただそうなったんだよねとしか言いようがない。「そして『面倒になって』というのもその背景には『悔しい』という思いがある可能性が高いと思われます」?果たしてそうでしょうか?人が何かを面倒になる理由には複雑怪奇な人の数だけのプロセスがあるし、他人がそんなに簡単に断定できるもんではないと思いますが。たとえば私は熱があるときはあんまり長い会話は面倒になるし、一見して分かるような重症ならば相手に説明するのも面倒だけどな。でも、その重症っぷりを分かってくれない相手がいてもそれは仕方がないと思います。説明しないことを選んでいるのは私だから。
    書きながら思ったのですが、私の中で「議論」と「会話」は、本質的にはそんなに違わないということなのかもしれないです。ロテさんにとって両者は全然違うものなんでしょうか??

  2. >私の中で「議論」と「会話」は、本質的にはそんなに違わないということなのかもしれないです
    確かに「議論」も「会話」もコミュニケーションの一手段という点から考えますと、本質的には違わないと思います。
    しかし、”本質的に”という言葉が非常に厄介だと思います。”コミュニケーションの一手段”(一手段というくくりは私の発想ですが、つまりはそういうことだと思います)というくくりはあまりに乱暴すぎます。それを”本質的”という言葉で同じカテゴリーとしてしまうのは、それこそ本質から逸れていくような気がします。
    「議論」=”それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。”
    「会話」=”二人または数人が、互いに話したり聞いたりして、共通の話を進めること。また、その話。”
    (ともにgoo辞書より)
    とあるように、コミュニケーションの手段としての違いが明確にあるのではないでしょうか?
    私の考えとしては、「論じ合うか」、「共通の話を進めるか」という点で違いがあるように思えます。”「論じ合う」という互いに意見を述べるプロセスが必要となる”、というかそれが肝な気がします。
    それを同質のものとして扱うために、「論じ合う」ことで、相手の体調を気にしたり、互いの関係が悪くなったりするのではないでしょうか?
    つまり、相手との関係性は抜きにして、「それぞれの考えを述べて論じ合う」ことが「議論」であるわけで、そこに相手との関係性は干渉しないことは最低限のルールであるわけです。
    しかし、それを納得するには、日本の文化上では困難となる場合が多いわけです(そこが今回のエントリの発端だったりするような気がします)。
    ルールを知らないうえに、「議論」と「会話」を厳密に分けないということは、コミュニケーション上危険なようにも思います。
    そして、「論じ合う」というコミュニケーションの一様式であるのに、”「論じた」結果、相手が意見を撤回”したら、それは「議論」というコミュニケーションの成立とは言えないと思います(”説明しない自由”というのも「議論」というコミュニケーションにおいては、”説明しないという論”を論じ合うことが必要だと思いますよ?)。
    よって、私は、「議論」というコミュニケーション様式をとる際、議論のルールに沿うことで(というか沿わなければ困難だと思いますが…)、「議論」というコミュニケーション様式を維持することができ、無用な軋轢が避けられると思います。

  3. 何となくですが、
    議論が「撤回」されるのが嫌なのではなく、やーめたって言って、今までの議論が「白紙」になる。もしくは、「無かったこと」にされてしまうのが嫌なのかなと思ったのですが。
    撤回するにも理由を述べて欲しいというのはつまり、議論によってそこまで出来た「プロセス」だけは残しておきたいってことかと。プロセスまでも無かったことにされるから、徒労感だけが残ると。
    議論をただ撤回して終わるということは、負けることによって逆に勝ちを得るということで。議論が勝負事になると。
    だから、勝ちたい人には撤回もお勧めですし、議論に疲れたときは、やっぱり撤回して逃げたいと思うのも人情かな。
    個人的に思うのは、撤回した後に、じゃあ次はどうするのかとか、新しい話題に発展するとか、実りのある方が議論する方としては嬉しいですが。

  4. >Anonymousさん
    前回と同じ方ですよね?えーと…
    > それ以外はもう認めないというか頭が悪いと断罪されるか、
    > とにかく門前払いな雰囲気。
    別にそう考えるのは私の自由なわけですよね?それでいいんじゃないでしょうか?
    > 私の中で「議論」と「会話」は、
    > 本質的にはそんなに違わないということなのかもしれないです。
    > ロテさんにとって両者は全然違うものなんでしょうか??
    少なくとも現在の私の「議論のルール」は
    議論のしかた
    http://iwatam-server.sakura.ne.jp/software/giron/giron/index.html
    に準拠しておりますので、まずはそちらをお読みいただければと思います。
    で、議論は勝ち負けではないし、そもそも何かを決めるための議論でもないので、結論を出す必要はありませんし、そういう意味ではぶっちゃけ意見を撤回する必要もありません。
    議論を「相手の言っていることを理解するための過程」と定義するとしたら(しっぽさんもこの点については同意されることと思います)、ものすごく単純に「相手の言っていることでわからないことがあれば質問する」という原則だけで議論は成り立ちます。
    そうだ。そう考えると、理由なしに意見を撤回された際に私がその理由を求めるのは「何が言いたいのか分からないから」なのですね。
    そうだそうだ。うん。自分が言いたかったことが今理解できました。

  5. >新人CPさん
    コメントありがとうございます。
    こうなってくると「論じ合う」って何?みたいな話にもなってきかねませんが、そうなるといよいよ無限回廊に迷い込んでしまいそうな感じです。
    一応、現時点での私の考えでは(というか上記リンク先で述べられていることなのですが)、議論においては「相手の言っていることでわからない点について質問する」というルールさえあれば、「論じ合う」ことが成立する、つまり議論が成立するような気がします。
    ルールはシンプルな方がいいっすよね。
    で、別に「意見を撤回する」必要はない、と。

  6. >浅木さん
    コメントありがとうございます。
    > 議論をただ撤回して終わるということは、
    > 負けることによって逆に勝ちを得るということで。
    > 議論が勝負事になると。
    そうです!それです!
    「負けることによって逆に勝ちを得る」ということ、正に私が言いたかったことです。
    別に結論を出したり、あるいは勝ち負けを決めるのが目的なわけじゃないから、撤回する必要すらない、と。
    それぞれが気づいたことがあれば、それで充分「実りのある」議論なのではないかと思います。
    もちろん「相手の述べていることを理解できた」というのが前提になりますが。
    そして、だからこそ意見を撤回された場合にはよくわからんのでやっぱりその理由は求める、と。

  7. こんにちは。
    またトラックバックができなかったのでコメント欄で失礼します。
    こちらのURLになります。
    http://tail.s68.xrea.com/blog/2008/08/post_126.html

  8. >しっぽさん
    丁寧なお返事ありがとうございます。
    少し時間ができたらそちらにレスさせていただきます。


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  • 某総合病院精神科勤務の臨床心理士であり臨床心理学者(自称)。なんだかんだで2児の父。妻との仲もそれなりに良好
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