臨床心理学

くどいようですが我々は聖人君子じゃありません

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takashiさんのさいころじすと日記5/21のエントリで既に触れられている話題ですが私も気になったので書いてみたいと思います。
先日の乳&涙袋チャットをROMっておられた40数名の方、あのチャットを見てどんな感想を持たれたのでしょうか?


takashiさんもおっしゃっているように、あのチャットを見て嫌な気持ちになった人も少なくないかと思います。
でも、そういう人たちは何故嫌な気持ちになったのでしょうか?
私は一応心理臨床家の端くれとしてこのブログを書いていますし、専門的な話題を出す際には(って最近あんまりその手のことは書いてないですけど…)専門家の端くれとして、守秘義務の厳守は当然のこと、職業倫理から外れないように慎重に書いているつもりです。
ただ、心理臨床の話を離れた場合には、心理臨床家としてではなく、「ロテ職人」というハンドルネームを名乗る一個人として書いています。
そうした場合も「臨床心理士としての配慮」が必要なのでしょうか?
以前から色んなところで書いたことなんですが、何度でも繰り返します。

心理臨床家・カウンセラーは聖人君子ではありません。

もし、「優れた人格の持ち主でなければ心理臨床家・カウンセラーになってはいけない」というカウンセラーがいたとしたら、そいつは似非専門家であると断言してもいいです。
「日常の言動においても心理臨床家・カウンセラーとしての配慮が必要」という意見についても同じです。
何でそんな配慮する必要があるんですか?
「人を嫌な気持ちにさせるのはよくないことです」というのならまだわかります。
なんでそこで「心理臨床家・カウンセラーとしての配慮」ってのが出てくるんですか?意味不明です。
日常の言動が心理臨床家としての技術を左右するんですか?
そんなのは単なる公私の区別のつかないアフォじゃないですか。
クライエントさん・患者さんだったり、あるいは心理臨床のことを知らない人がそういったことを言うのであればまだわかります。
その場合は、takashiさんも言っているような

心理臨床家/カウンセラーの専門性というのは、簡単に言えば、
・サポート/治療/問題解決・改善のための知識と技術、経験を持っていること
・それらをうまく活かす能力を持っていること」。

そして、
公私が分けにくい中でも、きちんとそれを分けて仕事ができること
だと思っています。
チャットでいかに悪ふざけしていたとしても、萌え話をしていても、エロ話をしていても、いざ仕事になれば、プロフェッショナルに徹することができる----常に人格者でいるよりも重要なことだと思っています。
いくら性格や人格がよくても、結果の残せない人は、心理臨床家/カウンセラーとしては失格です。

という辺りを丁寧に説明するだけです。
あとは「全ての心理臨床家・カウンセラーが私みたいなエロじゃない…かもしれない」ってことに言及するくらいでしょうか。
でももしそんな寝ぼけたことを言う専門家がいたとしたら、そいつは「逝ってよし!」(久しぶりに使ったな)だと思います。
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