臨床心理学

「準ひきこもり」という概念

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こんな記事をみつけましたよ。
社会性低い大学生→『準ひきこもり』 命名 ネットで賛否 富山国際大 樋口講師が論文(中日新聞)
紀要論文が発端となってネット上で話題が沸騰、内容を練り直して新書として出版する計画が進んでいるのだそうです。
これが発端となった紀要論文です(PDFファイルに直リンクしてます)。
樋口康彦 2006 大学生における準ひきこもり行動に関する考察―キャンパスの孤立者について― 富山国際大学国際教養学部紀要, 2, 25-30.
樋口康彦 2006 かぐや姫症候群に関する考察―準ひきこもり行動との関連から― 富山国際大学国際教養学部紀要, 2, 31-18.
で、Discommunicativeというブログ(つーかはてなダイアリー)の06/04/25のエントリ、[communication]大学における準ひきこもりという存在とコメント欄で話題になり、2ちゃんねるにもスレッドが立ったとのこと(該当スレッドは未確認)。
ネットの各所で批判されているように、論文としてのクオリティはとりあえず置いておきましょう。紀要とは言え、これで載っちゃうんだ…ってのはある意味驚きだったりするんですが(こんなんでいいんだったら、私もバンバン書きますぜ)。
で、とりあえず一読して「高機能広汎性発達障害の可能性はどうなのよ?」と思いました(以下、詳しい人ツッコミあったらお願いします)。筆者はその辺の発達障害の概念とか理解した上でこれ書いてるんですかね?少なくともこの論文を書いた時点では知らなかったんじゃないかって気がするんですが…どうでしょ?
…と思って検索したらこんなページも見つけました。
「準ひきこもり」という新概念とその実態についての若干の覚え書き
私が言いたいようなツッコミはほとんどされてますが、とりえあず若干ツッコンでみたいと思いますよ。


つか定義のところから見ていきますと…

大学入学以前に問題化している
社会的に問題が顕在化するのは就職活動期もしくは大学卒業後である

えーと…「不登校」は「社会的に問題が顕在化していない」と?
この時点で「何かちがくね?」って感じがします。

他の精神障害がその第一の原因とは考えにくい

これ、かなり難しいところです。つまり、筆者の樋口氏は厳密に精神医学的・臨床心理学的アセスメントを行い、精神障害の可能性を除外した上で「準ひきこもり」と言っている…ということになりますよね。
少なくとも新聞記事を見る限りではそうは思えないのですよね。

他方、ブログには「印象論に終始していて、客観的なデータがない」「冷たく見下しているようだ」など厳しい批判も目立つ。樋口さんは「富山国際大の学生百十七人を対象に実施したアンケートの結果から、準ひきこもりの存在は確認できる」と反論する。

「冷たく見下しているようだ」ってのはともかく「印象論に終始していて」ってのは激しく同意です。それに対する「富山国際大学の学生百十七人を対象に実施したアンケートの結果から~」ってのは、一体どんなアンケートをしたのでしょうか?少なくとも発達障害等の可能性を踏まえた上でのアセスメントとは考えにくいのですが(そういうことをやってる可能性もゼロではないですが、限りなく低いかと)。
あとサンプルが偏りすぎですよね。失礼ながら関東の片田舎に住む私は「富山国際大学」という大学名をこれまで聞いたことがありませんでした。広く「大学生」に一般化するのであれば、もっと幅広い調査研究が必要だと思いますよ。
・・・・・・・・・・・・
しかし、「4. 準ひきこもり大学生の特徴」の「(1)性格」の

精神病ではない。現実との接点はある程度残っているし、善悪の区別はつくので犯罪を犯すようなこともない。むしろ他の大学生よりも大人しくて真面目な部類に入る

ってのもすごいですね。「精神病」の定義にもよりますが、これだとまるで「精神病は現実との接点は残っていない」し「善悪の区別がつかない」みたいじゃないですか。
地方私立大学では珍しくないパターンで、臨床が専門ではない心理学系の教員が学生相談とかやってて、その中から出てきた理論(つーか感想)なんだと思いますが、もちっと臨床系の文献を調べてから書いた方がいいんじゃないでしょうか。特に発達障害に関する議論は最近熱いところだったりしますしね。
なんか他にもツッコミどころは満載ですが、いちいちツッコンでたらキリがなかったり。
・・・・・・・・・・・・
「今後の課題」を見ると

アルバイト、ボランティア活動、クラブ活動(サークル活動)、大学内の各種委員会などを通じて、仲間付き合い、参加意識、チームワークなどを体験することが防止策・対応策として有効であろう。

とありますが、それができないから困るのではないですか?
それによって「社会性を育てる」なんてことを言ってますが、それができるのであれば最初から苦労はしないと思いますよ。
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…というようなツッコミはこれまで誰もしていないんですかね?
新聞記事では

「冷たい印象を持たれたのは意外。隠しておきたかったが、実は私も準ひきこもりだった」と告白。「漫画やフィギュアに没頭するオタクで人付き合いが怖かった。だから彼らの気持ちは分かる」と神妙に語る。

とあります。
自分の問題が研究の発端になるのは別にいいです。良くあることだし、だからこそ研究の動機づけが高まるってことはあります。ただし、その場合には客観性という面でかなり慎重になる必要があり、かなり気をつけて距離を取りながら研究する必要があるかと。
どんな研究でもそうですが、少なくとも「その概念がこれまで述べられている概念(あるいは疾患等)に当てはまるのではないか」という視点は必要不可欠ですし、それが欠如しているからこそ、こんな近視眼的な論になってしまっているんじゃないでしょうかね。
とりあえず新書として出版する前に、少なくとも「高機能広汎性発達障害の可能性」についてだけは検討していただきたいものでございます。もちろん全てではないだろうけど、かなり当てはまる部分はあるだろうし、当てはまる群はいるんじゃないかと思うけどなぁ。
個人的には「なんでも発達障害」的な昨今の風潮はいかがなものかと思うものの、この場合はやはり検討する余地があるかと。
皆さんからのご意見・ご感想もお待ちしておりますよ。
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