臨床心理学

私の拠って立つ理論は

投稿日:

takashiさんのサイコロジスト日記こちらの記事へ再トラックバックです。

 


私が1月25日に書いた記事「【研究】臨床心理士が研究するということ(1)【臨床】」 へのsimoneさんからのコメントに対する回答でもあるのですが、私は「広義の精神力動論」を自分の臨床的基礎においています。まあざっくりと言ってみれば分析系なんですが、もちろん古典的精神分析をやっているわけではないし、対象関係論は好きだけどバリバリの対象関係論者というわけでもありません(ちなみに訳あってユング派は嫌いですw)。


 

実際の心理面接は対面法でおこない、クライエントには思い浮かんだことを自由に話してもらいながら、セラピスト-クライエント関係の中で出てくる転移や抵抗をとりあげ、介入していく…という感じになります。立ち位置としてはかなり自我心理学に近いのかもしれないけど、クライエントさんの理解には対象関係論を援用したりします。



誤解・勘違いもあるわけですが、さらに言えば、一般の人が誤解・勘違いしている心理学そのものが実は時代遅れのものですよね。古い心理学を誤解・勘違いしている----ある意味、救いようがない(笑)。精神分析も、フロイトが唱えた理論はかなり否定されているところもあるし、現在の精神分析業界はフロイトの弟子たちが考案した「対象関係論」が主流だし----


そうそう。業界内部でも随分変化してきているんですよ。

来談者中心療法なんて元々は「精神分析は理論が先行しすぎで、理論的に相手を見たり、決めつけたり、判断したりしてしまって、セラピストの都合のいいように理解してしまう危険性がある」とか、ロジャースが精神分析に対する批判から提唱したものだったりするわけなんですが、現代の精神分析的心理療法では面接場面での「受容」だったり「共感」は当たり前のことながら必要なものですし…(安易に「受容」「共感」などという言葉は使いませんが、臨床的な態度としてはそれがないと治療は進みませんよね)。

最近では行動療法で言うところの「般化」というのは、精神分析で言うところの「転移」であるという意見もありますし…

結局のところ、「自分は○○派です」というのは自分のアイデンティティとしては重要だけど、実際の治療場面ではむしろ患者さん・クライエントさんに合わせて、どんな方法が最も適しているのか、自分の使える駒と照らし合わせながら考えていく、ということがつまり「見立て」ということにつながるのではないかなぁと。そういう意味で「○○派」であるということにこだわるのは、実践の上ではそんなに大事なことではないんじゃないかなぁ…などと思った次第であります。

んー、相変わらずまとまらないなぁ…
わかりにくいと思うので、どんどんツッコミが欲しいところ。

#はてなダイアリーのトラックバックURLってそのまま記事のURLなんですね。ちゃんとTB送信できてんのかな?

-臨床心理学

Copyright© ロテ職人の臨床心理学的Blog , 2022 All Rights Reserved.