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「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」要望書に関する疑問

公開日: : 最終更新日:2013/10/07 資格問題 , , , ,

revolution

昨日のエントリでご紹介させていただきました、「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」(以下「有志の会」)ですが、そちらのページを見ますと、「インフォームド・コンセントの会開催と心理師資格案の全員投票への要望書」(※PDF注意)なる書類がアップされております。

興味がある方はご覧いただき、賛同される方は署名なり何なりをしていただければと思うのですが…

さて、こちらの要望書。いくつか疑問点があったりしますので、挙げてみたいと思います。私の知識不足、理解不足によるところもあると思いますので、そうした点に関してはご指摘いただければと思います。

「有志の会」代表、平井正三氏名義での「要望書」の一部、コピペしていきたいと思います。

日本臨床心理士会は情報の周知をしていなかった?

われわれ「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」は、日本臨床心理士会が、「心理師」国家資格創設を、一般会員に十分な情報を周知させることなく、また代議員会などにおける討議の機会もないままに、理事会主導で非民主主義的なやり方で進めていることに強い懸念を抱きます。

まず一点目。本当に日本臨床心理士会は情報を周知していなかったのでしょうか?

私はそんなことはないと思うのですが…

以前、「医療心理師」という名称の国家資格創設について、当時の政権与党である自民・公明両党、さらに民主党の三党間での合意がなされたことがありました。それがいつのことか、覚えてらっしゃいますか?

そのニュースが出たのが2005年2月4日です。私のブログでは翌5日にその話題を取り上げております。

うつ病急増に対応「医療心理師」新設へ、自公民合意(05/02/05)(※注:元ニュース記事は既に削除されており閲覧できません)

その後、国家資格創設の話題に関して、当ブログでは逐一取り上げて参りましたし、様々な議論も行われてきました。

例えばこちらのエントリのコメント欄、読んでみてくださいよ。

本日の「サンバじゃない」(05/03/09)

現役臨床心理士のみならず、学生や多職種の専門家も交えて、数百を超えるコメントによる激論がかわされました。

ここに参加していた人たちは、自分で情報収集してましたし、そういった意味ではやっぱり日本臨床心理士会による情報提供が不足しているとはとても思えないのですよね。

もう一度繰り返したいと思います。

本当に日本臨床心理士会は情報を周知していなかったのでしょうか?

代議員会の役割って?

「有志の会」による「要望書」にはこう書かれております。

また代議員会などにおける討議の機会もないままに

えーと以前ですね、何かの機会に(やっぱり資格がらみだと思うんですが)「代議員会って何をするところなの?」ってのを調べたことがあったんです。

いや、調べるってほどのことでもないです。(社)日本臨床心理士会の定款を見ただけなので。

一般社団法人 日本臨床心理士会 定款日本臨床心理士会

この中の「第四章 代議員会」の(権限)の項目、「第14条」を見てみましょうか。

(権限)
第14条 代議員会は、次の事項について決議する。
(1) 会費の額
(2) 会員の除名
(3) 役員の選任及び解任
(4) 役員の報酬等の額及び役員の報酬等の支給基準
(5) 計算書類及び財産目録の承認
(6) 定款の変更
(7) 解散及び残余財産の処分
(8) 第 6 条第3項の選挙を行うに当たって地方区代議員の選挙権及び被選挙権を確定させるために必要な海外に住所
を有している正会員の都道府県の所属
(9) その他社員総会で決議するものとして法令又は本定款で定められた事項

…えーと、恐らくこの中に「国家資格創設に関する討議」ってのは含まれないですよね?その時点で要望書にある批判は当てはまらないと思う訳なんですが…

ただ、上の方針に従いたくない場合、「役員の解任」ってのはできるんですよね。それはつまり、民主的な手続きに基づいて行うってことですよね?

民主的な手続きに基づいて選出された代議員が、民主的な手続きに基づいて「役員の解任」を行うことが出来る…

「有志の会」の「要望書」にある

非民主主義的なやり方で進めていること

ってどういうことなんでしょ?

もし反対派が多数であれば、選出される代議員も反対派が多数になるでしょうし、「非民主主義的なやり方」で物事を進めていく役員がいた場合には解任も出来るわけで…

本当に臨床心理士会は「非民主主義的なやり方で進めている」んですか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう何点か疑問はあるんですが、今日は眠いのでここまで。後日また続きを書きたいと思います。

ここまでの時点で、私の疑問にお答えいただける方がいらっしゃいましたら、「有志の会」の平井氏以外でも構いませんので是非ともよろしくお願いいたします。

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コメント/トラックバック (193件)

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  1.  「ロテ職人」さん、まずはあなたのブログで私たち「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」の宣伝をしていただきありがとうございます。[議論がかみ合っていないというご指摘があるので、丁寧にコメントしますので、めちゃくちゃ長くなります。ご容赦。]
     先の「言論封殺」エントリに、「南爪」さんが、私がネット上での議論を否定しているのではないかと書かれていましたが、ネットそのものは、「南爪」をはじめとする若い臨床心理士の方や臨床心理学の大学院生など、臨床心理学コミュニティの多くの若い人に届く有益なメディアであると認識しています。ただし、そこでの匿名の議論がどれほど有益なものか、残念ながら私はまだ懐疑的です。先に行われた「インフォームド・コンセントの会」(http://rinshoshinri.web.fc2.com/newpage2.html)がとても実りが多かったこととどうしても比べたくなります。それなら人のブログににコメントするなと言われるかもしれません。
     「ロテ職人」さん、あなたもこのブログを読んでいる若い臨床心理士たちに対して、情報発信者としての責任を感じている部分があることでしょう。
     最近この心理師国家資格問題について知るようになりいろいろ調べ始めた私はあなたに比べれば明らかに新参者です。ですが、この数か月いろいろ調べるうちにいろんなことがわかりました。
     まず、この問題に詳しい臨床心理士の大半が、この心理士国家資格が創設されれば、臨床心理士の雇用情勢は悪くなる公算がとても高いと予想しています。特に、20代30代のまだ経験や専門的技量が十分でない世代は、苦難を強いられる可能性が高く、心理の仕事では食っていけなくなり、おそらく「廃業」に追い込まれる人が多く出るでしょう。とりわけ、スクールカウンセラー職(給与水準は、少なくとも半分以下になると予想する人が多い)に収入多くを頼っている臨床心理士はその可能性が高いでしょう。後で詳しく見ていく日本臨床心理士の国家資格化のQ&A(http://www.jsccp.jp/suggestion/license/pdf/shikaku-QA.pdf)でも、はっきりと「心理師」資格保持者は、経過措置で「多く見積もって」3万人と予想しています(A5)。現在の臨床心理士の1.5倍です。もちろん、臨床発達心理士だけでなく、認定心理士も資格要件を満たすと考えられるので、この見積りは甘いという意見もあります。そして、「南爪」さんが的確に指摘されていたように、将来的に学部卒の人が大量に心理師資格を取得することが予想されます。つまり、若い世代は大変な苦難に直面する可能性があるのです。

     さて、こうした事実や予想(もちろん異なる予想もありますが)があることについて、多くの臨床心理士、とりわけ若い臨床心理士は知っているのでしょうか?
     「いや、もう十分説明したし、情報も提供している」と「ロテ職人」さんは、おっしゃるのですか?釈迦に説法ですが、患者さんが病気や治療法についてよく分かっていないという事実を前にして、「何を言っているんだ。もう同じことを何度も説明しただろ」とおっしゃるのでしょうか?
     私たちが行った「インフォームド・コンセントの会」でのアンケート調査では、実に70パーセント以上の方が、臨床心理士会は十分な説明を行っていないと回答しています。現に、「南爪」さんや前のエントリにコメントされていた「松茸」さんなど心理師資格の性格を十分に把握されていない若手の臨床心理士が沢山いる可能性を「ロテ職人」さんも感じられているのではないですか?実際、私の周りの人に尋ねてみたら、ほとんどの人は、今進められている心理師国家資格が臨床心理士資格とは別物の資格と言うことを知りませんでした。「ロテ職人」さんの周りはどうですか?

     しかし、「ロテ職人」さんのおっしゃることにも一理あります。私自身、この問題にあまりにも無関心であったことを反省しています。知ろうと思えば、「ロテ職人」さんのおっしゃる通りほとんどの情報を手に入れることができます([有志の会」のホームページの「インフォームドコンセントの会(結果)資料1[http://rinshoshinri.web.fc2.com/newpage2.html]参照)
    。とりわけ「ネット」を通じて(もっとも、最も肝要な情報は、「口コミ」でした)。
     そうですね。無関心が現在の心理師国家資格問題をめぐる迷走を生みだした大きな要因のように思えます。これは、ただちに、「ロテ職人」さんの二つ目の問いにつながります。
     「ロテ職人」さんは、一般社団法人日本臨床心理士会の定款では、代議員会に資格問題について決議をする権限は与えられていない、理事会にそれがあるのであるから、心理師資格問題は、定款に則って、つまり民主的手続きに則って進められている、ろ仰っています。さて、この定款は、2009年6月に一般社団法人化するにあたって、定められたもので、それまでは決議機関は代議員会でした。つまり、一般社団法人化に従って新しく定款が定められたのですが、その時に資格問題の決議機関は代議員会から理事会に変更されたのです。しかし、2009年12月に代議員会で「国資格に対する当会の考え方」を決議しています(定款からすると理事会で十分なのでしょうが)。しかし、2011年10月理事会が、代議員会で審議せず、三団体の要望書を決議しています。
     以上の経緯をどう読むかですが、これは理事会という少人数の間で資格問題を進めることができるように巧妙に仕組まれた仕掛けにまんまとはまったとみることはあながち的外れではないように思います。そもそも最初に「ロテ職人」さんのこのブロクにコメントしたのも、新潟県臨床心理士会のHPへの「ロテ職人」さんの「既得権益」批判に端を発しますが、理事会のこの動きには、多くの批判や異論が理事会や代議員会にはあったとようです。
     わたしはこの問題を調べているうちに、ナチスがワイマール憲法化で合法的に独裁制を敷いていくプロセスを思い起こされました。ヒトラーは、まさしく「ロテ職人」さんがいうような意味での「民主的」手続きで独裁制を築いていったのですよね。そして、それを支えた要因の一つは、やはり「無関心」であったという指摘もあります。「自分は関係ない」「自分は大丈夫だろう」「今、行動しなくてもよいだろう」といった「無関心」です。
     
     長くなって申し訳ありません。最後に一つ質問です。先に挙げた臨床心理士会の国家資格化をめぐるQ&Aを見てください。
     まず、A2に、「もともと<臨床心理士>は、その創設当時心理職の国家資格化がすぐには実現できないため、将来の国家資格化につなげるための「一階梯(一つのステップ)」として作った資格です」とあります。「え、そうなんですか!」とびっくりする指定校大学院生やその親御さんも多くおられることでしょう。それでも、「民間資格の臨床心理士が国家資格になるということだろう」と思われる方は、A7「「心理師(仮称)」は<臨床心理士>とは別個の資格です」という記述を読んでのけぞるのではないでしょうか?「え、それでは、指定校大学院に入って何とか取れた、この資格は、別個の資格を作るための方便だった!?」と憤慨する人がいてもおかしくないでしょう。
     さらに、「国家資格の「心理師(仮称)」ができた場合、職能団体としての「日本臨床心理士会」はどうなるのでしょうか?」というQ5に対しては、「この(経過措置の)6年の間に、「日本臨床心理士会」は国家資格保持者を主とした職業団体に移行するか、あるいは新たに国家資格団体を立ち上げることも考えられます」(A5:カッコ内平井)とあります。臨床心理士資格制度が残るのであれば、臨床心理士会もそのまま存続すると言えるわけですから、この記述を読む限り、すでに、心理師国家資格創設を推進している日本臨床心理士会幹部は、臨床心理士資格制度はなくなると想定していると考えてよいように思います。それは、最初に挙げたA2での記述とつじつまが合う態度です。

     「南爪」さんをはじめとする若い世代の臨床心理士の方々、そして現在指定校にいる大学院生の皆さん、その親御さんたちは日本臨床心理士会幹部のこうした動きをどう考えられるのでしょうか?私を困惑させるのは、幹部の多くは指定校大学院の教員であるということです。指定校の教員が、自ら教育しているはずの内容を否定する動きをしているように見えます。そして、明らかに、専門性の低い資格を作り、雇用情勢を悪化させ、(ちなみに、私は社会の公益に資するより高度な専門性をもつ資格を作るためであれば、雇用情勢が悪化したり、職を失う人がいても仕方ない場合もあると考えます。)、ワーキングプア―を増やす動きをしているようにみえるのです。
     以上は私の主観によってゆがんだ味方の部分があるかもしれませんが、この問題に詳しい多くの臨床心理士との間で共有されている認識でもあることをここで述べておきます。このブログを読んでいる、大半の若い臨床心理士や大学院生は、こうした事実や見解があることも知らないでしょう。そして知ったら自分で判断し、しかるべき行動すべきです。

     「ロテ職人」さんは、臨床心理士資格が残ればよいと書かれていましたよね。以上の事態に対して、どう考えられるのでしょうか?

     

  2. >平井正三さん

    早速のコメントありがとうございます。

    一つ疑問なのですが、会員限定のページの内容に関して、会員以外の方が閲覧可能な場に転載するのは大丈夫なのでしょうか?引用だからいいのかな?

    とりあえず「要望書」にある「非民主主義的なやり方」という表現が間違ってらっしゃることは認めていただけたということで、一安心です。

    あと、前回の私の質問に関連して、国家資格創設後の臨床心理士会のあり方、そして臨床心理士という資格の行方に関してもコメントありがとうございます。

    「学部卒」問題に関連して、学部卒でも十分に能力があるのであれば、それはそれでいいんじゃないですか?逆に、学部卒で心理職としての能力が不十分だと考えるのであれば、大学院に進学すればいいんじゃないでしょうか?

    さらにSC問題についてですが、そもそも現行のSCの給与水準は「適正」だとお思いですか?SCをやっている方には申し訳ないのですが、私は適正な給与になるというだけの話だと考えます。

    それよりも私はSCの常勤化がなされるべきかと思うわけですが、そのためにはある程度の人数が必要なわけで…しっかり市場原理が働けば、需要と供給のバランスは取れるようになるかと思います。そのためには数年はかかるでしょうけれども。

  3. SCの給与が適切なのか税金泥棒なのかよくわかん無いので、いっそ歩合制にしたらいいんじゃない?
    不登校の教室復帰一件につき5000〜10000円的な(笑)

  4. 「ロテ職人」さん、違いますよ。あなたが間違っていると書いているのですよ。
     あとは、概ね私の指摘している事実は認められたわけですね。「臨床心理士資格が残るならそれでよい」という前提はもう成り立たないと思いますが、そこはどうなるのですか?
     そしてあなたの立場では、この国家資格創設によって、このブログを読んでいる若い臨床心理士たちが何も知らないまま苦境を強いられるようになってもそれは関知しないということも分かりました。
     「会員限定のページ」云々は意味不明です。「有志の会」のHPは会員限定ではありませんし、日本臨床心理士会のQ&Aはオープンの部分にありますよ。

  5. >平井正三さん

    > ロテ職人」さん、違いますよ。あなたが間違っていると書いているのですよ。

    え?そうだったんですか?

    今一つよくわからないのですが、平井さんのおっしゃるところの「民主的」というのは、一般的に言われるところの「民主的」とは定義が違うのでしょうか?

    「自分が気に入らないこと=非民主的」とおっしゃっているようにも思われるのですが、平井さんがおっしゃる「民主的」の意味を教えていただいていいですか?

    > 「臨床心理士資格が残るならそれでよい」という前提は
    > もう成り立たないと思いますが、そこはどうなるのですか?

    自分ではどうしようもないので、自分が生き残る道を模索するのみですね。私も一介の「若い臨床心理士」でしかないので。

    > そしてあなたの立場では、この国家資格創設によって、
    > このブログを読んでいる若い臨床心理士たちが何も知らないまま
    > 苦境を強いられるようになってもそれは関知しないということも分かりました。

    このブログを読んでいて「何も知らない」のであれば、それは「知ろうとしない」「自分で考えようとしてない」ってことでしょう。

    私がそういう人の面倒まで見なければいけないということですか?ブログで情報発信をしている私には、そこまでの責任があるとおっしゃるのでしょうか?

    > 「会員限定のページ」云々は意味不明です。
    > 「有志の会」のHPは会員限定ではありませんし、
    > 日本臨床心理士会のQ&Aはオープンの部分にありますよ。

    すみません。これは完全に私の勘違いです。

    日本臨床心理士会のサイトトップ(http://www.jsccp.jp/)の「お知らせ」の欄に

    > 2013/08/02 国家資格問題Q&Aを掲載のご案内

    と書いてあるのですが、そこのところに「会員ページ」のアイコンがついていて、てっきり会員限定の情報かと思っていたのですが、

    国家資格関連情報 l 一般社団法人 日本臨床心理士会 http://www.jsccp.jp/suggestion/license/

    のページから普通に閲覧可能なのですね。

    国家資格化をめぐる Q&A
    http://www.jsccp.jp/suggestion/license/pdf/shikaku-QA.pdf

    ということで、これに関しては臨床心理士会のミスかと思いますが、私もちゃんとみないまま発言してしまったことをお詫び申し上げます。

  6. >すちゃらかCPさん

    ごぶさたしております。コメントありがとうございます。

    > いっそ歩合制にしたらいいんじゃない?

    どこのブラック営業だ?って感じもしなくもないですが。

    自分はSCやってないんでわからないんですが、SCをやっているベテラン(or 若手)は自分の時給が若手(or ベテラン)と同じであることには疑問を抱いたりはしないでしょうかね?

    「臨床心理士資格を持っている」という一点のみで、「その時給を得るだけの能力は満たしている」という考えで皆さん一致しているのでしょうか?

    あるいは「学校心理士」など他の資格保持者では何故ダメなのでしょうね?

    …こんなこと考えるのは私だけ?

  7. 「民主的」という言葉で、「手続き上瑕疵がない」、特に間接民主制において少人数の議決機関が合法的に多数決で決めることと、ロテ職人さんは考えていらっしゃるなら、それは一般的でないですよ。特に、その集団のメンバー一人一人に重大な影響を及ぼすであろう案件については、なるべく多くの人に問題を周知させ、できるだけ多様な意見を自由に戦わせたのち、決議する、というのが、一般的に民主的やり方、として理解されています。
    さて、臨床心理士とは別物の国家資格創設に向かう決議は、三団体要望書を日本臨床心理士会理事会が決議したときになされました。ある人は、これをルビコン川を渡った、と評しています。一体、どれだけの臨床心理士がこのことに気づいていたのでしょうか?21人の理事による多数決が、多くの会員のしらないまま、そして議論をつくさないみ、決めるのは民主的とは言えないでしょう。
    あと、 結局、臨床心理士が残らないなら、反対するというわけではなかったんですね。長々とした、議論が空しいです。
    ブログの責任の話ですが、ロテ職人さんが関知しないことがよく分かりました、と書いていますよ。

  8. 1.現在の「臨床心理士」がそのまま国家資格にならないのであれば、国家資格なんていらない。
    かつ
    2.他の団体が臨床心理士とは別の心理の国家資格を作ろうとすれば、それは「臨床心理士」が国家資格になる機会がなくなることに等しい(現在国は、あまり多くの国家資格を作ろうとはしていないことより)ので、反対する

    国家資格に反対している人達は、結果的に上記のことを言っているのと変わらないのですが、私にはダダをこねている子どもに見えます。

    推進派の人達で前線でいる人は、他団体と必死で戦っているのですから、ただ反対するのではなく、その人達に協力してください。前線で戦っている人達が現在困っている事はなんなんでしょう。私達が協力できることは何があるのでしょう?

  9. >平井正三さん

    コメントありがとうございます。

    > 「民主的」という言葉で、「手続き上瑕疵がない」、
    > 特に間接民主制において少人数の議決機関が合法的に
    > 多数決で決めることと、ロテ職人さんは考えていらっしゃるなら、
    > それは一般的でないですよ。

    「一般的」という話をするのであれば、お手数をおかけして大変申し訳ないのですが、そのソースを挙げていただいていいですか?

    平井さんはそういう方ではないと思いますが、「自分の考えていること」=「一般的」だと思ってらっしゃる方も少なくありません。

    ネットソースではなく書籍等でも結構です。後学のために、平井さんのおっしゃるところの「民主的」が「一般的」な定義であるソースを教えていただければ大変ありがたいです。

    > あと、 結局、臨床心理士が残らないなら、
    > 反対するというわけではなかったんですね。

    前言撤回します。

    確かに以前は「臨床心理士が残らないなら反対する」と言っていましたが、臨床心理士会の見解を聞いた時点で自分の考えを整理し直して、「それでも反対するまでのことでもない」という意見になりました。

    それにはいくつか理由があるのですが、その理由についてはあとで時間がある時に書かせていただきます。

    > 長々とした、議論が空しいです。

    もし、平井氏がここで議論している目的が「私の考えを変えさせる=ロテ職人を反対派にすること」なのであれば、確かに空しい議論に思えてしまうかもしれませんね。

    私にとって、ネット上での議論の目的は、相手の意見を変えることでも、自分の意見を世間に知らしめることでもありません。

    私にとってのネット上での議論の目的は、議論の中で自分の論を修正したり、あるいは自分の論を補強したりすることです。

    従って、相手が実名だろうと匿名だろうと(論理的な議論さえできれば)構いませんし、当然相手の身分、属性は全く関係ありません。

    …と考えたところで、何故平井氏がネット上の議論に意義を見いだせないのか、そして何故実名での議論を求めようとするのかが分かった気がします…が、割とどうでもいいことなので、細かくはツッコまないことにします。

    > ブログの責任の話ですが、ロテ職人さんが関知しないことがよく分かりました、
    > と書いていますよ。

    そうですね。失礼しました。

  10. ロテ職人さん、〔めちゃめちゃ長いです。すみません〕

    >「一般的」という話をするのであれば、お手数をおかけして大>変申し訳ないのですが、そのソースを挙げていただいていい>ですか?

     ということですが、

    >平井さんのおっしゃるところの「民主的」というのは、一般的>に言われるところの「民主的」とは定義が違うのでしょうか?

    ということで、「一般」という言葉を最初に使ったのはあなたですよ。ですから、上記の依頼はまずあなたがすべき筋合いですよね。というような、不毛な話をしていても仕方ないですね。私の言っていることは、基本的な教養に属することだと思うので、例えば高校の「政治・経済」の教科書なんかをあげることができます。「NHKラジオ高校講座 政治経済」「第3回 民主政治の特質」[ポイント1]「民主主義って多数決のことなの?」という所に以下のように書いてあります。

    >民主政治では、多くの人々の意見を決定に反映するために>「多数決」という方法をとる。多数決は、民主政治に必要な手>段であって目的そのものではありません。民主主義の本質>は、自分たちのことは、他人まかせにしないで自分で決める>ことである。したがって、民主政治では、多数決によって自分>の自由を捨てたり、他人の自由を奪ったりすることは許され>ない。多数決の判断が、その団体のメンバーみんなの幸福>を実現する正しいものであるためには、自由で公開された討>議が行われ、少数意見が尊重されることが大切である。

     そして、「練習問題」では、「民主政治において、多数決の正しい用い方はどれか?」というのがあって、答えは「自由で公開された討論を行ったあと、一人一人が集団の在り方として正しいことは何かを考えて投票し多数決を取ること」とあります。これはまさしく、私たち、「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」の「要望書」が日本臨床心理士会に実行を要望していることです。
     もちろん、日本国や日本臨床心理士会などは、直接民主制は実際的に困難なので、間接民主制を採用しています。しかし、「その集団のメンバー一人一人に重大な影響を及ぼすであろう案件」については直接民主制を採用するというのが「一般に」受け入れられた民主主義の考えです。国家における、憲法の改正などがそれに当たり、日本では国民投票と言うことになっていますよね。先の「Q&A」に明らかなように、心理師国家資格の創設は、日本臨床心理士会の解体を意味するわけですから、「その集団のメンバーひとりひとりに重大な影響を及ぼすであろう案件」にあたりますね。
     ちなみに、ウィキペディアによれば、全体主義は、

    [全体主義は一般に、市民(一般会員)が通常は国家(臨床心理士会)の意思決定に重要な割合を持たない権威主義体制(理事会による専権的決議体制)と、公的および私生活の最も重要な側面(資格問題)を指示する定式化された意味で広く公布された政治思想(心理師資格案)の、結合である](カッコ内平井)

    とあります。カッコ内で示したように置き換えることができるように思います。先の「ペンギン」のような言説は典型的に全体主義社会の言説ですね。そういう意味では、現在の日本の臨床心理士コミュニティに蔓延する「全体主義的雰囲気」を端的に表現しているように思います。第2次世界大戦前の日本やドイツにはびこっていた言説と酷似しています。
     「手続き上瑕疵がないこと」と先の述べた真の民主主義との混同が重大な悲劇を導きうることは、ナチスが「当時最も民主的な」ワイマール憲法下で(一見)合法的に「全権委任法」を可決させ、独裁制を確立させ、ドイツを破滅に導いたことで、教養人にとっては基本な認識であると理解しています。

    >もし、平井氏がここで議論している目的が「私の考えを変えさ>せる=ロテ職人を反対派にすること」なのであれば、確かに>空しい議論に思えてしまうかもしれませんね。

    ということですが、「ロテ職人」さん何を言っているんですか?6月29日のコメントで私は、

    >おそらく、この場で「ロテ職人」さんを説得するのは無理でしょ>うし、(勝手に人のブログで「批判的」なコメントをしておきなが>ら申し訳ないですが)そのつもりも私にはありません。
     
     と明言していますよね。そうすると、あなたは、エントリを新しく作り、

    >個人的にはむしろ説得して欲しいんですけどね…なんでその>根拠を示すことをされないのでしょうか?

     と書いてますよね。支離滅裂のように思えます。「臨床心理士資格は残らないであろうと日本臨床心理士会幹部も考えていること」を明確に示しましたよね。そして6月29日付のコメントでは、

    >既に述べている通り、それ(根拠を示す)をしていただけるの>であれば、私はいつでも反対派に周りますし、大々的にそれ>をここで主張させていただきますので。

    ということでしたね。しかし、あなたは、反対派にまわることも、大々的にここで主張することもないということですね。そして、

    >自分ではどうしようもないので、自分が生き残る道を模索す>るのみですね。私も一介の「若い臨床心理士」でしかないの>で。

    そして、

    >前言撤回します。
    >確かに以前は「臨床心理士が残らないなら反対する」と言っ>ていましたが、臨床心理士会の見解を聞いた時点で自分の>考えを整理し直して、「それでも反対するまでのことでもな >い」という意見になりました。

     ということなんですね。そして、

    >私にとってのネット上での議論の目的は、議論の中で自分>の論を修正したり、あるいは自分の論を補強したりすることで>す。

     なんですね。何度も書きますが、私はあなたを説得するつもりははなからありませんが、議論の重要な基盤をあっさりと翻して平然としている人と議論するのはむなしいとは感じます。さらに言うと、あなたが「自分の論を補強する」手伝いをするモチベーションもありません。この「討議」は茶番に近くなってきたので、これで終わりにしましょう。

     最後に一つだけ付け加えると、以前に「「良識的」なブログだと思います」と書きましたが、撤回します。ここまでの「討議」で基本的な教養(民主主義の理解)、政治的分析力(臨床心理士が残らないという理由は見当たらない)、討議の進め方(前言を撤回する、意味なく「ソース」を要求する、揚げ足を取る)など「良識」を構成するだろう基本的にな部分に疑念が生じています。ただし、「異論」を唱える私にも、公平に場を提供し、宣伝までしていただいたことは、良識の重要な特質も示されていると思いますし、感謝の意を表したいと思います。Farewell!

  11. そもそも、現行の臨床心理士がそのまま国家資格になる、という考えに説得力がないと思います。他の民間心理資格を持つ方が同じように国家資格を主張しても同様だと思います。

    となると、他団体と協力するのは現時点では不可欠ではないでしょうか。それでも「うちの方が学歴や教育レベルも高いし仕事も出来る、前から頑張ってきた」と主張が通せるでしょうか。もしこの自信があるなら、国家資格が出来ようが出来まいが、臨床心理士として自信を持って働けば良いと思います。

    雇用の問題は現在でも酷いものですし、診療報酬など国家資格化してから改善する可能性についても考えていくべきだと思います。

    既得のものではなくて、新しい国家資格として考えるのは、むしろ現況を見ると当然だと思います。今まで心理職が弱く(実力的に弱い、と臨床心理士番号1番の先生が仰いました)認知が十分でなかったのですから、国家資格になって公に認められ、またそのために実力を一定の水準以上にすることも、教育や資格試験を整備することで必要でしょう。

    以上のことを、現行の臨床心理士だけを基準として考えることには無理があると思います。そうした態度が、ペンギンさんの仰るように見えてしまう要因ではないでしょうか。もし今の臨床心理士がそのまま国家資格となったとしたら、私はその方が違和感を感じますし、他の団体も黙っていなくて、もっとややこしいことになるんじゃないかと思います。

    と書くと、私が全く現在の心理師案に賛成だと誤解されるかも知れませんが、そうではありません。念のため。

  12. 日本臨床心理士会も最初は「臨床心理士を国家資格に」という考えで、交渉を続けてきたと思います。

    しかし様々な団体との長い交渉の歴史を経て、「臨床心理士のみを国家資格化するということは無理である」と言うことが理解されたから、日本臨床心理士会は松茸さんがおっしゃるような路線になったと、理解しています。

    しかし平井先生は、長い歴史の経過でようやく今の形でまとまりつつあり進んでいることに対して、「今まで自分を含め、知らなかった人が多くいるから(参加者43名のウチ31名の解答を以て「多くの臨床心理士会会員の」と結論づけることが、統計的に有位なのか甚だ疑問ですが)、もう一度1から細かく説明して欲しい。そして職業的専門性についてもう一度1から議論し直して、検討し直して欲しい。そうでなければ全体主義になってしまう」とおっしゃっています。

    確かに説明に関しては、新しくこのことを知る人に、丁寧にするのは必要とは思います。しかし平井先生のような方が出てくる度に1から、「より良い職業的専門性とは…」から議論し直して資格化を目指していたら、永遠に国家資格は出来ないと思うのですが…。

    またQ&Aにもありますが、ここで国家資格化がされなければ、臨床心理士の仕事を他職種が補う形になる可能性も、大いにあり得ます(例:看護師やPSWや作業療法士にカウンセリングや認知療法を…とか、研修を積んだ教職員やSSWが、WISCや不登校対応を…などの声が、聞こえます)。そう考えるとSCの給与が下がる云々以前に、ここで国家資格化して職業の法的明確化をしないと、臨床心理士が臨床現場から居なくなる可能性も出てくるように懸念するのは、私だけでしょうか?

    以上のような現状から考えると今は、「職業的専門性を1から議論し直して、国家資格化を目指す」時期ではないと思います。そして、もし議論するとしたら、「如何に自分たちの考えを、少しでも国家資格に盛り込めるか」ということを議論する時期だと思います。

    現に日本心理研修センターが立ち上げられ、様々な研修が始められています。これまで臨床心理士が大切にしてきた内容を、もっと沢山、研修という形で盛り込んで頂きたいと願っています。

    確かに現在進んでいる国家資格の内容には、色々な問題点があるかも知れません。しかし長い歴史を経てようやく今、念願の国家資格化という状況になったのですから、これからは他の心理関係者と協力し合いながら、中身の充実の方向に進んでいって頂きたいと思います。

  13. 「まったりねこ」さん、

    「しかし平井先生のような方が出てくる度に1から、「より良い職業的専門性とは…」から議論し直して資格化を目指していたら、永遠に国家資格は出来ないと思うのですが…。」

     ということですが、現在、「インフォームド・コンセントの会」と全員投票を要望する「要望書」にご自身の名前を書いて私のところまで全国各地から郵送していただいている臨床心理士の方の数は420名を超えています。もう少しで、住民直接請求の必要要件の50分の1である500名を超しそうです。私たちのような草の根的な会が署名を集め初めて1か月も立たないうちにこれだけの数が集まっていることをどう考えるのでしょうか?
     私たちが要望しているのは、単にちゃんと説明してくれということではありません。臨床心理士資格をそのまま国家資格にするのと違って、「別個」の国家資格を創設し、かつそれによって臨床心理士資格が消滅する可能性が高くなるという重大な決断を、会員に周知せず一方的に進めるのではなく、少数意見を大切にして議論を尽くして最終的には全員投票で決めていただきたいという、至極普通の民主主義的なやり方(このコメント欄の前のところで書いたNHK高校講座参照)を要望しているだけです。

     「もうそんなことを言っている場合ではない」「早く国家資格創設の動きの中に入っていかないと、臨床心理士自体が危うくなる」などど推進派の方々は仰います。「まったりねこ」さんも、

    「またQ&Aにもありますが、ここで国家資格化がされなければ、臨床心理士の仕事を他職種が補う形になる可能性も、大いにあり得ます(例:看護師やPSWや作業療法士にカウンセリングや認知療法を…とか、研修を積んだ教職員やSSWが、WISCや不登校対応を…などの声が、聞こえます)。」

     とおっしゃいます。しかし、私たち臨床心理士の専門家としての仕事は、そのように簡単に他の職種の方が取って代わることのできることなのでしょうか?私は、自分の仕事、その専門性についてはそんなことはないと自信をもって言うことができますし、多くの臨床心理士もそうだと思います。もし仮に他の職種の方が取って代わることができるということになるのであれば、そもそも臨床心理士の専門性はそれだけのものであったということで、そんなものを国家資格化するなんておこがましいということはありませんか?

     しかし、誤解のないようにしていただきたいのは、私たち「有志の会」は国家資格化そのものに反対しているのではありません。拙速にことを進めていくこと、特に「まったりねこ」さんも認めているように重大な問題点をもつ資格案を、多くの会員を巻き込んだ十分な討議なしに進めていくことに強い懸念をもっています。こうした集団心理の暴走の典型例が「全体主義」であり、その兆候は「早くしないとまずい」「今は議論している時期ではない」というものであり、その帰結はその集団の災厄であることは歴史が証明しています。民主主義的なやり方は、暴走を食い止め、正気を取り戻す処方箋です。面倒な手続きであり、「最悪の政治形態である。ただしこれまで試みられたあらゆる政治制度を除けば」(チャーチル)。
     推進派の人たちは、断片的な「事実」をもとに「今国家資格化しないとまずい」と主張しますが、この秋に資格ができないといけない必然性っていったい何のでしょうか?それが、来年の秋であって何が問題になるのでしょうか?他の団体が待ってくれない?なぜ待たせることができないのでしょうか?この国の社会の公益に本当に資する職業的専門性を明確にし、臨床心理士が考える資格の方向性を私たちが主体的に明確にしていくのであれば、待っていただいてもよいではないですか?つまるところ、私を含め、長くこの領域で働いて来た人たちは何十年も待ってきたわけです。拙速に事を進めて低い専門性の資格を安易に創設する方がよほど社会の交易を損ね、社会からの信頼性を失うことになるのではないでしょうか?
     「またりねこ」さん、あなたも臨床家であるなら、日々の臨床の中でとても大切な感覚ですからわかっていただけると思いますが、時間の見通しは、「永遠」と「今」の間に多くの可能性がありますよね。
     

  14.  まず,ロテ職人さんと平井先生の「討議」,興味深く拝読しました。また,これを公開して下さっているロテ職人さんのブログ自体にも深く感謝したいと思います。
     
     私は,今回の国家資格化は,悪い部分は見ないようにする,あるいは悪い部分は見せないことによって推進されていると思います。しかし,このようにしなければ,国家資格化をここまで進めることはできなかったことでしょう。悪い部分は「見ないフリ」をして急いで作られた資格は,後でツケを払うことになりそうだな,と直観的に思います。そのような悲劇をまさに臨床現場でも目にしているからです。悪い部分を見ないフリをする臨床家は,臨床家ではないと私は思います。

     私は,国家資格化の黒い部分も知りたいです。どんな悪影響が及ぶのか,それは明らかにされていないのです。それを見せてしまうと反対派が生まれて推進の足かせになると考えられているからだと私は思います。国家資格化されれば,雇用条件のスタンダードも変化するでしょうし,基礎心理学領域との関係もまた変質することでしょう。それは良い面と悪い面の両方があることでしょう。
     私は,国家資格化に関して,我々が受け入れなければいけない必然的な痛みを知ってから,賛成したいと思います。

  15. 平井先生のいらっしゃる京都では、資格法制化関連の臨床心理士会による説明集会が2回開かれているはずです。
    ご自分が知らないから、また周囲の方が知らないから、説明が足りないと言うのはいかがなものでしょうか。
    インフォームド・コンセントの会には臨士会関連の役職についておられる京都文教大学の香川先生も参加されているようですが、香川先生からそのような説明はなかったのでしょうか?

    平井先生は、臨床心理士の仕事は他職種がとってかわることはないとおっしゃいますが、やはりご自分の周りだけを見てそう言っておられるのだろうと思ってしまいます。

    察するに、平井先生は求人票を見ることもないのでしょう。臨床心理士のとなりには、最近臨床発達心理士や精神保健福祉士の名前が書いてあるようになりました。
    病院関係では、看護師に傾聴や認知行動療法を教え、カウンセリングをさせようとしています。どうせ保険点数にならないのだから、臨床心理士にこだわる必要はないですよね。看護師は、看護師本来の仕事もしてくれるので、経営側としては、圧倒的にメリットが大きいと思いませんか。
    今のままでは臨床心理士はじり貧なんです。

    平井先生ご自身は、資格試験のために、認知行動療法や心理テストの勉強を今からやるなどとは考えられないでしょうし、ご自分の知識とスキルで生きていけると思われているのでしょうが、不安定な身分で働いている者達にとっては、国家資格は是非とも必要なのです。

  16. 平井先生

    平井先生に「先の「ペンギン」のような言説は典型的に全体主義社会の言説ですね」と言われてしまったペンギンです。

    先生が、HPで公開されている(資料1)「国家資格化への道程」と(資料2)「資格創設に対する疑念」じっくりと読んでみました。(資料2)の7pの1)で「「臨床心理士」をそのまま国家資格にすること。なぜそれができないのでしょうか?」」と先生は書かれていますが、私は、推進派で実際に交渉に関わってきた人達はできないと判断したから、今の「心理師(仮称)」案での国家資格化でやっていくのがベターと判断しているのではないかと思っています。ですので、私は、今の国家資格化の流れを止めるのではなく、止めない形で、先生が2)で書かれた事、「声が小さくなった臨床心理士グループの意見や希望を、もう一度主張し、3団体の中で臨床心理の組織が勢力を盛り返す必要がある」をしていくのが現実的だと考えています。

    また、同じ資料の11pの最後に先生が書かれている事、「臨床心理士養成―資格制度の抜本的改革」ですが、今の認定協会の中の先生方の中にカリキュラムの見直しの必要性を考えている人はいるのでしょうか?今回の国家資格化がとん挫したら、現状は何も変わらないままなのではないでしょうか?

    平井先生の心配されていることがわかった上で、私がそれでも現在の「心理師(仮称)」の反対にまわろうとは思わない理由を述べます。

    「私が心配していること」

    「心理師(仮称)」に反対している人はいう。
    曰く、私たちも国家資格化自体には反対していない。
    曰く、「臨床心理士」をそのまま国家資格にできるはずだと。
    曰く、他の心理職の国家資格の話がでれば、つぶせばよい。大丈夫だ、安心しろと。

    その言葉を信じていいのだろうか?
    その言葉を信じたとして、いつ国家資格ができるのだろうか?いつまで待てばよいのだろうか?
    そもそも、「心理師(仮称)」に反対している人は、「臨床心理士」を国家資格にしようと、具体的にどのような努力・行動をしてきたのだろうか?「心理師(仮称)」の反対以外に建設的な意見は出してきたのだろうか?ただ反対することが最善の策なのだろうか?

    実際に「臨床心理士」を国家資格にしようと、汗水ながして努力・行動してきたのは、今の「心理師(仮称)」を推進している人達なのではないだろうか?

    「心理師(仮称)」に反対している人は、内心、「心理の国家資格なんかできなくてもよい、今の状態が続けばそれでよい」と思っているのではないだろうか?

    心理職の国家資格ができないことで、この先どれだけ多くの人が不便を感じることだろうか?

  17. 平井先生

    先生はご存じないと思いますので、医療において国家資格でない事でどのような影響がでてくるか、具体的な事実をお示しします。先生が言われているような、個々の実力うんぬん以外のところで、影響は及んできます。

    以下は、2008年~2009年の間、約1年半にわたって、厚生労働省の社会・援護局で継続的に行われた「今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会」の第7回の議事録(HPで誰でも読めるよう公表されています)の一部分です。
    (全文をお読みになりたい方は、
    http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/txt/s0731-2.txt
    をどうぞ。(表示したあと、心理で検索をかければ、すぐ該当部分を読めると思います)
    なお、以下に出てくるのは、下記の資料のページのこと
    http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0731-10b.pdf
    さらにもっと読みたい方は、
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000almx.html
    から入ればいろいろ読めます。
    ——
    ○安田構成員 23ページの13行目です。また、医師、看護師、精神保健福祉士、作業療法士等の専門家を始めという下りがあるんですが、作業療法士の後に、いわゆる心理職、カウンセラーもかなり現実にやっておりますので、国家資格ではないんですけれども、かなりの数の方が活躍していますから、心理職、臨床心理技術者という表現を入れてもらいたいと思います。次の議論になりますけれども、同じような表現のところが28ページの17行目にもありまして、ここも同様にお願いできないかなと思います。
     ちなみに、30ページには、9行目と11行目に既に臨床心理技術者というのは入っておりますので、表現を統一する意味でも入れてもらえればと思います。

    ○樋口座長 これはときどきほかのところでも出てくることなんですが、国家資格になっていないという、横並びでほかのものと並べていくということはどうなんでしょうか。

    ○野崎課長補佐 今回の資料の中で臨床心理技術者と入れさせていただいている部分と入っていない部分があるのは、いわゆる人材の育成の在り方とか、人材の確保、資質向上といった場合に、国家資格となっていないものについて、国としてどのようにやっていくかという部分がございまして、少し場所を選んで入れさせていただいているというものでございます。
     要は、そういった方に対する支援ということだけであれば、臨床心理技術者という方も勿論支援の対象となると思いますけれども、育成といった場合に、国の施策としてどういうふうにしていくのか。そこがなかなか難しいところがございますので、この程度にとどめさせていただいているということでございます。趣旨としては、そういうことでございます。
    ——

  18.  「あらら」さん、ここまでの私と「ロテ職人」さんの討議を読んでいなかったのですか?
     「不安定な身分で働いている者達(臨床心理士)」が、この国家資格案が可決された場合、一番あおりを食うかもしれないという見立ても多いという話をこれまでしているですよ(もちろん、そうでないと「推進派」の人は言ってきましたが、最近は非公式に「(少なく一時的に)ワーキング・プアは増えるだろう」と話しています(「有志の会」HP[http://rinshoshinri.web.fc2.com/]にある「某県臨床心理士会にける「資格説明集会」報告書」参照 。少なくとも、これは有力な「セカンド・オピニオン」ですよ)。このあたりはここまでの討議とともに「有志の会」HPにある「インフォームド・コンセントの会」の報告、特に資料2、そして討議録をご覧ください。ちなみに香川先生は、国家資格化は今さら止めるわけにいかないという立場のようでしたが、会員への説明と討議がまだまだ必要であるという私たちの主張には賛同していただいていると理解しています。そして「討議録」にあるように、この資格化を通じてそれこそ「心理学ワールド(求人票で隣に書いてあるという「臨床発達心理士」などと現行「臨床心理士」との区別がなくなる)、医師側(精神科七者懇」(診療補助職化?)、大学ビジネス(学部卒=「認定心理士」ー「心理師」の量産)に圧迫される危険性があることを、長年この資格問題に携われている立場から強い懸念をもって話されてます。
     stangetzの仰る、こうした「国家資格化の黒い部分」はまだまだ一般の臨床士に十分に知られていないのではないでしょうか?私には「あらら」さんもこの問題について十分「インフォ―ム」されていないように見えますよ。「あらら」さんがもし「不安定な身分で働いている」若い臨床心理士であるなら、この国家資格化でもっとも(雇用情勢の悪化等によって)不利益を被る可能性の高いという見立ては、私以外の、この問題に詳しい多くの臨床心理士の先生方からも聞きました。
     何度も書いていますが、私はだから反対と言っているのではないですよ。「国家資格化に関して,我々が受け入れなければいけない必然的な痛みを知ってから,賛成したい」(これは私たちの「要望書」の精神と一致しています)という「stangetz」さんのような考えを持つ臨床心理士が大半であろうし(そうでなければ、日本臨床心理士会理事会が進めているように、臨床心理士資格などなくなってもよいのでしょう)、それは「専門性の高い国家資格を作るなら痛みも致し方ない」という私の立場ともつながるものがあります。そして、「悪い部分を見ないフリをする臨床家は,臨床家ではないと私は思います」というお考えにも全面的に同意します。見ないふりをすることは、結局クライアントのためにも、自分のためにもならないということを痛みをともなって知っていうというのが私たち心理臨床家の学びのプロセスそのものですよね。

  19. 「ペンギン」さん、

     あなたのおっしゃりたいことはわかりましたよ。私は国家資格創設の努力をされている方々の努力を軽視してはいけないと自戒しながら発言していきたいと思います。私はこの問題について遅ればせながら関わるようになって、国家資格を作るというのがいかに大変な仕事であるか、実感しています。駆け引きや、足の引っ張り合いや、理不尽な仕打ちなどにも耐えながら進められているのであろうと推察しています。これらはひとえに私たち心理臨床家の専門性を社会の中でより確固としたものにしていきたという熱意からだろうと思います。
     であるからこそ、一握りの方々(どうしても限界があるのは明らかである)にすべて任せるのではなく、臨床心理職(いつの間にか推進派の人たちは「臨床」をとってしまましたが)の専門性を「公開の場で自由に」討議する必要があると私は考えています。先に書いたように、「急がば回れ」、「大事なことは時間をかけてじっくりと話し合う方がよい」というのは臨床家ならだれもが実感していることではないでしょうか。
     「ペンギン」さん、私があなたのことを「全体主義」と表現したのは間違っていたかもしれません。あなたは、私の考え(ちなみに、「資料2」おp.7の部分は、私の考えではなく、「有志の会」が調べた「資格化への疑念の代表的な考えをまとめたものです)を調べてみて、正当に討議しようとされていますから。そして、厚生労働省の「検討会」議事録資料へのご注意喚起ありがとうございます。
     この「事実」をどう評価するか、についてはそれぞれ意見が異なると思います。こうした事実を集積し、それらを評価していく中で、それぞれの臨床心理士がこの問題について考えていくことが大切と私は考えています。
     ちなみに、私自身は、このように厚生労働省の一握りの官僚たちが、本当にはよく知らない心理臨床のことをうんぬんすることのできる権力をある程度もっているというこの国の(非民主主義的)現実を認めるとしても、それに迎合するのではなく、私たちの専門性の意義を強く主張できる道を探るべきであろうと思っています。文部科学省と太いパイプを持った河合隼雄先生の動きはそうした意味で今こそ的確に評価されるべきであると思います。しかし、そうした政治力学よりも、この臨床心理士のコミュニティが、もっと「公開された場での自由な討議」を通じて本当の意味で団結し、単なる生業のためではなく、日々の臨床の格闘の中で勝ち得た自分たちの真の専門性を主張していくことが大切なのではないかと考えています。

  20.  国家資格化されることで,給与水準が安定するとか,雇用情勢が改善するとか,専門性がbrush upされるという予測は,もちろん期待されるものなのですが,実現されるかどうかは分からないものです。やってみない限り,その結果は誰にもわからないのです。そんなふうに分からないときに,盲目的に良い結果だけを期待することは大変危険です。我々は,幻影を追いかけているだけなのかもしれないな,と思うことがあります。みなさんはそうは思われませんか?

     我々にできることといえば,推察できる範囲で,新たな国家資格が持つネガティブな黒い部分を皆で共有することくらいしかありません。その黒い部分を抱いたうえで,恐れながらも推進していきたい,それが私の主張です。平井先生にご同意いただき,大変嬉しく思います。ありがとうございます。
     
     秋の臨時国会で関連法案が上程されるという話があるなか,ここで立ち止まることは許されないのかもしれません。それが現実なのかもしれない。しかし,臨床心理士会がHP内で「Q&A」という形で平井先生の問いに答えようとされています。ここで対話が再開されることによって,我々が自分の問題に本当に向き合う,大きなきっかけになることを切に願っています。

  21. 平井先生

    短い文章でお伝えしようとしたせいで、私の言いたいことが伝わっていないようですね。申し訳ありません。

    説明集会のことを書いたのは、臨床心理士会は別に情報を隠していたわけではなく、知りたいと思っていた人は知っていたことであると言いたかったのです。先生の言われる「公開された場での自由な討議」が行われていたように思います。正直、なぜ今頃と思ってしまいます。遅いと何も言えないのかと言われるかもしれませんが、他責的になるには違和感があります。
    香川先生も説明集会を開く側にありながら、どのような立場でインフォームドコンセントの会に参加されたのだろうと不審に思っておりました。「止めるわけにはいかない」とおっしゃったのですね。安心しました。

    私は「不安定な身分」だから国家資格が必要だと言いたいのであって、収入のことは言っていません。国家資格になれば人が増えるのは当然です。仕事があるかどうかは需要と供給のバランスですから、ワーキングプアが増えるだろうというのは当然の予測と思います。こんな話はロテ職人さんが何度もブログで書いてこられたように思いますが。

    私が言いたいのは、臨床心理士はじり貧で、このまま民間資格のままでいたのでは、未来があるように思えないと言うことです。ペンギンさんのコメントの議事録にあるように、行政的には「臨床心理士」という言葉は使われない。他の国家資格と並べて書くわけにはいかないというのが現実なのです。

    他の諸団体が圧迫してくると言うのもその通りと思います。そういう話を私はしたつもりです。意欲のある看護師さんは、カウンセリングの技術を身につけてステップアップしたいと考えるようです。大学は人件費などのコストのかかる臨床心理士養成よりも、コストパフォーマンスの良い資格を求めているでしょう。

    そうした現実は、専門性を大声で主張するだけで乗り越えられるものなのでしょうか。
    声が大きい人の意見が通るのは、小さなコミュニティでの話であるように思うのですが。

  22. 「あらら」さん、

     確かにこの短いスペースで互いに顔も見ずにコミュニケーションすることは難しいですね。そして、こうした感情的になりがちな話題であると余計にそうです。「誤読」と「悪意のある一方的な読み方」に注意をしたいと思います。
     このブログでの「ロテ職人」さんへのコメントで最初の方に書いたように、この心理師国家資格案の問題に対してこの4月になるまで十分な認識がなかったことは、自分自身の不徳の致すところであると反省しています。「知ろうと思えば知ることができていた」のだろうと思います。しかし、2011年10月の日本臨床心理士会理事会が三団体要望書(心理師国家資格案)を決議するに際して、どれだけの数の臨床心理士がその中身を知って、そのメリットとデメリットを公開の場で話し合いましたか?
     実情は、日本の国政で言えば、非公開の閣議で決定して、あとは上意下達で進められていたという印象はぬぐい去れないように思います。そして一般の臨床心理師がそれに気づくのが遅かったのです。麻生さんじゃないですが、まさしく静かに憲法改正をしていたわけです。後これに似た状況としては、市町村の合併ですね。ある町の町民が、気づいたらいつの間にか別の市の市民になっていた、といった感じでしょうか。
     2011年10月に日本臨床心理士会は、従来のニ資格一法案路線を決定的に軌道修正し、私たちの雇用情勢や専門性のありかに甚大な影響を与える、決定的な一歩を踏み出したのです。「Q&A」にあるように、臨床心理士資格そのものが存続しなくなる可能性が極めて高いのです。そのような重要な決議がなされたということ自体をいまだによく知らない臨床心理士がたくさんいるというのがここまでこの問題にかかわってきた私の実感です。臨床心理士会の幹部が、臨床心理士会の解体という含みを持つ動きを精力的に行っていたのです。
     これは単なる「自己責任」の問題なのでしょうか?私はそうは思いません。臨床心理士会の幹部の方々は、一般臨床心理士をだますつもりがあったとは思っていません。しかし、おそらくは資格認定協会など強力な反対派をかわすために、「黒い部分」については、なるべく目立たないように「説明」してきたというのが実情ではないでしょうか?つまり、結果的に一般臨床心理士をミスリードしてきたというのが、冷静に考えても客観的事実のように私には思えます。現に、最近まで「臨床心理士がそのまま国家資格になると思っていた」と言う人、「説明会」で「臨床心理士は上位資格で残る」と聞いたという人、また「学部卒は形だけでメインは院卒資格」などの「説明」がなされ続けています。雇用情勢についての「説明」は皆無であり、心理学諸学会の「大学院カリキュラム案」は昨年暮れに公開されたにもかかわらず、臨床心理士会はいまだにその存在に対して会員の注意を喚起し、「公開された自由な討議の場」を提供するどころか、「交渉事だから」とう言葉を盾に、この案に対する臨床心理士会の立場を明示してません。
     「あらら」さん、ですから私たち「有志の会」や私たちに賛同する400名以上の臨床心理士の人たちが「他責」的にであるとは思いません。単に民主主義社会で保障されているはずの権利を行使しているだけだと思います。
     こうかくと、(狭い意味で)「政治的」に聞こえてしまうかもしれませんね。私の本意はそこにはありません。ここまでにも書きましたが、「民主主義」は集団の暴走を止め、「良識」を最大限に生かすことのできる面倒くさい手段なのです。
     「あらら」さんは、臨床心理士と言う民間資格制度ではじり貧だと感じているゆえに、「心理師」国家資格に活路を見出すと書かれています。「ペンギン」さんは、臨床心理士資格擁護派の人たちの言葉を胡散臭いと感じ、このまま「心理師」国家資格案が廃案になっても資格認定協会は必要な抜本的改革に着手しないのではないかと書かれています。
     私は、これらの考えはそれぞれそれなりにもっともだと思います。実のところ、「推進派」と「反対派」はそれほど異ならないように、私には見えています。違いは、「推進派」には河合隼雄先生(政治的手腕に傑出したプレイヤー)がいないということくらいでしょうか。
     臨床心理士の訓練―資格制度は明らかに制度疲労を起こしており、抜本的な改革が必要であると私は思っています。また、臨床心理士資格制度の「幹部」は外目には(特に臨床現場亜で格闘している「臨床家」からは)「既得権益に安住している腐敗した幹部」(特に、指定校大学院教員)に映りがちかもしれません。しかし、私の知る限り、臨床心理士資格制度の問題点について批判の声を公の場で挙げる人は(「ロテ職人」さんはブログでされてましたよね)あまりいませんでした(ちなみに、私は折に触れ、そうした試みを自分なりにやって来たつもりです)。
     ですから、私は、臨床心理士が自分たちの職業的専門性に関してもっと自覚を深め、「上の人」に任せるのではなく、この専門家コミュニティが真の意味で民主的な専門家のコミュニティにならない限り、「じり貧」問題は変わらないか、もっと悪くなると思っています。特に、このブログを読んでいるであろう、若い世代に臨床心理士が本当にカギを握っていると私は思っています。要するに、若い世代に臨床心理士が臨床心理職の職業的専門性について深く考え、声をあげていかないと、この専門職の将来はあるように思えないのです。心理師資格問題に詳しい、ある高名な精神科医の先生が、私に、「心理の人はこんなに志が低くてがっかりした」と話されました。私は何も言い返せなく、大変残念な思いをしました。
     私たち「有志の会」が提起しているのは、心理師国家資格案を廃案にしろと言うことではありません。「自由で公開された討議の場(インフォームド・コンセントの会)」を設け、一般会員にこの問題について各自で判断できる「情報」を与え、そのうえで、referendumをやってください、ということなのです。そこでもし心理師国家資格案創設に賛成する人が過半数であるなら、私はそれに従います。「全員一致」を求めてもいませんし、自分の考えが通らないから駄々をこねているわけでもありません。

  23. 議論楽しく拝読しております。
    こういう場を提供してくださっているロテ職人さんと細かくレスを下さっている平井先生に感謝します。

    >心理師資格問題に詳しい、ある高名な精神科医の先>生が、私に、「心理の人はこんなに志が低くてがっ>かりした」と話されました。私は何も言い返せな
    >く、大変残念な思いをしました。

    この言葉は本当に悔しいですね。
    自分も指導教官に言われましたが、若手こそ考えなくてはいけない問題だと感じています。

    その上で、ここの投稿を読んでいると色々な立場から国家資格を望まれる方々がいるのだなと理解できて興味深いです。私自身は、表看板の資格だけ出来て、内容は伴わない(よっぽど、学部四年間で詰め込む覚悟が教員側にあるなら別ですが)酷い資格に至る気がしてやはり不安ですが。

  24. 平井先生
    私は臨床心理士で、10数年前に資格を取りましたが、最初に行った東京臨床心理士会で、その当時資格問題に取り組んでおられた乾先生が、「臨床心理士がそのまま国家資格になることは、ありえません。皆さんもう一度受けていただくことになります」とはっきりおっしゃっていました。99年か00年のことだったと思います。そのあとしばらくして、鑪先生が学会のニューズレターか何かで「国家資格になるということは、有名シェフのフランス料理店からチェーン店になるということだ。どこにいってもそれなりの味が出せるようにならなければならない」と書いておられました。
    どちらも私の記憶だけで、出典ははっきりしませんが、資格とっていきなり冷や水を浴びせられ、がっかりした記憶があります。ただ現実はそういうものであり、受け入れなければならないと思っていました。おそらく第一線で交渉しておられた先生方は、厳しさを十分認識していて、我々末端の臨床心理士の期待を冷まそうとしていたんだろうと思います。ここでの他の方々の意見も現実の厳しさを語っています。
    平井先生のご意見を読んでいると、そういった現実認識なしに、ただ期待を煽っているだけのように思えます。よくファシズムやナチスのことを、言及されていますが、それは絶対悪を持ち出して反論をさせない、とてもずるいやり方だと思います。現実認識の甘い理想をかかげた扇動のほうが、ファシズムに近いと思います。
    基本的に国家資格化を進めていって、細部に関してはこれから変えていくということが、将来のためになるのではないかと思います。

  25. 途中から失礼いたします。
    たぶん、中堅といえるだろう臨床心理士のエナと申します。
    ロテ職人さま、いつも興味深くブログを拝見しております。

    私も、何年も前にもう一度受けることになるというのは、当時から資格問題に関わっておられた先生から聞いておりました。

    ただ、現在すすめられている心理師(仮称)については、南瓜さま同様に、その内容について危惧するところが大きいです。

    また、公に発信される情報につきましては、皆様にはぜひ疑問に思うところを、日本臨床心理士会や、各都道府県の臨床心理士会で開かれる説明会で質問されることをお勧めいたします。

    私自身が、実際に質問してみて、それによってニュースレターや電子速報では得られない情報を知ることができた実感があるからです。
    そして、質問を通じて自分の資格に関する考えが練り上げられ、まとまっていきました。
    stabgetzさまのおっしゃる、黒い部分から目を背けず、抱えていく、その上で自分の臨床をやっていくのだ、という覚悟を、日々の仕事とそういった作業を通じて、少しずつしていくのだと思っております。

    あずCPさまのおっしゃる、チェーン店の例えも、資格問題においてだけでなく、臨床の現場で年々そういった一定のサービスを多くの方々に提供しましょう、という流れになっていっているのを感じます。
    私は自分の師匠に、臨床心理士は自主独立の精神を持ち、開業できるだけの腕を持つことだと言われてきました。ですが同時に、例えば病院であれば、医師と看護師がいなければ病院は回らないが、臨床心理士がいなくてもまわる、そのことを忘れてはいけないとも言われました。
    自主独立の精神を持ちつつも、自分がいなくてもまわる集団の中にいることができる、他の職種のみなさんと一緒にやっていくことの意味を、しっかり考えて仕事をしなくてはいけないと思ってやってきました。

    多職種のみなさんと日々仕事をしていて、国家資格が自分の仕事の領域を明確にするのかは疑問です。私はデイケアに所属しつつ、個別の面接や心理検査もしています。デイケアのような場所にいると、どの職種の方でも自らのアイデンティティに悩むことがあります。
    そういった中にいますと、自らの専門性は、資格によって規定されるだけでなく、実践の中で積み上げていくものだとも思います。

    でもこういうことは、実はいま特別にすることでなく、仕事をする限りいつまでもやっていくことになるものですよね。
    国家資格ができることで、自分の専門性について、誰かが、「こうですよ」と分かりやすく示してくれて、ずっといつまでも守られるとは私は思いません。
    臨床心理士を取得した時も、これは入場券を得たようなもので、この資格がどういうものになるかは自分の努力如何だと考えていました。

    またもう一度、あの場所に立つのだと思っています。

  26. 「アズCP」さん、

     ここまでの「討議」の中身をちゃんと読まれましたか?
     私は「絶対悪を持ち出して反論させない」なんてことは全くしていませんよ。むしろ反対に、大いに反論、異論を戦わせることが大切と言っているだけですよ。
     ちなみに、あなたの引用されている乾先生は、この「心理師」国家資格案に大反対ですよ。そもそも私が、この問題の深刻さに気づかされたのが、名古屋で行われた東海開業臨床心理士協会主催の「臨床心理士の職業的専門性と資格」に関するシンポジウムで乾先生のお話を伺ったことがきっかけです。
     「あずCP」さん、あなたもこうした重大な問題について発言する前に、事実をしっかり収集し(この「ロテ職人」さんのブログ、そして私たち「有志の会」HPなど参照)、自分の頭でよく考えてください。それは臨床家としてもとても大切なことではないですか?
     あなたは乾先生や鑪先生など「偉い先生」の名前を出されていますが、私たち「有志の会」の要望書に賛同し、署名を寄せられた(現在)500人近くの人の中には乾先生や馬場禮子先生、渡辺雄三先生など、この領域で長年臨床現場(特に病院臨床)で格闘されながら、その職業的専門性や資格の問題に汗水流して取り組んでこられた方も多く含まれています。そして彼らほど有名でないとしても、それに劣らないほどそうした思いや苦労をしたなかで、現在の「心理師」国家資格案を進めるやり方を憂慮している臨床家がたくさん名前を連ねておられます。
     「偉い人が言っているから」と言うことではないですよ。「ペンギン」さんへのコメントに書きましたが、心理師国家資格推進に努力されている人たちに対して敬意を払うのと同じように、こうした長年この領域で大きな貢献をしてきた方々の見解に対して敬意を持つということは大切ではないかと思います。もちろん、それは直ちに賛同しないといけないということではなく、彼らの見解には相応の考慮をする必要があるのではないかということです。そしてその結果、同意しないということも含まれ得るわけですが。

  27. 固有名詞を出してしまったので、権威を利用して、自分の意見を語っていると誤解されてしまったかもしれませんが、そういう意図ではありません。「交渉の最前線にいらした先生が、我々一般の臨床心理士に伝えていたこと」というふうに考えてください。それをもとに自分で考えたことですが、勉強不足もあるかもしれません。

    こういった責任ある立場にいた(いる)先生方が、折に触れて、臨床心理士会やニュースレター等で発言されていたことの延長上に、心理師資格はあるように、私は、感じています。なので、この資格にあまり違和感はもちません。

    議論を深めるのは、賛成ですが、議論の前提として、
    1.今の臨床心理士資格が、そのまま国家資格にはならない。
    2.医療機関においては、医師の指示を受ける。
    3.大学院修士課程修了が原則だけれど、学部卒の人にも受験機会を設ける。
    の3点は、現実的に考えて、もう議論の余地はないように思います。

    1については、民間(公的)資格である以上、他の資格と比べ優位であることを示せないと思います。
    2については、医療機関なのだから、医師の指示を受けざるを得ないのではないかと思います。医療機関以外で、指示を受ける必要がないことを、明確にすればいいと思います。
    3については、司法試験でも、現在は法科大学院修了が原則だけれど、司法予備試験というのがあって、それに通れば、司法試験を受けることができます。予備試験に受験制限はないはずです。予備試験の人気が高くなり、困っているようですが…。心理師の試験も、学部卒の人には、院修了の人とは違うプラスアルファの試験と実務経験(と指導)を課せば、本試験を拒否する理由はないように思います。

    上記3点に関しては、今までの臨床心理士会の説明で納得していますので、議論の余地がないと思っています。これ以上議論すべきこともないのではないかと思っているのですが…。

  28. 平井正三さんの仰る「公開された場での自由な討議」や「真の専門性を主張する」点については賛成です。それがなされていないとすれば当然問題でしょう。
    しかし、私は現在の臨床心理士をそのまま国家資格化することは、前に言ったように現況では無理だし、しない方が良いと思っています。
    私自身は、心理国家資格は博士号レベルにすれば良いと思っていますが、これも現況では無理だし、他団体と妥協もしなければならない、と思います。
    私は、修士レベルの国家資格が出来たら、今の臨床心理士養成大学院教育を博士後期にもおいて、看護協会がやっている認定看護師や専門看護師といったように、認定心理師、専門心理師などというのを養成すればいいのでは、と思っています。認定看護師は実力もあって病院では一目置かれています。こういったように大学院などでさらにレベルを上げるということも、国家資格が出来ても必要で、出来ることだと思います。
    「公開された場での自由な討議」においてブレーン・ストーミングが必要かもしれませんね。

  29. 「あずCP」さん、
     
     お返事ありがとうございます。やはり「誤解」には注意したいものですね。さて、

    「上記3点に関しては、今までの臨床心理士会の説明で納得していますので、議論の余地がないと思っています。これ以上議論すべきこともないのではないかと思っているのですが…。」

     とのことですが、そんなことはないですよ。「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」
    (http://rinshoshinri.web.fc2.com/)HP中の「インフォームド・コンセントの会(結果)」(特に資料2)及び討議録を見てください。現在日本臨床心理士会が進めている心理師案は、議論の余地がとてもたくさんありますよ。最大の論争点は、結局、心理学諸学会連合と手を結ぶ中で、「臨床」という言葉が外れたところでしょうね。それは単に名称だけでないことは、昨年暮れに公表された心理学諸学会連合の「大学院カリキュラム案」に示されています。つまり、臨床発達心理士や認定心理士と同じ枠組みの中に「臨床心理士」も組み込まれていくというシナリオが強力に推し進められているのではないかという懸念です。「ロテ職人」さんと私の「論争」の核心もそこにあります。ちなみに、もっと懸念されるのは、(香川先生が「インフォームド・コンセントの会」で指摘されているように:HP上の「討議録」参照)医師会側からの圧力に抗しきれるのかという部分です。
     「あずCP」さん、

    「こういった責任ある立場にいた(いる)先生方が、折に触れて、臨床心理士会やニュースレター等で発言されていたことの延長上に、心理師資格はあるように、私は、感じています。なので、この資格にあまり違和感はもちません。」

     とのことですね。きっとよい方なんだと思います。私はそれほど「責任のある立場にいた(いる)先生方」を額面通り信用しません(先に書いたように、その意見にはもちろん敬意を払いますが)。また「ニュースレター」に書いてあることも同じです。「あずCP」さんは、私がナチスという「絶対悪」を引き合いに出していることについて書かれていましたが、ナチスが最も活用したのがマスメディアであり、プロパガンダの手法ですよね。最近では、原発再稼働をめぐるマスメディアの情報操作にもそれはみられるように思います。私は、全体主義の理解と「メディア・リテラシー」は私たち臨床家にも大変有益な教養だと思っています。人間の「悪」の部分に知悉していることは、良さをまもり伸ばしていくために決定的に重要だからです。夏目漱石も「こころ」の中で書いているように、「悪」は決して「悪人」が行うわけではないですよね。「善人」が「悪」をなすから人間は怖いのではないですか。
     最後に、これは私の完全な私見です。「医師の指示」についてですが、これは河合隼雄先生も最後に折れて「医師の指導」という当初の主張を変更して「ニ資格一法案」のときに受け入れた部分です。私は医師中心の今の日本の医療制度は前近代的だと思います。私は、英国の医療制度の中で、多職種協働チームの中で働いていましたが、医師がすべての責任を負い、かつ「指示」「指導」するということは制度的になかったと思います。完全「para」medicalなのですね。それは高度に専門化した現代医療の性質上必然的なものであると理解しています。日本の医療システム自体が近代化(現実にもっと見合った合理化)される必要があるのです。おそらく、河合先生はそうした大きな見通しの中で臨床心理士の職業的専門性と資格を構想されていたのではないかと私は推測しています。
     「ロテ職人」さん、scの給与の点について私にそれが適正かどうかを問われたいようですね。以前の「討議」の流れでそれをされているとのことですが、正直、私の議論とどうかみ合うのかよくわかりませんし、これを論じることの意義も不明です。おまけに、誰かの給与が「もらいすぎ」(仕事ができないのに高所得の医師、週2日勤務で高所得の(指定校)大学教員などはもっと「時給」が高いですよ)かどうかをうんぬんすることにあまり魅力を感じません。しかし、病院の臨床心理士の給与が少なすぎると思いますし、臨床心理士の多くがおおむね「ワーキングプアー」の状態であることに心を痛める部分があります。
     私は臨床の仕事が大好きですし、同じく臨床現場で格闘する同僚たち、特に若い同僚たちがそれにふさわしい給与が得られるように、できることを少しでも「年長者」である自分がするのは責務であるとも思っています。河合先生が中心に推し進めてきたsc事業は、確かに仕事に見合わない「専門家」を「バブル」的に生み出してしまったことは確かに思われます。本来は、「医師」「大学教員」と同列の存在として臨床心理士を位置付けるということだったと思いますが、現状はそうではありませんよね、私はその解決策は、安易にハードルを下げる(「心理師」資格を創設し、臨床発達心理士などと「同等」になる)ことではなく、scの専門性の向上を既存の臨床心理士養成制度の中で行うことだと思います。sc養成のコースを博士課程に設けるというのも一法ではないでしょか。(scだけでなく、臨床心理士の専門性をもっと公的に「高度化」するために博士課程をどんどん導入すべきであると思っています。world standardにしていくということですね。)そして、scの専門性を認め、経験と技量に応じた給与の差異を設けることだと思います。(ちなみに、私は、scの常勤化には懐疑的です。その理由の詳細は長くなるのでやめます。)

    「あずCP」さん、どうですか?議論すべきことは山ほどありませんか?

  30. 「松茸」さん、

    「私自身は、心理国家資格は博士号レベルにすれば良いと思っていますが・・・」

     ということですが、この部分には、私もまったく同意見です。博士課程をもっと充実させていくことが必要であるという認識ですよね、実際、修士課程だけで、それがSCであれ、心理療法であれ、認知行動療法であれ、アセスメントであれ、実力のある臨床心理士を要請するのは無理であることは明白です。で、現状はどうなっているかというと、意欲のある人は自分で研修活動を一所懸命やっている一方で、ほとんど研修もせず実力も伸びていない人がいるということであろうと思います。
     多くの雇用者の目にとって、こうした専門性の相違が一目瞭然にならないと、この専門家集団そのものの評価の下落につながるのではないと思います。そのために、現状自己研修という形で行ていることを大学院博士課程というかたちで制度化することが大切だろうと私は考えています。(もう一つは、私が行っているようなNPO組織による、訓練・研修制度。)
     こうした認識は「松茸」さんとは共有できるのでしょうし、おそらく多くに臨床心理士ともそうなのだろうと思います。しかし、方法論のところで相違が違いが生まれていますよね。「松茸」さんは、「心理師」国家資格が創設されれば、その資格を基礎に、より高度な専門性を養成する博士課程を作っていくという考えを表明されています。私はその見通しには大変疑問があります。看護師のケースを引き合いに出されていますが、看護師は誰が見ても大変わかりやすい形で医療の現場に役に立つ専門家です。そのような看護師ですら、いったん「准看護師」というどう考えても専門性を不当に貶める制度ができれば、それをなくし、地位を向上するのに多くの年月とおそらくは多くの人の献身的な努力が費やされなければならなかったという事実は、とても重い教訓ではないですか?安易に国家資格化すれば、私たちの後に続く世代に禍根を残しはしないでしょうか?
     実際そもそも、「心理師」資格が創設されれば、臨床心理士養成大学院のよくて大半がつぶれ、悪くてほぼ壊滅状態という見立てが多いように思います。学部卒という道が開かれたので、「心理師」資格養成大学院がどれほど生息する余地があるか、疑問視する声も多いです。私も大学に一時努めていたからわかりますが、大半の大学はビジネスで動いています。出来るだけ置く受験生を集めてビジネスとして成り立つためには、「安く(だ(学部卒)、価値のあるもの(資格)」を提供するという一般的資本主義原理が指し示す方向に傾くことでしょう。

     さて、私たち「有志の会」の提起する「自由で公開された討議の場」の必要性の話に戻ります。以上のような臨床心理士の職業的専門性の進む方向性、目標とそれを達成する手段について、私たちの間でどれほどじっくり話し合われているのでしょうか?「ロテ職人」のおかげで、こうしてここまでのように、少なくとも私にはそれなりに実りもある討議は、real worldの場で、もっと広く行われるべきであると思いませんか?
     特に、臨床現場で格闘している人たち、特に若い人たちの意見がもっと大切にされるべきであると思います。
     ある会でこうした話をすると、資格問題にずっと取り組まれているある先生が、「そんな議論は(臨床心理士資格を作った)20年以上前にやったことだ。時計の針を戻すのか?」とおっしゃりました。また、このコメント欄でも、「そんなことを言っていたら、永遠に資格はできない」という意見もありました。
     でも、議論は本当に尽くされたのでしょうか?私にはそうは思えません。この問題に関わって発言すればするほど、実感することは、多くの人が思考停止に陥り、言論の自由が圧迫されていることです。この感覚は、臨床現場でしばしば出くわす感覚でもあります。それが家族であれ、専門家集団であれ、「今はそんなことを言っている場合ではない」(「早くなんとかしてください」「そんなことはもう考えてきたし、そんなことを今され話し合っても仕方ありません」)という風潮の中、実際のところ、何をそんなに急いでいるのかわからないうえに、何を目指しているのか、目標も見通しもあいまいである、という典型的に病理的な集団の兆候を感じているのは私だけでしょうか?

  31. 平井先生

    先生のHP、8月10日に更新されていたのですね。
    「簡易議事録」や「某県臨床心理士会の説明会の報告」、「心理師資格案問題の簡単ガイド」を読みましたが、私は、やはり現在の国家資格化の方向が現実的でいいと思います。もちろん、同じ文章を読んで反対される方もいるのでしょうが。

    あと、カリキュラムに関しては、最新の心理臨床学研究(31-2)のp338に心理臨床学会でも日本心理学諸学会連合の大学院のカリキュラム案は問題があるという認識のもと、心理臨床学会案のカリキュラムを作成していることが書かれていますね。ちなみに、そこには、国家試験出題基準案の検討もしていることが書かれていますね。

    情報は出しているんでしょうけど、出し方が下手なのかもしれませんね。

  32. 「ロテ職人」様

     心理師国家資格案に関する「要望書」ですが、いったん集約した分を日本臨床心理士会村瀬会長宛てに送付したことを報告させていただきます。署名は、当初の私たちの想定をはるかに超える、730筆も集まりました。現在も、署名活動は続けており、1000筆を超えるのは時間の問題という状況です。
     これだけの数の署名が短期間に集まったのは、ひとえに、心理師国家資格案推進に関して強い危惧を持つ臨床心理士が以下のたくさんいるかということの証左ではないかと思います。
     日本臨床心理士会理事会の皆さんには、また多くの労力をおかけすることになりますが、こうした一般会員の声を大切にして、もう一度国家資格創設の進め方について再考されることを願っています。
     「ロテ職人」さんも、私たちの活動の広報に

  33. すいません。途中で切れてしまいました。続きです。
    「ロテ職人」さんも私たちの活動の交付尾にご協力いただいたことを感謝いたします。
     なお、日本臨床心理士会に要望書とともに送付した書簡の全文は以下の通りです。

    -------------------------
    平成25年8月21日
    一般社団法人日本臨床心理士会
    村瀬嘉代子 会長 殿

    臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会
    代表 平井正三

    拝啓

     残暑の候、ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
    平素は臨床心理職の国家資格化に関しては、様々にご尽力いただきまして、誠にありがとうございます。

     さて、われわれ「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」(以下、有志の会と記す)は、日本臨床心理士会が推進する「心理師」国家資格案(以下、現行案と記す)つきまして、要望書を作成し、署名活動を行いました。有志の会は10名に満たないメンバーで構成される会ですが、署名活動を7月14日に開始してからわずか一か月という短期間のうちに、730名の方にご署名をいただきました。このことは、多くの臨床心理士が現行案について強い関心と懸念を抱いていることを示しています。それを踏まえて、理事会におかれましては有志の会の要望に対する真摯なご対応と、要望書に記された事項の実行をお願いいたしますので、理事会でのご審議のほど、よろしくお願い申し上げます。
     署名活動の動機となっている懸念は、同封の要望書に記されていますが、誤解のなきよう、その懸念を以下に具体的に記します。

    1.日本臨床心理士会は、現行案について会員に十分な情報を周知しないまま国会への法案上程へ向けた活動を推進しています。
    ・日本心理学諸学会連合が発表した大学院カリキュラム案についての情報
    現行案を推進する三団体の中の中核的団体である、日本心理学諸学会連合が発表した心理師国家資格大学院カリキュラム案を、「決定事項ではない」ということを理由に、日本臨床心理士会は会員に周知をしていません。そのカリキュラム案の基幹科目に臨床心理学が含まれていないという重大な点を会員に周知していません。
    ・精神科七者懇が発表した見解(2013年4月21日)についての情報
    精神科七者懇が発表した「心理職の国家資格化に関する見解」には、医師の指示が及ぶ範囲が(三団体要望書に記された「医療提供施設ではなく」)「医療分野」と、かなり広く設定する表現が認められます。また「心理相談が医行為に含まれる」「心理的行為は医行為と峻別できない部分が多い」などの表現が認められ、従来臨床心理士が行っていた活動が医行為とみなされ、活動が制限される等のリスクがあります。しかし日本臨床心理士会は、2013年4月に発行した「資格問題の諸情報・電子速報版No12」において、この見解を紹介し「この見解を尊重する」と記すのみで、会員に対してこの見解が示唆する内容を説明していません。
    ・待遇や雇用情勢に関して予測される情報
    国家資格化にあたって会員の関心が高いと思われる待遇面や雇用面のメリット、デメリットについても具体的な予測を示していません。貴会が2013年7月31日に発行した「国家資格化をめぐるQ&A」のQ1にはメリットとデメリットが記されていますが、デメリットの説明については全く具体性に欠けています。
    ・情報提供について
    日本臨床心理士会が2013年7月31日に発行した「国家資格化をめぐるQ&A」には、これまでに32回の説明会を各都道府県で開催したと報告されています。しかしながらそのうちの24回は、2011年10月の「三団体要望書」が公表される以前に行われたものです(2011年10月12日発行の「資格問題の諸情報・電子版速報No.4」に記載)。心理師資格案の方向性が見え始めた、上記の日本心理学諸学会連合カリキュラム案発表後に行われた説明会は、わずか4回にしか過ぎません。

    2.現行案の是非について一般会員にも公開された形での十分な討議の機会もないままに、理事会での専権的決議のみによって進めるやり方について、民主主義の原則に大きく抵触し、一般会員の利益と権利を大きく損なうものではないかと危惧します
    日本臨床心理士会定款では、理事会にこうした権限を与えていますが、心理師国家資格案に関しては、その性質上、日本臨床心理士会そのものが存続しなくなることを前提とした(「国家資格化をめぐるQ&A」のA5にそう明言されています)活動であることを踏まえる必要があるのではないでしょうか。つまり、この問題は、国政で言えば憲法の改正、地方行政で言えば、市町村の統廃合に当たるものであり、こうした一人一人の会員に極めて重大な影響を与える決議をする場合、理事会による間接民主制ではなく、直接民主制、すなわち全員投票(referendum)をするのが現在わが国で受け入れられている民主主義の考えです。ところが、現在の理事会の進め方は、会員に現行案の内容を十分に周知した上で、自由で公開された討議を行い、その後に現行案推進の是非を全員投票という形で問う、という民主的手続きのプロセスを踏んでいません。
     尚、地方自治法では、住民直接請求権は、全住民の50分の1以上の署名によって有効になるとされています。現在われわれの要望書への署名は、日本臨床心理士会全会員の50の1を優に超えていることを申し添えます。

     このように、有志の会は、日本臨床心理士会理事会が現行案について、一般会員に対して十分な情報を周知しないまま、あるいは一面的な情報のみを与え、適切な民主主義的なプロセスを踏まずに、国会への法案上程へ向けて性急な活動を行っているのではないかと懸念いたします。そして、それは一般会員の利益と権利を大きく損なうものではないかと危惧いたします。

     ちなみに、日本臨床心理士会の定款第3条の「目的」には、「本会は、財団法人(公益法人)日本臨床心理士資格認定協会(以下「協会」という。)の認定する臨床心理士(以下「臨床心理士」という。)相互の連携を密にし、臨床心理士の資質と技能の向上を図り(以下略)」という文言があります。われわれが要望書で提案している「インフォームド・コンセントの会」の実施は、会員が資格や自らの専門性のあり方について共に考え、結論を導き出すことを目的としている点で、「臨床心理士の相互連携を密にし、資質と技能の向上を図る」という日本臨床心理士会の目的に合致しているものと有志の会は認識しております。会員による全員投票も、現行案の推進が重要な案件につき、社員による議決権行使を求めるものです。一方で、先述の「資格問題Q&A」のA7において、理事会は心理師資格と臨床心理士資格が別個の資格であることを明確に認めておられます。臨床心理士によるわれわれの要望を実行しないまま、臨床心理士とは別個の資格創設をこのまま推進することは、定款に記された日本臨床心理士会の目的に反し、一般会員の利益と権利を損ない、その信任に反する行為とも受け止められかねません。その観点からも、有志の会と署名人による要望に真摯な対応をお願いいたしますとともに、有志の会の要望と貴会の見解を公表していただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

     まずは、略儀ながら書中にてお願い申し上げます。

    敬具

    追伸:尚、要望書への署名活動は、引き続き行っていく予定(このペースでいくと9月中には1000人は超えそうです)です。今後随時、署名を送付いたしますので、よろしくお願いいたします。

  34. 平井先生

    質問させてください。

     先生は何度か河合隼雄先生を引き合いに出し、時に、その政治力を賛美しておられましたが、現在の幹部の方々に対しては、政治的に動く=腹黒い といった定式化をしておられるように思います。
     この違いはどこにあるのか、教えていただけませんか?

     以前の二資格一法案の時は、全心協vs臨床心理士 だったと思いますが、平井先生の企画が成功すると、他の諸団体vs臨床心理士、ということになり、ぐっと分が悪くなるように思います。先生は議論している間、他の心理団体に待ってもらえば良いと書かれていましたが、待ってもらえるのでしょうか? これ幸いとはずされるだけではないのでしょうか?

     よろしくお願いいたします。

  35. 臨床心理士会のHPのリンクにのっていたのですが、こんな団体のHPができていたんですね。
    ****
    「心理職の国家資格化を推進するための三団体会談」

    心理職の国家資格化を推進するため、当会が加入している「臨床心理職国家資格推進連絡協議会」の他、「医療心理師国家資格制度推進協議会」、「日本心理学諸学会連合」の三団体の主な役員による会談や諸活動が報告されています。
    ***

    最近の動向のページを見ると、
    http://3dantai-kaidan.jp/activity/news.html
    『心理師(仮称)』の国家資格創設早期実現の請願の署名は、
    6月末で10万人を超えたみたいですね。

    これだけ多くの人が国家資格を望んでいるのに、国家資格に反対する人達の一部は、反対するための反対運動をしているようです。

    下記の文章は、私がとある県の友人から頂いた「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」なるパワーポイントの中の文章です。そのパワーポイントは、その県の臨床心理士会の事務局長が作ったもので、友人を始め、その県の臨床心理士に「インフォームド・コンセントの会」の要望書とともに一斉配信されたそうです。
    ****
    今回の交渉(推進)に参加していないことと、臨床心理士の資格法制化を放棄していないことによって、実際には強力な切り札を保持している。
    すなわち、3団体要望の心理職国家資格案が進んでも、最も重要な当事者として最終的に反対する道が残されている。
    さらに、この3団体要望の国家資格案の推進が止まれば、当分の間、新たな国家資格案が出ることはあり得ない。
    臨床心理士の実績は誰も否定できず、今でも十分公的に評価されている。他に国家資格ができなければ、社会の中で実績を伸ばし、引き続き臨床心理士がますます国家資格に近づくと考えられる。
    ****
    平井先生は、どのようにお考えですか?

  36. >ペンギンさん

    「三団体会議」のHPの件は近々ブログネタにしようと思っていたのに、コメント欄で先を越されてしまい残念…いや、それでもネタにはするのですが。

    しかしその「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」の抜粋、すごいですね。是非とも全文読んでみたいものです。

    そして平井氏もどう返答されるのか気になるところであります。

  37. 議論を興味深く拝見しています。

    専門性の維持という点で言うと、特別支援教育士認定協会なる団体が出している以下の声明も考えさせられます。
    http://www.jald.or.jp/state_qualifications_infomation/state_qualifications_information003.pdf
    ここには、心理師国家資格ができることで、特別支援教育士がこれまで行っていた業務ができなくなるリスクが明確に述べられています。
    これを臨床心理士にあてはめると、精神科七者懇の見解は問題がありますよね。これまでここでは精神科七者懇の見解はそんなに話題になっていませんでしたね。平井氏の書き込みに記されているので、少し触れますが、七者懇の見解には、心理相談を医行為と記しているし、医師の指示の範囲を「医療提供施設」ではなく、「医療分野」と曖昧にしていることから、医師の指示の範囲や医行為の範囲を従来よりも広げることで、これまで臨床心理士が行っていた業務が制限される可能性は大いにあります。これがおそらく、日本臨床心理士会が発行した「国家資格化をめぐるQ&A」の1に書いてあるデメリットのことなんでしょうね。
    そのあたりのことを、日本臨床心理士会はあいまいにしているので、一般の臨床心理士はこのあたりのことをよくご存知ないのではないかと個人的には懸念するところです。

  38. 本来であれば臨床心理士ではない外野の自分が書き込むのは良くないとは思ったのですが、ちょっと首を突っ込ませてください。外野の意見もあると面白いかなと思いましたので。

    バックグラウンドはあまり書けませんが、自分は隣接領域の専門職です。最近はどちらかと言えば、現場からは離れ気味です。臨床心理士の養成課程などについては詳しくないので、事実誤認があるかもしれませんがお許しください。

    自分の意見としては、平井先生のような動きを取っていると最終的に資格化は流れる、ないしは臨床心理士を外した形での資格化が行われる可能性が高いと踏んでいます。当然、ペンギンさんが情報提供された「心理職国家資格のシミュレーション」のような『臨床心理士が国家資格に近づく』と言うことはないでしょう。

    根拠としては次の2点です。
    1. 臨床心理士の粗製濫造の結果、臨床心理士が信頼できなくなりつつあること。
    2. 多くの臨床心理士が今まで武器としてきた精神分析は治療法としての価値が失われつつある、ないしは非常に限定された適応のものになりつつあること。

    結果、効果のない治療法を振り回し、内部の統制も取れず、大学院修士課程修了とは名ばかりの臨床心理士の現場におけるパワーは低下し、現場からの必要性の声も上がらなければ、資格化の必要も、資格化にあたって意見を聞く必要もなくなるわけです。

    良くも悪くも脳科学化と操作的診断基準の導入による変化、パーソナリティ障害から発達障害や拡大された双極性障害、嗜癖の問題、認知行動系心理療法のエビデンスの確立というところで、精神分析が「時代遅れ」となりつつある現実を冷徹に見つめておかないと、色々間違うと思うのですよね、外野としては。

    また、コストパフォーマンスやエビデンスが重視されていることも考慮に入れる必要があります。スクールカウンセリング事業って、いじめ問題や不登校の問題に効果発揮してますか? 依存治療に臨床心理士はどのくらい取り組んでますか?

    そんなこんなで、このまま資格化がなされなければ、おそらく、各現場はこんな感じで、臨床心理士外しが進むのではないでしょうか。

    医療
    必要な心理療法は認知行動療法系が中心、行うのは研修を受けた作業療法士や社会福祉士、精神保健福祉士、看護師など。WAISなどの査定は作業療法士や言語聴覚士が担う、Rorschachテストなど投影法に限定された形で臨床心理士の出番があるか?

    教育
    アセスメントは研修を受けた教師が行う。養護教諭や児童精神科医との連携を取る。学校内の諸問題はスクールソーシャルワーカーの出番。プレイセラピーよりも認知行動系重視。ただ、スクールカウンセラー事業をすぐには中止できないので、段階的縮小で。

    司法
    従来(臨床心理士登場前)から変わらず。どちらかと言えば心理学部卒を採用し、内部で専門的に育てる方向。再犯者に対する認知行動療法の重要性がどうなるか。

    まとまらず、長文になってしまいました。部外者の戯れ言として、サンバのネタにしていただければ幸いです。

  39. 「あらら」さん
     
    「先生は何度か河合隼雄先生を引き合いに出し、時に、その政治力を賛美しておられましたが、現在の幹部の方々に対しては、政治的に動く=腹黒い といった定式化をしておられるように思います。」

     そんなことを書いた覚えはありませんし、そんな考えもありません。強いて言うなら、腹黒くなく政治的に動いている人は皆無に近いという認識があるくらいです。河合先生は、間違いなく政治的天才です。現在の臨床心理士制度を作り上げた手腕を見れば明らかでしょう。いまの心理師国家資格案についていえば、長くこの問題にかかわってきたある重鎮が、こういう案であれば20年前にできていた、ということです。そうでない、「より専門性の高い臨床心理職」を目指してここまで来ていたはずなのですが・・・。

    「ペンギン」さん、

     署名の内容と主体が違いますよ。三団体の署名のほうは、日本国民全体で約1億人で、そのうち約10万人の署名ですから、1000人に1人の署名ですね。「有志の会」の署名は、臨床心理士会会員25000人のうち、1000人近くの署名ですから、25分の1の署名です。 
     それに、そもそも私を含め「有志の会」の要望書に署名に署名した人は、「心理職の国家資格化」に反対している人はほとんどいないと思いますよ。そうではなく、現行の「心理師」国家資格案の性急な創設に反対し、合意形成の過程をもっと丁寧にしてください、と言っているだけです。

    「standridge」さん

     ご指摘の件こそ、もっと臨床心理士の間で心配したほうがいい点ですね。多くの医療関係の他職種の人から、安易に国家資格を作らないほうがいい、国家資格化しないほうがいいという忠告をいただきましたが、その理由の一つがこれでしょう、。
     私個人のこの点に関する考えは、最終的には日本の医療制度の抜本的な改革を目指すこととセットにして、ほかの医療専門職と共闘していく道を模索すべきではないかと思っています。今のところ、夢物語にしか聞こえないでしょうが。

    「外野ですが」さん

     2点事実誤認を指摘します。

    「多くの臨床心理士が今まで武器としてきた精神分析は治療法としての価値が失われつつある、ないしは非常に限定された適応のものになりつつあること。」

     ということですが、

    ・この国の臨床心理士の大半は、精神分析の訓練をまともに受けたことはありません。ほとんどがアマチュアレベルの技量と知識しかありません。それを言うなら、CBTも同じでしょうが。

    ・精神分析には、少なくともCBTと同等のエビデンスがあることはすでに指摘されています。以下をご参照ください。違いは、精神分析的アプローチには、CBTにない、sleeper effectがあることです。つまり、治療終了後も持続的に症状の改善がみられるということです(つまり、コスト・パフォーマンス的に分が悪いとは言えない)。これはCBTにはみられていません。

    *SHEDLER, J. (2010) ‘The efficacy of psychodynamic psychotherapy.’ American Psychologist, 65
    (2): 98–109.
    *Nick Midgley a & Eilis Kennedy(2011)Psychodynamic psychotherapy for children and adolescents: a critical
    review of the evidence base、Journal of Child Psychotherapy
    *ミジリーほか編『子ども心理療法と調査・研究』(創元社)

     また、子どもの精神分析が幅広い領域で大変有用であることは、以下の本が例えば示しています。

    *ホーンとラニャード編『児童青年心理療法ハンドブック』創元社

     それと、資格化をしないと、ほかの専門職がとってかわってしまうのではないかというご指摘ですが、いくつかの事実を指摘したいと思います。まず、CBT(そしてアセスメント)は、簡単にできるものではなく、たとえば基本的に英国でその担い手である臨床心理士は、博士号を取得した高度な専門家であること。そうした専門性を持たずに、CBTを行ってもその効果はかなり限定されていることが知られつつあること。(いや、なんでも形だけできればいいんだ、というのは国民へのサービスの著しい低下を招くということを強く主張できるでしょう。国際的にもとても恥ずかしい状況になります。)
     また、政治的な視点で見てみると、臨床心理士は現在25000人います。これはほかの心理系の専門職の10倍近くの数ですね。しかも、指定校制度と文部科学省とのつながりという、政治的腕力もあります。これを適切に行使すれば、臨床心理士をないがしろにして簡単に国家資格ができるのは考えにくいと思いますし、それを阻止できる政治的ファンダメンタルズを作ったのが、河合先生の偉業だと思います。逆にこれをなくせば、おそらく医療業界の中では、最弱の政治力に近くなるのではないかと危惧します。

     さて、「心理師」問題は、real worldのほうで、当面の大詰め局面に入ってきました。そちらが忙しくなるので、しばらくまたご無沙汰いたします。

     「ロテ職人」さん、

     ここまで機会を与えていただき、ありがとう。

  40. 平井先生

    *****
    「ペンギン」さん、

     署名の内容と主体が違いますよ。三団体の署名のほうは、日本国民全体で約1億人で、そのうち約10万人の署名ですから、1000人に1人の署名ですね。「有志の会」の署名は、臨床心理士会会員25000人のうち、1000人近くの署名ですから、25分の1の署名です。 
     それに、そもそも私を含め「有志の会」の要望書に署名に署名した人は、「心理職の国家資格化」に反対している人はほとんどいないと思いますよ。そうではなく、現行の「心理師」国家資格案の性急な創設に反対し、合意形成の過程をもっと丁寧にしてください、と言っているだけです。
    *****
    忙しい中、お返事ありがとうございます。
    ただ、私がお聞きしたいことへの返事ではないので、再度わかりやすい形で質問させてもらいます。

    下記の文章は、私が鳥取県の友人から頂いた「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」なるパワーポイントの中の文章です。そのパワーポイントは、その県の臨床心理士会の事務局長が作ったもので、友人を始め、その県の臨床心理士に「インフォームド・コンセントの会」の要望書とともに一斉配信されたそうです。
    ****
    今回の交渉(推進)に参加していないことと、臨床心理士の資格法制化を放棄していないことによって、実際には強力な切り札を保持している。
    すなわち、3団体要望の心理職国家資格案が進んでも、最も重要な当事者として最終的に反対する道が残されている。
    さらに、この3団体要望の国家資格案の推進が止まれば、当分の間、新たな国家資格案が出ることはあり得ない。
    臨床心理士の実績は誰も否定できず、今でも十分公的に評価されている。他に国家資格ができなければ、社会の中で実績を伸ばし、引き続き臨床心理士がますます国家資格に近づくと考えられる。
    ****
    平井先生は、「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」なるパワーポイントの中の上記文章についてどのようにお考えですか?

  41. 「外野ですが」さんの意見をみてよくわかったのですが、
    現行案に賛同あるいは推進している勢力の一部は、臨床心理士を蔑んだり反感をもっている人たちですね。それは日本心理学諸学会連合のカリキュラムとも符合しますね。今、国家資格を作らないと他の団体が作ってしまうという扇動を私は信じません。なぜなら、それが真実なら、とっくに臨床心理士抜きの資格ができているはずだからです。今回の資格の話は、そもそも、諸連合と医療心理師のグループが日本臨床心理士会側にもちかけてきたと聞いています。日本臨床心理士会のホームページにある「国家資格を情報」で、これまでの経緯をみれば、日本臨床心理士会のも、当初は、学部卒は時限性とする(つまり、移行措置としてのみ認める)ことや、学部卒者に受験資格を与えるには熟練者によるスーパーヴィジョンを受けることを義務付けることを要求していました。しかし、それらがことごとく、心理学諸学会連合と医療側の団体に「2対1」で否決されてきたのです。「一緒に資格を作ろう」と声をかけてきた2団体にこそが、実は、どんどん臨床心理士にグループの提案をひっくり返してきたのです。私は、多くの臨床心理士に、現行案がいかにして、諸連合と医療側の団体によってねじまげられてきたか、その経緯と真実を知って欲しいです。最後に、「募集要項に臨床心理士に以外の資格が記載されるようになった」「このままではジリ貧だ」と言っている人たちにいいたい。ガチンコ勝負で、そういった人たちと専門性を競い合えばいいじゃないですか。例えば心理師国家資格ができたって、業務独占じゃなく名称独占なんだから、「こいつ、使えない」と思われれば、その業務は他職種に委ねられますよ。資格にかかわらず、優れた専門性を持つ人、それと人脈を作れる人、どういう業界だって、そういう人が職を得るんじゃないですか。

  42. 皆さま

    あと、平井先生のHP
    http://rinshoshinri.web.fc2.com/
    には「日本心理臨床学会では発足以来、長く伝統的に続いていた、事例研究発表という枠組みが撤廃され、個別の事例研究発表はできなくなりました。」との記述がありますが、これっと本当なんですかね。
    私は学会参加していないので、行った人教えて下さい。
    プログラムを見た限りでは、上記の表現はまったくの誤りと思うんですけどね。

  43. 「ペンギン」さん

     Just one last time.

    「シュミレーション」についてなぜ私に尋ねられているのかよくわかりませんが、「政治力学的分析としては妥当なものにみえる」が私のコメントです。もちろん、高校野球などで「勝ちを意識して自滅する」とか「勝負をあせって自滅する」とかありますし、交渉事ごとですから「今作らないとやばい」という態度が見え見えで足元を見られたら終わりでしょうが。(現状、臨床心理士会はそんなふうに見えます。)

     心理臨床学会については、このブログの12年11月23日のエントリーを見てください。

    「standridge」さん

     おっしゃることに同意します。心理師国家資格推進の大半の人から、この心理臨床の仕事に対する情熱やビジョンを感じることができません。それは悲しいことですね。

     

  44. […] 「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有志の会」要望書に関する疑…2013/08/11 」という名称の国家資格創設について、当時の政権与党である自民・公明両党、さらに民主党の三 […]

  45. 平井先生

    コメントありがとうございます。
    事例研究発表については、先生の「個別の事例研究発表はできなくなりました」という表現で何も間違えているところはありませんでした。私が勝手に、事例研究発表がなくなったと読み間違えたのでした。すみません。で、今回の学会では、個別の事例研究発表ではなく、シンポジウム形式の事例研究発表になっているようですが、結局の所、やってみて参加した人の感想はどうなんでしょうか?よかったのか?悪かったのか?参加した人の感想が学会にきちんとフィードバックされて、次に繋がっていけばいいなと思います。

    「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」から抜粋した文章についての先生の意見を伺いたかったのは、先生がどのような先の見通しをもって、今の「心理師国家資格(案)」に反対されているのか、論点をはっきりさせたかっただけです。

    私は、今の「心理師国家資格(案)」は、ベターであって、ベストとは思っていません。

    私は、今の「心理師国家資格(案)」でいくと
    現在の臨床心理士資格よりも質が落ちるとも思っています。また、今の「心理師国家資格(案)」が止まれば、当分の間、新たな国家資格案が出ることはないだろうとも思っています。
    ここまでの2つの意見は先生もそう相違はないのではないかと思います。

    認識が異なるのは、
    私は、今の「心理師国家資格(案)」が出来た場合の質の低下に関しては、対人援助職の国家資格である限り、また、臨床心理士会が関わっている限り、取り戻していけると思っています。

    先生は、質の低下に関しては、とりかえしのつかないことになると思っている。

    また、私は、今の「心理士国家資格(案)」が止まった場合、臨床心理士会が関わらない形で心理職の国家資格ができてしまうのではないかと心配しています。臨床心理会の政治力でもって、それを阻止した場合も、心理職の国家資格がない状態が長く続くことになるだけと思っています。そして、その間、他職種に心理の領域を侵されていくのではないかと心配しています。また、心理職の国家資格がない間、不便を強いられるのは、利用者ではないかと思っています。

    先生は、今の「心理士国家資格(案)」が止まった場合、他の団体が心理職の国家資格をつくることはできず、また、他職種に心理の領域を侵されることもなく、臨床心理士は、社会の中で実績を伸ばし、引き続き臨床心理士がますます国家資格に近づくと考えています。そして、最後には、ほぼ臨床心理士に近い形で(あるいは、臨床心理士をそのまま)国家資格にすることができると思っています。また利用者の立場に関しては、先生は、国家資格がないという状態よりも、今の「心理師国家資格(案)」だと質の低下はとりかえしのつかないことになるので、そのことの方が利用者への裏切りと思っています。

    上記の理解でいいでしょうか?

    あと、先生は、「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」から私が抜粋した文章について、「政治力学的分析としては妥当なものにみえる」とおっしゃっていますが、妥当かどうか以前に、私は、かなり問題のある文章だと思っています。私が抜粋した文章には、切り札として、「今回の交渉(推進)に参加していないこと」と、「臨床心理士の資格法制化を放棄していないこと」を挙げていますよね。上記2つを切り札と考えている人らに対して、他の立場の人は何を話し合えばよいのでしょうか? どんなに話しても妥協点は出ず(妥協=切り札を失うことになりますものね)、話は平行線ですよね。

    ロテ職人さん、ながながと居座って失礼しました。

  46. 「ペンギン」さん

     あなたを初め多くの臨床心理士が国家資格化の問題、そして私たち臨床心理職の職業的専門性の問題を真剣に考えようとしていることはよくわかりました。あなたは、

    「認識が異なるのは、私は、今の「心理師国家資格(案)」が出来た場合の質の低下に関しては、対人援助職の国家資格である限り、また、臨床心理士会が関わっている限り、取り戻していけると思っています。先生は、質の低下に関しては、とりかえしのつかないことになると思っている。」

    と要約されていますが、ほぼその通りです。こうした討議をもっともっと深めていくことが大切だというのが、私(および「有志の会」)の主張です。このブログ上での私の討議の発端は「ロテ職人」さんの「既得権益」批判への私の批判にありました。先の「あらら」さんとのやりとりの<政治=腹黒い>という議論もありましたが、私はこの問題について(主に口コミです)いろいろ知っていくにあたり、これは利権争い(そして利権をめぐる恨みつらみをはらす)以外何物でもないところも随分あることに暗澹たる思いがしています。ここでは詳細は省きますが、心理臨床とは関係のない、基礎心理学系の人たちの暗躍、そして医療ビジネスの影を指摘したいと思います。正直、こんな資格を作って、臨床心理士のだれが得するのかと思っています。そもそも、Q&Aにあるように、臨床心理士会は存続しないことを前提にして理事会は心理師国家資格を創設しようということですよね。それに、この資格ができるのが8年後という話もあるようですし、そもそも国家試験に合格しないといけないわけですから、今推進している「臨床心理士」特に高齢の幹部の方はこの世にいないか、引退しているか、資格を持っていないかする可能性が高いでしょう。
     だからこそ、私は「上の偉い人」に任せるのではなく、臨床心理士が一人一人真剣にこの問題を考え、もっと話し合っていき、この専門家集団を強くしていくことしか、活路はないと思っています。「NHKラジオ高校講座 政治経済」「第3回 民主政治の特質」[ポイント1]「民主主義って多数決のことなの?」をもう一度引用します。

    民主政治では、多くの人々の意見を決定に反映するために「多数決」という方法をとる。多数決は、民主政治に必要な手段であって目的そのものではありません。民主主義の本質は、自分たちのことは、他人まかせにしないで自分で決めることである。したがって、民主政治では、多数決によって自分の自由を捨てたり、他人の自由を奪ったりすることは許され>ない。多数決の判断が、その団体のメンバーみんなの幸福を実現する正しいものであるためには、自由で公開された討議が行われ、少数意見が尊重されることが大切である。

     私は、民主的なやり方は効率が悪いが現在まで試みられた政治形態の中で最もましというチャーチルの認識は、狭い意味での「政治的主張」と捉えるよりも、また理想主義と捉えるようりも、厳然とした集団心理の真実ではないかと思います。非民主的な集団は、最終的には自滅していくのではないかと思っています。
     以上を前提に、私の意見を述べます。「ペンギン」さんのいうような、まずは心理師国家資格を創設し、それから心理臨床の専門性の向上を目指すという考えですが、それは難しいと思います。まず、「まずは国家資格を」という考えの中に、現状の国家権力に頼るという受け身的姿勢がすでに敗北していると思います。そして、現実を見てみると、他の医療専門職の多くの方は、国家資格になることで、自分たちの専門性を厚生労働省や医師会に左右されるようになったとおっしゃっています。例えば、言語聴覚士など、専門性とはあまり関係ないように思われる嚥下ばかりやらされています。また看護師の線も戦火としての地位を向上させるためにどれほどの努力が必要だったかという事実も挙げることができるでしょう。
     ですから、私の考えは、すでに公益法人となり、一定の社会的地位を築いた資格認定協会を基盤とする、現行の臨床心理士制度の改革を進めることが一番の得策ではないかということです。これは簡単ではありません。私が話した多くの「推進派」もしくは(ロテ職人さんのような)「静観派」は、資格認定協会は改革不可能だからつぶれたほうがよい=心理士師資格推進という論法のようにみえました。私は、この専門家集団が民主化され、若手がもっと声をあげていき、世論を形成し、認定協会に圧力をかけていくことで可能ではないかと思います。
     そして、改革の方向性は、
    ・臨床発達心理士との統合。基礎心理学の重視。つまり「心理師」資格案のなかで意味のある実質を臨床心理士資格制度の中に構築する。
    ・博士課程教育を展開させていく。すでに、意欲があり、力のある臨床心理士は、資格取得後も積極的に研修を受け、論文を発表しています。これを制度化するというわけです。また、実際、例えばこれまでの臨床心理士訓練で重視されてきた心理療法は、修士2年で修得できるようなものではなく、資格取得後最低3,4年は研修を受ける必要がるものです。SCについてもそれが言えますし、CBTにせよ心理テストについても言えます。つまり、心理療法、CBT、SC、心理アセスメント、それぞれの博士課程を作っていき、そこでより高度な専門性を持つ臨床心理士を輩出し、そうした専門性が役に立つことを社会に示していく、ということです。もし心理師資格ができれば、こうした動きは大変難しくなるでしょう。
    ・修士課程での資格は、generalistとしての基礎資格という位置づけ。
    ・また指定校の教員の質を担保する方法を探っていく。心理臨床能力のない教員には去っていただき、力のある人を据えていける仕組みを作っていく。
    ・以上が進んでいけば、いずれ、「最低限」の修士課程で、国家資格化を進めることもあるでしょう。

     以上が私の見通しです。繰り返しますが、まだまだ議論すべきことがあまりにも多くあるのです。急いで作ってしまえば、将来に大きな禍根を残すのではないかというのが、私たち「有志の会」の主張です。

  47. 皆様

    standridgeさんが挙げている「一部」は、私のことを指しておられるようなので、その反論を書こうかと思いましたが、ペンギンさんが見事に考えをまとめてくださいましたので、それで十分と思えました。ペンギンさん、ありがとうございました。

    また、外野ですがさんの臨床心理士の現状認識も、まったく同意見です。上手にまとめてくださってありがとうございます。

    私は県の臨士会主催の説明会で幹部の方の説明を聞き、この人の言うことは信じられると思いましたので、臨士会の方針に従おうと考えました。交渉の実際は、言えないことの方が多いと思います。あいまいだ、隠している、と批判しても仕方がないし、「黒い部分」がない方がおかしいと思っています。
    私は、自分自身の人を見る目を信じ、それを頼りにやっているので正直それで十分だったりします。

    平井先生のお話から察するに、平井先生には、後ろ盾なのか親玉なのか、いろいろとえらい先生がついておられるようですね。私は平井先生のことをドンキホーテだと思っていたのですが、そうしたバックがいるとなると話が違ってきます。スーパーバイジーや講師をした研修会関係の人を通して署名を集めているという話が聞こえてきます。そうした人たちは断りにくいでしょう。私もバイザーから回ってきたら、断れる自信がありません。ある程度平井先生の仕事は成功するのでしょう。

    諸団体との話し合いが物別れに終わったとなれば、臨床心理士会のせいにして他団体による心理士の国家資格ができるのは確実と思います。発達障害関連の資格などはつくりやすいですし、ニーズも熱意もあります。障害のある方の家族会は政治を動かす力を持っていますから、あっさり出来上がるのだと思います。

    平井先生は外野ですがさんのコメントの精神分析の項について、事実誤認を2点挙げられていますが、現状よりさらに衰退していくことは否認しようがないと思われます(成田先生も雑誌『精神療法』にちょこっと書いておられますね)。だから精神分析系の臨床心理士の先生方は必死に法案に反対されるのでしょうか。さらにポストと収入が減るのは必至ですから、十分な反対理由になると思います。

    河合先生がそのカリスマと政治力で作り上げた臨床心理士への期待と信用は、亡くなられた後、みるみるしぼんでいったように思います。もちろんこれは私の主観的体験であり、そうでない社会で生きておられる方もいらっしゃるでしょうが、河合先生という光が消えると、河合先生がなぜか重用した一癖も二癖もある先生方ばかり目につくようになりました。私の気持ちは、反感と言うより失望に近いと思います。

    私は国家資格創設を願っていますが、不成立ならそれで仕方ないとも思っています。受け入れて、他の心理団体が作った資格をとるべく、努力するだけです。

    ロテ職人さんのブログなのに、ロテ職人さんそっちのけで議論してすいませんでした。お子さんの夏休みの宿題は終わりました? 私もそろそろ夏休みも終わりなので、こちらから撤退しようと思います。せっかちな性格なので、文章が雑になったこともあったと思います。申し訳ありません。また一読者に戻りたいと思います。

  48. 「あらら」さん

     1000人にも及ぶ、要望書への署名をこれだけ短期間に、しかも10人足らずの私たちの会が集めることができたことの意味を過小評価しないでください。本当に全国各地から、自分のお金で切手を買って、私のところに署名を郵送してくれた人たちが、「スーパーバイザーが言うから」とか「研修会の講師が言っていたから」といった人たちではないですよ。、私たち、有志の会は、HP上でも、推進派の意見もきちんと開示して、臨床心理士が自分で判断できる情報と意見を提供するように努めています。
     私にバックも後ろ盾もないですよ。もちろん、個人的つてやコネはフルに活用します。が、どこにも紐は付いていません。本当に私心なくjust causeのために人が動くことに納得できない人が今この国にはあまりにも多いのにも愕然とします。
    (私の別の活動NPO法人子どもの心理療法支援会活動についてもそれは言えますが。)

     「ぺんぎん」さん
     論点の要約、ありがとう。面倒くさい話し合いをもっとしていきましょう。平行線のようでいて、話が深まっていると感じられる限り、その話し合いは続ける価値があるものです。あなたと私の対話は若干そうした面があったように思います。そして、本当の意味での臨床心理士の「世論」を作り上げましょう。

    そして「このブログを見ているみな」さん

     皆さんの人生の大切なことにかかわる問題です。real worldの中で、ご自分の意見をどんどん発言していってください。
     
    「ロテ職人」さん
     かさねがさね、ありがとう。

  49. まあ、自分としては、国家資格が出来ようと出来まいとどうでもよいんです。結局、仕事できる人と仕事すればよいことですから。ということを踏まえて、ちょっとだけ反応を。

    standridgeさん
    ご意見ありがとうございます。自分個人としては、お世話になった、色々指導していただいた臨床心理士の先生方はたくさんいらっしゃいますし、同僚として気持ちよく働けたかたも数多くいらっしゃいます。蔑んだり反感を持っているつもりはありません。

    ただ、個々の能力とは別に、「臨床心理士」自体は失敗している資格というか、残念な資格だなぁと思ってます。それは後で述べるような政治的(一種の外交的)な問題もあります。

    それから、なによりも明らかに量的にも質的にもコントロールに失敗してしまった資格だと思うのですよね。国家資格でないが故に本当はもっときちんとした資格に出来たはずなのに。質的な面に関しては平井先生がおっしゃられるように(ロテ職人さんも一家言ありましたよね)、上位資格を作るという形でこれから改善されるとは思います。

    ただ、すでになってしまった人たち、作りすぎてしまった人たちをどうするのかっていうのは問題な気はしますね。まあ、自己責任でほっといてもいいんですけど。個人的には、募集もしてないのに、アポなし訪問(下手するとメンタルクリニックの前に開院前から立ってたりする)されたり、多忙な時間に一方的に電話で募集の確認をしてきたりっていう、半分業務妨害的なまねはやめていただければ、まあ、良いかなと思います。仕事上の尻ぬぐい的なのはお互い様でしょうから。

    あららさん
    外野の戯れ言にもかかわらずお褒めいただきありがとうございます。
    > 諸団体との話し合いが物別れに終わったとなれば、臨床心理士会のせいにして他団体による心理士の国家資格ができる

    というご意見は賛成です。自分としてはむしろそれを理由にして資格化しないっていうのもありかなとは思います。

    ペンギンさん
    問題のシミュレーションですけど、外野からすると臨床心理士会っていわゆる3団体の構成メンバーですし、要望書にも理事長の名前を連ねてますよね? それって、一般的には「心理士(仮)を推進している」って言いませんか? それを「今回の交渉(推進)に参加していない」って主張できるのはどういう理屈なのでしょう? 平井先生だって、推進していると思ってらっしゃって一連の主張をされてるはずですよね。それとも矛盾するような気がします。

    社会性がないのか、一般常識に欠けるのか、内輪向けとはいえそういう理屈を展開するようなら、次の機会(あったとして)に外されると思わないのかなぁと疑問に思います。

    平井先生
    事実誤認のご指摘ありがとうございます。

    先生のご呈示された資料では児童思春期においては、精神分析が一定の効果はあるかもしれないということを主張する方々もいらっしゃるということですね。あ、それから、査読のない書籍はこの場合根拠資料としては個人的には認めてません。せっかくご呈示いただいたのに申し訳ありませんが。

    性格の悪い自分としては、じゃあ、「成人での根拠は?」とか、「なんでNICEやCochraneやらアメリカの健康保険会社は積極的に推進しないんでしょうね?」とか、まあ、そういうことは本論から外れるので置いておきます。それから、「スクールカウンセラー大して役に立ってないよね、スクールソーシャルワーカーの方がいいよね的な意見もあるよね?」というのもどうでも良いので置いておきます。

    あと、

    > この国の臨床心理士の大半は、精神分析の訓練をまともに受けたことはありません。ほとんどがアマチュアレベルの技量と知識しかありません。それを言うなら、CBTも同じでしょうが。

    というのは本気でおっしゃってます? 先生のようなお立場の方がそれ言っちゃっていいんですかね? じゃあ、「何が出来んの?」「修士課程とその後の研修受けてても素人って、役に立たないよね? そんな人たちの意見聞かなくてもよくね?」っていうのも、まあ、どうでもよいです。

    それから、心理士(仮)資格は基礎心理学者と医療業界の臨床心理士つぶしの一環だとか何とか主張しておいて、自分たちの資格の地位の向上のためには基礎心理学者の力を借りたいって、なんか都合良いですね? そういう一種の傲慢さが足をすくうって考えないんでしょうか? まあ、それも内部の改革問題だから本論とは外れると思いますので置いておきます。

    先生のご発言を意地の悪い外野が切り取ると、地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華もないパッとしない臨床心理士業界代表と見えなくもないのでご注意くださいませ。

    うーん、外野としては皆さんがどうお考えなのかちょっとよくわからないんですけど、結局のところ資格問題って、外の人たちとどう付き合っていくのか、領域外の人たちに自分たちは何が出来るのかっていうのを適切にアピールできるかどうかっていう問題だと思うんですよね。内部として質を保つってのは当然でしょうけど、それ、今の国家資格制度(一度とったらおしまい)単体ではどうしようもないですよね。

    だから、きわめて政治的、外交的ですよ。そこから距離を取りたいという平井先生は一理あるんです。でも、永世中立を保つためにはそれなりのパワーがないとだめですよね。お題目だけ平和唱えててもどうしようもないと思うんです。適切な自己評価も必要でしょうし。

    外野から見てると、そういう面でも臨床心理士って失敗した資格だと思うわけです。政治力である一定の力を得たのはいいけれども、その間に万人が認めうる業績を上げたのかっていう問いに、明確に答えられないように見えてしまってる(例:いじめ問題に対するスクールカウンセラーの有用性)し、手法の有用性が低下しているようにも見えるのです。これ、実際どうかじゃなくって、あくまでも外部からのイメージですよ。

    それに、成立過程で敵を作りすぎたし、うまく和解できてこなかったように見えるのですよね。勝っているうちにうまく取り込めば良かったのに。で、20年かかっても自分たちの意見はあまり取り入れてもらえない現実を作ってしまったわけですよ。一部の人たちに至っては、臨床心理士つぶしの陰謀だとか発言してしまう。専門外ですけど、その手の発言は一種の逆転移とか思っちゃいますけどね。

    なんか、結局のところ、スタンスの違いは外部からどう見られているかというのをどう認識しているのかっていうところなように思えます。で、の違いっていうのはホームで仕事してるか、アウェーで仕事しているかっていう違いなのかなぁとか思わなくもないです。

    またもやまとまらず、やたらと長くなりましたけど、外野はこの辺で去らせていただこうかと思います。皆様のご活躍を心からお祈りしております。

  50. これまでのやり取りがあまりにも長く、きちんと理解が追い付いていないかもしれませんが、以下感想です。私の立場は平井先生たちのお考えには反対です。

    1.まず、国家資格化されると特に若い人たちがあおりを食うようなことを結局言っていると思います。でも、本当にそうでしょうか?というか、現在の臨床心理士の若い医療領域や、非常勤でSCなどしている人はすでにワーキングプアと呼ばれる状態の方が少なくないと思います。今だって、十分大変なんですよ。まだ、こんな状況を続けるつもりですか?むしろ国家資格化して、それからどうやって、国民にご理解いただくか、そして資格のあり方の議論を考えることが大切と思います。

    2.平井先生はそう書いていないかもしれませんが、反対派の方々が講演などで「学校心理士や臨床発達心理士などと一緒に国家資格化になると心理士のレベルが下がる」と言っている人がいますが、こういう人たちは自分がどんなに仕事ができ、他領域の方がそうでないのかという、自惚れの強い方がいると思います。多くの団体が協力して国家資格化を目指すことがなぜいけないのでしょうか?きちんと議論できていないというのは、自分たちが参加してこなかったことを棚に上げてよく言えると思います。

    3.反対派の大半は精神分析をよりどころにしている方々と聞きます。この書き込みでも誤解がありましたが、臨床心理士は精神分析だけを学んでいるわけではないですし、多くは折衷と呼ばれるクライエントさんやその領域に応じて柔軟に考えています。精神分析の先生方が自分たちの勢力を誇示したいがために行われているわけではないですよね?

    4.時代はものすごく速く流れています。せっかく、多くの団体が足並みをそろえて国家資格化し、国民のメンタルヘルスの問題を大局的視点で考えようとしているのですから、どうか協力していただけないでしょうか?

    5.平井先生方のホームページで、某県士会の説明会の文章がアップされていますが、きちんとその臨床心理士会にアップの許可をとったのでしょうか?その心理士会の方が言うには、すべてアップされているのではなく、最後にその都道府県心理士会の方が「若い人たちのためにも早く国家資格化に向けて動いてほしい。今までそうしてこなかったのは、自分を含めてベテラン側の怠慢だ」と発言されたとのことです。そういう記載を載せないのはフェアではないように思いますが。

    最後に、私自身も文章が長くなって申し訳ありません。ロテさん、平井先生。いろいろと二人の真摯なやり取りを拝見し、つい私もコメントしたくなり、させていただきました。

  51. ポチさんの仰る1~4の意見に賛成です。5については私はわかりません。

    2. については、反対派の人にもイタい人がいるんですね。平井先生はそうは仰っていないと思いますが。「外野ですが」さんの仰るように、スクールカウンセラーの有用性についてつっこまれたら、残念ですが臨床心理士のレベルは低いと言われるかも知れません。エビデンスはないようです。

    「多くの団体が足並みをそろえて国家資格化し、国民のメンタルヘルスの問題を大局的視点で考えようとしている」
    そうであればこそ、10万筆以上の署名が集まっているのでしょう。今の臨床心理士だけでやるよりは、より良い資格ができる可能性が高いと思います。

    今の臨床心理士がレベルの高いものであると確信して、皆に認められておられるのであれば、standridgeさんの言うように、国家資格なんて関係なく、実力出せば、国家資格持たないでもやっていけるのでは?独自の専門性を発揮すればよいと思います。私はそうは思えませんので、国家資格も取って国に認定された上でさらに高いレベルまで頑張りたいと思いますが。そうなると、臨床心理士オンリーで頑張る人たちと勝負かも知れませんね。

  52. 「まだまだ議論したりない臨床心理士の人、そして積極的にこれから発言したい人」さんへ

     「有志の会」では、

    1)「インフォームド・コンセントの会」全国各地て行う。
    2)「有志の会」HPをリニューアルし、discussion forumの機能を設けます。そこは臨床心理士(もしくは心理臨床学会会員)限定にしますので(「外野」はご遠慮いただく)実名での(すなわち自分の発言に責任を持つ)「自由で公開された討議の場」を設けます。また、心理師資格問題のネット投票もしくはアンケートを実施する。

     を行っていく予定です。心理師国家資格推進にせよ、反対にせよ、皆さんの意見をreal worldに、すなわち日本臨床心理士会の意思決定に反映させましょう。

     つまり、世論を形成して、直接民主制を実現しましょう!

    「ロテ職人」さん

     たびたびすみません。上記のことができましたらまたご挨拶します。

    「外野ですが」さん

     また事実誤認を指摘します。(「外野」とはいえいくつの事実誤認を指摘すればいいでしょうか?)

    「先生のご呈示された資料では児童思春期においては、精神分析が一定の効果はあるかもしれないということを主張する方々もいらっしゃるということですね。あ、それから、査読のない書籍はこの場合根拠資料としては個人的には認めてません。せっかくご呈示いただいたのに申し訳ありませんが。」

     ということですが、一等最初に私が

    *SHEDLER, J. (2010) ‘The efficacy of psychodynamic psychotherapy.’ American Psychologist, 65
    (2): 98–109.

     挙げていますよ。念のために和訳しますと、「精神力動的心理療法の治療効果」というタイトルです。Google Scholarで検索すると10秒もかからず以下のABSTRACTが出てきます。

    Empirical evidence supports the efficacy of psychodynamic therapy. Effect sizes for psychodynamic therapy are as large as those reported for other therapies that have been actively promoted as “empirically supported” and “evidence based.” In addition, patients who receive psychodynamic therapy maintain therapeutic gains and appear to continue to improve after treatment ends. Finally, nonpsychodynamic therapies may be effective in part because the more skilled practitioners utilize techniques that have long been central to psychodynamic theory and practice. The perception that psychodynamic approaches lack empirical support does not accord with available scientific evidence and may reflect selective dissemination of research findings. (PsycINFO Database Record (c) 2012 APA, all rights reserved)

     先のコメントには、以下の日本語の要約も書いていたんですが…。

    「精神分析には、少なくともCBTと同等のエビデンスがあることはすでに指摘されています。以下をご参照ください。違いは、精神分析的アプローチには、CBTにない、sleeper effectがあることです。つまり、治療終了後も持続的に症状の改善がみられるということです(つまり、コスト・パフォーマンス的に分が悪いとは言えない)。これはCBTにはみられていません。」

     これはcritical review論文ですから、査読付きの研究論文を実験デザインや解析の手法などから解析しています。で結論は、まさしく「保険会社」のいうことを根拠にするのではなく、「査読論文を根拠資料」として正当に見ていけば、成人の精神力動的心理療法にエビデンスが無いというのは全く根拠のない言いがかりだということです。

  53.  精神分析の治療効果について議論されているようですので,私も少しだけコメントさせていただこうと思います。

     精神分析(精神分析的心理療法)によって,患者さん(クライエント)さんは明らかに変わっていきますよ。精神分析的実践を行っている治療者の間では,精神分析が治療効果をもつということはあまりに自明なことなのです。もちろん,精神分析的空間に身を置いたことのある患者さんも効果を実感されていることでしょう。

     しかし,その体験は2人の主観的な体験なので,統計的なエビデンスにはどうしても馴染まないのです。馴染まないというか,それが意味のあることとはどうしても思えないところがあります。
     対外的には,精神分析は誤解をされて久しいですので,もちろん,一般ユーザーのために数量的エビデンスを示すという仕事も必要なことなのですが…(米国では比較的効果研究は盛んで,例えばAmerican Journal of Psychiatryには,ときどき心理療法の効果測定の論文が出ていますよね)

     また,平井先生のご指摘にもあるように,日本には本当に精神分析や精神分析的心理療法ができる治療者は,それほど多くありません。理解の準拠枠として精神分析を活用されているという方は多いですけどね。精神分析のトレーニングは,時間が非常に長くかかって尚費用も相当額が必要になることが,治療者が少ない所以です。30代はもちろん,40代,50代で教育分析を受け続けている先生もたくさんいるのです。それほど果てしない道のりです。そうしないと本物の治療者にはなれないのです。つまり,治療者の育成が,修士課程で収束することは絶対にありません。むしろ,就職してからが訓練の始まりなのです。率直に申しまして,今の臨床心理士はたださえ訓練が不足していて,なおそれに気づかない人々も多くいらっしゃいます。人はそう簡単には変わりません。クライエントさんに治療的に関わるこの領域では,心理療法を習得するとは,人生をかけて行うもので,気が遠くなるような訓練の末にようやくなされるものなのです。
     今回の心理師資格は,訓練不足の現状を助長する危険な側面があります。私が心配になるのはその点です。

     もし,「外野ですが」さんがある程度実力がある治療者に精神分析的心理療法をお受けになれば,その効果が分かると思います。精神分析は「やれば分かる,やらなければ分からない世界」なのです。
     こうして説明を試みても上手く伝わるか自信がもてないものですね。recomentがあれば是非教えてください。

  54. とても興味深く議論を拝見しております。
    私は、推進派で国家資格法案上程の為の議員訪問や署名など、積極的に活動してきた者です。

     平井先生が、この資格を自分たちが議論を尽くしたうえで、自分たちの資格にしていこうという方針は全くもって賛成です。黒い部分も含めて、説明してもらいそれを聞いたうえでどうするのかをみんなで決めていくという方針も納得いくものです。実は私も同じようなことを思っていました。(3年前からですが)

     また私は、資格関連の会合に出席した経験もありますが、ご指摘の通り、認定協会の懸念の為か、いささか防衛的に情報について説明されていた印象を持ちました。

     ちなみに、平井先生たちがされようとしている動きと、認定協会が今までとってきた態度は、全く違うと考えています。認定協会は、臨床心理士会側が、話し合いを呼びかけても同じ席に座ろうともされませんでした。実際に認定協会関係の方の意見を拝聴していても、これはもちろん私見ですが、本当に将来の我々のことを真剣に考えているとは思えないような発言だと感じました。

     しかし、平井先生たちがされようとしているのは、日本臨床心理士会との対話を求め、、反対派の方を組織としてまとめ、よりよい資格作りの為に尽力されようとしてうるわけですから、ありがたいと思っています。

     ただ、なぜ今なのでしょうか?なぜもっと早くにこのような会がでてこなかったのでしょうか。反対派の方は何年も前からおられたのにも関わらず、平井先生が手を挙げるまでなぜ黙っておられたのでしょうか。

     正直、ここ2年間県内の議員事務所を何度も訪ね、資格成立に向けてお願いし、他の臨床心理士や一般の方々に署名をお願いした立場から言わせてもらうと、やはり「なんで今さら」という気持ちになりますし、おそらくプロジェクトチームや理事会の方もそうでしょう。
     ですので、それをもう一回無しにして、先生が考えておられる手順、インフォームドの会→直接選挙過半数での決定を理事会が認められるのは、現実的に難しいのではないかと考えています。
     まぁ署名がそれこそ、過半数を超えるようなことがあれば無視できないと思いますが。

     それと、資格反対を組織としてやっていこうとされるなら、きちんと対案を示してほしいと思います。
     インフォームドの会→直接選挙という流れは分かりましたが、どういうスケジュールで進むのですか?インフォームドの会の全国訪問は何年かけて行うのですか?
     選挙の結果を受けて、賛成多数の場合・反対多数の場合皆さんはどのように動かれるのですか?そして最終的には、何年後に皆さんが納得いくような国家資格になっていく予定なのですか?その手順や、要望書に関しても先生たちが考えられる要望書を具体的に、それこそ臨床心理士会全員の手元に、分かりやすくインフォームドして頂いたうえで、判断させていただきませんか。
     有志の会のホームページや平井先生のコメントを見ても今一つ具体的にどう動いていくのか、伝わってきませんで、とりあえず保留でと言われても、それこそ納得いきません。なるほどこういうスケジュールで現実的に進むのであれば、何年か我慢しようというものが出て来ないと私自身は、今の歩みを止めようとは思えません。

     もうひとつ、もしこのまま秋に国家資格が成立となればどのように動かれるおつもりでしょうか?もちろんそうさせないよう動いておられるので想定外ではあるのでしょうけれど。

     先生たちが、示されている懸念も確かにあたっているところもあると思います。だからこそ、先生方のような本気で資格の将来を心配されている方が、表に出ていい方向へ資格を持っていってくれればと願っております。
     ですので、仮に国家資格成立になったとしても、反対派の方の声を合わせて、制度作りに繁栄させるような手立ても同時に考えておかれてはどうかと個人的には考えております。

     それこそ、平井先生には多くの支持者がいらっしゃるわけですから、新国家資格のプロジェクトチームに入ってもらってどんどん意見を言ってもらうとか。
     今は、その段階まで現実は動いていると思います。
     

     

  55. 「stangetz」さん

     私の舌足らずな部分を全部補っていただいたように思います。ありがとうございます。

    「すいしんは」さん

     あなたのような方がこの場で発言されることを待っていました。変なことを言うようですが、心強く感じています。この職業的専門性を大切に考え、よりよいものにしていこうという、共通の目標のもとに討議をしていることの意義を改めて確認できたように思います。

    「ただ、なぜ今なのでしょうか?なぜもっと早くにこのような会がでてこなかったのでしょうか。反対派の方は何年も前からおられたのにも関わらず、平井先生が手を挙げるまでなぜ黙っておられたのでしょうか。」

     仰ることは至極ごもっともです。「すみません。今まで何もしていないし、何も言わなかったくせに発言するのは確かにはばかれるのですが、この問題は私個人だけでなく今後長くこの職業的専門性を左右する一大事なので黙っているわけにはいかないし、また黙るべきではないと思うので発言させていただきます。もちろん、これまで多大な努力を払って来られた方に最大限の敬意を払います」ということです。
     それと、私も「反対派」の方たちがなぜ黙って来られたのか(自分を棚に上げますが)若干疑問に思います。私自身は、「自由で公開された討議」が起こりにくい日本的風土(討議はたいてい感情的な対立しか生み出さないか、なれ合い的な談合になりがち)という問題と、特にこの臨床心理士コミュニティの中に蔓延する「上の人が決めること」式の風潮(それを補完する、ガス抜き的な匿名ネット・コミュニティ?これ自体は、ポスト「カリスマ河合隼雄」症候群かもしれない)とそれと「上層部」の内紛が背景にあるように思います。なんだか、万年Bクラスだった関西の人気球団の話みたいですが。何度も書いていますが、私は民主的でない集団(例えば、民主的でない家族)は繁栄しないと思っています(臨床的信念でもあります)ので、資格問題以上にこの専門家コミュニティが少しでも民主化することが一番大切と考えています。(つまり、利権争いではなく、臨床現場の現実と学術的最前線を反映したものにしていくbestな道だと思っています。)

     で、実務の話です。私たちの「インフォームド・コンセントの会」開催要求、全員投票の要望は具体性を欠いているとのご指摘ですね。まず明確にしたいのは、要望書には、1000人の臨床心理士の署名とその思いが背後にあります。つまり、私は、これら1000人の臨床心理士の要望を代表する立場にあります。この問題に関する私の立場は常にこの文脈で理解していただく必要があります。つまり、私個人の判断や意見ではなく、この「要望書」の線に沿って動いていくということです。そのうえで私は、もし日本臨床心理士会理事会があなたのおっしゃるように「話し合うこと」は大切だと感じ「全員投票」の線を少しでもご検討いただけるというならば、現実的な線で具体的「行程表」案を作成していきます。
     一点指摘したいことは、私の知る限り「推進派」の方たちは、心理師国家資格が創設された場合この職業的専門性にどのような将来があるのか、具体的な「行程表」を提示されていないように思います。一番重要な問いは、CBTにせよ、心理アセスメントにせよ、精神分析的心理療法にせよ、臨床心理職の重要な援助技法は、phD取得レベルというのが国際基準です。それからすると、「心理師」資格は今の臨床心理士よりもさらに落ちる、はるかに低い専門性しか培えない訓練・資格制度であることは明らかですよね。そのような「国家資格」制度のもとに、どのようにして、国際基準に見合うような高度な専門性を培う訓練システムを構築していくのか、その「行程表」を、この資格問題の討議の重要な争点にするべきであると私は考えています。私はこのように専門性を担保することは社会に対する私たちの譲ってはならない責務だと思っています。そしてそのようなきちんとしたビジョンが示された上で、そのために支払われる痛み、すなわち雇用情勢の変動の予測をできる限り提示していき決をとる(全員投票)というのが筋だと思っています。
     「すいしんは」さんが日本臨床心理士会理事会や資格推進グループのどのような位置にいらっしゃるか分かりませんが、理事会から正式に「要望書」について交渉のテーブルについても良いとのお返事を「有志の会」にいただければ、上記の点について現実的・具体的な観点から詰めていく作業には喜んで参加させていただきます。是非そうした流れを作っていただけるように、推進派内部で働きかけていただければ大変ありがたいです。
    こちらが投げたボールをちゃんと返していただけるなら、お応えする用意はあります。

  56. 平井先生、ご返答ありがとうございました。

    「今まで何で手を挙げなかったのですか」の下りは、少し嫌味っぽかったですね。すいません。自分も関わり始めて、3年ほどですし、その前は先生のおっしゃられるようにどうせ「上が決めるんでしょ」でした。

     しかし、先生が以前書かれていたように「これからの若い心理士のために」、もちろん自分のためでもありますが、資格が棚から牡丹餅ではなく、自ら考えることが必要だと思い、関わり始めました。

     有志の会が集められた署名の1000名は、きっと反対はしながらも言えなかった方たちをまとめていただいた、そして何よりその方たちをこの資格問題の方に気持ちを向けていただいたという意味では、大きな功績だと思います。ただ、何度もいいますが、もう少し早くだと、なおよかったのでしょうが。

     さて、要望書の件ですが、すいません、私が言っている要望書とは有志の会の要望書ではなく、日本臨床心理士会の出している要望書の事です。
     先生たちが反対されている個所がどのような個所なのかを具体的に示して頂く、そしてその点に関しては、自分たちがやるなら、こういう手順で行っていくという行程表です。

     例えば、日本臨床心理士会の案の「大学卒業程度」を「大学院卒業程度」は死守します。そのためには、○○ような事を行っていきますというような内容です。

     そういうような具体的な内容を知ったとき、それでは有志の会の言うように、もう少し保留にしようという気になる方も増えるかもしれません。平井先生にお願いしたいのは、そのような具体的な行程表を提示して頂き、それを発信して頂く事です。

     その内容によっては「これは現実的に無理だから妥協案になったんだよ」と批判されることもあるかもしれませんが、確かにここはつめていかないといけないと考え治すk部分もあるかもしれません。
     実際に私もそうですが、推進派の中には、有志の会の、今の動きを保留にしようとする動き方には反対ですが、細かい指摘の点は納得することが多く、もう一度考えてみようというきっかけになったという意見を言われる方もいます。
     こういう議論の活性化が、先生の一番意図するところではないのでしょうか。

     それと資格に対する思いは、それぞれの置かれている立場で違うのだと思います。平井先生は常に国際基準を考えてらっしゃるのですね。私は、そこまで考えが及びませんでした。
     私は、医療に務める人間ですので、今エビデンスや薬物中心の精神医学の中で、こころをとり扱う心理士がちゃんと常勤として勤務できる体制を整えることが、心理士が日本に定着する一歩ではないか、それがひいては患者さんのためにもなるのではないかという想いで動いています。
     確かにそれは医療の枠内のことだけであって、先生が言われる国際基準の事、SCの今後の給与の事を考えると胸が痛みますし、それは何とか努力してそれぞれの領域・立場で益になるようにとは思いますが、難しいですよね。
     でもそれこそ、資格が通ってから我々が戦っていくところではないかと思います。(それだと遅いのだという、先生の主張も分かりますが・・・)

     それとすいません。私は推進派ではありますがそんなに中央に力を持っている人間ではないので、残念ですが先生の期待にはお答えできそうにはありません。それに先ほど申しましたように、資格についての多くの臨床心理士による議論の活性化は大賛成ですが、理事会が行っている資格活動の歩みの保留・直接選挙には反対です。ただ、先生たちの声にも耳を傾けながら、活動を進めたいと個人的には思っています。

  57. 外野ですがさん

    「心理職国家資格のシミュレーション(利得表つき)」から私が抜粋した部分ですが、文章の主体は、「認定協会(日本臨床心理士資格認定協会)や臨大協(日本臨床心理士大学院協議会)、その他臨床心理士の慎重派」となっています。主体を書いていなくてすみません。疑問がとけましたでしょうか?

    あと、平井先生、すいしんはさん

    私は、平井先生が求めているもの(間接民主制ではなく、直接民主制、すなわち全員投票)に応えるのにインフォームドの会→直接選挙でなくてもいいと思うのですがどうでしょう?

    例えば、日本臨床心理士会の役員選挙をもう一度すればいいのではないでしょうか?その際、立候補者一人ひとり、今の臨床心理士を今後どのようにしたいかを動画でも文章でも有権者(臨床心理士)に伝えればいいのです。そうすれば、必然的に今の「心理師国家資格(案)」に賛成か反対か、また反対の場合は、反対して、どうするのか(何もしないのか、平井先生のように認定協会の改革を目指すのかなど)も述べる形になりますよね。述べないということも判断材料になりますし。

    前回の役員選挙の時は、選挙では、この国家資格化に関しては争点になっていたという記憶はありません。私は、今でも臨床心理士会の役員の方で、どなたが推進派(積極的・消極的)で、どなたが反対派(積極的・消極的)か正確には知りません。というか、まったく知らない人の方が多いです。

    ともかく、私は、最悪のパターン(「心理師国家資格(案)」は止まり、認定協会の改革も失敗に終わる。結果、現状は何も変わらず、ただ衰退していく)にだけはなってほしくないです。

    「心理師国家資格(案)」も平井先生が言われた「認定協会改革(案)」(すみません、勝手に名前をつけました)も、あくまで(案)であり、交渉相手があるもので、一方の考えがそのまま通るというものではありません。すなわち、今後よい方向にも悪い方向にもどちらにでも転ぶ可能性があるのです。だからこそ、私は、どのようになるかわからない案に対して選挙するというよりは、その案を推進していく人についていけるかどうか、人に対して選挙をしていった方がよいと思います。

  58. すいしんはさんの書き込みがあり、ここでのこれまでのやりとりが大変有意義なものになりつつあると感じています。

    これまでの平井氏の発言を見ていると、まず重要視しているのは専門性の維持であり、それが現行案にもっと組み入れられる必要がある、という主張をされているように思います。それができないんだったら、現行案について信を問う必要がある、と。

    私は、大学院卒の死守と、臨床心理学をカリキュラムの基幹科目に組み入れる(もちろん他の基礎心理学と対等な形で)ことが現行案に組み入れることを推進派の方が改めて検討するなら、それには大賛成だし、平井先生の活動が、そういった方向へと結びつくことを期待しています。それには何が必要か?僕は、臨床心理4団体が、改めて協議をしなおして、大学院卒の死守と臨床心理学の基幹科目への組み入れを条件に、認定協会や臨大協が現行案推進に加わり、心理学諸学会連合と医療系の団体と交渉していくことが必要だと思います(逆に言えば、日本臨床心理士会がここまで譲歩を求められたのは、4団体が分裂していたため足元をすくわれたのだとおもいます)。

    こういった形で臨床心理4団体が改めて手を結ぶよう、臨床心理士が声をあげていく、これが臨床心理士にとって、もっとも実りのあることだと思います。分裂含みのまま法案上程へと向かうことは、結局は臨床心理士にダメージを残すだけだと思います。

  59. ペンギンさん、standridgeさん

     コメントありがとうございます。

    ペンギンさんの、賛成派か反対派かをきちんと示したうえでの役員選挙は、平井先生の全員投票よりもかなり、現実的に可能性があると思います。
     実は、前回の選挙も、水面下でどなたが推進派、反対派という情報は流れておりました。しかし、全体にはペンギンさんが言うように、知らない方がほとんどだったかもしれません。

     しかし、今回平井先生が反対組織をまとめていただいたことで、今まで反対と公に言えなかった方も、堂々と言えるようになるかもしれませんよね。そこで、それぞれの立場で役員を選んでいけばよいかもしれません。

     ただ現実的に明記するかどうかは、まだ微妙なところかもしれませんねぇ。やはり、情報はお互いに集めるのがよいかもしれません。しかし、資格問題にこうやって興味を持ってもらえる人が増えれば、情報は広がり、実際の選挙に反映されるのではないかと思います。
     そこらあたりは、現理事会よりも有志の会の方が自由に、積極的に情報を流すことができるかもしれませんね。

     それと、お二人が触れて書かれている、認定協会や臨大協ですが、私も以前そう思い、ある幹部の方に、何とか今の分裂を埋める方法はないものかと打診したことがあります。
     しかし、詳しくは述べられないのですが、日本臨床心理会側も何度なく交渉しようとはされているようですが、聞けば聞くほど溝は深く、正直ここはあきらめるしかないのかなと思ったほどです。

     もちろんそこに積極的に踏み込んでという声をたくさんあげていただければと思いますが、現実的には・・・。という感じです。

     でもこうやって対話していると新しい物が生まれてくるものですね。こういう場を提供してくれたロテ職人さんと、考えるきっかけをくれた平井先生に感謝です。

  60. このブログを読んでいる臨床心理士のみなさん

    (「ロテ職人」さん、しつこくこのような長い文書を投稿してすみません。このブログを読んでいる臨床心理士のみなさん全部に関わることなので、アップしていただけるとありがたいです。)

     9月3日に日本臨床心理士会から村瀬会長名義で返答がありました。「先般郵送いただきました件につきましては、当会の資格法制化プロジェクトチームに検討をお願い致します。ちなみに直近の資格法制化プロジェクトチームの会議は9月16日に開催予定と聞いております」とのことです。と同時に、日本臨床心理士会は、心理学系各学会・資格団体宛に日本心理研修センターを「心理師」国家資格の試験機関に指定するように要請する書簡を出しています。
     以上のことは、日本臨床心理士会は、私たち「有志の会」の「インフォームド・コンセントの会」開催と全員投票を求める、1000人の臨床心理士の要望を、理事会の審議事項としてまともに取り扱うのではなく、心理師国家資格創設という既定路線の中の単なる障害物の一つとして取り扱おうとしているかのようにみえます。
     このコメント欄で意見表明されてきた「ペンギン」さんや「すいしんは」さんなど、資格問題について全員投票することに否定的な方もかなりおられることはわかりました。だが、待ってください。最近になって出された資格法制化プロジェクチームの「Q&A」で「日本臨床心理士会の執行部は、臨床心理士資格は国家資格になるための一階梯に過ぎないこと、そして現在進めている国家資格案は、臨床心理士とは別個の資格であり、この資格ができれば、おそらく臨床心理士資格は消滅する」ということを初めて知った臨床心理士がほとんどではないですか?資格問題におそらくずば抜けて詳しいはずの「ロテ職人」さんですら、「臨床心理士資格は残る」ことを前提にして「反対しない」と表明されていました。「ロテ職人」さんは、臨床心理士資格は残らなくても反対しないに態度変更されたわけですが、「それだったらこの資格案には反対する」という臨床心理士、そして「話が違う」「だまされていた」という臨床心理士も多数いらっしゃるのではないかと思います。
     私たち「有志の会」、そして署名しいただいた1000人の臨床心理士が願っているのは、国家資格化を単に邪魔しようとしているのではないです。国家資格の問題は、私たちの職業的専門性の根幹をなす問題であり、現行の国家資格案には議論の余地があまりにも多いだけでなく、大半の臨床心理士がその中身も知らず、それへの合意形成の過程にも参画せずにいます。「それはしかたない。今までさんざ説明してきたし、情報は流してきた」「(定款の)手続き上瑕疵はない」と推進派の幹部の方たちはおっしゃるかもしれませんが、このまま資格を創設してしまえば、何千もの臨床心理士が「あなたたちにだまされた」と言われる可能性が今のままでは大変高いと思いませんか?
     私は、推進派の幹部の方たちに言いたいのは、「一度立ち止まって考えてください。逆になぜ全員投票で一般会員の信を問わないのですか?本当に中身のある、堂々と誇れることをやってらっしゃるならその資格案とそれを推進しているご自分たちへの信を問われたらいかがでしょうか?」ということです。繰り返し言いますが、私は、全員投票で、心理師資格案を多数が望むなら、それがこのコミュニティの最終的意思決定だと納得して、従います。それ以外は納得しません。私たちの「要望書」に署名した1000人の臨床心理士もそうだと思います。
     実際それをどうするのか?と問われるかもしれません。私は、数カ月あれば、「インフォームド・コンセントの会」を各都道府県とまではいかなくても、主要地域に実行可能だと思いますし、全員投票も可能だと思います。つまり、せいぜい半年あればできることだと思っています。
     その間、三団体の他の2団体はどうするのか?と問われるかもしれません。申し訳ないですが、待っていただくくしかないでしょう。「私たち臨床心理士は、すでに20年以上の歴史があり、その中で専門家として経験を積んでいく中で、どのような国家資格が国民の益になるか一人ひとりが真剣に考えているがゆえに議論も活発であり、その合意の過程に時間がかからざるを得ないのです」という説明ではだめなのでしょうか?私は、拙速に国際基準に照らし合わせてあまりに恥ずかしい資格を作ってしまうことの方がよほど私たち臨床心理職の社会的信頼を裏切ることだと思います。
     推進派の方たちは、国家資格の問題は医療現場で働く心理士の死活問題なのだ、とおっしゃいます。しかし、事実として指摘したいのは、私たちの要望書には実に多くの医療現場で働く臨床心理士が署名をしていただいたことです。実際、この心理師資格創設に疑念を示し、積極的に動いて署名活動をしていただいた全国各地の臨床心理士には病院関係者が多くいらしゃいました(むしろ病院臨床心理士が一番危機感を持ち、活発に動いていただいた気がしています)。つまり、病院の現場で働く臨床家のなかにも、この国家資格創設に疑念を持つ人も多いのです。

     「すいしんは」さんや「standridge」さんが仰るように、「ロテ職人」さんに提供していただいた、この討論スペースの中で、「話し合うことが実りある」ことを旗印に生業を営んでいるはずの、私たち臨床心理士は自分たちの専門性の根幹にかかわる問題について「話し合うことができない」わけではなく、やはりそれは実りがあることが実感できたことはとてもよかったと思います。しかし、real worldでは、事態はすでに「話し合う」ことのできる地点を過ぎ、修復不能な対立しかないような方向に進んでいるように見えます。が、私は、推進派内部にも、「すいしんは」さんのような方がたくさんいらっしゃると思いますし、またその他の資格案賛成の一般臨床心理士にも「ペンギン」さんのような方がたくさんいらっしゃると思います。そうした人との話し合いと交渉の余地を作り出す努力を最後までしたいと思います。
     繰り返しますが、私たちは国家資格創設そのものに反対しているわけでも、単に足を引っ張ろうとしているわけでもありません。「standridge」さんの示された、大学院卒の死守、基幹科目に臨床心理学を据える(これは心理臨床学会カリキュラム案にありますね)ことの死守という線(さらにいうと実習の中身の最低ライン、「医師の指示」の範囲を「医療提供機関」のラインの死守といった線がありますが)で、大半の反対派の方たちは合意されることと思います。そしてたぶん、推進派の中にも、「本当はこっちの方がいいと思う」という方も多いと思います。

    「このブログを読んでいる資格法制化プロジェクトチームのメンバー」さん
     以上が私の考えです。私たちは、実行可能な案を提示する用意がありますし、交渉のテーブルにもつきます。また、反対派を含め、できるだけ臨床心理士会の総意を納得できる形で作っていくお手伝いもします。1000人の臨床心理士の(これを大切な声と想像力を働かせて考えてください)署名の重みを勘案して、将来に禍根を残す、拙速で強引なやり方だけはやめてください。9月16日の会議の後できるだけ早くご返答をいただければと思います。

  61. 以下、ポチさんの意見が良識ある臨床心理士やその他の心理業務に就いている人の本音ではないでしょうか?再掲しますね。

    これまでのやり取りがあまりにも長く、きちんと理解が追い付いていないかもしれませんが、以下感想です。私の立場は平井先生たちのお考えには反対です。

    1.まず、国家資格化されると特に若い人たちがあおりを食うようなことを結局言っていると思います。でも、本当にそうでしょうか?というか、現在の臨床心理士の若い医療領域や、非常勤でSCなどしている人はすでにワーキングプアと呼ばれる状態の方が少なくないと思います。今だって、十分大変なんですよ。まだ、こんな状況を続けるつもりですか?むしろ国家資格化して、それからどうやって、国民にご理解いただくか、そして資格のあり方の議論を考えることが大切と思います。

    2.平井先生はそう書いていないかもしれませんが、反対派の方々が講演などで「学校心理士や臨床発達心理士などと一緒に国家資格化になると心理士のレベルが下がる」と言っている人がいますが、こういう人たちは自分がどんなに仕事ができ、他領域の方がそうでないのかという、自惚れの強い方がいると思います。多くの団体が協力して国家資格化を目指すことがなぜいけないのでしょうか?きちんと議論できていないというのは、自分たちが参加してこなかったことを棚に上げてよく言えると思います。

    3.反対派の大半は精神分析をよりどころにしている方々と聞きます。この書き込みでも誤解がありましたが、臨床心理士は精神分析だけを学んでいるわけではないですし、多くは折衷と呼ばれるクライエントさんやその領域に応じて柔軟に考えています。精神分析の先生方が自分たちの勢力を誇示したいがために行われているわけではないですよね?

    4.時代はものすごく速く流れています。せっかく、多くの団体が足並みをそろえて国家資格化し、国民のメンタルヘルスの問題を大局的視点で考えようとしているのですから、どうか協力していただけないでしょうか?

    5.平井先生方のホームページで、某県士会の説明会の文章がアップされていますが、きちんとその臨床心理士会にアップの許可をとったのでしょうか?その心理士会の方が言うには、すべてアップされているのではなく、最後にその都道府県心理士会の方が「若い人たちのためにも早く国家資格化に向けて動いてほしい。今までそうしてこなかったのは、自分を含めてベテラン側の怠慢だ」と発言されたとのことです。そういう記載を載せないのはフェアではないように思いますが。

    最後に、私自身も文章が長くなって申し訳ありません。ロテさん、平井先生。いろいろと二人の真摯なやり取りを拝見し、つい私もコメントしたくなり、させていただきました。

  62. 2つほど考えた事を。

    まず、先に「私は、今の「心理師国家資格(案)」でいくと現在の臨床心理士資格よりも質が落ちるとも思っています。」と書いたのですが、よくよく考えると、正確には、質が落ちると言うよりも、質が変わるのだと思いました。以前、あずCPさんが鑪先生の言葉として書かれた「国家資格になるということは、有名シェフのフランス料理店からチェーン店になるということだ。どこにいってもそれなりの味が出せるようにならなければならない」という意味での質の変化かなと。ただ、質が変化するといっても、対人援助職の国家資格である限り、また、臨床心理士会が関わっている限り、とんでもない事態、つまり、客が来なくなるチェーン店になったり、ましてや、レンタルビデオ店や花屋になったりすることはないのだと思います。私はそれでよいと思います。平井先生を始め、「心理師国家資格(案)」に反対されている方は、有名シェフのフランス料理店からチェーン店になるということ自体が許せないということでしょうか。
    それと、この質の低下あるいは、質の変化で譲ってはいけないのは、臨床心理士の専門性だと私は思うのですが、他の職種とは違う、臨床心理士の専門性って何でしょうかね。私はまだうまく言語化できません(以前から考えてはいます)が、有名シェフのフランス料理店からチェーン店に変わっても、その専門性を譲る自体にはならないと思います。

    あと、臨床心理士会の国家資格化をめぐるQ&AのA5の文章「この(経過措置の)6年の間に、「日本臨床心理士会」は国家資格保持者を主とした職業団体に移行するか、あるいは新たに国家資格団体を立ち上げることも考えられます」を読んで、平井先生は、臨床心理士会は存続しないことを前提にして理事会は心理師国家資格を創設しようとしていると非難されているのですが、これは、理事会が、出来る限り、心理師国家資格を今の臨床心理士資格と近いものにしようという意志なんではないでしょうか?近いものになれば、心理師国家資格と臨床心理士と2つある意味はないでしょう?もし臨床心理士を残すのであれば、心理師国家資格と何らかの差別化がなければある意味はないと思います。それがA7「当会としては、前者(心理師国家資格)はベーシックな資格、後者(臨床心理士)はより高度の専門資格となってほしいと考えています。」という解答につながっているのではないでしょうか?どちらにせよ、A7には、「この2つの資格の関係がどうなるかは、<臨床心理士>の資格認定協会がどのようなスタンスをとるかが鍵です。」と書かれていますし、さらに言えば、臨床心理士会ならびに臨床心理士資格がどうなっていくかは、それこそ、臨床心理士会の代議員選挙は4年に1度あるので、その時点での会員の意見が反映されていくのではないでしょうか?

  63. 平井先生、ペンギンさんのコメントを読んで思ったことですが、私はこの国家資格は、チェーン店を作ることだと考えています。
     日本全国どこにいてもある程度の「心理サービス」を受けられるようにすることだと思います。
     最近の回転寿司は、とても美味しいですよ。(笑)
    回転寿司がなかったら、お寿司は何年かに1回しか食べれないかもしれませんね。(私の安い給料では)
     でも本格的で高級なお寿司やさんも生き残ってほしいとは思いますけども。

     さて、全員選挙やインフォームド・コンセントの会の件ですが、平井先生の半年でという案ですけど、それなら是非やってみたらいかがですか?そしてもっともっと署名を集めたらいかがでしょうか。選挙を訴えるより、まず署名を集めることに力を入れられたらいいのに。
     私は、過半数近く集めないと納得いきませんよ。それなら理事会でも取り扱ってくれるでしょうし、そこまでいけばペンギンさんのコメントにあるように、理事会選挙のときに、平井先生派の人も増え、資格活動の保留から全員選挙も実現するのではないでしょうか。

     それと「2団体には待ってもらうしかない」と書いてありますが、待ってもらうのはたった2つの団体ではありませんよ。国会議員の方も含めて、たくさんの団体や人にご迷惑をかけることになります。
     この感じ方は、人によって違うでしょうし、きっと平井先生は「自分たちの資格なんだから、待ってもらったっていい」とおっしゃられると思いますが、real worldで、face to faceで資格についてお願いしてきた私は、申し訳なくて「反対する人がでてきたんで、もう少しまっててください。もしかしたら、ダメになるかもしれないけど、OKでたらまた協力してください」なんて口が裂けても言えません。

     国家資格を作るとは、自分たちの問題でもあるのだけど、社会に心理の仕事がどのように受け入れてもらえるかという事でもあることが、実際活動してきてよくわかりました。たくさんの人(当事者じゃない方々)に協力してもらわないとできない事です。社会に受け入れてもらうということが難しいということは、前回の2資格の法案がぼつになったときによく分かった事でしょう。
     あの時、医療関係団体のコンセンサスを丁寧に得ていれば法案成立していたのかもしれませんよね。しかし、自分たちの益ばかり考えて周りの情勢が読めていなかった事が、ぼつになった理由の一つなのではないでしょうか。

     最後に、先生の意見に賛成してる方って、先生と同じで最近このことに興味を持ち始めた方か、もしくは反対だったけど、そういう組織もないし意見もいいにくいから、情報も見ていなかったという方ばかりなのではないでしょうか。
     そのことを理由に「邪魔しないで下さい」とは言いませんが、周回遅れなのは自覚ください。この法案が通るかどうかは、周回遅れの人を待っててあげるほど、余裕はないのです。
     政治情勢は、ころころと変わるし外部との交渉も時間がたてばたつほど難しいようです。

     ですから、先生たちの声をまともに聞いている余裕はないと思われます。きっとそのハンディを分かっていても、やろうとされているとは思いますけども。

  64. 「チェーン店」ですか。なんだか一昔前の御用組合の幹部さんの話しを聞いているような・・・。労働環境、条件を自ら低くするんですね。でもチェーン店の従業員なら、せいぜい大卒、基本高卒でいいのでは?昔、ちょこっとお世話になった臨床心理士さんたちがこんな現状なんですね。平井先生がおっしゃるように(?)何にもできない人が多いんだったら、お上に泣きついて仕事をもらうのもしかたないですが。同じように(?)専門職につきながら、回転寿司はまずいので、ちゃんと握ってくれる職人さんのいる店しか行かない身としては、悲しいというか、ビンボークセーというか、こんな社会はダメでしょうというか…。この討議もさいごは「一杯のかけそば」でおわり?

  65. すいしんはさんへ

    今更、周回遅れだとのご指摘ですが、現行案を推進している方たちは、こう言っては悪いですが、一般の臨床心理士にはよくわからない形で、つまり、水面下でこの話を進めてきたし、都合のわるい情報は隠してきた、という点は否定できないと思いますよ。

    私は、代議員決議案から三団体要望書へと変貌した時、現行案を推進されている先生から「臨床心理」が「心理」となった件については、「これはあとから何とですればいいんだ」と聞きました。でも、日本心理学諸学会連合のカリキュラムは、まさしく臨床心理が外れていますよね?しかも日本臨床心理士会は、諸学会連合のカリキュラム案をHPなどで公表してないんですよ?都合がわるいから隠していたんじゃないですか?
    しかも、これらの事実が明らかになったのは、昨年末の話です。議員への陳情活動を開始されたのはもっと以前からかもしれませんが、現行案が臨床心理職の国家資格とは言い難いという事実が見え始めてから、そんなに途方もない時間が経過したとも思えません。
    日本心理臨床学会は、まさしく「いまさらになって」日本心理学諸学会連合のカリキュラムが問題だと言って、独自の案を出しました。諸学会連合のカリキュラム案が発表されて半年以上経過し、秋にも法案を上程するという「いまさらになって」です。しかも、会員に意見を求めているような状態です。これは、「おかしい」と気づき始めた人が声を上げたから、泥縄的に「いまさら」作ったように見えますよ。
    つまり、現行案を推進されている方は、都合のわるい情報は水面下に隠して、気づかれ始めたら「何をいまさら」って言ってるんじゃないでしょうか。
    また、二枚舌的な情報の流し方も見られます。例えば、7月31日に日本臨床心理士会が発行した「国家資格化をめぐるQ&A」では、「Q9:名称は「心理師(仮称)」で決定なのでしょうか?なぜ名称に「臨床」という語は入っていないのでしょうか?」「A9:最終的な名称はまだ確定されていません。「臨床」という語が入らないということも決定しているわけではありません」。と回答してますね。でも一方で、精神科七者懇の「心理師の表記については、「師」ではなく、「士」が必要である」との見解に対して、「資格問題の諸情報・電子速報版No.13」で「名称について先方は『士』を主張するが、当方は心理師(仮称)としており、こだわらない」と日本臨床心理士会は回答してますね。会員に対しては「臨床の名が外れるか、まだ決まったわけではない」といいつつ、精神科七者懇に対しては「名称にはこだわりませんよ」というのは、相手を選んで自分たちに都合のことを言う二枚舌ではないですか?
    こんな風にして、現行案の内実について、(一部の方たちかもしれませんが)巧妙に隠ぺいしてきた、と言えると私は思います。
    あと、「外野の外野から」さんの意見に一票入れます。死んだ魚…。

  66. standridgeさん

     推進派の幹部の方たちの2枚舌ついでに。現在推進連は、心理師国家資格の試験機関に日本心理臨床センターを指定することに賛同するように関係各団体・学会に文書を送付しています。そこでは、
    「このセンターは、心理職の国家資格化に必要な準備として、研修、試験等を行う機関を検討するために設立されました。この国家資格化の準備の経過において、法案準備を進めるためには現時点で試験機関を選定できる環境が必要であるとの官庁からのご助言をいただいているところです。臨床心理士の認定を行っている公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会は、そのまま国家資格試験・登録機関になることは公平性の観点から無理であるとのことから、新たな試験・登録機関が必要となります。この機関は、今後の心理職の仕事のレベルの維持、向上を担う重要な機関でありますので、是非とも心理学・臨床心理学関係者が担い、内容を立ち上げてゆく必要があります。こうした努力の存在を、議連を始め関係省庁などにお伝えするためには、多方面からの賛同があることが望ましいということで、平成25年8月30日開催の当センター理事会におきまして、当センターが設立において支援いただいた三団体の関係団体に賛同のお願いをすることになりました。」

     この中にある「臨床心理士の認定を行っている公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会は、そのまま国家資格試験・登録機関になることは公平性の観点から無理であるとのことから」という部分は、まるで「官庁」がそう言っているというふうに読めるところがみそですね。でも実際は「とのこと」と言っている主体は不明です。この文書の作者はなかなか日本語の達人ですね。事実はそんなことはありません。これ以上はこの時点では書けませんが。官庁が言っていると明言していないので、嘘ではないですが、典型的なmisleadingの手法ですね。
     こんなのばれないとでも思っているんでしょうかね?

  67. すいしんはさん

     ということで、「周回遅れ」だとか「今さら遅い」というあなたたちはいったい何なんですか?一般臨床心理士が無関心かだまされやすいことをいいことに、勝手に暴走しているんじゃないですか?
     認定協会と対立しているのは明らかですよね。「認定協会は一般臨床心理士のことを考えていないひどい奴らだ」というイメージをうまく利用して、結局は一般臨床心理士もだましていることにならないですか?しかも、こうした文書を送って「認定協会は無理だから心理研修センターを試験機関に指定するのは仕方ない」と各種団体学会に思わせるのは、他領域の人々もだましていることにならないですか?おまけに、法案上程の鍵を担っている河村議員は、認定協会と話し合うようにとおっしゃっているわけですから、政治家もだましていることにならないのでしょうか?

     臨床心理士の世界は完全に割れています。これは事実です。推進派の幹部はそれを隠ぺいしようとしているだけです。臨床心理4団体の一角、日本臨床心理士養成大学院協議会は、 以下の声明を最近出しています。(http://www.jagpcp.jp/news.html)

    「臨床心理士関連4団体による国家資格をめぐる会合開催の呼びかけをしました
    本協議会では、臨床心理士の国家資格化または臨床心理士を核にした国家資格の創設のために、何よりも大切なことは、日本臨床心理士資格認定協会、日本臨床心理士会、日本心理臨床学会、日本臨床心理士養成大学院協議会の臨床心理士関連4団体がまとまって働きかけていくことだと考えています。本年度、この4団体による国家資格をめぐる会合は未だ開催されていないため、8月22日付けで、この会合のまとめ役である日本臨床心理士会奥村専務理事宛てに、早急に次回会合の日程調整をしていただくよう、依頼いたしました。 」

      本年度になって1回も開催していないのです!!これって平井先生の言うように、全体主義、独裁制そのもの、あるいは暴走じゃないの?

     で作る資格が「チェーン店」ですか・・・・

     外野の外野さんに、私も1票。

  68. まず「チェーン店」発言は、いろいろと誤解を生む発言でしたね。
    私が伝えたかったのは、国家資格になることで、どこにいても安心した心理サービスを受けれればいいのではという意味です。
     みなさんご存知のように、今心理資格はたくさんあり、半年の通信教育で得た「心理カウンセラー」資格も、一般の方から見たら、同じカウンセラーです。国家資格になることで専門性の質を担保することになるのではないでしょうか。
     平井先生の言うような国際基準では確かにありませんが。

     それと、「周回遅れ」や「いまさら遅い」は私個人の発言ですので、推進派全体とはなんら関係ありませんのでいちおお断りしておきます。

     情報開示の話は、standridgeさんが言うように、防衛的になっていたり、2枚舌になっていたりというのも確かに分かるような気がします。しかし、私はいろんな情報は読む人の立場によって、受け取り方も違うし、かなり慎重にならざるをえないのではないかと考えています。

     しかし、反対派のみなさんのつっこみが、国家資格がよりよいものになるのなら、どんどんつっこみを与えてもいいのではないでしょうか。そのつっこみで、発展することがあると思いますし、
    そもそも理事会や資格法制化プロジェクトチームも万能ではないのですから。

     それと、ぜんたいとうひょうはさんが言われてる、臨床心理士会が二つに分かれていることは明らかだと私も思います。しかしそこに修復できないほどの深い溝があることも以前コメントしました。
     

  69. すいしんはさん

    「周回遅れ」や「今さら遅い」っていうのはすいしんはさんだけでなく推進派幹部の態度です。推進派の多くはすいしんはさんのような真面目な方なんでしょうね。だけど、幹部の方たちは違っているんでしょう。
    そうですよね、臨床心理士の世界は割れていることはすいしんはさんも認めていらっしゃいますね。じゃ、残念ながら、今回の国家資格案は廃案ですよね。関係諸団体、学会がまとまっているというのが前提ですから。そこを強引に進めるというのは、万能でなくてもう無理じゃないですか?平井先生のいうように、交渉のテーブルについたらどうですか?

  70. 長く、白熱した議論を興味深く拝見しております。
    ロテ職人さま、平井先生、本業もお忙しい中ありがとうございます。

    資格のことについて考えるようになって良かったのは、人は本当に一人一人みな違う、立場やものの見方、価値観、経験によってこれほどまでに意見がことなるということを、まざまざと知る、体感できたことだと思っています。
    これは、個を重んじる、一人一人違う方たちとの一度きりの出会いを大切にする臨床心理士である自分にとってみれば、またとない学びの機会であると考えます。

    どなたかが、臨床心理士の専門性について、うまく言葉にすることがまだできないと仰っていらっしゃいましたが、わたくしも同様です。
    三団体の要望書が出たあたりから、どうやら我々のありようにとって重要なことが起きているらしい、自らの専門性を第三者にもよく分かるように説明することができるようにならなくてはならない、と漠然と思うようになりました。
    そこから『臨床心理士』の臨床とは?と、当たり前に名乗っていた自らの名前について考え続けています。

    根拠をあげると長くなるので省略しますが、わたくしは心理師(仮称)は、やはりこれまでと異なる専門性を求められる部分があると考えます。
    質の担保という部分では、これまで以上に人数が増えることを考えると、センターだけでは厳しいのではないでしょうか?これは現在の臨床心理士の制度も同様の問題を抱えていると思いますが。
    また、苦しい立場に置かれている仲間の皆さんの待遇は部分的には改善されるところもあるように思います。ただ、日本の労働者が置かれている状況も考慮すると、全面的に良くなるというのは現実的ではないと判断します。

    つまり、心理師(仮称)は、成立した後に現場がかなり踏ん張らないといけない資格ではないかということです。
    これまで以上の人数の育成を現場が努力しつつ、新しい仕事にも取り組み、これまでの臨床心理士の積み上げてきたことも途切れさせず伝え、待遇は大半の方は良くなるとは言えない。

    現在、推進されている先生たちは、本業以外の部分で長い時間と労力をかけて、これまで資格のお仕事に取り組まれてきたことと思います。
    協力してください、理解してください、繰り返し仰られてきたのは、それだけ大変なことで、本当に助けが必要なのでしょう。
    だからこそお願いいたします。厳しい現実が資格成立後に予想されるのだとしたら、それを我々に、特に若い方たちに、はっきりしっかり伝えてください。
    それが互いの間に信頼関係を作り、建設的な対話にもつながっていくと思います。
    また、この状況と、今後についての『見立て』も、政治的にだけでなく、『臨床心理士』としての言葉で語ってください。

    われわれは今現在は、臨床心理士です。立場が意見がことなる相手について、もしこの人がクライアントさんだったら?という視点を持った時、何か変わるところはないでしょうか?

  71. すいしんはさんへ

    一臨床心理士として、素朴な疑問を一つ。
    もちろん、答えられなくても構いませんし、素朴な疑問をつぶやく程度のものです。
    認定協会と日本臨床心理士会(推進派?)に大きな溝があると書いておられます。
    でも、日本臨床心理士会資格プロジェクトチーム代表の先生と、臨床心理職国家資格推進連絡協議会の代表の先生は、お二人とも、資格認定協会の理事をされていますね?(僕はこれまで認定協会の理事なんて関心がなかったのですが、資格問題をきっかけに、最近、送られてきた認定協会の臨床心理士報をみて知りました)。
    認定協会と埋めがたい溝がある組織のトップクラスの人が、認定協会の理事を務めている…??なんでなんですか?こんなことここで言っても仕方ないし、すいしんはさんに言っても仕方ないのですが、このあたりが永田町的というか、一般臨床心理士に何が起こっているのか、事態をわかりにくくさせてる感じがします。溝があるなら理事を辞めるのが自然だと思うし、理事を続けるんだったら最後まで対話の可能性を模索するのが責務だとは思いますが。それに、一般の臨床心理士にとっては上の人たちがいがみあってるのは、迷惑千万というか、民主党政権が内輪もめを起こして崩壊したのを思い起こします。

  72. 誰への質問と言うわけではないのですが・・・、
    standridgeさんの質問をみて思った事を。
    認定協会の理事って、どのようにして決まっていくんでしょうか?

    それと、standridgeさん同様、私も内輪もめを起こして崩壊はして欲しくないですね。

    最後に、ロテ職人さんや平井先生を始め、ここでこうやって対話をしたり、他の人の意見を聞いたりして思うのは、今回の「心理師国家資格(案)」がどの方向に進んでいくにせよ、今の臨床心理士の資格は現状に甘んじていたのでは先行きは危ういなという点です。「心理師国家資格(案)」を推進している人も、反対している人も、みんな今の臨床心理士の資格をよくしたい、そして、少しでも利用者の方たちに役に立つ資格にしたいという気持ちは一緒なのだと思うので、そこを原点に力を合わせていきたいですね。綺麗ごとと言われればそれまでなんですが、なんとかならないですかね。なってほしいですね。

  73. 皆様

     リークついでに。

    (日本臨床心理士会某「幹部」によれば)
     先の日本心理研修センターは、「推進連」(って結局誰のこと?)が、所属各団体・学会に「日本心理研修センターが試験機関に指定されることに同意した」、つまり「関係団体・学会の総意を得た」という既成事実を作っていくという動きですね。で、先に指摘したように、関係団体・学会に「認定協会は無理」(事実は洞ではない)と思わせて、「それだったら、それでお願いします」ということにしてうまく丸めこむということです。
     で、これは「推進連」が行っていることになっていますが、日本臨床心理士会の理事会で審議していません。日本臨床心理士会の理事には、この「推進連」の動きは知らされていないのです!!各団体・学会の推進連への返事の期限は9月30日、そして10月5日に日本臨床心理士会の理事会が行われるようです。そこでおそらく「すべて事が済んだところで」この日本心理研修センターの件が持ち出されるという手筈になっているようです。

     以上、見事な独裁的手法ですね。政治学のテキストに例として用いたいくらいですね。どこか地方のむちゃくちゃな市長さんのようにも思えます。ふつうは、リコールでしょうね。

     standridgeさんがご指摘のように、認定協会理事の中にも推進派がいるわけだし、これは本当に「偉い人たち」のひどい内紛ということですね。目を覚ましてほしいですが無理でしょう。
     国家資格の全員投票を求めますが、その前に、日本臨床心理士会の現執行部の解任請求が必要ではないでしょうか。

  74. 公務員では国家資格があるほうがいい、というのは確かにそうでしょう。しかし簡単に取得できるようになって、その資格を取る人数が多すぎては就職率が改善することはないでしょう。チェーン店も多すぎるとつぶれますから。

  75. ここまでの討論で触れられいないが基本的だと思うことがあります。
    1。国家資格は誰のために?
    臨床心理士の仕事はクライエントのために、資格は職業理念のために(つまり臨床心理士自身のために)、あると思います。
    安易に「国民のために」妥協するなら、その弊害は「国民」に回ります。そもそも「国民」にあまねくサービスを提供するにはどういう制度を作った来のかという政治的課題は政治家の仕事であり、臨床心理士が手前味噌な想像でうんぬんすべきことではありません。
    寿司屋はうまい寿司の作り方を考えればよいのであって、チェーン店をどうするかは大資本が考えればいいことです。

    2。なんで資格法に医師の指示を容認するのか?
    医師法は医療行為を医師の独占業務と規定しているのですから、そもそも他職種が医療行為はできません。臨床心理業務が医療行為打というなら、現在でも多くの臨床心理士は処罰されることになります。かの河合隼雄元文化庁長官も同じだということになります(笑)。
    医師たちが、職域を荒らされると感じて(もっとも現場の医師はそんなこと思ってない)、こういう関連職種の資格法制化になると、利権をふりかざして医学団体が乗り出しくるのは、これまでのパラメの資格化の時と同じです。医療関連職で医師の指示下で働くと規定されれば、養成科目は医学関連が多くなり、名称はともかく実体としては「医療心理士」ということになります。そういう存在があって悪いとはいえませんが、それが法制度として決められてしまうと、それが臨床心理士の「国民のコンセンサスを得た」スタンダードだということになります。
    私は医療現場で医師の指示は必要と思いますし尊重しますが、それと法制度でそれを規定することは別問題です。資格法というからには、独立職種として規定するのが当然です。精神科医たちの7者懇とやらの見解を当然のように受け止めて尊重するという臨床心理士の幹部たちの心身は、どうなってるんだろうと心配です。
    自己の当然の権利を主張できない者に、患者クライエントの権利を擁護jできるでしょうか?

  76. なんか、臨床心理士会の幹部批判が続いていますね。

    平井先生は、臨床心理士資格の展望を語ってくれましたが、他の人たちはどのような展望をもっておられるのでしょうか?
    ぜひ聞かせてもらえませんか?

  77. 端さま

    『現場の医師はそんなことは思っていない』に、同感です。臨床心理士と現場でタッグを組んで、チームを組んでお仕事をされる先生たちの多くは、七者懇と全く同じ意見ということはないと思います。そこは現場と七者懇の間に乖離があるのではないでしょうか?
    さらに、『臨床』という名も医療のものという反発が医療系の団体からあるので残せないという説明も、同様に現場の医師の多くはそうは思っていないのではないでしょうか?

  78. ペンギンさんへ

    >認定協会の理事って、どのようにして決まっていくんでしょうか?

    認定協会のHPに書いてあります。
    http://www.fjcbcp.or.jp/pdf/info.pdf

    理事は評議員会で選任します。

    その評議員は評議員選定委員会で選任します。

    その評議員選定委員は理事会で選任します。

    ・・・っていうことで、ごく一部のメンバーとその息のかかった人達で構成されているような感じですね。このメンバー構成で内部分裂するってのも不思議な感じですが・・・。

  79. (前信の続きです)

    3.妥協はあり得る 何のための?
    臨床心理士も現実社会の中で働いているわけなので、職業的理念の実現が社会的に困難になる状況もあります。なので職業的理念の維持のために妥協するということも考えなければなりません。二つの可能性があります。
    ① 臨床心理士認定制度を維持するために、より一般的な国家資格化を容認する(それがないと、かえって臨床心理の理念の実現が困難になるというのであれば)。
    ② しかし、より一般的な国家資格化を容認することが臨床心理士の理念や存在を損なうものであるならば、そうした資格化の動きは停めなければなりません。
    現状はどっちなのでしょうか。残念ながら後者の可能性が高いです。理由は、資格制度案に医師の指示条項を臨床心理士自らが受け入れているからです。医師の指示条項を入れると、診療補助業務(心理テスト、デイケア、傷病者を対象とするカウンセリング、ターミナルケア等が相当するとされるでしょう)を行う者としての教育を受けなければならない存在だということを自ら主張していることになり、試験科目や養成科目の決定には医学団体の意向が最大限反映されることを良しとしていることになります。
    いま心理系団体がそれぞれカルキュラム案を出してきているということですが、最終段階で医学系科目が医学団体および厚生労働省によって押し込まれ、心理側全体が圧迫され今以上の妥協を強いられることになります。
    心理師の定義からは指示条項が外れ(診療補助職化をまぬかれ)、主治医がある時にはその指示を受けるものとする(限定的に診療補助業務を行う)というような、より「汎用性のありそうな」規定となったとしても、上の構造は基本的には変わらないのは、言語聴覚士(ST)のケースで明らかです。
    そうした形で資格制度ができると、学部卒と言っても資格取得には医療大学卒業者が有利となり、場合によってはSTのように医療短大、医療専門学校などが参入してくる条件ができてきます。大学院修了者は医学系科目をよそで取ってこなければなりません。このことはすべての心理団体にとって本末転倒なことであり、(とにかく国家資格がほしいグループをのぞけば)心理の中で争ってる場合でなく、本当は「医師の指示」条項の阻止(資格の中身に医師の介入を最小限度とする)ということで全体が一致しないと、最後は「いっぱいのかけそば」となりかねないのです。結局土壇場になってそういうことがわかって、資格化は止まってしまうということになりかねないのです。(反対に赤信号みんなでわたれば怖くないということもありえる。問題はそういうことが誰もわかっていないまま甘い見通しのまま署名活動ばかりが先行したというところにあるのですが)
     こうした「心理師」(「心理士」「医療心理士」か?)資格制度を、本来の臨床心理士資格を維持しつつ、その基礎資格的位置づけで、妥協の形態として容認できるでしょうか? 
    国家資格ができるとその有資格者による職能団体ができます。「心理師」資格の上位資格として臨床心理士資格をどう位置づけるかは、その職能団体が決めるべきこととなります。だから臨床心理士も国家資格をとってその団体に入り主導権を持たなければならなくなります。しかし新しい有資格者たちの大半はおよそ文化の違った人々となる可能性が大です。臨床心理士の資格の理念を示し、彼らを動かしていくには大変な努力がいるでしょう。第一大学院修了者は少数派になるでしょう。推進派の幹部の人々はそこまで見越して動いているのでしょうか?              (この項続く)

  80. 通りすがりの心理士Bさま

    認定協会の定 款ありがとうございます。

    選挙をへているので、
    日本臨床心理士会の意見は、日本臨床心理士会員の意見、
    日本心理臨床学会の意見は、日本心理臨床学会員の意見、ということができると思いますが、
    日本臨床心理士資格認定協会の意見は、誰の意見ということになるのでしょうかね?。

    また、同じく国家資格に対して否定的な意見を表面している日本臨床心理士養成大学院協議会の会則は、昨年12月に改定され、
    http://www.jagpcp.jp/kaisoku241216.pdf
    となっていて、
    会員校の選挙をへて役員が決まるようになっているので、
    日本臨床心理士会養成大学院協議会の意見は、会員校の意見といえるようになったと思いますが、
    それまでは、
    http://www.jagpcp.jp/letter/vol_15.pdf
    にのっているように
    理事会の推挙で理事が決まっていたようですね。

    国家資格に前向きな臨床心理士会と心理臨床学会は、民主的な仕組みを取り入れている組織で、国家資格に否定的な認定協会と大学院協議会は、一部の人間だけで動く組織だったのですね。なんなんでしょうね、これは。

  81. ペンギンさま

    >国家資格に前向きな臨床心理士会と心理臨床学会は、民主的な仕組みを取り入れている組織で、国家資格に否定的な認定協会と大学院協議会は、一部の人間だけで動く組織だったのですね。なんなんでしょうね、これは。

    これは、ある意味当然と言えば当然です。資格認定協会は「財団法人」、臨床心理士会と心理臨床学会は「社団法人」ですからね。

    資格認定協会は財団法人である以上、特定の個人や企業の寄付金が事業原資なわけですから、公益法人化したとはいえ、設立者とその後継者の意向が強く反映されるのは仕方ないです。それと、よく勘違いしている人もいるようですが、認定協会は臨床心理士を認定する事業を行っている団体であって、臨床心理士の団体ではないんですよね。臨床心理士はいわばお客様なわけですから、お客様の意見は参考にすることはあっても、お客様に運営方針を決める権限はないんです。

    社団法人であるところの、臨床心理士会や心理臨床学会は会員(社員)が運営方針を決めるので、まあ我々がイメージするところの“民主的”っぽいやり方になりますよね。

    そういえば平井氏が、署名数が、地方公共団体で住民直接請求できる50分の1を超えてるから、直接投票をみたいな話を書いておられたように記憶してますが、それは法律が違うのでナンセンスな話です。社団法人の場合は、法律によると10分の1の請求が必要です。

    >第三十七条  総社員の議決権の十分の一(五分の一以下の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する社員は、理事に対し、社員総会の目的である事項及び招集の理由を示して、社員総会の招集を請求することができる。

    ってことで、臨床心理士会の方針に反対なのであれば、10分の1集めて社員総会を開いて、決議をとればいいのではと思うんですけどね。

  82.  認定協会について、私が知ってる事をお話します。
    調べてただいたように、なぜか認定協会は設立以来ほとんどが、ある方の息がかかった方が
    歴代努めてきました。
     この国家資格関連が話題になって、やはり認定協会との協力が必要だということで、
    何とか二人の資格推進派を協会の理事を送りこむことができましたが、実際はそれは
    認定協会内では少数派であり、国家資格の問題を議題に挙げることさえ却下されてきた
    ようです。

     そういうことで、国家資格活動はなかなか前に進まずに来ました。
    各関係団体や国家議員の皆さんへの協力をお願いしていくことで、認定協会も折り合える線を考えてもらえるのではないかと考えていましたが、やはり難しいようでした。

     心理研修センターの立ち上げの背景には、もし国家資格になった場合、資格・試験を請け負う団体は、公募の形で出されるそうです。
     そうなると、国家資格試験のノウハウのある団体(たとえばPSWの試験を請け負う団体)なども名乗りを上げられることが予測されます。かなりの収益になりますから、いろんな団体が手を挙げるでしょう。そうなった場合の事を見こして、心理研修センターを立ち上げたのだと聞いています。外からのアドバイスがあったようです。このまま認定協会の返事を待っていると、いつもでたっても事は進展せずに、他の団体に心理資格の運営が任されてしまうことになるという危惧もあったと思います。
     ちなみに、心理研修センターが立ち上がる前、日本臨床心理士会は認定協会に歩み寄ろうとその意見を聞きたいという打診をしていますが、国家資格は決定事項ではないからということで、交渉することすらできませんでした。そのことを受けて、心理臨床研修センターを独自で立ち上げることを決めたのだと思います。この流れは、ホームページでも確認できると思います。

  83. 通りすがりで、また、これまでの流れとは外れた内容ですがご容赦ください。

    有志の会のHPに、言語聴覚士(ST)の国家資格化のケースが載っていますね。
    私自身、STさんとは仕事で協働していますので、非常に興味深く読ませていただきましたが、若干のミスリードを狙ったかのような構成がなされているように感じました。

    医師の指示を受けることに関しては、7月に発行された国家資格化をめぐるQ&AのA13で、「医療提供施設では医師の指示を受ける」「医療を受けているクライエントが医療機関街で、心理職による心理支援を受ける場合は、その医療機関の主治医と医療機関外の心理職との関係は『連携』、『協働』という関係になると考えられます」とあります。

    一方、有志の会の文を見ると、言語聴覚士法の特徴を持ちだし、あたかも「今の案のままでは開業ができない」「医療機関外で働いている心理士には現任者特例が適用されない」と誤解を与えるような説明になっているように感じます。

    この食い違いはどこから生じているのでしょうか?

    もう一点、「摂食・嚥下」について。
    有志の会の文では「接食」となっていますが、誤字でしょうか?
    STの資格をお持ちの先生が書かれた文のようですので、もしかすると私が知らない「接食」という分野があるのかもしれませんが…

    まぁそれは置いておいて。
    摂食・嚥下はSTの業務において大きな領域を占める分野であることは確かです。
    そして、少なくとも私が知っているSTのほとんどは、コミュニケーションの問題にも、摂食・嚥下の問題にも、非常に熱心に取り組まれています。
    有志の会の文にあるように、「本来の業務でない摂食・嚥下の仕事をやらざるをえない」というものではないように思います。

    私自身は職場で協働しているSTさんを尊敬していますが、「採算のために嚥下障害を見ざるを得ない」という文を書かれるようなSTさんは正直尊敬できません。

    また、採算のための仕事の割合が増えることを資料作成者の先生は危惧されているようですが、現時点では診療報酬の中での心理師(仮称)の位置づけがない以上、現時点では分からないというのが本当のところではないかと思います。

    逆に言えばそこで、いかに心理職が力を発揮でき、クライエントの役に立てる制度にしていくかが肝要ではないかと思います。

    まとまりのない文で申し訳ありませんが、もやもやした疑問をどうしてもどこかに投げかけたくて投稿いたしました。

  84. 「すないわ」さん

     失礼ですが、「ミスリード」がどのような意味かご存じですか?「自分の気に入らないことを言うこと」ではありませんよ。「ミスリード」は、全体投票派さんが挙げていた推進連の文書にあるように、(自分の都合の良い方向に人の考えを誘導するために)事実と異なることを事実と思い込むように仕向けることを指しています。その意味で、「有志の会」のSTに関する文書にそのような部分はありませんし、現に「すないわ」さんは一つもそれを指摘していません。「すなわいわ」さんが指摘しているのは、この文書を読めば、臨床心理士にもSTに起こったことが起こるかもしれないと考えるかもしれないという点ですが、それは「ミスリード」ではなく、事実に基づいた予測の材料を提供しているだけです。ちなみに、「すないわ」さんが、「ミスリード」の根拠として、国家資格化をめぐるQ&AのA13をあげていらっしゃいますが、引用の「・・・関係になると考えられます」という語尾にあるように、ひとつの予測にすぎません。つまり、国家資格化を推進したい立場の人が、都合のよい「予測」を述べている可能性があり、しかも「予測」の根拠となる事実はほとんど挙げられていません。通常こうした「予測」の提示は、相手にしないというのが、一人前の大人のはずですが…。また、これまでこのコメント欄にstandridgeさんや「端」さんなどが事実を基に、医療界からの動きへの懸念を書いておられたことを踏まえていらっしゃいますか?
     そして、「採算のために嚥下障害を見ざるを得ない」という文を書かれるようなSTさんは正直尊敬できません」とのことなのですね。結局、専門性に関する考えが異なるのでしょう。嚥下はそもそもSTの仕事ではありませんでした。国際的にもそんな話はないでしょう。この国で国家資格化をするということは、こうした専門外のことをする羽目になる危険性を孕んでいるのです。そのことを問題にする専門家は尊敬できず、専門外のことも熱心にする「専門家」を尊敬するというのはどうなんでしょう・・・・。

    ペンギンさんが、4日前に、
    「平井先生は、臨床心理士資格の展望を語ってくれましたが、他の人たちはどのような展望をもっておられるのでしょうか?ぜひ聞かせてもらえませんか?」

     と書かれています。その後、推進派の人からの返答はないですね。
     このブログのここまでのコメントを読み返してください。心理師国家資格創設賛成の人たちが言っているのは、「とにかくつくればいい」と言って、反対する人、もっと話し合って考えた方がいいという人に対しては「今更遅い」「臨床心理の世界が割れていると外側から見られるのはまずい」と言い続けているだけではないですか?でも、作ってどうなるのか、雇用の問題だけでなく、肝心の臨床心理職の専門性をどう向上させていくのか、何の見通しも提示されていないじゃないですか?ばかばかしくなります。家を建て替えてどうなるかはっきりわからないまま、承諾する人がいますか。「とにかくこの家ではだめだから、建て替えるんだ、建て替えればよくなる」と言うのに乗る人は、オレオレ詐欺にもだまされかねない人でしょう。「高いお金を出すんだから、建て替えたらどうなるか納得いく話を聞きましょう」というのが普通の反応でしょう。「いや、今建て替えないと家はなくなりますよ」と言う人がいたら、その人の言っていることが脅しでないか「ミスリード」でないか本当に慎重に考える必要がありますよね。よく、そういう業者が家にやって来ますよね。
     確かに今まで認定協会の幹部たちが御託を並べてこの専門職の内実がひどいことになっているのを顧みなかったことには憤りを禁じ得ないですが、きちんとした討議や改革の試みもせずに、今度は、「国家資格創設」という御託を並べているだけではないですか?
     平井先生が指摘しているように、心理療法も、CBTも、心理アセスメントもphD水準が、国際基準ですし、臨床心理職が、社会に提供すべき専門性の基準であるわけですから、それをどのようにして達成していくかを議論するべきでしょう。そうした議論をしないなら、結局、「外野の外野から」さんの言うように、「何もできない人たちが(何でもしますからと)お上にすがって生きる道」を探っているようにしか見えないのではないですか。

  85. 当ブログを管理しておりますロテ職人です。

    このコメント欄にて、書き込み内容からは別人であるという判断できる複数の別ハンドルによるコメントで、同一IPからの投稿が何件か確認されました。

    もちろん、例えば同じ職場の同じPCから投稿されたという可能性もありますが、そう説明されたところでそれを証明する手段はどこにもないでしょうし、私としてもコメントのやり取り(の一部)において一種の言論誘導がなされているということを証明したいわけでもありません。

    ただ、事実としてそういうこと(同一IPからの別ハンドルの投稿)があるということを報告させていただくとともに、匿名での議論の利点は「なりすましがしやすくなること」では決してないということを主張させていただきたいと思います。

    ブログやサイト運営をされている方であればわかってらっしゃると思いますが、管理者が少なくとも投稿元のIPアドレスは確認可能であるということはご理解いただきますようお願い申し上げます。

    それでは引き続き、議論をお楽しみください。

  86. 追記)
    なお、どのコメントが同一IPからの投稿なのかという点につきましてお問い合わせいただいても、それについては一切ご回答しませんのでご了承ください。

    よろしくお願いいたします。

  87. 全体投票推進派さん

     国家資格の展望について、推進派からのコメントがないということでしたが、
    少しこのブログの議論が長引いているためだと思いますが、私は前のコメントに自分なりの
    展望と期待を書いています。そして、立場によって、資格に対する展望が違うのだという
    ことも議論になりました。
     全体投票賛成派さんは、日本臨床心理士会が主催した説明会には行かれましたか?
    その会の中でも、HPでも推進派が掲げている展望は語られているように思いますし、私はその展望に賛同しました。

     討議や改革の試みもせずにとおっしゃいますが、平井先生が手を挙げるまでなぜ、黙っておられたのですか?それこそ、国家資格はお上(日本臨床心理士会)が何とかしてくれると思われていたのではないですか?

     それと、「お上にすがって生きる」も「国際基準」も、どうも心理士自身のプライドが絡む話に思えてならないのです。国家資格で、一方で考えないといけないのは、心理サービスを国民が安心して使用できるようにすることなのではないでしょうか?

     それぞれの立場で、益があった方がいいし、私自身もそうあってほしいと思いますが、立ち返るべきところはそこではないですかねぇ。

     心理サービスを受ける側からすれば、セラピストがお上にすがって生きてるかどうかや、国際基準かどうかはどうでもよい話のような気がします。ちゃんと国が認める安心した人で安心した心理サービスが受けれる。そこを作るのが国家資格ではないかと思うのですが。

  88. 私は臨床心理士の認定を維持するために、より一般的な国家資格を作ることもやむを得ないと思いますが、その場合に、国家資格からは医師の指示条項を削除することが、必要だと考えています。
    10万人の署名が集まったという要望書には、心理団体の要望書であるにもかかわらず、医療提供施設(でしたっけ?)においては医師の指示を要するものとするという、自己をわざわざ縛る条項が入っていました。なので私はこの署名活動には協力しませんでした。これはプライドの問題ではなく、こういう条項を自ら入れるなら、心理士たちは、診療補助業務を一部にせよ行うのだから、医療職(ナース PT OT STなど)としての医学教育をうける必要があると、自ら宣明するようなもので、試験科目、養成科目に、かなりの医学系科目を最後には受け入れさせられることになるのです。医師の指示条項をなんとしても入れたい医師団体との厳しい交渉以前に、心理側が、はなからそれを容れる要望書を出すのなら、医師側は楽勝です。7者懇とやらの精神科医師団体の心理職国家資格に関するなんとも傲慢な文書を見て少々あわてている幹部の方もいるような気がします。
    はなから闘うとか、交渉するとかいう意志の感じられない無気力な要望書が10万人集まったからといって、それが決定的な力になるというものではありません。資格法を決める時に、一番重要なのは、当事者(心理)の一致した意向なのです。これは役所にとってもそうなのです。
    臨床心理士の資格は臨床心理士の理念を維持、向上するためにあるのであって、その妥協形態としての(下位資格としての)国家資格も、当事者の権利を確保し、身分を定めるためのものであり、それらは一義的に「国民のため」のものではありません。自己の資格を宣言し、学会認定なり法なりで確定することで、結果的に国民のニードを満たすものとなるのです。自分たちはこういう確かな資格があるから、国民の役に立ちますよ、だから制度を作り、受験資格を定め養成過程を確立してくださいと要望するのですから、臨床心理士は資格制度の中身に責任があるのですよ。

  89. すいしんはさま

    横から失礼いたします。

    「国民のためのサービスである」ということについては、これは賛成反対にかかわらず、みなさんこれを前提にして話されているのではないでしょうか?別に心理師(仮称)に反対しているから、国民のことを考えていない、ということにはならないと思います。
    「国民のための」は大前提で「ではどのような資格が国民のためになるのか」という資格の内容や基準を、みなさま議論されていると私は理解しておりました。その意味では、資格の基準をどこに置くかは、議論の対象となると思いますが。

    ただ、私個人はどうしても「国民」という言葉になじめないでいます。これまでずっと「目の前にいるクライアントさんのためにいい仕事ができる臨床心理士になろう」と努力してきたからです。だから今回も「ふだん関わっているクライアントさんのための資格って、どういうものだろう?」と、どうしても考えてしまうのです(確かに、尋常でなく悩み苦しむクライアントさんにとって、「お上にすがっているかどうか」などの、われわれのありようや内面は、おおまかに考えればどうだっていいことでしょう)。

    でも、きっとみなさん、目の前のクライアントさんとの積み重ねを踏まえて、この問題について考え、発言されているはずです。臨床心理学が、そもそもそういうボトムアップのものですよね?それを届けようと、考え方、やり方は違っても必死なのでは?だとすれば、発言している方すべてがおっしゃっていることが、そのまま国民ひとりひとりの声を反映しているのではないですか?
    でも、政治は最大公約数で動くものだから、ひとりひとりの声をすべてとありあげるのは、確かに難しいのだと思います。

    まとまらなくなってしまいましたが、以上のようなことから「誰が国民のためのサービスを考えていて、誰が考えていないか」という比較につながるような話には疑問を覚えます。

  90. 端行夫さん

    病院で働く心理士は、なぜ医学系科目を受ける必要があると宣明してはいけないのでしょうか。
    私は病院で身体疾患のある人と会うことが多いので、医学的知識は必須になってきます。
    知らなければ、患者さんや医師や他の職種と話も出来なくなることがあります。

    私はPTの免許もあるので、多少は医学の勉強もしました。心理士がこれから病院で活躍する
    場も広がる可能性があるので(緩和ケアなど)、精神疾患だけでなく身体疾患や医学を
    ある程度学んだ方が良いと思います。学生時代に精神医学以外の医学を何も勉強していない
    心理士は、病院に入ったら苦労するんじゃないか、と思います。

    以上のことは、医師の指示が必要だとか不要だとかは関係ないことです。

    我々心理士は診断はできません。病院では医師の診断をもとにして動いています。
    なので医師の指示を医療職が受けるのは当然です。PTも医師の指示を受けて療法を行い
    ますが、そこには医師がPTの意見を尊重する態度があって、PTも独自の専門性を出して
    います。心理士も出来ないはずがありません。

    昔、臨床心理の草分けの大先輩達は、医師に講義をしたりして心理学を教えていました。
    今、心理士にそれくらいの実力がないのなら、「医学を勉強しなさいよ」と言われても
    仕方ないのではないでしょうか。精神科医が「見立てが出来ない心理士が開業される
    と困る。こちらがそのあと尻拭いしなきゃならない。」と言うのを聞きましたが、そうなら
    ないようにも医学をもっと勉強すべきだと思います。

  91. 長文失礼
    身体的な疾患を持っているクライエントの心理的援助をするのに、疾患を理解するために医学的知識が必要なことは当然です。現在でもたとえばエイズカウンセリングにはエイズの知識がいるでしょうし、脳血管障害の患者さんであれば高次脳機能の障害や大脳病理の知識がいるし、緩和ケアなら疾患や現在の治療状況にゆいて十分知っている必要があるのはまったく当然ですね。クライエントを理解するのにその身体の状態を把握する必要があれば当然のことです。
    また、医療機関において、医師が患者の状態を見て、看護や療法を依頼したり、中止を依頼したりすることは医師の責任においてなされるのですし、関連職はそれに協力して事に当たるのも当然のことです。連携し、それぞれの責任を尊重し合って患者の治療その他にあたるのも当然のことです。
    医師法によって、医行為は医師以外には禁じられているので、医師以外の人が状態が悪いひとに勝手な判断で療法などを行えば、違法だということになりますし、それ以前に、その医療チームの問題になるわけです。医療機関においては医師の判断や指示が優先され尊重されるのは当然ですし、現実の仕事の流れは、個々の機関の特性に基づいてで決めればよいことでしょう。(→松茸さん)
    これらのことと、ある職種の資格法において医師との関係をどう規定するかということとは別問題なのです。日本の医療制度の後進性、前近代性は、医師以外の医療関係職のほとんどを診療補助職として医師の指示下に囲い込み、職種そのものを指示下におかなくても、個々の業務を診療補助業務と規定して医師の指示によるものとして、医師を頂点とするピラミッド型のシステムを法的に規定してしまっているという点にあります。
    結果、医師の指示のもとに働く者(ナース、PT、OT)は開業権を持ちません。STはかろうじて診療補助職化をまぬかれ、開業権を確保しましたが、嚥下訓練という業務を資格化の最後のところで医師側によって押し込まれ、もともと業務でなかったものを、医師の指示の下に可能な行為と規定されたばかりに、非言語障害者の嚥下訓練に忙殺されるという、これまた職種の独立性をないがしろにするような結果を生じました。
    ナースやPT、OT、STが独立開業しこの社会で自由に仕事ができれば、もっとおもしろい社会になっているでしょうにね。
    現在でも身障者の訪問事業や、福祉施設や、病院でも医師が不在がちの老人病院などでは、自分たちの判断でできるのに、書類上医師の指示があったことにしなければならず辻褄合わせで時間をとられたりする現状があります。医師法は明治時代にできたもので、それが今でも医療機関の憲法(明治憲法みたいなもの)みたいになっているのです。戦後になっても有資格者が自己の判断で業務を行い、必要な時には医師の判断や指示を仰ぐという制度ができなかったのは、医療機関の主人は医師であるという医師=役所の「常識」と医師の既得権益があるからです。
    医師の指示条項によって医師の医療機関における支配性が確保できるだけでなく、診療補助者として、あるいは診療補助業務として~を行うと、規定されると、その影響は養成教育のあり方に波及されるのです。疾患を抱えた患者さんに心理的ケアをするのだから医学系科目を勉強するのいはあたりまえじゃないかという良心的なご指摘は当然なのですが、それが法律で規定されると俄然問題が変わってくるのです。
    そうなると必然ででもあるかのように、医学系科目が中心となります、中心でなくても必須となります。医師や厚生労働省は、そうした養成に関する条項にも介入できる口実ができるのです。このことで卑近なことでは、医療大学や医療専門学校にまたまた医学系のポストができるわけですね。そうして肝心の臨床心理学とか、専門性にかかわる科目は圧迫されるのです。果ては4年生大学でも医療大学でないと科目が足りないとか、医療専門学校でもできるじゃないかと、「水は低きに流れる」のです。こうした「赤信号」にどう対処するのか、今の推進派の幹部の声は聞こえてきません、まさか「赤信号みなでわたれば怖くない」とでもいうのですかね。「国民のために」? 「国民」って「お国」のことですかね。誰か偉い人が「国民のため」と言ったら、心配なことに目をつぶって右へ倣えするのですかね。
    医師の指示下で働く職として医療限定の資格なら、それでも悪くないかもしれませんが、臨床心理は、医療機関以外、およそあらゆる分野で仕事するのでしょ。学校で働く心理士に、人体解剖学とか内科疾患学とか、薬理学とかの知識が必須でしょうか? 司法で働く心理士にも? それぞれの分野において、特有の必須知識は必要ですが、そのための研修は心理士自身の手によって企画され実施されなければならないし、現にしているのではないですか。
    長年の惰性、慣行で、医療機関では医師の指示で働くのはあたりまえ、医師に認められることや、医療チームに同一化することが必須であるとついつい考えてしまいますが、臨床心理士は、どの分野に対しても先入観を持たず、少々異質な発想、異質なスタンスをもって患者、クライエントにあたるものだと思います。見立てもできない心理士を医師が迷惑に思うようなことがあったり、実際アホな心理士もいるかもしれないが、診断もまちがえてばかりいるアホな医師もいて臨床心理士が尻ぬぐいしていることもあるというのが世間の実相であります。
    そうした複眼的な目を臨床心理士は医療機関でも持たなければならないし、心理士資格制度も、そうした臨床心理士が輩出できるものでなければなりません。

  92. 端行夫さん

    ありがとうございます。なるほど、良く理解できました。

    私はPTを割と長くやっていたので、医療機関でのあり方が染みついて
    しまっていた、ことに気付きました。外国のようにPTや心理士の開業
    が普通に出来るのが私も良いと思います。

    となると、やはり現在の臨床心理士養成大学院の制度や、国家資格案では
    確かに実力が足りないと思います。国家資格化の話し合いが十分でない云々
    が問題ではなくて、医師の指示条項を外せるような国家資格をつくるための
    努力を私たちは怠ってきたと考えるべきなのでしょうか。

  93. 端 行夫さんへ

    端さんの基本的スタンスを教えて下さい。
    今までの話から行くと、
    端さんは、2資格1法案の時も、臨床心理士には指示が入っているという理由で、反対していたと考えていいですか?
    あと、医療心理士が単独でできるのは容認していると考えていいですか?

    また、今回の国家資格案に関しては、2資格1法案をベースにして案ができています。だから、最初から指示か指導かで議論していないということです。

    2資格1法案
    http://www.jsccp.jp/suggestion/license/pdf/20050705.pdf
    2資格1法案をベースに
    http://www.jsccp.jp/suggestion/license/pdf/200912.pdf
    いずれも臨床心理会のHPより

  94. 端行夫様 平井正三先生

    カリキュラムについていくつか話題になっておりますので、少し私の考えを述べさせて頂きたいと思います。以下、長文にて失礼いたします。

    端様が懸念しておられる「医師の指示条項の影響で、医学系科目が必須になる」についてですが、例えば医療領域に限定された、2006年に作られた医療心理師養成カリキュラム案http://www.onyx.dti.ne.jp/~psycho/curriculum_prop.html(おそらく医療関係団体と検討した案)では、端様が懸念されている「人体解剖学とか内科疾患学とか、薬理学などの医学系科目」は、「医学序論」として4単位が挙げられているのみとなっております。

    そして今回の「(仮称)心理師」は、当時の2資格1法案とは違い、医療に特化した資格ではありません。故に、過去の、医療に特化した「医療心理師養成カリキュラム案」より医学系科目が増えるということは、普通に考えても考えにくいのではないでしょうか。

    また、医療関係機関との関係に関しては、ロテ職人さんのブログでも既に確認されておりhttp://blog.rote.jp/2013/05/17-124528.php、例えば話題に出ている「開業件」に関しても、「『医療機関としてではない』私設相談機関としての開設は現在と同様にできます」と明記されております(文中『』は筆者)。

    にもかかわらず端様が、コメントに揚げられているいくつかの懸念を持たれる理由は、どこにあるのでしょうか?もしその根拠となる情報があれば、それを教えて頂けますと、もう少しこれらの懸念に関して、現実的に議論することが出て来るのではないかと思われます。

    それから平井先生がご心配されている「臨床心理学が基幹科目になっていない」という点ですが、日心連カリキュラム案http://www.jocdp.jp/shikaku-info/php/news/data/20130129220019.pdfに掲げられている科目の最後には、「など」と書かれております。

    これは外野ですが様が指摘されておりますように、「臨床心理士は敵を作り過ぎた」が故、敵の多い日心連の中では、カリキュラム案に「臨床心理学」という言葉を直接使わせて頂けず、案の段階で臨床心理学は「など」に含まされてしまったということなのではないでしょうか?

    つまり、今回平井先生が主張されております「臨床心理学が基幹科目になっていない」ということではなく、「日心連では臨床心理学という名前を挙げさせて頂けないような状況である」ということが、このカリキュラム案で表明されているというだけで、カリキュラム案に「臨床心理学が含まれていない」ということにはならないのではないでしょうか?

    このように、これまでの国家資格に関する長年の歴史を丁寧にひもとき、端々の細かい実情を鑑みつつこの問題を検討して議論していかないと、情報の裏の意味を汲み取れず、表面に見える情報に踊らされ、結局、ロテ職人様がご指摘されておられるような「パワーゲームに負けた」状況になってしまうことを、私は強く懸念しております。

    そのような結果にならぬよう、先生方には是非、この点をお気をつけになられて、御活動をお進めになられることを、お願い申し上げたいと思います。

  95. まったりねこさんの書き込みをみて、事実確認をします。

    日本心理学諸学会連合のカリキュラム案には、臨床心理学は、「基幹科目」には臨床心理学がありません。一方で、「展開科目」に臨床心理学があります。「臨床心理学は基幹科目ではなく展開科目である」これが事実です。
    だから、日本心理臨床学会も、この案には問題があると独自のカリキュラムを作成したんでしょう。
    まったりねこさんが指摘されるような「カリキュラム案に「臨床心理学」という言葉を直接使わせて頂けず、案の段階で臨床心理学は「など」に含まされてしまったということなのではないでしょうか」これは、まったりねこさんの「憶測」ですよね。何か根拠となる事実がありませんから。
    それから、「私設相談室としての開業権は認められる」について、ですが、このあたりの事実は、非常にあいまいです。
    というのは、「精神科七者懇談会の見解」(「資格問題の諸情報・電子速報版No.12」http://www.jsccp.jp/suggestion/license/pdf/shikaku-sokuhou12.pdfに記載)の3には「心理的行為は医行為と峻別できない部分が多く、また名称独占の業務となっているので、医療機関としての開業権を認めることは出来ない」と記述されています。ここには、「私設相談室としての開業は認められる」などとは一切書いていません。おまけに、「精神科七者懇談会の見解」の1には「心理相談等の多くは医行為に含まれる」と記載され、3には「心理的行為は医行為と峻別できない部分が多く」とあることから、これを字義通りに捉えれば「心理相談は医行為となるので、医師以外の者は行えない」ということになり、つまり、私設心理相談室としての開業が認められるかどうか、大変疑わしい内容となっているのです。
    しかし、この精神科七者懇談会の見解を受けた、日本臨床心理士会の見解が「資格問題の諸情報・電子速報版No.13」(http://www.jsccp.jp/suggestion/license/pdf/shikaku-sokuhou13.pdf)に記載されていますが、ここでは「医療機関としての開業ができない(私設心理相談室としての開業はできる)」と、()つきで、私設心理相談室としての開業ができる、と日本臨床心理士会が独自に付け加えているのです。つまり、日本臨床心理士会の見解そのものは、精神科七者懇談会の見解という事実に必ずしも基づかない情報を付け加えられたものになっているのです。これが事実なのです。
    このほか、精神科七者懇談会の見解が、日本臨床心理士会の見解と微妙に異なっている点は、http://niigatacp.sakura.ne.jp/sikaku/situmon201308.pdfをご参照ください。

    また、端さんの書き込みは、現行案に賛成反対を抜きにして、大変勉強になると感じています。一臨床心理士として、自分が持つ資格がどういう状況に置かれているのか、あまりに無知であったと考えさせられます。

  96. 「ロテ職人さん」
    (これは、20日の金曜日の別エントリに対する返答です。白熱した議論に割り込む形になりますが、ここに、という「ロテ職人さん」の指示があったので、こちらに書き込みます。「有志の会」の「疑念書」及びインフォームドコンセントの会と全員投票を求める「要望書」に対するコメントに対する必要最小限のコメントに留めますが、長文になります。)
     まず、「有志の会」の「疑念書」中、心理研修センターから推進連各団体に送った文書の入手ルートについて公表できないだろうと「ロテ職人」さんは指摘して、「公表できない」=「民主的でない」という論法を用いられていますが、これはあまりにも錯綜した論法です。まず、この問題に対する「有志の会」の果たそうと努めている機能は、言論機関のそれに比することのできるものです。通常、言論機関=マスコミは、情報の入手ルートについては秘する義務及び権利があることはご存知でしょう。その問題と、日本臨床心理士会の幹部が、心理師国家資格案創設に関する重要な情報を一般会員に十分に提供して来なかったことは全く異なります。後者は、「重要案件について判断するに十分な情報を構成メンバーに周知し、公開された自由な討議の場で議論し尽くしたところで、グループとしての決定を下す」という民主主義の根幹にかかわります。しかも、これまでのこのコメント欄でいくつか指摘があったように、推進派の幹部の方のやり方の中には、一般会員の認識を明らかにミスリードしているように見えたり、今回の心理研修センターをめぐるやり方のように、「だましうち」とさえ言えるやり方がみてとれます。
     また、「ロテ職人さん」は、交渉事なのだから、全部の情報を開示できないのではないかと論じておられますが、そのことと資格案の重要な部分(これは「心理師」資格であって、臨床心理士資格はなくなるであろう、心理学諸学会連合のカリキュラム案の問題等)について十分に開示して信を問わなかったことと同列に論じることはできませんよ。外交交渉でも、大枠の部分は、民主的に決定される必要がありますよね。その問題です。外交使節団を送って交渉していると思ったら、領土の大幅な変更どころか、国家そのものが吸収合併されるという話にいつの間にかなっていたという話に近くないですか。
     以上が、「周回遅れ」だからだめではないという、論拠の一つ目です。臨床心理士会内部での、民主的な合意過程が行われていないという問題です。
     「ロテ職人」さん、そして「すいしんは」さんもある程度この部分は認められていらっしゃいますよね。そして、このコミュニティは、この問題をめぐって、真っ二つ(もしくは3,4つ?)にわれてしまっているのです。これが私たちの現状です。これは、民主国家の常識から言えば、この種の法案は、とりあえず、お流れになるしかない状況ではないでしょうか。「ロテ職人」さんは、今、立ち止まってしまうことによるダメージがあまりに大きいと指摘されています。しかし、私たちの国家資格を巡る対立は、単なる既得権益を巡る「内紛」以上の問題をはらんでいます。「東京版インフォームド・コンセントの会」のメンバーについて、「ロテ職人」さんが、いみじくも「豪華」と評しておらっるように、この資格案について疑義を唱えている人の中には、心理臨床の世界で重要な貢献をしてきた人が含まれています。このままこの資格案のまま国家資格が創設されることで、臨床心理士コミュニティが被るダメージも大きいだけでなく、本当に国民のためになる国家資格になるのか、大きな疑問が起こるのです。
     これが、「周回遅れ」だからだめというわけでない論拠の二つ目につながります。「周回遅れ」だという、「ロテ職人」さんの議論は、

    1) これで国家資格ができなくなると、国民への心理サービスの向上が見込められない。質の低い資格でもあった方が向上が見込める。現実においては、理想はある程度、妥協せざるを得ないのが通常であるのだから、妥協すべし。
    2) いま臨床心理士コミュニティが割れて、この資格化がとん挫すれば、臨床心理士の立場が非常に悪くなり、自分たちの理想を資格化に反映できなくなる。

    2)についての「ロテ職人」さんの議論は、錯綜しているように見えます。そもそも「ロテ職人」さんは、臨床心理士が「既得権益」を主張することを批判していたのではなかったのですか?臨床心理士が発言権をなくしたところで、大きな問題ではないでしょう。そしてそもそも、臨床心理士以外の「心理専門職」の理想は、臨床心理士と異なるのでしょうか?これが私の根本的な疑念です。そもそも、私が何度も指摘しているように、国際基準に照らし合わせれば、phD水準を目指すべきというのは、臨床心理士であろうとなかろうと、およそこの心理臨床に専門的・学問的に関わっている人においては明らかなことだと思います。そうでないと議論している人がいるならば、堂々と議論すればよいのではないでしょうか。これは結局1)の問題にも関わります。なぜ専門性の水準に関して、これほど妥協しなければならないのでしょうか?「いや、臨床心理士だけが自分たちの主張を通すわけにはいかない」という議論を何度も聞きました。しかし、専門性の水準の問題は、「自分たちの主張」というようなものではなく、国民への心理サービスの「品質保証」の問題であり極めて公共性の高い論点でしょう。結局、こうした国際基準の実現を阻んでいるのは、一部の医療系、心理学系の「既得権益」を主張する強力なグループがいるということですよね。その人たちへの批判を本来、私たちは、展開すべきではないでしょうか?
    「すいしんは」さんはこうした「国際基準」の問題をほとんど考えてこられなかったということですが、それも実際私には驚きです。「国際基準」というのは、普遍性を持った基準という意味ですよ。つまり、心理職資格の公共性の問題を考えれば当然いくつく視点のはずです。「国際基準」の意味は、この心理臨床という仕事をやっていくと、そのくらいの研修・訓練を受けないと十分ではないというのがいろんな国の間、沢山の専門家の間で合意されてきたこと、ということですよ。これは「絵空事」の単なる理念ではなく、事実として多くの国ですでに現実になっていることです。なぜ私たちの国でそれが実現できないのでしょうか?
    別の観点で見てみましょう。国家資格化の問題は、専門的サービスの「品質保障」をするということです。その「品質保証」の水準を、学部卒まで含め、しかも実習の内容が十分に詰められてもいないというお粗末極まりない「品質保証」では、国民へのサービスとしてはダメなのではないでしょうか「ロテ職人」さんの議論は、最後に、「結局、各個人、各機関の考え方だと思う」ということですが、それだったら、そもそも国家資格なんていらないということになりますよ。この資格案だと、国家が「品質保証」をして、実は質が低かったという事態が生じる恐れのある方が問題ではないでしょうか。
    さて、以上が「周回遅れ」ではだめではないという二番目の論拠です。喩え周回遅れで議論を蒸し返すことになり、多くの人の「迷惑」になろうとも、国民への専門的サービスの質に関する大きな疑義という極めて公共性の高い議論に関わっている限り、もう一度話し合っていく必要があるでしょう。
    「ロテ職人」さんのご指摘のように、すでに事態は各組織の上層部の間の「パワーゲーム」の段階になっていることは確かでしょう。しかしその現状がここまで指摘しているような大きな問題性をはらむものであるならば、逆に、もう一度、民主的な「公開された討議の場」に戻す必要があると私は考えます。
    「ロテ職人」さんとの、この討議の出発点は、「ロテ職人」さんが新潟県臨床心理士会の声明に対して「既得権益」批判をしてたエントリでした。このようなブログが公共性を持つ必要はないのは確かで、「自分の論を補強する」(?)ために討議を持つこともありだと思います。しかし、この種のネット上の場が、少しでも公共性に資することを目指し、「言論機関」としての役割を持とうとするならば、まさしく問題が上層部のこうした「パワーゲーム」に左右されかねないこうした状況下でこそ、既得権益の保持や勢力拡大だけを目指すような諸勢力を批判し、真に国民のためになる国家資格を目指す論陣を張るべきだと思います。「有志の会」がこうした仕事を少しでも担っていければと、私は思っています。

  97.  超長文ご容赦
     医療提供私設においては医師の指示を受けるということについては、臨床心理士の側も、既に2資格1法案の時にも受け入れていたはずだから、今回もそれを踏襲しているにすぎないという話は、臨床心理士会幹部からも聞こえてきそうな話です。当時もあなたは反対だったんですか?と。それはともかく、臨床心理士はそもそも、「医師の指示」問題については、つめた議論をその当時からしてこなかった、少なくとも問題の所在を明らかにして、議論しあうことをしてこなかったと思います。医師側の、医療領域では医師の指示を受けるのが当然という話をそのまま受け入れて、なるべく刺激しないようにしていた?と思います。そのへんは当時の臨床心理士会の河合隼雄会長の政治力をみなが信じていたのだろうと思います。私も含めみなそれに甘えていたのじゃないかと思います。(→ペンギンさん)
     医行為は医師法17条で「医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、あるいは危害を及ぼすおそれのある行為」とされ、こうした行為を医師の独占行為とすることによって医師法の根幹が形成されているわけです。すぐにお気づきだと思いますが、「危害を及ぼす」行為かどうかを判断するのも事実上医師なのです(苦笑)。なので、医行為であるかどうかの判断の独占権、つまりは医療分野で新規の職種をどう処遇するかについて、業務内容や要請科目、カリキュラムの内容まで、その職種の人々でなく、医師側の判断が優先することを、この規定で既得権として医師は持ったのです。これほどの「既得権益」は世の中でそうないんじゃないでしょうか。
     STの資格化の時には、ST協会幹部は、PT、OTと同じ轍を踏まないようにと、ある時から、職種の定義から指示条項を外すように(自分たちは非診療補助職である)と主張しはじめ、患者や「国民」に迷惑をかけていると非難されながらも譲りませんでした。折衝の末この点については、医師ー厚生労働省側が妥協することとなり、STが「言語障害者の機能の維持、向上を目的に」通常行う、言語訓練、構音訓練、指導助言、それらのための検査などは、診療補助業務(医行為)ではなく、単にSTの固有業務として、ただ、相手が傷病者であって、主治医がいるときにはその指導を受けるものとするという規定になりました。つまり医療機関においても指示条項をつけない形で資格化されたのです。
     注意すべき点は、言語訓練、構音訓練などのSTの行為は、患者の口腔内に触れたりすることがあるにもかかわらず「危害を及ぼすおそれのある行為」とはみなされなかったのです。それまで、医師団体やこれに追従するST団体は、ST業務の全体を診療補助業務として譲らなかったのにもかかわらずこうなったのです。STの資格化の時の、厚生省内の主に医師たちによる資格化に関する(最終的な)懇談会議事録はネットで見れます。http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0904/h0424-4.html
     そうしてSTの意見も入れて資格法の骨子ができ、最終的の最終的に役所内で法文が作られる段階になってから、もともと例外的に「構音訓練のために必要な嚥下訓練」は危険性のある行為なので医師の指示の下に行うとされた業務が、「構音訓練のために必要な」という条項が外れた形で(誰が外したのか?)法文http://www.ron.gr.jp/law/law/gengocho.htmに記載されたため、「言語障害者の機能の維持、向上を目的に」業務をするという言語聴覚士の定義にも外れた形で今日、非言語障害者に「嚥下訓練」が行われ、STはそれに忙殺されているのです。
     医療関係の資格や業務や養成カリキュラムの最終決定権者がどこにあるかをこれほど雄弁に(しかし目立たない形で)物語る事例はないでしょう。カリキュラムの詳細は、資格制度が決まってから、医療関係は医師主導のもとに決まるので、事前の当事者団体のカリキュラム案というのは参考資料にすぎないのです。(→まったりねこさん) STの場合、結局医行為を診療補助業務としてやらされているのであり、そして今日の若いST諸君はそれに疑問を持つこともなく、むしろ熱心に取り組んでいるのです。
     このように、医行為といっても、心理士の個々の業務をそれとみなすかどうかというのは実は医師側の恣意による部分が多いのです。「人体に危害を及ぼし、あるいは危害を及ぼすおそれのある行為」というのを文字通りにとれば、臨床心理行為はほとんど医行為に該当しません。心理士が患者の身体に触れる必要がある行為はほとんどないからです(臨床動作法はそうですかね? こういう議論のばかばかしさがよくわかるでしょ)。
     2資格1法案の当時に、患者の精神も人体のうちだという論拠で、精神科医が「精神に危害を及ぼし、あるいは危害を及ぼすおそれのある行為」があるのだから、医師の指示が必要だということを何かで述べているのを見ました。これは、自分たちの指示監督下で働く者ならいいが、心理士の職業的自立性、専門性を主張する心理士は認めないと言っているのと同じです。七者懇は今回「心理相談等の多くは医行為に含まれる」と言ってるようですが、ずいぶん身勝手で結局破綻している議論です。ならば現行の臨床心理たちの多くは医師法違反で処罰されなきゃならなくなります。医行為に相当するかどうかということ自体を医師が判断するので、逆に言えば、力関係、信頼関係、利害関係次第で、医行為に相当しないと、みなすことも可能なことなのです。
     私は医師の指示条項があるから反対、なければ賛成というような単純な発想は好みません。(→松茸さん) 心理側が医師の指示条項の意味について深刻に考えることもなく、ただ表面的に2資格1法案の時代からの既定のことだからということで、わざわざ自己を縛り、もともと力の差が歴然としているのに、さらに不利になるにきまっている条項を要望書に入れて、議員さん達にお願いして回るという、どこか「変な」行動を憂慮しているのです。
     方針というものは表面の文言の踏襲でなく、以前の時の背景と、その後の状況の変化と現在の力関係、とりわけ自分たちの弱さを勘案しなければ、いけないですよ。
     今、臨床心理士会の公開されているQーAを見ると、臨床心理士資格は、国家資格ができるまでの暫定的資格であるとか、国家資格ができたら臨床心理士会はなくなるかもしれないとかちょっと耳を疑うようなことが平気で書かれています。臨床心理士の認定は暫定的なものだったんでしょうか? どんなものであれ国家資格ができたら臨床心理士資格はなくなるんでしょうか? 皆さんに聞いても仕方がないですが、誰かに聞いてみたくなりますね。

  98. ①患者、クライエントの利益、不利益というものが議論から抜け落ちている。
    ②医師法17条には医行為というものは規定されていない。
    ③精神療法が人に害を与えないと、臨床心理士という認定資格とは言え、一定の保有している人間が安易に口にする。信じられない。人に害を与えないのなら。資格化する必要なんてはじめっから無い。

  99. なんと、読む気が起こらないw
    しかしアレだね。実力がないと資格にすがるしか能が無いっていうか、溺れるものの引きこむ力はすごいねww

  100. 以下、長文にて失礼いたします。

    平井正三先生 端行夫様

    平井先生が翻訳された「M・ボストン,R・スザー編著/平井正三,鵜飼奈津子,西村富士子監訳 被虐待児の精神分析的心理療法 タビストック・クリニックのアプローチ A5判 230頁 定価3,570円(税込) 2006年11月」にお書きになられている、「日本の現場から ―ポスト・クライン派精神分析になにができるか― 平井正三」を読ませて頂きました。 http://kongoshuppan.co.jp/dm/dm.php?cd=0942_4

    この文章を読ませて頂き、今回平井先生が周回遅れながらも、このように必死に、今の「心理師(仮称)」国家資格案を検討し直そうと訴えていらっしゃる意味が、よく分かりました。

    確かに今の臨床心理士養成の内容と臨床心理士の雇用状況では、虐待のような極めて厳しいケースへの対応をきちんと行うのは、かなり難しいと思います。

    にもかかわらず、今の養成内容より悪くなる?と思われるような内容で臨床心理職の国家資格化がなされるのは、平井先生にとって許し難いことになるのは当然ということが、よく分かりました。

    ただこれまで先生が主張されていらした数々の文面やコメントだけでは、私にはどうしても、先生のおっしゃりたいことの本質が、上手く汲み取れませんでした。

    もし先生がこの文章に書かれているようなことを真に憂いていらっしゃるのでしたら、この文章のように「臨床家としての実感」をもっとお話し頂いた方が、より多くの方々に、先生の思いが伝わるように思います。

    私たちは「在野」なのですから、在野の話しで話しを進めて行く方が、ずっと説得力があるように思います。

    それから端様は法案作りに関して、本当に細かい点までよくご存じのようで、感服いたしました(医師法第17条の医行為については、こちらの内容ですねhttp://square.umin.ac.jp/jtta/government/mhlw/iryokoui.html )。

    そこで一つ質問です。

    もし今、端様の懸念するような内容が含まれるような臨床心理職の国家資格が出来た場合、「5年後に行われる法の見直し」では、どこまで法を修正することが可能になるのでしょうか?

    私もネット内ですが法の見直しの可能性について検索しましたところ、「社会福祉士及び介護福祉士法の法改正について」の説明が見つかりました。http://socialworker.dct-bf.com/info/law.html

    ここには「国家試験受験資格を得るために必要な講義、演習、実習の教育内容や時間数が新たに定められました」と書かれております。

    この「法の見直し」がどういう経緯で行われるのか、またどのくらい法の内容を改正することが出来るのかは分かりませんが、少なくとも「法改正」という手段があるということは分かりました。

    そこで提案です。

    今進んでいる「心理師(仮称)」法案の動きを止めて、新たな法案の動きを作って行くというのは、ロテ職人さんもおっしゃっているように「あまりにリスクが高すぎる」ので、今の法案は指示しつつ、「5年後の法改正での抜本的改正」を目指すために、今から話し合いをし、準備していくという方法は、採れないでしょうか?

    今私たちが目指している目的は、2つあります。

    一つは「クライエントに私たちを利用してもらうために、国家資格を作る」。

    そしてもう一つは「クライエントのためになる国家資格を作る」。

    このうち一つ目の目標は、既に目の前にあります。

    ここを逃したら、おそらく臨床心理士の思いは水の泡になる、もしくは遙か遠い未来の夢となるでしょう。

    なので第3の道として、「クライエントのためになる国家資格を作る」ため、「5年後の法改正を目指す」ということは出来ないでしょうか?

  101. http://square.umin.ac.jp/jtta/government/mhlw/iryokoui.html 

    ここに掲載されているのは、厚生労働省医政局長 からの各県知事宛の通知(医政発第0726005号)であって法律ではない。

    しつこいようだが、医師法17条を含む、「法律」に医行為とは何かという明確な規定はない。

    誤解の無いようにされたい。

    精神医療は、精神保健福祉法、個人情報保護法などの法律に精通しなくては行うことが出来ない。なぜなら、「精神医療」の判断は他の身体疾患と違い、その個人の社会的人格を脅かしかねないからである。
    業務に関わる法律に精通しているのは当然のことで、精通していないことが責められることはあれど、精通していることでほめられるたぐいのものではない。
    精神保健指定医は精神保健福祉法に精通しなくては取得することが出来ない。
    医師免許は医師法に精通しなくては取得することが出来ない。

    国会資格を希望すると言う議論で、法律の扱いが謝っているというのは言語道断である。
    なぜなら、国家資格を規定するのは必ず法律なのだから。
    そしてクライエント、患者の人権を守るのも法律なのだから。

  102. ここでの真摯な議論、拝読しておりました。まずは、このような場を提供して下さっているロテ職人さんに感謝いたします。

    さて、けろすけさんのお話では、医師法17条の「医業」、すなわち医行為とは何かという明確な規程がないとのこと。たしかに、医師法のどこを見てもそのような記載はありません。それでは、心理師の仕事は医行為なのでしょうか、そうでないのでしょうか。そこで、まずは「ググってウィキる」と医行為に該当しない行為として、心理カウンセリングが書いてありました。しかし、参照となっている厚労省通知を見ても、該当しない根拠となるような記載はありません。判例を検索してみましたが、これまたわかりません。この問題について、私見ではなく、根拠を示しながら説明していただける方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えていただけたらと思います。

    また、例えば、次の場合、それぞれどうなるのでしょう。クライエントAは不登校の生徒、クライエントBは、広汎性発達障害を疑った家族が医療機関(精神科診療所)を受診させたところ、精神科医よりそうではないと診断され「何か問題があったらまた受診して下さい」と言われた生徒です。

    1.学校または教育相談機関、あるいは私設心理相談機関で、臨床心理職が診療報酬に収載されている心理検査を行った。
    2.学校又は教育相談機関、あるいは私設心理相談機関で、臨床心理職が診療報酬に明示されている技法(標準型精神分析療法、認知行動療法)を掲げた心理相談を行った。
    3.学校又は教育相談機関、あるいは私設心理相談機関で、臨床心理職が診療報酬に明示されている技法をかかげない心理相談を行った。

    ご意見を伺えたら幸いです。

  103. ひこざえもんさんへ>

    まず、学校又は教育相談機関で対応する場合と、私設心理相談機関で対応する場合では法律上の適応が異なります。

    学校又は教育相談機関での場合、地方公務員法に基づいて各自治体がその業務内容を定めています。従ってどうなるのかは、各自治体によります。また、学校教育の現場での話ですので、当然学校教育法、教育基本法などの教育関連の法律の制限を受けます。
    私設心理相談機関での場合、法律上の制限は何らありません。わかりやすくいうと。占い師さんが、占いをするのと同じ扱いです。法律上。カイロプラクティクと同じと考えると、もうちょっとわかりやすいかもしれません。カイロをやって、たとえば脊椎圧迫骨折をした場合、刑法に基づいてその対応はなされます。逆にいえば、刑法に触れなければ大丈夫、と言うことになります。と言うことは、被害届を出されなければ大丈夫ということにもなります。

    厳密には法律の専門家の意見をうかがうべきとは思いますが、概要はそんな感じです。

    間違ってたらご指摘ください。

  104. 能力がないから資格にすがるというのは間違いで

    例えば、注射するのがうまいおばちゃんと

    注射するのが苦手な看護師

    どちらに注射を頼みたいかということ

    国が早めに質を担保する必要があると思う

  105. けろすけさん、教えていただきありがとうございます。
    国家資格化を考えるにあたり、医行為か否かは重要な問題らしいことがわかって、にわか勉強しているところなので、とても助かります。

    ところで、学校で対応する場合には法律上の適応が異なるということでしたが、例えば、特別支援学校における痰の吸引行為に関する厚労省の通知(医政発第1 0 2 0 0 0 8 号)は、その前提には医行為か否かの検討があるように思うのですが、誤りでしょうか。また、カイロプラクティックがあげられていたのでやはりググってみたところ、厚労省からその取り扱いについての通知が出されていました(医事第五十八号:医業類似行為に対する取扱いについて)。そうしてみると、刑法に触れなければ大丈夫というわけでは必ずしもないように思えるのですが、そうではないのでしょうか。

    また、けろすけさんが先に書かれていた、「精神療法が人に害を与えないと、~(中略)~信じられない」というお言葉、その通りだと思います。おそらく、どのような学派であれ害をなす可能性が全くない心理面接などないでしょう。そして、精神科医は外来訪問精神療法、認知行動療法、標準型精神分析療法等の精神科専門療法として、精神療法を行っています。そうすると、端さんが懸念されているように、心理面接を「人体に危害を及ぼし、あるいは危害を及ぼすおそれのある行為」を少なくとも疾患を有する(しかし疾患を有しているかどうか誰が判断するかということになれば、当然、医師ということになるでしょうね。DSMを用いるなら、心理相談に来る人はDisorderを持っている人が相当いることになるでしょう)クライエントに行うのは医行為である、という主張が、また出てくることはないのでしょうか。あるいは、七者懇の見解はそのようなものではないのでしょうか。そうした場合、電子速報版No13.にあるように、医療機関としてではなければ私設心理相談室の開業は可能なのでしょうか(Q&Aにはなぜかこのことについては触れられていません。ただの偶然かもしれませんが)。書いているうちにわからないことだらけになってしまいました。どなたかご教示いただけるとありがたいです。

    ところで、まったりねこさんの、「5年後の法改正での抜本的改正」という第3の道をめざすご提案、膠着状態を打破する可能性のあるとても魅力的な提案だと思いました。その一方で、いったん成立した資格法をそう簡単に変えることができるのかという疑問もわきました。そこで、次の3点について教えていただけるとありがたいです。

    1.社会福祉士及び介護福祉士法の法改正が行われたのは、この法が施行されてからどのくらいの期間を経てのことなのでしょうか。
    2.法改正が行われた理由、また、その背景はどのようなものだったのでしょうか。
    3.STについての話題が端さんよりありました。STは5年後の見直しという項目はなかったのでしょうか。項目があり、また、端さんの仰るような問題がある資格だとしたら、ここで見直し、改正があってもよさそうなものですが、そうなったのでしょうか。そうならなかったとしたら、それの理由はなんだったのでしょうか。

    どうぞよろしくお願いします。

  106. >ひこざえもんさん・皆様 

    こんにちは。何年か前に、このブログでよく投稿させていただいていたデスマと申します。

    ひこざえもんさんの問いには、今のところ、単一の正解はありません。
    各々の立場で主張が異なっており、これから話し合って決める、ということです。

    話をわかりやすくするために、まず両極端の主張を提示します。

    1.カウンセリングには一切医行為は含まれない。
      医行為は、それ自体について明確な定めはありません。しかし「医行為」というものを考えないと、お医者さんは手術のたびごとに、傷害罪の容疑になります。本来、人の体にメスを入れたり針を刺したりすることは傷害罪ですが、医師が行う場合に限り、「医行為」として違法行為とはしない、という決まりです。「違法性阻却事由」といいます。
     また特に戦後、医師だけでは数が足りないので、医師並みの知識をもたない人にも、その指示下で医行為を行ってよいことにしよう、というのが看護師です。そしてほぼすべてのコメディカルは、看護師の業務独占を解除する形で、国家資格化されてきました。この場合も、医師の指示下であれば、「違法性阻却事由」となります。
     メスで人を切ったり、注射針を指すことは、誰がみても傷害です。ただしここで問題になるのは、刑法は基本的に、価値判断を行わず外形的に判断できるものしか、罪に問いません。そうしないと、戦前の「不敬罪」のように、権力者に楯突く人には恣意的に罪を着せてしまえるので、独裁国家につながるからです。同様の理由で、「共謀罪」などもなかなか法律にできません。なにが「共謀」かには、外形からではない価値判断が伴うからです。 これは、「罪刑法定主義」といって、独裁国家になるのを防ぐための、西洋的近代国家に共通の仕組みです。そして民主主義を維持する根幹です。
     そのように考えると、カウンセリングは話をしているだけなので、それ自体では外形からは傷害罪にならないので、したがって傷害罪への「違法性阻却事由」として「医行為」と考える必要もありません。
     これは、内閣法制局の見解でもあり、また、2資格1法案以前の臨床心理士会の考えでもありました。

    2.カウンセリングはすべて医行為である。
     そのクライエントが病気であるかどうかは、医師しか判断できない。少なくとも法的には、医師でないと確定させられない。だとすれば、すべてのカウンセリングは医行為に該当する可能性があるので、カウンセリングは医師の診察を経てから、その指示下のみで行われるべき。そうでないものについては、刑法に触れない以上は罪に問うことはできないにしても、国家資格を与えるべきではない。
     「医療心理師」のみの国家資格化を主張していたころの、医療系団体の主張は上記のようなものでした。
     しかし、この考え方は、(保守的な)医師の先生方からみれば理屈が通りますが、前述のように、現行の法体系(罪刑法定主義、すなわち近代民主主義的な法制観)に抵触します。もし「カウンセリングは医行為だ」と言いたければ、医療関係団体は、刑法の体系そのものを変更すべきですが、いくら政治力があってもそれはムリでしょう。

     さて、理屈はこのくらいにして、上記の2つは、理屈は明快ですが、どちらかに徹底させようとすると、下記のような実際上の不都合が生じます。

     1の考え方をつきつめると、例えば病院の中でも、医師の診察を経ずに素通りで、カウンセラーは自由にカウンセリングを行えることになります。だって「医行為」ではない日常の会話の延長ですから。しかしこれでは、病院として責任の所在が不明確になります。また、患者さんは、病気の治療を目的に病院に来るのであって、施設の目的との間で齟齬を生じる恐れがあります。

     2の考え方をつきつめると、心理士は、医者のいないところでは一切活動できなくなります。もしくはスクールカウンセラーなどが、法的にグレーゾーンとされたまま、細々活動することになります。もしくは言語聴覚士が学校で活動する際のように、手続きが非常に煩雑になります。本来「医行為」とされているものを、通達で「医師の指示」がなくても行えるようにすることは、ある種の特例というか、アクロバットです。
     また、例えば発達障害のように、根本的な治療はできないが、継続的な投薬などは必要である場合もあり、しかし基本的には全人格的な「支援」が必要である、という方々も多数おらえます。このような場合に、常に医師がリーダーで、その指示が必要であるとなると、管理的には理屈が通っても、本人にとってかゆいところに手が届く支援が難しくなります。身体障害の方への支援に、医師の後見は必要であっても、いちいち医師の指示が必要でないことは、多くの方にとって、想像できると思います。それと同じことです。

     今の医事法制は、戦後の復興期に、医師も看護師も足りない、という中で作られたもので、今日のような全人的なケアを前提としていないから、このような齟齬が起こります。

     そこで、この2つの両極端のどこかで、手を打つ必要があります。

     どちらの側からも歩み寄りがなされているのが、場所が病院・診療所であれば、心理士の業務は、「医師の指示」による法的拘束を受ける、という解決策です。個々にこれが「医行為だ」「医行為でない」といっても水掛け論になるので、そのへんはあえて深入りせずに、もう場所で区切ってしまおう、というわけです。これならば、「場所」という客観的・外形的な基準ができるので前述の「罪刑法定主義」にも抵触しづらくなります。
     この場合ですと、場所的には診療所の中でありながら、医師の診察を経ないでカウンセリングを行っているような一部機関の場合には、心理士国家資格化後には、診察して指示を出し最終的責任者となる医師を配置するか、心理士が責任をもつカウンセリングルームなのかをはっきり明確にするよう、通達などが出され改善を求められることになると思います。

     ただし、個々の医師や、医療関係団体の中には、やや伝統的・保守的な考えの人・団体もあり、「医療分野では」等、「医師の指示」の拘束範囲を広く取ろうとする考えもみられます。これらの方々はそれなりに力をもっており影響力もあります。ですので、最終的にどの程度のところに落ち着いて国家資格化されるかは、いまは誰にもわかりません。

     なお、ひこざえもんさんのように、診療報酬と対応させて考える考えも、考え方のひとつです。
     しかし例えば、管理栄養士の栄養指導のように、医行為ではないが診療報酬がつくものもあります。また、漢方薬のように、消費者が市販のものを自由に購入する場合には診療報酬とは関係なく普通に販売されるが、同じ薬であっても、医師が病院で処方すれば「医行為」の延長として、診療報酬がつく場合もあります。
     発達検査のWAISの施行などもこれと似ていて、病院で医師の指示下で行う場合には、「医行為」とみなして診療報酬の対象となりますが、しかしWAISを施行することが直ちに危害を加えることにはならないため、教育機関内で特別支援士などが行うことは、別に違法ではありません。
     このように「医行為」自体は、その原則論はあるものの、その都度便宜的に「医行為」とみなされる、みなし医行為とでもいうべきものもあり、一概に、「これが医行為だ」とはいえず、解釈に相違が出ます。特に援助系の職種の活動の場合には。

     おそらく心理士国家資格化後も、微妙な問題の場合には、その都度通達が出るでしょう。また、当事者同士で解決できなければ、裁判で決着、ということも起こりうると思います。

  107. デスマさん、明快な回答ありがとうございます!
    ずいぶんすっきりしてきました。

    そうすると、私設心理相談機関の開業は可能か、また、医療機関外も医師の指示が必要(な場合も?・な場合が多く?)あるかは未定であり、また、医行為の範囲を広くとろうとする保守的・伝統的、かつ、影響力のある団体もあるのが現状、ということになるかと思いますが、そのような理解で間違ってないでしょうか。

    先に書いたもう一つのこと、まったりねこさんの提案についての質問2の背景、および質問3についても、どなたか教えていただけると嬉しいです。1.でおたずねした、施行されてからどのくらいかは、20年以上たってからだとわかりました。2.の理由は厚労省のHPを読んでなんとなくわかりましたが、これが社会福祉士、介護福祉士主導でおこなわれたのか、厚労省主導で行われたのか、後者だとしたらそこに社会福祉士団体、介護福祉士団体の意向がどの程度反映されてたのかはわかりませんでしたので。

    よろしくお願いします。

  108. ひこざえもんさん>
    医政発第1 0 2 0 0 0 8 号は、その前提に医行為か否かの検討はありません。この通知の元になった、盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の医学的・法律学的整理に関するとりまとめを見てみますと、「医行為を医師で無い人がすることをどこまで認めるか」の線引きをしたもののようです。

    医事第五十八号については、その中にも書いていますが、広告に関してはあん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう 師等に関する法律、医療法の規制ををうけますが、その他に関しては刑法で処理されます。平たく言うと、この通知に従わなければ、刑法で処罰するからね、よろしく。と言う通知です。

  109. 以下は私見になります。

    そもそも、心理カウンセリングや心理検査を医行為と見なすのか見なさないのか、と言う議論は、かなり政治的な配慮の元で行われてきました。

    医行為と見なすべき、危険な行為と見なすのであれば、資格化は絶対です。そして、資格を有していない人は業務は絶対にしてはなりません。「絶対に」というのがミソです。

    医行為と見なすような危険な行為ではないと見なすのであれば、すなわち日常会話の延長と見なすのであれば。

    そもそも、それを管理する「資格」そのものが必要のないものになります。

    今は、原則後者の解釈で成り立っています。

    私は「資格」は絶対必要なものと考えていますが、その当事者である心理士側から、危険なものではない、医行為ではないという意見が出てくる現状に非常に憂いを感じます。

    このような現状では、資格化は遠い先の話しでしょう。

  110. すみません。追記。

    デスマさんのお話は、非常に丁寧でわかりやすいです。

    結局のところ、話がややこしいのは、

    「精神療法は結構危険なものである」という事実は踏まえながら、「資格はやっぱり必要だ」と考えているのが大方の医療筋と政府筋の考えなんだけど、ここでされた議論のように、心理士の側がこの「資格の必要性」を覆す発言をたくさんするので話しが前に進まないと言うのが、ホントのところだと思います。

    国家資格を作るためには。
    「それを規定する法律」を作らなきゃいけない。
    そして「誰がそれを選定するのか。誰がその妥当な方法を提示できるのか」という問題があります。

    結局後者の方が全然まとまらないので、政府筋は辟易していると言うのが実情です。要は、心理士側が一枚岩じゃないところがネックな訳ですねぇ。。

  111. >ひこざえもんさん
    >ということになるかと思いますが、
    >そのような理解で間違ってないでしょうか。

    私はそういう理解でよいと思います。

    >けろすけさん

    医行為以外にも、「危険な行為」はあります。
    ふぐ調理師は、医師の指示下でなくても、業務を行いえますよね。
    …当たり前ですけど。
    カウンセリングは、危険な行為であり、十分な訓練が必要ですが、
    ほとんどの医師は、心理士に適切に指示を出したり、
    心理士を適切に後見できるだけの力量をもっていないと、私は考えています。
    また、前述のように、業務の本質として、医師の指示が常に必要な職種ではないと思います。
    国家資格化には、心理士のレベルを全体的に上げる必要があり、
    それが前提と考えますが、「医師の指示」の拘束範囲を広げることが、
    国民の安全につながるかどうかは疑問です。

    また、
    >資格を有していない人は業務は絶対にしてはなりません。
    >「絶対に」というのがミソです。
    心理士(師)は、名称独占の資格として検討されています。
    外形のみから医行為か否かをと判断できない以上は、
    業務独占にはできません。
    そうでないと、普通に日常的に相談に乗った人も、
    つかまってしまいます。

    このあたり、お医者様の考える、「これは医行為だ」という感覚と、
    現状の法解釈との間には、かなりズレがあると認識しています。

  112. たしかに、ふぐ調理師の例は、やや極端すぎますが…。

    医師の指示による拘束範囲を小さくしたければ、なおのこと、
    個々の心理士は、医学的な知識も含めた
    広い知識と経験をもっていないといけません。

    そのうえで、「治療」ではない、全人的な心理的「援助」を
    するのでなければ、必要なときに、お医者様につなげませんし、
    自分が責任もって、援助に当たることができません。

    また、心理士は全般的に、こうした法律的議論が苦手な人が多いです。
    このあたりが、先駆けて国家資格化できた
    精神保健福祉士(旧 精神医学ソーシャルワーカー)などと、
    決定的に違うところだと思います。

  113. ロテ職人注記:それってホントに民主的なの?と思ったり思わなかったり──東京版インフォームド・コンセントの会と実名限定掲示板 http://blog.rote.jp/2013/09/27-223005.php のコメント欄より転載いたしました

    ロテ職人さん

     いつも私たち「有志の会」の活動の広報をしていただきありがとうございます。目ざとく、「掲示板」を設けたことに気づかれたのですね。ご挨拶が遅れてしまいましたね。少しご説明をします。
     まず、ご指摘のように、心理臨床学会HPのIDとパスワードで入室できるようにしました。これによって、ここでの討議の参加者及び閲覧者は臨床心理士及びその予備群に限定することを目論んでいます。ひとつは、討議の目的が臨床心理士コミュニティの中での世論の育成であることがあります。また実名での討議ということなので、closedにする必要性もあります。実名での討議が「民主的」という点から疑問のように書かれていますが、民主主義は、以前このコメント欄に引用した「NHK高校講座政治経済」のテキストにもあったように、それぞれのメンバーが責任をもって考えて発言することがその基盤になります。無責任な放言が跋扈しないようにするためにも「実名で」という条件は必要に思われます。ちなみに、学会等では、発言の際に、所属と名前を言うことを求めますよね。この掲示板の着想の源の一つは、国際学会のネット上の会員限定のdiscussion forumです。こうしたforumでは通常実名で討議します。私たち臨床心理士のコミュニティは、こうした討議の場を通じた「世論」の形成を必要としてるという認識を私たちは持っています。
     あと、「有志の会」HP上にある、京都版インフォームドコンセントの会の討議録についてですが、主な発言者に草稿をお渡しし、ご自分の発言部分を自由に修正していただいています。もちろん、推進派の今井たよか氏と松森基子氏にそうしていただいています。それで「フルボッコ」だった(「推進派」の方にも十分な発言時間が与えられています)というのは、そもそも推進派の議論にほとんど説得力がなかった証のように思います。
     そして「東京版インフォームドコンセントの会」です。こちらの方は、現時点で私の知る限り、推進派幹部からの参加者が決まっていません。私の聞いたところでは、主催者側が資格法制化プロジェクトチームにspeakerを出してくれるように要請したが断られたとのことです。自分たちのやっていることが正しいことであるならば、なぜ正々堂々とこうした場にやって来て発言しないのでしょうか?(そうした点で、私たちの「京都版インフォームドコンセントの会」に個人としての立場で参加していただいた今井さんに敬意を表します。多くの「推進派」の方たちは、今井氏のように、真に臨床心理士全体のことを考えておられることを実感しました。)
     それから、「ある程度の権威の前で」「自由に議論ができる」かどうかは、民主主義の根幹とされる「自由で公開された討議」が行われているかどうかの問題と関係ないですよ。権威の前で言いたいことを言えないということが、例えば、馬場先生が気に入らない発言をする人に対して自らの権力をかさに有形無形の弾圧をしていると「ロテ職人」さんが示唆しているなら別ですが。そうでなければ、「権威の前で自由に発言できない」というのは、その人の臆病さや卑怯さ、もしくはメンタルヘルス上の問題と考える必要があるでしょう。そして、もちろん、「権威の前では黙っていて、ネット上で匿名で陰口をたたく」自由は民主主義社会では許容されるわけですが。

    あとこの場を借りて「端」氏と「まったりねこ」氏に一言

     「端」氏のコメントは大変参考になるとともに、勇気づけられました。私たちは、いろんな意味で「河合先生の呪縛」から自由になるべきですね。先の述べた「京都版インフォームドコンセントの会」の討議の中で、今井氏が、河合先生が授業の中で、目指すのは博士号水準の資格だ、とおっしゃったこと、そしてそれに対して一部の医師会勢力と厚生省が猛反発されたことを話されていたと述べられていました。私は河合先生の著書に触発されてこの世界に入ってきた人間ですが、河合先生の権勢の恩恵にはほとんどあずかっていない部類(あずかっている人の大半は、この局面で、河合先生の「か」の字も言わなくなっていますね)に入ると思います。実際彼の政治的すぎるあり方や「カリスマ」的な部分が現在の臨床心理士コミュニティの苦境を作り出した一因だと私は思っています。しかし、この問題に関わる中で、河合先生のこのprofessionに関するvision、構想には素晴らしいものがあったと感じています。それは、高度専門化社会というvisionの中に臨床心理職を位置付けるということです。その含みは、医療制度改革だと私は確信しました。結局、医師がすべての責任を負うという医師法の規定がすでにこの高度に専門化した社会の現実にあっていないのです。多職種協働という医療現場の現実に見合った法体系、すなわち共同責任を基盤にした体系に改正する必要があるということではないでしょうか。そうすれば、「医行為」かどうか、「医師の指示」とか「医師の指導」といった不毛な議論はirrelavantになるでしょう。(「デスマ」さんのコメントも大変参考になります。)

     そして「まったりねこ」さん

     私の『被虐待児の精神分析的心理療法』のあとがきへの言及ありがとうございます。「在野の話」で進めてた方が説得力があるということですね。「現場からの声」と言いかえられるのでしょうね。ここまでいろいろ書いてきましたがあまり説得力がなかったというご指摘でもありますね…。でも、少しは「まったりねこ」さんに私の本意が伝わったようで、よかったです。「被虐待児」の問題は、特殊な問題ではなく、この専門職が、口先だけ「社会に役立つ」「クライエントのためになる」ということではなく、この仕事をやっていることが真に意義深く、かつ誇りに思えるかどうかの試金石だと思っています。このブログを読んでいる臨床心理士もしくはその近接専門職の方たちは、結局、この仕事の専門性とそれを養成する訓練の在り方をどう考えているのでしょうか?学部を出て、相応の「実務経験」をして試験に合格したらいい?修士課程で、それなりの「実習」をして、試験に合格したらいい?この領域に詳しい大半の人はそんな人に自分の「身内」をみてもらおうなんて考えないでしょう。「修士課程を出て、数年実践ととともに、きちんとした訓練を受け、論文も書いている」というのが必要条件(十分条件ではないです)ではないでしょうか。現に「頑張っている信頼のできる臨床心理士」はそうした人ではないですか?それを、社会にはっきり分かる形で制度化するのが「国家資格」の本来の姿でないでしょうか?そうした、私には当たり前に見えることをはばむものはいったいなんなのでしょうか?そうした勢力を批判していくことが言論の本来の機能だと思います。

  114. 精神療法、心理療法は、危険で責任の重い行為、だと私も思います。
    だけど、だからそれを医行為とみなすかどうかは、別問題とも思います。

    けろすけさんは、心理士側が資格の必要性を覆していると書いておられますが、国家資格が不要だと言う議論は(少なくともこのブログ上では)なかったように思います。問題は、現行案が果たして危険で責任の重い精神療法、心理療法を担える専門家を育成する内容になっているかどうか、ということです。
    ちなみに、「国家資格化をめぐるQ&A」には、臨床心理士資格が上位資格(として残ってほしい)と書いてあります。つまり、現行案の専門性は臨床心理士資格以下である、と日本臨床心理士会は暗に認めているようなものですね。いまの臨床心理士資格でもあやしいのに、現行案の内容で、責任の重い心理療法、精神療法を行ってもいいものなのですかね。医師の指示があればいいという話なのですかね。
    そして、そういった点を議論する余地は「もう遅い」と、封じられています。

    私は、臨床心理士を国家資格にせよという立場ではないことを確認したうえで、以下のように思います。
    ここまでの議論で、大方の臨床心理士の人たちは、現行案が
    「臨床心理士がベースになっているとはいいがたい」「現行案を必ずしもいいとは思っていない」と認識されているように思います。しかし日本臨床心理士会は「国家資格化をめぐるQ&A」で、現行案を「臨床心理士ときわめて類似性が高い」と述べています。これが問題をややこしくしています。国家資格で質を担保するのは当たり前で絶対必要なこと。その意味で日本臨床心理士会の取り組みは正しい。しかし、それを「臨床心理士ときわめて類似性が高い」といって、仲間である臨床心理士が反発しないようにしている。
    ここはやはり「すいません、現行案は、臨床心理士資格をベースにしたとはいいがたいかもしれません。でも、国民のためには国家資格が必要だと思うのでこの案でのみました。だからみなさんご理解ください。ご意見をお聞かせください」と、日本臨床心理士会は、会員に発信すべきではないですかね。ちなみに、政府でも地方自治体でも、法案を作ったり重要な決定を行うときは、パブリックコメントなどで会員の意見を聞きます。せめてそれくらいはすべきではないでしょうか。

    失礼しました。医行為をめぐる話は大変勉強になるので、そちらの議論も続けていただけたらと思います。

  115. <臨床心理業の危険性について>

    私は1週間ほど前の前信で医師法17条を引き合いに出して、「医行為」の医師による独占性について述べたのですが、正しくは17条は「医師でなければ医業をしてはならない」という条文で、その「医業」の解釈として厚生省が出した通知として「医行為」http://square.umin.ac.jp/jtta/government/mhlw/iryokoui.htmlが規定されているのでした。つまり「医行為」とは「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害 を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」だというわけです。私はこれが法の条文にあるものと記憶ちがいしていました。けろすけさん、まったりねこさん、ご指摘、ご修正ありがとうございました。

    「臨床心理業」が「医行為」に相当するかどうかは「政治的な配慮のもとで行われてきた」(←けろすけさん)、つまり諸々の力関係によって決まる、ということはつまり、もともと臨床心理業務が医行為であるということには自明性に乏しいということです。七者懇が「医行為」に相当すると言うのは、怪しいことをあたかも自明であるように力づくで言っているのです。この問題は、臨床心理士側が妥協しないからとか、「妥協的一枚岩」にならないからではありません。臨床心理業と医業とが質的に異なるからであります。質的に異なるものを「医行為」とか「診療補助業務」とかに何とかinvolveしようとするから、いつまでたってもいっこうにまとまらないのであり、責任は、心理士側にあるのでなく、医療制度の硬直性にあるのです。「政府筋」は辟易しているかもしれないが、本質的には自分たちの作った制度に辟易しているのです。

    臨床心理行為は、クライエントとの間に治療的人間関係を形成し、それを維持し、それを操作することによって治療的効果を狙うものです。医行為のように患者の身体に治療的に侵入し、生体の状態を部分的または全体的に変化させることで治療効果を狙うもの、ではありません。

    医行為は、投薬や静注、点滴、手術的処置などを考えてみればわかるように、それ自体が身体への治療的侵入であり、資格化された技術なしには、人に危害を及ぼすことになる行為です。私の友人の口の悪い医師が「おれたちは傷害、殺人なんでもやれるんだ」と言っていました(冗談がわからない人がいると困るからこれは冗談と断っておきます)。臨床心理行為は、その行為自体が患者の身体に侵入するものではなく、むしろ治療的人間関係の形成から出発するので「医師がやるのでなければ危険な行為」ではありません。しかしそれなら臨床心理業務には危険性がないのでしょうか? そうではなく固有の危険性があります。それは治療的人間関係の操作によって、クライエントの「心」へ侵入するので、その標的や度合いによっては、結果として心身の一時的状態悪化や、場合によっては発病を促進したりすることもありえます。

    臨床心理行為の危険性は、行為の結果としてありうるわけだが、医行為のように、その行為自体が危険なものではありません。そこが違うのです。

    つまり、臨床心理行為の危険性は「医師がやるのでなければ危険」なのではなく、訓練と経験を積んだ「臨床心理士あるいは同等以上の精神療法医やるのでなければ危険」なものを含むのであり、そのためにこそ医師とは異なった資格制度が必要なのです。

    臨床心理士の教育研修システムが整備され、更新制や、研究体制や上級資格を創設することで、一定の質が保障されなければならないのです。倫理綱領によってクライエントの権利や「インフォームドコンセント」や医師や他職種との連携関係が守られなければならず罰則規定が設けられなければならないのです。

    臨床心理士資格は曲がりなりではあるけれども、これらのことをとにかく実現してきたと思います。多くの精神科医の人々もこの資格を取得してきました。

    国家資格は、この臨床心理士資格の下位資格として、諸情勢に妥協して作るのだと思っていました。そういうふうに臨床心理士会幹部はこれまで広報してきたと思います。ところが、新国家資格ができて臨床心理士資格のほうがなくなるんですか? そんなこと、臨床心理士取得者の団体である「日本臨床心理士会」が決めることができるんですかね。

    下位資格であるとしてもこうした職種の国家資格法を既存の法の枠の中に作る時に、さまざまな困難をと伴うことは言うまでもありません。後で具体的な法文についても考えてみます。その時に言語聴覚士法は大変参考になるでしょう。でも問題もあります。その時に、社会福祉医介護福祉士法の改正の問題からうかがえることなどについても書かせてもらいます。もっとも私は法律そのものに詳しいのではありません。長くなるので次の機会に→まったりねこさん、ひこざえもんさん

    平井正三さん、エール有り難うございました。がんばってください。匿名掲示板もまた楽し。

  116. 1点だけ。

    臨床心理士の意見を聞くのであれば、法の公平性を保つ上で、臨床心理士ではない心理士の意見も聞かなくてはいけません。臨床心理士の資格要件が、それを困難にしています。

    つまり誰が心理士で、誰が心理士でないのかと言うのがとっても不明確なわけですね。心理士系の認定資格は臨床心理士は最大ではありますが、唯一ではありません。認定行動療法士、専門行動療法士、などなど、さまざまあります。

    しかし、法の公平性を保つ以上、「臨床心理士」にしか話を聞かないのは不公平ですので。

  117. ロテ職人注記:それってホントに民主的なの?と思ったり思わなかったり──東京版インフォームド・コンセントの会と実名限定掲示板 http://blog.rote.jp/2013/09/27-223005.php のコメント欄より転載いたしました

    夏休みも終わったので一読者に戻りますと撤退したはずのあららです。こうしてコメントするのは気が引けるのですが(誰も気にしないと思うのですが)、ずっと考えていたことを書いてみたくて参加させていただきます。

    平井先生は馬場先生は「有形無形の弾圧」をするわけがないという風に書かれていますが、別の御大が「有形無形の弾圧」をするという話は有名です。平井先生はご存じないかもしれませんけど。
    馬場先生はもちろんそんなことされないと思いますが、面と向かって怒られるのは恐ろしいです。

    平井先生が書かれている「修士課程を出て、数年実践とともに、きちんとした訓練を受け、論文を書いている」という資格は、臨床心理士ではなくて、精神分析学会が出している資格のことではありませんか? 現在の臨床心理士は、養成系大学の運営について配慮した資格になっていて、資格試験自体やさしくなっていると聞いています。先生の理想とは段違いの現状なんですよ。

    精神分析の人は、理想主義的で今の社会の状況に合わせられないのでしょうが、心理士の資格について考える以上に、精神分析の今日の衰退について、もっと考えられた方が良いのではないでしょうか? 日本の精神分析は、クライン派や対象関係論の人が中心のようですが、本当は、成田先生のように、他職種と段差なく協働するという方向で後進の育成をした方が良かったのではないかと思います。

    でもこんな風に思っていることを、精神分析のえらい人の前で実名で意見するなんて、私にはとうてい考えられません。このブログのような場所があるから言えるのです。

    平井先生のオフィスはイギリスにあるみたいですが、もっと日本の現状について冴えた頭でよく見て、よく考えていただきたいと思います。(これも直接は絶対言えませんね)

  118. いまは、推進団体には臨床心理士のみでなく、
    発達臨床心理士や、その他の心理系の資格を認定する団体も入っています。

    …いつの時代の話をしているのですか?

    >臨床心理士の資格要件が、それを困難にしています。

    レベルが低いというかと思えば、
    資格要件が高すぎるという。

    けろすけさんのような保守的な医師の先生がたは、
    しばしば、このようなダブルバインドを用います。

    心理職が、独自の裁量権をもった職種であると、
    認めないことが、自己目的化しているですよね。
    「国民の利益・安全」を盾に取って。

  119. ん?

    臨床心理士のレベルが低いとも
    資格要件が高すぎるとも一言も申し上げてませんが。

    臨床心理士には著しくレベルが低い人がいる。クライエントに著しい有害作用を及ぼして平然としているレベルで。
    臨床心理士の資格要件のせいで、「誰が心理士で、誰が心理士でないか」というのが不明確になっている、
    と申し上げただけです。

    >その他の心理系の資格を認定する団体も入っています。

    団体が議論に入っているかどうかが問題なのではなく、「心理士」と言われる人全員が新しい資格を作る上で網羅されないといけないと言うことが問題なのです。従って「その他の」では不十分です。「全ての」でなければいけませんし、それでもまだ不十分です。団体に入っていない「心理士」もいますので。

    臨床心理士の国家資格への移行を認めるなんて言うのは、法の公平性を保つ上で言語道断です。「心理士」の一部を優遇するというのは国家資格を作る上であり得ません。

    また、「心理職が独自の裁量権を持った職種であると認めること」は国家資格化の目的には決してなりえません。それは前に申し上げたとおりですのでここでは触れません。

  120. もう一つ。

    「国民の利益・安全」を盾に取ることは、
    医師法、医療法で定められた、我々医師の「義務」ですので、あしからず。

  121.  けろすけさんは,医師だったのですね。医師の方がこの議論に参加されることを私は嬉しく思います。

     医師の立場からのご発言と考えると,けろすけさんの話の内容がよく分かります。
     しかし残念ながら,いくつかの誤解や情報不足があるようですね。しかし,それも無理のないことだと思います。むしろ,外野からはそう見えているのか,と考えると大変参考になります。

    1 現在は臨床心理士資格をそのまま国家資格に移行するという考え方は,消失していると言って良いと思います。それは,民間資格を国家資格にした例はないので,それは認められないということは,ほぼ周知されていると思います。

    2 次に,すべての心理士に話を聞くべきということですが,デスマさんが言及されている通り,心理系学会の多くは日本心理学諸学会連合(『三団体要望書』をご参照ください)に加入しておりますので,ご心配には及びません。認定行動療法士や専門行動療法士を認定している行動療法系学会も加入しています。やろうと思えば,学会員である認定行動療法士や専門行動療法士は学会に対して声をあげることができるわけですから,彼らもまた網羅されていると考えられます。それどころか,基礎心理系の学会も入っているのが現状なのです! 

    3 臨床心理士のなかには,著しくレベルが低い人がいる,ということですが,それは残念ながら医師もまた同じではないかと思います。それは,看護師や作業療法士,精神保健福祉士,医療事務,すべて同じはないでしょうか。どんな専門家集団にも,一定の割合で困った人は存在すると私は思います。診断や見立てができずに治療方針が立たない医師や,患者さんとの間に必要な治療関係を形成できない医師などに対して,その尻拭いをしている臨床心理士もけっこういると思いますよ。

     カウンセリングや心理療法といった臨床実践は,症状の原因を見つけてそれを施術によって取り去るという医学モデルにはそぐわないので,厳密に言えば医行為ではないと私は思います。例えば,こころの真実を見つけるとか,良い生き方を模索するとかいう臨床実践は,従来の医学モデルとは異なるのではないでしょうか。なんでも医行為にしてしまえば,カリキュラムも業務内容も,医師の指示下にできますけども。

  122. stangetzさん>
    1:なるほど、オフィシャルにはそういうことな訳ですね。
     
    2:なるほど、オフィシャルにはそういうことな訳ですね。
     であれば、このスレッドの元ネタはいったいなんでしょう?
     元ネタにある「臨床心理士の職業的専門性と資格を考える有 志の会」要望書に書いてあること自体が良くわかんなくなり  ますね。

    3:残念ながら医師もまた同じではないかと思います。
    →そう、全くもってその通りです。日本は明らかに精神医療後進国です。欧米に比べただけでなく、アジアの中でもかなり遅れています。「精神科」「治療成績」でググっても、何もヒットしません。最悪です。
     裏話に近い話しですけど、実は厚生労働省もこれをかなり重く見ていて、精神疾患を精神科医に診せないように体制を作ろうとしています。まずは認知症から着手し、今は「うつ病」に着手しています。
     「心理士」の国家資格化にあたっても、結局質の担保をどうするのか、と言うのが厚生労働省側の一番の懸案事項のようです。「精神科医」の二の舞だけは避けたい、とそう思っているようです。「臨床心理士」のそれでは、全く満足していない、これが厚生労働省の思惑のようです。
     裏話に近い話しなので、これ以上のコメントは差し控えますが、日本の精神医療は本当に世界まれに見るひどい状況ですので、、、、、
     繰り返しますが、私は「心理士」資格推進派です。
     しかし、その心理士の側から「精神療法は無害」という発言が出てくる現状をかなり憂慮しています。
    「心理士」を資格化する意味っていったいなんでしょう?それが心理士の皆さんの中では曖昧になっているように重います。

    以上書きましたが、書いたことはあくまで私見です。

  123. けろすけさん、厚労省通知の意味するところについてご教示いただきありがとうございます。
    それで、私の学識不足のためなのでしょうが、十分理解しきれないところがありまして、ご教授いただければと思います。

    1.医政発第1 0 2 0 0 0 8 号は、『「医行為を医師で無い人がすることをどこまで認めるか」の線引きをしたもののようです』とのことですが、これは、私が書いた「医行為か否かの検討」とどう異なるのでしょうか。この質問は、私が法律用語の(もしかしたら日本語の)根本的なところを知らないためかもしれません。そうだとしたら、本当に申し訳ないのですが、基本中の基本のところから教えていただければ幸いです。

    2.医事第五十八号は、「平たく言うと、この通知に従わなければ、刑法で処罰するからね、よろしく。と言う通知です。」とのことですが、その中にある昭和三十五年三月三十日付け医発第二四七号を見ると、「無届の医業類似行為業者の行なう施術には、医師法違反にわたるおそれのあるものもあるので注意すること。」とあり、やはり医師法17条に関連したところがあるもののように思われるのですが….. これも、私の理解不足だったらお許し下さい。

    3.別件になりますが、けろすけさんのお話しでは、厚労省は心理士の国家資格化にあたって、質の担保が一番の懸案事項であり「臨床心理士」のそれでは全く満足していないとのこと、これは、心理士試験の受検資格もその水準も、例えば、アメリカのExamination for the Professional Practice of Psychologyと同程度にすることを求めているということなのでしょうか。それとも、大学院レベルの教育は必ずしも必要ないが、医療現場で必要な知識を取得し、十分な現場での実習を行わせるべきだということなのでしょうか。

    わからないことだらけで恐縮ですが、ご教示のほどよろしくお願いします。

    それにしても、厚労省が精神疾患を精神科医に診せないような体制を作ろうとしているというお話、びっくりしました。私が腑抜けた日々を送っている間に、世の中は急激に変化しているのですね。本当に、ここは勉強になります。ありがとうございます。

  124. 1:行政解釈と言う言葉があります。法律をどのように運用するのか、政府からの通知がおりてくると言うことですね。法律は一定の手続きを経ないと変えることができませんが、行政解釈はその時点での政治判断によってころころと変えることができます。精神保健福祉法なんてしょっちゅうこの「通知」がでて運用が変わっています。

    2:医師法違反は刑法の適応になります。

    3:これは裏話なのであくまで私見ですが。
     基本的に参考にされているのはアメリカとイギリスのようです。受験資格だけでなく、教育体制も。認知行動療法が医師がしたもの以外は認めない、となったのもこれに由来します。従ってご質問の答えは推してしかるべしと言うことになります。
     これらの国では、その資格が何のためにあるのか、が明記されていると思いますので、それを一度ご確認になるといいと思います。

  125. けろすけさん。

    ひこざえもんです。早速のご回答ありがとうございます。
    医師法17条違反に対しては、同法31条の罰則規定により処罰されると思っていたのですが、そうではなく、刑法によるのですね。全くの思い違いをしていました。こうしてお医者様から教えていただくと、やはり、にわか勉強ではどうにもならないことがよくわかります。ありがとうございます。

    教えていただいた3について、私の理解が追いついていかないところがあるのでご教授ください。私の知る限り、アメリカ(school psychologistなど、職域限定の例外あり)の州資格も、イギリスの国家資格も、博士が前提で、認知行動療法をはじめ心理療法・心理査定を実践できる資格だったと思います。ですので、けろすけさんは、厚労省も博士レベルの資格を求めていると認識しているという理解でよろしいでしょうか。そうだとすると「認知行動療法が医師がしたもの以外は認めない、となったのもこれに由来します」と書かれているのをどう捉えたらよいのかわからなかったもので….。

    なお、けろすけさんのアドバイスに従って、NHS careersのHPで紹介されている、clinical psychologistの仕事を見てみました。
    http://www.nhscareers.nhs.uk/explore-by-career/psychological-therapies/careers-in-psychological-therapies/psychologist/clinical-psychologist/
    心理的苦痛を軽減し心理的健康を促進・充実することを目的とする、か。なるほどなるほど。 精神疾患への心理査定、心理療法も、しっかり業務にあげられているんですね。
    こうした国家資格になるといいなあ。

    それにしても、厚労省の目指す方向がそうであるとしたら、なぜ、それに逆行するような大卒で受験OKなどという要望書を三団体は出したのか、不思議です。

    あるいは、どこかで私、勘違いしてしまったでしょうか。ずいぶん長い間、仕事こそしてはいるものの、呆けた日々を送っていたため、しばしば、へんてこな思い違いをしてしまいます。そうだとしたら教えていただけるとありがたいです。

  126. >臨床心理士の国家資格への移行を認めるなんて言うのは、法の公平性を保つ上で言語道断です。

    私もこれは同感です。
    国家資格創設の際には、あくまで一資格をもつ現職者(職についていれば)、として
    扱われるべきですね。

  127. 医師法違反は、医師法違反以外にも刑法に触れるものがほとんどになります。医師の業務内容を考えると当然ですが。。。例えば無診察で処方箋を交付して、その処方により重大な健康被害が患者に生じた場合、もちろん医師法違反はつきますし、それに加え業務上過失傷害罪、ないしは傷害罪が適応になります。で、ここからは詳しくないのですが、相殺とかいろいろな手続きが加わって、最終的な量刑が決まります。

    三団体は現状実現可能な案として出したんでしょうけど。。。
    それ自体は悪いことじゃないんですけど。。。

    ただ、この辺の話は裏話としてしか語れませんので。。。

    ちなみに医師がしたものしか認知行動療法として受け入れないと言うシステムになった背景には、「心理士」は現在質が担保されいない、と言うことがあるみたいです。ま、精神科医の質が担保されているのか?と言い始めると、キリがない話になりますが、とりあえず、一定の質は担保されているという法律上の理解の元で、更に一定の研修を受けている医師にのみ「認知行動療法」をしたと言うことがゆるされます。つまり「うつ病の認知行動療法ができる」と名乗る実質資格に近い権利を得るための「受験資格」が明確でかつ「教育体制」も明確になったので、それが認められた、そう理解していいと思います。しかし、法律上これは資格ではありません。あくまで保険診療上の規定です。

  128. 追記。認知行動療法の研修をするにあたって、「誰が」スーパーバイザーになれるのか、と言う点に関してはかなりけんけんがくがくの議論がなされました。「心理士」の資格を語るにあたって、この点の議論も避けられないと思います。

    前にも申し上げたとおり、「誰がそれを選定するのか。誰がその妥当な方法を提示できるのか」の問題ですね。

  129. ロテ職人注記:それってホントに民主的なの?と思ったり思わなかったり──東京版インフォームド・コンセントの会と実名限定掲示板 http://blog.rote.jp/2013/09/27-223005.php のコメント欄より転載いたしました

    あららさん

    あなたがどんな臨床をやっておられるかわかりませんが、臨床はあまくないですよ。イギリスであろうが日本であろうがクライエントは同じです。精神分析だけじゃなく、CBTなど他の介入をする専門家も博士号水準が国際基準です。残念なことに大半の臨床心理士は自分が出来ないこともわからないくらい出来ないという現実は私もよくわかっています。それは、日本のクライエントや子どもたちにとって大きな不幸です。あなたがそうでないことを祈ります。

  130. ロテ職人注記:それってホントに民主的なの?と思ったり思わなかったり──東京版インフォームド・コンセントの会と実名限定掲示板 http://blog.rote.jp/2013/09/27-223005.php のコメント欄より転載いたしました

    10年近く前の2資格1法案の時には、私はその案文を見て、「臨床心理士」と「医療心理士(師?)」と容易にくっつかないものがくっついている、「臨床」という言葉の動かし難さなど一見して、これは政治的芸術(苦笑)だと思いました。沈黙する他ないと。河合隼雄会長に任せておけばいいのだと。で実際沈黙していたわけです。この時に「医療提供施設委では医師の指示をうける」という条項が入っていたわけだが、それも政治的に見えました。こういう案を出しているのだから、われわれはそういうことは上のほう(?)に任せて、仕事や研究をしていればいいのだ思いました。これで時間ができたという感じだったのです。

    私は、臨床心理士には現任者経過措置で資格取得しました。それ以前は言語治療士をしていて、その中で臨床心理学に移行して行ったのです。フロイトが精神分析発見以前に失語症研究をしていたことはご存じでしょう。え? 精神分析はもう古くて時代遅れなのでそんなことは知らないし、意味ありませんと言うんですかね。当時は取得科目の証明と臨床心理学的実践の論文を出して通れば現任者枠で臨床心理士資格を取得できたわけです。その2~3年後に、養成の大学院のシステムができてきて、現任者経過措置は終了して臨床心理士は指定大学院を修了しないととれないことになった。この時、私は少々懸念を持ったわけです。大学院といえば、社会経験よりも卓上の勉強が好きで金がある人が行くところで、社会経験も臨床経験も乏しいのに、そういう人たちに臨床資格を与えていいのだろうかと。

    そうして私の先輩筋にあたる臨床心理士が、次々に、教育職に転身していきました。残念ながら私の懸念はあたったと言わなければなりません。臨床心理大学院というタコツボは今やお金をかけてそこに入って勉強して、そこを出れば臨床心理士になれるという行列の場所になったのです。例外は無論ありますが。

    日本人の行列好きは今に始まったことではないと思いますが、いい料理屋だから行列して順番を待っているのか、行列しているからきっといい料理なので自分たちも行列しようと思って行列しているのかちょっとわからないわけです。いずれにせよ、一度始まった行列は、売り切れとか閉店とかにならない限り誰も止められなくなる。開店前の行列となると、どれだけ長い間がまんして行列していたかということでエライとほめられるので、行列をすること自体に(誰にも文句を言わせない)価値が生じているのです。

    周回遅れ(平井正三さん)だからだめとか、2周遅れ(端行夫)はもっとだめとかいうけれども、それは、そういう人が現れるまでは、みな行列していて、もうすぐ○○が手に入ると思っていたのに、後から、外国のほうからとか、国内辺境からとか怪しげな有名無名の誰かがやって来て、これは危険な行列ですよとか、行列の意味について考えた方がいいですよとか、行列の先のお店はちょっと問題ありですよとか、言われると、事の真偽や話の妥当性の検討以前に、せっかく行列して待っていた自分たちの立場は軽視されたくない、「今さら」よけいなこと言わないでほしいという気分になるわけですね。この「今さら」の基準は、自分たちがとにかく行列してきた時間ということなわけです。

    行列する人の行列の根拠は、結局そのお店の評判ということでして、確からしい情報に基づくのです。この確からしいということい自体情報であって、自分で試したものではないのです。誰かが、国民のための資格制度なのだと言えば、国民のためなのだと思い、今回流れたら国民(議員さん、関連団体など)への裏切りとまで思っちゃうのです。情報の出しもとの意向を超えて、受け手がそれをまともに、受け止めて、そこに行列を作って行列感情を形成してしまうのです。精神分析はもう古い、時代錯誤だとか誰かが言うと、そこにまた行列ができて、「もう古い」と合唱するのです。このあたりの集団心理の機微は、エリアスカネッテイの『群衆と権力』に詳しいです。

    自分の思っていることを公的な場では言えないのだと言う臨床心理士さん、自分のクライエントになんと言っているのだろう。自分の思っていることを人に言えるようになれればいいねと、言ってるのじゃないんでしょうか。

    臨床心理士が群衆になっちゃうことこそが本来の問題なのかもしれません。

  131. ロテ職人注記:それってホントに民主的なの?と思ったり思わなかったり──東京版インフォームド・コンセントの会と実名限定掲示板 http://blog.rote.jp/2013/09/27-223005.php のコメント欄より転載いたしました

    端さま

    全く、同感です。ちなみに、私も、日本の行列現象は面白い、といろいろ考えたり、行列愛好家を自称したりしていました。

  132. ロテ職人注記:それってホントに民主的なの?と思ったり思わなかったり──東京版インフォームド・コンセントの会と実名限定掲示板 http://blog.rote.jp/2013/09/27-223005.php のコメント欄より転載いたしました

    何度も繰り返しますが。資格を作る目的がさっぱり見えない議論は意味が無い。「心理師」でも名称は何でもいいのだけど、結局その人が何をする人なのかが全然明確になってこない。
    「修士課程を出て、数年実践ととともに、きちんとした訓練を受け、論文も書いている」人は、いろいろいます。
    「心理師」なる人が、何をする人なのかわからないから、「実践」というのは何を実践すれば良いのか。「訓練」というのは何を訓練した人なのか、さっぱりわからない。
    修士をでて、論文も書いてるばりばりの営業職の人は「心理師」ですか?田母神さんは論文も書いてそれが理由で逆に職を失ってしまいましたが、これも「心理師」ですか?
    「何を」というのがちっとも明確にならない。「精神分析を」ですか?「認知行動療法を」ですか?「クライエントのQOLを上げることを」ですか?「クライエントが何となく良くなったような気がするからだらだらと何年も通い続けることを」ですか?
    前にも言いましたが、
    資格を作ることでクライエント、患者にどのような利益があるのか、と言うのが議論から抜け落ちています。

  133. けろすけさんへ

     このブログのコメント欄だけを読んで,心理師資格問題を理解するのは
    不可能だと私は思います。まず,ネット上でも読むことができる,『三団体要望書』
    をご覧になると良いと思います。疑問に思われている点の何割かは,そこに書かれているはずです。あなた個人への情報提供をしているような気がしてきますね。
     医師の立場からの,医師ならではのご発言,期待をしております。よろしくお願い申し上げます。
     

  134. 読んでますよ。もちろん。当然。だって、私3団体の構成員の1人ですもの。

    例えば要望書には
    「国民が安心して心理的アプローチを利用できるようにするには、国家資格によって裏付けられた一定の資質を備えた専門職が必要です」と書かれています。

    これはつまり「今は国民が安心して心理的アプローチを利用できない」と言うことを意味しています。

    わかります?
    心理的アプローチは一定危険な物であると言うのが共通理解なんですよ。

    国民の安心を勝ち取るための議論がここまでにありましたか?

    「精神療法は無害だから」医者の裁量なんていらない?じゃあ、はじめっから国民は安心して心理的アプローチを今利用できるでしょ?別に国家資格化なんていらないでしょ?

  135. けろすけさん

    あなたの論法がよくわかりませ。精神療法が有害であり得ることがなぜ医師の裁量の必要に直結するのですか?多くの医師は、精神療法の知識はほぼ皆無ですよね。そうした専門家がどのようにして安全性を確保する責任を担えるのでしょうか?
    精神療法の安全性は、しっかりとした精神療法の訓練を通じて高い専門性と倫理性を担保することが一番ではないですか?

  136. 話の途中に入る形になってすみません。
    以前話題に出ていた「法改正」について情報提供を。
    下記、厚労省のHPの
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000almx.html
    ずーっと下の方に
    「精神保健福祉士の養成の在り方等に関する検討会」の議事録があります。そこをみると、精神保健福祉士の場合の教育内容などなどの見直しがどのようにされてきたかよくわかります。
    なお、1回目の資料をみていると、この検討会の前に「精神保健福祉士制度の在り方に関する意見交換会」なるものもあり、そこで、日本精神保健福祉士協会等より提案があった
    要望事項についても、検討の際に考慮に入れられたようです。
    また、このHPのさらに下の方には、
    「指定試験機関・登録機関の改善に関する検討会(社会・援護局)」というのもあります。

  137. 平井さん
     「多くの医師は、精神療法の知識はほぼ皆無ですよね。」
    →法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない。勘違いしないでいただきたい。医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせている、とは法律上誰も認めていない。勘違いしないでいただきたい。だからこそ、新たな資格が必要なんですけどね。平井さん。あなたがお持ちなのは、法律上、精神療法の知識ではなく、心理学の知識であることをお忘れ無く。
     
     「しっかりとした精神療法の訓練を通じて高い専門性と倫理性を担保する」
    →だから何度も言っているように「誰が」訓練の指導者になるんですか?「誰が」高い専門性と倫理性を担保できるんですか?そう私は申し上げているのです。

    少なくとも精神療法が無害だなどと言いはなつ人には、その「誰が」になる資格はありません。

  138. 追記です。
    「精神療法が有害であり得ることがなぜ医師の裁量の必要に直結するのですか?」
    →医療法を読んで下さい。少なくとも医療機関で業務をする上では必ずこの法律に従わなくてはなりません。
     まぁ、教育関連の法律を全く読んでないスクールカウンセラーがあまりにも多くて辟易するのですが。
     例えば「不登校も個性だから別にいい」「病院にも行かなくていいし、学校にも来なくて良い」とか生徒に言ってみたり。明らかに学校教育法、教育基本法違反なんですけどね。
     明らかに資格化するとなるとそうは絶対に言えない。これも何度も申し上げたとおりです。

  139. けろすけさん

    あなたの理屈はわかりました。法律に書いてあること=事実なんですね。これは、概念上の混乱ですよ。法律は、事実を反映する必要がありますが、事実そのものと混同してはいけません。世間知らずのエリート裁判官みたいになります。法律は、したがって事実に合わせて常に改正を検討する必要性があるわけです。そのために日本国には、立法府があります。 これはあなたも示唆していることかもしれませんね。精神療法は医師にまかせず、その専門家に責任を委ねる、医師の指示条項はいらない、ということですね。そういう法案が、事実と矛盾しない、法律の事実になり、患者さんの安全はより保証される、と。そういう主張であれば全面的に同意します。
    あとは申し訳ないですが、仰っていることがよくわかりません。

  140. 平井正三さん

     で、医療法は読まれたのですか?
     
     

  141. このコメントはもう終わったと思っていたのですが、再開されていました。このような真摯な議論の場を保つようご尽力下さっている、ロテ職人さんに感謝です。ロテ職人さんはご自分の考えと異なる意見も、マナーが守られているものであれば書き込みの機会を与えてくださっている。だからここは、平井さんの仰る、民主主義的な議論が多く行われてきたと思いますし、これからもそう有り続ける可能性のある場だと思っています。

    けろすけさんは3団体の構成員の1人であるお医者さまなのですね。もっとも私も、3団体の中の推進連の心理臨床学会、臨床心理士会、等のいくつかの団体、また、推進協、諸学会連合のいくつかの団体の構成員である臨床心理士であるわけですが、けろすけさんもそういう意味で仰ってるのか、それとも3団体の会合に直接出られているような方なのかと考えていました。もし後者なら、そうした方も書きこまれている、このブログはますます凄いなあと。

    ところで、けろすけさんのご助言に従って、医療法を読んでみました。やはり私の探し方が悪いのでしょうか、「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」というのがどこに該当するのかよくわかりませんでした。あるいは医療法ではない他の法律なのでしょうか。上の二つがどの法律のどこに書いてあるのか教えていただけたらと思います。

    また、先に私が伺い確認させていただいたことについてのけろすけさんの答えが(私の思い過ごしかもしれないのですが)、今ひとつ歯切れが悪いような印象を受けてしまいました。「医師免許は医師法に精通していなければ取得できない」と明言されているけろすけさんに、再度確認させていただきます。医師法17条違反に対しては、同法31条の罰則規定により処罰されると思っていたのですが、そうではなく、刑法による、で間違いないのですね。
    ご回答、よろしくお願いいたします。

  142. 臨床心理士の仕事は、「医師がやるのでなければ危険な行為」ではないのであって「臨床心理士または同等以上の精神療法医はがやるのでなければ危険な行為(を含む)」ものであります。

    「医師がやるのでなければ危険な行為」というのは、医師がそれを治療的に行うのでなければ、刑法で処罰されるような障害とか殺人(安楽死)とかに類する身体への侵襲行為です。医師の業務はそういうものから成り立っていることはすぐわかるでしょう。

    こうした医行為が医師の独占業務として他に禁じられているのですが、臨床心理士の行為にそれに相当するものはありません。なので医師法とどういう関係になるかという議論以前に、本質的に医師法とは関係ないのです。これは心理業務に危険性がないということを言っているのではなく、「医師がやるのでなければ危険な行為」ではないと言っているだけです。
     
    医療関係職の法制定ということになると、医療警察的発想になりやすいのは、医師法がそもそも、通常なら傷害や殺人になるような行為を例外的に合法化したものであるからであり、医師免許なしにそうしたことをしている事例があれば、発見して処罰しなきゃならないからです。被害が出れば刑法で処罰されるわけです。なのでそういう職種や業務に療法としての妥当性があるならば、それを資格化して、本来は「医師がやるのでなければ危険な行為」だが、診療の補助業務として医師の指示下でやる場合にそれを許す(具体的には保健婦助産師看護師法を一部解除して、ということはつまり本来看護師にはできる!)という形になっているのが、今の医療関係職の国家資格なわけです。

    これがひどい矛盾を孕んでいるのは一目瞭然でして、心理士が医療機関で医師の指示を要するものとして国家資格を作ってくださいと要望すると、法的には自分たちは医師違反に相当する「医師がやるのでなければ危険な行為」をしているので、早く取り締まって診療補助業務にしてくださいとお願いしているような格好になるわけです。これがけろすけさんはじめ医師たちの待ち望むところでありまして、危険性があるなら医師の管理下で、ないならそもそも資格法制化は必要ないのだから認めませんよという(レ)トリックなわけです。

    (医師の指示条項に関する例外はあんま針灸マッサージ、柔道整復士などの東洋医学系です。彼らは「有資格者がやるのでなければ危険」と言える行為をしていますが、医師の指示でやっているのではありません。医師はそれらの業務をやれるわけではないので、心理士の場合と似ているところもあります。彼らが医療機関で働く場合にどういう扱いになるのか、ご存じの方がいれば教えてほしいですが、ここでは、そういう例外的な資格もあるということが重要です。)  

    診療の補助業務とされて規定される時には、その業務が実質的に医師ができるか否かに関わらずそう規定されるのです。だから心理士がそういう医師法の枠の中で資格化されると、「医師がやるのでなければ危険な行為」を医師の指示下でやるということになって、その責任者は医師ですといいうことなっちゃうわけです。医師がやれない業務なのに、指示監督権、それに養成教育権が手に入るというわけで、医師の既得権がいながらにして一つ増えることになるのです。

    このことと、医療法に立派に規定されるような、医療機関の管理責任者としての医師の権利義務の問題とは異なるのです。医療機関である限りそこを訪れる患者は患者であり傷病者であるのですから、そういう人達の安全確保がされなければならない。療法の指示、依頼、紹介、その他患者の処遇やその安全に関することには医師の責任が伴うことになります。だから、「臨床心理士または同等以上の精神療法医はがやるのでなければ危険な行為(を含む)」をやる心理士さんといえども、「医師でなければやるのが危険」な行為をやるのであって医療機関の責任体制と全く無関係にできるわけじゃあない。医師の業務や責任を尊重し、医師と連携してやらなければいけないということに当然なるわけで、その点は法文上に、連携義務として書かれることになるのです。そうした連携の義務の違反が生じたときには、基本的に心理士法違反になるのであって、医師法違反になるわけじゃあありません。場合によってはが医師の管理責任も問われることになるのかもしれませんが、それは資格法の在り方の問題とは無関係です。

      それならそういう心理士さんに誰が資格を与え。誰が監督するんですかということになると「臨床心理士または同等以上の精神療法医はがやるのでなければ危険な行為(を含む)」のであるから、当然臨床心理士またはそれと同等以上の精神療法医であり、そうした人々を中心に試験機関ができることになり、そこに医師も入るかもしれないが、基本的には経験知識ともに十分な当事者が中心でなければなりません。それを誰が認定するのかといえば、きりのない話になるのですが、監督官庁が当事者の意見を聞きながらそういう人選をすることになるのではないですかね。

     以上のようなきわめて当たり前なことを、医師団体や厚生労働省なり文部省なりがその妥当性を認めて、尊重し、臨床心理士をこの社会に必要な職種として育てていこうという意思と、そのための法整備やら調整をしようという気概がない限り、たとえ臨床心理士の下位資格といえどもまともな国家資格はできません。ここで気概というのは、既存の枠を超えるものを作らなければならないからであり、それをやろうとするとさまざまな関係者の既得権と衝突することになるからです。しかしそうした作る側(国家)の気概の有無まで、臨床心理士の責任ではありませんね。

     たとえば、上のような医師の指示条項のはずれた資格ができると、精神科医の地位は相対的に下がるわけです。なぜなら、他のパラメ職種は医師の指示かにあって、そうした医師たちは、パラメ職に対し指示命令権(教育権まで)持つのに、精神科医はもっとも身近な心理士に対して持たないことになる。むしろ実質的には心理士の意見を聞いて、仕事の中心的部分を進めていくことになる可能性が出てくるわけです。それまで殿様であった医師からするとプライドが危くなるわけです。なのでその資格化ということになると、何かと口をはさんで、医行為に相当するとかしないとか、「患者のために」「国民のために」医師の指示が必要だと言って奮闘してくださるということになるのですが、こういう医師側のやんちゃな動きがあるがために、まとまりそうなものもまとまらない側面もあるので、厚生労働省あたりからすると、かえって少々やっかいに思われているんじゃないでしょうか(苦笑)。

  143. 前便の訂正
    8段目の8行目、「「医師でなければやるのが危険」な行為をやるのであって」という文言は削除してお読みください。

  144. ひこざえもんさん
    「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」というのがどこに該当するのかよくわかりませんでした。
    →すみません。これは医療法だけで規定されるものではないです。まとめて書こうとしたのですが、分量が結構多くて難しいですね。
     医療法では、まず医療の定義が載っています。そして、医療の構成員、管理体制について載っています。心理士は残念ながら「法律上」この構成員には入っていません。つまり「医療」の担い手ではありません。医師法の第一条に載っているとおり、医師の役割も定められています。したがって精神療法は「治療としてその存在を認めるなら」その担い手は医師しかいないことになります。
     結局のところ「心理師」という資格を作るとしたら、この医療法上の「医療」の構成員を増やすと言うことになりますので、医療法の範疇に適応できる資格を作らなくてはいけません。これが、三団体要望書に「特に医療提供施設においては医師の指示を受けるものとする。」と記載された根拠になります。

    2段目の質問に対する答えは、前回同様ですが改めて書きますと。
    医師法17条違反をすると、もちろん医師法違反は適応になりますし、それに加え傷害罪が適応になります。で、ここからは詳しくないのですが、相殺とかいろいろな手続きが加わって、最終的な量刑が決まります。ここで大抵医師法違反は「刑法の規定に基づき」問われないことになります。この辺はさすがに私は詳しくありません。前の解説は17条違反じゃなかったのでわかりにくかったですね。申し訳ございません。

  145. 端 行夫さん

     だから、何度も言いますが、医療法を読んで下さい。
     それとも、医療法を改正しろとでも言うのですか?それは残念ながら誰も同意をしていませんよ。

  146. 修正

     今凡例を調べてたら、医師法17条違反の場合、医師法違反「刑法の規定に基づき」問われないことになります、と書きましたが、そんなことはないみたいですね。医師法違反は医師法違反で問われるみたいです。量刑自体はやはりいろいろな手続きが加わるみたいですが。

     間違った記載をしました。陳謝します。

  147. 修正2
     
     たびたびすみません。
     医師法17条違反の場合、医師法違反と傷害罪などの刑法が適応になるのは、前にも書いたとおりです。医師法違反も刑法も両方適応になることには変わりません。量刑の相殺の手続きを勘違いしていたみたいで、医師法違反そのものが相殺されるわけではなさそうです。

  148. けろすけさん
    医師法17条違反についてはやはり医師法で処罰されるのですね。疑問に思っていたことが解決しました。判例まで調べていただきありがとうございました。

    ところで、医療法では、医療の構成員は、「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手」と記載されているだけです。臨床検査技師、診療放射線技師、臨床工学士、精神保健福祉士などはその他の医療の担い手に含まれることになるのでしょうね。心理も、診療報酬に「臨床心理技術者」が明記されていることを考えると、その他の医療の担い手と考えられると思うのですが。違うでしょうか。

    けろすけさんも書かれているように、「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」ことは医療法だけで規定できるものではないようです。では、どこからそのように言えるのか。まとめて書こうとすると分量が結構多く難しいとのことですので、けろすけさんのお時間のあるときに、ぜひ、教えていただければと思います。ご多忙のところ恐縮ですが、できればそう遠くない将来に、伺うことができれば幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

  149. ひこざえもんさん

     ありがとうございます。まとめるのは難しいので、ひこざえもんさんとの間でQ&Aの形で小出しにできれば良いなと思っております。

    ①医療の担い手について
     医療法には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手」と書いてあります。その他の担い手についてはその他の職種の法律に記載されています。
     臨床検査技師等に関する法律:第1条
     診療放射線技師法:第1条
     臨床工学技士法:第1条
     理学療法士及び作業療法士法:第1条
     言語聴覚士法:第1条   などなど
    で。大事なのは、精神保健福祉士は病院にはいるけれども、医療の担い手ではありません。
     精神保健福祉士法:第1条
    この点、ひこざえもんさんは誤解されているようにお見受けします。
     「心理師」なるものはまだ法律には認められておりませんので、当然医療の担い手にはなりえません。

  150. ②診療報酬とは何か
     健康保険法76条第2項及び高齢者の医療の確保に関する法律第71条第1項の規定に基づき、厚生労働大臣の告示がなされ、それによって診療報酬が決まります。誤解しないようにしておかなければいけないのは、以下の点です。
     診療報酬の規定は告示によってなされるのであって、法律によってなされるのではない。実際毎年ころころ変わる。従ってここに記載があるからと言って精神療法の知識をその人が有していると法律上認められている訳ではないということですね。

    ③診療報酬における臨床心理技術者の扱い
     入院集団精神療法:精神科を担当する医師、及び1人以上の精神保健福祉士または臨床心理技術者「等」により構成される2人以上の者が行った場合に限り算定される。
     通院集団精神療法:精神科を担当する医師、及び1人以上の精神保健福祉士または臨床心理技術者「等」により構成される2人以上の者が行った場合に限り算定される。
     入院生活技能訓練療法:少なくとも1人は看護師、准看護師、作業療法士のいずれかとし、他の1人は精神保健福祉士、臨床心理技術者または看護補助者のいずれかとする。
     
     とあって、しばしば問題になるのは、臨床心理技術者って、誰やねん、と言うことです。実はこれに関しては明確な規定が実はないんですよね。極論をいえば。「誰でもいいんじゃないの?」と言うことです。いろいろな配慮の元、こうなってはいるのですが、これは、やはり問題だろうと思いますね。

     心理検査については、記述がちょっと違います。
     医師が自ら、または医師の指示により他の従事者が自施設において検査及び結果処理を行い、且つ、その結果に基づき医師が自ら結果を分析した場合にのみ算定する。
    あれ?「他の従事者」とぼかされてますね。
     いろいろ事情はあるのですが、実はこの表記の違いには意味があります。あるのですが、私がここで語れるたぐいのものではなくなるので伏せます。(というか、私見なのやら、裏話なのやら、全くのでたらめなのやら、リソースを明らかにできないので訳がわかんなくなります。)

    結論から言うと。
    あくまで法律上、ですが、
    「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」
    ことになります。

    と、とりあえずのところでまとめてみました。
    反証をいただければ、その反証を提示する形でお答えしたいと思います。

  151. けろすけさん、ご指摘、ありがとうございます。
    仰る通り、精神保健福祉士は医療法に組み込まれていないと捉えるのが妥当でした。
    医療の専門職ではなく、福祉の専門職故に、養成カリキュラムや国家試験の科目に医学系科目が少ないのでしたものね。
    もっともここに留まるのもなかなかたいへんなようで、最近は、医療法に組み込んでほしいという要望を、自らしているということもあったかと思います。医療法に組み込まれた資格を目指すか、心理の専門職を目指すか、国家資格化を考えていく上で考慮すべき重要なポイントの一つかもしれませんね。

    医師法、健康保険法と現在病院で勤務している(診療報酬上の)臨床心理技術者との関連について、次のような場合どうなるか考えてみるのも意味があるように思います。

    1.臨床心理技術者が50分の面接をし、精神科医師が35分の診察をした。そして、通院・訪  問精神療法(30分以上)を算定した。
    2.臨床心理技術者が50分の面接をし、精神科医師が8分の診察をした。そして、通院・訪問  精神療法(30分以上)を算定した。
    3.臨床心理技術者が50分の面接をし、精神科医師は本人にこの回は会わなかった。面接は毎  週、診察は隔週で行っていた。

    2,3は不正請求で、医師は行政処分の対象になりますよね。極端な話、保険医取り消しもありうるわけです(実際はこれ単独でという事例はこれまでにないようですが、合わせ技で取り消し、という事例はありますね)。では、面接を行った、臨床心理技術者はどうなるのでしょう。また、1の場合、面接を依頼(あるいは指示?)した医師は、それに応じて面接した臨床心理技術者はどうなるのでしょうか。全く問題なし、それとも問題あり?
    けろすけさんをはじめ、皆さんのお考えを聞かせていただければと思います。

    「結論から言うと」になぜたどりつくのか、けろすけさんのここまでの説明ではよくわからないというのが正直なところですが、「とりあえずのところ」でまとめられたとのこと。結論までの過程をこれから埋めていってくださるのではないかと期待しています。
    「診療報酬上、医師以外が精神療法を行うことはできない」なら、即、納得なのですが。

    また、次のように記載すると、これは法律的に正しい?誤り?
    「法律上、医師以外に心理療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が心理療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」

    これはどうでしょう。
    「法律上、医師以外に心理療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が医学の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」
    これが正だとすると、医学研究科の基礎医学の領域に医師でない教授がいらっしゃいますが(准教授以下になると、医師よりも多いところもあるかと思いますが)、こういった方々も、法律上は認められていないことになるかと思います。医学研究科の教授が医学の知識を持ち合わせていない、というのはなんだかへんてこなかんじもするのですが、「法律上」はそれでよろしいということでしょうか。

  152. 訂正です。
    通院・訪問精神療法→通院・在宅精神療法

  153. ひこざえもんさんへ
     
     レスポンスありがとうございます。
     話を前に進められそうです。

     さて。

    ①面接の扱い3パターンについては、一応解答を持ち合わせていますが、これをオープンにすると面白くないので、ひこざえもんさんの呼びかけに応え、しばらく伏せておきます。

    ②「精神療法」の「精神」のところにこだわられているようにお見受けするのですが、私が指摘しているのは「療法」の部分です。治療行為としてそれをなす以上、「法律上」それをできる知識を持っているのも医師のみと、現時点ではなります。

    ③ちなみに、医学研究科の教授が医学の知識を持ち合わせていないというのは、ありません。みんな医学博士です。医学博士でなければ医学部の教授にはなれません。多分。あれ?これって法律上の規定なのかな、募集要項の問題なのかな?すみません。もうちょっと調べてみます。
     で。医療と医学は全く別物だと考えて下さい。法律上。
     わかりやすく言うと、医療は厚生労働省の管轄です。医学は文部科学省の管轄です。そんなわけで、「法律上」医学研究科の教授が、「医療」の知識を持っていないことは、全く問題になりません。

     そんなわけで、しばらくみなさんのコメント待ちをします。

  154. 1.けろすけさんは「療法」という言葉がつけば医行為となると考えられているということでよろしいでしょうか。過去の医師法17条に関わる判例では「療法」がつけば、みな医業とみなされているという事実はあるのでしょうか。

    2.上述のことと関連しますが、けろすけさんの見解では、「法律上」、例えば、平木典子先生は家族療法の知識は持ち合わせていない、坂野雄二先生は認知行動療法の知識は持ち合わせていない、森谷寛之先生はコラージュ療法の知識を持ち合わせていない、松見淳子先生は行動療法の知識を持ち合わせていない、市井雅哉先生はEMIR療法の知識を持ち合わせていない、安島智子先生は遊戯療法の知識を持ち合わせていない(以下あげればきりがありませんが)、ということでよろしいでしょうか。

    3.医学研究科の教授はみんな医学博士、なのですか?ちょっとググってみてはいかがでしょう。

    4.けろすけさんの主張が変わってきたところがあります。これまでは、「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」でしたが、今回の記述では「法律上」それをできる知識を持っているのは医師のみ、となっています。どちらが、現在のけろすけさんの見解なのでしょうか。まあ、いずれにしても「心理療法は医行為である」と捉えられているように思われます。もしそうだとしたら、先の1とも関連しますが、その根拠はどこにあるのでしょう。

    5.「心理療法は医行為である」という認識は、お医者様達に概ね共通した認識とけろすけさんは考えられていますか。もしそうだとしたら、それを示す文書等、挙げていただけると、とてもありがたいです。

    よろしくお願いします。

  155. またまた打ち間違えによる訂正です。
    EMIR→EMDR。市井先生、ごめんなさい。

  156. ひこざえもんさん>

    1:前に何度も申し上げたとおり、「医行為」というものが何なのか、については「法律上」の規定はありません。「行政解釈」があるのみです。従って「医行為」であるのか否かについて、我々が議論することに何の意味もありません。それは行政が判断することです。

     で、法律上「療法」という言葉がつく以上、それは「医療」の範疇になります。「医療」と「医業」。紛らわしいですが、この言葉の扱いを間違えないで下さい。

    2:YES。少なくとも厚生労働省は本気でそう思っています。ですので、資格化が必要だと言うことなんですけどね。

    3:まだ調べ中ですが、どうもやっぱり法律上の規定ではないような気がしますね。

    4:何度も言いますが、「医行為」とは申しておりません。「医療」と申し上げているのです。

    5:ですので、心理療法が「医行為」なのかどうかは、我々が議論することではありません。これは行政解釈の話ですので、行政が判断し決定することです。
     

  157. けろすけさん。
    1.そうなのですか?法律上、「療法」がつく以上、それは「医療」の範疇になるって本当ですか?それは、どこに示されているのか教えていただけると助かります。

    2.うぁーっ、びっくり。とっても大胆なご意見、ありがとうございました。勉強になります。ところで、厚生労働省のどこの部局が本気でそう考えているかご存じだったら教えて下さい。
    私の知っている人は、そういうことを言っていなかったので。

    3.法律上の規程ではないようですよ。また、医学博士以外の医学研究科教授はもちろんいます。

    4.医療と医行為、よくわかりません。医療ではないが医行為である例、医療だが医行為ではない例を教えていただけると少しはわかるかもしれませんが。

    5.なるほど、行政判断に委ねるべきだと。ところで、七者懇の見解はお読みになったと思います。7者懇のお医者様の達は、行政が判断し決定することなどということははなく、しっかり医行為について言及されていました。けろすけさんはそういう精神科のお偉方の先生方の姿勢についてどう思われますか。

  158. ひこざえもんさん>

    1:医療法の第1条、第2条をまずお踏まえ下さい。
     例えば、細木数子が「占い療法」を名乗ったとして。
     それと坂野雄二先生の認知行動「療法」と、法律上何が扱いとして変わるのか。それを考えれば明白なことです。
     あるいは「グルコサミン療法」と法律上何が扱いとして変わるのか。まだ、今は「グルコサミン療法」の方が法律上の扱いが明白です。

    2:え、そんなに大胆ですか?これが大胆だと言うあなたの意見が正しいのだとすれば、資格化なんてはじめっから必要のないものだと思いますけど。
    「厚生労働省のどこの部局が本気でそう考えているかご存じだったら教えて下さい。」という点については、お知り合いが厚生労働省にいらっしゃるなら実際聞いてみられたらどうですか?お聞きになりたいのなら、先にあなたのご存じのその方がどこの部局の方かお教えいただくのが筋だと思いますがが、それはこの場で公開するのは甚だ不適切だと思います。
    それに、国家資格化して、あなたの挙げられた方々が無条件でその資格を取ると言うことであれば、それも国家資格としての体をなさないと思いますけど。

    3:なるほどですね。もうちょっと調べてみます。

    4:何度も言うように「医行為」の規定は法律にはないので、当然「医行為」でないものの規定も法律にはありません。で「医業」については、そうでないものは他の職種の国家資格に明記されているのでそれをご参照くださればいいのではないかと思います。

    5:仰っている意味がよくわからないのですが、、、
    行政解釈なので、当然行政はいろいろな政治的配慮の元で解釈を行いますから、その行政に意見を申し述べるものである七者懇の見解で、医師が意見を述べるのは当然のことだろうと思います。それをなぜあなたがいぶかしく思うのか理解できません。
    ここで議論することには意味はありません。ここでの議論は行政とは全く無関係ですから。

  159. けろすけさん、ひこざえもんさん、みなさん

    医行為については2005年に「緊ブロ」と言われたブログで以下のような議論がありました。
    http://kokoroshikaku.cocolog-nifty.com/kinkyu/2005/09/post_1d4e.html#comments
    当時、このブログ以外でもいろいろと本当に真剣な議論がありました。

    ちょうどそのころ、有名な厚労省解釈がありましたね。
    http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000g3ig-att/2r9852000000iiut.pdf

    私自身のブログは閉鎖状態で、以前の論議が読めなくなっています(すみません)が、当時の議論をご記憶の方はもしかすると覚えていてくださっているかと思います。2005年当時、私はこのことに関心を持ち、自分が個人開業している心理相談室のこととして、行政当局に電話をかけて、「私は臨床心理士ですが、相談室の名前をつけるときに心理療法と書いても大丈夫ですか。」と質問しました。その方の回答は、「現在、臨床心理士や心理の仕事をする人について、何らかの法律上の規定はありませんので、一切問題ありません。」要するに、自由にやってくださいということでした。「心理療法」「家族療法」「行動療法」などをやっているからと言って、医師法違反で処罰された心理職は今までひとりもいません。

  160. みなさん

    同じく医行為をめぐって、「緊ブロ」のこちらのエントリも引用しておきます。
    http://kokoroshikaku.cocolog-nifty.com/kinkyu/2005/08/post_203a.html

  161. つなでさん>

     仰るとおりです。
     現在、「心理療法」「家族療法」「行動療法」はもとより、「占い療法」をしているからと言って医師法違反で処罰された人はいません。「今は」。
     
     前々から思っているんですけど、ていうか、前にも言いましが、ここで議論している方々は「何のために」心理師を国家資格化しようと思っているのか、さっぱり見えません。「心理師」は何をする人だと規定しようというのか、さっぱり見えません。

     国家資格化すれば、当然その資格を持っていない人は心理業務をしてはいけなくなります。例えば、つなでさんは、廃業しなくてはいけないかも知れないわけです。

     そもそも、ここで議論している人は、自分がその国家資格を取得できる前提で語っている。それがそもそもおかしい。

     で、繰り返しますが、私は国家資格化推進派です。

  162. けろすけさん

    心理師資格現行案は、業務独占ではなく、名称独占と聞いています。
    つまり、心理師資格がなくても、心理業務ができるんじゃないですか。
    これは、日本臨床心理士会の法制化プロジェクトチームによる説明会でも
    確認済みです。ちなみに、法制化プロジェクトチームによれば、心理師資格が
    できても、既存の○○心理士資格の名称は名乗れるように
    する方向で動いていると言っていました。
    けろすけさんが誤っているのか、あるいは、法制化プロジェクトチーム
    の情報が誤っている?

    ちなみに、ここに書き込んでいる人たちは自分たちが資格を取得できる前提で
    話しているのはおかしい、というのは賛成しますね。

  163. つなでさん

    丁寧なご紹介とご説明、ありがとうございます。緊ブロ、ときどきお邪魔していました。本当に真摯な議論が行われていましたね。
    唐突ながら、河合先生が今の心理(特に臨床心理内部)の混乱ぶりを見たら、「なにやってんや!」と一括されるのではないかと思ってしまいました。この混乱は、河合先生へemotional cutoffとも捉えられるかなどとも。亡くなってからemotional cutoffが生じるってのも、凄い話ですが。
    今の混乱が、誠実な議論によって収まっていくことを切に願っています。

    けろすけさん 

    1.けろすけさんは、<法律上「療法」という言葉がつく以上、それは「医療」の範疇になりま  す。「医療」と「医業」。紛らわしいですが、この言葉の扱いを間違えないで下さい。>と  仰いました。一方、<例えば、細木数子が「占い療法」を名乗ったとして。それと坂野雄二  先生の認知行動「療法」と、法律上何が扱いとして変わるのか。それを考えれば明白なこと  です。>と仰っています。これ、矛盾していませんか。あるいは、法律上扱いは変わらす、  「占い療法」も医療であるということなのでしょうか。

    2.<前に何度も申し上げたとおり、「医行為」というものが何なのか、については「法律上」  の規定はありません。>
      私が問うていたのは、判例があるかということですよ。まあ、このことについては、つなで  さんが答えて下さいましたが(つなでさん、ありがとうございました)。

    3.私には、医療法第一条、二条を読んで、「占い療法」と「認知行動療法」が、法律上何が扱  いとして変わるかわかりませんでした。ぜひ、解説をお願いします。医療法第一条、第二条  を貼り付けておきますね。

    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
    第一条  この法律は、医療を受ける者による医療に関する適切な選択を支援するために必要な事項、医療の安全を確保するために必要な事項、病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項並びにこれらの施設の整備並びに医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を推進するために必要な事項を定めること等により、医療を受ける者の利益の保護及び良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図り、もつて国民の健康の保持に寄与することを目的とする。

    第一条の二  医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。
    2  医療は、国民自らの健康の保持増進のための努力を基礎として、医療を受ける者の意向を十分に尊重し、病院、診療所、介護老人保健施設、調剤を実施する薬局その他の医療を提供する施設(以下「医療提供施設」という。)、医療を受ける者の居宅等において、医療提供施設の機能(以下「医療機能」という。)に応じ効率的に、かつ、福祉サービスその他の関連するサービスとの有機的な連携を図りつつ提供されなければならない。

    第一条の三  国及び地方公共団体は、前条に規定する理念に基づき、国民に対し良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制が確保されるよう努めなければならない。

    第一条の四  医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、第一条の二に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない。
    2  医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。
    3  医療提供施設において診療に従事する医師及び歯科医師は、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介し、その診療に必要な限度において医療を受ける者の診療又は調剤に関する情報を他の医療提供施設において診療又は調剤に従事する医師若しくは歯科医師又は薬剤師に提供し、及びその他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
    4  病院又は診療所の管理者は、当該病院又は診療所を退院する患者が引き続き療養を必要とする場合には、保健医療サービス又は福祉サービスを提供する者との連携を図り、当該患者が適切な環境の下で療養を継続することができるよう配慮しなければならない。
    5  医療提供施設の開設者及び管理者は、医療技術の普及及び医療の効率的な提供に資するため、当該医療提供施設の建物又は設備を、当該医療提供施設に勤務しない医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手の診療、研究又は研修のために利用させるよう配慮しなければならない。

    第一条の五  この法律において、「病院」とは、医師又は歯科医師が、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であつて、二十人以上の患者を入院させるための施設を有するものをいう。病院は、傷病者が、科学的でかつ適正な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、かつ、運営されるものでなければならない。
    2  この法律において、「診療所」とは、医師又は歯科医師が、公衆又は特定多数人のため医業又は歯科医業を行う場所であつて、患者を入院させるための施設を有しないもの又は十九人以下の患者を入院させるための施設を有するものをいう。

    第一条の六  この法律において、「介護老人保健施設」とは、介護保険法 (平成九年法律第百二十三号)の規定による介護老人保健施設をいう。

    第二条  この法律において、「助産所」とは、助産師が公衆又は特定多数人のためその業務(病院又は診療所において行うものを除く。)を行う場所をいう。
    2  助産所は、妊婦、産婦又はじよく婦十人以上の入所施設を有してはならない。
    @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

    4.社会・福祉局障害保健福祉部の方は、「心理学的行為と医行為の整理が難しい」とは言って  いましたが、それ以上、けろすけさんの仰るようなことは微塵も話してませんでしたよ。ち  なみに、個人名をあげるわけではないし、何が甚だ不適切なのかよくわかりません。

    5.「知識を持つ」ことを法で規制できると本当にお考えなのですか。どこの国のどこの時代だ  と問うてみたいくらいです。

    6.<それに、国家資格化して、あなたの挙げられた方々が無条件でその資格を取ると言うこと  であれば、それも国家資格としての体をなさないと思いますけど。>
      先に述べた方々が、無条件でその資格を取れるなどと私言いましたか??

    7.行政に意見を述べるのは、心理も同じわけですので、ここで意見交換するのが無駄だという  ロジックがわかりません。

    8.<国家資格化すれば、当然その資格を持っていない人は心理業務をしてはいけなくなりま   す。>
      これは業務独占の表現ですよ。それとも、けろすけさんは、業務独占資格となるとお考えな  のですか?

    9.<ここで議論している人は、自分がその国家資格を取得できる前提で語っている。>
      なぜ、そんなことが言えるのですか。少なくとも私は、国家資格化がなされた際には、受験  しなければならないこと、そのための勉強がたいへんであろうこと、不合格になるとみっと  もないなあと思いつつ、でも、頭が相当劣化しているのでその可能性も否定できないこと、  を十分承知していますし、ここで議論されている方の多くもそうであろうと思っています   けど。あ、頭の劣化は私だけかもですが。

  164. まあなんだ、まともに上手にセラピーで来たら、どうなろうが食いっぱぐれねえよ~
    臨床心理士とやらには、それができないだけで

  165. ひこざえもんさん>

     3と9だけ。

     「占い療法」と認知行動「療法」の法律上の扱いの違いがわからない。それを理解されているのであれば、細木数子が認知行動「療法」を名乗っても法律上何の問題も無いことはご理解いただけますよね?
     これが理解できるのであれば、坂野雄二先生が認知行動「療法」を名乗ることと、細木数子が認知行動「療法」を名乗ることの違いが法律上存在しないことは理解いただけますね?さて、となると、坂野雄二先生は本当に認知行動療法をされているんですかね?法律上の話ですよ。

     9.失礼ですが、受験資格をどうするかと言うこともまだ議論の途中で結論が出ていません。はっきり言いますが、受験できるという前提すらおかしい。
     
    standridgeさん>
     名称独占と業務独占の区別は法律上大事ですが、先の話じゃないですけど、「名称」って何でしょう。細木数子は認知行動療法を名乗ることは、多分、許されなくなると思いますよね。じゃ、占い「療法」はどうなるんですかね。何がだめで、何がダメでない状況になるんですかね。実は実務上はこの区別はあるようでないようで、なんですよね。

  166. けろすけさん
    >9.失礼ですが、受験資格をどうするかと言うこともまだ議論の途中で結論が
    >出ていません。は
    >っきり言いますが、受験できるという前提すらおかしい。

    ということなんですね。僕もそうなんだろうと思ってましたよ。
    でもね、日本臨床心理士会は医療関連団体である精神科七者懇談会の見解を受けて
    資格問題の諸情報・電子速報版No.13に、このように書いてるんですよ。

    ⑤現任者、有資格者は<経過措置>の対象となる。国家資格法
    制化後に新規に大学に入学する人の場合は、受験資格は心理学を
    修めての学部卒+大学院修了を基本とするが、心理学を修めての
    学部卒+数年間の実務経験のものも受験できる。

    ちなみに、心理臨床学会では、グランドファザリングプログラム
    (現任者は、試験なしとか、軽くするとかの臨時措置のこと)が適用
    されるかもしれないなどという説明があったようです(もちろん、適用
    されるかどうかはわからないという注釈つきで)。

    こういう情報が日本臨床心理士会から流れているんで、
    臨床心理士のみなさんは、受験資格が得られる、しかも、試験が一部免除される
    という形で、と思ってるんです。臨床心理士が勝手な思い込みをしている
    わけではないです。

  167. Strandridgeさん>

     解説ありがとうございます。
     でしょ?日本臨床心理士会がそういうニュースを流したのは存じておりますが、これには絶対反対です。臨床心理士という民間資格だけで優遇されるというのは法の公正を保つ上であり得ないことです。これは前にも申し上げたとおりです。ちゃんと注釈がついているのでほっとした次第です。
     でも、ホントに認められるのだとすればぞっとします。

  168. standridgeさん>
     追記です。
     
     現任者の定義もあやふやですよね。
     例えば「心理学」の大学教官は現任者なんですかね?教育職と心理職は意味が違う、というのは、ひこざえもんさんも説明されていましたよね。
     週に1回だけ非常勤で勤めている場合は現任者なんですかね?
     これが現任者だとしたら、月に1回は?年に1回は?
     有資格者の定義もあやふやですよね。
     私はとある心理療法に関わる認定資格を持っていますが、この資格を持って受験資格を語ろうとは全く思いませんけど。
     そんなわけで臨床心理士の方々がどうしてこんな思い違いをしているのか、甚だ謎なわけです。

  169. すちゃらかCPさん

    <まあなんだ、まともに上手にセラピーで来たら、どうなろうが食いっぱぐれねえよ~>
    その通り!
    <臨床心理士とやらには、それができないだけで>
    うーん。全ての臨床心理士とやらはそれができないわけではないと思いますが、いや、ないですが、残念ながらすちゃらかCPさんの仰るような方も、身内びいきで見てもいることが、悲しい現実ではあります。

    けろすけさん

    見解が一致し、また、けろすけさんに気づかせていただいた9から書くことにします。
    けろすけさんの仰る通り、心理職の国家資格化の際に、臨床心理士のみが優遇されるなんてことはありえないし、経過措置があるかどうかも不確定です。ですから、どのような資格をお持ちであれ、学部、大学院とも心理学を専攻されてない方は、受験資格があるかどうか希望的観測しか持てないと考えたほうがよいでしょう。
    で、ここから先が、けろすけさんに気づかせていただいたところなのですが、けろすけさんの指摘があるまで、学部、院とも心理学を専攻していたら全く問題なく受験資格があると思っていました。でも、例えば、学士(心理学・あるいは心理学の名前が含まれもの)、修士(心理学・あるいは心理学の名前が含まれるもの)のみ受験を認めるとなる可能性もあるわけですものね。九大の専門職学位課程以外に心理学の名前がつく学位を出している旧帝大はなかったかと思うので(ちょっと不確かです。違ったらごめんなさい)、そうなる可能性は少ない気もしているのですが・・・。でも、受験資格をどうするかについては決まっていない、だから、受験できるかどうかもわからないというのは、仰る通りです。皆さんが書かれてきたように、より多くの医学系科目の履修が求められるという可能性もあるでしょうし。
    医師の先生方の中には、せっかく国家資格化するなら難易度の高い資格にというご意見もあると伺っています。受験者がどんな母集団になるかにもよりますが、受験資格でかなり制限され、かつ合格率10%以下の国家試験(10%以下の国家試験も稀とはいえませんものね)となったら、合格する自信はあまりないなあ。

    教育職と心理職の意味が違うということを私は述べていませんが??
    この際、私見を述べるなら、教育職と心理職はもちろん違うし、仮に経過措置が設けられることになった場合、例えば専門学校・大学・大学院で講義を担当しているとか、小・中学校、高等学校で教育相談をしている等を現任者として経過措置の対象として含めるのはいかがなものかと思います。大学院で臨床指導をしている、うーん、微妙ですが、個人的にはどちらかと言えば×よりですね。心理は、査定と面接ができてなんぼのものだと思ってますので。

    さて、3について。
    <「占い療法」と認知行動「療法」の法律上の扱いの違いがわからない。それを理解されているのであれば、細木数子が認知行動「療法」を名乗っても法律上何の問題も無いことはご理解いただけますよね?>
    →坂野雄二先生が認知行動「療法」を名乗って法律上何の問題も無い、という前提のもとであれば理解できます。
    <これが理解できるのであれば、坂野雄二先生が認知行動「療法」を名乗ることと、細木数子が認知行動「療法」を名乗ることの違いが法律上存在しないことは理解いただけますね?>
    →これも理解できます。正確にいうなら、細木数子さんが「占い療法」を名乗っても法律上何の問題もないという前提の下にですが。蛇足ながら、これまでの前提であれば、当然、坂野雄二先生が「占い療法」を名乗っても法律上何の問題もないわけです。坂野先生の「占い療法」、ちょっと受けてみたいような、受けてみたくないような・・・。
    <さて、となると、坂野雄二先生は本当に認知行動療法をされているんですかね?法律上の話ですよ。?>
    →この設問は、全く理解できません。もう少し筋道を立てて教えていただけるとわかるかもしれないのですが。また、<医療法の第一条、第二条をまずお踏まえ下さい>とのことでしたので、踏まえた説明をしていただけるとありがたいです。

    また、改めて問います。<「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」>とのことですが、法律は、ある者が、「知識」を持ち合わせているかどうか言及できるものなのですか。
    民主主義国家で法律が個人の「知識」について言及するとはにわかには信じがたいのですが、でも、私の思い至らぬ点も多々あることと思います。ぜひ、ご教授下さい!

  170. 訂正

     167で日本臨床心理士会と書いたのは間違いで心理臨床学会が正しいです。ごっちゃにしてはいけないですね。すみませんでした。

  171. 話の流れから横道にそれてしまうかもしれませんが…
    平井先生始め有志の会の皆さんが、学部で心理学を修めていない人の集まりということはないですよね?
    他学部卒で心理学を修めていなくても臨床心理士にはなれますからね。
    そしてこれから新資格の受験資格の要件に、まずあてはまりそうにもない。
    もしそうなら話が変わってきますね。

    学部で心理学を修めていなくても、後日、日本心理学会認定心理士になれれば、他学部出身でも心理学を修めていると認めてもらえる可能性はありそうですか?
    どなたかお考えをお聞かせください。

  172. ひこざえもんさんには後ほどお答えすることにします。

    りりさんへ>
     
     「心理学を修める」ことの定義の問題だと思うんですが、 
     例えば私は大学で臨床心理学を履修し、単位取得しています。しかしこれをもって「心理学を修めている」と判断されるのは非常に違和感があります。
     日本心理学会認定心理士をWikiってみました。
     「認定心理士は心理学の基礎資格であり、職能の資格ではない。あくまでも大学で心理学を学んだという証明である。従ってこの資格は、大学院課程修了を基本要件とする「臨床心理士」資格や、大学院課程修了を一部要件とする「学校心理士」「臨床発達心理士」のように、高度な専門性を担保し、その知識と技術を保証するものではない。」
     ん?
     日本心理学会のHPを見てみました。
     「日本心理学会認定心理士とは大学における心理学関係の学科名が学際性を帯びてきて,必ずしも「心理学」という,直接的名称が使われていない場合が多いことから,心理学の専門家として仕事をするために必要な,最小限の標準的基礎学力と技能を修得している,と日本心理学会が認定した人のことです。」
     んん?

     いろいろと疑問が出てきます。

     ただ、「学校教育法により定められた大学、または大学院における心理学専攻、教育心理学専攻、または心理学関連専攻の学科において、別表に掲げる科目を履修し、必要単位を修得し、卒業または修了した者、および、それと同等以上の学力を有すると認められた者。ただし、該当する大学を卒業していない場合、別の大学を卒業し、その後課程を設置する大学で単位のみを取得した場合(科目等履修ないしは単位取得満期)でも、申請することは可能だが、日本心理学会ではその場合の申請方法の違いについては明示していないため、事前問い合わせが必要となる場合がある。」
     という記載がありますので、単純にこれだけではダメ、ともいいきれない気がしますが、、、

  173. みなさま

    大変レベルの高い議論が行われていて、感心しながら拝見しております。
    みなさん、それぞれの立場から、専門家として、自らの専門性について
    語っておられることに感心しています。
    特に、端さん、ひこざえもんさん、けろすけさんの議論は、大変勉強になります。
    当初は、「このままだと臨床心理士はじり貧だから国家資格が必要なのだ」と
    おっしゃる方がおられて、心情としては理解できても、それを国家資格が必要な
    理由だと堂々と言明される方が多く、同じ専門家として、情けない気持ちでありました。

    ところで、
    今日知ったのですが、精神科七者懇談会の新しい見解が9月24日付けで公表されています。
    けろすけさんも、現資格案を推進されている医師の方なので、ご存じでしたでしょうか。
    https://www.jspn.or.jp/activity/opinion/2013/20131018_national_certification.pdf
    こちらを見ると、前回からほとんど変わっていないように見えて、変っている
    ところがあります。
    それは、1の部分、前回は「心理相談等の多くは医行為に含まれるので医師の指示を
    受けることとする」という文言が
    「医療分野における心理的行為の多くは 、医師が行うべき診療等の医行為に含まれる
    ので医師の指示を受けなければならない」
    と、かなり明確(心理的行為は医師が行うべき診療等の医行為)かつ、
    断定的な表現(受けなければならない)になっています。

    そこで、けろすけさんに質問です(けろすけさんばかりに質問が集中してすみません)。
    これは、心理師は、診療補助職として七者懇談会はみなしている、ということを
    表明しているように見えるのですが、いかがでしょうか。
    医師が行うべき診療を、医師の指示を受けて行う=診療補助、ということです。
    また、個人的には、このタイミングで、再度、七者懇談会が、見解を発表したことに
    「何でなのかな」と思います。
    あと、すいしんはさんは最近書き込みをされていません。推進派の方たちは、
    臨床心理士は移行措置の対象となるとおっしゃっていますが、けろすけさん、
    医療の方はそういう認識ではいらっしゃらないようですが。
    ぜひ見解をお聞かせ願いたく存じます。

  174. ひこざえもんさんへ>

     お待たせしました。

    ①坂野雄二先生は、法律上、本当に認知行動療法をやっているのか。
     これについては、細木数子は、法律上、認知行動療法をやっているのか、と言う設問を考えればわかりやすいと思います。答えは「やっているとも、いないとも言えない」です。「そんなこと知ったことではない」という言い方をするとわかりやすいと思います。
     例えば細木数子が認知行動療法をやっていると言って、顧客を取って、その顧客が詐欺だと訴えた場合、詐欺罪には問われるのか問われないのか。例えば細木数子が「私は認知行動療法関連の書物を100冊以上読んでいて、精通している」と訴えた場合、どうなるのか。これは、かなりびみょーな議論が司法で繰り広げられることになるでしょう。
     この問題は心理師の専門性を語る上でものすごく大事な問題だと思います。
     突拍子のない例えだとお思いですか?実際厚生労働省が認知行動療法研修事業を開催するにあたって、そのスーパーバイザーに誰がなれるのかと言うことに関してけんけんがくがくの議論が行われたことは前にも述べたとおりです。そして、これは行政解釈の話になりますが、坂野雄二先生はスーパーバイザーになられているのでしょうか?もちろん、なっていないとしても、なる権利が与えられなかったのか、辞退されたのかについては想像にお任せする以外にはないのですけど。

  175.  もとい。行政解釈の話ですらありませんでした。法律上、厚生労働省から依託を受けた事業所が、厚生労働省で厚生労働省の立ち会いの下で開催した会議での議論でした。すみません。訂正します。
     あと、私がその会議に出席していたとは私は一言も言っていませんのであしからずです。この会議の具体的な内容については私は存じ上げません。この点ご理解下さい。

  176. 続きます。

    ②「法律上、医師以外に精神療法の知識は誰も持ち合わせていない」「医師以外の者が精神療法の知識を持ち合わせているとは法律上誰も認めていない」>とのことですが、法律は、ある者が、「知識」を持ち合わせているかどうか言及できるものなのですか。
     
     憲法で「学問の自由」が定められており、「知識」を得ることを制限されることはあってはならないことですが、法律は、ある者が、「知識」を持ち合わせているかどうか言及できるのかというと、これは明確にYes、です。国家資格とそれにまつわる法律がそれそのものです。

     医師法にはこのように書かれています。
    第6条 免許は、医師国家試験に合格した者の申請により、医籍に登録することによつて行う。
     つまり、医師国家資格試験に通るだけの「知識」が無い限り、医師になることはできません。つまり、国家試験に合格していない人は、「医師になるに足る知識が無い人」と判断されます。「医師になるだけの知識はあるけど、受けていないだけ」というのはただの戯言です。受験していない人は、「医師になるに足る知識があると主張する意思すら無い人」なので、「医師になるだけの知識はあるけど、受けていないだけ」と主張すること自体が、法律上矛盾があります。
     心理師資格ができれば、国家試験に合格しない人は「心理師になるに足る知識が無い人」と判断されます。

     さて、医師法にはこのような記載もあります。
    第9条 医師国家試験は、臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して、医師として具有すべき知識及び技能について、これを行う。

     ここでも知識について問うことの言及がありますね。

    第11条 医師国家試験は、左の各号の一に該当する者でなければ、これを受けることができない。
    1.学校教育法(昭和22年法律第26号)に基づく大学(以下単に「大学」という。)において、医学の正規の課程を修めて卒業した者
    2.医師国家試験予備試験に合格した者で、合格した後1年以上の診療及び公衆衛生に関する実地修練を経たもの
    3.外国の医学校を卒業し、又は外国で医師免許を得た者で、厚生労働大臣が前2号に掲げる者と同等以上の学力及び技能を有し、且つ、適当と認定したもの

    つまり、受験する前には適切な「教育」を受けていなければならない、と言う規定です。

     「教育」と「知識」これが国家資格を成り立たせる必要条件と考えて良いでしょう。

     そして、心理師にはこれを担保する法律は存在しない。それが現状です。つまり、適切な「教育」を受けている心理師も、適切な「知識」を有している心理師も、法律上現時点では1人もいない、と言うのが現時点での法律上の解釈になります。これは大問題です。早急に「心理師」の資格を作る必要があると、私は思います。

     さて医療法に目を向けてみましょう。
    第1条の2 医療は、生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨とし、医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係に基づき、及び医療を受ける者の心身の状況に応じて行われるとともに、その内容は、単に治療のみならず、疾病の予防のための措置及びリハビリテーションを含む良質かつ適切なものでなければならない。

     つまり医療とは「治療」と「予防」、「リハビリテーション」などによって成り立つと言うことですね。少なくとも「治療」である以上、それは「医療」の範疇になります。民間療法がいくつもありますが、これらは法律上「治療」とは認められていないことになります。「療法」という言葉に名称独占は与えられていないのでこれはOKです。サプリメントに関しては詳しくないですけど、食品関連の法律で規定されていたはずです。「精神療法」「心理療法」に関しては法律上の規定がありません。行政解釈の一つである、保険点数表の中に収載されているだけです。現時点では保険点数表に収載されている精神療法、心理療法以外に、法的に「治療」として認められているものはありません。「治療」とは認めない代わり、ま、好きにすれば、と言うのが今の行政の対応です。

     つまり、精神療法の知識を持ち合わせている人というのは法律上存在せず、強いて言うなら医師?と言うことになります。

     さて、医師法にはこのような記載があります。

    第1条 医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。

     つまり、法律的に「精神療法」「心理療法」を「治療」として認めさせて、病院で施行して行く以上、つまり「医療」としてやっていく以上、法律上医師の支配から逃れるすべはありません。
     
     これを不服とするなら、心理師の資格問題だけではなく、医療法と医師法の改正が必要になります。しかし、今のところ、これに同意をしている人はいません。

  177. りりさんへの追記

     追記させて下さい。すみません。

     日本心理学会認定心理士を持っていればOKとするかどうかに関しては、私は明確に反対です。そうしたら、日本心理学会認定心理士をとろうとする人が増えるのは明確ですし、それは日本心理学会が大喜びするでしょう。法の公正を保つ上で、これもあり得ないことです。多分刑法に引っかかるんじゃないでしょうか。
     ただ、いついつの期日までと言うのが明確になっているのならば別ですけど。。。
     

  178. standridgeさん>

     自分の書き込みばかりを気にしていて、ご質問を見落としていました。ただ、先ほどの医療法、医師法の説明をご覧頂ければ、7者懇談会の見解に対する私の考えは推測できると思います。7者懇談会は本気で「心理師」資格を作ろうとしていますので。

  179. 「医師の指示」は外せる 1
    言語聴覚士法に関連して
    長いので2つに分けます。
    医療法は医療に関して医師の管轄を定め医師の責任を規定しているといえますが、それと関係職種の資格法における医師の指示とは別問題です。
    現に言語聴覚士法(1997年)は、第一条でもって「医療の普及及び向上に寄与することを目的とする」とあり、医療法にいう医療従事者にあたることを示していますが、第二条で言語聴覚士を定義して「言語聴覚士の名称を用いて、音声機能、言語機能又は聴覚に障害のある者についてその機能の維持向上を図るため、言語訓練その他の訓練、これに必要な検査及び助言、指導その他の援助を行うことを業とする者」と規定し、そこに「医師の指示を受けて」という記載はありません。つまり言語聴覚士の存在は医師の指示下にあるのではなく、福祉や教育の分野にも存在しえて独自に業務ができる(それぞれの領域で関連法規に拘束されるのは当然ですが)し、開業もできるのだということを法的に示しているのです。
    なので現に言語聴覚士として開業している人もいます。この点で、理学療法士作業療法士法(1965年)においては、職種の定義に「医師の指示を受けて~の業をする者をいう」と規定され「診療補助職」であるのと大きく異なるのです。PT、OPは医師の指示がないところでは、つまり医療機関でなければPT、OTとしては働けないのですが、STは基本どこででも働けるのです。つまり言語聴覚士法は「汎用資格」の一例なのです。
    職種の定義がはずれたことの影響は、現任者経過措置にも現れます。つまり医療で現にやってきた人たちだけでなく、福祉(福祉センターなど)や教育(いわゆる言葉の教室などで専門的にやってきた教師や、聾学校教員など)など、医師の指示のないところで言語や聴覚に関わってきた人にも、希望者には受験資格が与えられたのです。みなが受けたかどうかは別問題ですが。
    ちなみに(脅かす人もいて)皆さんご心配の現任者経過措置ですが、言語聴覚士法の場合、法付則第3条で特例措置として、「この法律の施行の際現に病院、診療所その他厚生省令で定める施設において適法に第二条に規定する業務を業として行っている者その他その者に準ずるものとして厚生労働省令で定める者(福祉施設、学校が含められたようです)で、次の各号のいずれにも該当するに至ったもの」とされ法の施行後5年は、受験資格が与えられたのです。その各号とは、「一 厚生労働大臣が指定した講習会の課程を修了した者 二 病院、診療所その他厚生労働省令で定める施設において、適法に第二条に規定する業務を五年以上業として行った者」です。つまり、相当する業を行ってきた実績を書類で示すことができることと、講習会に参加すること(確か各地で2週間の講習会を3回やったらしい)でありまして、大学大学院で何学部を出たとか、何を履修したかは全然関係ありません。
    もし心理士資格制度ができたとして、その時にも、現任者経過措置には、特段の理由がない限りこうした一般的な条項が適用されるだろうし、現任者に(受験資格の上で)不利がないようにするというのが日本国の役所のスタンスです。
    試験に受かるかどうかは別問題ですが、これも(脅かす人もいて)皆さんご心配なようですが、ひこざえもんさんや私のような年寄りはともかく、受験戦争を勝ち抜いてきた若い臨床心理士諸君が落ちることは、まずありません。5年の内に一回受かればいいのです。こんなことさえも安心材料として、なぜ日本臨床心理士会は会員向けに情報として流さないのだろうか、不思議に思います。おかげで私ごときが書かなきゃいけない、、、。資格問題はよほど難航してるんですかねえ。
    というわけで言語聴覚士法は、資格法からは医師の指示という文言は消えていて、この点PSW法に類似します。しかし、第一条に「医療の増進を目的に」という一句が入っています。入ってはいるけれど、指示条項はないのです。だから「けろすさん」の指摘とは異なり、医療機関において医療従事者であるとみなされることができたとしても、資格法に指示条項を入れないことは可能なのです。
    このような言語聴覚士法が制定されるに至った長い経過については、それ自体を研究論文にした人もいるくらいで(言語聴覚士における国家資格制定過程一「ことばの管轄権Jをめぐって一一PDF)、まあ興味深い過程だったわけです。心理士の当面する問題と酷似した状況が述べられていますので(違う点も勿論ありますが)ご覧ください。診療補助職を免れた点については当事者が相当な努力をしなければ可能にならなかったことではありますが、在宅医療、訪問看護、訪問リハビリ、訪問介護時代を迎えての厚生労働省の側の「医師の指示」問題へのスタンスの変化もあります。いまや看護、PT、OTも、「医師の指示」条項はそうした現場では足かせなのです。
    法律というのは実態に合わせて間尺を整えればいいのであって、既成の法やその解釈に、實態に反してまでも、しがみつき、無茶な解釈を喧伝する必要はないのです。それまで法によって守られてきた既得権益の持ち主たちが、変化に頑強に抵抗するのです。そういう人たちの中には、法律から存在を見る人達というのがいまして、死体を前にして、みなが死んだと理解しているのに死亡診断書がない限り死んだという事実を認めないような人達ですね。
    言語聴覚士法で、「医療を増進する」という目的と職種の定義に「医師の指示」条項がないという旧来的には一見矛盾しているといいたくなりそうなことを、厚生労働省は、矛盾ではないとみなしたのです。つまり医療法は、「医師の指示」条項を必然化しないのです。「医師の指示」を外すのに医療法を改正する必要はないのです。

  180. 「医師の指示」は外せる 2
    言語聴覚士法―特に嚥下訓練条項に関連して

    しかし言語聴覚士法には他に当事者を困惑させた大問題があります。職種の定義に、「音声機能、言語機能又は聴覚に障害のある者についてその機能の維持向上を図るため、言語訓練その他の訓練、これに必要な検査及び助言、指導その他の援助を行うことを業とする」と書きながら、奇妙なことに「業務」の項目第42条には、いきなり「保健師助産師看護師法の規定にかかわらず、診療の補助として、医師又は歯科医師の指示の下に、嚥下訓練、人工内耳の調整その他厚生労働省令で定める行為を行うことを業とすることができる」と書くのみなのです。「業務」の項では後は43条に「連携義務jとして、医師歯科医師と連携すること、主治医がいたらその指導を受けること、福祉関係者と連携することが記されるのみです。
    嚥下訓練などは、人体に直接接したり、侵入したりする行為なので医師法、保健師助産師看護師法とのからみでそういう規定になっているわけなのです。それらが「業務」の項目に唐突に入っていて、職種の定義に示されたような本来の業務については何も書かれていないというのも、他の資格法にはない、奇妙なことです。そしてそれらがSTの定義に記された業務の目的との関係については何も述べられておらず、誰に対して何のためにやるのかが不明なのです。付帯的に可能な業務として、可能とされたのだと読めないことはないのです。そして現在成人のリハビリ関連領域では、この規定が文字通り一人歩きして、嚥下困難のある患者一般に、STの「嚥下訓練」が行われ、これがSTの主要業務として点数を稼ぐという本末転倒なことが行われているのです。STは「音声機能、言語機能又は聴覚に障害のある者についてその機能の維持向上を図るため」に仕事すると定義されているのに、その定義を無視して、こうしたことが行われているのです。
    これらは、当時のST当事者が法案として合意した段階の案文では、言語訓練のために(前段階として必要な)「嚥下訓練」については、患者の口腔に侵入し危険性があるので例外的に診療補助業務としてやることになっていたものが、実際の法文では、目的が消えて、嚥下困難患者一般に拡大されてSTの業務とされてしまったのです。当事者の知らないところで、どういう経緯でこういう「業務」に関する法文が作成されたか、様々な憶測が可能です。
    このことも、法文というものが論理よりも、その時点での、関係者の利害や力関係、医療情勢や、政策を反映するものであることを物語るものです。
    ちなみにSTの資格法成立以前のアイデンティティを持った人たちは、このことに困惑していますが、資格法ができた後にSTになった若い人達に抵抗はなく、医療専門学校を出てきた人達はむしろ「医療らしい」仕事としてむしろ親近感を持つらしい。これも皮肉な話です。言語という目に見えない療法よりも、可視的で効果がすぐわかるような療法に若い人たちが動かされやすいのは昨今の臨床心理業界の状況と類似します。
    それかあらぬか、こうした点について当事者側から法改正の要望が出たということは聞いたことがありません。現状からすると法改正は、別に「嚥下訓練士」でもできない限り不可能でしょう。大学院から高卒3年の医療専門学校までという養成課程のはちゃめちゃぶりもあって、量的にはともかく、資格成立によって質的に向上したかというと大きな疑問符が残るのではないでしょうか。
    言語聴覚士法は、まあ過度期的な資格法であったということになるのではないでしょうか。
    言語聴覚士法には、とんだおまけもついたのですが、とにかく職種の定義から医師の指示条項が外れたわけです。それならSTたちが医療現場で本来の業務について、医師の指示を受け入れないかというとそんなことはないのです。医師は、医療法に記されるように、患者に対してよい医療を提供する責任があるので、必要な指示はするのであり、STはそれを尊重し、連携する義務があるということになるわけなのです。診療点数の請求も、医師の指示や指導との関係性のもとで行われているのだと思います。
    だから医療現場で、「言語聴覚療法」とか「心理療法」とかいう形で業務をする以上、現場では医師の指示を逃れる事はできないということは言えますが、それは、資格の運用上のことです。「連携義務」で、医師の医療における優先性は十分に尊重されることになるからです。そのことと、「領域横断資格」「汎用資格」としての資格法における「医師の指示」条項の妥当性とは別問題なのです。
    精神科団体さん。あなた方は、古びた医行為論を力づくでもちだし、かつ、レベルの違う医療法がらみのことで網をかけて、心理師資格を二重拘束しようとしています。それこそ何のために?、その視野狭窄ぶりが「世論」に見抜かれてしまわないように気をつけてください。

  181. 端さんの議論には、「精神療法は無害だ」という主張を撤回しない限りおつきあいする気は無かったのですが、議論がごっちゃになりそうなので

    結局端さんは「医療分野における心理的行為の多くは、医師が行うべき診療等の医行為に含まれるので医師の指示を受けなければならない。 」とする七者懇談会の見解には賛成されていると考えてよろしいのでしょうか?私はてっきり反対されているものと持っていました。

    七者懇談会も私も、医療分野以外での心理師の活動に医師が口を挟もうとは考えていませんよ?何より、法的根拠がない。

  182. 端さん>
     
     受験資格に関しては、私見をあたかもオフィシャルな見解かのようにお語りになるのはいかがなものかと存じます。

    特に。
    「もし心理士資格制度ができたとして、その時にも、現任者経過措置には、特段の理由がない限りこうした一般的な条項が適用されるだろうし、現任者に(受験資格の上で)不利がないようにするというのが日本国の役所のスタンスです。」
    と言うご発言についてはリソースを明確にするべきでしょう。

    そして心理師資格を考える上で、「現任者」とは誰?と言う問題も大きな議論になっていることをお忘れなく。

  183. けろすけさん

    ご回答いただいた①は、設問設定の意図、前段から後段の論理展開がよくわかりません。
    ②は、私の設問が悪かったですね。<法律上、ある者以外が、「知識」を持ち合わせていないと言及できるか>と問うべきでした。これがYesなら、その根拠は?、と続けたい気もあるのですが、あまり生産的ではない議論のための議論になってきているような気がするので、これらの件については、これ以上、ここで述べるのは控えたいと思います。

    端さん

    明快なお話、ありがとうございます。言語聴覚士の例は、いろいろなことを考えさせられます。
    とくに、<STの資格法成立以前のアイデンティティを持った人たちは、このことに困惑していますが、資格法ができた後にSTになった若い人達に抵抗はなく、医療専門学校を出てきた人達はむしろ「医療らしい」仕事としてむしろ親近感を持つらしい。これも皮肉な話です。言語という目に見えない療法よりも、可視的で効果がすぐわかるような療法に若い人たちが動かされやすいのは昨今の臨床心理業界の状況と類似します。>のくだり。本当にその通りだと思います。

    ”脅かす人”、やっちゃいました。
    実際は、端さんの仰る通り、現任者以降措置が設けられるのはほぼ確実で、少なくとも現任者が受験できないということは、先例を重んじるわが国の行政からして、まずあり得ないことでしょう。問題は、けろすけさんも仰っているように、「現任者」の範囲をどこまでとするかということです。狭くなることへの懸念もさることながら、公平性という観点から、移行措置による現任者の定義をできる限り広げ、その分、国家資格で絞るという可能性、あるいは絞ることもせず、現在の臨床心理士数を大幅に上回る、国家資格心理師(士?)が誕生するという可能性は十分ありうることでしょう。

    7者懇の見解、これはstandridgeが想定されているように、より診療補助職的な色合いが明確になってきたように思います。けろすけさんは<七者懇談会も私も、医療分野以外での心理師の活動に医師が口を挟もうとは考えていませんよ>と仰って下さいますが、一度、この方向で法制化がなされると、学校臨床(学校医の指示の下にSC活動は行われるべき、という意見が7者懇以外の医師から出てくる可能性があります)、個人開業(もちろん医療機関としてではないものですよ。しかし、医療機関でない開業は認める、とは7者懇の見解には書いてありません。また、この点に関して、7者懇の中が一枚岩かどうか疑問でもあります)等にも、影響が及ぶであろうことは、しっかり考えておかなければならないでしょう。心理学を基盤としたカリキュラム、大学院卒が基本の資格、などもどこまで臨士会のいうような形が保持できるものやら・・・・・・。このあたりの懸念について、それを払拭して下さるような情報や見解をお持ちの方がいらしたら、ぜひ、教えてください。

  184. ひこざえもんさん>

     ご質問の件に関しては、私が見解を持っているわけではないのですが、例に取り上げられた学校医の件に関してはちょっと調べてみましたので、ご報告まで。

     学校医は学校保健安全法で定められた職務ですね。
     第23条第 学校には、学校医を置くものとする。
    3  学校医、学校歯科医及び学校薬剤師は、それぞれ医師、歯科医師又は薬剤師のうちから、任命し、又は委嘱する。
    4  学校医、学校歯科医及び学校薬剤師は、学校における保健管理に関する専門的事項に関し、技術及び指導に従事する。
     第十条  学校においては、救急処置、健康相談又は保健指導を行うに当たつては、必要に応じ、当該学校の所在する地域の医療機関その他の関係機関との連携を図るよう努めるものとする。

     と言うことはですね、学校医の活動は医療法の範疇にはないと言うことですね。つまり、「学校医の指示の下にSC活動は行われるべき」という意見が仮に医師の側から出されても、「法的根拠がない」と一蹴すればいいのではないかと思うのですが。。

  185. けろすけさん、みなさん

    議論が白熱した中、一つけろすけさんに質問を…。
    けろすけさんからは、先の質問について「推測せよ」との回答でした。
    僕の頭ではなかなか議論についていけてないと思いますが、「…療法」が
    できるのが医師のみであるとすれば、医師の指示を受けて「…療法」を行う
    心理師の立場はやはり「診療補助職」だと思うのです。
    (診療補助職だから何なんだと思われる方も多いかもしれませんが、診療補助職
    となると、カリキュラムには大量に医学関連科目が盛り込まれるという指摘は
    すでに端さんからありました)。

    ここで疑問がでてきます。私は、三団体は心理師を「医師の指示は受けるが診療
    補助職ではない」との考えで一致していると聞いています。
    で、三団体のうちの一団体である「医療心理師国家資格制度推進協議会」(いわゆる
    推進協)をみると、七者懇談会に所属する団体はみな、推進協に所属してるんですね。
    七者懇談会が所属している推進協は、心理師は診療補助職ではないとの認識なのに、
    七者懇談会はまた、独立した団体として異なった見解を表明する(異なっているか
    どうかは明確ではありませんが、微妙な言い回しをしていることは間違いないです)。
    この二重性が、素人からすると、よくわからないんです。七者懇談会は
    推進協に所属して、心理師資格の協議に参加しているのに、なぜまた独立した立場として
    提言をするのですか?一つの見かたは、七者懇談会に所属している団体は、
    推進協としては認めたことも、七者懇談会の立場としてひっくり返せるような
    立場にある、ということなのですが、いかがでしょうか。

  186. 前便(179 180「医師の指示」は外せる1 2)の追記
    1)リンクをうまく張れなかったので改めて張っておきます
    言語聴覚士法http://www.ron.gr.jp/law/law/gengocho.htm
    言語聴覚士における国家資格制定過程:ことばの管轄権をめぐって
     http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/M11/M1138387/8.pdf 
    理学療法士作業療法士法http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S40/S40HO137.html
    精神保健福祉士法http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H09/H09HO131.html
    2)訂正
    180の最後のほうで、「言語聴覚療法」にしろ「心理療法」にしろ「連携義務」で、医師の医療における優先性は十分に尊重されることになるので医療現場では医師の指示を逃れる事はできないとは言えるということを言った後で、<それは、資格の運用上のことであり、そのことと、「領域横断資格」「汎用資格」としての資格法における「医師の指示」条項の妥当性とは別問題なのです。>と書きましたが、<妥当性>という言葉を<妥当性の有無>と置き換えてお読みください。このあたり睡魔との格闘でしたため言葉足らずとなったことをお詫びします。
    179のまん中当たりで現任者経過措置について「もし心理士資格制度ができたとして、その時にも、現任者経過措置には、特段の理由がない限りこうした一般的な条項が適用されるだろうし、現任者に(受験資格の上で)不利がないようにするというのが日本国の役所のスタンスです。」と書いたところは、けろすけさんの指摘をいただいたわけですが、もちろん私が役所に代わってオフィシャルな言明をしているのではなく、「日本国の役所のスタンスだと思います」という趣旨です。ひこざえもんさんにフォローしていただいたように、役所は特段の理由がない限り、先例に従うものです。それは、医療関連職の先例から、心理士資格が診療補助職化されやすいということから見ても確かですね。

    ひこざえもんさん 
    絶妙なフォローありがとうございました。

    けろすけさん
    私は、「精神療法は無害だ」という主張をしたことはないのですが。

    もうだいぶ以前になりますが私が97で書いたことに対して、けろすけさんが登場して、私が「医行為」という概念の出所を医師法と勘違いしていることを指摘なさったのと同時に、<③精神療法が人に害を与えないと、臨床心理士という認定資格とは言え、一定の保有している人間が安易に口にする。信じられない。人に害を与えないのなら。資格化する必要なんてはじめっから無い>と一蹴されました。
    その時私が驚いたことは二つありまして、一つは私が精神療法は人に害を与えないとは言っていないのに、けろすけさんはそう取ったということと、もう一つは人に害を与えないなら資格化する必要なんかないと言われたことです。
    実はこの時私もけろすけさんとおつきあいするのはムヅカシイなと思いました。
    で、そのことも踏まえて115で私は<臨床心理業の危険性>について書きました。私の趣旨は心理療法は「医師がやるのでなければ危険な行為」(医行為)であるのではなく「臨床心理士または同等以上の精神療法医がやるのでなければ危険な行為」であるということでした。
    こう書くと今私はすぐに、けろすけさんが、心理療法を資格化しようとする限り、それは「法律上」「医師がやるのでなければ危険な行為」と同じなのだという論理(?)を展開なさるのを恐れます。

    資格化の根拠は「危険性」にあるのではありません。
    私は心理療法は「臨床心理士または同等以上の精神療法医がやるのでなければ危険な行為」またはそれを含む行為であると思いますが、けろすけさんの考えとは違って、資格化の根拠はその「危険性」にあるのではないと思っています。そこが医師法と違う点かもしれません。臨床心理士資格が領域横断的で汎用的なものとして構想されるのは、その根拠が「危険性」にあるのではないことを物語るものです。
    しかしこのへんの論議は、もう少し先に行ってからと思います。

  187. standridgeさんへ>

     すみません、質問にお答えしていただくにあたり(私が答えられるのか疑問なものもありますが)いくつか確認させてください。

     「診療補助職」の定義を教えてください。
      診療の補助をすることを業務に定められている者であれば、STを含む医療従事者のみならず、救急救命士などの医療従事者以外の業務の規定にも記載があります。医療従事者であることと「診療の補助をすることを業務で定められている」ということは別問題の様に思います。例えば「保健師」という職種がありますが、これは医療従事者じゃありません。医師の指示が無くても仕事をすることが出来ます。しかし、はてなキーサードによると、「診療補助職」のようです。「診療補助職」と規定されることの何が問題なのかわかりにくいので、確認させてください。

     「診療補助職となると、カリキュラムには大量に医学関連科目が盛り込まれる」
     えーと。医学館連関科目が盛り込まれるから、診療補助職になるのはいやだ、でも医療従事者にはなりたい。とそういう文面にとられかねないので、一応確認ですが、医療従事者になる以上、カリキュラムに大量に医学関連科目が盛り込まれるのは、当然のことですし、そうしないと国民が納得しません。と言うか、そもそも、「心理師資格を何故作らなければならないのか」という議論がパーになります。それがいやだ、と言う議論を心理師の側から出ると言うのは信じられないので、これは私の誤解なのだろうと思います。もう一度真意を確認させてください。

    端さん>
     資格化の根拠は「危険性」にあるのではありません。しかしこのへんの論議は、もう少し先に行ってからと思います。

     こんなことを平気で書かれるので、あなたと議論するのはいやなんですが、
    三者団体の要望書にこう書かれています。
    一 要望理由
    今日、国民のこころの問題(うつ病、自殺、虐待等)や発達・健康上の問題(不登校、発達障害、認知障害等)は、複雑化・多様化しており、それらへの対応が急務です。しかしこれらの問題に対して他の専門職と連携しながら心理的にアプローチする国家資格が、わが国にはまだありません。国民が安心して心理的アプローチを利用できるようにするには、国家資格によって裏付けられた一定の資質を備えた専門職が必要です。

    国民が安心して心理的アプローチを利用できるようにするには、国家資格によって裏付けられた一定の資質を備えた専門職が必要です。

    もう一度。

    国民が安心して心理的アプローチを利用できるようにするには、国家資格によって裏付けられた一定の資質を備えた専門職が必要です。

    分かります?前にも言いましたが、「国民が安心して心理的アプローチが利用できない」そう、はっきりと書かれているんですよね。先の議論じゃなくて、もうとっくに終わって結論が出ている議論です。

  188. standridgeさんへ>

     もとい。今法律を確認しましたら、救急救命士、保健師も医療の担い手のようです。医療機関で勤務していないだけですね。でも保健師は、診療の補助を業とする者ではないようです。救急救命士も診療の補助を業とするものではないようです。
     これらの職種の業務の取り扱いが私もごっちゃになっていて、よくわかっていません。
     一つ目の質問は、質問そのものが適切でない可能性が高いので、お答えいただかなくて結構です。

  189. けろすけさんへ

    早速のご回答、ありがとうございます。
    ところで、先ほどの質問で私がお尋ねしている趣旨は、医療関連科目が大量に盛り込まれる
    ということではありません。()つきで書いています。
    でも、せっかくなので、この点について書きます。「診療補助職となると医療関連科目が大量に盛り込まれる」ことを懸念しているのは、私個人ではありません。というか、ほとんどの臨床心理士は、そういうことを全く知らないと思います。懸念しているのは臨床心理士会幹部レベルです。例えば、先日、京都府の臨床心理士会が、日本臨床心理士会の法制化プロジェクトチームを招いて説明会を行いました。そこでは、京都府臨床心理士会の理事であり、日本臨床心理士会の代議員である方が、「七者懇談会の見解は、心理師を診療補助職として考えているようだが、そうするとカリキュラムに医療関連科目が大量に盛り込まれることが懸念されるが、法制化プロジェクトチームはどう考えているのか」と質問しました。プロジェクトチームの回答は「医師の指示は受けるが、診療補助職ではないというのが三団体の考えである」「それは、議員の先生方にお願いして努力していくことである」というものでした(国民に何が必要かという視点ではなく、政治家の先生にお願いするという回答をする時点で、すでに僕は失望しているんですけどね)。けろすけさんは「医療従事者」という言葉をお使いになっていますが、この表現を借りると「できるだけ医療従事者色を薄くする」という風に臨床心理士会幹部は考えているのだと思います。
    ということで、臨床心理士会幹部の方は、心理師のカリキュラムに医療関連科目が大量に盛り込まれないように戦っていかれる、つまり診療補助職ではない、のだと聞いています。で、三団体もその考えだと、彼らは説明しているんです。けろすけさんもご存知かと思っていましたが、そうではなかったんですね。
    ここで、私が先ほどの質問でお尋ねしたかった点につながるので、再度お尋ねします。私がお尋ねしたかったのは「七者懇談会に所属している団体すべては、心理師案の調整に参加している三団体のうちの一団体(推進協)の中に入っているのに、どうしてまた別の独立した、七者懇談会という組織として、見解を発表する必要があるのだろうか」という点です。

    お忙しい中、いろんな方からの質問に丁寧にお答えいただき、大変ありがたく思っています。よろしくお願いいたします。

  190. standridgeさん>

     なるほど。ご質問は法律を成立させる組織構造の話な訳ですね?
     であれば、一般論と、外部からの目線でと言うことでお答えします。

     法律を成立させるためには、まず法案を提出して、議会で審理と裁決をされなければならない訳です。審理は議員がしますので、そもそも今されている議論はすべてこの段階で覆る可能性があります。 というのは皆さんご理解なさっていると思います。

     例えば、心理師資格を作ったら、医療費は増えるのか、それとも減るのか。これは今のところあまり議論されていませんし、する必要もないと思いますが、国会では必ず議論になるでしょう。あるいは、実は幹部の方は医療費が増える→それはかなわないからこの法案は通さない、という議論展開を恐れておられるのかも知れませんね。

     さて。では、誰が法案を提出するのか。これも議員さんです。細かくは知らないですけど、厚生労働省も立法できるのかな?少なくとも、三団体も、7者懇談会も立法することは出来ません。と言うことは、「七者懇談会に所属している団体すべては、心理師案の調整に参加している三団体のうちの一団体(推進協)の中に入っている」というのはあくまで議論の前提の上で重要かも知れませんが、「法案を出す」点において全く無意味です。三団体とは別個に7者懇談会が議員を抱えて法案を出すことはもちろん可能です。

     で、肝心の「なんでこのタイミング?」という点に関しては残念ながら私がお答えできる範疇を超えています。申し訳ございません。

  191. 今の流れとは別の話題になります。
    東京都臨床心理士会で、村瀬先生が、心理師(士?)の国家資格法案が次の通常国会で上程されると仰ったという話を人づてに聞きました。このことの真偽について、また、真だとしたら、どのような根拠に基づきこのようなお話しをされたのか、情報をお持ちの方がいらしたら教えていただけるとありがたいです。
    よろしくお願いいたします。

  192. 久しぶりに一言。

    この話題は夏くらいから始まっているので、もうすぐ半年になるでしょうか?

    その間、有志の会がされてきたことは、臨床心理士会の批判、今の国家資格化に対する批判のみで、最初に言われていた「臨床心理士養成―資格制度の抜本的改革」には全然手をつけていませんね。改革のためには、認定協会にもいうことはたくさんあると思うのですが。

    また、今の国家資格化に大反対されていると平井先生が言われていた乾 吉佑先生を今は、慎重派と表現されていますね。
    (ちなみに乾先生は認定協会の評議員でもありますね。)

    その人が何を言っているかも大事ですが、何をしてきたかがより大事だと思っています。(自分の事は棚に上げて言いますが…。)

    いづれにせよ、私が危惧するのは、今の国家資格化を批判するだけ批判して、現状維持をはかるというのは、一部の大学院の先生や認定協会の方にとっては一番都合がいいけれど、他の人にとっては、最悪のパターンではないか、そうならなければいいけれど、ということです。

  193. 平井先生

    ツイッターでのお返事ありがとうございます。
    ただ、私が望むのは、破壊ではなく創造です。


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  • 某総合病院精神科勤務の臨床心理士であり臨床心理学者(自称)。なんだかんだで2児の父。妻との仲もそれなりに良好
心的変化を求めて
【ご恵贈】ハーグリーブス&ヴァーケヴカー 編・松木邦裕 監訳『心的変化を求めて: ベティ・ジョセフ精神分析ワークショップの軌跡』【感謝!】

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