臨床心理学

自身のうつ病経験をセールスポイントにするカウンセラー

投稿日:

悩む男

うつ病を患った経験のあるカウンセラー

怪しげなところからそうでないところまで、カウンセリング関連施設のウェブサイトは色々とあるわけなんですが、そういうサイトには決まって「カウンセラー紹介」のページがあるんですよね。

そういったカウンセラー紹介のページのプロフィール欄を見てみると、しばしば「自身もうつ病を経験し〜」みたいな記述を目にします。

これは特に民間の(専門学校等で取得可能な)資格保持者に多いのですが、臨床心理士資格を持っている人でもたまにいます。

「うつ病経験」を公開することの意味

わざわざそういうことをプロフィール欄に書くからには、なんか意味はあるわけですよね。

何のためにそういうことを書くのでしょうか?

これは私の想像であり、あくまで仮説でしかありませんが、やっぱりそれがカウンセラーとしてのセールスポイントになると考えているからではないでしょうか。

恐らくは「うつ病を経験しているからうつ病の人の気持ちがわかりますよ」と言いたいのでしょう。

でも、それってどうなんでしょ?

「うつ病を経験しているからうつ病の人の気持ちがわかる」の傲慢さ

確かにそのカウンセラーにとって、うつ病を患った経験というのは辛いものだったのでしょう。それはわかります。

でも、そのカウンセラーにとっての辛さと、うつ病を患ってそのカウンセラーの元へと訪れたクライエントの辛さというのが、同じ程度、同じ質のものであるとは限らないのですよね。

「うつ病を経験しているからうつ病の人の気持ちがわかる」というのは、最初から自分の経験の枠に限定して相手を理解しようとしているわけです。それによって、逆に相手の辛さについて「あたかも共感出来ているかのような」態度になってしまったりするということも十分に考えられます。

そういう観点から「経験してるからわかる」という発言を見てみると、これって結構傲慢なことなんじゃないかとも思えてきます。

「あなたの辛さは私の辛さと同じですよね」と言っているに等しいわけですから。

経験していないことは理解できないのか?

もしも「経験していないことは理解できない」とするならば、「うつ病経験者じゃないとうつ病の理解はできない」ということになりますよね。

じゃあ、例えば犯罪被害者のカウンセリングは犯罪被害経験のあるカウンセラーにしかできないでしょうか?逆に、犯罪加害者のカウンセリングは加害経験のあるカウンセラーにしかできないんでしょうか?

もっと言ってしまえば、女性のクライエントが抱えている女性性にまつわる問題に関して、男性のカウンセラーは理解できないということになってしまいますし、つまり異性のカウンセリングなんてできなくなってしまいます。

でも、実際にはそうではないわけですよ。

我々には想像力があります

我々は自分が体験していないことであっても、想像力を用いることで理解する(「共感する」と言い換えてもいいかもしれませんが、共感という言葉はまた色々難しい意味を持っておりますので、ここでは「理解」とさせていただきます)ことができます。

もちろん、クライエントが経験したこと、あるいは現在感じていることを、相手が経験したのと全く同じように、あるいは感じているのと全く同じように理解することは不可能ですが、それでも想像力でもってそこに出来るだけ近づいていくというのが、我々の仕事なのではないでしょうか。

「経験しているからわかる」「経験していない人にはわからない」と言ってしまうカウンセラーは、逆に自分の想像力のなさをアピールしてしまってるんじゃないかと私には思えてなりません。

「経験」は糧にも足かせにもなり得る

以上、あくまでも私個人の考えです。

「うつ病経験をアピールしているからダメカウンセラーだ」と言うつもりは全くないのだということについては誤解していただきたくないなと思います。実際には自身のうつ病経験を糧にして素晴らしい臨床実践をしている方もいるかもしれません。

ただ、もし私が今後うつ病で悩むことがあったとしても、うつ病経験をセールスポイントにしているカウンセラーのお世話になろうとは決して思わないでしょう。

「経験している」ということは、糧にも出来ますが、同時に自身の想像力を制限する足かせにもなり得るのだということを理解しつつ、「経験の有無」にとらわれないで臨床実践に臨みたいものだなあと思う次第でありますよ。

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