臨床心理学

大学院生の頃(1)

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自己紹介…というか微妙な自己開示。

 

大学院生の頃、私はすごく出来の悪い学生だったと思います。謙遜でも何でもなく、実際私の上の学年の人達は多くの方が順調に研究業績を積み重ねてアカデミック・ポストについていますが、それに較べて(同じくらい長い期間、院には在籍していたはずなのに)私はしがない病院勤務の臨床心理士やってます(別に今の仕事が嫌って訳でもなく、むしろ今はこの仕事に就いていて良かったと思う面も多いんですが…)。

 

研究も臨床も中途半端で、よく先輩には注意されてましたし、師匠は呆れていたと思います。(少なくとも私にとっては)すごく厳しい先輩でしたし、すごく厳しい師匠でした。はっきり言って、ゼミで研究の構想発表して泣きそうになった(というか半分泣いてました)こともありますし、グループ・スーパーヴィジョンで師匠に「で、何がしたいの?」とか言われたこともありました。

 

今、こんなでかい面をして偉そうなことを言っていますが、私にもそういう頃がありました(もちろん、今も日々修行中の身なんですが)。今の私から見て、やっぱり当時の私はダメ院生でした。そんな頃の思い出を一つ…。

 


学内の心理相談室で、私がインテークをとったケース。インテーク面接の際に先輩に陪席してもらいました。守秘義務の問題がありますので(相当前の話ですが一応)詳細はここでは触れませんが、私は結構重いケースだと思いました。少なくとも当時の私が担当するのは無理だったと思います(今なら…どうだろうなぁ)。ということで、インテークの後はインテークカンファレンスで面接担当者を決めることになるのですが、その発表の際にはクライエントさんの病態の重さとリファーの必要性を重視した発表となりました。

カンファレンス後、私は陪席してもらった先輩に呼ばれました。で、言われたのがが「あなたにはクライエントさんに対する愛情や尊敬が足りない」ということでした。

それを聞いて私はかなりショックを受けました。なぜなら先輩からの指摘はかなり図星をつかれていたからです。もちろん私なりに考えてリファーをしようと思ったんですが「じゃあ、ここの相談室では何もできないの?」「あの場であの人のことを守れるのはあなただけだよ」と言われて、私は本当に自分ができることを全てやったのか…やってないよなぁ…とやはり返す言葉はありませんでした。

さらに「私は一度であっても私が会った人は私のクライエントだと思っているよ」「どんな年齢の人であっても、どれだけ病態が重い人であっても、その人が生きてきた時間の重みというのは尊重されるべきだし、だからこそ私はどんなクライエントさんであっても尊敬に値すると思う」と言われて、私はもう泣くことしかできませんでした。そういった態度が大切だということは、頭では分かっていたかもしれません。知識として知っていたかもしれません。でも、その時の自分にはそうした態度は明らかに欠落していたと思います。

今でもたまにその先輩のその言葉を思い出して、自分の臨床を振り返ってみることがあります。そしてその言葉は私の臨床の基礎を支えるものになっています。私が訓練を受けたのはものすごく厳しい環境だったと思いますが、逆に言えばものすごく恵まれた環境であったとも思っています。

今、大学院生である方々、あなたの周りには(泣けてくるほど)厳しい言葉をかけてくれる人はいますか?

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