資格問題

【功】精神科医が臨床心理士指定大学院の教員になること【罪】

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 前の記事でも述べたように、「某大学病院にはなぜ臨床心理士資格を取得した精神科医が2人もいるのか?資格取得のメリットは何か?」という問題の解答は「臨床心理士の指定大学院の教員として就職できるかもしれない」でした。この問題のミソは「某大学病院」というところにありました。


 知っている方もいらっしゃるかと思いますが、医学部では例えば外部から来た候補が教授選で勝利した場合、その医局の人員は総取っ替えになることが多いです。自分の周りを関係者で固めようというわけです。元からその医局にいた医員がそのまま残るという場合もありますが、居づらいであろうことは想像に難くありません。で、このままでは将来的に教授になれそうもないし(医学部で教授になるには能力のみではなく政治力も重要ですが…むしろそっちが大事?)、医局に居座りつづけるのもなぁ…という人は将来の身の振り方を考えます。やっぱり研究職・教育職に就きたい…そんな精神科医にとって臨床心理士の指定大学院というのは格好の就職先になるわけです。
 で、メリットが多いのは精神科医の側よりもむしろ経営者としての大学院側なのかもしれません。そうした精神科医には当然精神医学系の講義は担当してもらえるわけなんですが、もっと大きいのは「実習先の確保」です。指定大学院に行ってらっしゃる学生さんの中には身をもって感じている人もいるかもしれませんが、指定大学院にとって実習先の確保とは非常に重要なものとなります。精神科医は大学病院とも繋がりがありますし、それはつまり大学病院の関連病院とも繋がりがあるということでもあります。「実習先の確保」はひょっとしたら「学生の将来の就職先の確保」にも繋がるかもしれません。これって経営側としてはかなりの売りになりますよね。

 なんだか良い事づくめのようですが、じゃあ問題点はないんでしょうか?

 これは私の予想ですが(もし「それは違う!」という方がいらっしゃったらコメント等ください)、臨床心理士資格をとろうという精神科医は、生物学的精神医学を標榜しているよりも、臨床心理学により親和性の高い、精神病理学を専門としている人が多いのではないでしょうか?(精神病理学については私家版・精神医学用語辞典の「生物学的精神医学と精神病理学」の項を参照の事)…んー、あとは児童精神医学とか…とにかく現代の主流である生物学的精神医学とは異なるパラダイムに基礎をおく人なんではないかなぁと…(ちなみに現在、精神病理学の専門家が教授をやっている医学部は、恐らく全国で2つくらいしかないはずです)。
 で、問題点なんですが、上記のリンク先にも

私はといえば、精神病理学の医局で研修を受けたものの、精神病理は科学的方法論を軽視(というか否定)しがちで、何の根拠もない空論を積み重ねているだけのようで、どうしても馴染めなかった。精神病理学の方法には、下手をすれば「トンデモ」になりかねない危険性すら感じた。人間全体を見ることは確かに重要だけれど、それはあくまで科学的知見を基礎にしてでないと、まったくの見当はずれになりかねないと思うのだけどな。

とあるように、精神病理学というのは哲学的というか、少なくとも科学的思考・科学的知見に欠けることが少なくないわけです。そうした研究を私は否定はしませんし、存在する意義はあると思います(中井久夫とかけっこう好きですしね)。しかし、精神病理学を専門としている人が臨床実践の指導はともかく(これも微妙かも。精神科医がみんなちゃんとした精神療法psychotherapyをしていると限らないですから)、果たして「まともな方法論に基づく心理学的研究」の研究指導ができるのでしょうか?私はここに最大の問題があると思っています。
 私はこれまで色んな所で「臨床心理学者としての臨床心理士の在り方」だったり、大学院の本来の姿である「研究機関としての大学院」の重要性を指摘してきましたが、仮に精神科医が臨床心理学の研究指導ができないとしたら、まともな「臨床心理学」の危機と言えるのではないでしょうか。
 「いや、そういう人たちはちゃんと学位をとった『医学博士』だし」という方もいらっしゃるかもしれませんが、医学博士って工学博士と並んで最もとりやすい学位なんですよね(「某医学部の院では1千万円積めば在籍しているだけで自動的に学位が取得できる」という都市伝説もあったりします)。で、これは大学によるかもしれませんし、最近は各所で問題視されているようですが、医学研究科の大学院生(この場合は医師に限る)って、大学病院側にとっては「学費を払ってくれる上にタダ働きさせられる都合の良い労働力」だったりするわけです。沢山の患者さんを受けもって、で生活費を稼ぐために外病院で当直なんかも数こなさなきゃいけなくて、とても研究するための環境じゃありません。で、学部も6年間とはいえ国家試験のためには覚えなきゃいけないこともものすごく多くて、確かに研究実習はあったりするけど、それも「研究者養成」という側面からすると物足りないものです。…そんなことを考えると、やっぱり「まともな」臨床心理学の研究指導は難しいんじゃないかなーと思ったり。
 そういう人たちの中にも研究指導できる人はいるかもしれませんが、もしそれができなかった場合、「研究もできない臨床心理士」ができあがるわけですね。結局「何で大学院なの?」「専門学校でもいいんじゃね?」ってことになります。

 このblogを読んでる人の中にも「指導教授が精神科医」って人はいるかと思います。私の言ってること、どう思いますか?

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