再度の燃料投入いただきました
もういい加減、この話題も終わりにしたいと思うんですが何でご自分で燃料を投下されるのでしょうね?
そんなわけで、コメントをいただいてからずいぶん時間も経ってしまって、遅きに失した感は否めないわけでございますが、ようやく時間もできましたのでコメント返信を兼ねて久しぶりの記事アップでございます。
16/03/16のエントリ、『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2のコメント欄に当の浅井氏からコメント投稿いただいておりますので、未読の方はご確認くださいませ。
そしてこれまでの流れをご存知ない方は、お手数ですが下記リンクより時系列順にお読みいただけるとわかりやすいかと思います。
・浅井伸彦 著『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』を読んでもいないのに批評してみる(16/02/22)
・『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』を読む前に著者の浅井伸彦氏からのメッセージに返信してみる @IPSA_psychology(16/03/03)
・『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その1(16/03/15)
・『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2(16/03/16)
で、問題のコメントなんですが…一番重要なところを浅井氏は誤読されているのですよね。
その誤読が意図していないのであれば「どんだけ読解力がないのか?」と、意図しているのであれば「何でそんなわかりやすい話のすり替えをするのか?」と思わざるをえないわけなのですが、いずれにしてもあんまり頭がよろしくないように見えてしまいますので、浅井氏におかれましてはもう一度前のエントリを読み直していただければと思う次第であります。
さて、突っ込みどころは多々あるコメントなのですが、再度の誤読を避けるため、とりあえず重要なところから取り上げていきますね。
「上層部」ではなく「若輩者」が書いたことが問題なのではありません
まずは浅井氏のコメントから引用します。
[著者が他の人であるべきという意見について]
表現の自由があるので、悩みながらも今回出版し、想定よりもこのようなかなり大きな反響を頂きました。自由があるとはいえども、これまで尽力されてきた上層部の方々に対して、より礼節を重んじるべきであったと考えております。上層部の方々におきましては、こんな若輩者がこのような早い時期に書籍を刊行し、お騒がせをしてたいへん失礼いたしました。
(『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2 コメント欄の浅井氏コメントより引用)
そして浅井氏は新刊「あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには」、「公認心理師」国家資格に関する法人代表の私的見解についてと題した文章の中で、以下のようにおっしゃっています。
全ての心理療法に対し”完全に平等”に伝えることはできません。やはり、これまで同様、声の大きい(数の多い)理論的立場が最も目立つでしょう。また、どうしても執筆する者の好みによって左右される部分はどうしても出てきてしまいます。ただ、思いとしては、多様性のある心理療法をできるだけ平等に伝えたいところです。
(「公認心理師」国家資格に関する私的見解より引用)
これに対して、私は前のエントリで重要なところをわかりやすいようにわざわざ太字にしたわけなのですが、浅井氏はお気づきにならなったのでしょうか?
私が書いた文章を引用しますね。
自分の専門分野以外の領域については、その道の専門家に書いてもらう
これだけです。「分担執筆」にすればいいだけの話です。
(『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2より引用)
私は「これまで尽力されてきた上層部の方々に対して、より礼節を重んじるべきであった」なんてことは一言も言ってません。
本気で良い書籍を作りたいと思ったら、その分野の専門家で分担執筆をすれば良いと言っているのです。
本気で“思いとしては、多様性のある心理療法をできるだけ平等に伝えたい”とおっしゃっているのであれば、各分野の心理療法の専門家にその解説を執筆してもらえばいいし、公認心理師問題については、その問題に専門的に取り組んできた方々(≒上層部の方々)に書いてもらえばいいというだけの話です。
もう一つ、前のエントリから引用します。
ただ、どうしても刊行せねばならず本気でこの本を有意義な内容にしたいと思ったら、おそらく資格問題の専門家に執筆をお願いします。
資格問題の専門家はたくさんいるはずです。
日本臨床心理士会や日本心理臨床学会で資格問題に長く関わってこられたベテランの先生はたくさんいますし、その他のいわゆる三団体にもエキスパートは多いでしょう。
もしベテランだけではなく、若い臨床家の意見も聞きたいということであれば、公認心理師推進ネットワークのメンバーであれば、公認心理師法の成立のために実際に活動されてた方や法案についてしっかり読み込み勉強し、それこそ研究してる方もいます。
(『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2より引用)
ひょっとして浅井氏は公認心理師推進ネットワークをご存知なかったのでしょうか?
「上層部」の方々だけではなく若手も頑張ってるんですよ。
繰り返しますが、私は「浅井氏が目上の人々に対する礼節を欠いたこと」に対して批判しているのではありません。「自分の専門外の領域について専門家に執筆依頼をするのではなく、浅井氏単独で執筆していること」を批判しているのです。
そして、その行為こそが「先行者利益を独占する行為」だと言っているのです。
もし浅井氏がそれを否定するのであれば「なぜ専門家に執筆依頼しなかったのか?」という疑問にお答えいただきたいと思います。
以上が私の前のエントリで最も言いたかったにも関わらず浅井氏に豪快に誤読されてしまっている点でございます。
「最大の先行者利益」ってそこじゃないですよね?
ここからはおまけみたいな(でも大事な話なんですけどね…)ものなので、お時間ある方だけどうぞ。
さて浅井氏はこのようにもおっしゃっております。
[「先行者利益」について]
こちらで述べさせていただいている「先行者利益」は、金銭以外の部分の「公認心理師の認知度を上げるきっかけを作れる」という利益です。もちろん金銭がなければ活動もできませんので、多かれ少なかれ必要ではありますが、儲け主義ではございません。
トップページの予備校バナーや、Google AdSense広告はかなり前からあったのですが、儲け主義に見られる要因として今回貴重なご指摘をいただきましたので、本日削除させていただきました。貴重なご意見ありがとうございました。
(『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2 コメント欄の浅井氏コメントより引用)
Google Adsenseからの収益なんて、そりゃあ浅井氏のサイトの想定されるアクセス数を考えれば削除したって全然構わないレベルでしょう。
“金銭以外の部分の「公認心理師の認知度を上げるきっかけを作れる」という利益”とオブラートに包んだ表現をされていますが、それってつまり「(近い将来開設されるであろう)公認心理師対策における浅井氏の運営している予備校の知名度を上げるきっかけを作れるという利益」ですよね?
本日、公認心理師になるには無料講演会を行いました。ご参加いただきありがとうございました。次回は3/12に大阪、3/13に東京で行う予定です。
お申し込みはこちら。https://t.co/1kJGDKzQVq #公認心理師— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年2月28日
「公認心理師になるには」無料講演会を行います。
3/12の15時〜大阪市北区で、3/13の18時半〜東京都文京区で行う予定です。
お申し込みはこちら。https://t.co/1kJGDKzQVq
お問い合わせ info@medi-counseling.com #公認心理師— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年3月10日
だからこそ「公認心理師になるには」無料講演会や、大学院予備校の無料相談会」をされているんですよね?(余計なお世話ですけど、無料講演会・無料相談会についてはリンク切れになってるわけですが、ちゃんと修正した方がいいですよ)
「浅井氏が今後一切、公認心理師対策の有料講座を開設しない」ということであれば、それはご立派な話だと思います。
しかし、もしそうした講座を開設するのであれば、我が国初の公認心理師関連書籍である『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには `16~`17年版』を書いた浅井氏は、素人から見たら「第一人者」であり「専門家」となるわけです。本来は資格問題の専門家じゃないのに。
そうやって集客することこそ「最大の先行者利益」だと私は思うんですが、いかがですかね?
浅井氏は意見をコロコロ変えてますよね?
これはもう、本当におまけのおまけという感じではありますが、気になったので引用。
なお、Twitterでのやりとりに関しましても、「使う言葉を誤った」ことが「意見をコロコロ変えて」いると捉えられたことが不思議です。「意見を変える」と「言葉を誤る」は全く異なります。ロテ職人様も、Twitterで”information”を”imformation”と間違えられたように、人間ですから間違えることはあるかと思います。
(『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2 コメント欄の浅井氏コメントより引用)
はい。ワタクシのは単純なタイプミスですね。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
で、浅井氏は
@rotemeister それでも貴ブログ書かれる場合は、有名なブログで良くも悪くも影響力がおありかと思いますので、弁解しようにも、こちらにそのような有用な発信源がツイッターしかないですので、公平性を欠くと思われます。
— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年2月26日
とおっしゃっていたので、こちらが公平性を保とうとツイッターでのやり取りを開始するとすぐに
@rotemeister 法人代表として出した書籍についてお答えすることは、私物化という認識はございませんでしたが、そういう考えもありますね。
では、今後ツイッターでのやりとりは無しにいたしましょう。コメント欄から送らせていただきます。— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年2月26日
とツイッターでのやり取りをやめようとします。
で、最終的には
@rotemeister 逆に、ブログ上でお話できないご事情があるのでしょうか。これ以上答えているとキリがありませんので、ブログ上か直接メールください。
— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年2月27日
ブログのコメント欄でのやりとりなんて、それこそ「公平性を欠く」と思うんですが…とりあえずコロコロ考え変えてますよね?私は「公平性」を保ちたいと思っているだけなのに…
そして…
@rotemeister いえ、矛盾はしておりません。ご批評をこちらが求めていなくても、勝手に批評されている方を拝見したことがありますので、表現の自由としてブログを書かれる場合を見越してのことでした。
では、ツイッターアカウントではもうやりとりは、やめにいたしませんか。— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年2月26日
「勝手に批評されている」という表現の背景にあるのは「勝手に批評するな」という考え方ですよね?
それに対して私が
書籍も研究論文もネットでの発言もそれが世に出てしまえば常に批判や批評される可能性があるものですが“勝手に批評されている”という表現は批評するなら許可を取るというのが前提ですよね。批判の自由とか批評の自由がない世界にお住いのようですね https://t.co/fVU35oCDGV
— ロテ職人 (@rotemeister) 2016年2月27日
と指摘すると
@rotemeister >批判の自由とか批評の自由がない世界にお住いのようですね
ひどい言われようですね。確かに「勝手に批評されている」という表現は変でしたね。— 国際心理支援協会 (@IPSA_psychology) 2016年2月27日
と「表現」の問題にすり替えてますよね?
最初の「勝手に批評するな」という意見はどこに行ってしまったのでしょうか?これって私がしたようなタイプミスとは明らかに性質のことなることだと思うんですが、いかがでしょ?
結局「浅井氏の得にならないことはしない」ってことでしょ?
最後にもう一度、コメント欄から引用。
これ以上続けても建設的ではなく、誰の得にもならないと思いますので、そろそろ終わりにさせていただきたいと考えております。ご批判はご批判として真摯に受け止め、今後誠実に対応させていただきたい所存です。
(『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには ’16~’17年版』の著者、浅井伸彦氏はどうすべきだったのか? その2 コメント欄の浅井氏コメントより引用)
そりゃあ、このやり取りは浅井氏にとっては得にはならないですよね。
でも私から見ると、そもそも『あたらしいこころの国家資格「公認心理師」になるには `16~`17年版』という書籍自体が「建設的」なものではないと思えてならないのですよ。
上で私が書いたように、浅井氏が今後、ご自身の予備校で公認心理師対策講座を開設せず、本書の続編も出さないのであれば、「誠実に対応している」と思いますが、そうはしないでしょ?
それでいて「先行者利益」を否定されていても説得力がまったくないのですよ。
またそれに加えて、周りの先生方からも「これ以上やりとりをしないよう」薦められておりますので、これをもって最後の言葉とさせていただければと存じます。
「周りの先生方」が何者なのかは存じ上げませんが、一連のやり取りを見た上でそうおっしゃっているのであれば「浅井氏の類友」ということで至極納得です。
そんなこんなで、こちらこそこのエントリが「最後の言葉」になればいいなあと思っている次第でございます。
引き続き皆様のご意見もお待ちしております。